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国境を越えて

「下がれ! 退けぇ!! 」


 助けた商人の計略により、コウ達はだまし討ちを受けた。その場にくぎ付けにされた後に、男たちが襲い掛かり、金品を盗みだす。おそらくはそのような計画だったのであろう。

 

 しかし、いくら人が何人いようと、こちらにはベイラーが、それも複数いる。争いというにはあまりに稚拙な、子供のお遊び。コウ達がすこし足踏みをしただけで、盗賊は退いていった。


《そりゃそうか》

「もう。幸先が悪いわね」

《でも帝都は目の前なんだろう? 》

「そのはずよ。でもあの商人、今度会ったらただでは済まさないわ」

《あの人、そもそも商人ですら怪しいよ》


 けが人もなく、なんら問題もなくそのまま進んでいく。一瞬の喧騒が嘘のように静かである。途中、殿を務めていたレイダが前へと進み、コウの肩を叩いた。


《コウ様》

《レイダさん、どうしました? 》

《静かに……右に3人、後ろに2人、近づいてきてます》

《えっと、カリン》

「少し待って」


 コウが歩きながらゆっくりと首を回す。進行方向からみて右側。林の影からたしかに3人、一瞬物陰にかくれたのがみえた。レイダはベイラーを見ても怖気づいていないのをみるに、なにかしら有効な手を持っていると考える。


《まさか、さっきのやつらが? 》

《それがどうにも違うようです》


 方向の話だった。最初に襲い掛かってきた連中とは真逆の方向からやってきている。おそらくは別の野盗であることがうかがえた。


「(面倒な)」

《(どうする? )》

「(すこし走りましょうか)」

《(賛成)》

「皆! 駆け足! 帝都はすぐよ! 」


 カリンの号令によって、ベイラーが駆け出していく。リクはヨゾラを持ち上げてのっしのっし走る。一番遅いとっても、人間と比べればずいぶん早い。さきほどみえた謎の集団も、景色の一部として遠ざかっていく。


《(まぁ振り切れるか)》

「コウ! 」

《今度はなに? 》

「上! 」


 集団を振り切ったかと思えば、こんどは上から何かが落下してくる。この道を行くことを決めてからずっと警戒していた落石。それが加速をはじめた彼らにむけて突然襲い来る。それも一つではない。


「レイダ! サイクルショット!! 」

《仰せのままに!! 》


 頭上より降り注ぐ落石。いくらベイラーといえど当たればただでは済まない。だがこちらにはレイダという心強い仲間がいた。いくら落石が来ようとも、そのすべてを撃ち落としていく。


「よくやってくれました」

「姫様! この道なにかおかしいぞ! 」

「そうね……何かおかしい」


 そう思わせるだけの出来事が、このあと立て続けにおこった。


「くそ! ベイラーじゃねぇか! 何がお宝だ! 」

《お宝じゃなくてわるかったね》


 5人ほどの男たちが脇道から剣をかざし、脅しにかかってきた。


「撃て! 撃て!! 」

《(いまさら弓矢じゃなぁ)》


 3人組が弓をもって撃ってきた。無論ベイラーには効かない。効かないと分かると、一目散に逃げていく。


「おら! こいつに喰われたくなかったら金を」

「あら。キルギルス」

「……へへ、すいませんね」

《(おお、久しぶりに見たな……でも小さいな)》


 死角から、肉食であるキルギルスにまたがる男が勢いよく飛び出してきた。うまく調教しているのか、キルギルスの何処にも傷はなく、男によく従っているようにみえた。問題はその大きさで、コウがゲレーンでみたものよりだいぶ小さい。2mほどだった。まだ大人ではないのかもしれない。


 男はさきほどのセリフを言った直後、申し訳なさそうに背中を小さくして去っていった。その後、勇んで襲い掛かろうとするも、似たようにベイラーに恐れをなしてにげていった盗賊が合わせて5組。


《いくらなんでも襲われすぎだろう》

「なんか、この道、盗賊まがいが多すぎない? 」


 物陰に隠れていたのだから、見つけられないのは当たり前である。それにしたって盗賊が多すぎた。もしベイラーがいなければ、今ごろ着る服一つなく奪い去れていたに違いない。おかしな点は他にもあった。


