陰謀の片鱗
鉈と刀がぶつかっている。刀を使っている側は、はたからみても真っ当な剣術をつかい立ち向かっている。一方の鉈を持っている方は、まさに力任せに振り回しているだけ、暴れているだけに見える。
「(速い!? )」
だがその上で、互角以上に黒いベイラー、アイは渡り合っている。無論、剣術を使っているのはカリンとコウである。二人の意識はいまや一致し、見るものすべてを共有し、コウの目も真っ赤に輝いている。新たな姿となり、力もそれなりにつけている。
「(なのに、突き崩せない! )」
巨大な鉈はコウの刀を容易に弾き飛ばし、懐に致命傷となり得る一撃を入れてこようとする。ソレを返す刀で同じく弾き飛ばす。そして両者が大上段からの得物を振り下ろす。お互いの間合いで、お互いの視線が交差した。思わずコウが問いかけようとすると、その空気を察したのか、アイが先に会話を封じに出る。
《挨拶なんてしてやらないわ》
《どうしてここに! あのでかいのはなんだ!? 》
《答えると、思うのかぁ!?》
アイが会話を打ち切る。同時に足で思い切りコウを空へと蹴っ飛ばす。
《本当にいけるんでしょうね? 》
空へ打ち上げたコウを追いかけるべく、アイはサイクルジェットを使う。通常のベイラーに比べずっと肥大化しているその肩には、コウと同じようにサイクルジェットが備わっている。
「このパーム様の全快祝いだ。思いっきりやれぇ!」
パームの掛け声とともに、アイは文字通り全力で追いかけた。黒いベイラーの体が、炎に巻き込まれたと思うほどに膨大な炎が一瞬燃え上がると、次の瞬間にはその炎はずっと小さく、だが強くアイを空へと押し上げた。炎の勢いで足場にしていた砂漠が焼け焦げている。
《カリン! 奴が来る! 》
「返り討ちにしてやるわ!! 」
空中では地上のように自由には効かない。故に真正面から迫る相手に、カリンとコウは真っ向から対決するほかなかった。両手で刀を握りしめ、間合いを測る。想像よりもずっと早い速度で黒いベイラーは空中で疾走してきている。アイが空に上がるだけで空気が震え、凄まじい力がすぐそこまできていることをカリンは肌で感じている。
「あの2人、力をつけてきている」
《それはこっちもだ! 》
コウが力強く返した。それだけでどんなことでも成し遂げられるような気さえしてくる。刀を肩に乗せ、その時が来るまで、落下する体に逆らわず待つ。
「アイ! 」
《絶対嫌だ! 》
だが、アイも無策で突っ込んできたわけではなかった。今まで片手でしか持っていなかった鉈。いつの間にか両腕で二刀流としている。ソレとは別に、アイとパームの間でとある議論が決着ついていなかった。最後の最後まで、アイは拒絶したがっている。
「なんだよ、奴らが最後に聞く言葉だぜ? 」
《恥ずかしくないの!? ああいうの!? 》
「なんでも英雄にはこういうアピールも必要なんだとよ」
《ああもう! 叫べばいいんでしょう叫べば! 》
「よし。じゃぁ盛大に行こぜぇ! 」
驚くほど短い議論で決着がつく。そして、アイは行動に移した。そもそも鉈での二刀流など人間の剣技ではない。しかしベイラーであれば、それも強大な力を持つアイであるならばソレも可能にする。単なる腕力で解決してしまえる。
「強奪のぉ! 」
「ソード! 《そ、そーど》」
「声がちいせぇ! 」
《わかったわよ! 》
「強奪のぉ! 」
ここまでアイが言い渋っていたのにも理由がある。この技は、どこか固有の地域で、どこか高明な剣士が編み出した、崇高な技、であるから叫ばなければいけない、なんてことはなく、パームが療養中の鬱憤を晴らすべくつい先日酒を飲み、その際に盛大に酔って、その際になんとなく思いつてなんとなく、アイの協力の元やってみたらできてしまった、両手を使った薙ぎ払いである。
しかし、どれだけ適当な出自でも、アイでなければできない剣戟でもある。両腕の鉈に意識を集中させる。すると、アイの操る炎が鉈全体に行き渡り始め、ソレは次第に、鉈を芯とした巨大な剣を生み出し始める。自分の大きさよりも何倍も大きなその炎の剣を横方向に、叫び声とともに薙ぎ払う。
「《ソォオオオオーーード!! 》」
突如相手が叫び声を上げたと思えば、巨大な炎の剣が、自分たちの間合いの、何倍も遠い場所から放たれたことで、一呼吸対応が遅れる。避けることができなくなり、弾くか、受けるかしなければならなくなる。だが、ただ受けるだけでは炎によってその身を焼かれてしまう。
