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次の敵

 巨大な体の半分から上が燃え上がっている。炎でベイラーの体表を焦がし炭状にしていく。完全不燃焼で黒い煙がモクモクと上がっている。あれだけ邪魔をしてきた黒い蔦はその一本も残さず灰にされ、サラサラと砕け散っていく。


「斬った、よな? 」

 《そう、見えますが》


 今までバスターベイラーからの猛攻を防いでいたオルレイトが恐る恐る問いかける。それは状況が一時的に静止してしまい、自分たちの次の行動予定が立てられなくなったことへの不安の裏返しである。次に自分が何をすればいいのか、分からずに立ち往生してしまう。今まではバスターベイラーを止めるという目的のために動いてきた。それが達成したのかしていないのか、全く分からない。


 やがて、炎の勢いが止まり、煙がはれてくると、状況が多少分かり始める。


 バスターベイラーには、大きな傷跡が残っていた。斜め右に切り上げられたその剣戟は、確かに胴体に凄まじい一撃を与えている。その証拠に、切りつけられた断面が再生をしていない。あまりの威力と、その火炎によって再生が妨げられていた。さらには。


「あの速さで防がれたかッ 」


 カリンが毒づく。斬撃は、想像よりずっと浅く、傷が残る程度のものになっている。それができたのは、あの斬撃を体の表面そのものがまるで白羽どりでもするかのように防いだことにある。


 《この刀でも、俺たちだけじゃダメだったってことか》

「悔しいけどそう言うことね」


 悔しいと口にしている割には、本人は朗らかな顔をしている。なぜなら、今見ているのの結果がどんなものか、その手応えで確信しているから。


「でも、届いたわ」


 小さい、ほんの小さい音だった。小枝を折った時の渇いた音。それが小さく、連続して響き始める。音の感覚は遠く、耳を済まさなければ聞こえないほどのものだった。それが、やがて音は大きく短く響き始め、ついには、耳を塞ぎたくなるようなつんざく音にまで発展していく。そして、バスターベイラーから、ポトッっと、緑の針が落ちた。その針こそ、レイダが打ち込んだサイクルショットの針である。針は見事にバスターベイラーを貫通せしめた。その結果。 


 バスターベイラーの胴体に、大きな大きな亀裂が走る。剣戟に沿って走った亀裂と共に、バスターベイラーの上半身はゆっくりと前へと倒れ込んでいく。50mの巨体が落ちてくる現象にこの場にいる全員が思わず目を疑っていたが、カリンが一声、大きく叫んだ。


「全員! 駆け(かけかけ)ぇええ足い(あしい)いいい」


 真っ先にレイダが走り、ついでセスが走った。レイダはついでのようにぐったりとして動かないミーンを拾い上げる。一方精一杯走っているつもりでも、その自重でどうしても遅くなるリクは、飛んでいるコウが抱き抱える形で難を逃れた。途中、カリンがオルレイトに言う。頭上から響く音と砂漠を駆けていることで何を言っているのか分からなかったオルレイトがコクピットから顔だけ出すと、釣られてカリンも顔だけ出した。


「姫さま、なんて言ったんだ?? 」

「あなたの策が効いたわ」

「策って? 僕何かしたか? 」

「あなたが必死で打ち込んでくれたショット! 」

「あれが、効いたのか? 」

「バスターベイラーは斬撃には対応してきた、でも元から打ち込まれたものを押し込まれて、ああなった」

「……そりゃどうも」

「私1人でも、いや、コウとでもダメだったのよ」

「それは違うさ。ここにいる全員がいなきゃダメだった」

「ええ。だからこれは労いよ」


 何を?とオルレイトが問う前に、カリンは行動を起こした。


 頭を抱き抱えるように、ハグをされる。何をされたのか一瞬分からず、自分が気絶したのかもしれないと勘違いした。だが鼻腔に残るカリンの香りと、肌の感触がその勘違いを是正する。


