森での戦い 1
生物達も必死です。
「どうです? 」
「水回りは出来ました。あとは屋根っす」
「晴れてるうちに終わりそうですか? なんだが雲が怪しくて」
「そうですね。確かにまたひと降り来そうなんで、なんとかやっつけちゃいます」
「頼みます。……各員! 食事にしましょう!! 」
ゲレーンから他国へと伸びる街道。その1つ。そこに20組のベイラーたちと、30人ちかい大人たちが作業を中断し、思い思いの食事をとっている。お湯を作るために焚き火をおこす……ベイラーからでるサイクルのカスが、そのまま薪になっている。
パンをもってきた者。買いだしにいった者。食事の取り方は様々だ。一方。僕とカリンはというと……手のひら大のパンを二ついに入れて、水を一口。寒さは中にいれば凌げる分、このコクピットは広くない。持ってこれる食料も限りがあった。もちろんこの街道整備をする人員分の食料はあるが
それもパンや干し肉。キノコ、そして少しの野菜だ。色とりどりの食事を際限なく沢山とれるわけではない。
「不便に文句を言っても仕方ないとはいえ、もうちょっとなんとかならなかったかしらね」
《持ってくれるものにも限度はあるよ。それに、順番に交代でゲレーンに帰るんだろう?そうすればまた沢山食べられる》
「私は最後にしてもらったの」
《……なんでまた? 》
「見届けなきゃいけないでしょう? それに経験しなきゃ」
《そういうものですか》
「そういうもの」
「姫さま! いらっしゃいますか? 」
外から、この隊の実質的なリーダー、オージェンが声をかけてきた。姫様が中から顔を出して答える。一瞬、好意とは程遠い、それでいてどこか近い複雑な感情がながれてきたが、操縦桿をすぐ離してしまって、よくわからなかった。
「どうしました? 」
「お食事中でしたか? 」
「いえ。大丈夫。で、どうしたの? 」
「はい。どうやら、コウ君にひと仕事してもらうことになりそうです」
「……もう盗賊団が来たの? 」
「いえ。別の問題が起きててしまいました。冬眠し損ねた生物の足跡と、ラブレスの死体も近くにありました。おそらく、キールボアか。はたまたキルギルスか」
キールボア。この世界でいう、猪だ。そしてキルギルスは、肉食で、2本足で走る肉食恐竜のような外見をしている。例にならって、どちらも大きい。キールボアは高さが5mほど。骨が隆起してできたという尖った両肩が特徴で、動きそのものは鈍い。ただし、体当たりされたら、ベイラーでも危ういだろう。キルギルスは2mほどしかないが、折りたたまれた足を伸ばせばかなりのものになる。こっちはすばしっこさが特長だ。その鋭い牙は、ナイフや包丁にもなる。
「どちらも群をなす肉食生物ではありませんね。しかし、こちらに近づくことなどないのでは? 」
「ただでさえあの嵐でたべものがなく、それでいて生き残った種となると、かなりの知恵が回ると予想されます。荷物を襲われるとも限りません」
「食料がたべられるよりはいいわね。場所は? 」
「ここより東側の森です。ベイラーを別にひとりつけます。伝令としてお使いください」
「わかりました。その方のもとに行きます。それとオージェン」
「はい」
「『姫さま』呼びは結構。ここでは身分の枷は邪魔です」
「ではカリン様。お早く。つけるベイラーはすでに準備させています。街道の外です」
「わかりました! すぐ行きます! 」
中に戻ってきたカリンが、怒った顔をしながら操縦桿を荒々しく握り、僕を走らせていく。
《あれがオージェンさん? 》
「そう! みたさっきの顔! 『そう言うと思ってました』みたいな!! こっちを見透かして馬鹿にしてぇ!! あーもう!! 」
《馬鹿にはしているようには、見えないけれど》
