恐ろしき何か
4丁目の掃除は、掃除というよりはもはや整地に等しかった。落ち葉を掃き、道を開け、半壊した家を完全に壊し、材料を用意し、新たな家をニコイチでくみ上げる。そんな作業をベイラー達の手で行っている。ミーロにいた頃の復旧作業と感覚が全く同じであり、龍石旅団はアマツにまんまと利用されたことを悔いていた。
「さて! 皆さま! お昼にいたしましょう! 」
1人だけ、悔いているどころか、その目をまるで獲物を狙う猫のように、爛々と輝かせている者がいる。給仕のマイヤである。彼女は元々きれい好きであり、どうやってこの家をキレイにしようか、そのことしかもはや頭にない。だが彼女の事を止めるものは誰もいない。自分も掃除をしつつ、同時に片手間で食事の仕込みをぱぱっと済ませ、こうしてお昼になれば全員に振る舞う。圧倒的なまでの家事炊事能力により、だれも文句を言えるような環境になかった。カリンたちからすれば、家の壁を必死に磨いていたら、いつの間にか家の廊下が勝手に綺麗になっていて、かつ自分たちの食事まで用意されている状態になる。
「貴方、本当にすごいわね」
「恐れ多いです」
「いや、その、かしこまらないで……疲れたら言うのよ? 」
「いいえ! まったく! これっぽっちも疲れておりません! それよりもみてくださいませ! あれだけ荒れ果てたはずの家がここまで! みなさんのおかげです! こんなにきれいになって!! 」
カリンがすこし強引に休ませようと声をかけると、藪蛇がことぐ言葉の洪水があふれ出ている。この一週間で、4丁目で拠点とするべくきれいにしていた家がようやく人が住めるようになっていた。
「さぁ! お昼を食べたら仕上げにかかりますよ! 」
「そ、そうね」
「(ねぇオルレイト)」
「(なんだ)」
カリンがマイヤにたじたじになっている最中、スープをすすりながらナットが、オルレイトにひそひそ声で問いかける。
「(姫様って家事の一切ができないっていうの、ほんとうかな)」
「(おそらくだが、やろうとするとマイヤが出てくるんだろう)」
山菜でできたスープをすする。水の供給も安定しているため、こうして暖かい食事も摂る事ができた。
「(おるおる。マイヤさんってたまにおかしくなるの? )」
「(いいかリオ。そのこと絶対に本人に言うなよ? )」
「リオはこっち! 」
「ああ、すまん! 」
双子も、その異様な空気をかんじとっている。だがオルレイトが、リオとクオ、双子の違いが分からず、呼び間違えてしまい、双子が怒った。
「もう! これで何度目!! 」
「もう! 何回間違うの!! 」
「……ごめんなさい」
全面的に見分けられないオルレイトが悪く。そこに弁明の余地などない。おもわず謝るオルレイト。その影で、ナットが双子をジト目で見つめている
「(あってるんだけどなぁ……わかんないんだろうなぁ……)」
たった今、オルレイトがリオといった方は実は本人であり、言ってしまえば双子はオルレイトを罠に嵌めていた。このいたずらには、オルレイトはおろか、カリンさえも嵌ることがある。
「(まぁ見破れないオルレイトが悪い)」
そもそも双子の見分けができていれば、即座に指摘すればいいだけであり、やはり、彼に弁明の余地などなかった。ナットが教えれば万事解決するのだが、それでは根本的にオルレイトの見分ける力が付かない。そして、双子のいたずらが成功するのを見るのは、ナットにとっても面白かった。
「(見分けがつくサマナさんにはやらないんだから、上手いよなぁ)」
オルレイトが罠にはまっている様を、笑いをこらえているサマナを見る。同じように彼女もスープをすすっている。彼女の場合、どうやら双子固有の流れを見極められるようで、即座に判断してぴしゃりと罠を見破っていた。双子も、別に見破られたことで怒ったりはしない。少し面白くないなぁと口をとがらせる程度である。
