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ベイラーと権力

「報告は以上です」

「ありがとう」


 帝都ナガラ。その巨大な王城の客室、寝床、机、椅子、人間1人が住むには広いお大きさと、極端に少ない機能を備えている。しかしその調度品は隅から隅まで、選びぬかれ、磨き上げられ、整えられた一流の品ばかり。


「何か、言いたいことがありそうだね? 」

「い、いえそんなことは」

「私は客人だが、そう畏まられては息も抜けない。もう少し楽にしてくれ」

「楽だなんて! ただ」 


 その椅子に1人、ゲレーン王、ゲーニッツが座っている。ペンを走らせる手をとめ、伝令を伝えにきた帝都の兵士に問いかけた。


「他の兵士が言っておりました。礼を言われるのはここだけだと」

「そうなのかい? 」

「我々は一兵士に過ぎません。他国とはいえ、王直々に礼など、分不相応です」

「あー、そうか。すまなかった。だが、これは性分だ。他の兵には困惑させるだろうが、私はそういう生き物だと、君から伝えてくれ」

「は、はい! ……あと、それから」

「なんだ。やはり、言いたいことがあるじゃないか」


 ゲーニッツは背もたれにゆったりを体重をのせ、その座り心地を楽しむと同時に、兵士が何を言うか楽しみになった。不平不満であれば改めなければ、この帝都から何をされるかわかったものではない。彼は客人でありながらも、帝都の檻に入れられた囚人である。


 招集とはそもそも、他国の軍事力、政治力を抑止すべく行われる行事であり、もしそれに従わない場合、帝都の圧倒的な軍事力で国ごと滅ぼすと暗に脅されている。招集されても気は抜けない。帝都側への仔細な報告という名の献上会が開かれる。今自分たちの国はどうで、どんなことになっているのか。またどんなことが起きてどんなものが採れたのか。採れたものの一部もそこで渡す。


 参加する国があまりに多く、招集してから終わるまで月単位で時間もかかるため、数年に一度しか開催できない。今回ゲレーンも召集されたが、報告はまだ先となり、順番を待っている状態にある。


 そんな、立場上全く強く出れないゲーニッツに、兵士が一つだけ聞いた。


「今日は、寒くなるそうで。窓は、閉めた方が良いかと」


 それは、権利や思想を超えた、単純な思いやり。ゲーニッツ相手でなければ兵士はそんなこと考えもしなかっただろう。この帝都で、ゲーニッツの人の良さは、兵士たちの間ではもはや天然記念物レベルのものだった。


「ああ、これはいいのさ」

「はぁ、しかし決まりですので、灯りは消させていただきます」

「構わないよ」

「では、これにて」


 帝都の兵士特有の、右の拳を左動脈に押し付けるような、独特な敬礼をして、部屋の灯りを消した。夜遅く、灯をつけていると兵士がその部屋の主を牢に送る決まりがある。夜遅くに灯りを灯しているのは謀りの相談であると決めつけられている。実際夜遅くに謀反の企みをして捕まり、そして一族抹殺の憂いを受けた例があるため、この決め事を破るものはいない。


