虚しい器たち
森に囲まれた国ゲレーン。普段であれば緑豊かなこの土地も、今や真っ白な銀世界に包まれている。そんなゲレーンの一角、一番栄える城下町にある家の一つがあわただしく人が入れ替わっている。騒ぎのの外で、同じ場所を何度も何度も歩きまわる老人がいる。老人なのは年齢だけで、その覇気はまだまだ彼が精力的に動く事ができることを示している。額に深い皺を刻み込みながらなんどもなんども歩き回る。そんな彼の様子を、もうずっとみていたのか、彼の相棒であるベイラーが思わずつぶやく。
《……大丈夫》
「む? 」
《…‥そんな、焦らなくて、大丈夫》
黄緑色のベイラー、キッスが両足を投げ出しながら、ふらふらと歩き回る。男の名はワイズ・ミリンダ。オルレイトの父、バイツ・ガレットリーサーの部下にあたる軍人である。その年齢は50を超えるが今だ現役である彼が、険しい顔をしながら、情けない声をだす。
「し、しかしな」
《……おじいちゃんになるのがこわい? 》
「こ、怖くはないぞ! 」
彼はいま、孫の生誕を待っている。彼の息子夫婦が赤ちゃんを産んでいるのだ。家の周りはお産に付き合うべく駆け付けた医者と、息子夫婦を手助けしようと集まった人々が無事に赤ちゃんを産めるように準備をととのえている。そんな中、何もできないワイズはこうして外にはじき出され、やることもなく手持無沙汰に陥っいり、家の一か所を言ったり来たりしているのである。
「ただ、やはりやることが無いのはだなぁ」
「まぁたあんたは何してるんだい」
そんなワイズの肩を強かにビンタする女性。隣には薪を小脇にかかえたベイラーもいる。
「産湯用の薪を持ってきてみれば、なにぼさっとしてんのさ」
「お前か。だがなぁ」
アネット・ミリンダ。彼の奥方である。隣の相棒はシーシャ。シーシャは薪をどさっと家の隣に置くと、同じく足を放り出して座り込む。
《ヤッホーキッス》
《……やっほー》
《どんなかんじ? 》
《……変わらない。みんないそがしそう》
《変わんないかぁ》
《……変わらない》
キッスとシーシャの付き合いは短い。こうして人間の夫婦同士のベイラーになるのは初めてで、お互いに嫌でも顔を突き合わせる回数が多い。キッスはどちらかといえばあまりしゃべる方ではないが、シーシャはしゃべるのは好きな方である。短いながらもやり取りを重ねていくうちに、キッスはしゃべらないだけで、会話するのは別に苦ではないのだと知っていた。
《……いっつも。だから、大丈夫》
《そっか》
《……ワイズの方が、大変そう》
《大変? なんで? 待ってるだけじゃない? 》
《……あんなに、慌ててるの、初めて、見た》
《ほー》
夫婦のやりとりを横目に、ベイラー2人の間で穏やかな時間が過ぎる。
《……どうしてるかなぁ》
《誰が? 》
《……ひめさま》
《あー、もう帝都に出て結構たつんだっけ? 一年? 》
《……たぶん》
《なぁんだよぅ》
カリンが帝都から旅立ち、ゲレーンではすでに景色が一巡していた。シーシャもキッスも、冬のゲレーンでコウと共に雪かきをした仲である。もっとも、お互いにコウの事を知り合ったのは少し後の事だった。そして、頼りになる軍人のワイズに、カリンが旅の同行を求めて断られたその理由が、今の状況である。ワイズとアネットの間に、初孫が生まれようとしていた。
《でも、遅い方だなぁ》
《へぇ》
《人が生まれるのって1年より短いはず》
《……そうなの? 》
《アネットがそう言ってた》
《……だから、ワイズは焦ってる? 》
《いや、ワイズのおじさんが焦ってどうにはならないでしょうが》
《……たぶん、心配してる。孫が生まれるかどうかもそうだけど、息子さんの、奥さんのことも》
人が生まれるのに10か月と10日。ゲレーンの暦の読み方であれば、31日がすべての月であるためさらに短い。それを含んだとしても、たしかに2か月以上かかっているのは不自然といえる。
《……おぼえてる? アネットの最初の子供》
《忘れるもんか。すごい顔だった》
《……余計に怖いんだとおもうよ》
アネットは、息子を2人産んでおり、1人目は死産であった。お互いの乗り手の事情を知っているからこそ、今のワイズの状況を心配していた。だがシーシャの方はあっけからんとしている。