「そうに決まっています! 動物の相手なんてコウ以外にだってできるっていうのに! わざわざ監視のベイラーまでつけて! 私は盗賊団の相手をするために来たというのに!! 」
《監視って、そこまで陰湿かなぁ、あの人》
「さっきから聞いていれば、コウ! 貴方どっちの味方なの!? 」
《敵とか味方とかじゃなくってね、僕はまだあのオージェンさんのことよく知らないし》
「なら教えてあげる。オージェン・フェイラス。この国でなにか起こったら、あの男に詳細をきけばいいってくらい、情報を集める組織のリーダー。諜報だってするし、他国にも部下を派遣させて情報を集めてる。今この国が置かれている状況を常に把握して、掌握しなきゃ気がすまないって男なの! あー陰湿! 」
《それってすごい人じゃない? 》
諜報機関のリーダー? それも、スパイ活動をしてるってなんか言っている気がする。……もしかしなくても、この国がここまで平和なのも、ベイラーを基礎にした軍隊と、高度な諜報機関があってこそなのではないか? 国民が柔和であることはもちろんあるのだろうけど……
「まぁ、すごいのは認めるわ。顔色変えずに何事もこなしちゃうし、ベイラー乗りだし」
《あれ? でもオージェンさん、近くにベイラー居なかったような》
「よっぽどの事じゃない限り、人前に乗ってでてこないの。なんでもベイラーが特別恥ずかしがりただとか。……でももったいぶってるだけよ」
《そ、そうですか》
なんか、さっきからカリンの毛嫌いがすごい。本当にそれだけなのだろうかってくらいにすごい。
《なんでそこまで? 》
「いいでしょう! 理屈なんてないわ! ただ単に、あのでっかい体に会わないあの薄い笑みが嫌なだけ!! これでいい!? 」
《は、はい! 》
「突っ走るわよ! さくっと終わらせて作業だってやってやるんだから! 」
《雪の上だってこと忘れないでくださいね!? 》
「忘れてない! 」
こんな喜怒哀楽のなかで、『怒』の部分で感情的になっているカリンも珍しい。というか久々に見たきがする。レイダと戦ったとき以来だ。……さて、肉食獣と相対するとなると、久々に武器を使うことになりそうだ。それに。
《捕まえたら、みんなで、お肉が食べれますね》
「そうね。そうしたらみなに振舞ってあげましょう」
食が充実することは、いいことだ。それで、カリンの機嫌がよくなるなら、もっといいことだ。
◆
《君が、姫さまのベイラーだってなんてねぇ……どうして教えてくれなかったのさぁ! 》
《いや、タイミングを逃してしまって》
「珍しい色のベイラーだとは思っていたんですが……そうでしたか……」
オージェンが獣退治に遣わせてくれたのは、いつぞや雪かきを手伝ったベイラー・ナヴと乗り手のジョットだった。ナヴと僕で、ひたすら森の中を進んでいく。白銀の世界で、木と、ナヴの色だけが異様に目立っている。
「コウ、お知り合いなの? 」
《一度、雪かきをお手伝いしました》
《姫さま、このすっとろいの大丈夫なんですかぁ? 日に三回も転んだんですよ? 》
「その時は乗り手である姫さまがいなかったんだ。しょうがないだろう? 」
「まぁ! コウ、本当なの? 」
《はい……慣れない雪に足を取られました……》
失敗を赤裸々に語られるのはあまりいい気がしないが、相手が初対面でないことは大きい。こうして会話のとっかかりもできるし、尚且つ気後れしない。
……ジョットは普段なんの仕事をしているのだろう? なぜこの仕事についているのか、それが少し気になる。これもオージェンが先回りで用意したものだとしたら、もうそれは、普段の行いが、全て監視されているようなものだ。そう考えてると、姫様の毛嫌いもわからなくはない。……でも、証拠もなければ根拠もない。疑うだけ疑って、それが間違いだったら、目も当てられない。考えすぎだろう。