 コツコツと足音が消えた頃。ゲーニッツが1人嘯く。


「渡りの長、直々とは珍しいな」

「あまり喋るな。聞かれる」

「この部屋は両端とも無人だ。兵士はもういない……だが」


 椅子から立ち上がり振り向くと、月明かりに照らされた男が1人、窓の枠に座っている。


「お前の声を直接聞くのも久しぶりだ。オージェン」

「姫様の方がまだ声を聞いてるな」

「と言うことは、見つかったのか」

「サルトナで任務の際に見つけた。息災だ」

「そうか、やはり無事だったか」


 オージェンの言葉に安堵するゲーニッツ。


「砂漠にまで行っていたか、あのおてんばめ」

「……君によく似ている」

「いうな。思い当たる節があり過ぎて恥ずかしい」

「順を追って説明してもいいが」

「やめないか」


 腕をくみ、窓に寄りかかるゲーニッツ。隣にいるオージェンとは目を合わせずに会話を続ける。


「君と思い出話はまた今度ゆっくりやるとしてだ」

「お前、そう言っていつもその機会をつくらないだろうが」

「やるべきことが多いだけだ。同じ渡りの1人が殺された」

「……まさか」

「手酷い拷問を受けたようだったが、こちらは何もないか? 」

「ないな。悲鳴一つない……いや待て」

「あるのか」

「拷問と結びつくかは分からないが、話題をさらっている人物がいるな。その名をバルバロッサ夫人」

「バルバロッサ? 」

「異様な夫人だ。常に仮面をつけ、全身真紅のドレスと手袋をつけている。私も晩餐会の際に一度見たことがある」

「なぜその夫人が珍しい? 」

「数年前、バルバロッサ卿は息子のブレイクと共に戦死したと聞く。夫人はそれから社交の場には姿をみせたことがなかったが……妙な噂と共に戻ってきた」

「噂? 」

「夫人は血の飲むことで生きながらえると。夜な夜な若い女を誘い、血を浴びているのだと」

「君、まさかそんな噂を信じているのか? 」

「信じていないさ。しかし記憶が確かならバルバロッサ夫人は私の亡き父と同じ年ごろだ。それが急に若い女の姿で現れたのだから、それはもう皆最初は驚いてな。だが、そのうち、どんどん事が変わっていった」

「変わった? 」

「何をしたのやら、皆そのポランド夫人にぞっこんなのさ。独身の貴族がこぞって未亡人を口説いてる。夫人も袖にすればいいものを、律義に返すものだからみな舞い上がってな。すでに彼女には取り巻きまでできる始末だ。それに」

「それに? 」

「噂うち、どうやら半分当たっているらしい」

「どういう事だ? 」


 月明かりだけが2人を包み、あたりは静まりかえっている。遠吠えさえ聞こえてこない。


「その夫人と共に若い女が並んで歩いているを見たというだ」

「確かか? 」

「あのサーラ王が見たと言うのだから、違いない」

「……夫人の背丈は? 」

「お前より少し小さいくらいだな」

「うむ……おそらく、その夫人はバルバロッサ夫人本人ではない」

「何? 」

「仔細は省くが、身長が違う」


 仔細とは、バルバロッサ夫人本人は子供の身長であることだが、この事はオージェンの中でいまだに解明出来ていないために説明できない。


「ならば別人が成り代わっているのか」


 だが、会話に不自由しない。ゲーニッツが夫人ことポランド・バルバロッサに出会うのはまだ先のことになる。


「その夫人の周りを、部下と共に少し調べてみるか……他には? 」

「ああ……お前の居ない間、剣聖が倒れた」

「そうか。もう高齢だったからな。なら、次期剣聖が決まるか」


 剣聖。帝都の武力の象徴である。帝都の実質的なリーダーとも言われるその地位は、その名のとおり剣の腕によってきめられている。その剣聖がつい先日ついに倒れた。御年109歳であれば、いままで倒れていなかったことのほうが不思議なくらいであった。


「それがなぁ。剣聖にはお子がいらっしゃらぬ。故に、皇帝陛下が面白がってこんなものを考えた」

 

 ピっと紙を差し出す。月の少ない明かりでもオージェンは訓練された瞳で文字を読むことができる。その文字を読み解き、首を傾げた。


「『帝都剣聖選抜闘技大会』……これは」

「そのままだ。審査のもと6名を選出し、勝ち上がり式で頂点を決め、その賞として剣聖の名と栄誉を与える。とさ。すでにすごいのが出てる」

「誰だ? 」

「ライカンとシーザァーだ」

「君、おい、まさか」

「お前の想像どおりのライカンとシーザァーだよ」


 オージェンの眉間の皺が深くなる。この帝都においてその二人の名はいい意味でも、悪い意味でも有名だった。


「まさか奴隷王に鉄拳王まで出場するとは」

「奴隷王の方はおそらく代理人を立てるだろうな」


 ライカンジェラルド・ヒート。28歳。帝都ナガラにおける隣国の一つであり、商人の国アバルトを治める人物である。商人の国アバルトは近年急速に力をつけている先進国家であり、通貨さえあれば買えない物はないと吟遊詩人が歌うほどに、金と商売でなりたつ国である。


 そしてその国が国家として大成するにあたってはずせないのが、奴隷の存在である。人に値段をつけ商売するその方法は巨大国家となったナガラにおいて人員の補充にうってつけだった。そうしてついた名が奴隷王である。

 