「(マイヤさんの場合、眼鏡がないと顔が判断できてない節があるし)」
また、双子はこのいたずらをマイヤにもする事もない。一度、試しにいたずらを仕掛けたとき、マイヤは眼鏡を外して2人をまじまじと至近距離で見比べた。その際の眼光は、2人にとって両親に怒られるよりも恐ろしくみえた。結局のところ、眼鏡をつけていてもいなくても、マイヤにはリオ、クオの双子の区別はついていないが、それでも彼女がいたずらされる事はない。
「なぁんでわかんないかな」
「おかしいな……1回くらい当たってもいいのに」
そんな罠の事などつゆ知らず、オルレイトがあまりの命中率の悪さに頭を抱えている。確率でいえば二分の一であり、あてずっぽうで答えても当たりそうなものではある。
「わからん」
「(……まぁ、いいか)」
すこしだけ賑やかな食卓で、ナットが一人、優越感に浸っている。今のところ、見分けが付いているのはナットとサマナのみ。サマナに関しては彼女の出生によるところが大きい。シラヴァースという人魚との間に生まれたハーフ、その末裔である彼女は、海の流れ、風の向き、さらには人の意思といったものがその目に流れとして映る。もう少し経つと、彼女は人の心さえ読むことができるという。
ナットにはそれはない。彼は彼自身の見分け方を見つけている。
「(僕だけが知っている……僕だけの、秘密だ)」
きれいになった新たな住処。仕上げというのも、最後にのこった屋根の掃除だけ。日が暮れるまでには掃除は終わる。
「(そしたら、たまには、遊んでやるか)」
このところ、ずっと何かに追われるように働いていた。それは戦いであったり、復旧であったり。ゆっくりできる時間は貴重であった。
そして日が暮れるより前に、龍石旅団の、ささやかな憩いの場が出来上がった。ナットは双子の追いかけっこに付き合い、三人は本当に久しぶりに、遊び疲れて眠りについた。
◇
「ああ、ここまででいい。よくやってくれた」
《―――》
帝都ナガラ。その国境付近。人々が眠りについた夜こそ、彼らは羽ばたく。
ゲレーンの諜報機関。「渡り」と呼ばれる彼らは、黒い装束を身にまとい、灰をまぶしたベイラーに乗って夜に行動する。視認性をかぎりなく低くした彼らは、ゲレーンを超え、国境を越え、様々な情報を収集し、精査し、持ち帰り、ゲレーンという国の政事を有利に運ぶべく動く暗部である。
ゲレーンが長年、豊富な資源国家であるのに戦争に巻き込まれていないのには、帝都ナガラの傘下として収まる事以外に、彼らの働きが非常に大きかった。戦争の兆しを先に摘み取り、時に裏切り、暗殺も辞さない。それが彼らの働きである。
無論、そのように働く彼ら能力は常人の及ぶものではない。卓越した体術、話術、容姿に至るまで、徹底的に選別された集団である。それはベイラーひとりにしても同じ。訓練を受けた彼らはサイクルを最小限で最大の稼働を行い、ベイラーがもつ騒音をかぎりなく零に抑えている。ベイラーの命題などこの集団の中に入ってしまえば、叶えることなどできない。それでも、一部の酔狂なベイラーはおり、彼らに協力している。そのほとんどは、すでに人間を乗り手として200年を超えたベイラー達。全員が赤目になることができ、戦いも移動もベイラーの中ではまさに最上といっていい。まさに熟練の戦闘集団。
そのうちの一人が、ナガラからとある情報を持ち帰り、ある人間に伝えようとしていた。山の中、それも森の奥深く。およそ人間が立ち入る場所ではない。
「……だ、誰だ! 」
「落ち着け」
深い森の中で、その姿が現れた。身長2m。ともすれば大男である彼こそ、この超常の集団の長。潜伏から社交までこなす彼こそ、オージェン・フェイラス。
