ベイラーの出立
「なんと、なんとお礼を申せばいいのやら。」
「お返しはたくさんいただいたわ。ごはんに、寝床、それにこの街の、素晴らしいところも見れた」
ミーロの街の外れ。オアシスの淵で、名実共に街の長となったボッファが出迎えに来ていた。これからカリン達はついに帝都ナガラへと向かう。雨季とぶつかったことで出立の日にちがだいぶかかってしまった。しかし、その雨により、今や水の貯蓄は、長旅にも耐えうる量を確保できた。
「今度は、お姉さまや、お父様に見せてあげたいわ。来るときはきっと、コウと一緒に空から来るから、虫と間違って撃ち落とさないで頂戴ね? 」
「我らの矢に当たるほど、コウ様は鈍い方ではありますまい? 」
「そうね。そうかもしれないわ」
すっと手を差し出すカリン。別れの言葉は、自分の生まれ故郷の物をつかって、別れたかった。それに応えるように、ボッファも手を差し出す。硬い握手を交わし、最後に一言、交わし合った。
「また共に。ボッファ」
「ええ。あなたがたに、龍の導きがあらんことを」
さっそうと振り向いて、そのまま歩き去る。振り向くことはない。カリンの行く先には、龍石旅団の全員が控えている。ベイラーもそれぞれ、乗り手がいつでも乗り込めるように待機していた。
《カリン、もういいの? 》
「ええ。別れの挨拶は済ませてきたわ」
《なら、カリン。ボッファさん以外にもお別れの挨拶をしたいみたいなんだ》
「あら、どなたからしら」
《人じゃない》
一瞬、風が吹いたと思えば、すこし離れた、小高い丘に、四つ足でしっかりと立っている獣が見える。
白く、美しい毛並み。その毛並みの上からでもわかる筋肉の隆起もその美しさに拍車をかけている。そして、その頭から生えた赤い角は、ふりかかる砂の一粒をも切り裂く鋭さを持つ。
リュウカク。龍の眷属であるその獣がたたずんでいる。カリンらの故郷にいるリュウカクとはまた別の個体。この地で傷つきながらも、レジスタンスらを助けてくれていた。今は帝都の侵攻はなくなったのか、初めてみたときの傷もずいぶんと癒えていた。
「今度! ゲレーンに遊びに来てくださいね! 貴方の奥さん住んでいる! それはそれは、素敵なところよ!! 」
カリンが大きく手を振る。それにこたえるかのように、ぶるぶると頭を振る。そしてそのまま、砂漠の奥地へと消えていった。
《あ》
「どうしたのよ」
《つがいじゃないのかも》
「それでもいいの。ゲレーンが素敵なのは揺るがないのだから」
《そんなもんか》
「そんなもんよ」
「姫様! 占い師から狼煙が」
「狼煙? 」
「あの色、『早くしろ』ってことだと思いますよ」
「占い師ってせっかちなのかしら」
オルレイトが指さす先に、砂漠の真ん中、朧気にみえるタルタートスの巨体から、黄色の目立つ煙が立ち上っている。カリンら龍石旅団は、ホウ族と途中まで相乗りする手筈になっている。タルタートスは街には入れないため、幾分か離れた場所に待たせていた。
「ヨゾラ。レイダと共にいってやって」
《ワカッター》
「ではみんな! ベイラーに乗り込んで! 」
「「「応とも!! 」」」
それぞれが返事を返しベイラーに乗り込んでいく。6人ものベイラーの目がきらりと光る様は壮大だった。
「レイダ! ヨゾラを受け取るぞ」
《仰せのままに》
「行きますよヨゾラ」
《ウエヨセシマス》
レイダが真っ先に駆け出し、その背中にしがみつくようにヨゾラが掴みかかる。ヨゾラの推力を得たレイダが、ゆっくりと空へと向かう。
「ミーン! 遅すぎず、速すぎずでいこう! 」
《あいあいさー》
次にミーンが砂を巻き上げて疾走していく。先に駆け出したレイダをやすやすと追い越していった。