「よく、やってくれました」

「ーーーあ、ああ」

「あとで祝勝会よ」

「あ、ああ」

「でも、まだやることが、ってちょっと!」


 オルレイトが呆然としていると、コウが突如として舵をきった。レイダから離れるような軌道をとったことでコクピットが離れ、ハグの姿勢が維持できなくなる。


「どうしたのよ」

 《リオとクオの前でそう言うことするもんじゃない》

「リオとクオの前じゃなきゃいいの? 」

 《そうじゃなくって、2人がせがむぞ》

「いいなー! 」

「いいなー! 」


 コウが言った通りに、リオとクオが顔を覗かせて羨ましがっている。その顔を見て一瞬怪訝そうな顔をするものの、実際2人との顔が不満そうであったために、この話題を切り上げることとした。


「今は2人のせいにしてあげます」

 《ああ。そうだとも》

「ちなみに、2人がいなかったら、何を理由にするつもりだったの? 」


 カリンがわざとらしく聞く。コウ自身、さっきのカリンの行為に敏感になる必要はないと理解しているが、いざ目の前で行われ、その相手がオルレイトということで必要以上に反応してしまったことを悔いている。だが認めてしまうのも癪なために口ごもった。


 《そうじゃなくて、だなぁ》


 コウにはまだ、自分の心の中で芽生えた、ヤキモチに折り合いをつけるのにまだ時間がかかる。初めて自覚することであればなおさらだった。


「はいはい。オル! またあとで! 」

「あ、ああ」


 操縦桿など握っておらずとも、そんなことはカリンにはお見通しだった。ここで、コウを叱りつけてもよかったが、今は目の前で起きるバスターベイラーの崩落に対処するのが先だった。その光景はまるで城が砕けたようで、大小様々なかけらが頭上に降ってきている。小石程度のものならまだいいほどで、行動不能になるような巨大なかけらもある。ここまできて生き延びない訳にはいかなかった。コウは半ばヤケになりながらも全速力で疾走している。


「ッツ! コウ! 拾って!」

 《なんて言われるか知らないぞ》

「それでもやる! 」


 カリンが()()を見つけた時、コウの中では一瞬拾うかどうか悩んだが、カリンの決めたことを蔑ろにもしたくなかった。直線距離からわずかに寄り道して()()を拾い上げ、再び加速する。崩落による砂埃が巻き上がり、あたり一面の視界は最悪に等しい。


「もうすぐ! 」

 《これが終わったら、占い師さんのとこでいいんだな? 》

「ええ! それと一緒に、この子も連れていく! 」


 カリンの目線がもう一方の手に収まる彼女に向けられる。


 痩せ衰えたように細く白い四肢には似つかわしくない派手な踊り子の衣装。先ほどコウが拾ったのは、あのバスターベイラーの乗り手、ケーシィだった。


 ◆


「終わった、のか」

「あのバカでっかいベイラー! 崩れていくぞ! 」


 ミーロの街から避難した人々が入り口にあつまる。あの巨大なベイラーが胴体から真っ二つになってから、その破片と爆煙で当たりを見回すことができないでいた。1番心をざわつかせているのは、ミーロの長であるボッファ。


「無事で居ればいいのだが」

「ボッファさん!あれ! 」


 若者が指差す、老いた体では見えにくいその景色は、その先に見える鮮やかな色彩のベイラー達をしっかりと見ることができた。


「帰ってきた……帰ってきたぞ!! 」

「勝った、勝ったんだ! 」

「旅団の人たちが勝ったぞ!! 」

「おおー!!! 」


 リク、ミーン、セス、ヨゾラ、レイダ、そしてコウ。ベイラー全員、竜石旅団の誰1人かけることなく全員が戻ってきた。しかし、旅団以外の人はそうではなかった。歓喜に満ち溢れる人々の笑顔をよそに、カリンがコウから降りてくる。その足取りは軽いものではない。その顔つきもまた、晴れやかなものとは程遠かった。


