シーザァーのベイラー
「て、鉄拳王!? 」
「くそ! 遠征中じゃなかったのかよ! 」
鉄拳王と名乗るその人が現れた途端、盗賊もとい、貴族崩れと判明した彼らが散り散りににげていく。彼らの中でその名は畏怖の対象であり、戦いを挑むのは無謀であると悟っている。
《鉄拳王? 》
「お父様から聞いたことがある……帝都の守る、すさまじい武人がいるって」
鉄拳王の名を聞いたカリンが思い出す。それは初めて帝都に向かう際に、旅の途中で父ゲーニッツが語り聞かせていた。その、鉄拳王を語る父の目が、まるで子供のようにきらきらと輝いていたのが印象に残っている。
「まさか拳そのものが鉄でできてるなんて」
鉄拳王は仁王立ちのベイラーに乗り込み、橋を渡ってくる。
大きさは普通のベイラーとなんら変わりない。大仰な外套は艶やかかつ厚手であり、だれがどうみても高価なのがわかった。それは乗り手の身分がうかがえるものでもあったが、その外套が与える印象を吹き飛ばすほど、両腕の拳は異様だった。
ベイラーの握りこぶしに、鉄を流し込んで固めたのであろうその鉄塊は鈍い輝きを放っている。もちろん両腕が固まっているため、物は持てないようで、武器や道具はなにも身に着けていない。
しかし、コウはそのベイラーを見て、ある一点にだけ注目している。
《カリン、あのベイラー、まさか》
「ええ、ずいぶん色も形も変わっているけど……アーリィベイラーだわ」
その一点、見間違うはずもない。コクピットの毒々しい翡翠色があのアーリィと一致している。だがその他の部分が既存のアーリィとまるでちがう。翼もなければサイクルジェットも見当たらない。翼だけを取り払ったベイラーであった。
「おそらく、サマナ達が会ったアーリィの派生形! 」
《それを鉄拳王が持ってるってことは……あの人、まさかパームの関係者か》
アーリィベイラー。半壊のものすら、拾われて扱われているのを見ていると、鉄拳王もパームたちと関わりがある可能性は否定できない。
「鉄拳王がなんだぁ! ベイラーはこっちにもいる! 」
カリンたちがベイラーを調べてる最中に、状況が一変する。コクピットが半壊した方のベイラーが鉄拳王に突撃を仕掛けた。我を見よと言わんばかりにモーニングスターを振りまわすその様子はまさに必死。モーニングスターの外見が、暴力をそのまま形にしたような武器であることも相まって、コウのように一瞬でも気後れすれば打ちのめされてしまう。それほどの気迫があった。
「その威勢や良し!! 」
だがシーザァーは、向かってくる敵に対し、気後れするどころか、むしろ相手を褒め称えた。
「だが力量を推し量れぬとは愚かな! 」
彼が褒めたのはその胆力に対してであり、理性については貶していた。褒めることと貶すことは彼にとって両立し得ていた。
没落貴族のベイラーの間合いにシーザァーが入る。シーザァーのベイラーは未だ武器も作っていない。代わりに、足を肩幅に開き、真正面を向けている。右手は腰に据えられ、左手は前に。右足は後ろ、左足は前に。
「帝都近衛格闘術……正拳突き」
「(馬鹿か! 拳が届くか! )」
帝都近衛格闘術。帝都を守護する戦士が使う格闘術。その基本の構え。この基本の構えから、それぞれ自分に合ったスタイルに術者は手の形を変える。あるものは拳を握らず手刀のように、あるものは拳を固め、まっすぐ打ち込めるように。それぞれ得意の形に変える。
シーザァーも例外ではなく、基本に忠実な構え。両拳が鉄で固められているため、柔らかく手を開くことはできない。しかし構えたからといって拳の間合いが広がるわけではない。未だモーニングスターの方しか間合いは届いておらず、防ごうにも、ベイラーが受けるにはあまりにい重い一撃である。
「これでもう一度帝都に帰れる! 」
男はモーニングスターを振り下ろしながら、勝利を確信していた。狙いはコクピット。当たれはベイラーであっても無事では済まない。ましてや中の人間などその衝撃でしばらくは動けなくなる。そうすれば、この鉄拳王を捨て置き、門を潜って帝都へと戻ることができる。戻ったら何をしようか。そこまで考えた時。
