ささやかな時間
「重い」
つぶやいて体にのしかかる腕を振り払う。起き上がると隣にはアンリーが、よだれを隠さないままにやにやと笑っている。
「まったく、どんな夢をみているのやら」
体を起き上がらせ、身支度を整える。龍石旅団を迎え入れ、帝都へと向かう道すがら、アンリーは彼女の家に転がり込んでいる。アマツが口を滑らせて約束した、同衾を果たすためである。拒否できるような立場にもなく、さらには崩し的に同棲生活が始まった。その私生活にお互いが驚きながら、まだ慣れないでいる。
「間抜け面はなんとかならんか」
栓をひねり、この部屋まで伝っている水路から水が流れてくる。起き抜けに冷たい水で口をゆすぐ。部屋に備わっている小さな窯に火を入れ、お湯を沸かす。この里でとれた茶葉をつかってお茶を淹れていると、目をこすりながらアンリーがやってきた。
「あ、今日から使えるんですね」
「ああ。だから顔をあらっておいで」
「はーい」
なし崩し的にはじまった同棲生活で変わった事。それは、布でたらした天井でできていたアマツの小屋が、大きく改装され、家と呼ぶにふさわしい物に変わったことである。
◇
「えっと」
「……見栄を張ったのは、謝る」
アマツの私生活は秘匿されている。というより公開している暇などなかった。時間があればこの里の道行きを示し、夜には星を読み、わずかな時間で湖で釣りを楽しむ。占いに集中すると眠るのも忘れ、そして倒れこむように小さなベッドで丸一日以上眠ることもしばしば。規則正しい生活とは無縁であった。
さらに、彼女は料理ができなかった。占い師という立場であれば食事は振る舞われ、自身の食事は釣った魚を焼いてくればいいと考えていたのが裏目でている。
「窯を作らせたものの、パンひとつうまく焼けないとは。てまえの未熟さにあきれる」
「いや、パンをうまく焼くのって結構大変ですよ」
そして出来上がった食事は、主に炭になった原料小麦粉の何か。隣には生焼けの魚。かろうじて採れたての野菜が食べれるような状態だった。
「こんなことならば料理の仕方を占っておけばよかった」
「(水と調味料の加減が分かってないのに無理じゃないかなぁ)」
「……なんだ。何かいいたげだな」
「いやいや! さて」
アマツの手製の料理をつあみ、一口頬張る。ばりばりと炭化した物質特有の音が部屋の中で鳴り響く。
一瞬、アマツはアンリーの行動を理解できず硬直し、やがて声にだして抗議した。
「食うやつがあるかぁ!! 吐きだせぇい!! 」
「んー!! 」
「ええい馬鹿力め!! 」
かたや鍛えられた肉体をもつアンリーと、寝るか歩くか占うかしかしていないアマツとでは筋肉量の差がありすぎた。やがてアンリーはその料理をごくりと嚥下し、華やかに笑った。
「占い師さま! 作ってくれてありがとう! 」
「な、なにを」
「いやぁ、戦場だとまず物が食べれませんからね。こうやって味がついてるだけでも」
「それなんかうれしくないぞ」
「いいんです」
隣に置かれたコップには、アマツが入れたお茶が入っている。あついお茶をゆっくりと飲んでいく。
「占い師様はあたしのためにつくってくれたんです。それだけでとてもうれしいんですよ」
「おまえさまは」
「はい? 」
その姿をみて、ほほ杖をつきながら、おもわず問う。
「欲がないのぉ」
「いや、ありますよ。具体的には抱きしめていいですか」
「具体的がすぎる。いやじゃ」
「えー」
「なんだ、もっと、こう、物が欲しいとか、ないのか」
「うーん」
バリバリと焦げたパンを頬張りながら悩んでいるのか悩んでいないのか判断の難しい顔をする。うんうんと唸ってはいるものの、この短い間でアマツはこの仕草を嫌というほど見てきた。
「(腹は決まっているのに悩むふりをする……なぜそんなことをするのか)」
アンリーは悩むことがごく少ない。すぐ判断し行動する。それは戦士の資質としては申し分ない。迷っている隙に命を落とすよりずっといい。だがこうして、悩むふりをする理由。
「(それは会話を長引かせたいから……ほんとうにこやつは)」
占うまでもなく、彼女はこのように意図的に会話を長引かせようとしていることがある。悩むふりをしてでも相手にかまってもらおうとする。すでに体に染みついた癖のようなっている。
「えーっと」
「(……長引かせたい、理由、それは)」
癖の理由をさらに紐解いていく。会話を長引かせたい。そんな幼稚な理由がなぜ出てきたのか。