ひとりミーロの街から離れ、一足はやく帝都国境付近までたどり着いていた。すべては、自分の持つ情報を主であるゲレーン王に伝えるため。同時に、彼に緊急の知らせが届いた。手に持たれた黒い鳥の羽。それこそ、彼ら渡りの象徴。その羽の先に、赤い血が付着している。これは、渡りの中で、緊急事態を伝えるサインである。そのサインを受け取ったオージェンがこうして森の中で待機していた。オージェンの声を聴いた彼は、一瞬だけ安堵したのち、すぐさま声を険しくした。
「からすは北へとむかう」
「ただ群れることなく」
「……その、声、本当に、隊長、なんですね」
「ああ。そうだ」
合言葉を人の寄り付かない深い闇の中で、1人、小さく一歩を踏み出した。
「よかった……本当に」
「おい、どうし―――」
先ほどから、顔が見えないまましゃべっている。奇妙な違和感を感じたオージェンが、彼に近寄ったとき、月明りが差し込む。二つの月によって淡く輝くその明りで映し出された顔に、息をのむ。
「……拷問か」
「大した、ことないです」
彼は、歩いているのが不思議な状態だった。片方の手には爪が全てなく、片方の手には、そもそも指がなかった。両足の甲には大きな杭が撃ち込まれ、すでに血が固まって腐食している。そしてその顔には耳はなく、目は焼きごてでつぶされていた。もはや彼は何も見ることはできない。
オージェンの胸に、様々な思いが去来する。ここで、よくやったとほめて、抱き留めることはできる。良く帰ってきたと。最後に涙でも流せれば、彼は安心する。だが、それは彼の、ここまで人としての肉体を蹂躙された彼の、ひとかけらの最後の矜持すら奪うことになる。
「報告を聞こう」
静かに、短く、オージェンは端的に問う。彼はその言葉をまっていたかのように、最後の命を使った。
「帝都は、獣を、呼ぼうと、しています」
「(龍では、ない? )」
オージェンがこれまで掴んできた情報との差異を認める。彼が、仮面卿と呼ばれる男の一派が「龍殺し」を画策しているのは、帝都軍の前衛基地にてその痕跡を発見している。だが、今までにない単語が現れる。
「獣は、目覚めの、時を、待っています」
「どこで」
「地下の奥、深く……眠っていた、だけだった」
そして、爪がはがれろくに握れなかったであろう、丸められた洋紙。わざわざ釘で手のひらに打ち付けて固定されたその洋紙を、オージェンの胸に押し付ける。
「アレは、獣とは! 決して、手を、取り合っては、いけない!! 」
押し付けられた手を、ゆっくりと握る。その紙を、丁寧に釘から抜き取り、受け取る。もう、目が見えないため、確かに受け取ったとを、爪のない手を握りしめて応える。その感触を、男は確かめ、最後の言葉をつづる。
「以上で、報告、を……終わり……ま……」
オージェンの胸に、そのまま倒れこんだ。抱き返すこともできず、ただ、力なく崩れていく人間だったものを、そのまま横に寝かす。月明りはすでに陰り、何物をも照らさなくなる。暗闇の中で、ぽつりぽつりとオージェンが零す。
「……一年前、はじめて共にした任務を、覚えているぞ。ゲレーンのベイラー攫いから、ベイラーを救出する任だった。その時のお前は感情に従う男だった」
彼の初の任務。それは攫われたベイラーを救出する任務。感情を殺すべきかどうかをオージェンに求めた彼を、オージェンは感情を捨てるな説いた。人間が人間であるための、最後の寄る辺であると。
「そのお前が、拷問に耐え、よくたどり着いた。また、共に」
死体を持ち帰りはしない。帝都の国境前に捨てておかなければ、彼が情報を伝えることができなかったと誤認させられない。彼にもまた家族があるが、その家族に会わせてやることは、できなかった。
「……ベイラーは、どこだ」