振り下ろしたはずの攻撃の手応えが全くないことに気がつく。
「……?」
眼前には、先ほどと同じ構えのまま、全く無傷の鉄拳王がいる。モーニングスターは地面を抉っただけで何も壊していない。
「避けられた、のか? ならもう1発! 」
再び振り上げ、鉄拳王に振り下ろす。確かに間合いの中。当たるはずの距離。今度こそ、当たる。そう確信した瞬間。鉄拳王のベイラーが動いた。
上体を全く動かさず、足の、それもほんのわずかな移動で、モーニングスターの軌道を完全に見切っている。再び、モーニングスターは豪快な音を立てながら地面を抉る。
「な、ならこいつはどうだぁ!! 」
男は、モーニングスターを無闇矢鱈に振りまわした。もっとも単純かつ厄介な攻撃。見た目の派手さと威力はまさに必殺と言っていい。鎖がぶんぶんと風切り音を鳴らし、鉄拳王に迫る。
一回。二回。三回。四回。
そのすべてを、鉄拳王は足の動きのみで、見切り、躱す。当たれば致命傷になり得るその攻撃を、寸分狂わず、すべてギリギリで避けていく。やっていることは単純。後ろに下がっているだけであるが、それが、上半身が全くブレることなく、両足を僅かに動かすだけで行っている。
《カリン、あのひと、もしかしてすごいことしてる? 》
「すごい、なんてものではないわ」
コウは目の前で行われている戦いがひどく地味に思えてならなかった。かたや半壊のベイラーは未だ攻勢を崩さず、かたや避けているだけの戦い。防戦一方にしか見えていない。
「すべて、絶妙なタイミングで、かつ最小限の動きで躱している。意図的に相手を消耗させてるのよ」
《何の為に? 》
「それは多分……」
カリンが解説するより先に、答えが現れる。それは振り回された回数が20を超えた頃。没落貴族にとっては思いもよらない変化が起こった。
半壊だったアーリィーベイラーが、モーニングスターの重量を支えきれず、ついに肘から先が折れてしまったのである。バキバキと大きな音をたたて、片腕があらぬ方向へと曲がる。
「な、なぁ!? 」
その隙を、シーザァーは見逃さない。折れた腕目掛け、まっすぐ鉄拳が伸びる。
「撃!! 」
気合と共に、低い重心から放たれたその拳は、大雑把な外見に似合わず正確に肘を捕らえ、半壊のベイラーを、今度こそ全壊にさせた。肘から先が木っ端みじんに砕け散り、貴族没落が乗るベイラーが尻餅をつく。
「だから愚かと言ったのだ。己のベイラーの状態すら分からぬとは」
モーニングスターは鉄球を備えつけた重量武器である。振り回せば遠心力によって凄まじい破壊力を得ることができるが、反面、振りまわし続けることで使用者の体にも負担を強いる。人間であれば多少の疲労という形で終わるため問題はないが、ここでベイラーの場合話が変わってくる。
ベイラーはあくまで樹木。その強度は個別に変わってくるが、共通して脆く壊れやすい。さらに、没落貴族が乗っていたベイラーは文字通り半壊。治すことすら困難なものだった。そんな状態のベイラーが、重量武器を、それも遠心力が加重として加わればどうなるか。
ベイラーはその荷重に耐えきれなくなり、自壊する。そしてその自壊にあわせ、シーザァーはたった一発の拳打を合わせればよかった。
「ま、まさかこんな」
「即刻立ち去るが良い」
「ま、まだぁ! 」
没落貴族は何を思ったか、コクピットの中でゴソゴソと着替始めた、しばらくあと。着替えが終わったのか、ベイラーを乗り捨てると、そこには全身鎧で身を固めた、貴族、もとい騎士が立っていた。騎士は兜をかぶりながら大声で叫ぶ。
「ベイラーを降りてこの俺と一対一で勝負しろぉ! 」
「勝負、とな」
「それとも鉄拳王はベイラー抜きでは戦えぬか! 」
「……よかろう!! 」
シーザァーは快諾し、ベイラーから降りる。ここでも彼は剣一つ持っていない。
「(まさか、全身鎧相手に拳で挑もうっていうのか!? )」