「流れは視えてる。いけるねセス」
《もちろん》
セスはちょうど三歩踏み込んだ瞬間に空へと飛ぶ。同時にその手に巨大なボードを作り上げ、それに乗った。するとその瞬間、吹きあがる風を受け一瞬で上空へと舞い上がる。
「いくよリク! 」
「リク、みんなにまけるなぁ!」
《―――ッ! 》
リクに乗り込んだ双子、リオとクオ。 バタバタをせわしなく足を動かして、黄色い体が砂漠をどこどこ走っていく。全員を見届けたコウとカリンが、一度、大きく深呼吸する。この街でみる最後の景色を思いだしながら、片足で軽快に飛び上がった。
「変形を試すわ。コウ! 」
《お任せあれ! 》
肩から背中にかけて増設されたサイクルジェットをふかし、そのまま体を縮めていく。体育すわりのような恰好になりながら、推力が背面に集中し、翼が大きく開かれる。四枚の翼となったその姿はアーリィベイラーとも違う。新しいコウの姿。
「加速! 」
《加速、する! 》
推力をあげる。その瞬間、翼にまで炎がいきわたる。かくして戦闘機然としていたその姿から、さらに別の物へと変化していく。四対の炎の翼。それが今のコウの飛行する姿だった。
バタバタとかけていく黄色と青いベイラー。背中に翼を携えた緑のベイラー、風に乗る赤いベイラー、そして炎を纏う鳥ようなベイラー。龍石旅団が一斉に街から離れていく。地上で先頭にミーンが、最後尾にリクがつき、空ではコウが上空高く見守っている。その飛行方法ゆえに、ときおり地面に着地しながら、セスが二番手についているような形でしばらく行軍していると、レイダが高度を上げ、コウのすぐ横についた。
《レイダさん、どうかしましたか? 》
《私ではなく、オルレイト様が》
「姫様!! 」
オルレイトの声が空に響く。
「ミーンとナットを空に連れてきてやってください! 」
「どうしたの? 」
「僕らが行く先の丁度左側! 見えますか!? 」
「左側? 」
レイダがオルレイトの指示のもと、その先を指さす。ちょうどタルタートスへ至る道の途中、砂漠の真ん中を指しているようにも見えるその仕草に最初疑問をもつも、少し目を凝らしてみると、オルレイトがなぜ、わざわざ伝えようとしていたのかを理解する。
「あれは、いったい」
「とても貴重な瞬間です!! 地上を走ってるあいつらだと見えない! 」
「なるほど。それはもったいないわ。オル。ミーンを。私たちはリクを」
「わかりました」
「ああそれから」
「どうしました? 」
「このことをセス達にも伝えて」
「もう伝えてあります」
「そう。良かった」
「では、行きます! レイダ! ヨゾラ! 」
レイダが手だけふって、コウから離れていく。コウは、両腕だけ地面に下すような恰好になりながら、徐々に速度と高度を落としていく。
◇
「みんなはやーい! 」
「でもまけない!!」
《―――!! 》
ひときわ目を輝かせるリク。龍石旅団の中ではたしかに足は遅い。しかし、本来、ベイラーに足の速さなど必要ない。たしかに速く走れることができれば遠くにいけるが、遠くに行く事それ自体は、どれだけ足が遅くとも、走り続ければ、歩き続ければ必ずたどり着くことができる。ベイラーは遠くに種を残すことが使命。ここに時間の概念はない。どれだけ時間がかかろうともよいのだ。むしろ、ベイラーのように体が脆い構造体が、へたに速さを追求すると、道中で事故に起きやすい。衝突、転倒、落下。ベイラーが行動不能に陥る事象は数多く存在する。カリンが集めたベイラー達がある種の異端なのである。すでにリクの脚の速さは普通のベイラーよりも速く、そして得意の力比べであれば、コウを凌駕する。
「リオ! クオ! よろしくて? 」
「ひめさまー? 」
