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帝都での一息

 時は、カリンたちが帝都にたどり着く3日前に遡る。


「陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」


 カリンの父、ゲーニッツと、義理の兄、ライが、帝都の頂点に君臨する人物と出会っていた。まさにカリンたちが向かう王城の一室。王城の謁見の間。その王座に座る人物は、実に退屈そうにしながらゲーニッツの言葉を遮った。


「佳い。だが今日のその言葉はもう飽きた。」


 王座に座るのは、このナガラにおいての最高権力者。皇帝である。傍には軍務を取り仕切る老練な秘書官がおり、陛下の言葉を一字一句逃さぬよう全神経を集中させていた。


「貴君らを呼んだのは、これのことである」


 皇帝が手元にある一枚の紙をさす。


「貴君らに問おう。あの剣爺を休ませたいのに、なぜ誰も応募しないのか」


 剣爺というのは、剣聖のことである。この国において最高権力が皇帝なら、最高軍力は剣聖にある。しかしその剣聖も齢100を超え床に伏せっている。そしてその剣聖を、親しげに剣爺と呼べるのはこの世で皇帝ただ1人であった。


「恐れながら申し上げます。すでに商人の国からライカン様が、そして陛下の忠臣たるシーザァー様が名乗りを上げておいでですので……」


 ゲーニッツは言葉を続けて良いか無言のまま御意を問うた。皇帝もその旨を読み取り、紙をくしゃくしゃにして明後日の方向に投げ捨てながら答えた。


「続けよ」

「はい。私めが知る限り、シーザァー様に敵う武人がそうそういるとは思いません。そしてライカン様は、その広い人脈により、シーザァー様と遜色ない武人を、今や血眼で探し回っておいででしょう。であるならば、此度の大会、参加しても、常人では勝つことはおろか、戦う気すら起きないと、存じます」

「なるほど。貴君の言はよくわかった」


 ゲーニッツが一瞬胸を撫で下ろす。自分の言葉がもし非礼と思われ、それがたとえ勘違いであったとしても、この皇帝の気に触れるようなことがあれば、強大な軍事力でゲレーンが滅ぼされるだけではなく、この王城にいる家臣らが皆殺しにされかねない。


「だが」


 否定の言葉がはじまり、皇帝の目線がライに移る。緊張感が一瞬で高まる。


「サーラの方から、誰も出場しないとはどういうことだ。特に細君の方だ」

「……と、仰られますと? 」

 

 目線がライに移ったと同時に、言葉が続く。ライがつつがなく答えるが、もはや雰囲気が尋問のそれに等しい


「細君は確かゲレーンのところの娘とのことだが、誠か? 」

「確かに。我が妻は、隣にいらっしゃる方を父としています」

「それはそれは見事な武芸者だと聞いたぞ。なのになぜ参加しない」

「恐れながら陛下。我が妻は、身重(みおも)ゆえ、戦えるような身体ではございません」

「何。身重とな。のう貴君」

「は」

「子供は何人目だ? 」

「初めてのお子にございます陛下」

「なんだ。初めてか。2人目であればよかったのだがな」


 意味がよくわからない顔をライがする。ゲーニッツもそれは同じで、お互い目配せし、その意図を図っている。だがしかし次の言葉で、その真意を理解し、両者ともに背筋が凍った。


「催しの邪魔ゆえそんなの()()()()()()()言えたのだが。まぁ1人目であれば致し方ないな」

「……陛下の、我が孫に対する温情賜りまして、厚く御礼申し上げます」


 ライが言葉を繋げずにいるのを、ゲーニッツが、やや遅れながらも返答する。人間を、それも生まれてくる子供を催しのためにを捨てろと、まるで人間を物のように扱うその言い草に怒りを通り越し、恐怖をも超え、ただ彼に対する冷たい憐れみだけがライを身を包んだ。


「余も1人目だったらしい、兄弟か姉妹かが何人かいたようだが、いつの間にか居なくなった」

「それは」

「どうせ居なくなるのだ。ならば最初からいない方が良かろう」


 そう話す彼の目は冷ややかで、退屈そうで、気怠げだった。達観しているのでもない。彼は一切の望みを叶えることができる唯一の席に座っていることを自覚し、かつ、その席に座るまでに知らない間に多くの血が流れている事も知っている。だからこそなんの気兼ねもなくそんな言葉が選べるのである。


