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老人と稲妻

 曇り空にも似た薄暗い青色。鮮やかすぎて目に痛い翡翠色をしたコクピット。それぞれ人の手によって生まれアーリィの特徴である。そしてそのアーリィをさらに強化したともいえるザンアーリィは、サイクルジェットの数、翼の大きさ、そして肌の色が変わっている。生理的嫌悪感すら煽る毒々しい紫色は、アーリィよりもさらに操縦技術が必要であるが、その力はアーリィの比ではない。


 しかし、その程度の物。一対複数での戦い、つまるところ戦争に勝利できる英雄的な力など持っていない。だが今、コウたちの前に立ちふさがるのはさらなる変化を遂げたバスターベイラー。その力だけみれば英雄といっても過言ではない。巨大な体躯に、その体に見合う剛力。さらには傷つき壊れても黒い蔦が巻き付き補強する。その働きは戦場であれば多大な戦果をあげたに違いない。だがその姿は、毒々しい紫の肌以上に、人の恐怖を呼び起こす。黒い蔦に絡まりながらも、ひび割れたまま動かされる太い四肢、乗り手の血をめぐらしているのか、肌には本来あるはずのない浮き出てた血管。紫の肌はすでに半分を蔦に隠され、もはや本来の色が分からない。そして今や、傷つきすぎた体により、流れ出て足りなくなった血を求めるように生き物を彷徨い始めている。


「タリナイ……タリナイ……」


 乗り手の乾いた声が響く。血を求める亡者。そう呼ぶにふさわしい姿に変わり果てていた。だが、どれだけ姿が変わろうと、力そのものが弱くなったわけではない。


 コウたちの攻撃によって脚が砕かれたバスターベイラー。黒い蔦によって補強をされたが、血が足らずに十分な補強ができていないのか、満足に歩くことができていない。引きずるようにして避難所へと向かっている。あのベイラーを、女子供、老人を避難させた避難所に向かわせればどうなるかは火を見るより明らかだった。


「(誘導させるしかない)」


 カリンの考えは一つに帰結している。バスターベイラーをこの場から遠ざける。しかし手段が思いつかない。今までこのバスターベイラーのために何度頭を酷使したか分からない。だが毎回考え、実行しなければ今この場にカリン達はいない。


「(空を飛んでいるコウやレイダにやたらと反応する……空を飛んでいる相手を狙おうとするのかしら……そもそも足元じゃバスターベイラーから私たちが見えないか)」


 ひとまず、斬りかかれば反応は返ってくることはわかっている。しかし今バスターベイラーは半狂乱の状態といっていい。訳も分からず人がたくさんいそうな場所にただ突き進んでいる。そんな中で斬りかかってこちらにきちんと向かってきてくれるとは思えなかった。


「占い師。なにかなくって? 」


 ゆえに助言を乞うことを選ぶ。占い師は先ほど「視た」と言っていた。ならばこの場を切り抜けるのを見ている可能性が高い。カリンはずいぶん打算的だと自分を失笑するが、助言を受けるには最適と考えていた。共に戦っている仲間に聞かない理由もある。オルレイトはさきほどからレイダを動かしていない。コクピットの中にある書物からヒントを得ようとしているのは想像できた。その行動は素晴らしいが、いかんせん時間がかかることも知っている。ならば今、答えはでない。ヨゾラに乗っているマイヤにいたっては、時折聞こえる息継ぎでそれどころではない事を知っている。そもそもとしてまだベイラーの乗り手となってまだ日付がたっていない。ましてやヨゾラは他のベイラーと違う空を飛ぶベイラー。慣れないのは当たり前だった。


 その上でアマツに聞いたが、その声はずいぶんくぐもっていた。どこか悲しく、しかしあきらめの入った、たまにアマツから聞く声色だった。


「うーむ」

「何? しっているの? 」

「ああ。知っている。視ている」

「ならどうすればいいのか教えて! 」


 活路が見えたと思った瞬間、その希望を摘まれるような言葉を投げ込まれる。


「いや、てまえ達は何もできん。何もせんでもかってに活路ができる」


 一瞬、何を言っているのか分からなかった。状況の打破。そのためには自分たちになにかするはずだと考えていたその矢先に、何もできないといわれる。意味が分からず聞き返してしまう。