「……のぉ」
「はぁい!? 」
「そんなことしないでも良い」
彼女はかつて、大切な人を故郷と共に失っている。
「てまえには時間がある。だが限りがある」
大切だった彼女の妹はもうおらず、共に過ごすことはできない。彼女は欲がないのではない。本当に欲しかったものはずいぶん前に無くしてしまい、もう手に入れることができない。
「だから、話せ。この命はもうおまえ様と共にあると決めたのだから」
手に入れられなかったものを埋めるように、小細工してでもその時間を欲している。
「……ええと、魚を釣るとき一緒にいたい」
「わかった。そうしよう」
「料理をするときは、離れて大丈夫。火を使うので危ない、それから」
「うむ」
「ええと、料理、美味しいです」
「嘘つけぇ」
「いいです」
笑いながら、彼女のほほがぬれ始める。
「本当に、本当に美味しんですよ」
笑いながら、涙が流れている。
アマツは、この時間がやがて無くなってしまう事をすでに伝えている。占い師としての生を受けたものは短命であり、アマツはもう、早くて半年後には動けなくなる。こうして共に食事をとれるののあと何回あるかわかったものではない。
「わかった、わかったからよぉく噛め」
「はぁい」
泣きながら頬張る。アンリーは今この瞬間がとても愛おしく、永遠に続いてほしいと思っている。それが叶わぬ事だというのも知っている。失ってしまう苦しみも嫌というほど知っている。
「(それでも、てまえを愛そうというのだ)」
くしゃくしゃになった顔を眺めながら、アマツは席をたち、その頭を抱えるように抱いた。
「ほれ、食うか泣き止むか抱きしめるかどれかにせい」
「はい」
「(こやつを愚かだと笑えるものがこの世界にいるか。否)」
アンリーが泣き止み、焦げたパンを飲み込み、抱き返した。
「アンリー」
「は、はい」
「愛しておるぞ」
穏やかで、代えの効かないこの時間。失うと分かっていても。
「はい。あたしもです」
だからこそ、大切にしようとするのが人なのだと、アマツは信じて疑わなかった。
◇
《これが、龍殺し? 龍を殺すにはいささか小さいような》
《俺もそう思う》
乗り手たちがいない間、コウ達はそれぞれ好きな時間を過ごしている。今日は手に入れた武器を手入れしようと、いつもは背中に鞘と共に置いている刀を取り出していた。
ベイラーの身長と同じほどになるまさに大太刀。振り回すのも一苦労する得物であるが、バスターベイラーとの闘い以降、使う事がなかった。
《レイダさん、コレ、錆び止めとかぬったほうがいいのかな》
《さ、さぁ》
日の当たる場所でその太刀を掲げる。よく見れば、その刃紋がわずかに揺らめいている。この刀もまた、ベイラーと同じようにサイクルを回すことができる。持ち主のサイクルと同じように動くために、コウの炎と呼応するように燃え盛った。
《この剣、ずっと雨ざらしだったならそもそも錆てて使い物にならないはずです》
《あ、そうか》
《そもそも、この剣どのように作られたのか、まったくわかりません》
《……サイクルを持った剣、ってことは》
コウがこの大太刀について所見を述べる。
《これもベイラーの一種、っていうのは? 》
《ありえない、と言い切れませんね。人に作られたベイラーを見ているので》
レイダがひとしきり考える。コウは大太刀をながめ、その刃紋の揺らめきを楽しんでいた。感覚としては、水族館にいる魚を眺めているような気分である。
《綺麗ではある》
《私もそう思います。美術品として、人の間では価値がありそうです》
《うーん。レイダさん、オルレイトの本の中になんかないかな》
《少々おまちを》
レイダは自分のコクピットをまさぐると、オルレイトが持ち込んだ本の一部を強引に取り出した。できるかぎり丁寧にとりだしたつもりでも、どうしても何冊か地面に落ちてしまう。
《しまった、坊やが怒る》
《任せて》
コウが指で丁寧につまみ、レイダの手に戻す。こういった本来ベイラーにはできない器用な真似も、カリン抜きでできるようになっていた。
《ありがとうございます》
《どういたしまして。で、何かありそう? 》
《いま取り出したのは、伝承にまつわる本です》
《伝承? 》
《ゲレーンに伝わる伝説や、サーラのものですね。帝都の物もあるようです》
《おお。ピンポイント》
《しかし、ゲレーンでまず『龍殺し』という単語は聞いたことありませんね》
