悪意のベイラー
ロボットをどう扱うかは人それぞれです。
ベイラー・コウが、カリンに蹴飛ばされて1週間。ますます冬も深まり、吹雪く日もあった。
しかし、寒い日でも、悪いしらせばかりが届くのではない。サーラの国から、追加の支援が来るとのことで、第二の輸送団が来ることになったのだ。この国にとってはありがたいのだが、それによって目下、解決しなければならない問題がでてきた。
連日の雪により、みちという道はふさがる一方だ。故に、いま再びの雪かきである。今度はさらに大人数で、サーラの道までを開き、輸送団を迎え入れなばならない。火を使って道までの灯りを灯すことも必要になってくるだろう。カリンはそこで、大役を担うことになった。
「現場監督……? 」
「その補佐を、していただきます」
「それは……願ったりですが……なぜ私に? 」
「レイダがいない今、戦いが得意なベイラーを現場にひとりおきたいと考えております」
「……まさか、コウを戦わせるのですか? この時期、凶暴な獣たちはみな篭るか、寒さを嫌がって、暖かい、別の場所に行っているはずですが……」
「火事場泥棒の話は、ご存知でしょうか? 」
「……ええ。知っています。ベイラーを、攫うとか」
「はい。しかし、噂程度のものでした。しかし、その実態をようやくつかめてきたのです」
「なにかわかったのですか」
「はい。パーム盗賊団という賊が、この地に入り込んだようなのです」
「……盗賊団。なぜそんな人たちが? 」
「彼等は国を問わず盗みを働くもので、どうやら、追われ嵐のことをききつけ、混乱に乗じてもぐりこんだようなのです」
「確かですか? 」
「国外まで広げて調べた結果ですので、信憑性はあります」
「……コウを、盗賊団にぶつけると? 」
「はい。あのレイダに打ち勝った力、ぜひお借りしたい」
「……わかりました。オージェン。不届き者を、許すわけにはいきません」
「御力添え、感謝いたします」
暖炉に火をいれた応接間。椅子の上に、柔らかな布を敷いてある。この国でも格式高い様式をもった家具が置かれている。その中でお茶をたしなむ男女。ひとりは、カリン・ワイウインズ。この国の王、その次女にあたる人だ。
そしてもうひとり……オージェンと呼ばれた男が、その巨躯で湯呑を煽る。彼は、この国でも諜報専門の組織、それを束ねる役目をもつ男だ。そして、コウがいつぞや「熊男」と名付けた男でもある。
「……しかし、現場監督といっても、何をしたらよいか」
「ご安心ください。姫さまはあくまで補佐。仕事は兵に任せて頂ければ」
「そんな! 私はハリボテかなにかというのですか! 」
「そうは言っておりません。しかし、名目がなければ、わざわざ姫さまを城の外にだす理由がありません」
「……そう言うものなの? 」
「そう言うものなのです。……それに、ここからは、内密にしていただきたいのですが」
「はい。どうぞ」
「おそらく、盗賊団は名のある乗り手、名のあるベイラーを好んで襲っているようです。そんな輩たちが、この国の姫が、街道にでてくるとしれれば、動かないはずはありません」
「……私は、盗賊団をおびき寄せる餌、ということね? 」
「姫さまは幼い頃から聡明でいらっしゃる」
「全く。囮をやれだなんて。そんなことをよくも億面もなく、本人に言えるものです」
「しかし、運良く盗賊団からこちらにきてくれば、こちらのものです」
「そうね。私もそう思うわ。……でも、何人もベイラーを従えて作業している中に、果たして飛び込んでくるものでしょうか? 盗賊団というからには、盗みはお手の物なのでしょう? わざわざ危険を犯すものかしら」
「それが……ここからは、私どもも確認を急いでいるのですが……いかんせん情報が少なく」
「言ってご覧なさい」
「では……これは、ベイラーをさらう現場にいた者の証言なのですが……なんでも、別に『隠れておそってこなかった』と」
「……堂々と盗みにはいった? ベイラーを? 」
「はい。無論、そのベイラーも抵抗しました。しかし意味をなさなかった」
「そんな。さらわれたベイラーは、そんなに体を動かすのがにがてだったのですか?それとも、大人数でよってたかって暴力を……」
「いえ、それが、相手はベイラーひとりだというのです」
「……ベイラーひとりで、白昼堂々襲い、それを成し遂げたと? 」
「はい」
「……それは、確かに……信じがたいわ」
「情報の精査を高めたいのですが……先も申しましたように。目撃情報すら少なく」
「じゃぁ、いま言った目撃者以外にはいないと? 」
「はい。彼は雪かきを頼んだ家主で、休憩中で家で寝ていたそうなのです」
「ほかに、その人は何を? 」
「『そのベイラーは四ツ目のおおきな体だった』と」
「四ツ目のベイラー。それに、おおきな? 」
「はい。ふつうのベイラーより、頭1つおおきかったとか。横幅もさらに大きいそうです」
「そんなベイラーもいるのね」