「今だに奴隷商売が国の根幹なのはどうかと思うがね」

「奴隷側の待遇の方がずいぶん改善がされたそうだ。酷使しつづけると反乱されることを彼らは学んだのだろう」

「どうだかね」

「そして鉄拳王シーザァーか」


 シーザァー・バルクハッツァー。45歳。帝都近衛騎士団の団長を務める人物である。彼の一族は元をたどれば平民であり、武勲によってその地位を手に入れた、悪く言えば成り上がりの一族である。しかしその一族が考案した帝都近衛格闘術は今もなお使用されている。


 そして鉄拳王とは、その鉄拳にしてすべてを守ることを意味する。


 帝都にとって剣聖は矛であり、鉄拳は盾であった。


「そろそろ剣聖の字を(こぶし)の方に変えたいのだろうよ」

「鉄拳王は今、谷側の守りについてるはずだな」

「それをなげうってでも、剣聖の名がほしいのさ。いや、この場合は地位かな」


 この二名の出場により、生半可な武芸者では刃が立たないことは、誰もが想像していた。


「鉄拳王は言わずもがな。奴隷王はどんな奴を出してくるかわからない。まったくとんだ催し物だ。さらに困った事に」

「なんだ」

「うちの上の子の方が出たがってなぁ」

「まさか、クリン様が出るのか」

「ああ、お前は知らんだろうが、あの子、身重(みおも)になってな」

「それは……いいことだな。君を爺様と呼ぶ日がくるのか」

「やめてくれ。本当に」

「だがクリン様であろうと、さすがに身重では、戦には出れまい。」

「本人は全くそうでなかったようでな、腹の子に触ると言って聞かせても兵士を10人を振り切って直談判しに行った。まぁサーラ王が止めてくれたが」

「―――それは」


 オージェンが言葉に詰まった。さきほどゲーニッツの事をお転婆が過ぎる面が嫌が応でも思い浮かんでしまい、ついにはクリンへの言及をやめた。英断である。


「つくづく、あの王でよかったと思える」

「ああ。あの子を止められるだけの力量を持ってくれて本当に助かった」

「だが、やはり余興にしては少し大層がすぎる」

「それがな」


 会話が滞りなくすすむ。オージェンは内心ほっとしていた。


 続きを読んでみろと言わんばかりの目配せに合わせ、渡された紙に目を通す。確かにその選別の内容が記載されている。その一箇所にゲーニッツは指を当てた。そこには、「応募するもの家柄は問わない」と、小さく、かつ末尾であるものの、しっかり明記されている。


「家柄すら不問? 」

「帝都はもうなりふり構っていられないようだ。さっさと剣聖を決め、陛下と共にレジスタンスの跋扈する他の諸国を押さえつけたいのだろう」

「6人になるまでにかなりの審査があるのか……10人斬り達成? 」

「それが最低限という訳だ。全く度し難い」

「……君は」


 オージェンは、自ららしくないと思う助言を行うことにした。


「君は出ないのか。()()()()()()() 」


 ゲーニッツの武芸者としての腕を知っている。それであればこの試練を超えられる事を知っている。故になぜと問いかけたかった。可能性として、この剣王という称号が手に入るかもしれない。それをしない理由が、個人的に気になった。


「私に切られる10人の兵士の事を考えると出るに出れん」

「そうだな。私の知るゲーニッツとはそう言う男だ」


 大体は予想通りで、オージェンの中で安心する。


「夫人の件は調べを進める。それと、鉄拳王と奴隷王についてもう少し調べておこう。何かの役に立つ」

「言っておくが大会には私は参加しないぞ? 」

「案外、身内が参加するかもしれんぞ。特に君の義理の息子とかな」

「サーラ王が? ……ない、とは言い切れんな」 

「だが、こんな面白がって、剣聖のベイラーは何も言わなかったのか」

「ベイラーに許可をとるような国ではないよ。特にここはな」

「そうか……ではな」

「なんだ。酒の一杯でも付き合えよ」

「飲めないのを知っていて其れか」

「いいんだよ。飲まなくて」


 グラスに注がれた酒は月明りでも綺麗に透き通っている。この赤い果実酒はゲーニッツ一番のお気に入りだった。


「愚痴の一つでもきいてくれれば」

「……いや、それは無理だな」


 オージェンの言葉に、今度はゲーニッツの方が眉をひそめた。こつこつと、わずかに足音が聞こえてくる。掲げたグラスをすぐさま自分のほうに寄せ、一口仰ぐ。


 そして、規則正しいノック音が聞こえてきた。


「ゲーニッツ様。頼まれたお夜食をお持ちしました」

「何? そんなもの頼んだ覚えが」

「失礼いたします」


 先ほどとは別の、給仕服を身にまとう女性がドアを開けて入ってきた。

 