「真っ向! 唐竹! 」
《「大! 切 ! 斬! 」》
故に、コウが加速と同時に体を180度回転させ、遠心力をつける。空中での剣術。体重、落下速度、全てを味方につけた剣戟。バスターベイラーにさえ傷をつけた必殺の剣戟で応えた。炎の剣との鍔迫り合いは瞬きする間のみ。鋭く早いコウの一撃は炎の剣を断ち切り、アイへと肉薄する。
《叫び損じゃない! 》
「だが目的は果たした! 」
《はぁ!? 最初からそのつもり!? 》
パームは肉薄する相手を気にもかけていない。コウ達もその振る舞いに不信感を抱いた。
「何か持ってる? 」
《また油かも》
「その前に」
《斬る! 》
同時に、罠であろうとなんだろうと、仕掛けられる前に斬ってしまう気でいた。ソレができる2人でもあった。故にそのまま、剣を再び振り上げ、アイへと切り掛かる。間合い、速度、なにもかもが必殺の一撃であった。
手に残る衝撃が、今まで斬ってきた何者とも違う感触であることを除けば。
《斬れない!? 》
「いや、これは」
《この距離に来るのを、待っていたわけね》
必殺の一撃は確かにアイに届いている。刃は首元深くまで迫り、その胴体を両断せしめんとしている。だが、紙一重でソレができていない。あれだけの勢いと切れ味で持ってしても、アイの体に届いて居ない。2人は、理由を思い出すのには時間は掛からなかった。
「まさか、あの髪が!? 」
視界の端に映る、アイの黒い髪。ソレがコウを止めていいた。だがカリンが驚いているのはそこではない。アイの髪がコウを縛り付けるその瞬間まで、その気配が全く無かったことにある、すなわち、アイは空中で、高速で移動中の相手に、瞬時に髪の毛を操り、静止させることができるようになっていた。あまりに精密な動きと、力のコントロールに、コウは敵ながら感嘆してしまう。
《前はこんなじゃなかったろうに》
以前であれば、風力でその髪そのものを巻き上げて無力化できた。だが、ここまで瞬時に髪を動かせるようになったアイに、その対抗策は通じそうに無かった。
「そうら本命だぁ! 」
そして、パームはこの間合いが限りなくゼロに近づくこの瞬間を待っていた。右腕の鉈を捨て、その掌をコウコクピットに叩きつけんとする。カリンはその動作に見覚えがあった。
「コウ! 」
《なんとかする! 》
改良を施したのか、右腕になんらかの仕掛けを施したのかはわからない。だがいつの間にか、アイの右手には、粘度の高い液体が滴っている。これこそパームが発案し、仮面卿が試作品を作り、最後にバルバロッサが仕上げた、数ある殺人の仕方でも、最悪な方法。
《強奪の指!! 》
仕掛けは単純。ベイラーの指に、そのコクピットの膜を透過する特殊な液体で湿らせ、コクピットの中にいる人間をベイラーが直接握りつぶす。中にいる人間は万力で締め上げられるのと同じ痛みと共に絶命し、ベイラーの側は突如として訪れる共感の途絶に戸惑う。そして事実を飲み込み、初めて悲しむ。その光景を、コウたちは目の前で観ている。コウたちを庇った固めに、ガインとその乗り手、ネイラは命を落とした。
そんな技を、喰らうわけにはいかない。
喰らえば命を失うだけではなく、ネイラたちが庇ったことさえ無駄になる。それは、コウにとって、カリンにとって自らの命が死ぬよりも、ずっと重い。
「そんなこと」
《させるかぁあ!!》
ブチブチと繊維のちぎれる音がする。コウの体を縛り付けていた髪を強引に引きちぎる。以前より束が細くなったことで、強度が落ちていたことにアイも気がついていなかった。精密な動きと引き換えに頑丈さを無くした拘束であれば、カリンと分かち合ったコウであれば、無理矢理にでも動かすことができる。そうして間一髪、迫り来る右腕を掴み、コクピットの侵入を阻止した。
「押し込めぇえ!!」
《わかってる!!》
だがアイも、パームも半ばヤケになって押し込んでいく。真っ直ぐ押し込む力と、横から押さえつける力。一見拮抗しそうなものだが、押し込む側のアイはそれこそ全身を使って前に押し出すことができるのに比べ、コウは腕の、それも片腕のみの力でしか抑えることができない。アイがガムシャラに前へ前へと押し込んでいくと、ついに拮抗が崩れ、指先がコクピットに沈むこむ。琥珀色の表面が波たち、カリンのすぐ間の前にベイラーの指が見えてきた。すでに頭の先に触れそうになる。