「何もできない? 何もしないというの!? 」

「しない。てまえたちはな」

「……ほかに、誰かが? 」


 この場にいない、他の誰か。その人物が活路を見出すという。


「一体だれが? 」

「いーやだ」

「はい? 教えたくないとおっしゃるの? 」

「教えたら姫様はてまえを殴るからの」

「どういう事? 」

「そうさなぁ……なぜ止めなかったのか、ほかの方法はなかったのか、とか。いろいろ言われそうでの」


 さきほどと同じあきらめの声。それは彼女の経験則から来るもであることをカリンはまだ知らない。


「さて。そろそろか」

「何がおきるの? 」

「ひとりの老人が気張るのよ」

「老人? 」

《……なんでこんなところに》


 隣でコウが棒立ちになった。目の前には迫りくるバスターベイラー。けっしてボサッとしている暇はない。それでも茫然としてしまうのは、避難所からひとり、鳥にまたがり駆け出していくのを見たから。人が移動するさいに使われる巨大なガチョウにもにたその鳥、チャルルは何度もみたことがあり、それに驚くことはない。だがその手には松明が握られ、まるで自分の存在を誇示しているように目立っている。


 その松明をみて、バスターベイラーが動き出した。ゆっくりと避難所の方向ではなく、松明をもった人間のもとへと歩き出していく。


「な、なんで急に方向を!? 」

「さぁわからん……いや、火、なのかもしれん」

「火? 」

「火が灯る場所に人間はいる。つまり、火のある場所に向かえば人間がいるのだと、あのベイラーは知っておるのだ。存外あのベイラーの乗り手が都で育ったのかもしれんな」


 避難所をみれば、たしかに昼間でまだ明りを灯していない。ともすれば人がいるかどうか遠目でみてあやしいだろう。しかし、たった今駆け出した相手ならば、その手に松明をもち、明りを灯す人間んであれば、確実に望んでいる血が手に入る。バスターベイラーの誘導方法を、こんな形で知ることになり、おもわずカリンは歯ぎしりした。


「誘導方法はわかったわ。でも一体だれが……」


 この時、目のいいカリンは砂ぼこりの中でも駆け出して行った人物が分かってしまった。そして、いままでアマツがなぜ言いよどんでいたのかを察し、それでもなお、感情のまま吠えた。


「アマツ!! 貴女は、貴女という人は!! 」

「あー、殴りかかるまでに、やることがあるはず。あとでいくらでも恨み言は聞きますとも」


 激昂するカリン。アマツはアマツで、その顔には「さっきいったじゃないですか」と書かれている。正直拳が飛んでくるところまで予想していた。


「オルレイト! ついてきなさい! 」


 カリンはその鉄拳を披露することなく、オルレイトに指示を飛ばし、自分もまた空へと舞い上がる。オルレイトは困惑しつつもついていきながら、その訳を聞く。


「急にどうしたんです? 」

「あれには()()()()()()()()()()()()!! 」


 ◇


「いけ! いけ! 最後は逃げても構わんから、今はいけ!  」


 さっそうとチャルルを走らせるボッファ。松明を片手に急ぐ。


「ああ、しっかり付いてきてるな。お利口だな」

 

 振り向けば、目をつぶりたくなるような巨大なベイラーが、こちらを追いかけてきている。大きさゆえに動きは遅くみえるが、一歩が大きいためにまるで油断できない。


「空を飛んでこないのにはなにかあるのか。まぁちょうどいい」


 空を飛ばれてすぐに追いつかれる可能性もあったが、それが杞憂におわり、ひとまずは走らせ続けることを選ぶ。避難所からどんどん遠くなる。


「ハァ……ハァ……歳か。すこし走らせただけで息があがる」


 騎手の息が荒くなっているのを感じたのか、チャルルが走りながら首だけを器用まわして確認してくる。頭を撫でてやりながら、語気をつよくして指示を出す。


「大丈夫だ……だから、いくのだ。いけ! 」


 騎手に応えるようにして一層速くなるチャルル。砂に足を取れれずに一定の速度を保つことができるこの動物に幾度となく砂漠の民は助けられている。ベイラーが動くにはいささか環境がよくないこの地で、チャルルはベイラーよりも優遇されている。