《となると、ゲレーンの伝承はひとまず置いておいて……》
レイダと共に本の選別をおこなう。ゲレーンにまつわるものを取り除き、つぎにサーラの物を手に取る。ぱらぱらとめくりたくとも、どうしても大きさが違いうためにめくることさえかなわない。
《だ、だめだぁ。さすがに紙一枚はつまめない! 》
《選ぶだけ選んだおきましょう。あとで暇をしている誰かを捕まえてしまえば》
《それしかないなぁ》
時間はかかりつつも、大まかに分類が終わる。ゲレーンにまつわるもの、海の国サーラにまつわるもの。そして帝都にまつわるもの。
《ゲレーンのがほとんどで、帝都のはこれ一冊だけ? 》
《仕方ありません。どうしても遠い国の物は運ばれてきませんし、一冊でもあればいい方です。言にサルトナ砂漠の物は無いのですから》
《あー、あたしかに》
物質的な距離はいかんともしがたい。物を運ぶために人が歩ける時期と膨大な時間がかかっている。しかし、コウの中でその距離の概念が新しく切り替わっていた。
《帝都でアーリィベイラーが使わてるなら、空輸もされてるかも》
《くうゆ? 》
《前の戦いで兵士を運んでいたろ? あれを物でやるんだ》
《……なるほど。より早く、より遠くに様々なものを運べますね。しかし》
《しかし? 》
《コウ様でアレなので。もっと先になるでしょう》
《しょうがないじゃないかぁ! 》
レイダは着地の事を言っている。あれから何度も練習し、ようやく一人で離陸から着陸までできるようになった。そしてできるようになるまで、コウは道を何度もつぶし、足を折り、翼を壊し、ひどいときでは空中分解一歩手前まで言ったことがある。
《いや、本当、飛ぶより降りるほうが大変だなんて知らなかった》
《私も知らずにヨゾラ様と空を飛んでいたのですから、いやー怖い怖い》
けらけらと笑い飛ばすレイダ。あれからヨゾラは一人で飛ぶことも増え、今では気象を予測する観測機のような事までしてくれている。
《そもそも、山の上を飛ぼうとしたら風に煽られて落ちたのはどなたでしたっけ? 》
《分かった! 空輸の話はもういい! 伝承! 》
《はい。えー、帝都の伝承ですが、私でも知っているものがあります》
《レイダさんでも知っている? 》
《はい。帝都ナガラは、1人の英雄によって作られた、というものです》
《英雄? 》
《はい。かつて暴虐の限りをつくした国に虐げられいた民を英雄が束ね、打ち倒し、英雄を王とした国ができあがった。それが帝都ナガラの成り立ちだといいます》
《英雄が作った国かぁ……その国が今や戦争を仕掛ける側かぁ》
《レジスタンスもずいぶん前からいるようですし、中がどうなっているかは》
《カリンは一度行った事があるから、話をきいてみるかな……あーでも、成り立ちでも龍殺しって単語はないのか。うーん》
《コウ様、私もその太刀をもってみていいでしょうか。もしベイラーと同じなら、私のほうが何かわかるかもしれません》
《あー、うん。お願いします》
コウが無造作に太刀を渡す。レイダは片手でそれを受け取る。ずっしりとした重みで一瞬バランスを崩しそうになるも、そこは経験の差によってカバーする。重心をとっさに下げることで崩れたバランスを強引に整え、しっかりと持ち上げた。
《重い!! 》
《どう? 何かわかりそう? 》
《少々お待ちを》
柄を握りこみ、刀を掲げる。ゆらめく刃紋以外は、特段めずらしいことはない。拵えらしいこしらえがないため、刀身の生身で持っている以外、特質すべきものが見当たらなかった。逆に悪いところばかり目がいく。特に切れ味はいいとは言えない。よくみれば細かい刃こぼれがあった。
《研ぐほうがよいかと》
《あ、やっぱり? 》
《やっぱり、とは? 》
《この前、ひとりでこっそり試し切りしようとしたら、全然斬れなくて》
《錆一つ無いようにみえますが、刃が酷い。元が大きいので余計に目立ちますね。よくこれであのバスターベイラーを倒せたものです》
《あれはカリンもいたし、サイクルも回したし》
《サイクル……ふむ》
レイダがおもむろに両手で刀を持った。大太刀で正眼の構えを取る。大きな刃渡りを持つ刀で真正面に立たれたコウはその迫力におもわずたじろぎ、正面ではなくその横にずれる。
《私もやってみます》
その一言で、レイダが急にだまる。次の瞬間、揺らめいていた刃紋がその流れを変え始める。レイダが全身のサイクルを高速で回し始めているのと同じように、龍殺しの大太刀も刃紋が動いている。
