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アマツの決断

 空に太陽ができたような眩しさだった。


 バスターベイラーの胸元で、凄まじい衝撃と音を伴った爆発が起きる。それは地上より高い位置で行われたにもかかわらず、地上の砂を巻き上げて撒き散らす。爆煙は晴れることなく、バスターベイラーの上半身から黙々と上がってる。


「コウが、やったのか。やってしまったのか」


 空中でどうにか制動をとるオルレイト。乗り込んでいるベイラー、レイダの両足は熱戦により融解しバランスが取れない。フラフラと左右に振れながらどうにか高度を保っているような状態だった。それでもことの一部始終ははっきりとその目に映している。


《コウ様は、いったい》

「コクピット目掛けてあの爆発をやったんだ。乗り手ごとあのベイラーを葬るために」

《あのベイラーの乗り手は、死んだんでしょうか》

「コウの、あれを街中で受けたアーリィが木っ端微塵に吹き飛んだんだ。それも今度は直撃。無事なわけがない。それは乗り手も同じことだ」

《そう、ですか》

「敵とはいえ、後で墓でも作ってやろう。後世にあの力がいかに凄まじかったか残す必要がある」

《はい。オルレイト様はその第一人者になりますね》

「問題は、信じてもらえるかどうかかな。僕だって信じていないのに」

《その目ではっきりとみているのに? 》

「信じたくないんだ。作られたとはいえあれはレイダと同じベイラーだ。それがあんな力を得るなんて」

《異常ではありますね》

「あのベイラーもパームの一団が用意したものだと思う。奴ら、ずいぶんベイラーの研究が進んでいるらしい」

《バスター化と、占い師は言ってましたね? 》

「なら、研究成果が出ないことを祈るばかりだな」

《どうしてです? 》

「アーリィ、ザンアーリィ。それとなんだっけ。ああそうだ。アーマリィ。全て複数作られてるんだ。ならあのバスターベイラーだって」

《……あれが、列をなして襲ってくる、と? 》

「可能性の話だ。僕らだって、アーリィがたくさんいるなんて想像もしていなかったんだからな。さて。着地する。カリン達が心配だ。どこにいるかわかるか? 」

《ちょうど、バスターベイラーの背後の位置に》

「ゆっくりでいいから降りるぞ。降りたら街に」


行こう。そう続けようとした時、爆煙の中から白い体が吹き飛んでいくのが見えた。いうまでもなく仲間の、たった今爆裂したコウである。だがその容態は著しく悪い。離れていてもわかるほどに身体中のそこらが傷だらけで、今にも手足がずり落ちそうなほど。そんな体が砂漠の真ん中に受け身も取らずにどさりと落ちる。


《コウ様です! 》

「見ればわかる! 失敗したのか!? 」

《拾いに行きます! 》

「待て! 煙の中! 光ってる! 」

《よ、避けます! 》

「大袈裟に避けろ! 二の舞になるな! 」


 レイダがその体を大きく旋回させ、その場から移動する。直後、先ほどまでいた場所に、光り輝く熱線が放たれた。その熱線は止まることを知らず、レイダを追いかけるように迫り来る。先ほども同じように追いかけられ、初見で不意打ちをくらい両膝が落ちる憂いを受けた。だがこの攻撃そのものは、もう何度も目にしている。


「ヨゾラ! マイヤ! サイクルジェットをきれ!落ちて避ける! 」

「わ、わかりました! ヨゾラ! 」

《オーチールー》


サイクルジェットと一時的に切る。レイダの体は推力を失い、砂漠へ真っ逆さまに落ちていく。だがそれは墜落を意味しない。熱線はあくまで二次元上の動きであり、三次元的に追いかけてくるわけではない。高度をずらして迫り来る熱線を頭上で躱す。レイダの頭が若干焦げ付きながらも熱線を見送り、すかさずヨゾラはサイクルジェットを点火。再び空へと舞い上がる。熱線はそのまま空へとのび、雲を切り裂き天へと伸びていく。