ナブが、その薄い黄緑色の体を揺らしながら当たりを見回し、そしてしきりに首をかしげている。それは僕も同じで、この森、なにかがおかしかった。これは、ゲレーンミルワームの時ようのうな些細な違和感だ。
《なんつうか、すっげぇ殺風景だな。冬だからっていうのとも違う……なんだここ? 》
《……そう思います?僕もなんだか変な気が……足跡があるってわけでもないんですけど》
「ジョットさん。なにかわかって? 」
「まだ、なんとも。コウ君が言うように、足跡があるわけじゃ……いや、ありました。でも」
ナブが、一箇所に駆け寄った。足あとを見つけたらしい。でも、様子が変だ。さっきと同じように首をかしげている。それも今度はもっと深くだ。
《ジョットさん。どうしたんですか? 》
「足跡は見つけたんですが……あれ? 」
「言ってみてくださいな。私たちも知恵を回すことができるかもしれません」
「で、では。姫さまにもお伝えしますが……足跡は、ありました。ただ……」
ナヴが、雪の上に指をおいて、線を書き始めた。それはそのままぐるりと一周し、丸を描く。その丸は3つ。
「すくなくとも、3種類の別の足あとがあります。ひとつは、キールボア。指の数があっています。ひとつは、キルギルス。これは爪があるのがわかります……そしてもう1つ、これは、ベイラーの足跡です」
「ベイラーの? いえ、というより、キールボアとキルギルスがこの森にいる? 彼等、群をなすような子達でしたっけ? 」
「キールボアは、この時期キルギルスに手の余る位、気性が激しい動物です。普通なら喧嘩するなりなんなりで追い出すんですが、これは本当に珍しい……たまたま2種類が2種類とも冬眠できなかったか。はたまた別の要因か……それに、このベイラーの足あと」
《……なにか特別なベイラーですか? 》
「とても『重い』みたいなんです。僕らの足あとよりだいぶ深い。……それに、足跡そのものが大きい……でっかいベイラーなのかな」
おもむろに、カリンが僕の片足を上げた。足の大きさは、確かに僕より大きく見える。ナヴが、僕の足跡に指を突っ込んだ。目測だが、十分に深さがわかる。人間でいうところの、第一関節。指先もいいとこだ。
《コウのが、こんくらいだろう? で、こいつが……》
その大きな足跡に指を入れる。……第二関節ほどの深さ。たしかに重い。かなり沈んでいる。
《体がでかいのかな。それにしてもコウの二倍っていうのはちょっとなぁ……》
「いや、実際はもっと重いのだとおもうよ。足が大きい。重心だって分散してる。……でもこんなところになんでベイラーが? そもそもそんな大きなベイラー、この国にいたかな」
この国にい居ない、未知のベイラーの存在。そして、その重さは二倍以上。それはもしかして
『ベイラーがベイラーを抱えてここを通ったってことじゃないのだろうか』
「街道の外、ここなら見つけにくいとは思います。でもそれにしたって見つからないというのは、どうにも」
《……どう思う? 》
「このあたりに潜んでいるのかもしれません。……これは、コウの本来の目的を果たす時が近いのかもしれませんよ」
《……あたし、違和感わかった》
「ナヴ? どうしたんだい? 」
《この森、あたしたちが通った以外にも、かなりの数のベイラーが通ってる》
《なんでそんなこと? 》
「……そうか、枝か」
「枝? 」
ジョットさんが納得して説明してくれないので、周りを見わたす。枝といった。この森は別段枝がへんあわけではない……普通の森に見えるが……
「枝が尽く折れています。それもかなりの広範囲に」
《……ベイラーが当てた? 》
「はい。ちょうどナヴや君の肩の位置です。……獣が削った樹木ばかり見ていて、そこまで気が回らなかった。でも、なんでこんなところに、沢山のベイラーが? 」
