表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/359

森での戦い 2

生態系は様々です。

「いつもの倍……いや三倍の深さを掘るぞ」

「《あんだけ大きいと、いつものサイズじゃ、罠にかからないしね》」


 まだ、キールボアとコウが戦っているころ、先の宣言通り、ジョットはキールボアを仕留めるべく罠を仕掛けていた。といってもそこまで凝ったものをつくるのではない。一瞬動きをとめ、その間に仕留めることができるようになればいい。


 ナヴは慣れた手つきで雪を掻き出し、自分の膝ほどまで、一気に地面を掘った。深さは……3mほどか。ナブが腕を伸ばせる範囲ぎりぎりまでを掘る。


 そこまですると、ナヴからジョットが降りる。穴の中に、大量の針のついた実を投げる。毬栗のようなものらしい。また、それとは別に、大量の木の実を、今度はその掘った穴の前においた。その木の実には、蜜も一緒にふりかける。これで人間の匂いを隠すためだ。


「ナヴ! やってくれ! 」

「《あーいよ」」


 ナブが、おもむろにしゃがみこんで、穴の前に手をかざす。そうすると、サイクルシールドを展開し始めた。しかし、乗り手のいない状態で、複雑な動作は難しい。事実、いまナヴが作っているシールドは、コウのシールドよりもずっと脆く弱いものだ。


「……もうちょい……もうちょい……」


 だというのに、ジョットはその行動を止めない。むしろ、誘導して、この穴の全体をきちんと覆えるようにしている。


「……いいぞ! ストップだ! 」


 ピタっと、動作をやめる。直径10m。深さ3m。……これに雪をかぶせれば。


「できた。……あの興奮した調子なら、誘導も苦じゃないはずだ」

「《でっかいねぇ……久々じゃない?1頭の為にこんだけでかいく作るの》」

「そうだね……普通ならここに3頭ははいる」


 つまるところの『落とし穴』だ。脆い構造の板に、一定以上の重さがかかれば落ちる仕組み。さらに中には鋭い針のついた木の実が撒かれ、足裏を怪我させ、簡単にはい出てこないようにする工夫もある。このジョット、普段は狩猟で生計を立てている者であった。


「横穴で冬眠するキールボアが、その横穴より大きくなるなんてね」

「《あれが入る横穴なんてある? 》」

「……まぁ、ないから冬眠してないんだろうし」

「《追い出されたかなんかじゃないの? 仲間のキールボアに》」

「まぁ、そのへんは学者様に任せるよ。はやく姫さまを呼びに行かなきゃ」

「《あいよー……》」

「……どうしたの? 」

「《いや、なんか忘れてねぇかなぁって》」

「あれ、罠に不備が? 」

「《いやいやいや。ジョットの罠の手際は悪くないよ。むしろいっつも早くって退屈するくらいなんだし》」

「じゃぁ、なんだい? 」

「《いや、キールボアのことだけ考えてればいいか》」

「ああ、そうしよう。僕らの罠でキールボアを捕まえられれば、僕らは肉を食べれる」

「《で、あたしらは労いで体を綺麗さっぱりしてもらえる。まったくいい》」


 気分だね。そう、言葉を続けるはずだった。ナヴの背中に衝撃が来るまでは。


「ナヴ!? 」

「《いっけねぇ……》」


 ナヴは思い出していた。さっきまであの巨大なキールボアが居たせいで、頭からすっかり消えていた。ベイラーの足跡のこともあったのかもしれない。それにしても。


「《キルギルスの足跡だってあったじゃねぇの……あたしかっこ悪ぅ……》」

「ナヴ! ナヴ! 」


 ジョットはナヴに走りこみ、中に入ろうとした。乗り手として、相方であるベイラーを心配するのは当然だ。しかし、今回に限れば、それは悪手だった。ナヴに『殴りかかった』生物が、その体を回転させて、尻尾をジョットに叩きつける。