《無事ですまないのではなかったのですか? 》

「また何かやったんだ。バスターベイラー、次から次へと、本当に手が凝ってる」


熱線が治るのを待ち、バスターベイラーに目をやる。爆煙がはれ、その姿を見たとき、オルレイトは一瞬それが何なのか理解するのに時間を要した。


「コクピットの周りに、何か生えてる? 」

《生える? 黒い蔦ではなく? 》

「いいや違う。もっと別の」


 雲が晴れた時、そこにいたのは未だ健在のバスターベイラー。しかし無傷というわけではなく、体の一部が焼け焦げている。だが問題のコクピットには傷らしい傷は見当たらない。コクピットには、まるで包み込むように太い管が伸びている。管はコクピットの周りを等間隔で包むように背中から生えてきて、爆発から身を守っていた。その構造をみたオルレイトが思わず手を叩いた。


「はーーーー!! 」

《ど、どうしたのです》

「あれ、肋骨だ! 」

《肋骨?  》

「内臓を守る肋骨! 奴にはそれがある! いやきっと()()()()()! 」

《でも、コクピットを覆い隠すような物、乗り手の視界が》

「それは普通の大きさの時の話だ! あの大きさならコクピットにちょっと死角ができたところで問題ない。元々デカすぎて背中側なんか見えないだろうからな。バスターベイラー、あれはどんどんあの大きさになる上での障害を克服して言ってる。克服しようともがいてる」


こんな窮地だというのに、オルレイトは興奮気味に話す。


「あれは、ベイラーの変化、違うな。進化だ」

《確かに血に、骨に、どんどん動物に近くなっていきますね》


 オルレイトとは対照的に、ひどくさめたように答える。


《最終的に、私達がああなると言われているようで不愉快です》

「わからない。ただ、可能性はあるってことだ」

《いいえ、私は絶対嫌です》

「そこまで頑なにならなくても」

《あのベイラーは乗り手を食い物としか思っていません。私にオルレイト様のただでさえうっすい血を飲ませるおつもりで? 》

「……僕からかい? 」

《オルレイト様がおっしゃる可能性ならば、そうなるでしょう? 》

「よし。やめやめ」

《ではどうします? 》

「目的どおりカリンを……いや、先にコウを回収する。熱線を放ってからまだ経っていない。狙い撃ちはされないはずだ。あの怪我を放置をできない」

《わかりました》


 ヨゾラを伴いコウを探しにいく。幸い目立つ色をしたコウは目視ですぐに発見できた。


「よし。見つけた。あいつを連れて僕らも……」


 確かに全身傷だらけだったはずのコウ。しかし、全身が一瞬燃え盛ったと思うと、傷を焼き尽くしていくかのように、元にもどっていく。やがて体を覆う炎がなくなると、傷一つない体が砂漠に現れた。何事もなかったかのようにコウがその場で立ち上がろうとする。


「(前よりさらに治りの速くなってる……でも)」


 オルレイトガ着目したのは、コウの右足。先ほど吹き飛ばされた時に、どうやら膝から下が別の場所に言ってしまったのか、多少立ち上がるのに難儀している。


「(なくした部分は戻らないのか。万能ではないってことだな)」


 満身創痍から復活し、再び空へと向かうコウ。迎え位にこうとしたレイダには目もくれないが、一瞬声がかかった。


《レイダさん! 占い師さん達を! 》

《は、はい》


一瞬の交差でのやり取りを終えると、そのままバスターベイラーの元へと向かう。それはまるで、援護を必要としないようなそぶりでもあった。


《行ってしまいました》

「1人で戦う気か」

《しかし、カリン様達も気になります》

「……よし。わかった。せめて安全を確保してから、コウに加勢するか」


 頭の中で整理を終え、カリン達の元へ向かうオルレイト。


「(そうは言ったものの、今この砂漠でどれだけ安全が確保でいたものかな)」


 自分で言った言葉と、目の前にある現実とか乖離していることを自覚しつつも、行動しなければさらに悪い結果が待っている。バスターベイラーが移動できないのが救いなだけであり、移動できるようになってしまえば、この砂漠で安全な場所など無くなってしまう。しかし、今はカリン達を退避させるべく行動する他なかった。



 カリンは、途方に暮れていた。帝都軍から窃盗(もしくは強奪)したアーリィベイラーの痛みは激しく、動くたびに軋み始めている。もう長く戦うことはできそうにない。そして今、アーリィも手の中にいる占い師に対しても、どう対処すればいいのかわからないでいた。