「盗賊にしてはやたら有能なのがおおい」

《そうなのですか? 》

「キルギルスの調教なんて考えもしなかった。それに持ってる武具もだ。どれも盗賊がもてるようなものじゃない」

《そういえば、全身鎧(フルプレート)もいましたね》

「あんなの簡単に手に入るものじゃない! 」

《……カリン、そうなの? 》

「ええ。うちだって(ゲレーン)全身はつくれないもの」


 コウが問いかける。西洋におけるフルプレートの鎧というのは史実でもあるように、非常に精工な技術が必要とされている。全身をそろえて着たならば、生半可な武器では文字通り中の人間に傷一つ負わすことはできない。ゲレーンでは残念ながらそこまでの技術はない。製鉄技術さえおぼつかないのであれば当然ではあった。


「コウの世界の鎧ってどんな形なの? 」

《俺の生まれた国のだと……こんな感じ》


 コウの国、つまるところ日本では、全身鎧といっても形が違う。間接周りを意図的に防御しない代わりに軽快に動き回れる構造。代わりに肩には迫りくる弓矢を防ぐために半ば盾とかした袖と呼ばれる部分。そして兜には戦国武将がそれぞれ意匠を込めた前立てがある。直江兼続が『愛』と入れた部分といわれれば知っている日本人もおおい。


「なかなか、趣があるわね」

《俺にもシュルツさんみたく作ってもらおうかな》

「空飛ぶのに邪魔でしょう? 」

《それもそうか》


 鎧の防御力が欲しくないわけではないが、どうしても重量がネックになる。砂漠で出会ったシュルツのように、元の体が細く、ある程度鎧そのものを小さくできれば解決できるが、いまやコウは4枚の羽をもつベイラーであり、それを覆うとなるとかなりの大きさになる。重さに関してはもう考えるだけ無駄であった。


「ひめさまー」

「あれなーにー」

「あれ? 」


 鎧のことであれこれ考えていると、渓谷の途中に、巨大な石門が見えてくる。


「あれが、関所? 」

《というより、門にみえるね》


 ようやくたどり着いたカリン達を待っていたのは、50mはある巨大な門。その門の前には、大きな掘りがあり、その堀にまた、落ちた者を串刺しするかのような杭が何本も撃ち込まれている。事実、おそらくは堀に落ちて命を落としたであろう者の、白骨がいくつもある。堀を超えるには橋が必要であるが、その橋が下りていない。


「これは……ついた、のよね」

《たぶん? 》

「げぇ!? 」

《「げぇ? 」》


 門を前にして、なにやら驚く声が下かと思えば、そこには、コウ達がこの道に入る時に助けたあの商人がいた。どうやら橋がおりておらず立ち往生していたようで、それを機にのんきにたき火をしてお茶をしていた。ずいぶんリラックスしていたようだったが、カリン達をみてそのお茶を噴き出している。


 カリンがコウの中から出て、男に近付いていく。腰に据えた剣はいつでも抜けるようにしていた。


「あらあら。先ほどはどうも」

「あ、あんたら生きてたのぉ……あいつらベイラーだからって怯えやがったな」

「……」

「ご、誤解しないで! おいらは、ただ、その、ちょっと脅されただけで」


 平謝りがはじまった。男は情けない声をあげながら後ずさる。カリンも笑顔を絶やさないではいるものの、その笑顔は仮面に張り付けたようで、まったく目が笑っていない。


 男の風貌は、腰に巻いた毛皮以外は、所作にいたるまでいたって普通の平民。武器を持つものを見ての怯えようから察するに、武術の心得も無いのが見て取れた。地べたに座っているというのに足がガクガク震えている。


「あいつら乱暴で! 従わなかったら売り物を分捕るって聞かないんですよぉ」

「売り物? なら、商人なのは本当なの? 」

「これから鉄を売りに帝都にはいるんでさぁ! 」

「……コウ。オルレイトと、サマナを呼んできて」

《分かった》


 コウがサマナとオルレイトを呼んでくる。2人はベイラーから降りると、その男の前で仁王立ちする。カリンほどではないにしろ、この男を助けたために、だまし討ちをうけた。一言二言文句を言いたい気分ではあった。