「はい、私も見たことがありません。よっつの目をもつベイラーなど」
「……そのベイラー乗り手は、居るとおもう? 」
「はい。そうでなければ、ベイラーを担ぎだして運ぶなどできようはずもありません」
「……そうじゃなくて」
「はい? 」
「なんで、その四ツ目のベイラーは、そんな盗みに手を貸してしまっているのか気にならない? 」
「気にはなります。しかし、なぜそれが、乗り手の居る居ないに? 」
「乗り手がベイラーを騙しているとしか思えない。ベイラーだって、善悪の判断は分かるもの」
「……なるほど」
「それに。ベイラーをさらって、何をしているのかも気になるわ」
「順当にいけば……売る。のでしょうな」
「なんですって? 売る? なぜ? 」
「ベイラーの体は謎が多いです。おなじ木のはずなのに、その体から出す道具は、如何様にも固く、鋭くなり、また柔らかく、しなやかにも変えられます。……ともすれば、それを利用しようとする輩も、この世にはいてしまうのです」
「なんて……卑劣な。許せるものじゃないわ!! 」
「許せるものではないのは確かです。しかし、それはそれとして、我々は盗賊団を捕まえねばなりません。この国のベイラーが、他国に売り渡されるなど、あってはなりません。国益に関わります」
「国益……ね」
「はい。この国はベイラーなしでは、生活できるようになっていません。基盤といえる存在です。これ以上さらわれて、また『追われ嵐』のようなことが起こったとき、対応できなくなります」
「貴方のその割り切った考え方、私嫌いよ」
「申し訳ありません。しかし、大事なことなのです」
「わかっているから、嫌いなの」
「……明後日、ここを出て、街道にて作業に従事します。私も同行するので、ご安心ください」
「安心はしてるけれど。……せめて、作業の工程くらいは教えてね? 」
「そうします。何をやるかわかって作業をするか、何も知らずに作業をするかでは明確に差がでますので」
「そう……ところで」
「はい? 」
カリンが頬杖をついた。じっと、オージェンの手元を見ている。その湯呑の傍には、いくつもの果物が置いてある。それも生ではなく。どれも虫が出す蜜……いわゆるハチミツで漬けてある、とびきり甘くしてあるものだ。それを、会話の合間に、この男はずっと食べ続けている。手のひらサイズの果実がまるまる3つ分くらいは、彼の胃の中にきえたのではないだろうか。
「貴方、甘いものが好きなのは変わりないのね」
「はい。頭脳労働したあとなどは、つい」
「茶請けをまぁ遠慮なく、ぱくぱくぱくぱく食べちゃってまぁ……」
「姫さまの前で遠慮などしていたら、それこそ失礼ですので」
「……サーラから来たお姉様から、甘い物でなにか美味しいものがないか聞いておくわ」
「助かります。甘味は重要なので」
「私も甘い物は好きだけれど、あなたほどじゃないわ。大男のクセに」
「お褒めいただき、恐縮です」
「褒めてない。貶しているの」
「存じております」
「ほんと! 嫌い!! 」
……カリンは、幼少のころから、この男をとてもよく知っているが、寡黙で、物事を割り切り、切り捨て、甘い物が大好きで、そして、こちらのことを見透かす言動が、とても苦手で、嫌いだった。
◆
「《……あの熊男さんが、カリンの思考に影響を与えてるひとだとは思わなかった》」
「オージェンに影響!? まさか! 」
「《だって、物事を合理的に判断する方法を教えてくれたの、たぶんだけど、そのオージェンってひとでしょ? 》」
「……なんですって? 」
「《たまにカリンが出す選択肢。その出し方が利益を出す方法で、こっちがどれだけ損がないかが、考えられてる。そのオージェンって人も、そうなんだろうなぁって》」
「嘘……私、オージェンとおんなじ考え方をしていたというの……ショックよそれ……」
「《そんなに嫌なの? 》」
「嫌も嫌! 何考えてるかわからない顔してるし! 蔑ろにはしないけど基本的に誰の味方とかないし! 自分の味方だし! オージェンが誰かを助けてるとこなんて見たことない! 」
……あのカリンが、人をここまで悪く言っているのを始めて聞いた。
基本的に悪口など言わない人なのに。
「今回だって! 私に囮をやれっていうのよ! まぁやぶさかではないとはいえ! もう少し別の作戦なりなんなり考えられかったのか!! 」
「《で、でもほら。こうしてたくさんの人に囲まれてれば、盗賊団なんて目じゃないよ》」
サーラにつづく街道に向かう一行。カリンは僕を操縦して歩いていく。乗り手とベイラー各20人。大人10人。ベイラーが引いている台車にはいっぱいの食料と道具。かなり大掛かりだ。なんでも、小屋も一緒に建ててしまって、そこで泊まり込みで作業するのだという。
だから、というわけではないが、カリンはドレス姿ではない。豪華さこそないが、動きやすそうなパンツスタイルだ。髪も1つに束ねている。コクピットが暖かいから、まだつけていないが、足元にはマフラーに、ローブ。手袋もある。……コートというのは、この国にはないのかもしれない。それでも全てつければ、もこもこ加減はものすごいことになりそうだ。
