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ベイラーの残した傷痕

 オアシスであるミーロの街が戦いの場所となってから3日が経過した。巨大な姿となってコウ達を苦しめたバスターベイラーは、街にも大きな被害を出している。家は壊れ、道には穴が空き、歩くのさえ困難を極める。戦いの中で、レジスタンスが何人も死んだ。それでも、避難していた人々は、この街を捨てることはしない。この街のために戦った者たちの事を思えば、捨てるなどという発想さえ死んだ者への冒涜に等しい。そうでなくとも、皆この街を愛しており、この疲弊した街をそのままにするのが我慢ならなかった。


 バスターベイラーが残した大きな傷跡を、生き残ったレジスタンスと、女子供が、懸命な復旧作業をお行っている。元の生活になるのを夢見なが、砂漠の暑さに耐えながら、まず初めに、瓦礫の撤去をおこなった。


 ◇


「皆! 飯ができたぞ!! 」


 号令をかける占い師アマツ。砂漠を旅するホウ族である彼女らもまた、この街の復旧に手を貸している。何人ものけが人がでており、包帯、薬、食料、すべてが足りていない。そんな中でのホウ族の助けは、ミーロの人々にとってまさに救世主であった。


「占い師殿。 丁度井戸の復旧が終わったところな 」

「うむ。()()()通りか。占いの力が無くなったわけではないのだなぁ」

「はい? 」

「何、こちらの話よ。お前様こそよいのかボッファ。もう動いても」

「老体とはいえ、まだまだ働けますとも」

「はは。元気なことだ」


 人々がパンとお茶、蒸された野菜、干し肉を手に取り口にしている。井戸が復旧したことで、明日から冷たい水も配ることができるようになる。


 アマツの懸念は、自分の能力にある。彼女の占いの力。それが失われたのではないかというものだ。それもすべて、ホウ族の戦士である一人が、カリンをかばって死ぬという予言が外れたことにある。もし占いの力が無くなったのであれば、そもそも占いが外れたという事にはならない。だが、今もなお、彼女は未来を予期することができ、こうして復旧の目途を立てることもできる。


「しかし、休み休み働かねばならないのが歯がゆいですな」

「仕方なかろう。この暑さの中でガレキ運びなど、その都度休憩を挟まねば体のほうが参ってしまうぞ。今は休むのも仕事と思え。この街は今、寝かせる場所すら惜しいのだ」

「しかし、雨季に間に合うか、それが心配で」

「ああ、そのことだがの」


 救世主とたたえられようと、問題は山積みである。中でも場所の確保に難儀している。バスターベイラーが荒らしまわった結果、平な場所というのがなくなり、どこもかしこも穴だらけの凸凹だらけで、人が横になる場所というのがない。ベイラーで屋根をつくることができても、平な場所を作ることはできない。瓦礫を取り除き、土をならし、ようやく家をたてる土台ができあがる。さらに、もうすぐ砂漠でも貴重な、雨が降る季節が訪れる。普段であれば恵みそのものであるが、今雨に降られようものなら、瓦礫は土砂となり、復旧など夢のまた夢となる。


「明日からは作業もはかどってひと月でカタがつく。雨季には間に合うさ」

「と、いうと? 」

「なぁに」


 ボッファの心配をよそに、アマツが干し肉をかじりながらにのんきに応える。


「龍石旅団が復帰するのさ」


 ◇


「「せーの!」」


 双子の掛け声と共に、道にできた瓦礫が持ち上げられる。大人たちが3日かかって平にした道。それより長い距離を、たった半日でどかしてみせている。


「お嬢ちゃんたち! そろそろ休憩しないか? 」

「だいじょうぶ! 」

「いっぱい、いっぱい、お休みもらったから! 」


 リオとクオがそれぞれ応える。両腕計4本でそれぞれ瓦礫をすくいあげて、文字通り街の人間のために道を切り開いていく。


「こりゃ、俺たち立つ瀬がねぇな」

「ここはお嬢ちゃんたちにまかせて、他に行くかぁ」


 ベイラーがいるとは言え、大人顔負けの働きを見せつける姉妹。ベイラーであるリクの傷も癒え、こうして復旧作業に精をだしている。力仕事に力自慢のベイラー。適材適所ここに極まれりである。