「オルレイト。彼の荷物を見て頂戴。本当に鉄なのかどうか」

「ついでに荷台を壊そうか」

「嘘をついていたらそうして。サマナ。嘘どうか、わかる? 」

「ああ。簡単だ」

「あ、あんたら一体なんなんだ? 」

「まず、私の質問に答えなさい。」

「は、はい! どうぞ! なんなりと! 」

「この道、なんでこんなに盗賊が多いの? 」

「盗賊? ちがうちがう、やつらは没落貴族の生き残り、落ち目も落ち目。帝都から追い出された連中ですよ」

「没落? 」


 カリンがサマナと目を見合う。サマナは先ほどからこの男の事を見ているが、流れを見る限り、嘘は言っていない。


「やつら、何とかしてまた帝都に入ろうって必死なんです」

「それで、なんで貴方が脅されるの? 」

「こ、これでも通行許可印をもらってるんでさぁ! 」

「印? 」

「こいつです」


 男が袖をまくり上げると、その二の腕に、手のひらよりは小さな焼き印が記されている。その焼き印は狼の横顔のような模様をしていた。


「なるほど、帝都で使われている印だわ」

「おいらを脅して、この印を持ってるやつの関係者ですー! って顔して橋を降ろしてもらおうって腹なんですよ! 」

「まぁ、それなら話の筋は通るわね」

「ね! わかったでしょう! だからそんな顔しないでくださいよぉ」

「……そうね」


 カリンが纏っていた怒気を解く。腰の刀を抜かないように決めた。その様子をみた男も安心したように一息をついた。


「こいつ、嘘はついてないけど、言ってないことがあるぞ」


 サナマの一言で、次の瞬間、収めたはずの怒気が再びあふれる。  

  

「い、いいがかりはよしてください! 」

「何か言ってないぞ。何かは分からないけど」

「そういう流れがあるのね? 」

「うん。腹の中にへんなのがある。言い出そうか言い出さないか、まぁ言わなきゃばれないしいいかな、みたいなの」

「観念して吐き出しなさい。悪いようにはしないわ」

「その顔ヤメテ!! なんか怖いよ!! 」


 商人が焦っていると、オルレイトが戻ってきた。その眉間には皺が寄っている。


「たしかに積まれているのは製鉄する前の、ただの鉄だな」

「ほらぁ! 言ったでしょう!! 」

「でも、その中に面白い物をみつけたぞ」


 オルレイトが荷台から持ち出したであろうその鉄の一部を見せる。製鉄前のものであるため、傍目からみればただの黒い石ころにしかみえない


「オルレイト、鉄は私も見たことあるわよ? 」

「まぁよく見てくれ」

「……まった! ちょっとまって!! 」


 商人の静止を聞かずに、その鉄を、オルレイトは爪さきでこすり始めた。その瞬間、黒かった部分がはがれていき、代わりにまばゆい輝きが出てくる。

 

 オルレイトが持ってきたのは、ただの鉄でも、まして石ころでもない。


「こいつは黒く塗られた()()だ。これと同じようなのが半分混じってる。荷台も壊れるはずだ。こんな重いものを積んで、あんな荒れた道を通れば軸だって折れる」

「……」


 三人の胸に去来するのは、この男がなにかしらの不正を行っていること。そしてその不正は多額の金が絡んでおり、かつ、こんな手段を及ぶことを躊躇しない男は、少なくともろくでもない。黙っていると、男が弁明し始めた。