この森に、何人ものベイラーが通ったあとがある。足跡が消えてるのは、連日の雪で積もって消えてしまったからだ。でも……この大きな足跡が残っているということは
ここに、最近、僕ら以外のベイラーが通ったというこだ。
「それは、きっと……」
カリンがその先の言葉を言おうとしたとき。……後ろから鼻息が聞こえた。それも、大きく、えぐみのある匂いを漂わせながら。ガリ、ガリ、ガリと、足を掻く音が聞こえる。
「コウ! サイクルシールド!! 」
《はい!! 》
とっさに振り向いて、サイクルシールドを展開する。薄く大きくな木の板が、眼前に出現する。この展開スピードだけは、レイダよりも早かった……が、そのシールドもろとも、僕らは吹き飛ばされた。シールドはいとも簡単に砕けて、ナヴもろとも、後方に飛ばされてしまう。
《痛ったぁ! なにすんのさぁ! 》
「コウ! 重ねるのを忘れてる!! 薄いって忘れたの!? 」
《間に合わなかったんだ! それに突き破られた! なんだ今の!? 》
「……これは、冬眠しなかったんじゃない。体が大きくて『出来なかった』のか 」
ジョットが、感嘆を漏らした。なにやら偉く感心しているが、こちらは急いでシールドをどかして態勢を立て直す。そして、たった今、僕らを吹き飛ばした者を見た。
「キールボア……なんて大きい」
《あれが? ……でもあれは……》
さっきシールドを破った生物を見た。僕のシールドは、すぐに生み出せる代わりに、耐久性はお世辞にもいいとは言えない。だからこそ、何十にも重ねて効果を高めるのだが、今回はその重ねることができなかった。それだけ、あの生き物が速かった。
「……grrr……」
猪に、似ている。大きさは……僕らと同じ。7m。きっと、重さは何トンというレベルだろう。もう、オーバースケールなのは、驚かない。問題は……その肩。
そこには、巨大な『槍』が備わっていた。棒の先端が尖っているタイプの槍ではなく、円錐状の、突き殺すことしか考えていないような形状をしたタイプのもの。さっきシールドがいとも簡単に破られたのは、耐久性云々よりも、こいつのせいだろう。片方の肩にも、おそらく同じものがあったと思われるが、長い戦いの中で、折れてしまったらしい。同じ円錐状の基部がそこにある。しかし、それでも、その槍は、たしかな存在感を持ってそこに君臨している。
「気をつけて! 単純な突進しかしませんが、あそこまで大きいキールボアの突進を受けたら、乗り手が無事ですみません!! 」
《シールドがなかったらあたしらどうなっていたか……いたた……》
カリンのとっさの判断に感謝をしたいところだが……そんな暇もなかった。
「GAAAAAAA!! 」
猪があげるとは思えない咆哮をあげたと思えば、こちらに再び突進してきた!!
「シールドで耐えるなんてしてられないわ! コウ! ブレードで足を狙いなさい! 」
《はい!! 》
サイクルブレードを左腕から生み出す
「罠を仕掛けます! 少し時間をください! 」
「わかりました! コウ! 聞いたわね!? 」
《はい! 》
ブレードを両手でもって構える。カリンにどれほど剣の心得があるかは分からないが、以前はこれでベイラーの両腕を切り落としたのだ。腕を信じるしかない。
「下段で足を斬ります。まずは動きをすこしでも抑える。出来るわね? 」
《お任せあれ》
キールボアの突撃が目の前まで迫ってきた。でかい図体だというのに、疾い。それに、槍の先端がまるでブレてない。あんな突進を、さっきは喰らったのだ。ベイラー二人を弾き飛ばすのもわかる。
だが、今度は受けてやるわけには行かない。圧倒的な速度でもって詰められた距離を、こちらは姿勢を低く低くすることでその槍の射程から逃れる。その大きな槍を突撃に使う際の弱点を、カリンは初手で見抜いていた。