オルレイトがその姿に驚愕している。全身鎧の性能を彼は知っている。襲われたこともある彼は、たまたま近距離で剣を持っていたために、急所を叩き、すぐさま逃亡すること対処できた。もしでするの逃亡ではなく、真正面からの戦いで勝利するとなれば、それこそ中の人間ごと叩き潰すモーニングスターのような重量武器か、それに類するものが必要になってくる。全身鎧とて急所はある。脇腹や膝裏などは中の人間が動けるように多少の隙間が空いている。
騎士は自分の剣を抜き、上段で構える。諸刃のシンプルな剣。一方のシーザァーは、ベイラーの戦いの時の同じように、格闘術の基本の構えをとって迎え撃つ。
「……あら? 」
《どうしたの? 》
「いえ、あの方の鎧……剣も……気のせいかしら」
カリンは一瞬感じた違和感を感じ目を凝らす。しかし、そもそもとして見慣れない全身鎧。何に違和感を感じたのか分からず首を傾げる。
「(今度は先程のようにはいかんぞ)」
一方、男の方は、ベイラーの時とは比べ物にならないほど、己を律していた。敵はあの鉄拳王。絶大かつ強大な敵。だが全身鎧に身を包んだ彼に油断はなかった。
「(鎧があれば拳など効かぬ )」
狙うは脳天。大上段からの振り下ろし。無論拳よりも遠い間合い。避けられたとしてもこの身を守全身鎧。最悪の場合、組みついてその重量で圧死させてしまえる。もはや負ける光景を思い描く方が無理と言えた。
「(そして帝都へ至る! )」
勝利の確信を持ってして、ついに男が動いた。シーザァーに向け、上段からの振り下ろし。モーニングスターと違いその軌道はまっすぐ、かつ速い。対してシーザァーは、今度は避ける気配すらない。
「勝った!! 」
男は、完全に勝利したと思った。それは近くで見ていたカリン達も同じ。
「(避けるでもなく、返しもしない!? 一体何を)」
誰もが、鉄拳王が死ぬものだと思った。男の剣は、動機こそ邪であろうと、まっすぐ、人を殺すには十分な速さと威力があった。だからこそ、今の光景を理解するのに時間がかかった。
「なぜ追放されたか、わしは知らん」
シーザァーが口を開く。避けるでもなく、返しをするでもなく、彼は生きている。なぜか。
「だが、その鎧、そしてこの剣が教えてくれたぞ」
「な、なぁ」
シーザァーは生きていた。その剣を、両拳で挟んで止めている。拳で、白刃取りをして見せたのである。ギチギチと剣が軋みを上げているのがわかる。
「確かに速い。だがその鎧は本来もっと疾いはず」
「何を、言ってる」
「剣もそうだ。本来、もっと鋭い……だが! 」
シーザァーの声と共に、剣に変化が現れる。拳で挟んだ場所から、今度はひび割れの音が聞こえてきている。
「そ、そんな」
「元はよい剣であったのだろうな。だが、手入れがされなんだ。だから錆びて……こうなる」
シーザァーが言い切る前に、その剣は、拳を起点に綺麗に折れた。折れた部分の内部は、シーザァーのいう通り茶色く錆びている。よく見れば、諸刃も所々欠けていた。
「これぞ帝都近衛格闘術、月割り」
「そ、そんな……」
「大方、怠慢さゆえ追放されたのであろう……そして鎧……全く情けない」
「だ、黙れぇ! 」
男は、最後の手段、組みついて圧死させる手をうった。鎧で走るその姿は、対面していれば恐怖でしかない。だがシーザァーはその姿さえ哀れむ。
「鎧も手入れせなんだ。まぁよくガシャガシャ音を鳴らして」
「(……そうか、あの鎧、すでに歪んでいたのね)」
シーザァーの指摘により、カリンが感じた違和感の正体に気がつく。
全身鎧は本来、装着者がバク転、側転できるほど可動域が確保され、さらには動く際に音も最小限に抑えられるほどの高度な技術が使われている。ガシャガシャ音がなるようなものは不良品に他ならない。現代における全身鎧は頑丈な代わりに鈍重というのは全くの誤解である。
だがこの男の鎧は、幾たびの戦いを経て、修理が必要なまでに損傷していた。それを修理修繕しなかったのは、この男の、単なる怠慢である。その怠慢を、シーザァーは一眼で見抜いた。そして、この男の怠慢さによって、錆びてしまった哀れな武具に終止符を打つべしと行動する。
「殺してやる! 」
指摘された部分を言い返すこともできず、己の感情剥き出しで飛びかかる。
「帝都近衛格闘術……正拳突き」