《だから何だって言うんだ。アネットを見ろよ。あれ本人だぜ? 》
《……たしかに》
《心配し過ぎもよくない》
《……良くないね》
悲しみを乗り越えたアネットが、珍しくおろおろしているワイズを叩いている。いわゆるシバいていた。しかし、ワイズの鍛えられた肉体では叩いた方の手が痛いのか、ブンブンと手を振っている。
《その辺にしといたら》
「ああ、そうだね。まったくこんな時にうちの男は情けないねぇ!!」
《お医者さんはなんて? 》
「もう頭は出てる頃だね」
《なら、薪多く持ってきすぎたかな》
「多いのに越したことはないんだよ。暖かい水はいくらでもいる」
《さすが》
「これでも母親やってたからね」
《おばあちゃんになるのに元気だねぇ》
「まだお婆呼ばわりさるほど歳はとってないね!! 」
アネットの方が腕をまくり、力こぶを作って笑ってみせる。ワイズと同じように、アネットもまだまだ現役だった。今も、こうして冬の山に入って薪を取って戻るくらいには元気だった。
「俺もお爺になるにはまだ目は……目は……」
「なんだい」
「いや、最近、手紙を読むのがな……爺ではないが……ないのだが」
「しょうがないねぇ。あれだ。給仕がつけてるっていう眼鏡! あれを今度仕立ててもらいなよ」
「ああ。聞いたことあるな。仕事の邪魔にならないように細工があるとか」
「頭にかけられるんだってよ」
「頭に? どうやって? 」
「見たことないのに知るわけないだろう」
「そりゃ、そうか! はっはっは!! 」
「なぁんだいまったく」
眼鏡。あれからマイヤの使っているのを第一号として、工房の方では安価に量産すべく苦心していた。カリンであればこそ、手間暇を惜しむことなく作り上げられたこともあり、やはり市民が使うにはまだレンズという部品は高価である。それでも、手が届くように値下げをしているのは、レンズを一度ガレットリーサ―家が一度買い上げているからであった。
閑話休題
「結局目の良さじゃ勝てる事はなかったなぁ」
「なぁにいってるのさ。目が白くなったら代わりにみてやるよ」
「まだまだ代わってもらうことはないぞ! 安心しろ! 」
「べつに不安にはなってないって」
《…‥(歳を、とったんだなぁ)》
老いてなお、とはワイズはいうものの、目の事は事実であり、小さな文字や足元の小さな小石を見逃すことが多くなっている。キッスがワイズの乗り手となってまだ一代目。彼の息子がキッスに乗りたがることもなく、もし彼の孫がキッスの乗り手とならない場合、別の乗り手を探すか、それともゲレーンをでて旅にでるか、考えていた。
《……けっこう、楽しいなぁ》
《なんだ急に》
《……人を乗せたのは、はじめてだったけど。あっという間だった》
《そっか。こっちは二人目だったなぁ》
《……はじめて、聞いた》
《そうだっけ? 》
《……こんど、おしえて。シーシャの乗り手だった人のこと》
《いいよ。また今度》
《……楽しみ》
2人してのほほんとしているの、家の中が騒がしくなった。みると医者の一人が器をもって水を汲んでこようとしている。その医者を捕まえて、ワイズが詰める。
「生まれたのか! 」
「は、はい! 」
「どっちだ!? 男の子か! 女の子か! 」
「お、男の子です」
「そうか!! そうか!! きいたかアネット! 孫は! 男の子だぞぉ!! 」
ワイズは今までの神妙な顔が嘘のように、大はしゃぎしている。ほほは緩みきり、大声で歓声をあげている。嬉しさを叫び越えで表しているような、全身を使っで吠えている。だが一瞬気を取り直して、医者の両肩をつかんで再び詰めた。
「息子の嫁は! 無事か! 」
「ぶ、無事です」
「そうか!! よかったぁ! やったぁああああ!! 」
そしてすぐに正気を失いただ喜びに打ち震え、両腕を天に突き上げ、大声で叫んでいる。もはやワイズを止められる者はいない。そんな喜怒哀楽の喜だけを取り出したかのようなワイズとは裏腹に、アネットはなにやら両腕を組んで考え込んでいた。
「……おかしいねぇ」
「なんだお前! うれしくないのか! 」