「関所で黄金をもって通っちまえば、決まりで税として少し納めなきゃいけないんでさぁ。でもこればら全部を儲けにできる! いい手でしょう!? 」

「さらに、鉄は腹を満たさないから、貴方も荷物も見逃されたのね」

「そうでしょうねぇ」

「……あ」


 サマナの目が見開いた。弁明をはじめた商人の流れがわずかに変わったのを見逃さなかった。見逃さなかった代わりに、とんでもない情報が得られた。


「お前、道中の野盗にあたしたちの事教えて、さらには金をもらったな? 」

「どうしてソレを!? あ! 」


 口をふさぐが、もう遅い。


「へぇ! だから行く先々でずいぶん襲われたのね」

「それもこいつ、ベイラーの事はしゃべってない」


 次々明るみにでる事実に、カリンは怒りを通り越しもはやあきれ返っていた。起こる気力すらでてこなくなる。


「ベイラー相手になんであんな意気揚々としているのかとおもったら、なるほど、みんな知らなかったわけね」

「許してくださいぃい!! 」


 男はついにすべての非をみとめ、命乞いめいた懇願を始めた。


「故郷には病で倒れた妻と子供がまってるんでさぁ! 病を治すには薬がいる! 薬を買うには、金がいるんですよぉ! 」

「ずいぶん感動的ね。サマナ」

「嘘だぞ」

「なんでぇ!? 」


 口にだすことすべてを見透かされ、男は怯えと同時に驚愕している。


「いや、私でもわかるわよそんな苦し紛れの嘘」

「許し下さい! 許してください! 」

「はぁ。かかわるとろくなことがなさそうね」

《カリン》

「どうしたの? 」

《なんか、奥から音が》

「音? 」


 商人の話をきいてうんざりしていると、コウ達が来た道から、なにやら大勢の足音と、聞き覚えのある大きな足音が聞こえてくる。


「サマナ、オルレイト。貴方たちは戻って」


 2人はうなずいてそれぞれのベイラーの元へと戻る。カリンは商人を無視して、剣をいつでも抜けるように構える。一方の商人はというと、自分の荷物をあっという間にコウの背後にもってきて、あろうことかコウの脚のすき間から事態を覗き見うようとしていた。


《……あの、踏んづけそうで怖いので離れてもらえると》

「バカ言うな! 誰がおいらを守る! あんたらしかいないだろう! 」


 無言で荷台を踏みつけてやろうかと考えるが、今は目の前の事態に集中すべきだと頭を切り替える。


 そうこうしているうちに、道からその足音の元が現れる。20名ほどの、さきほどコウ達が蹴散らした、というより相手をしなかった盗賊たち、もとい没落貴族の生き残りたちが徒党をくんでいた。あのキルギルスをあやつる者も入っている。そのうちの一人が松明をかかげながら声を荒げる。


「ここにネルソンの馬鹿野郎がきてねぇか! 」

「ネルソン? 」

「商人だ! 」


 誰と問いかける者さえもういない。カリン、ベイラーふくめ、一斉にコウの後ろに隠れている商人を指さした。ネルソンは自分のことだと分かると頭を隠す。


「あとでとっちめてやる! 」

「ひぃい!! 」

「それより、何事かしら。また私たちを襲いに? 」


 商人の名前が分かったこと以外、この場が生まれた理由を尋ねる。まさかもう一度生身でベイラーと戦おうというのであれば話が変わってくる


「おう。俺たちは飯もほしいが、どうしてもそのベイラーが欲しい」

「(目的が変わっている……厄介なことになったわね)」


 どうやら、ネルソンの話を金をだしてまで聞いた彼らは、カリン達を襲う道中、そのことごとくを打ち払ったベイラーをみて、今度はそのベイラーが欲しくなったようだった。


「渡すわけがないわ」

「ああ! ここからは用心棒の出番よ! 頼むぜ! 」

「(用心棒? )」


 カリンが腰に据える剣をいよいよ抜こうかとしたその時。一団の後ろにずっとひかえていたであろうソレが現れた。


 ところどころ傷ついたコクピット。やすり掛けしたかのようなザラついた肌。なにより大きくかけてもはや乗り手が丸見えのコクピット。だが確かにそれは。


「こいつ以外にも、ほしいんでなぁ! 」

「(アーリィベイラー!? )」


  青黒い肌の色と、毒々しい翡翠色のコクピット、なにより欠けた翼がその結論を裏付けていた。よく見ると、その割れたコクピットの淵にはおそらく以前の乗り手の物であったであろう赤い血がこびりついている。


「(墜落したか、もしくは戦いで壊れたのを流用した!? )」

《下がれカリン! 》


 経緯はともあれ、没落貴族があやつる、いつ動かなくなってもおかしくないアーリィベイラーが突進してくる。同時に、カリンを守るようにコウが駆け出した。アーリィベイラーがその手に持つのは、これまた古典的な、しかし効果のある武器。モーニングスターという、鉄球が杖の先についている打撃武器。見るからに当ってはいけない類の攻撃であるために、コウは相手の振り上げられた腕を、下がる前に掴みかった。