「確かに、こちらお運びしました」

「……ああ。夜遅く、ありがとう」

「失礼いたします」


 仕事であるというスタンスを崩さず、その給仕は何事もなかったように部屋を出ていく。いつの間にかオージェンはその姿形もなく、部屋の中には冷たい夜風しか入ってこない。


「気の使い方がちがうんだよ」


 給仕の持ってきた料理は、野菜の煮込まれた暖かいスープに、この国でとれたチーズでできた、いわばおつまみだった。あらかじめ、この部屋に入る前に、この料理を頼んでいなければこの時間に届くはずもない。それも、ひとつは酒を飲むことが前提の物、もう一つは、この寒空の下で()()()()()()()()()()()()()と、頼んだであろう事がうかがえる。


 誰が頼んだかなど、もう問うまでもなかった。


「友として、祝杯をしたいじゃないか。たまにはさ」


 それが彼のありようなのだと知っている。今さら矯正できないことも、ましてや強要できるようなものでもない。


「カリンは無事か……本当に、よかった」


 隣で杯を交わす相手がいない。スプーン一口にも満たないその寂しさを胸にしまい、娘の無事をただ祝った。 



「なぁんだい。話題はぜんぶ選抜大会にもっていかれちまったね」


 時を同じくして、場所をはるか彼方へと移して、まったく同じ話題をしている物たちがいた。


「せっかくあたくしの仕立てたドレスがこれじゃ目立たないじゃないか」

「でも収穫はあったぜ」


 ポランド・バルバロッサ。かの噂の張本人である。そしてそのポランドに髪を櫛で丁寧になでられている者が一人。


「その大会とやら、ベイラーの持ち込みは認められてるってよ」

「なんだい。剣の腕だけじゃダメなのかい」

「剣聖のベイラーはひどく無口で何もいわないから、どうせ同じだろうって」


 髪を手入れされている最中も、その人物は手袋のほつれを治している。


「そこで提案なんだがよ。例のベイラー、そいつらに渡してみたらどうだ」

「わたすぅ? あたくしの自慢のベイラーをぉ? 」

「今さら、乗り手のいないベイラーの何の意味がある? アーリィとそこは変わらないんだろう? 」

「痛いところを付いてくるねぇ」


 ポランドは顎に手をやり思案する。


「(たしかにあの2つにはまだ乗り手がいない。いや、乗りこなせない)」


 つい先日作り上げた、新たなベイラーは、まだその乗り手がいない。ふたつとも、その経緯はある種のハプニングから出来上がったものだが、それゆえに普通のアーリィとは一線を画す力を持っていた。


「それに、だ」

「それに? 」

「その大会の中でバスターベイラーになるようなら、それこそ好都合だろう? 帝都の混乱に乗じて、一気に」

「……なるほど。いい考えだ。よし」


 顎に手をやっていたその表情がぱぁっと明るくなる。背丈も表情も子供のソレだが、話す内容が老練な大人のソレであるために事情を知らぬものが見れば混乱を生むような表情だった。


「鉄拳王のほうにさっそく送る。奴隷王の方は、仮面卿がなんとかするさね」

「あいよ。なら、俺様は今まで通りでいいわけだな? 」


 手袋のほつれを治し終え、身に着ける。そして慣れた手つきで、左足の義足を付け、立ち上がる。


 ヒールによって高くなった背に、櫛で丁寧にとかれた髪。艶をだすための油もついている。


「そうさ。いままで通り、微笑みを絶やさず、しゃべらず、お話をきいておくれ」

「まかせておけ……なぁ、ところでよ」


 そして化粧と共に振り返る男性。


 パーム・アドモントが見事な女装でそこに立っている。


「取り巻きができたのはいいが、寝床までついてくるやつがいたらどうする? 」

「バルバロッサの名に今さら傷がつこうが気にしないけど、面倒だから張り倒しといで」

「へいへい」


 声は男のソレ。しかし、ひとたび立ち上がり、歩き出した途端、彼の立ち振る舞いは気品に満ちた女性の物へと変わっている。


「(何度見ても目を疑うねぇ。演技なんてものじゃない。まるで虫の擬態だ)」


 帝都内部での情報収集。渡りにすらその存在がつかめない物の正体。すでに、パームはポランドの名を借り、数名の協力者を手に入れている。それも手紙のやりとりのみで、男を魅了し、虜にしていた。