「ナットの分もがんばる! 」

「がんばる!! 」


 両腕で瓦礫を撤去していく。瓦礫をどかしおえた後は、くぼんだ場所を中心に、こんどは畑仕事の要領で土を掘っては埋めて、掘っては埋めてをくりかえす。こうして瓦礫をどかして場所とそうでない箇所をならしていき、人が簡単に行き来できるように整備していく。土を掘る作業は、もともとリクの得意分野であり、それもまた復旧作業を速めていた。


「そうれ! 」

「それそれ! 」


 石の重さは、その石の材質によって異なる。現代において、我々が目にしやすい大きな石といえば、石柱や、大理石のタイル、墓石など。特に墓石に使われる御影石(もしくは花岡石)と呼ばれる石は、頑丈で風化に強い。その重さは、平均的な墓石に使われる大きさであれば、ゆうに70㎏を超える。石とは我々が想像する以上に重く硬い。


 では、ここミーロの街で使われる家は、背後にそびえる丘からとれた、粘土層の土をかたどったレンガである。雨風をしのぐだけでなく、通気性もよく、暑い砂漠には適している。そのレンガ、ひとつ2㎏ほどのものをつみかさねて作り上げる家が、ひとつ砕ければ、それが数百のレンガとなって砕けて散らばる。一つの重さはそれほどでもないが、数があまりに多い。


 その重労働を、リクであれば片手一つで何十のレンガを運びだすことができる。


「かんたん! 」 

「らくらく! 」


 土遊びをするかのように、4つある手をスコップのようにして土をすくい、離れ、また落とす。わざと落とすことで、レンガとして使われていた石を砕き、その砕けたもの硬め、再びレンガとできる。物資をひとつも無駄にしない砂漠で住むものたちの知恵である。砂が手でかんでしまい、あまり自由にうごかせなくなるのが難点だったが、もとより器用な動きが不得意であるリクにはなんの問題もなかった。あっという間に撤去作業が進んでいくなか、撤去された瓦礫の一つをみて、大人たちが慌て始める。


「お嬢ちゃん! こっちはいいから、向こうをやってくんな! 」

「えー」

「まだあるよー? 」

「だいたい片付いたからよ! な? 」

「えーと、分担? 」

「そ、そうだ! 分担しよう! こっちはあらかた片付いてるから、俺たちがやる。なぁ! 」

「お、おう! 任せときな! 」

「おお! 分担だっておねえちゃん! お仕事ってかんじ! 」

「クオ、ナットの分もお仕事するんだから、とーぜんだよ! 」

「あー! また難しい言葉つかって! 前はそんなんじゃなかったのに! 」

「オルオルが教えてくれたの!  」

「嘘だ! ナットから教わったんだ! 」

「嘘じゃない! どうしてそんなこと言うの! 」

「クオに黙ってお見舞い行ってるの知ってるんだからね! 」

「だってクオ、いっつも寝ちゃってるんだもん!! 」

「おねえちゃん起こしてよ! 」

「起こすと怒るくせに!! 」


 突如として姉妹喧嘩が発生してしまい、ギャーギャーと甲高い声が響き始める。喧嘩の原因が分からず、大人たちが途方に暮れる。


「ナットって誰だ? 」

「俺が知るか……そうだお嬢ちゃんたち、そのナットっていうの、お見舞いにいってあげなよ」

「「え!? いいの!? 」」


 グルンと体を向きをかるリク。あまりの勢いのよさに面食らいながらもお見舞いの許可を出す。


「いいぞ! ここは俺たちに任せて、さぁ」

「わかったぁ! 」

「いくよリク! 」


 ベイラーであるリクもそれに同意するかのように首を縦に動かし、そのまま走り去っていく。どかどかと大股で歩くせいで、整地したばかりの道がリクの足跡でいっぱいになった。


「あれも俺たちがやるのか? 」

「やるしかないさ。さて、その家あたりだ。慎重にな」


 リクが遠くに行ったのを確認した後で、レンガをどかしていく。大人たちが突如として仕事を買って出たのは、乗り手の双子には見せたくないものがここにあるのを察知したから。それはレンガについた小さな黒いシミが予兆であった。