「カリン殿。ご無事であったか。よくぞあの奇想天外なベイラーを」

「ボッファ。まだ私のやるべきことは残っているわ。占い師はどこに? 」

「彼女なら、戦士と共に奥に」

「わかったわ。コウ! 来てちょうだい」

 《ああ》 

「ボッファ。食べ物をいくつか用意してくださる? 」

「それは、もちろん……カリン殿は? 」

「私はあとで。言ったでしょう? やるべきことがあると」


 ピシャリと遮ったのちに、カリンはさっさと歩いて行ってしまう。コウもそれについていくように道ゆく人々を避けていく。その両手には大事そうに抱えられた女が1人いる。


「あれは、いったい誰だ? 」


 ボッファの疑問をよそに、カリンの足取りはまっすく占い師、アマツの元へとやってくる。アマツの顔はそれはひどいもので、泣き腫らした顔は膨れ、目尻に涙の跡がくっきりと残っている。その理由も簡単だった。


「お、おう。終わったのか」

「ええ」

「どんどん、脈が弱くなっとる。火傷もひどい……こうして握り返してくれるのも後どれくらいか」


 アマツの手を確かに握りしめるその人は、アンリー。半身の大火傷に出血。幸い血は止まったようだが、瀕死と言ってよかった。事実、もう生きているのが不思議なくらいである。


「ありがとう、来てくれて。だがもう良い。これ以上アンリーを苦しめる訳には」

「助けられる」

「……何? 」

「私と、コウには、彼女を助ける力がある」

「馬鹿を言うな……そんなもの占いでも見たことがない」

「いいえ。それこそが占いの産物なのよ」

「……わかるように、説明してくれんかな」


 カリンが座り込み、コウに宿った力、そして自分がその力によって何が起きたかを話す。


「サイクル・リ・サイクル……再生の力……」

「ええ」

「ただの治療のための力、とは思ってないわけか」

「その通り。貴女も今の話を聞いて、気が付いている」

「ああ。そうだとも」


 握り締められた手を、ゆっくりと話す。そしてアマツはカリンに向き直った。


「サイクル・リ・サイクルで、グレート・レターににも匹敵するような力をあなたは得ているそして、その力がもし、帝都に及べば」

「私とコウは、無限に兵士を送ることができる医者として召し抱えるでしょうね」

「そして、その逆も然り、か」

「そう。ここにいれば、私は、コウは、傷ついた人たちを治すことができる」

「……そしてその傷ついた人は、帝都の人間も含む、と言うことか」


 カリンは、ゆっくりと頷いた。


「なぜだ? 」

「なぜ、とは」

「帝都がしてきたことを見たはず。なぜそんな彼らを」

「……コウ、ゆっくりおろしてあげて」

 《ああ》


 コウが、戦場で拾い上げたケーシィをそっと隣に置いた。突然現れた見知らぬ相手に困惑するアマツ。だがすぐに合点がいった。


「この女、まさかあのバスターベイラーの乗り手か!? 」

「ええ。名前はケーシィ・アドモント」

「どうして拾ってきた! こいつは」

「敵味方問わず攻撃してきた。この人がやってきたことを考えれば今でもあの流砂に押し込んで仕舞えばいいと思ってしまう」

「そうしないのはなぜだ? 」

「彼女が、助けてと言ったから」


 切り出すかどうか、迷っている。これから先の、カリンの、そしてコウの選択が正しいのかまだ悩んでいる。


「私は、私に助けてと言ってきた相手を無視できない。それは無論コウも同じ」

「……まさか」

「貴方と同じなの。力があるのなら、それを行使することに躊躇はない。私とコウは、傲慢なの……いいえ、怠惰とも言っていい」

「怠惰? 」

「私は、命を天秤に乗せられない。命に優劣をつけられない」

「そんなもの、怠惰でもなんでもないでしょう? なぜそんな」


 アマツはここで気がつく。カリンは、この力を恐れているのだと。


 力そのものを恐れているのではない。この力が与える影響力を恐れている。もしここで、レジスタンスの人間だけを助けたとする。そして、助けなかった兵士のことを、カリンは忘れることができるであろうか。ましてや、相手の顔を知っているのに。