「どうしたの? 」
「見せたいものがあるの。リクを空に連れていくから、手を貸してくださる? 」
「手を貸す! 」
「貸す! 」
コウが腕だけを伸ばし、リクの真上へと移動する。リクはその手を取る。
「コウ、上昇よ」
《リク! 腕を! 》
《―――!! 》
返事をするように目がキラキラと瞬く。了承したことを確認したうえで上昇を駆ける。リクが4つの腕を巧みにつかい、コウの手をしっかりと握る。上昇するにつれ、腕が伸びていき、最後には足が砂漠から離れていく。4本あるうちの2本しか地面につかなくなった。この時点で、コウのサイクルジェットはほぼ最大出力を維持し続けている。リクの重量がかなりあるために思うように上昇できない。そこに。
「なぁにしてるんだ」
「サマナ! ちょうどいいところに! 手伝って」
「どうやって? 」
「それは」
コウが持ち上げるのに四苦八苦していると、さきほどオルレイトが呼びかけたであろうセスがやってきた。サイクルボードを脇に抱え並走する。セスとサマナがやってきたことでカリンが喜びの声をあげたのも束の間。セスの飛行方法ではどうしてもリクを運ぶ方法が思いつかずがっくりと肩を落とす。落胆の表情が予想できたサマナが、ため息交じりに助言を行う
「いいか? 合図したらリクの方で地面を思いっきり蹴ってやれ」
「どうなるの? 」
「それで一気に風に乗れる」
「ですってー! 聞こえたー!? 」
《聞こえました! いいなリク! タイミングは任せる! 》
《―――! 》
リクがうなずき、ばたつかせていた脚を規則正しくさせていく。スキップするように左右でジャンプのタイミングを合わせられるように調節していく。
「いち! に! 」
「いち! に! 」
「いち! に! 」
「いち! に! 」
双子か声を掛け合いながら、それぞれの脚をもつれさせないように気をつける。二人の息はぴったりとあい、転ぶようなこともない。やがて、2人の声が耳に残りそうになる頃。サマナが叫ぶ。
「今だ! 」
「「いち、に!! 」」
双子の声に合わせるかのように、一陣の向かい風が吹く。さきほどまでそんな予兆などまるでなかったその風を受け、リクは思いっきり地面を蹴り上げた。コウはその翼に、向かい風とリクの力を十分に受け取り、急上昇を果たす。セスもまた、サイクルボードを前にして、ふわりと上昇する。
「とんだ! 」
「リク! 飛んでる!! 」
一気に地面が離れていくのを感じながら、双子が大騒ぎする。ついに操縦桿からも手を離し、眼下にひろがる一面の景色にただただ感動している。感動しているのはリクも同じなようで、握る両手を思わず離しそうになった。すかさずコウがその手を握りなおすことで難を逃れる。
「もう、大はしゃぎね」
《リクも、リオもクオも、この風景は見慣れないだろうし》
「なら、さっきのを見たらもっと驚くわね」
《そうだな》
「さっきのー? 」
「さっきのって? 」
「もうすぐよ」
リオ達がわくわくしながらその時をまつ。リクも同じなようで、あたりをきょろきょろと見まわしている。すると、砂漠の中でありながら、本来は見ることが絶対にない景色が、少しずつ、だが確実に広がっていく。
「お砂だけだったのに! 」
「どうして! 」
「……どうしてなのかしらね」
カリンも、その景色の理由は分からない。ただ、一面に広がる、見たこともない景色に、ただ圧倒される。砂漠では動植物は、意外にも多い。それは高温かつ低湿な厳しい条件下でも生き残れるように生物が進化しているのもあるが、点在しているオアシスが生物の休憩所になっていることもある。餌を求める中で砂漠の中を横断する種類もいる。そして何より、砂漠の中で唯一の恵みの期間、雨季の存在がある。砂漠の一年で数日のみ雨が続く期間となる。その期間で雨がオアシスを作り上げている。