 ジョットはそれを両腕で防ぐが、その衝撃は凄まじく、ジョットを遥か彼方へと吹き飛ばした。……もし、木に直撃してしまったら、ジョットの命はない。


「《ジョットの馬鹿……や……ろう……》」


 ナヴが、悪態をつく。その目には、涙は流れないが、感情を表す光は静かに輝く。


「《ひ、姫さまにつたえねぇと……このままじゃジョットが喰われる……はやく……》」


 ずり……ずり……


 体を這わせて、先に進もうとした時だった。肉食獣であるはずのキルギルスが、ナヴを見下ろしていた。よくみれば、おびただしい数の傷あとがある。近くでみると、灰色の体が、傷だらけで赤く見えるほどだ。


「《……な、なんだぁ? 》」


 言葉を持たないキルギルスが、その、生物を押し潰すためにハンマー状に進化させた拳を大きく振り上げ、ナブの体を容赦なく叩き潰した。バギバギバギと、サイクルを回すことでは起きない、炸裂する音が、森に響く。


「《━━━━ッツアアア! 》」


 ナヴが、悲鳴を上げた。しかしキルギルスのその行動は、1度ではなかった。


 2度、3度、4度、5度。


 何度も、何度も、何度も殴りつけ叩き潰す。


 完全に足を潰したあとも、その行動は終わらなかった。次の標的は腕に変わり、執拗に、執拗に、なんども、なんども、叩き潰す。キルギルスの狩りの手段として、その拳でまず獲物を気絶させ、その後、足を潰して逃げられなくするという行動をとる。


 ……そう。足だけを潰すのだ。この行動は捕食の際の行動とはかけ離れている。


「《なん――でッ! あた―っし!? に―!? 》」


 もちろん、肉食生物はベイラーなど食べない。……このキルギルスのやっていることは、まったくの無駄でしかない。生身の肉なら、さきほど、自分の尻尾で吹き飛ばしたばかりだ。食べるのが目的なら、そちらに向かえばいい。


「《こい―ッ!? つはぁ! ―ッ!? なんでッ!? 》」


 ……野生の生物が、縄張り争いで、リーダー格の者は同種を殺害し、みせしめにすることはある。

 それによって、同じ縄張りの結束を強め、また同種の別の縄張りからの侵入を防ぐ威嚇の目的もある。無意味な虐殺などしないのだ。しかし、このキルギルスは違う。完全に無意味な行動をベイラーにしている。


「《こ。こいつッ―憎い、のか!?あたしらが!?ベイラーが!? 》」


 憎しみによる報復。それを、この特異な個体であるキルギルスは行っている。それによって、ナヴの両手両足は完全に潰され、行動は封じられてしまった。。……キルギルスは最後の仕上げに移る。


 その口をひろげ、腰に位置する部分に噛み付いた。琥珀状のコクピットは歯が通らなかったのだろう。しかし、すでにそんなことは、どうでも良いことになった。


 バキバキ、バキバキ、バキバキと、いままでで、一番大きな音が鳴り続ける。


「《あが……ぎあぁ……ああああ!!?? 》」


 ナヴが悶える。しかし、もうどうしようもなかった。


 バギン。


 琥珀状のコクピットと、頭。それだけを残し、ついにナヴの下半身はその体から離れた。


「《ああああああああああああああああああああああああああああああ!! 》」


 ナヴの悲鳴は、キルギルスには届かない。しかし、キルギルスのその口は、まだナヴを離さない。い。……どこからか、獣の叫び声が聞こえた。ベイラーの悲鳴はとどかなくとも、捕食する対象の声は届くらしい。そのまま口に加えて、のっしのっしと、警戒しながら歩いていく。そのキルギルスが、遠目で、白いベイラーを認めた。どうやら、キールボアと争っているらしいが、それは、この個体には関係がなかった。


 ベイラーがそこにいる。この個体が動く理由はそれだけだった。


「《 (ジョット……あたしはこんなになってもまだ治るけど……ジョットは違うだろう……頼むからさぁ……娘の双子にでもなんでも体拭かせてやるから……頼むよぉ……) 》」