「だがこのままでは参加者がおらん、たった2人ではただの決闘ぞ。それでは催しにならん。故にな、サーラの王。貴君が出場せよ」

「……それは」

「それでもまだ足りぬ故にな。ゲレーン王。確か貴君のところにはもう1人子供がいたな」

「は、はい」

「名はなんという? 」

「カリンと、申します」

「カリン。カリンか。うむそやつも出場させよ」

「陛下!? 」

「武芸者としてその名は聞いたことがない。そのようなゲレーン王の娘が出れば、まぁ他の応募もあろう。そうであろうな卿」

「仰せの通りにございます皇帝陛下」


 皇帝が隣にいる秘書官に尋ね、そのまま返した。


「参加者を募るにはまず、参加する者の敷居を下げねばなりません。ゲレーンの娘はそれに相応しいかと存じます」

「そうであろうそうであろう」

「(まさかカリンを、大会のかませ犬にする気か!?)」


 カリンという無名の選手を出場させることにより、出場者にある種の可能性を生み出す。つまるところ夢を見させるための、まさに生贄である。


「恐れながら申し上げます陛下」

「許す」

「カリンは義理とはいえ我が妹、姉に負けじと鍛錬を積んでいる立派な武芸者であります」

「ほほう。だがその強さ、如何に保障する? 」

「この、我が名、ライ・バーチェスカの名を持ってして、その強さと誇り高さを保証致します。故に何卒、無名など仰られぬように!」


 ライの声が静かに響いた。その言葉に皇帝は一瞬虚をつかれた顔をしたが、やがてその顔を緩ませ、大いに笑った。


「佳い! 佳いぞ! だがそうなると、卿、文面はどうなるか。」 

「は。推薦、という形で問題ないと存じます陛下」

「ならばすぐ手配を。あと敷居をもそっと下げても良い。なんだ10人斬りだ100人斬りだの条件はいらん。もういっそ、我こそはと思うものを集めよ」

「はは。万事、陛下の望むように致します」


 途中から、ライとの会話ではなく、秘書官と皇帝の会話になっていた。その後も二、三言葉交わしたのちに、ふと思い出したように皇帝が告げた。


「なんだ貴君ら。まだおったのか。下がって良いぞ」


 2人はお互いの顔を見合い、静かに黙って謁見の場を立ち去った。


「ゲレーン王。いや御義父上。この度は申し訳ない」

「気にするな、というのが無理か。だがあれは仕方ないことだ。君こそ、よくカリンの名誉を守ってくれた。礼を言う」


 あのままであれば、カリンは無名の武芸者として辱められただけでなく、大会のかませ犬にされ、どんな無茶難題を課せられるか分かったものではなかった。


「しかし、『いらないから捨ててしまえ』か」

「あれが、この国の頂点にいる人間の物言い、というのですか」

「だがなぁ……あまりに若い」


 帝都ナガラ。その皇帝、カミノガエ・フォン・アルバス・ナガラ。


 切り揃えられてまっすぐでしなやかな銀髪、宝石のような赤い瞳。だがその瞳はどこか虚で、輝きは失われている。好き嫌いが激しく、偏食家のせいで少し骨張っている、1()2()()()()()()()()()

 

 毎日が退屈で仕方ないという彼は、一見してただの怠け者に見えるが、それは真実としておよそこの世の全てを手に入れ、全てを捨てさせられる為である。彼の一言、指先一つで、ナガラという強大な国家が動いている。だが彼の周りのは数え切れぬほどの陰謀、策謀が入り乱れ、その全てを今まで生き延びてきた。生き延びてきたと言っても、彼自身の力だけではない。


 彼が剣爺と慕う、齢109歳の剣聖ローディザイアと、その秘書官コルブラッドにおける力が大きい。2人はこの帝都でカミノガエを守ることで血統を守ったのである。だが2人の力でも、彼1人以外を守ることはできなかった。すでに彼の親はおらず、天涯孤独。彼の血族は末席に至るまで皆、彼が椅子に座る間の、流された血の中にすでに溶けている。