 アーリィの手の中でには、占い師アマツに抱き抱えられた共に戦ったアンリーが横たわっている。

アンリーは、アマツを庇い、その半身に大火傷をおった。すでにその目は開いていない。そのアンリーを抱え、先ほどから声を押し殺して泣いているアマツ。


 アンリーは、アマツにとって、長い時間を共に過ごした仲であり、カリンにはその2人の間に割って入れるような交友はない。ましてやカリンの知らないこととはえ、アンリーはアマツに恋をし、そしてその思いを告げている。アマツはその思いに応えることができていない。


 そのことが後悔となり、今まで感じたことのない悲しみも相まって、涙が止まらないでいる。


 そんな相手に、なんと声をかければいいのか。


「(時間があれば、悲しみは癒えるかもしれない。でも今ここで、蹲ってしまっては)」


 励ましの言葉を掛けたいのは山々でだが、問題なのは、未だバスターベイラーの脅威が去ったわけではなく、あの熱線に狙われれば、今度こそ命を終えることになる。このまま手に乗せて運ぶことも考えてが、アーリィの損傷は著しく、もう一度アマツ達を手に乗せたまま飛ぶのが難しくなっている。ゆえに、降りて歩くか、もしくはグレート・レターを待たねばならない。


「(どうすれば)」


 それには、アマツが動く必要があるが、まったくその気配がない。強引にいく他ない。


「仕方ないか」


 カリンがコクピットから出る。アマツの元に駆け寄った時、アンリーの状態を間近で見ることができた。それはベイラーの視点を通してで見たものより、ずっと酷いことになっているのが窺える。鼻に着く肉の焦げた匂いが漂い、胃の中味が暴れだす。いつだか自分も嫌と言うほど味わった感覚を思い出し、今にも口から出てこようとする内容物を飲み込み、アマツに声をかけた。


「アマツ。ここから移動しますよ」

「ーーー」


 静かに、しかしずっと泣き続けている。声が枯れてしまったのか、アンリーの手を握りしめたまま、涙が溢れ出ている。今まで人をからかうところしか見てこなかったカリンは、不謹慎だと思いながら、その人間らしい感情の発露に、ある種の美しさを見出していた。だが見惚れる暇もなく、その腕を掴み、強引にでも歩かせようとする。


「アマツ! あなたまでアンリーと同じになる気ですか! 」

「それで良い!! 」


 腕を掴み、立ち上がらせようとした時、初めてアマツが答えた。そのまま歯止めが取れたように、言葉が流れ出てくる。


「もうてまえの占いは当たらん!! 生きていても無駄じゃ! 」

「なッ!?」

「アンリーは、姫さまを庇うはずだった! それが戦いを決着させるきっかけにもなった! それがどうだ! てまえを助けたばっかりにこんな、こんな……あああ!! 」

「アマツ……」


 ガラガラな声のまま、思いの丈が溢れていく。


「この馬鹿者、最期にてまえが好きだといいおった……そんなこと知っておった。知っておったのに、てまえはは何もしなかった! できるものか! この身はすでに幾人の占い師の記憶が引き継がれておる。アンリーに向ける好意は錯覚でないと、誰が言える!? 言えるわけがない! なのに」

「(アマツは、占い師の使命のために、アンリーの恋には、応えられなかった)」

「どうしてだ。どうしてこんなに、胸が苦しい……あれだけ鬱陶しいと感じていた声が聞こえないなんて、そんな。そんな……」


 涙が止まらない。アマツから流れる涙がアンリーの体に雨のように降り注いでいる。その顔が動くことはない。


「アンリーがいない明日を、なぜ占いせんといかんのだ……嫌だ……嫌だ…これから占うたびに、こやつの顔が浮かぶんだぞ……拷問だってもっと容赦がある……」


 そのままアマツがうずくまる。もう泣き疲れて体が衰弱し始めていた。


「(これ以上はもう……こうなれば強引にでも)」


 カリンが腕を引こうとしたと時、アンリーの体を見た。筋肉のしっかりついた身体。日焼けと元来の色黒の肌。しかしその大半は無残な火傷となっている。その目が閉じられ、動くことはない。


 だが


「……アマツ」

「なんだ。お前さま」

「諦めてはいけません」

「何を、諦めないのだ。もういい。せめてアンリーと一緒に」

「アンリーが諦めていないのに、あなたが諦めてはいけないわ」

「……何を、言っておる? 」

「まだ、彼女は諦めていない! その命はまだ残っている! 」


 そして、アンリーの、まだ無事な方の腕を掲げた。反対の腕は拳まで炎に覆われ焼けただれていたが、反対、右手側は、まだ無事だった。アマツはずっと抱き抱えていて気がつかなかったが、右手には拳がある。