 決断はここだけに止まらない。もしこれ以降、カリンが、そしてその周りの人間のみを助けたとして、それ以外、カリン以外の周りの人間はどう判断するか。妬み、恨みが必ず湧いてでてくる


 「そんな力を持っているのになぜ使わないのか」と   


 アマツはその妬みや恨みに支配される人間を嫌と言うほど知っている。自分のもつ占いという力がまさにそうだった。だからこそ、占い師は心を殺してきた。殺さねば壊れてしまった。


 カリンはそれもできない。できようはずもない。なぜなら、助ける行為に慈しみは絶対であり、慈しみこそ、心がなければ為し得ない。これが、助ける行為そのものに優越感を感じるような卑しい人間であれば、葛藤など生まれなかっただろう。


 だがカリンは知っている。誰かを助けるとき、そこに自ら痛みを伴うことを。


「貴女の敵を、治さないのなら」


 その痛みが肉体的なものにしろ、精神的なものにしろ、その痛みを乗り越えてこそ、本当の意味で、助けてくれと願う相手を助けられるのだと。だからこそ、助ける相手を選べない。助ける人間と助かる人間は平等であり、天秤に乗せ、重い軽いを選ぶことを許さない。助けてと手を伸ばす相手全てを助けるか、全てを見捨てるか。0か1かでしか判断できない。


 ここに差をつければ最後、今まで助けてきた相手さえ貶めることになる。


「助ける人間を選ぶような人に、自分たちは助けられたのだ」と


 それこそ、カリンは何より許せなかった。だからこそ、アマツに迫る。


「アンリーは助けられない。どうしますか」

「……」


 様々な、本当に様々な思いがアマツの中で巡った。目の前にいるアンリーの敵はまさしく、仇と同じ。ケーシィさえいなければアンリーがこんな傷だらけになることもなかった。


 だが。


「てまえの望みは、アンリーの無事。敵の殲滅ではない」

「なら」

「ああ! やってくれ! 」

「……コウ! 」

 《わかった。俺の中に》


 深く頷いた跡、カリンがコウの中へと入っていく。そしてコウがその手をアンリーにかざした。ゆっくりとサイクルが回っていく。


「サイクル」

 《リ・サイクル! 》


 コウが、カリンが宣言した瞬間、その両手から膨大な炎が溢れ出した。その炎はアンリーを包んだかと思えば、もう一方、ケーシィの体も包む。そこら中が炎に包まれているというのに、不思議と暑さは感じない。


 少しすると、アンリーの体に異変が起きる。焼け焦げた跡が、体の隅から徐々に無くなっていく。そしてしばらくすると、まるで風呂上がりのような艶々とした肌になった。全身の回復が終わると、炎は消えて無くなり、あたりに静けさが戻る。