「……お医者さん、入っていいかい? 」
「も、もちろん」
「あんた、来な!! 」
「そうだな! この手で抱いてやらねばなぁ!! あーっはっは!! 」
ワイズの勢いはとどまることをしらず、アネットは引きずるように家の中に入っていく。人であふれていた息子夫婦の家の中は、だれもしゃべることなく、とても静かで、祝福している雰囲気はない。ワイズの声だけが家の中に響きわたったことで突然の訪問者に驚いているようだった。人をかき分けてずんずん進んでいくと、一番奥の部屋で、大きなベットに上体を起こしている母親がいる。その母親に寄り添うように、アネットの息子もそこにいた。二人とも、アネットを認めた途端、思わず泣きだしてしまう。
「お義母さん……私、私」
「俺、何にも、何にもできなくて」
「きにすんな……」
母親の胸元には、たしかに生まれたばかりであろう赤ん坊が抱かれている。だが、誰もその事を触れようともしない。あれだけ喜んでいたワイズも、この異様な空気を感じ取る。だが、いったい何が起きているのかまでは把握できなかった。
「どうしたんだ? 」
「お医者様は、なんて? 」
アネットは、ワイズの事を無視することに決めた。今はそれよりも重要な事を確認するべきだと考えたのである。アネットの問いに、ゆっくりと答えていく。
「あの、変なんです……」
「変? 」
「だって、普通なんですって……でも、どうして」
「ええい! 何が変なんだ! 」
アネットに無視されたことでさすがにイラついたのか、ついにワイズが怒鳴った。やれやれといった容姿でアネットが向き直る。
「なんだ! 祝い時じゃないか! 母親も無事だった! 」
「……ないんだよ」
「ん? 」
アネットの声があまりに小さく、ワイズが聞き逃す。そして、アネットが、言うのも憚れるとおもっていたが、この男にはしゃべらなければならないと、決意し、言った。
「泣いて、ないんだよ。この赤ん坊は」
「泣いて……」
数十秒、ワイズが硬直する。畳みかけるように、アネットが続けた。
「いいかい? 私たちがここにくるまで、赤ん坊の声をきいたかい? 」
「それじゃ、まさか」
「……これ以上言わせないでおくれ」
赤ん坊が泣かない。産声をあげていないのである。母親は、衝撃が大きすぎて、アネットの姿を見るまでなく事ができなかった。
「そ、そうか……」
「ちょっと通してください」
先ほど産湯を汲みにいった医者が戻ってくる。母親から赤ん坊を借りて、その体に産湯をかけてやる。その行動におもわずアネットが待ったをかけた。
「お医者さん、もう、十分です」
「……みなさん、すこし、ご家族だけに」
手助けにきた住人が、医者の言葉で散り散りになっていく。やがて、夫婦と、ワイズ、アネットだけになったとき、医者が重々しく話す。
「よく、聞いてください」
「ああ、わかっとる。はやく埋めてやらないと」
「赤ん坊は生きています」
医者の言葉が、四人の心に、針のように刺さる。同時に、その言葉の意図を正しくくみ取らなかったワイズの息子が、医者に掴みかかる。
「おまえ、慰めにしたってもうすこし言い方ってもんがないのか!! 」
こうなった事への、慰めだととった息子は、一瞬で心が憎しみ染まる。自分の、初めての子供がこうなって、本来は喜びに向くはずだった心が、一気に逆転していた。掴みかかった手はそのまま医者の襟を締め上げている。医者の方は思わぬ行動だったのか、そのあとに続く言葉を言う事もできずただもがき苦しむ。息子の締め上げはまさに人を殺すに値する威力だった
「その、少し待って」
「お前は医者だもんな! こんなの、何度も見て見慣れてるんだろうがな、俺たちにとっては初めてのッ!! 」
「やめないか!! 」
ワイズが息子を医者から引きはがす。ここにきて軍人の経験が生き、すぐさま腕をとり、一瞬で締め技をかける。生死をさまよった医者は倒れこみ、激しくせき込んだ。
「親父! 止めないでくれ!! 」
「話を聞かないか!! 」
「でも、でもよぉ」
腕を固められ、しかしあきらめきれず悔し涙を流す。アネットは、医者の背中をさすってやりながら、その言葉の続きを促した。