「やっぱりか……ひどいもんだ。もう腐り始めてる」


 黒いシミ、つまり血痕である。瓦礫をどかせば、そこにはすでに息絶えた人間が倒れていた。それもただの人間ではない。彼、もとい彼であったものは、透明感のある翡翠の色をした場所から、上半身だけだして倒れている。大人たちが血相を変えたのは、これを、双子に見せないためだった。


「こんなもん、子供にみせちゃならねぇ」

「これ帝都の軍人か? 」

「出してやろう」

「でもよ、俺たちの街をめちゃくちゃにしたやつらだぜ? 」

「死んだらみんな同じだ。ほら手伝え」


 透明感のある翡翠の物体、それはアーリィベイラーのコクピットに他ならない。墜落でもしたのか、中から脱出しようとしたのだろう。だがコクピットから出る寸前で、落ちてきた瓦礫に頭を砕かれた。事の顛末といえば、そんな不幸な事故だった。


「なぁ、なんで帝都軍のベイラーがこんなとこに落ちてるんだ? 」

「あの馬鹿でかいベイラーが、帝都軍を裏切ったらしい。お仲間ごと、白いベイラーと一緒にこの街を滅ぼそうとしたとかって」

「俺はぁ、元々あの馬鹿でかいベイラーは俺たちの味方で、乗り手の恋人が戦いで死んで、それで狂っちまったって聞いたぜ? 」

「あてになんねぇなぁ」


 ひとの噂はあっという間に広まる。おおむね、街で暴れたバスターベイラーが帝都軍をなぜ撃ったかをこじつける噂がほとんどだった。


「でもまぁ、空から落っこちた連中、まだまだいるんだろうな」

「人間、地に足をつけてこそってな」

「ちげぇねぇ」


 テキパキと遺体を運び出す。瓦礫に埋まったアーリィ―ベイラーをどかすには、やはりベイラーの手がいるが、リオとクオに任せるわけにもいかなかった。


「印つけとけ。あとで別の奴に手伝ってもらおう」


 地図を取り出し、バツ印をつける。すでに4か所、印がついていた。


 瓦礫の撤去以外にも、復旧を妨げるものはいくつでもあった。死体の処理。それもまた課題の一つ。身内ならば丁重にあつかいたいが、そのほとんどは、バスターベイラーが無作為に撃ち落としたアーリィベイラーの乗り手たち。つまり、ミーロの街を襲った張本人たちである。モチベーションをあげろという方が無茶であった。 


 ◇


「ナット、すまん、薬取ってくれ」

「無゛理゛」

「……すまん」


 数少ない病床。その一角を占拠する2人。ナットとオルレイト。オルレイトは今までの無理が祟り、高熱にうなされる日々。そしてナットは全身いたるところが骨折し、包帯で全身を固定されていた。顎の骨すらヒビが入っているようで、しゃべるたびに痛みが走る。


「ゲッホ! ゲッホ! ゲッホ」


 盛大な咳で肺が痛む。オルレイトが患う持病、肺炎の一種である。ふらふらになりながらも立ち上がり、薬を一粒つかみ、飲み込む。本来なら水で飲みこむべきだが、飲み水がすでに尽きており、汲みに行く気力もわかないでいた。


「まったく、戦いのたびにこんなだな」

「そ゛う゛だ゛ね゛」

「独り言だ。返さなくていい」


 もぞもぞと地面に敷かれた質素な寝床に潜り込む。しばらく咳がつづくも、やがて荒い呼吸が穏やかになり、わずかに楽になる。病人、けが人、他数十名がこうして寝ている。決して衛生がいいわけではないが、それでも日陰で、かつ井戸に近く、水を飲めるというだけでましな方だった。今は人手が足らず、人ひとり、薬を飲みこむ量の水さえ汲んでいる者がいない。


「(死なない連中より先に、まっさきに死ぬ連中を、だな)」


 人手が足らないのは、復旧だけではない。あの戦いで生きて帰ったレジスタンスはそのことごくが銃承認で、ホウ族の里が手助けしなければ、この3日で死人は倍以上に増えていた。今、医者として動ける人間は全員、不眠不休で動いている。あの恐ろしい日から生き残った人たちを、すこしでも生き残らせるために。