「……アンリー? 」


 それでもまだ動かないアンリーに、アマツは恐る恐る声をかける。


 その声に応えるように、ゆっくりと瞼が開いた。


「あ、どーも」

「無事、なのだな? どこも痛くないか? 」

「あ、アレェ? なんでこんなとこで? 確か戦いの途中だったのに」

「もう良い! もう良い! 」

「もう良いって一体ガハァっつ!? 」


 胴体にぶつかるようにアマツが飛び込んだ。頭がちょうど鳩尾にくいこく形になりアンリーが思わず苦悶の声を上げる。


「ど、どうしたんですか一体」

「生きておる。生きておるのだな……よかった……よかった」

「あー……はい。生きてますとも……そういえば、あのでかいベイラーは!? 」

「大丈夫。もう倒しました」


 感動の再会を邪魔するまいと息を殺していたカリンも、その声に反応せざるおえない。


「あ、あれを倒せたのか」

「ええ。アンリー。貴方のおかげで、占い師様は無事に戦線を離れられたのです。ありがとう」

「戦いの途中で離れた。何も感謝される言われはないよ」

「それでも、ありがとう……そして」


 くるりと顔を向ける。そこには、先ほどまで栄養失調で死にそうだったケーシィの体がある。その肌もまた艶やかで、健康体そのものだった。


「こちらは、まだ目を開けませんね」

 《あのバスターベイラーに血を吸い取られたみたいだ。しばらくは難しいかも》

「そうね」

「なぁ姫様、その女は? 」

「彼女はケーシィ・アドモント……あのバスターベイラーの乗り手です」


 その発言ののち、街の人々が一瞬ざわついた。


「あれが、俺たちの街を」

「なんで生きてるんだ」

「レジスタンスはこいつに大勢やられたってのに」


 最初は疑問が、そのうち、憎悪があたりに広がっていく。


「許せねぇ! 」

「そうよ! 」

「この女! 殺してやる!! 」


 一体誰が止められるというのか。人々は武器を持ち、その女の首を刎ねようとする。無理もない。あのバスターベイラーで、ミーロの街は壊滅的な打撃を受けた。家を壊されたもの、家族を奪われたものもいる。そんな乗り手が悠々と生きている事実に耐えられるほど、彼らは冷静でなかった。