飛びかかった騎士に、真正面から、右手の正拳突きが放たれる。全身鎧。それも1番分厚い胴体に、明確に拳がめり込む。しかし、騎士は兜の中でニヤニヤと笑ってる。すでに間合いはゼロ。そのまま掴みかかり、首をへし折りにかかっていた。
「拳が通るわけないだろうがぁ! 」
「撃! 」
掴みかかられながら、気合と共に再びの正拳突き。全く同じ箇所、同じ威力がそのまま鎧に放たれる。
「(なんだ? )」
男はすでに両手で首を掴み、首を絞めにかかっている。だが、シーザァーは全く意に返していない。
「撃゛゛」
喉を締められながら、再び拳が放たれる。全く同じ位置、同じ威力。
「(首を絞められながら打ってきやがる!? まずい! このままだと鎧が)」
騎士が焦ったその瞬間である。
元から歪んでいた部分に、さらなる損傷が重なった結果。
男の身を守っていた胴体部分の鎧が、ぱかんと綺麗に取れる。それはさながら魚の鱗が剥がれたかのように、綺麗に地面へと落ちた。
「(まずいッ )」
今まで、男が精神上優位に立てていたのは、鎧があってこそ。素手で迫るシーザザァー相手でも、焦りこそすれ、恐れることはなかった。だが、それがたった今覆る。
「(だがぁ! )」
首を絞めるのは諦めた。だが、組み付いている優位を生かす術はまだある。騎士はシーザァーの体を持ち上げ、そのまま、拳の間合いから遠ざけるべく、絞め技ではなく投げ技へと転じた。武術の心得があるものであれば、組み付いた状態で投げ技へと移行するのは容易い。シーザァーの体は騎士の思惑通り、一瞬で宙へと放り投げられる。
「(よし、このまま逃げて)」
騎士が逃げようとした、まさにその時。信じられない物を見た。
シーザァーは、今、空中に投げられている。実際に騎士が投げたのだから間違えはない。だが彼は、上空中であろうと、体の上下が逆さまであろうと、拳を腰にため、敵を見据えている。
「撃ぃい!!」
シーザァーの拳が裂帛の気合共に、無防備になった胴体に炸裂する。空中であろうと、先ほどと、全く変わらない威力でその拳は放たれた。鎧の形を歪ませられるような一撃が、生身の人体へと叩き込まれる。骨と内臓が、同時にに砕かれる音が騎士の体から聞こえ、騎士は悶絶しながら、そのまま痛みに耐えられずに倒れた。同時に、シーザァーの方も、投げられたために受け身をとって、すぐさま立ち上がった。喉を締め上げられていたせいで、呼吸が荒く、整えるのに時間をかけている。鉄を殴り続けた拳だけ、皮が捲れて血が垂れていた。しかし、怪我という怪我はそれしかない。
《すごい威力だ……鎧が歪んでる》
「違う、違うわコウ。あの人の凄さは威力じゃない」
《え?……待って、もしかして》
「そうよ。そうとしか考えらえない。」
コウが、その全容を見て、認識が合っているかどうかを確認する。カリンもまた、己の理解が正しいことを、正しいからこそ、目の前で起きたことを信じるほかなかった。
「あの人は、どんな姿勢、どんな状態からでも、正拳突きが放てる」
鎧を歪めるほどの威力を持った拳打を、どんな姿勢からでも放つことができる。それを成し得るのは修練と同時に、必ず正拳突きを放つという凄まじいまでの意思。首を絞められ、生命の危機が訪れようとも、それに逆らい、一撃を放つ。空に放り出され、地面がなくとも、己の体幹のみで一撃を放つ。
「あれが、シーザァー・バルクハッツァー……鉄拳王シーザァー」
鉄の意思で拳を振るうからこその、鉄拳であった。
「さて、次は貴公らだ」
その鉄拳王が、こちらにやってくる。完全に先程の貴族たちと同類と認識されていおり、今からでもその鉄拳が振るわれようとしている。
「ま、待って! 私たちは」
「鉄拳王様ぁ! いやぁ噂に違わぬ戦いぶり! 惚れ惚れしますなぁ!! 」
カリンが弁明しようとした時、今までずっと背後に隠れていたネルソンが、両手を擦りながら突如として現れた。腰を折り曲げ、ヘラヘラと笑っている。
「いやぁ助かりましたぁ! まさか鉄拳王様直々にお出ましとは! 」
「何者だ」
「あっしはネルソンと言いましてぇ、しがない商人をしておりまさぁ」
「商人? 」
「へい! 印もここにあります! 」