その雨によって育つものがある。地表に眠る植物種。暑さ寒さを耐え凌いだ先での恵みを受け、硬い地表から芽を出す。雨が降るタイミングが同じになるため、芽吹くタイミングもまた同じになる。結果、砂漠の中で一斉に緑が広がっていくのである。そして雨があがり、まだ気温が上がり切れらないころ。芽吹いた目は急成長をとげある変化が行われる。雨の影響で動物の動きが活発となるにつれ、その動物に自分たちの子孫を残そうと、考えに考えた草花は、この砂漠で色とりどりの花をつけることにした。
「草原があるよ!! 」
「花も咲いてる!! 」
「ここ、砂漠だったのよね? 」
《ああ、たしかに砂漠だった。でもここは違うな》
そしてできあがるのは、カリンたちの眼下に広がる七色の世界。色とりどりの花が咲き乱れるるその様子は、砂漠で開かれる、奇跡の花園。草花の進化は、その花の蜜を吸いにくる虫、草を食べにくる動物。それらに種を運んでもらう事によって、さらに遠くに、多くの子孫を残すようになる。そして再び種は硬く冷たい地面の中に潜み、その芽を雨季によって芽吹かせるのであった。
「砂ばっかりじゃなかった!! 」
はじめてこの砂漠に来た時、双子は砂だけしかないと嘆いていた。見渡す限りの砂、砂、砂。周りにいる姫さまも、オルレイトも、大好きなナットでさえ、その景色に飽き飽きしていた。双子も例外ではない。もっとほかの景色がみたいと駄々をこねるのは簡単だが、その駄々をこねる元気も、頭の上から降り注ぐ日差しで奪われていた。
「(その二人が、こうして気が付いてくれる。それだけでも、この砂漠に来た価値はあった。でも…‥)」
タルタートスの上での生活、村での一幕、思っていたより汚かったオアシス。ミーロの街での生活。決して双子が飽きることは無かったが、砂そのものはずいぶんと苦手そうにしていた。確かに、いつの間にか服にまとわりつき、砂は洗い落とすのも一苦労。さらにはミーロでの復旧作業がとどめとなっり、双子は明らかに砂そのものを嫌いになっていた。復旧作業中に雨季が入ったため、砂に水が含み、泥になったのである。砂より数倍厄介になり、足は取られて転び、顔にかかって視界はふさがり、服について異臭を放つ。正直カリンですらそこまで好ましくない。であれば双子が嫌いになる理由を探すのはあまりに簡単だった。その嫌悪感を感じ取り、カリンがすこしでも和らげようと、ある話題を双子に提供する。
「リオ、クオ、知っていますか? 」
「「なぁに、姫様」」
上を見上げるようにして、ふたりとも興味深々で聞いている。目の前に広がる色彩に心躍ったままで、好奇心が沸き出ている。
「ボッファから聞きました。砂漠にはさまざまな種類の動物がいるのだと」
「え!! 」
「いたの!!」
カリンの内心は穏やかではない。なぜなら、今の話のリアクションの仕方が、自分とまったく同じものであったために、双子に態度を取り繕う必要がでたからであった。さすがに、仮にも姫と呼ばれている自分が、過去の事とはいえ歳が下の子供と同じリアクションをしてしまったこを恥じている。
「(ボッファ、苦笑いさせてしまって本当に申し訳なかったわ)」
《(今のカリンと同じ気持ちだったんだろうねボッファさん》
「(きっとね)」
それは半分の諦めと、『そこまで驚かなくてもなぁ』というとても繊細な笑い。表情としては苦笑いである。その苦笑いを自分でもしていることに気が付き、意地は張るまいとあきらめた。
「そう。私も驚いたわ。だって見えないのだもの」
「うんうん! みえない」