 全てを手中に収める彼には、母も父も、そして友もいない。



 事態が急変することと、人間の歩調が必ずしも一致することはない。それが旅路であるならば尚更だった。カリンたちが第四地区を通り過ぎて、第五地区を通過した頃、急報が入ったのと時を同じくして、アクシデントが発生した。


「暴動? 」

「他の国から来た連中が騒いで道を塞いでいるのです。全くなんと不遜な」


第六地区の手前で、カリンたちと同じように帝都へ来た人々が今度は帰ろうと外に通じる門のある第四地区に向かっている。それと同時にまだ帝都に着いたばかりで王城に入れない人々とが仲違いを起こしてた。道は狭く、それぞれ国の代表が来ており、人も荷物も多い。とてもではないがすれ違うことはできない。どちらかが先にいくか行かないかで揉めていた。


「第四地区の門ってことは、砂漠から来たのかしら」

「それはわかりません。ですが申し訳ない。しばらくここでお待ちください。鉄拳を奮って収めに行ってまいります。では」


 鉄拳王シーザァーはそれだけ言ってカリンたちと別れた。果たしてどれくらい待たされるか、想像もできない。かといって無理矢理に通ろうとすれば両国の顰蹙を買うのは火を見るよりも明らか。


《カリン。素直に宿を借りよう》

「そうするしかなさそうね」

《それにしても》

「なぁに」


 コウが改めて帝都の人間を見回す。帝都について、人の多さに驚いていたが、同時に彼ら彼女らの身長も驚くべきものがあった。カリンは彼らの中では子供ほどの大きさにしかならず、ゲレーンの中では背の高いはずのオルレイトでさえ、帝都の人々と比べてしまうと同じかそれ以下である、総じて、男女関わらず身長が高い。


《(なるほど。これならオージェンさんの背でも帝都の紛れ込める。むしろあれくらいがここじゃ普通なのか)》

「帝都の人、みんな、オルレイト見たいよね」

「そりゃ父上に比べば細いかもしれないが」

「褒めてるのよ? 」

「……ありがとう」


 慣れない賛美を受け取り少しどもる。彼の父バイツは、身長は彼に劣るが、筋肉質たるやコウが樽と評するほどである。カリンも決してオルレイトを卑下するつもりではなかったが、帝都の人々を見て1番近いイメージがどうしても当てはまってしまった。


《(みんな長くて細い、でもやつれてるわけじゃないな)》


 それはある種の、帝都人の特徴であった。彼らの手足は身長を加味しても長く、人種としてカリンたちとの違いを浮き彫りにしている。この人種的特徴が、彼らが戦いにおいて優位に立つことができる違いでもある。素人同士が殴り合いの喧嘩をするときでさえ、腕の長さが長い方が勝つ。とても単純な理屈だった。


「とにかく、宿を探しましょう。それに色々整理したいし」

《……だね》


 まず、自分の身におきた珍事を整理したい気持ちがカリンにはあった。人前で武芸を披露するかもしれないという緊張と、それを推し進めているのが顔見知った実の義兄であることが、混乱を助長させている。慣れない人混みや街並みも相まって、とにかく一息つく場所が欲しかった。


《レイダさん、俺たちは外で待っていようか》

《そうしましょう。どうやらベイラーが泊まれる場所はなさそうです》


 そして、帝都に着いて分かったことは、この地ではベイラーはあまり馴染みがないということだった。すれ違うベイラーはごく稀であり、それも、まさに今、道を塞ぐ暴動が起きているように、国からの旅の途中でたまたまこのナガラに来たという類のもの。この帝都で長く過ごしているベイラーというのを未だ見かけていない。同時に、ベイラーを基本としていない家の作りのため、中に入ることができるような大きさの家がまるでなかった。


「全員、ひとまずあの宿へ」


 カリンの指示のもと、ベイラー達がぞろぞろと動き出す。人混みは多く、歩く度に足元を気にしながら歩くために神経を使う。帝都の人間は自ら避けることをせず、ベイラーの足に自分の頭が当たるまで気が付かない。


《(頭上にまるで気を配らない。普段この人たちは見上げることはしないんだ)》


 それは、周りに囲まれた壁を見ないように過ごす習慣からなのか、それとも壁の燃え跡を見ないようにする自衛なのかはコウにはわからなかった。ただ、今はもう少しベイラーの方に気を向けてせめて自分が押しつぶされないように動いて欲しいと願うばかりだった。