「すでに中枢まで協力者がいる。側近までたぶらかすとは」

「手と、首、それから背中、それらが全部隠れるこのドレス、さらには仮面だ。これだけ揃えてもらったならぁ、このパーム様が女に化けるなんざ楽勝なんだよ」


 へっへっへっへと。男の声で、女の姿をした誰かが笑う。


「さて、そろそろ降りるぜ。また来る」

「仮面卿によろしく伝えといとくれ。ポランド夫人? 」


 しなやかに一礼を返し、その場をさっていくパーム・アドモント。いまや社交会での注目の的であるポランド夫人は彼が作り上げた幻想であった。


「そういくぞ」

「あ、はい……旦那様」

「この格好の時は奥様だ」

「す、すいません、奥様」


 優雅に歩いていくとなりに、おずおずとついていくのはケーシィ・アドモント。パームに買われた後の記憶をなくした彼女は、盲目的に彼に付き従う。完全になくなったわけではなく、断片的に抜け落ちた記憶が、そのわずかに残った記憶が今の彼女の原動力になっていた。


「いつものように牽引をたのむ。降りたらお前はしゃべらなくていい」

「はい……えっと、奥様」

「その調子だ」

《あんた、腹立つほど似合うわね》


 黒いベイラーが、乗り手と決めたその人物の変貌ぶりにあきれるどころか驚嘆している。


《なにその髪? 自前? 》

「ちゃんと手入れすりゃこうなるんだよ」

《大体、いつのまにそんなお行儀よくなったのよ》

「昔習ったことがあるだけだ。いくぞ。霧にまぎれて帝都に入り込む」

《またアレやるのね》


 パームが乗った黒いベイラー、アイと、ケーシィが乗る紫のザンアーリィ・ベイラー。


 2人はそのままベイラーを歩かせると、やがて足元に扉があった。黒ベイラーがその扉をあけると、眼下には一面の森がひろがっている。遥か彼方、帝都の空高くに2人はいた。コウ達が見たあのベイラー空母である。


「いけねぇ外装」

《ああこれね。まったく面倒な》

「お前の事はもう戦場で知られてるんだ。見つかったらそれこそ面倒なんだよ」

《はいはい》


 黒いベイラー、アイが全身に青黒い板をつけていく。やがてその全身像が、アーリィベイラーのソレと同じように変わる。最後に、ヘルメットをかぶると、カモフラージュ用のアイ専用外装の完成である。一回り大きくなったその姿は、ぱっとみただけではアイと分からないようになっており、顔も一つ目に見えるように工夫がされている徹底ぶりだった。


《ザンアーリィの子、上手くやんなさいよ》

「は、はい! なんでうまくできるかわかんないんですけど、頑張ります」

「もともと、お前は得意だったんだよ」

「そうなんですか? 」

「そうなんだよ。さぁいけ」

「は、はい! ザンアーリィ・ベイラー、出ます! 」


 穴におちるように、実際落ちていくザンアーリィ。ケーシィはしみ込んだ体の癖により一瞬で変形をして見せる。その変形を見届けたあと、アイが続く。


《出るわよ。扉、閉めるのよろしく》


 アイが同じように出ていく。変形したザンアーリィの手を握り、吊り下げられながら、帝都へとむかっていった。


「ザンアーリィ、アイ、両者の降下を確認」

「よし。高度上昇、雲の上にでるよ。しばらく身を隠す」

「高度上昇、のぼーれぇー」

「高度上昇、のぼーれぇー」


 アイの離脱を確認した船員が号令をかける。


 この世界に建造された最初の空中母艦。


 乗員末端ふくめ200名。


 それが悠々と空を飛び、やがて雲の上へと姿を消していった。

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