「そう、見えないからといって、居ないわけではない」
ゲレーンと比べてれば、その色彩の差は明らかだ。雄々しくそびえる山に、流れる川、大きく開かれた野には動物たちが営みを続けている。だが、それは砂漠でも同じこと。
「命はどこでだって生きていこうとする。そして生きようとするとき、必ず命は知恵を残す」
「知恵? 」
「いろいろな事を知っていて、それを使えること」
「オルオルみたく? 」
「そうね。オルオルみたく」
オルレイトの事を、リオが『オルオル』と呼んだことが、その響きがどこか親しみを感じて、今度自分もそう呼んでみようと決心させた。
「ねぇー、その知恵があるとどうなるの? 」
「知恵があると、争わなくて良くなる。喧嘩しないってことね」
「「それはすごそう」」
「すごそう、じゃなくって、すごい事なのよ」
打てばよく響く楽器のようなやりとりに、思わずカリンのほほが緩んだ。
「でも砂はいや!」
「あらら」
そのあとに続く言葉で、再び苦笑いしてしまう。嫌悪感を拭うには至れなかったかと自分の未熟さを噛みしめている。
「(なかなか難しいものね)」
「だって」
だが、そのあと、リオ達がづづけた言葉に、今度はカリンの好奇心をくすぐる。
「嫌いだもん。砂があると、ベイラー動けないから! 」
「リク、ものすっごく動けるようになったの! 砂漠じゃまた砂噛んじゃう」
「……汚れるから、嫌いなのではなくて? 」
砂が嫌いな理由は自分たちが汚れるからだと、カリンは考えていた。事実、復旧作業中、双子が何度も眉間に皺を寄せながら掃除をしているのを見ている。だが彼女たちは違うという。
「だって、よく土遊びするよ? 」
「それに、罠を仕掛けるとき、クオたちは土をどばぁってかぶるの! 」
「かるぶ? 土を? 」
「お父さんがね、そうしないとクオたちに気づいて、罠から離れるからって! だから平気! 」
カリンは思わず、自分の思慮がいかに浅はかだったかを思い知る。リオ・ピラー。クオ・ピラー。幼いながらも、両親は共に狩人。山の中をいくのはもちろん、罠を仕掛けるのはふたりの特技といっていい。そんな2人が、泥をかぶって獣に感づかれないようにする事があるなど、あってしかるべしである。父であるジョット・ピラーも優秀な狩人であり、雪山でその腕を見ている。その娘である2人が、体が汚れる事だけで砂を嫌うはずもなかった。ではなぜ砂が嫌いなのか。
「でも、リクはお砂は苦手だから」
「ガリガリ!! ってすっごい音もするんだよ」
それはもっとシンプルに、自分たちの乗っているベイラーが苦手だからという理由だった。どこまでも、ベイラーを想ってこその嫌悪。
「なら、仕方ないわね」
それは、本人たちをいかに説得しても回避できない。彼女たちからベイラーを奪うようなことをすれば、もしかすれば、であるが。
「(そんなことはしても意味はないわね)」
肩をすくめながら、カリンは知恵の何たるかを双子にまざまざと見せつけられたようだった。自分はたしかに、この美しい景色と共に、砂のことを嫌いなままでいてほしくない一心で、ボッファの言葉を助けとして説得を試みた。だがそのもそも嫌いな理由が明確なら、それを先に聞けばよかったのだと、カリンは気が付くことができた。
「(ああ、コウ、貴方もこうやって理解してきたのね)」
「でも、これ、きれいだなぁ」
「お父さんにも見せたいな」
眼下に広がる美しい自然。黄土色しかなかった大地に芽吹く新緑。その中で力強く咲く花。そして、一面の花を待ちわびたかのように、背後から羽音が響き始めた。その羽音を、カリン達は知っている。
「この音って」
《カリン! すこし離れる! 》
「ええ!! 」