 ……ナヴは、どこまでも自分の乗り手を案じた。ベイラーは頑丈だ。


 でも、乗り手がいないと、とても寂しいのだ。


 ◆


「ジョット!! ナヴ!! 無事なのですね! 返事をして!! 」

「《ジョットさんは雪の上をうまく転がってた! 生きてるよ……でも》」


 ジョットさんは、あの状況でもうまく受身をとったらしい。木の幹にぶつからなかったのも幸いしている。しかし呻き声を上げながら、その場から動けないようだ。


「……なんて大きなキルギルス……あの手で殴られたらひとたまりもないわ」

「《後ろのキールボアの槍で突かれてもだ……どうする? 2体同時に相手する? 》」

「そうしたいのだけど、ジョットもナヴも重症なの。ここは退くわ。ベイラー20人でやればすぐに」


 バズン。


 後退しようと足を動かせば、行く手を阻むようにキルギルスが遮った。……どうやら、逃がしてはくれないらしい。


「……時間もない。ジョットの出血も気になる。あとでナヴの欠片も探さなきゃ……雪が降ってないからまだそれはなんとかなる」

「《……で、このやる気マンマンなお二人はどうしようかカリン》」

「……いま考える」


 そうカリンが言った時だ。キールボアが、再び突進を行う。先ほどのようによければ、問題はなかった。……その突進するコースに、ジョットが重なっていなければ。


「コウ!! 」

「《間に合え!! 》」


 全力でこちらも加速する。カリンと僕の意思が重なり、目が赤く光るのを感じる。足元の雪を盛大に散らして、ジョットさんのいる場にすぐさま駆けつける。カリンは、このままジョットさんを抱える気でいる。しかし。武器もなにも持っていない。さきほど壊れたばかりだ。いや、いま武器をもってしまうと、ジョットさんを抱えられない。


 このまま、キールボアの突進をなんとかして受け流すしかない。ジョットを雪ごと抱え込み、両手で包み込む。左手を下にして寝かせに、右手を覆いかぶせる。そうしたが最後、キールボアの誇る槍が、もう眼前に迫っていた。


「このまま転がる!! 」

「《転がる!? 》」


 言うや否や、カリンが僕を動かしてみせる。半身になって、ジョットさんを遠ざけて、そのまま槍の頂点かわずかに右の、なにもない側へと体をずらす。しかし、衝撃そのものが弱くなっているのではない。そのまま、弾き飛ばされそうになる。そこで、カリンは僕をコマのように回転させて、勢いを出来るだけ逃がした。


 勢いを逃がすタイミングも、ジョットさんの確保も、何もかもうまくいった。しかし、それでも、僕が宙に浮くことは防げなかった。7mあるこの体が、天高く放り出される。


「私のことはいい! ジョットを何が何でも守って! 」

「《はい!! 必ず!! 》」


 両手で、雪で押しつぶさないようにつつみこむ。柔らかく、それでいて、手からはずれないように。弱すぎれば、ジョットさんは空中に放り出されてしまう。かといって、強く握りすぎれば、今度はジョットさんの体がもたない。ただでさえ怪我をしているのだ。そのなかで、上から圧力などかければ、どんな事が起きるかくらいは想像がつく。ジョットさんを殺すことなんてしたくない。下にした左手の指と、かぶせた右手の指を絡ませて、固定する。


「固定できた? 」

「《なんとか! 》」

「一旦手を離すから! あとよろしく! また後で! 」

「は、はい! 気をつけて!! 」


 仕方ないとは言え、微調整をする暇は、この空中ではできなかった。そしてカリンの宣言通り、視界と意識の共有が切れる。カリンが全力で自分の身を守るために操縦桿を離したのだろう。……だんだん地面が近くなる。手はたしかにジョットさんを守っている。せめて、うつ伏せでぶつかるよりはいい。空中でなんとか姿勢を変えて、背中から落下するようにする。そしてほどなくして……衝撃が、全身を打った。


 想像よりは、痛みは少ない。雪がクッションになってくれているようだ。その雪も、あたり一面に盛大に舞い上がった。落下の衝撃で木々はゆれて、もともと積もっていた雪も上からさらに振ってくる。キールボアの突進による追撃は……ない。こちらを見失ってくれているようだ。幸いといえば、幸いだ。これで、多少態勢を整えられる。


「……どこか、怪我はない? コウ」

「《カリン? こっちは平気だけど、そっちは? 》」

「ちょっと頭を打ったくらい。クラクラする……ジョットは!? 」

「《そ、そうだ、ジョットさんは……》」


 自分の手を見る。ゆっくり開いていくと……ジョットさんは確かにそこにいた。息もしている。生きている!