「出て行けぇ! 」
とっさの行動だった。両腕は操縦桿を握っており、武器も使えず、ただ眼前にある脅威に対応しようと、カリンはその指をあろうことか蹴飛ばした。剣術で鍛えた足腰がこの瞬間にもその努力を実らせ、ベイラーの指先一本を頭上より退かせる。その衝撃で、指先に滴っていた液体が弾け飛び、強制的に外へと跳ね返される。再び力が拮抗し始め、お互いに振り出しに戻る。
《足癖悪いぞ》
「スカートでやるもんじゃないって? 」
《ズボンだからやっていいってわけじゃない》
お互いに軽口を叩き合いながら、アイの押さえ付けを続ける。一方のパーム達は、何が起きたのかを理解していない。
「何された!? 」
《わかんないわよ! 》
「クソが! もう液体がねぇ」
《はぁ!? なんで無いのよ》
「試作品持ち出したんだそれしか無かった」
《前のはどうしたの》
「壊れてまだ直ってねぇ」
《じゃぁ結局叫び損じゃない!》
叫ぶことがよほど不本意だったのか、あからさまな拒絶を示すアイ。だがパームの方もこの事態は想定外だったらしく、次なる手をこまねいている。
「あの白いベイラー、また変わってやがる」
《それが何? 》
「ぶっ潰したいところではあるが……しょうがねぇ。作戦変更だ」
《作戦? また変な玩具でも試すっていうの? 》
「時間を稼ぐんだよ。このパーム様が斥候みたいなことをする羽目になるとは」
《具体的に何をするのよ》
「突っ込め! 」
《結局変わらないじゃないの! 》
悪態をつきながらサイクルジェットを猛らせる。空中で雲を引きながらコウに文字通り体当たりを敢行する。コウもその速度に避けることが叶わず、そのまま両腕で真正面から受け止めてしまう。2人は両手を掴み合って睨み合う。
「空中で力比べなんて! 」
《さっきよりずっと楽だ! 》
両手を掴み合いながら、それでも両者の力が拮抗する。やがて両者の距離は再びゼロになり、頭と頭がぶつかり合う。その衝撃はお互いの体にビリビリと響き合った。空中で両者の力は、傾くことなく驚くほど均等を保つ。変化したてのコウにしてみればそれは驚嘆に値する。同時に、アイが自分たちと同じように変化を重ねたのだと理解した。力と力がぶつかり合い、2人のベイラーがお互いを削リ合う。力を抜くことなど許されない状況下となり、拮抗しているのはベイラー同士、中のいる人間はその衝撃と振動で体が揺さぶられ続けている。人体において振動を受け続けることは体力を奪われ続けることであり、ことカリンにおいて、先ほど大量の出血を経験したばかりであり、長時間この態勢を続けることは不可能であることを悟る。
《カリン! 》
「あんまり、話せない、舌、噛みそう」
《俺に任せくれ! 》
「何、するの」
《ぶっ飛ばす! 》
「やってちょうだい! 」
体力を奪われるのはパームも同じである。彼の場合、まだ全快ではないのも要因であった。
「埒があかねぇ」
《なら吹き飛ばしてやるわ》
「アレか、しょうがねぇ」
両者が力を溜め込むのは同時だった。空を飛ぶ際の炎とはまた別の、純粋な力を目にみえるように具現した炎が、コクピットの中央に集まっていく。両者はそれぞれ別の技を使おうとしていたが、その本質は全く同じだった。それゆえに目の前の敵が行う変化に気が付き、両者ともに技の発動を焦る。
《(まさか)》
《(あいつも)》
悟られるわけにはいかない。どうしても力を溜めるという工程を挟む都合、最大の威力を望むのであれば、限界まで溜まるのを待った方が効果がある。だが、技を出すのが一瞬でも遅れてしまえば、勝敗はそこで決まってしまう。
偶然がここで起きた。
《《サイクル・ノヴァ!! 》》
命名が、全く同じだった。そして、同じように、両者が溜め込んだ炎を解放し、爆発した。
◆
「コウが落ちる!! 」
「任せて! おいセス! 」
《ベイラー使いの荒いやつ! 》
文句を垂れながらサイクルボードで空へ風に乗る。サイクル・ノヴァで爆発した両者はそのまま推力をなくし落下していく。手助けしようにも間合いに入ることさえ憚れるほどの攻防に指を咥えて見ていることしかできない歯痒さに苛まれている時に起きた、突如の爆破だった。姿が変わり、翼が2組4枚となって大きくなったコウ。そのコウが翼をすべてひしゃげて落ちている。抱き止めようにも翼が邪魔になる。仕方なくその腕だけを掴み、なんとか落下だけは阻止せんとする。