ひとつ。気になる点があった。彼の脚は、この森の奥深くまで来れるような状態ではない。であるなら、ベイラーが運んできた可能性がある。彼の引きずってきた足跡を消しながらたどっていくと、やがてソレにたどり着いた。
「まさか……お前は渡りの……」
《―――》
そこには確かに渡りのベイラーがいた。半年前に彼を乗り手として選んだ、サイクルランスの扱いが得意で、ハスキーな女性声をした、優秀なベイラーだった。その彼女の半身はほとんど焼け焦げており、原型がない。なにより、彼女のコクピットはまるで噛み砕かれたかのように割れている。
「まだ、動けるか? ゲレーンに帰ろう」
《―――》
目の光は、わずかながら灯っている。まだこのベイラーは動いていた。焼けただれた個所は治らないかもしれないが、適切な治療を受ければまだ助かる。
「休暇を出す。王には私が」
《―――ハ》
オージェンが彼女に触れようとしたとき、突然ベイラーは手を振り払った。混乱しているのかと考えたが、普段の彼女を知っているオージェンにとってその行動は理解の範疇を超えていた。
「どうした? 」
《―――離れて―――ワタシが、ワタシデ―――ナクナ》
「どうした!? どこが痛い? 」
何かが起きようとしている。それを察知し、距離を取る。その行動が、オージェンの命を救った。
ビュンと、風切り音が鳴る。その場にあった樹木に巨大な爪痕が残る。
「……なんだそれは」
渡りの、灰色だったベイラーが、突如として動いた。さきほどまでの鈍重な動きとは比べ物にならない速さ。失われ、残った片手を刃のように鋭く尖らせ、無造作に振りぬいた。
ベイラーの顔にはバイザー状の顔が、真一文字に割れ、空気が漏れ出している。そしてなにより、片腕を、まるで前足にするかのように。
四つ足の、そうまるで。
「獣、じゃないか」
《―――UUUU!!! 》
空気が漏れ出していた顔が、ばっくりと開き、音が響く。それは歌声のような優しさの欠片などない、ただ、今から殺戮を行う宣言。
《SHAAAAAAAAAA!! 》
ベイラーが、ベイラーのはずのものが、口をつくり、吠えた。
オージェンの中で、今この瞬間、事態の理解することを捨てた。この現象を説明できるものはおらず、今の吠えた、このベイラーは、もはや己の知るベイラーとはまるで違う何かであることだけ考える。
「ナイア!! 」
《お呼びかなぁ契約者、おおっとこれワ》
突如、彼の後ろに、いままで存在すらしていなかったような、しかし、そこに居ることだけはまるで当たり前だったかのように、体の表面の色が七色に収まらず、無数の色によって濁るその肌を表し、ナイアと呼ばれた何かが現れる。ナイアは声色さえ定まらない。時折男性の声になれば、ときおり女性の声にもなる。ゆえにオージェンは、ナイアの事を三人称単数形で呼んだことが無かった。そしてナイアは、呼ばれてそのまま出てきた様子で、しかし状況を楽しんでいた。
《おやおやおや!! これはこれは危機的状況というやつではないかネ? 》
「契約を履行しろ!! 」
《具体的にはどすうル? 》
「私を助けろ!! アレから私を守れ! 」
《ならば発音せヨ 》
獣がまさに襲い掛かろうとするその瞬間。オージェンが、いままでしてきた手袋を捨てる。そこには武芸者らしくない、おそらく、男性としてはキレイな節のある手が現れる。これは、外交の再、暗殺者であることを気取られない為である。無論手袋をしていれば問題はないが、往々にして、手袋をしない場所でも、見ている人間は見ているのである。ごつごつした武芸者の手をしたものを近寄らせない権力者は多い。そのために、彼は拳打ではなく、肘鉄や膝打ちなど、硬い部位での打撃を極めている。
―――それが、彼の手袋の、表向きの理由である。
「……開け」