「その木の裏にジョットさんを隠しましょう。ジョットさんを手に載せたままではなにもできない」

「《はい……背中側の怪我がひどいです、このままおろします》」

「ええ。お願い。目印も付けておきましょう」


 こちらを見失っているうちに、ジョットさんを近くの木、その裏側に腕を回して下ろす。そして、木に目印になるバツ印を付ける。これで、あとでジョットさんを見失うことはない。それに、この木に向かって突進してきたキールボアを止めることもできる。


「……目を潰したのが効いている? さっきまで突進なら即座に来たのに」

「《見失ってくれてるのが一番の理由だとはおもうんですが……いや、来た!! 》」


 舞い上がった雪を、まっすぐこちらに向かってくる影が一つ。……でも、さっきまでの突進と違う。ということは。


「キルギルス!! 」

「SHAAAAAAAAAAAAAAAAAA!! 」


 キルギルスがこちらを認め、雄叫びを上げて、迫ってくる。その手を振り上げ、こちらにぶつける気だ。後ろにはジョットさんがいる。避ける訳には行かない


「サイクルミルフィーユシールド!! 」

「《はい! 今度こそぉ! 》」


 両腕を前に掲げて、眼前を埋め尽くす大きさのシールドを創りだす。今度は、先ほどと違い、何十枚ものシールドを産み出し、それを重ねる。お菓子のミルフィーユから着想を得た、カリン命名の特製シールドだ。キルギルスの動きが遅いのが助かった。おかげで十二分の厚さを確保できた。


 ガゴォン!


 キールボアと比べれば少ないが、まともに喰らってはいけない類の攻撃が壁から伝わる。


「《キルギルスの攻撃は、これでなんとかなりそうです》」

「そのようね。このまま、横に移動するわ! 少しでもジョットから離れる! 」


 ガゴォン!ガゴォン!


 何度も打ち付ける音がシールドから聴こえる。シールドを保ちつつ、1歩ずつ歩き、ジョットさんのいる木から離れていく。キルギルスの攻撃の手は止まないが、シールドを破るほどのものではない。やがて、ジョットさんから十分に距離を取れる位置まで来ることができた。


「ここまでくれば……あとはなんとか……」

「《カリン? 》」

「キルギルスの攻撃が来ない?……コウ! 飛んで!! 横!! 」


 自分ではない足音を聞いて、その指示の意図を掴んだ。さっきまで手にしていたシールドを手放して、不格好ながらも横っ飛びに跳躍する。その瞬間、シールドはキールボアの突進によって成すすべなく砕け散っていた。ごろごろ転がりながら、再び立ち上がろうとしたとき、待ち構えていたキルギルスが頭上からその肥大化した拳を振り下ろしていた。今度は避けることも、シールドをつくることも間に合わなかった。腕をクロスさせて、その鉄拳を受け止める。


 その威力はシールドなしで受けるには凄まじく、体が、数cm雪に沈んだ。ミシミシミシと、両腕からいやな音も聞こえた。ヒビが入ってしまったかもしれない。


「《こ、今度は左から突進!! 》」

「このぉおお!! 」


 カリンが僕の足をつかって、キルギルスの腹を蹴飛ばした。その結果をみとどける暇などなく、すぐさま後ろへと転がるように僕を動かす。その行動が功をなし、キールボアの突進を躱すことに成功する。


「《キールボアと、キルギルスって、手を組んで狩りをするんですか? 》」

「そんなわけないでしょう! どっちも単独で自分の食べ物を狩る子たち! 」


 そうこう議論してるうちにまたキールボアの突進が来た。キルギルスのいる方向に逃げれば、さっきの二の舞だ。故に、反対方向へとよけるのだが……


「《カリン! キルギルス! 今度は上から!! 》」

「なんですって!? 」


 キルギルスが跳躍して、あろことか先回りしてきた。そして僕らに再び、その鉄拳を食らわそうとしてくる。


「足元! サイクルショットで!! 」

「《だぁ!! 忙しい!! 》」


 針を作って、鉄拳を振り上げるキルギルス、その足元を撃つ。この距離で、カリンは外すことはない。そのままキルギルスの足を打ち抜いた。


「SHAA!? 」



 突き刺さったわけではないが、それでも、キルギルスが短い悲鳴を上げて、足元のバランスを崩した。このまま攻めて一気に……と行きたいが、キールボアの突進を忘れるわけにはいかない。格好をつけて避けることも出来ず。でんぐり返しのような形で、その突進をやり過ごす。