 故に、彼女に刃を振り上げるのは自然なことだった。


「おやめなさい」


 その刃をことなげに弾くカリン。


 その行動に、誰もが、困惑した。


「あ、あんたがなぜ庇うんだ? さっきまで殺し合いしてたじゃないか」

「そうです。「さっき」までです」

「どういうことだよ」


 大きく、大きく息を吐いて。カリンは答えた。


「命に、差はありません。ないより、差をつけることは、人に許されない」   


 ひどく、苦しそうに、だが、彼女の中の確固たる思いを吐き出していく。


「私は、そしてコウは、助けてと叫ぶのであれば、それを助ける! そこに敵も味方もない、ただの純粋なる願いなのだから!! 」

「……ひけ。皆の衆」

「占い師様! こいつら」

「良い! アンリーは助かった。それで良いではないか」

「占い師様、ですが」

「……一つずつ聞かせておくれ。まず姫様」

「答えられるものであれば」


 思わず唾をのむ。どんな問いが来るのか全くわからない。手酷い罵詈雑言が飛んできてもおかしくはないと身構えると、アマツは軽い口調で問う。


「なぜそうも頑なになれる? 」


 その軽い口調に合わせるように、それはすんなりと答えられた。


「その力を正しく使えと、ゲレーンの王に、そしてそのベイラーに言われています。それを行なっているに過ぎません」

「ふむ……ではコウ」

 《ああ》

「お前様はなぜそのあり方ができる。この世に現れてまだ日の浅いお前様に」

 《……だって》


 コウも、不思議とすんなりと答えられた。


 《困っている人がいたら助ける。それはきっと当たり前のことだから》


 ゲレーンでの暮らし。今までの旅が、その答えに行きついた。


「……その道、険しいぞ? 」

 《大丈夫。俺は1人じゃない》


 コウがカリンと目線を合わせる。2人とも、同じ想いだった。


 異様な空気が漂う中、アマツが、パンっと手を叩いて雰囲気を一変させた。


「街の人間には、この女に手を出させるな。 アマツ・サキガケの名において、この女は助ける」

「は、はい」

 《ありがとう、占い師さん》

「何……こちらこそ……占いが、ようやく外れたのだ。これくらいしても良かろう」


 不思議と、アマツの心は澄み切っていた。


「お前たちなら、世界を壊すどころか、もっと別のことを起こすかもしれん」

 《別のこと? 》

「ああ。きっと僅かにでも、世界がいい方向に…」


 変わる。そう言いかけた時。


 糸が切れた人形のように、アマツが突然倒れた。


「アマツ!? 」


 思わずカリンが抱き止める。アマツの様子が異様に変化している。涙の跡とは別に、冷や汗が滝のように流れ、ガクガクと体は震え、唇は血色の悪い紫色へと。


「まさか、無理をして居たのですか?なぜ」

「ち、違う、今の、は」

 《グァアアアアアアア!? 》

 《今の声!? 》


 コウが振り向くと、そこにはアマツと同じようにうずくまるセスの姿があった。彼は右目を押さえて苦しそうにもがいている。


 《セス! どうしたんだ! 》

 《サマナだ、サマナが何か流れを感じた……だが。これは》


 痛みに耐えかねて、セスがドサリと倒れ込んだ。ベイラーの下敷きにならないように住民は離れていく。レイダとコウが近寄ると、セスの代わりにサマナが答えた。サマナもまた、占い師と同じような状態になっているようだった。


「憎しみと、怒りだ……たくさんの、本当にたくさんの怒りがここに来る、みんな逃げて」

「(占い師さんと似た症状…サマナは流れを見れる。占い師さんもサマナと同じように何かを感じた? )」


 レイダの中にいるオルレイトが注意深く観察する。同時に、避難所の一部がざわつき始める。悲鳴とも違う。皆が建物の外に出て、空を見上げていた。その異常な行動に思わずカリンがコウを呼ぶ。


「何か来るわ、コウ! 」

 《ああ! 》

「レイダ、マイヤさん! 僕たちもいくぞ」

 《仰せのままに》

「せっかく戦いが終わってお洗濯できるかと思いましたのに」


 マイヤが愚痴りながらも、2人のベイラーが避難所の外に出る。外では崩落したベイラーがまだそのかけらを残していた。


「あら。何もないじゃない。一体何があったのかしら」

「……なあ、レイダ。俺たち、戦いが終わったの、昼過ぎだったよな」

 《そうです。先ほど避難した人たちもお昼の途中だったようですから》

「なんか……薄暗くないか? 」

「くらい?……」


 オルレイトが疑問に思う。自分たちが戦っていた最中より、ずっと周りが暗い。それだけではない。


「……コウ、あなたの影はどこに行ってしまったの? 」

 《影? 》


 カリンもまた足元を見て気がつく。この暗がりの中で、コウの影が出ていない。時間は昼過ぎ。霧が出るような地域でもない。ましてや、雲などひとつもなかった。そして、2人の乗り手はついに上を見上げる。そこに、この異常な空間の答えが出る。


「そ、空に、空に天井があるぞ??? 」


 雲を遮る巨大な何か。街と同じかそれ以上の大きさを持ったナニカが、この街の上空に出てきた。


 《カリン、あれも、なんかの生き物? 》

「いえ、あんな生き物見たことないわ……でも気のせいかしら、アーリィーベイラーに似ているような」


 上を見上げ過ぎて首が痛くなってきた頃、その天井がから、何かが降ってくるのを目撃する。最初は小さくてあまり見えなかったが、距離が近くなるにつれ、その正体が明らかになる。


 明らかになった瞬間、コウが、カリンが叫んだ。


 《「サイクル・ブレェエエエド!!」》


 片手に剣を生み出し、その落下してくる相手に斬りかかる。相手もその動作に対応してくる。


「……サイクルマチェット」


 男の静かな声で、黒い、大きな鉈が現れる。そして迫りくるコウに向け振り上げた。剣戟と剣戟が激突し、盛大な音がなる。その相手とは、黒い体、琥珀色のコクピット。そして何より、女の長い髪。


 《なぜ、なぜお前がここにいる!! 》

「……へっへっへっへっへっへ」


 答えたのは、男の笑い声だった。だが、嫌というほどのその声を知っている。


「俺様、お前らをぶっ殺すためにぃ、戻ってきたぜええええ!!!」


 パーム・アドモント、そして、黒いベイラー、アイ。再び、彼らが現れた。

 

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