「……しばらくは湯浴みは無理そうね」
「《で、でもほら。水の心配はないよ! こんなに雪があるんだから! 》」
「食べ物もね。……作業そのものはすぐにおわりそうだけど」
「《盗賊団を捕まえれば、それもすぐだろ? 》」
「そう……そう! 盗賊団! さっさととっちめてやるわ」
「《どんな人たちかは、わかってるんですか? 》」
「ええと、まってね」
ぴょこぴょこと、ひとつ結び……いわゆるポニーテールが揺れる。うなじがみえる。マフラーで隠れてしまうのが惜しいほどだ。そんなことを考えていると、なにやらカリンがゴソゴソしていると思えば、紙を取り出した。紙といっても、薄く削った木の皮をつかっている、僕の知る『紙』とはまた違うものだ。ただ削ったのではなく、どうゆうわけか糊で固めてあるので、耐久力もある代物だ。
「パーム盗賊団……金品財宝より、人を攫って売ることをしてるみたい」
「《人をさらう……》」
「だからというわけじゃないけど、ベイラーを売るのも、まぁ……順当にきたのでしょうね。
あーもう!! 本当に! 」
「《カリン? 》」
「全くなんてことを!! 信じられない!! 」
中から、憤慨している声が聞こえる。周りのベイラーまではその声がとどいていないようで、静かにしてくれている、
「読んでたら腹がたってきたわ。お金はまだいいとしてね! いいえ良くはない! 良くはないわよ。でもね! 人さらい! それにベイラーまで!! 」
「《……もう、何人もさらわれてるんですか? 》」
「把握できただけでもう6人ベイラーが攫われてた!! 」
「《6人》」
火事場泥棒……この嵐で疲弊しているこの国なら、たしかに起こるだろう。事実、それを狙って盗賊団はやって来た。しかし、人さらい。まだわかる。それがベイラー、それも、6人。ひと月に1回のペースだ。
「《……それって、すっごく計画的じゃないのでしょうか》」
「だから腹がたってるのよ! みんないつものように過ごすために必死なのに! それを! 」
「《姫さま》」
「つかれてみんな警戒心がいやでも下がってしまうというのに! それを狙うなんて!! 」
「《その、姫さまの怒りはわかるので、すけど、ちょっと、あの》」
「見つけたらこの手で着の身着のままで森につきだしてやるんだから! 」
「《あの、お声が、おおきいのですカリン……その話題って周りに聞かれたらまずいのでは》」
「……本当に、信じられない」
「《カリン? 》」
「今はみんな、助け合わなきゃいけない時でしょう? なのに今なんでそんなこと出来るのか、わからないわ。……サーラの国から、きたベイラー達、いるでしょう? 」
「《はい。よく頑張ってくれてますよね》」
「従者のひとりが言ってたのよ……サーラから来たやつが犯人じゃないのかって」
「《そ、それの考えはあまりにも軽率じゃない? 》」
「私もそう言ったわ。お姉様に失礼だし、せっかくの好意になってことをって。でも……」
「《……なにかあったのですか? 》」
「あの『追われ嵐』で、盗賊団はもぐりこんだようなの……でも、それでもこの数ヶ月で足取り1つ見つからないのはおかしいと思わない? 」
「《それは……よほど巧妙なのか。あるいは……別の要因か》」
「サーラからきた一団の中に、盗賊団の仲間がいて、それが手びきしてる。とか」
「《ど、どうしたんですかカリン? そんな考え方するなんて》」
「わかってるの。そんな考えおかしいって。サーラは好意で援助してくれてるのに、それに悪意があるなんて思いたくない……でも考えちゃうわよ。でも人さらいなんか、起きちゃったら」
声が、悲しそうで、静かなものに変わった。自分が被害にあったわけではないというのに、人の悪意に当てられて、どんどん、人の行動が、誰かを貶めるような行為ではないかと疑ってしまっている。……この人、悪意にここまで弱かったのか。
「全然わからない。なんでそんなことするのか。……わかりたくもないけど」
「《……》」
悪意。……人を貶めるためなら、影で悪口でもなんでも言う。あの空間を思い出した。感情のまま、感じるまま、ただ「ムカツク」だったか「気持ち悪い」だったかで行われていた虐殺。最初はコミュニケーションの断絶。無視。そのうち、遠巻きからわかるくらいに、実力行使になっていく。僕は、その遠巻きに眺める背景の一つでしかなかった。
……なんで、こんな時に思い出したんだろう。こんな時だからか。誰かが悪意に当てられている時、取れる行動の一つに、「なにもしない」がある。そうすれば、自分が悪意の標的にならず、かつ、自分は安全圏内で過ごすことができる。いつもの日常が歩める。……前はそうしていた。いや、それしかしていなかった。
「《……》」
今は、どうだ?