羽音に気が付き、位置を譲る。すると背後からソレが一斉に現れた。ミーロの街を訪れていたあのクチビスたちである。花園にはめもくれず、風に揺られながら、その大群が砂漠の空に消えていく。
「リュウカクの傷が癒えたから、元居た住処にもどっていくのかしら」
《そうかもしれない……また街に襲いかかるかな?》
「わからないわ。でも、今あの街には、私たちが掛けた橋がある。だからきっと大丈夫よ」
「ばいばーい! 」
「気を付けてねー!! 」
双子がコクピットから顔をだして手を振る。彼らの行動もすべて、リュウカクを想っての事だった。その方法が、たまたま人間にとってよい方法ではなかっただけの話。何もかもを食らいつくすとミーロの街では語られていたあのクチビスが、餌になりそうな緑あふれる奇跡の花園に、まったく興味を抱く様子がないのが、何よりの証拠だった。彼らはただ、道すがらの邪魔だったから食い尽くしていただけだった。
「想い合う者たちが帰っていく。それぞれの場所に」
《なら、俺たちはどこにいく? 》
純粋な疑問をコウがぶつける。生命の営みを感じた上で、カリンが応える。
「この砂漠で、こんな美しい景色を見たわ」
《ああ。本当にきれいだ》
「でも、この景色を見れなくした人たちがいる」
《……帝都軍か》
それは、自然の美しさを感じた心を一瞬で萎えさせる言葉。侵略し、謀略し、粉砕していった帝都軍。そして、パーム・アドモントと黒いベイラー・アイ。
「絶対に、後ろ盾があると思っていた。思えばあの冬に起きたベイラー攫いでさえ、パームは帝都の力を備えていたのかもしれない。ただの盗賊が行うにはあまりに準備が整いすぎていた」
《そして今、パームは、帝都軍と一緒にいる》
「もう、そしてやめさせるのよ。こんな、……こんな争いを」
《どうすれば、やめさせられる? 》
「こうなった以上、お父様を通じて、直接帝都軍を止めてもらうしかないわ。……それでもダメなら、もう、お会いするのよ」
《お会いするって、もしかして》
「ええ。帝都ナガラにおわすは、高貴なる皇帝陛下に」
《会えるのかな》
「会ってやるのよ。この美しい景色にかけて、必ず」
クチビスたちの行軍にあわせるような形で進んでいくと、ホウ族の里たる巨大な陸亀、ゲレーンタルタートスが見えてくる。亀というには生態がまったく異なり、サイズも巨大そのものだが、そのタルタートルに住居を構えるホウ族に間借りすることで、カリン達は砂漠の横断が叶っている。砂漠を横切りって谷に出ることで、当初の目的地、帝都ナガラへと到着する。
はじめは沸き立つ好奇心と知識を得るべく、カリンはこの旅に出た。だが今、膨大な敵意とその力を前にし、好奇心は弱まり、それとは別に、使命感が身を包んでいた。あの暴虐なベイラーを、その乗り手を野放しにする訳にはいかないと。決着をつけねばなるまいと。それはコウも同じこと。自分の生はきっと、あのアイを止めるためにあったのだと確信している。
こうして彼らは砂漠に別れを告げた。使命と決意を胸に秘めて、帝都ナガラまでの最後の旅路が、今、始まった。
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
これにて第5部終了となります。ずいぶんと長編となりました。
そしてついに、最終部の、第六部が始まります。
帝都の巨大な暗部。パームの暴虐。仲間たちの死闘。
そして鉄仮面改め、仮面卿と名乗る男の目的。
風呂敷をちょっとだけ広げつつ、広げた分以上に全力で畳んでいきます。
どうか畳み切るまで、みなさま、ご声援のほど、よろしくお願いします。
そして、カリンとコウの物語を、今年も、お楽しみください。