ネルソンが袖をまくる。その印を見てシーザァーは得心したようで、握っていた拳を初めて解いた。
「荷を狙われ、ここまで逃げ延びたというところか」
「その通りでさぁ! いやぁお話が早くて助かる! それで、ですね、あっしとしましても、中に入りたいんですがぁ、どうでしょう」
「駄目だ」
「え、ええ! どうして!? こうして通行印も」
「もうすぐ、陛下主催の催しがある。商人といえど、通行は認められん」
「そ、そんなぁ」
「お待ちになって」
ネルソンの話を遮るように、カリンが前へと躍り出る。
「これはこれは、腰に剣をして、勇ましいお嬢さんだ」
「私の名は、カリン・ワイウインズ」
「……ワイウインズ? 」
その名を聞き、シーザァーが、そしてネルソンも目を見開く。
「我が名はカリン・ワイウインズ。父の名はゲーニッツ・ワイウインズ。ゲレーンより参りました。故あって父はなれてしまい、遅れての参上となりました」
「……謀り、にしては堂々たる名乗り。しかし証もなしに信じろと? 」
「証ながらここに」
カリンが懐から、赤い石、龍石の嵌め込まれた笛を取り出す。その石を見て、明らかにシーザァーの顔色が変わる。
「まさか、龍石? 」
「改められよ」
カリンに言われるがまま、その笛を眺める。
「なるほど……遠き国、ゲレーンには龍の眷属がいると聞く」
「然り。これはその眷属より頂いた石です」
「証はたしかに。だが通行料はすべての者に課せられます。たとえそれがどのような者でも」
「通行料? 」
「はい。通行料として1人、一欠片、金を納めていいだたければ、通しましょう」
「そ、それは」
一瞬カリンの顔が曇る。路銀として多少の通貨はあるものの、とてもではないが全員分の金は手持ちにはない。
「いかがした? ゲレーンは豊かな国と聞く。金の一つや二つお持ちのはず」
「そ、それは」
「金ならばここに! 」
ここで、オルレイトが声を上げた。その手には人数分の手のひら大の金が確かに納められている。
「あーー! それは」
「ネルソンは道中我らと共に旅をした仲ででございます! 共に帝都に入れていただけないでしょうか! もし金がまだ入り用でしたら、ご用意がありますが! 」
ネルソンが口をパクパクさせながらオルレイトとカリンを交互に見る。オルレイトは極力目を合わせないようにし、カリンは目が泳ぎそうになるのを必死に我慢している。ベイラーたちに至っては、もはや気が気ではなくそわそわしていた。
そしてシーザァーは、腕を組み、しばしの逡巡ののち、答えた。
「ゲレーンは帝都にとっても変え難き友の国。その姫君となれば、追い返すこともできますまい」
「それでは」
「鉄拳王シーザァーの名の元に、貴公らの入国を許可する。金を手にし、わしについてまいれ」
シーザァーがベイラーに乗り込み、門へと向かっていく。シーザァーが離れたのをきっかけに、ずっと黙っていたネルソンが文句を垂れた。
「ちょっとぉ!! あっしの金になんてことを」
「このままじゃ売ることもできずここで野垂れ死だぞ? いいじゃないか」
「だからって全員分なんか持っていかれたら、取り分がないでしょう! 」
「じゃぁここで大人しくあの貴族崩れから報復されるのを待つんだな」
「そ、そんなぁ」
「何はともあれ……ようやくね。っと、その前に。コウ! 」
《わかってる。お任せあれ》
カリンが指示を出す前に、コウがその手を、先ほどの戦いで敗れた騎士にかざす。傷が痛むのか、呼吸が浅く、腹の部分が内出血を起こしていた。
《サイクル・リ・サイクル》
心を落ち着かせ、静かに唱える。手のひらから暖かな緑色の炎が灯ったかと思えば、その炎が騎士を包んでいく。
《あとは、目を覚ますのを待つだけだ》
「傷を、治したの? そんなことできるの? ベイラーが? 」
《まぁ、そうなるかな》
「ほぉお……ベイラーって便利ですねぇ」
「さて、皆、いくわよ。大手を振って堂々と!! 」
カリンが先導し、門へと向かう。
こうして、ついに、カリンたちが、帝都ナガラへと入国した。
記念すべき200部目。しかし帝都編はまだまだ続く。