 そう。アンリーの意思によって()()()()()がある。


 カリンがアンリーの口元に耳を済ませる。そして確信を得た。


「アマツ。彼女はまだ息がある。ひどく、ひどく小さいけれど、でも確かに息があるのよ」

「こ、こんな、こんな状況で、まだ、生きておるのか??? 」

「彼女の意思よ。一緒に居たいのは、あなただけではないと言うこと」

「し、しかしこの体では……あとどれだけもつか」

「助けるわ」

「……何? 」


 アマツの顔が、初めて上がった。そこには、決意の元に口を固く結んだカリンの姿がある。


「避難先には、まだお医者さまもいる。急いで向かえば間に合うかもしれない」

「……しかし、バスターベイラーが」

「ええ。だから倒すわ。私と、皆が、必ず。だから、待っていて。もうすぐ、グレートレターがくる。その間でも、ここよりもっと遠くに。アンリーを連れて逃げて」

「嘘をつくでない。状況が読めないてまえではない。よしんば勝利しても、アンリーは、もう」

「アマツ。信じて」


 根拠もない。理屈もない。ただ、その目は真っ直ぐアマツを見ている。その瞳には、嘘をつくつもりがない。本気で、カリンはあのバスターベイラーを倒し、医者に見せる気でいる。


 アマツはその時、カリンの背後に、別のベイラーを幻視する。占いの中で見た白いベイラー。コウと同じ色でありながら全体像がぼやけてよく見えなかったあのベイラーが、背後に立っている。


「(……まさか、世界を滅ぼすベイラーになるかどうかは、ここなのか)」


 ここがあの占いに繋がる分岐点であると長年の記憶と記録、そして経験が直感する。ここでのアンリーの行いが、のちに大きな結果を招くと。その結果がどうなるかはわからない。しかし方向性は確定する。あの炎の中でたたずむベイラーなのか。それとも、もっとより良い未来なのか、それとも、世界が滅びるより残酷な結果になるのか。


「(どれだけ、人のために泣こうとも、この性からは逃れられんようだ。ならば)」


 せめて、もっと別のタイミングで会ってくれたならと一瞬願う。しかし、彼女はやはり占い師であった。占い師とは、人々が迷わぬように導くのが務め。


「……姫さま1人では、信じられん」

「アマツ! 」

「あなたは、あの白いベイラーの乗り手だ。そんな青いベイラーじゃない」

「それは、どう言う」

「2人ならば、信じる……どうか」


 言葉に詰まる。もしここで、この次の言葉を言えば最後、占いの結果がどうであれ未来が決まる。そんな予感が、いや実際、確定するのを理解している。その上で。言葉を続けた。


「アンリーを、アンリーを助けてくれ」


 疑いの目を向け、試すようなことをし、その上で、助けを請う。それがどれだけ身勝手なこともわかっている。だが、今アンリーは占い師としての使命と、そして個人の願いが同一となっている。


 それは、自分の知る中でも最もお人好しな目の前の人物が選んだあのベイラーが、世界を滅ぼせるはずがないと。世界を滅ぼすより先に、助けを求める者に手を差し伸べることができるベイラーであると、ホウ族の里での生活で知っている。その一面に、アマツは賭けた。


「お任せあれ」


 そしてカリンは、本来相棒が放つ言葉をいい、アーリィベイラーを伴って飛んでいく。


「アンリー、まだ生きているのならばきけ。てまえは、初めて占いに頼らず物事を決めたぞ」


 答えはない。まだ息があると言え、激しい火傷がなかったことにはならない。


「……だから、戻ってくるのだ。アンリー」


 アンリーを抱え、戦場を後にする。選択は果たしてあっていたのか。それはわからない。ただ、あの2人ならば、あるいはと期待している。


「(ミーロの街で橋をかけた、あやつらならば……もし、アンリーが息絶えるとしても、あのカリンという乗り手は、助けてと言う言葉を、責任持って応えることができる人物であると……ベイラーも、きっと)」


 アマツが、握られた拳を包むように手で覆う。戦いは早朝から始まり、そしてバスターベイラーが現れて、すでに日は真上を通り過ぎ初めていた。

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