「(医者には、なれそうにないな)」


 ナットが言葉を返さないように、1人で思案する。オルレイトの医療の知識は、自分の身に降りかかった物を書き留めているだけで、大けがは何も対処できない。


「(もっと、聞いておくんだったな)」


 思い浮かべるのは、いつも皆の健康を管理してくれていたネイラの事。今思えば、彼のこまやかながらも丁寧な処置は見事というほかない。彼がここにいれば、もっと多くの人間が治療されたであろうことは想像に容易い。


「オ゛ル゛レ゛イ゛ト゛」

「……まってろ」


 しゃべろうとするたびに顎が痛んで悲痛そうな顔をするナットを哀れみ、思わず懐からペンを取り出すも、書き写す紙が無いことに気が付く。筆談で会話を試みようとするも、それがかなわない。


「地面に書いてもらうか。」

「な゛る゛ほ゛ど゛」

「答えなくていいいや、そもそも、そんな体で文字は書けるのか?」


 オルレイトが心配するも、包帯で固定されていても、指先と腕はうごかせるようで、あおむけになりながら指先で地面にすっと文字をかいていく。長文は指が動く範囲の問題で書けないため、ごく短い、単語でしかなかった。


 ―――つよい


「何がさ」


 一言かくのにとても時間がかかる。その言葉を消し、もう一言。


 ―――みんなが


「ああ、そうだな。つよい」


 ―――おるれいとも


「僕か?……僕が何をした。レイダがいなければ、薬がなければ、寝込んでばかりだ。」


 ―――やま


「なんだ? 」


 ―――やまで しんだ


「一体、誰がだ? 」


 ―――ぼくの おや


「それは……知っている」


 ミーンの親は、山で死んだという。マイヤからすでに聞いていたオルレイトは、さして驚くこともなかった。なぜ今、その話題を出すのか、それが疑問だった。


 ―――ひと しぬ かんたん


「……そうかもしれないな」


 ―――だから


 地面を削って文字を消し、次の言葉が書かれるを待つ。しかし、一向に文字が書かれない。全身の骨が折れているのであれば、少し動いただけでも痛みや疲れが出たのだろうと結論をつけ、そのまま眠ろうかというときに、突如隣から嗚咽が聞こえてきた。みれば、ナットは涙を流しながら、それでも体を固定されて動けず、ただ涙や鼻水が垂れ流しになっている。拭いたくてもぬぐえない彼に同情しながらも、なんとか自分のかかった毛布を手に取り、顔をふいてやる。


「お、おい、どうしたんだ。泣くなよ」


 どれだけ体が固定されようと、どれだけしゃべることで体が痛もうと、ナットは、その口から言葉を出さずにはいられなかった。


「い゛き゛て゛る゛っ゛て゛す゛ご゛い゛」

「急にどうした」

「あ゛し゛た゛も゛あ゛え゛る゛」

「そうだな」

「ご゛飯゛も゛た゛べ゛れ゛る゛!」

「ああ」

「話゛せ゛る゛!」

「こうやって話せるな」

「死゛ん゛だ゛ら゛、な゛ん゛に゛も゛で゛き゛な゛い゛!」

「……ああ。僕らは生き残った」

「う゛れ゛し゛い゛ん゛だ゛ ゛み゛ん゛な゛い゛き゛て゛る゛」 


 嗚咽がこの病床の一角でしずかに聞こえてくる。隣で聞くオルレイト。


「ナット、お前が先にこの街で帝都軍が来ることを伝えてくれたおかげで、戦える人たちは戦う準備を、戦えない人たちは隠れることができたんだ。お前はすごいやつだよ」


 オルレイトは、ナットが行ったことについて話すことしかできない。それが慰めになるかどうかはナットにしか分からない。ただ、ナットの行いで、何人もの人間が戦火に巻き込まれず、無事であったことを伝える。嗚咽がとまるまで、オルレイトはその撫でる手を止めることはなかった。双子が来るまでは。