それは槍のリーチだ。たしかにあの槍じゃ正面から受けるなら、すさまじい威力。しかし、こちら側が少しでも頂点をずらしてやれば、威力は半減、それ以下となる。さらに、突撃していることで、さらに致命的な弱点がある。
その槍は巨大に成長しすぎた故に、下げれないことだ。下げすぎれば最後、つっかえ棒となって自分の体は勢いを殺せず宙に飛ぶ。加速が早ければ早いほど、その可能性は高くなる。だからカリンは僕の体を低く低く、足を広げ、地を這わせるような姿勢を作らせた。
そして、キールボアの突進が、低い僕らを狙わんと、その槍を下に一瞬下げたときを、カリンは逃さずに動いた。ブレの少ない動作だからこそ、その点が動くのはわかりやすい。
僕をその槍から半歩、右にずらし、射程から逃れる。同時に、交差する瞬間に、ブレードを足にっ向かって振り抜く。これで、奴の足は切り落とされ、一件落着。猪肉を手にれる。
……とは、ならなかった。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAANN!! 」
先ほどまでより、さらに吠えたキールボアは、あろうことか、その巨体で、跳躍をしてみせた。足を狙った振るわれたブレートは、なにも当てることなく、宙を走る。キールボアは、低く構えた僕らの頭上を飛んでいく。……そして、僕の頭に、とんでもない重さの足が乗っけられ、蹴飛ばされた。
《キールボアに踏み台にされたぁ!? 》
そのまま、僕らは盛大に顔面から雪に突っ込んだ。しかし、突っ込んだ音より、キールボアが着地した時のほうが音がでかい。そして、その衝撃で、僕らの体に、木に積もった雪までもが襲い掛かる。このまま倒れていては、雪で身動きが取れない。
うつ伏せから、あおむけに転がるようにして降り注ぐ雪から回避し、すぐさま立ち上がった。カリンは別段怪我をしていないようで、ピンピンしている。元気そうでなによりだ。一方、キールボアはというと……木々を2.3本なぎ倒してようやく止まった。あちらもまだまだ疲れてはいないようだ。それにしても。
「な、なんて身軽な……」
《それに、やたら頭がいい! こっちの意図を見透かしてるっていうのか! 》
「ただの獣と侮ってはこちらがやられる……サイクルショットを試します」
《あんな威力のないものどうすれば? 》
「目潰しくらいにはなる! ジョットさんが罠を仕掛けてくれるまでは持ちこたえて! 」
ブレードを右手に持ち替え、左腕をまっすぐ伸ばす。カリンの意識が、左腕に集中する。
針を細く、細く、そして鋭く伸ばしていく。前のように中身のない円錐ではなく、布を縫う針のように。キールボアがこちらに向き直るまでには、1本が完成している。高低差と、距離。風はないから考えなくていい。ブレードをもった右手を左肘の下に潜り込ませる。これで、支えはできた。あとは、撃つだけ。向こうは、こちらが何をするのかは流石にわからないのか、単に僕らを串刺しにしたいだけなのか。
再び、キールボアが突進を仕掛けてきた!避けるにしたって、この姿勢を解いてからでは襲い。それに、これはただの目潰しのため。さっきカリンの考えが流れ込んできた中にあった。……そうだ。本命は別にある。
「狙いは左の目!! 」
「《当たれぇ!! 》」
バシュゥウン!
サイクルを回し、左腕から針を射出する!! まっすぐまっすぐその針は飛んでいき、突撃をしてきたキールボアの加速もあいまって、その威力を最大限に高めていく。そして……左目に、その針が命中する! 左目に刺さった針に驚き、一瞬、キールボアが怯んだ!
「今!! 」
《でぇええええやあああ!! 》
サイクルブレードを左から右へ、横薙ぎに振るう!肩に生えた槍を狙うのではない。……たった今刺さった針を楔として、さらにブレードで押し込む!!