 そして再び、詰められた距離を離す。


 キルギルスの追撃は……崩したバランスを直すためにつかわれた。ひと呼吸だけ、時間が空いた。こんどこそ態勢を整える。


「キールボアの突進をよければその先にキルギルスがいて、あの拳の餌食。で、あの拳を防ごうとして足を止めたが最後、今度はキールボアの突進が待っている」

「《……ずっとその繰り返しができる。でも、逆を言えば、それを続ければ助けを呼ぶために移動し続けられる》」

「ジョットの容態が気になる。そんな時間をかけてられない」

「《キルギルスを先にサイクルブレードで倒して、そのあとキールボアを斬る? 》」

「どちらかを倒した瞬間に、倒してない方に倒される」

「《……》」

「……」


 つまり。あの凶暴な生物たちを同時に、倒す必要がある。しかし、片方は常に動き回り、もう片方はこっちの行動を見てから判断し、跳躍することですぐさま対応してくる。


 ……どうすればいい。どうすれば。


「《聞けぇ! すっとろいの! 》」


 2頭の生物が、その声の先を見た。そしてそれは、僕らも同じだ。ぼろぼろになったナヴが、その声を張り上げていた。


「《ナヴ! だめだ! いま喋ったら!! 》」

「《あたしが来た方向! いま、あんたたちからみて右手の方向にずっと進めば、ジョットが仕込んだ罠がある! 落とし穴だ! そいつを使え!! 》」


「ジョットは確かに罠をはってくれていたの! 」

「《その最中にそこのトカゲやろうに襲われたんだ! そいつ普通じゃねぇ! ベイラーを憎んでいやがる!! ジョットを食おうともしなかった!! おかげであたしはこんなだ!!》」


 ベイラーを、憎む? その結果が、あのナヴだっていうのか!?


「《頼むよ……ジョットを助けるにはそいつらなんとかしなきゃだろう……》」

「し、しかし……」


 カリンの言いたいことが嫌でも伝わってくる。この2頭には、隙がない。ここから逃げることだってできないのだ。なのにどうやって罠のある場所まで行けば……


 そう思っていると。ナヴが、すでに砕け散っている右腕を、キールボアに向けた。そこから、サイクルを回しているように見える。……その腕から、針が見えている。


「《隙なら、つくってやるさ……》」

「《な、ナヴ!? 何をする気だ!? 》」

「《ジョットと、その娘らによろしく。姫さま! 白いの! 》」


 ポスンと、気の抜けた、音が、やけにこの場で響いた。乗り手の居ない状態で、ナヴは、キールボアにサイクルショットを撃った。そんな状態のナヴが放ったサイクルショットが、直線にすすむでもなく、緩やかなスピードをたもち、放物線状を描いて。


 ……確かに、当たる。いや、当たってしまった。もちろんダメージなどない。しかし、ナヴにとっては、それでよかった。キールボアの標的が、僕らではなく、ナヴへ向かう。あの凄まじい突進が、動けないナヴを狙えば……


 僕の足が、先ほどナヴの言っていた方向に向いた。カリンはそのまま、この2頭を罠に誘導する気だ。たしかに、これで隙ができた。罠に向かうだけの隙が。でも……


「《カリン! ナヴが! いまナヴに向かって! キールボアが!! 》」

「分かっている! わかっています!! でもいま助けに行くことが本当にナブがして欲しいことだと思う!? 」

「《で、でも!! 》」

「はやく済ませて早く戻ってくればいいだけの話です!! だから今は走ってコウ!! キルギルスだって追ってくるんだから!! 」

「《くっそおおおお!!》」


 僕らが踵を返して、走りだすのと、キールボアがナヴに向かって突進を仕掛けたのは同時だった。

 キルギルスの方は、僕らを追ってくるらしい。その跳躍力は脅威だが、すぐさま追いつかれるほどじゃない。


 どんどん、先程までいた場所が遠くなる。そして……


「GAAAAAAAAAANN!! 」


 ナヴが見えなくなったころ、キールボアの雄叫びが聞こえた。それは、外敵を排除したことに成功したという、意思表示だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