「こ、このベイラー! 速いぞ!? 」

《(や、やりにくい!! )》


 どうにか攻撃前に防ぐことができたものの、予想外の事態に戸惑う。今まではベイラーと戦うとき、ベイラーの顔を見ていれば何も問題なかった。しかし、こうして乗り手の顔が直接、それも全体が見える状態で戦うなど初めての経験だった。


「離せぇ!! 」


 壊れかけのベイラーが距離とろうとコウを蹴飛ばす。威力はさほどでもないが、戸惑っているコウであれば問題なかった。乗り手の目論見どおりに距離を置き、モーニングスターの間合いで再び振りかぶる。


《させるわけが―――》


 コウがサイクルブレードを生み出し、その振り上げたモーニングスターを腕ごと切り落とそうとする。ブレードをいつものように生み出し、横薙ぎしようとした瞬間。コウは見る。


 アーリィベイラーにのった人間の顔が。必死な、もうあとのない人間の壮絶な顔だった。そして想像する。


 もし、コウの刃がすこしでも下に逸れてしまえば、この乗り手の命を奪うことになる事を。


《―――》


 ブレードを作るところまではできたものの、その後、一瞬だけ硬直してしまう。


 その一瞬で十分だった。


 モーニングスターがコウの肩をしたたかに打ちのめす。その衝撃はすさまじく、コウの肩がひしゃげるだけでなく、二の腕の形さえかえるほどの威力だった。勢いに負けて後ろに倒れこむコウ。


「コウ! どうしたの! 」

《だ、だめだ。俺にはできない! 》

「なぁんだよぉ! ベイラーよわっちいじゃねぇかぁ! 」


 頼みの綱だとおもっていたコウがあっさりとやられたことにネルソンが絶望そのものといった声をあげる。カリンがその声を無視しコウに駆け寄った。


「コウ、なにがあったの」

《だ、ダメだ。人を見たら、俺は斬れない》


 コウの中に入ろうとしたとき、違和感が決定的なものになる。カリンが、コウの中に入ることができない。今のコウは、恐慌状態といっていい。人を斬るかもしれないという恐怖。それに心が支配され、カリンを受け入れる余裕すらなくなってしまっている。


《な、なんであんな状態で来れるんだ。怖くないのか》

「コウ! コウ! 」


 サイクル・リ・サイクルを使えばすぐに治るはずの怪我さえ治す余裕がない。

バスターベイラーの時の、あの憎しみに染まった自分を思い出し、さらに余裕がきえていく。


《ま、まずい、また俺は同じことを》

「(私の声が聞こえていない……まずはここから離れないと)」

《姫様! 門が! 》

「門? 」


 コウに乗れない以上、ここから離れる方がよいと判断したとき、今度は門の方で動きがあった。


 向こう側に渡る唯一の手段であった橋が、盛大な音を響かせながら下りていく。その多くは鎖と歯車の音であることが察せられる、その轟音に驚いたのか、周りの林から鳥たちが飛び去っていく。


 最後にガタンとひときわ大きな音が鳴ると、この関所に橋が架かった。


「ありゃ、ずいぶん早いな。今日はもうかからないかと」

「貴方、またなにか隠し事を」

「してないしてない!! 」


 ネルソンが慌てて訂正する間も、突然の開門に一同がざわつく。さらに、その奥から現れた者をみてさらにざわついた。一部の野盗はすでに逃げ出している。


「この門で諍いとは、いい度胸である!! この鉄拳王みずから相手しよう!」


 仁王立ちの腕組みで堂々たる風貌で現れる。その門とおなじような光沢のない灰色をした肌。赤い仰々しい外套(マント)。そして組まれたその両腕は、ベイラーにしては異様に大きく、拳が意図的に鉄で固められ、もはや物が持てないようになっている。だが、その姿はまさに鉄拳。


 名は体を示す。まさにこの男がその一例。


 帝都の守り。鉄拳王シーザァーが、ベイラーと共に現れた。

 

鉄拳王シーザァー。声に出すと気持ちいい。

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