「お医者さん? 話せるかい? 」
「ゲッホ! ゲッホ!! ……すいません、その、変な意味で、言ったわけではないんです」
「なら、どう言う」
「……赤ん坊の胸をさわってみてください」
医者が、お湯をかけた赤ん坊を、ゆっくりとアネットに渡す。そしてアネットは、医者の言う通り、ゆっくりとその手を胸にあてる。そして、医者の言わんとしていることを理解した。
「そんな、そんなことが」
「そうです。赤ん坊は生きています。心臓は動いているんです」
アネットはゆっくりと、母親に赤ん坊を渡す。母親の方も、医者の話をきき、胸に手をあてる。たしかに、どれだけ弱弱しくとも、小さく、だが確実に心臓はとくんとくんと動いている。
「なにが、どうなっとるんだ」
ワイズにいたっては、もはや理解が追いついていない。医者はワイズにもわかりやすいように丁寧に、そしてできるだけ正しく伝わるように苦心しながら言葉を続ける。間違えれば最後、また首を絞められかねなかった。医者にとって患者の無理解はこのゲレーンでも同じだった。
「心臓は動いています。息もしています。そしてここからが重要です」
「は、はい」
「赤ん坊は、お乳を吸うことは、残念ながらできせん。ですが!! 」
ですが、を強く強く強調する。どうしても説明する都合、お乳が吸えないことは言わなければならなかった。全員がその言葉を聞き遂げたことを確認すると、医者は続ける。
「この赤ん坊はお乳を飲みます。器から流し込んであげてください」
「流し込む?」
「はい。お乳も飲みます。お通じもします……目を、覚まさないだけなのです」
「目を、覚まさない? そんなことが」
「ちょっとまっとくれをお医者さん」
アネットが待ったをかける。だが医者の方も、その待ったは見越していたようで、まるで台本でも読むように応えた。
「なんでしょうか」
「どうして、そんなことわかるんだい? まだ、生まれたての赤ん坊だよ? お乳をのむなんて見たこともないのに」
「……いいですか」
ゆっくりと、医者が口を開いた。
「ご夫婦だけではないのです」
「……はい?」
「私はお産にかかわる医者です。ゲレーン一番と自負しています。いろいろなお産に立ち会ってきましたが、今年、お母さんにも赤ん坊にも何事もなく無事に生まれた子、全員が、同じ状態で生まれています」
静寂が家の中を包む。事実を、冷静に、飲み込むことができない。アネットだけがその衝撃に耐えることができた。
「なぜ、生きていると分かるんだい? 」
「今年初めに生まれたその赤ん坊は、たしかにお乳を飲み、お通じをし、今もなお、髪も伸びているんです……なぜか、目を覚まさないままで」
医者の口が震えている。この事実を明かすたびに、同じ表情をされていた。
「それは……新手の病気、なのかい? 」
「いいえ。それはありません。母子ともに、とっても健康です」
「こんな、ことが……」
ワイズが急に立ち上がったと思うと、外に出ようとする。
「どこ行くんだい」
「隊長だ! バイツ隊長は他の国から医者を呼んだことがる! 俺もそうする!! 」
「……止したほうがいい」
医者が、ワイズを止めた。だがワイズが振り返り、その胸倉をつかむ。そしてその顔を殴りかからんとするも、それよりさきに聞こえた言葉で拳が止まった。
「他の国でも同じことが起きているんだッ!! 」
ぴたりと、拳がとまる。聞いてもらうのは今しかないと、医者はまくしたてた。
「サーラの友人からの手紙が届いた! 彼女もまた医者だが、同じように目だけを覚まさない赤ん坊が急増している」
「そ、そんな、ことが」
「私たちも初めてのことです。目を覚まさない事以外は、本当に祝うべきほど健康だ! だが何をしても起きない! お子さんんのおしりを叩いた親御さんもいたがそれでも起きない!! まるで、まるで」
医者が立ち上がり、襟を正した。医者が混乱していないように見えるのは、単にこの事を何度も経験しているからであった。だが、原因がまるでわからず、ましてや国の外でも同じことが起こっている今の現状に危機感だけが募っていた。
「まるで、魂だけが入らなかったような、そんな」