「セス! ボードを倍に! 」
《やってる! 》
船と見間違えそうな巨大なボードを作り、落下速度を出来うる限り遅くする。風に乗るだけではベイラー2人を運ぶのは難しく、自由落下よりはマシと言った程度で、砂漠に着地する。盛大に砂を巻き上げながら、セスのボードが役目を終えたと共に砕け散った。気を失うことは無かったが、頭を打ったのか頭痛がひどく、セスと共に当たりを見回すまでしばらく時間がかかった。
「着地、成功かな」
《これは墜落と言うんだ 》
「いいんだよ。それよりコウは」
《みればわかる》
セスの言っていることが一瞬分からずにいると、目の前の光景で強制的に理解させられた。チロチロと弱い炎がコウの全身を這うように蠢いている。その炎が、まるで傷そのもの燃やし尽くていくようにコウの体を治していく。やがて、全身から炎がなくなると、そこには傷一つない、まるで生まれたてのベイラーのように艶やかな肌をしたコウがいた。傷が治ったと同時に意識も戻ったのか、立ち上がって状況を確認し始める。
《パームは!? アイは!? 》
「落ち着け。カリンはどうなってる? 」
《まだ気を失ってる……サマナ、もしかして》
「ああ、わかる。あの黒いベイラーがどこにいるのか」
《どっちだ》
「……正面だ」
言われて顔をあげる。するとたしかに、正面に黒いベイラーが立っていた。しかしずっと遠い。100m以上距離が開いている。だが、あの爆発でダメージがあるのか、黒い体がさらに煤けて、ところどころ煙が出ていた。
「(コウのように治っていない……あのベイラーはコウと同じじゃないのか)」
《あいつ、なんで動かないんだ》
アイの怪我が治っていないことなど気にも留めず、コウが立ち上がろうとしたとき、背後から別の気配が迫った。思わず振り返ると、そこには3人のザンアーリィが編隊を組んでこちらにまっすぐ向かってきている。
《パーム以外にもあのでかいのから来ていたのか! こいつらぁ! 》
「待てコウ、あいつらに敵意はない」
《敵意がないって》
「あれの流れが、まっすぐ、あの空のおおきなのに向かってる。ただ帰るだけだ」
《帰るって……まさか、アレに人が乗って動かしてるのか? 》
コウが指さすその先には、空飛ぶ巨大な船が悠然と漂っている。明らかに今までの建築物とも、その構造もが違っている。サマナも同じように考えていたが、彼女の見ているものがその認識を改めさせた。
「コウ……あれも、たぶんベイラーだ。おそらく、アーリィと同じように、人工の」
《で、でもあんな大きなベイラーをどうやって》
「集合体なんだ。あの船には、それこそ100や200はくだらない数のベイラーが使われてる……そう、いうふうに、見える」
《あいつら、なんてものを作ったんだ》
「いたた……コウ、パームは? 」
《あそこだ》
コウが指さす先には、先ほど真上を通過したザンアーリィベイラーがパームたちと合流していた。この時初めて、カリンが操縦桿を握ったことで、ザンアーリィの手に一人の人間が握られているのが見える。
その人間こそ、さきほど怪我を治したんばかりのケーシィだった。まるで割れ物を扱うかのように、その動きは繊細だった。ゆっくりと、しかし確実にアイの手にケーシィが渡される。
「さて、帰るぞ」
《ずいぶんとお優しいこと》
「こいつにはまだやってもらう事があるだけだ」
ザンアーリィがケーシィを渡し終えると、1人が先行して先にあの巨大な船へと帰っていく。
《ま、まて! 》
「時間だ。今日は仕事のおまけだ。次は試作品じゃねぇぞ」
コウが追いかけようとした次の瞬間、ザンアーリィの翼から小さな球が落ちたかと思えば、その中から大量の煙が吐き出された。あたり一面が白煙に包まれるのと同時に、空で巨大な物体が律動するのを感じる。あの巨大な船が動き出したのは明白だった。
やがて煙が晴れた頃、アイどころか、巨大な船もいなくなっていた。
「パームたち、あんなものを作っていたなんて」
《戦争に、使う気にしたって、大げさすぎる》
「そうね……でも今はともかく」
《けが人をミーロの街に運ぼう》
あっけない幕引き。アイの再びの出現に、巨大な空飛ぶ船。陰謀の片鱗が明かされた今、旅の終着地点である帝都に何が待つのか、もはや戦い以外の形を想像できなくなりながらも。
ミーロで起こったオアシスでの戦いは、こうして収束した。