《リク! 大丈夫か? 》

《ーーー! 》


 1番図体が大きいリクにとってここに移動は非常に神経をすり減らす作業だった。誰もベイラーのことを見ずに、ひどい時はぶつかってくることもある。


《商人のように私たちも今度から台車に乗りましょうか》 

《どちらにしろ1人は歩くことになるけど……全員よりかはマシか》


 歩きながら今後の事を考えるレイダ。確かに台車に乗って誰かが引っ張れば、少なくともベイラーを見ない帝都の人々を押しつぶすことはない。事実カリン達の先にいる、目線の中にある商人の荷台については、帝都の人々は器用に避けて通っている。同じように荷台に乗れば、少なくともリクは楽になる。


「コウ、外で待っていてね」

《何からあったら壁を壊してでも行くよ》

「はいはい」


 そして一行は、宿屋の前にたどり着いた。酒場も兼ねているのか、昼間でも朗らかな声が溢れている。広さはなかなかのもで、数十人泊まれるほどの大規模なものだった。


「いらっしゃい」

「一晩お願いしたいんだけど」

「大部屋でいいなら」

「それでいいわ。二つ部屋をおねがい……ああ、それと、食事も後で頼みたいのだけれど」

「先でいいかい? 」

「もちろん。

「では……お代はこんなもんで」


 掲示された値段を見て、カリンがそのままの金額を差し出そうとすると、オルレイトとネルソンが抗議をあげた。


「待て待て! 大部屋二つでこの値段? おかしくないか」

「こいつは相場の2倍近い値段ですぜ」


 ネルソンは商人としての知識を、オルレイトは牧場経営としての経験でその値段が法外であることを見抜き抗議した。こと金銭感覚がお世辞にも良くないカリンは何が2人をそこまで動かすのか理解できていない。


「そうなの? 」

「嫌ならいんですよ。別に他の宿に行っていただいても」


 宿の主人はあくまでこの値段を崩そうとしない。


「最もこのあたりであなた方を受け入れられる大部屋なんか他にありませんがね」

「(なるほど。今が繁忙期か)」


 その強気は明確な理由があった。さまざまな国が帝都へとやってくるこの時期、宿を必要とする人々はそれこそ何十組とある。またネルソンのように他国を渡り歩く商人もいつもより多くきてるに違いない。


「いいのよオルレイト。どうせシーザァーさんがくるまではここで足止めなのだし」

「まぁしょうがないか……」

「小僧、なんだ少しは商売ができるのか」

「これでも牧場を手伝っているんだ。商いだってできる」

「ほぉ。大したもんだ」

「ほら! もういいから。はいご主人。お代はここに。お部屋に行く前に食事にしましょう」


 結局、カリン達は相場の2倍以上する値段を呑み、宿を取った。彼らにとって久しぶりのベイラー以外の寝床であり、屋根のある場所での食事だった。


 大きな宿であるために、料理人も専属人がいるようで、カリンが頼んで数分後。すぐに人数分の食事が運ばれてくる。


 骨つき肉のシチュー。新鮮な野菜が使われたサラダ。焼きたてであろうことが窺えるパン。特に、肉に関しては砂漠の道中、肉といえば干し肉しか食べることができなかったカリン達にとって、まさに半年ぶりの新鮮な肉であった。全員が思わず生唾を飲む。


「ともかく、帝都に無事に到着したわ。その前祝いね」

「姫様、これ、食べていいの? 」

「ええリオ。いいのよ」

「骨がついてる」

「ああ、クオのいう通りね。ナイフはないのかしら」


 カリンがナイフを探す前に、ネルソンが慣れた手つきでその骨にくをわし掴みしてぼりぼりと食べ始めていた。肉を骨から切り離すまでもなく、すでに肉はホロホロになるまで煮込まれ、骨も噛み砕けるほどになっていた。肉の旨味がこれでもかと染み込んだスープとともにネルソンが食べていく。