一言。言葉を紡ぐ。すると彼の手の平、その皮がにわかに蠢きだす。皮と骨の間に、まるで何かが浮かび上がるかのように。そして次の瞬間、手の皮が一挙に全て裏返った。不思議と、彼から血は出ていない。そして、彼の、手の皮から現れるのは、小さな本。豆本ともいうべき小さな小さな、しかし装丁はじつに豪華な、そのサイズではできるはずもない分厚い装丁をした本が現れた。その本はひとりでにめくれ、中盤の一行の文字だけ、血でなぞられている。
かつて、若くして彼がこの本に出会い、この一行を読んでしまった。なぜか彼には、この本が読めてしまった。その瞬間から、彼の、はたから見れば強靭にも見える精神は、すでに人間のもとは程遠いものに変わってしまっている。
「にゃるらとてっぷ・つがー」
彼は、常に、狂気の中にいた。
「くとぅるふ・ふたぐん 」
その言葉の意味を知らない。だがなぜか発音できる。ナイアと呼ばれたその物体が姿を変える。この星で唯一物体を称えるその言葉を言える人間が、オージェンである。ベイラーだったはずの、獣のような姿をした者の前に、ベイラーの体をして、しかしその両腕がまるで、形容しがたい蠢く触手に変えた何かが、触れた。
◇
「……獣か。貴様が知るわけもないか」
《知るわけないサ》
オージェンは、このベイラーが、ベイラーでない事は知っている。このナイアと呼んでいるこの謎の何かは、いたく自分を気に入っている事。自分の事を契約者と呼ぶ事。あの一文を読むと、両腕が形容しがたい何かに変わる事。そしてその触手に触れた場所は、まるでその場所そのものが虚空に吸い込まれたかのように、何も無くなる事。
触手に触れられたあのベイラーであったものは、もうその姿を無くしていた。
「状況は終わった。もういい」
《契約者。簡単に死んではいけないヨ。まぁ死なせないがネ》
「いいから消えろ!! 」
《おー、怖い怖い》
そう言うと、やはり一瞬で、まるでナイアの痕跡が無くなる。そこに立っていたはずなのに、足跡一つ残っていない。やがて夜の帳に、死体が一つと、男が一人。
「たった一行で、コレだ」
彼は、この、ガミネストと呼ばれている世界を理解し、そして、その世界には「外」があることを、偶然手に入れてしまった本で知ってしまった。その「外」には、今、ナイアと呼んでいるような存在がいることを、知ってしまった。
知ってしまい、理解し、彼は一度壊れた。
だが、彼は「外」に飲み込まれることなく今の姿を保ち、あまつさえ、ナイアを、形式上でも従属させている。それには、過去、彼に献身でもって救ったある女性の存在があった。
「調べるか。獣の事を」
独り言を終え、仲間が決死の思いで届けた洋紙を手に、彼は走る。彼を救ったのは、たった一つの言葉。その言葉が彼の砕かれた心を縫い留め、人としての形を保っている。
「……貴方に、出会えて、良かった」
それは、オージェンという男に対して言われた、祝福の言葉。その言葉を投げ返す相手はもういない。ただ、この、恐ろしい「外」から、否、「外」だろうと、世界だろうと、彼女にかかわるすべてを、必ず守らねばならないと、硬く誓うには十分だった。そうしなければ、出会いに感謝してくれた彼女の言葉を無駄にしてしまいそうで。
すがるように、抱きすくめるように、その言葉と、その声を覚えている。
「まだだ。まだ俺は……まだ狂うわけにはいかない。狂った俺ではきっと、君は、『出会えて良かった』などと言ってくれない……言ってくれるはずがない! 」
深い森の中でオージェンが跳ねる。
木々の間を縫うように。黒い烏となって闇を飛ぶ。
「そして、いつかまた共に、会ったときに」
彼は狂気の中にいながら、たった一言の言葉で正気を保っている。
「出会えてよかったと、お互いに、言い合おう。イレーナ」
イレーナ・ワイウインズ。
それが彼をこの世界に縫い留めた、女性の名前だった。
最終部ということで序盤からいろいろやります。