「《……捕まえましょう。その火事場泥棒。いや、人さらい。ベイラーさらいを》」
「……コウ? 」
今は、違う。違って、いたい
「《でも、なぜさらうのか、その考えだけでも聴きましょう。見当違いだったらいけない》」
そうだ。感情のまま、暴力を、実力を行使しては、いけない。
「《だって僕らは……冷静でなくちゃなりません。そうしないと、その人さらいと同じになる》」
僕らが、そっち側に行っては、意味がないのだ。
「……ええ。ええ。そうしましょう。必ず」
「《はい、必ず》」
街道が近くなってきた。それにつれ、積雪がどれだけあるかもわかってくる。……まずは、雪かきに専念しよう。話は、それからだ。
◆
「……6つ。無期限って言われてんだからもうちょっと手を抜いてもいいかもしれねぇなぁ」
男が、洞窟の中でつぶやいていた。布で全身を隠しているが、その布には血がついている。
手には、大振りの鉈が握られている。その鉈もまた、布と同じように血に濡れている。
その男をふくめ、12人。持っている武器は様々だが、どれもこれもやはり血に濡れている。
そしてその洞窟のその中に、山のように積まれた食料と、服、そしてこの国の硬貨、さらに……
安置されているベイラーが6人。頭に布を巻かれ、さらには手足には鎖ががんじがらめに巻かれていて、身動きができないようになっている。
「しっかしこんなボケた国で、ほんとに大丈夫なのか? だれも、このパーム様を捕まえられない。それどころか、見つけることすらできねぇとは。こんなんだったらもっと早くくればよかったぜ」
パーム、そう名乗った男は、ケラケラと笑う。
「パーム様! 俺らが、コイツを乗り回すわけには、いかないんですかねぇ? 」
仲間であるのか、同じ格好の男が、パームに訪ねた。
「んー? まー、そうだなぁ。それもいいんだろうがな。ほら」
鉈を、おもむろ、一人のベイラーに当てる。コツコツ、と、最初は小さい音が、一転。ガキン!と、大きな音が、洞窟中に響く。
「こいつら、乗せねぇんだ。まぁこのままでも十分みたいだしよぉ 」
鉈を肩にのせて、ケラケラと笑う。なにがそんなに可笑しいのか、このパームは自分でもわかっていない。ただ、なんとなく笑ってしまうのだ。この男は、そう言う男だった。
「木になろうとしても無駄だ。この洞窟じゃぁ、日の光は届かねぇ。お前ら、いろいろものすげぇことできるけど、所詮は植物なんだよ。普段はそうでもねえんだろ? でもこのパーム様はよぉおく知ってるぜ? お前たちベイラーは、木になるためには日の光がなきゃならないってこともなぁ」
ケラケラケラケラ
「これをお国に引き渡せばパーム様は一躍小悪党から大大、大悪党へと変身だ! お前ら! もう食いっぱぐれることぁねー! だれもにも舐められず! 蔑まれ! うとまれることあぁねぇ! 」
ガン!
鉈を、自分の後ろにいるベイラーに肩に投げつけた。放物線を描き、その鉈は、肩に描かれた丸印の中心に命中する。……そのベイラーの肩には、すでにおびただしい数の傷で埋め尽くされている。
ほかのベイラーと同じく、顔に布を巻かれているが、その顔の、4つの丸い目だけを覗かせている。
ここの洞窟にるどのベイラーよりも大きい、黄色い体をしたベイラーだった。
「しかし。だ。こっちも代償を払うハメになった。3人も獣に食われちまうたァなさけねぇ! おまけに練習用に捕まえてたあの活きのギルギルスには逃げられるし……いいストレス発散になったんだがなぁあれ」
「パーム様! あいつ大食らいだったから、居なくなったんなら、もういいんじゃないんすか? 」
「だぁから言ったろ!? このパーム様のいいストレス発散生物だったんだよ奴はよぉ! 」
ギャーギャーギャーギャ騒がしくこの横穴に響く。
「しゃぁねぇ。前金だってもう多くねんだぇ! おまえらぁ! 納品まであと4つ! 気張っていこうぜ!! 」
パーム・アドモントが、洞窟で吠えたと同時に、その仲間たちも叫んだ。
人間の品性は、この空間にはあまりにも欠如していた。