「ナットいる!! 泣いてるの?  」

「オルオルがいじめてる! 」

「虐めてない!! 」

「生゛き゛て゛る゛う゛う゛う゛う゛」


 双子が来て、しばらくは泣き止まず収集がつかなくなった。無理もないことである。


 ◇


「まだ、眠っておるのか」


 すたすたと歩くアマツ。ホウ族の里に帰り、祠へと向かう。そこには、白いベイラーが膝たちの状態で眠っていた。そしてそのベイラーの前に立つ女性。包帯を体の片側のみにまかれた女性は、アマツの姿をみるやいなや、飛び跳ねるように喜んだ。実際に飛び跳ねているので包帯やらなにやらが揺れている。


「占い師さま! おかえりなさい」

「アンリー。もう動いてよいのか」

「もちろん! 」

「みせてみよ」


 アマツが手を伸ばし、その頬に触れる。アンリーは拒むことなく、身長の差を、自分が屈むことで相殺する。アンリーの傷は顔にまで及び、半分にはやけどの跡があった。指先でっと跡に触れるアマツ。ぶよぶよなケロイド状になっている部分とそうでない部分がある。


「やはり、残るのか」

「体の方も残ると、医者がいっていた」


 アンリーのこの傷は、アマツをかばったために起きた傷である。大やけどで、そもそもこうして生きていること自体が奇跡に等しい。


「だが、お前様はこうして生きている」

「治してくれたコウとカリンに感謝しなければ」

「その2人はどうだ? 」

「まだ眠っている」


 膝たちのベイラーの前で、その腕におさまるようにして横になるカリン。


 あの戦いの後、糸が切れたように二人とも眠ってしまった。それもカリンに関してはここから離れられない理由がある。腕から細い蔦がのび、カリンの体を包んでいる。カリンを離そうとすると、その蔦が絡まり、カリンを締め付ける。2人を離そうすればするほど傷つけるようにできていた。カリンはコクピットから出ようとしたのはわかるが、その直後に眠ってしまったに違いない。コウもおそらく、突如倒れたカリンを支えようと腕を差し出した形であり、そのまま、二人とも同時に眠ってしまった。


 街のど真ん中でこの姿で眠ってしまったために、ひとまずはここからはなそうと、グレートレターの力を借りて、サイクルレターを用いて強制的に祠へと送り込んだ。こうして、人が3日ずっと眠り続けている。だがカリンに外傷らしいものはなく、肌のつやも悪くない。ただ、目覚めることがないのは不自然であった。そして、寝たきりの人間で危惧しなければならない問題がある。寝返りを起こせない人間に起きる、いわゆる褥瘡(じょくそう)である。人間の体の一部が自重によって潰れ続けることによって起きる症状であり、いくつかの進行区分がある。最終的には体が膿んで体の部位が溶けてしまう。故に、寝たきりの人間の介護の1つとして、寝返りを人為的に行うものがあるほど、放っておくことのできない非常に危険な病気である。


 この国でも、人間を同じ姿勢で寝かせ続けると起こる病だという認識はあり、寝たきりの人間に都度寝返りをうたせている。ではカリンはというと、その点においては全く問題になっていない。なぜなら、カリンは健康な人間と同じように、自然と自分で寝返りを打っているからである。


「やはり、あの力のせいなのか」


 サイクル・リ・サイクルコウが新たに発現した力であり、その一部として、人体、およびベイラーの体を再生させる力を発揮している。アンリーも、サイクル・リ・サイクルによって瀕死の状態から一命をとりとめた。コウさえいれば、今病床で苦しんでいる者すべてを救うことができる。


 その力の代償で、カリンはずっと眠っているのかと、アマツは考えていた。さらには、街の真ん中で発見されたときの、大量の血痕。


「あれは、ベイラーのコクピットからあふれ出たもの。すべてお前様のなのか?」


 サイクル・リ・サイクル。どこをとっても万能の能力であるが、リスクがないと考えるには、この状況を鑑みて、あまりに楽観的だった。


「どこかで帳尻をあわせているはず。であればどこでだ? 」


 その答えを知るものは、いま眠っているカリンとコウにしか分からなかった。

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