《すごい! 動いてる! 》
《私のサイクルと同じように動いてくれているようです。コウ様の考え、存外近いのかもいしれません》
《龍殺しがベイラーの親戚……でもなんでこんなものを》
コウがその疑問を口にだそうとしたとき、龍殺しに思わぬ変化が起きる。動き出した刃紋が形を変え、その刃に無数の針を生み出し始める。その針は、サイクルショットのソレと瓜二つで、色もレイダの肌と同じ緑。
《れ、レイダさん! 針が! 》
《針? 私はなにも》
困惑するレイダ。次の瞬間、其の刃に生み出された針が飛び出した。無数の針はコウの真横を通り、すぐ近くの道に勢いよく突き刺さっていく。轟音と共に道に刺さった針は、役目を終えたといわんばかりに砕け散り、土煙だけが残った。
《レイダさんのサイクルショット……それが龍殺しでできた? 》
《すいません! 怪我はありませんか!? 》
《大丈夫です! 横にいて助かった 》
道には針山で跡をつけたような見るも無残な姿になっている。もしレイダの真正面に立っていたらどうなっていたか。想像もしたくない。
《でもどういう事だ……俺のときは炎で、レイダさんの時は針? 》
「おーい。コウ―」
疑問が解ける暇もなく、呑気な声が掛けられる。オルレイトが双子にじゃれつかれながら湖から戻ってきた。手には釣ってきたであろう魚が入ったツボが見える。
「釣れたー! 」
「たっくさだー!! 」
「コウ! これだけ多いと一回で食べきれない。残ったのを燻製にしてみたいからあとで手伝ってくれないか」
《わかったー。レイダさん、行きましょう……レイダさん? 》
《コウ様……離れません》
コウがオルレイトの元に行こうとしたとき、異変にきがつく。先ほどからレイダが正眼の構えを解こうとしない。それどころか切っ先を降ろそうとしているのをまるで邪魔されているかのようにフラフラと動き回っている。いかにそれが無防備な動きでも、大太刀をもって無造作に動けば怪我の危険がある。
《どうしたんです? もうはなしていいですよ》
《はなれ、ないのです》
《はい? 》
《太刀が、手から! はなれないのです!! 》
手に持ったものを放すことができない。そんなバカなと一蹴できるような事だったが、レイダの切羽詰まった声が事実であることを認めさせる。
《(セスならまだしも、レイダさんが冗談を言うとは思わない、なら本当? )》
コウの認識は、今も太刀をどうにかしようと振り回すレイダをみて正される。確かに今、レイダの手は太刀に吸い付いて離れていない。
《(俺の時はどうして離れた!? なんだ!? 何か差があるんだ)》
受け渡しの前後の差を考える。とくにお互いに何も考えずに受け渡したために、思い起こすことそれ自体が難しくさせた。そして思考はさらに別の事に奪われる。レイダの手から離れない太刀、その刃紋が再び動き始めた。さきほどよりもよりスムーズに回るようになり、やがて同じように針を生み出している。
《(さっきより速い! それに多い! )》
大太刀がサイクルショットを放とうとしている。それは構わない。しかしその射線が問題だった。今、太刀を持つ先にはオルレイト達がいる。
それに気が付いたレイダが叫ぶ。
《コウ様!! 上に! 》
《分かってる!! 》
針が全て伸び切った瞬間、コウが体を滑らせ、刃を強引に殴り飛ばした。拳に何本から針が突き刺さりながら、太刀が上に上がる。次の瞬間、針は虚空へと飛び上がった。反動がさらに大きくなり、レイダが後ずさる。
《(もし弾かなかったらオルレイト達が串刺しになってた)》
自分の拳に突き刺さった針を引き抜きながら、後ろを見る。幸いオルレイト達にはなんの被害もない。まだこちらに向かって呑気に歩いている。
《(どうなってるんだ? レイダさんの意思と無関係に、というか)》
《この、なぜ! 》
《(この現象はなんだ!? サイクルの暴発!? )》
思考が暗雲に染まる。己の中でぐるぐると問いと答えがめぐっていく。
《(レイダさんがサイクルを回したあたりからだ。異変はそこから始まってる。でも暴走の原因はなんだ? 俺の時はこうならなかった……何か理由がある?)》
しかし、答えがでないまま、また状況が変化する。大太刀がまたレイダの意思を無視し、サイクルを回して針を無数に作り出している。そして今度は、その針を、刀全体にめぐらせ、全方位に発射可能な状態になっていた。