原因はまるでわからない。今は、目を覚ますことのないこの赤ん坊を生かす方法を模索していくしか、医者にできることはなかった。
◇
龍石旅団は、ホウ族の里で厄介になっている。4頭いるタルタートスに乗って、衣食住、そして移動まで世話になっている。ここまでくると旅人としては実に至れり尽くせりだが、内情をのぞき込めば、決していい思いをしている訳ではない。
まず、住む場所が変わった。彼らは今まで1丁目、列をなしているタルタートスの2頭目の背中に客人として住んでいたが、今ではすっかりホウ族の住人として迎え入れられた。よって客人用の宿ではなく、4頭目にあたる4丁目に住人用の家があてがわれた。家はずっと大きく広くなったが、決定的な欠如がある。
「今日は各家の二階!! 気合をいれていきましょう!! 」
「「「はーい」」」
給仕であるマイヤの掛け声に対し、心なしか声が小さい龍石旅団の面々。手には雑巾が握りしめられている。新品はない。
「せっかく家を貸してくれたのだから! 綺麗にします! いいですね!! 」
「「「はーい……」」」
かれこれ3日間、掃除をおこなっている。この4丁目の背中は、人がカリン達以外住んでいない。つまるところ廃墟目前だった。家らしい家はたしかにぽつぽつと点在しているが、どれも空き家である。その空き家の1つを譲りうけた形だった。それ自体はありがたいが、長らく空き家だったために、大掛かりな掃除が必要だった。
「あの、姫様」
「なんでしょうかオルレイト」
肩をがっくりと落としながら、とぼとぼと二階へと昇る。今日は分担で、オルレイトとカリンが家の二階を担当している。なお、アマツには『どの家も自由に使って良い』言われている。だがそもそもいくつの家を使っていいのかはわかっていなかった。その真意は『使えるものならつかってみろ』という意味が含まれていたのをようやく気が付いた。
「これはやはり、廃屋の掃除を我々に体よく押し付けられたのでは」
「……やっぱり、そう思う? 」
カリンは、基本真面目な正確である。人を疑う事を良しとしない。だが、オルレイトの言葉を聞いて、ついにその疑惑は確信に変わった。
「いまからでも、僕らも客人にもどしてもらう! あの部屋にもどるんだ」
「そ、それがね……あの家は別の方が使うとかで」
「……なおさら、追い出されてるじゃないか。僕ら」
「そうよねぇ!! やけに気前がいいとはおもったのよぉお!! 」
おもわずカリンが天を仰いだ。同時に、マイヤが階段を上って一喝する。
「おふたりとも! おしゃべりばかりでお手が止まっていますよ!! 」
「「はいッ! 」」
「ここはキレイにしがいがありますねぇ! うふふふふふ」
マイヤは雑巾と箒をもって目を輝かせている。時折眼鏡のレンズがきらめいて余計に不気味にみえた。彼女は元来きれい好きであり、掃除すればするほどきれいになるこの空き家に虜になっている。仮にも主従の関係であった事など、だれも信じないほど今のマイヤはイキイキと指示を出していた。
「…手を、動かすか」
「そうね。その方がよさそう」
あきらめて部屋を見渡すと、人が住まないようになってかなり立っているようで、塵、埃、ごみ、がいたるところに散乱していた。まずはこの片付けが必要になる。
「コウが入れればこんなごみいくらでも……」
「この大きさの家じゃむりだ」
「わかってるの。愚痴なの。反応は結構」
愚痴ばかり増えながら、ごみを片付けていると、窓をこんこんと指で叩くベイラーが見える。
《こっちは道が通ったよ》
「ありがとう。少し休んでいて。この後また呼ぶから」
《わかった》
コウがそのまま、もといた道にもどる。
カリンたちが住む場所を変えた。しかし、変えた場所がまた厄介だった。
1丁目はいわゆる市民街である。2丁目は工房。3丁目は病院。そして4丁目はというと、ここは、ホウ族の中でももっとも距離を置かれる場所。
「まさか、墓地があるなんて」
4丁目。最も歳をとり、足が遅くなったタルタートスの背は、ホウ族にとって墓地の役目を果たしていた。いたるところに無造作に置かれている墓石。辛気臭さを感じるなというのが無理な提案だった。