バキバキバキと音を立てながら、針は性格に左目に押し込まれ続け、ついに、生物の肉が潰れた音が、雪で音を吸い込むこの空間にも響く。……ちょっとだけ、嫌な気分になったのは内緒だ。
「GAAAANN!! !GAAAAAAANN!! 」
真っ白な雪に、目から吹き出した血が撒き散らされる。痛みに耐え兼ねて、突進するでもなく、キールボアはその場で暴れまわる。巻き込まれないように、一歩二歩と、距離をとった。さっきの一撃で、ブレードは折れている、つかいものにならないソレを地面に放った。……レイダさんなら、遠巻きから今より強力な射撃を連射できるのだから、こう言う場ではうってつけだろう。本当にすごい人だっだ。今は手を借りれないのが心苦しいほどに。
「よし。うまくいった! ……連射できればもっと楽なのでしょうけど……」
《でもこれで突進の距離感は狂うはずだ……可哀想だけど》
「狩りで考えたらいけないの。私たちがあの子達の御飯になっていいの? 」
《そりゃ困ります》
「はい! この話は終わり……コウ! 」
《は、はい!! 》
咄嗟に、いまいた場所から飛び退いた。カリンの判断に感謝しなくてはならない。つい先程まで暴れまわっていたはずのキールボアが、今再び突進してきたからだ。距離感がずれているからなのか、先ほどよりは正確な突進ではない。わずかだが、肩の槍も突進の際にブレが生じている。
……それでも、戦う意思はまるで落ちていない。むしろ、怒らせたことでさらに凶暴になったようにすら見える
「ますます、あの子を人のいる場所に行かせる訳には行かなくなりました」
《ものすごい生命力です……なに食ったらああなるんです? 》
「普通なら木の実とか虫とかが好物なんだけど……あれではラブレスも食べてると考えていいでしょうね」
《木の実? じゃぁ、このあたりのでまだ生えてるのを使えば……》
「冬で木の実が残っているとは思えない。でも、持ってきたやつなら使える。ジョットがそれで罠を作ってくれているはず……」
《じゃあ、そろそろ2人と合流しましょう。これ以上は》
「まって……合図がこないの。遅すぎる」
《……確かに》
パン2つを食べるのにどれだけかわからないが、遅い気もする。
「もうすこし時間を稼ぎましょう。さっきの要領で。今度は右目を……」
ブォン
手前から、『なにか』が視界に飛び込んできた。それは、無造作に地面にころがったとおもうと、雪に跡をのこして停止した。カリンの目の良さは、動体視力にも及ぶらしい。……それが、今回は悪い方にでた。すぐさま、いま飛び込んできた『何か』を目で追ってしまう……追ってしまった。
――転がっているとき、ボキボキと、嫌な音がなっていた。
――雪には、キールボアとは別の、血の色で染められていた
――それは、人の形をしていた。
『そしてそれは、ジョットさんだった』
《ジョット……生きてるか……はやく……》
飛んできた方向から、別の声が聞こえた、今度はナヴさんの声だ。
《ジョットさん! ナヴさん! いったい……なに……が……》
ミシ、ミシ、ミシ……
雪に、足跡が1つずつついて行く。それは、ベイラーのものではない。
足には、三本の指。その先には爪をつけている。
両腕は物を掴むような指はない。代わりに、T字状に伸びる腕、その先端は判子状になっている。あれはあの生物の拳なのだ。それには一定の感覚で、突起がいくつもついていた。まるでハンマーのようだ。この生物は、獲物を『押さえつける』とき、別に指はいらないと判断したのだろう。
判子状のそれを、相手におさえつけ、そのまま部位を体重で『潰せばいい』という構造だ。もちろんそれで殴ったりもするのだろう。平面のはずのその面は、いくつもの生々しい傷がついている。
掴むのではなく殴り、気絶させる。抑えるのではなく潰し、仕留める。生態すべてが、生き物が持つ恐怖の感情を煽るように出来ている。
「SHAA……・」
早く走るために体の大きさから言えば小さくなったであろう頭。その顎にはいくつも並んだ鋭い牙。
灰色の体をしたその生物は、キルギルス。大きさは、5m。しかし、頭から尻尾まではその倍はあるだろう。体の隅々まで、傷が走っている。殴られた跡のような、そんな痕跡。しかし、そんなことはあまりにも些細な問題に終わった。
……その口には、ナヴが挟まっていた。そしてナヴの両腕も、下半身も、そこにはなかった。
「SHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA! 」
キルギルスはナブを無造作に口から投げた。その咆哮の意味は、言葉がなくても、何を言っているのかだけは分かった。「次は、お前だ」あれはそう言う咆哮だ。
……後ろには、キールボアが突進をかけようとしている。そして前には、臨戦態勢のキルギルス。
下半身を食いちぎられたナブ。血を流しているジョット
……状況は、よくなかった。