《(あれじゃ自分に当たるぞ!? というか、オルレイト達が! )》
全方位に発射できる。それはすなわち、先ほどのように射線に強引に変更したとしても、オルレイト達に被害が行く事に他ならない。さらには、自分側にも針が生えているため、オルレイト達を守ったとしても、レイダに甚大な被害が出る。
《(クッソ! どうする)》
「コウ! どうした! 」
オルレイトが、レイダの異変にきがつき、魚を双子にあずけて駆け込んできた。
《説明しにくい! ともかくあの太刀をなんとかしないと》
「太刀!? あの刀か? 」
《今のままだとレイダさんが危ない》
針はまもなく伸び切ろうとしている。全方位に発射されるのもすぐであった。コウがサイクルシールドを使うか、ブレードでレイダの手を切り落とすかどうか悩んでいると、オルレイトが零した。
「まったく! 武器ならさっさと鞘に納めないから! 」
その一言は、単にオルレイトの、図らずも武芸者としての当然の動作の一つ。武器はむやみに振り回すものではないという戒めとしてまず最初に叩き込まれる動作。そしてその一言で、コウの中で仮説が立つ。
《(まさか、俺の時に暴走しなかったのって)》
「コウ? 」
《オルレイト! 下がってて! 》
コウが駆け出す、背中に備え付けた鞘をもって、レイダに近付く。針は今にも発射されそうで、レイダもできうる限り針をオルレイト達にあてないよう、切っ先を真下に下げている。
《レイダさん! 切っ先をあげて! 》
《はい! 》
レイダはあえて下げていた刀をあげるように言われ、とっさに反論しようとしたが、コウが手に持つものをみてその指示に従う。再び正眼の構えのようにまっすぐ立ち、コウを待ち構える。
《間に合えええええ!! 》
叫び声と共に、その手に持つ鞘で、剣を納めていく。生えた針を強引にそぎ落としていくように削る。だが、レイダの手の近く、柄ギリギリの部分は針が伸び切り、納刀と同時に発射された。コウとレイダはその針を受けて、お互いに吹き飛ばされてしまう。2人が大の字に伸びた後、その二人の間に、鞘に収まった太刀が落ちていった。
◇
「で、この惨状ってことね」
《ひどい目にあった》
《―――!! 》
《ええ、お願いします》
その日の夜。食事を終えたカリン達はコウとレイダの体に突き刺さった針を抜く作業を行っていた。作業場の壁には、あの大太刀が鞘に収まったまま立てかけられている。鞘に納めたあと、すんなりとレイダの手からはなれた太刀は、あれから暴走していない。
《頑丈なコクピットにまで刺さってるんだもんなぁ》
《間に合ってよかったです。リク様。お願いします》
《―――! 》
リクがレイダに刺さった針をぬいていく。琥珀色をしたコクピットに、深い緑をした針が何本か突き刺さっている。もし鞘に納めるのがもっと遅ければ2人はさらにひどい状態になっていた。
《でも、分かったことがあります姫様》
「それは一体? 」
《あれはサイクルを使うと、私たちの手には負えなくなります》
《でも、鞘に納めれば、大丈夫。俺たちが使ったとき暴走しなかったのは、あの時鞘を作ってすぐ納刀したか、だと、思う》
「なるほどねぇ……でもあなた、最近けがしすぎでなくて? 」
《いや、飛ばなければ怪我しないかなって》
《姫様、今回は私にも非はあります》
「無事だったからいいじゃないか……僕の本は無事ではなかったけど」
「オルレイト……その、買いなおせるものであれば私が買うから」
「アハハ……そうだね……そうしてくれると、とてもうれしいなぁ……あはは」
《その、オルレイト様……申し訳ない》
「お前が無事だったんだ……それで、いいさ……いいのさ」
見るからに肩を落とすオルレイト。あの針による被害はレイダやコウだけでなく、地面に広げていた本に多大な、具体的には針によって修復不能となる被害をうけていた。本の価値のあるなしにかかわらず、単純に本が破けてしまった事の衝撃はおおきく、オルレイトは落ち込んだ。
「帝都に入ったら真っ先に本を買うんだ……もう大量に買うんだ」
《……結局、あの太刀についてはなにも分からなかったな》
「まぁ、それももうすぐわかると思うわ」
《なんでそんなことが分かる? 》
コウが自分で針を抜きながら問うと、カリンは自信満々で答えた。
「さっき占い師から使いが来たわ。明後日、帝都国境よ」
それは、この旅の目的地が、目前に迫っていることの宣言だった。