「ねぇオルレイト……魚以外でも、骨ごと食べれるのね」

「いや、この料理だからだ。一体何時間煮込んだんだ……肉本来の味もいい……」

「これは、スープも見事です。味付けが素晴らしい」

「マイヤが言うのだからよっぽどね……じゃぁ」


 カリンが、ネルソンの食べ方に少しだけ恥じらいながら、ゆっくりとその骨つき肉を食らう。その瞬間、口の中に広がる肉汁と柔らかさとがカリンの脳内で弾けた。


「美味しい……こんな料理もあるのね」


 カリンの知る肉料理とは、一枚肉を焼いたものか、これでもかと香辛料で味付けした干し肉くらいであり、こと煮込み料理としての存在は初めてだった。


「宿代で足元見てきた奴らとはいえ、味は確かか」


 オルレイトも驚嘆している。自分たちの牧場でこの料理がどうにか再現できないか考え始めている。


「肉は慣れないけど、まぁいいんじゃないかな」


 否定的なのは、単純に海の街で育ち、魚が好きなサマナだけだった。だがその手が止まることはなく、結局は龍石旅団全員はぺろりと平げてしまった。


「美味しかった」

「このマイヤ、このレシピを完全にものにしてみせます」

「それは難しいと思うわよ」

「姫様、私では腕が足りないと? 」

「そうではなくて、新鮮なお肉なんて旅をしてたら手に入れれないでしょう? 」

「それは、そうかもしれません」

「だから、ゲレーンに帰ってからでいいわよ」 

「はい! 」

「その時は僕も協力しよう」

「帰ってから、か」


 サマナは、残ったパンを齧り付きながら、ふとカリンの言った言葉を思い返す。


「あいつら、元気にしてるかなぁ」


 サマナの故郷、サーラ。そこで海賊として生計を立ててたレイミール海賊団。アジトでの戦い以降、砂漠へと放り出された今は何をしているのか確認する術もなく、今は無事を祈るしかなかった。


「まぁ釣りは上手い連中だからなんとかなるか……」


 そして最後のパンを齧った直後。彼女のないはずの右目が痛み出した。


「ッツ!? 」

「サマナ! 」


 カリンが肩を支えてやる。こうして目が痛む時は、決まって誰かの、何かの悪意が近くで現れた時だと、サマナは最近気がついていた。


「どうしたのサマナ? 」

「大丈夫(どこだ? どこが元凶だ)」


 サマナは突如現れたその痛みに耐えながら、ふらふらと立ち上がる。ないはずの右眼が写すはずないものを写した出す。黒いモヤのような、煙にもにたその跡が、たった今自分の背後を通り越したことを確認する。そしてその黒いモヤは、部屋の中へと入っていってる。


「(なんだ? パームとも違う……でももっと気持ちが悪い)」

「サマナ! 」


 ふらふらとその部屋の戸を叩こうとした時、その手をカリンが止めた。


「どうしたの!? また何か視えたの? 」

「……ああ、視えた、けど」


 カリンが静止すると、そのモヤは風に吹かれたように消え去り、痛みも無くなっていた。


「あれ」

「水をもらってきましょうか? 」

「いや、大丈夫。無くなった」

「本当? 」

「うん。でもなんだったんだ? 」


 サマナが今まで流れを掴み損ねたことはなかった。それは波のことであったり、風のことであったり。しかし、流れそのものが消えたと言うことは初めてだった。


「(じゃぁ、さっきの気持ち悪い感じは、流れとは関係がない? )」


 突如として生まれた痛みに困惑しながら。その部屋から離れていった。



「あの緋色の目……まさかな」


 そしてその部屋の中には、短髪の飄々とした男が、寝床で寝転びながら本をペラペラとめくり、やがて答えに行き着いた。


「いや、間違いじゃねぇ。……はっはっは! いやぁまだ居たかよ」


  本をばさりと落とし、ひとしきり笑う。


「こりゃ、大物買いの後に面白いもんに会ったなぁ……俺はついてるぜ」


 その本は目録だった。かつて彼が、そして彼の一族が商売した品が書き連ねてある。一子相伝の貴重な物のように思えるが、すでに複写されこの本自体が燃えて亡くなろうと支障は無く、故に彼は雑に扱いがちだった。


「さてさて、あれはいくらで買って、幾らで売れるかなぁ」


 その男の名は、ライカン。ライカンジェラルド・ヒート


 奴隷王と称される、一国の王であり、とある買い付け……ポランド夫人から直接ベイラーを買ったその帰りだった。



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