「もうすぐだ……もうすぐ」


 ずっとどこかを目指していたのか、まっすぐ走らせている。松明を掲げる腕がしびれながらも、しっかりとバスターベイラーをおびき寄せている。そうして避難所がずいぶん遠くなったころ。目的地へと到達する。


「そうだ。ここだ! まだあったか!! 」


 チャルルから飛び降り、その場があることを確認する。砂漠の中であって、円形にくぼむその地。ここがどんな場所なのか。ボッファはよくしっていた。


「ここであれば、あるいは」


 やがて、チャルルをその場から離れさせる。騎手の行動に一抹の疑問がったのか、すこし離れるのをためらうが、すぐ後ろに巨大な影が降りたとき、チャルルは本能に従いその場から一瞬で駆け出していった。


「よし、いいぞ。そのまま逃げればいい」


 チャルルを見送るボッファ。役目をしっかりと果たした相棒に対するまなざしだった。


「さて。そうだ。こっちにこい」


 目の前には50m以上ある巨体のベイラー。街で見かけたときよりもおどおどろしい何かに変わっている。その恐ろしいベイラーが、避難所にむけてきているのはわかっていた。


 避難所にいるのは女子供、そして傷ついた戦士たちだけ。もう動けるものなどいない。


「ならば、動けるものが動かなければな」


松明をしっかりともちあげ、誘導を重ねる。バスターベイラーは明りに引き寄せられるようにしてボッファの元へと近づいてくる。


 そして、バスターベイラーはその巨大な手でボッファの体を握りつぶそうとしてくる。


「このおいぼれの命などくれてやろう」


 恐怖が体を支配する。だがそれ以上に、この化け物をどうにかしなければならない使命感が体を無理やりに動かしている。


「だが代わりに、貴様の体をいただいていくぞ」


 ゆっくりとバスターベイラーが近寄っていく。そしてその手でボッファを握ろうとしたとき。


 突如としてズン、と体が砂の中に沈んでいく。足先から、少しづつ、しかし確実にバスターベイラーの体が砂の中へと沈んでいった。バスターベイラーは突如として起こった変化に対応できず、たたひたすらにもがく。ジタバタと動けば動くたび、さらに体が沈んでいく。


「小さいころなぁ。まだおやじどのが生きていた時にきかされていたよ。ここには近寄るな。人など簡単に飲み込んでしまう化け物がいるからな……と」


 しみじみと思いだしながらも、その言葉が決して嘘ではないことを父親の目が物語っていた。月日が流れ、その化け物の正体がわかるようになったのは、ボッファが街の代表めいたことをし始めたころだった。ホウ族との交流と同時に、他の街からきたものが突如として消える噂を耳にし、自分の脚でその場所にたどり着いたとき、ようやくその化け物が何なのかを理解した。その場所は父親と同じく、ミーロの人々に口伝で伝わるようになる。


 巨大な流砂がその場所にはある。だからけっして近寄ってはいけないと。


「ここまで大きな流砂ならば、お前でも飲み込めるだろう」


 ボッファは、このためにチャルルを走らせ、ここまで来た。ミルワームの作り出すものとも違う天然の流砂。直径は100mはある。一度飲み込まれれば這い出ることなど不可能だった。バスターベイラーをボッファが見たとき、人の手で終わらせることができないと感じ、そして思いついた。この流砂であれば、いかな巨大なベイラーであろうと飲み込むことができる。ただ問題もある。あの巨大なベイラーでは流砂の端でのみはじめても抜け出されしまう。中心部までおびき出さなければない。誰かが流砂に飲み込まれるのを覚悟の上で、囮にならなければいけなかった。


「うまくいったか」


 そしてボッファは、自分がそれにはふさわしいと、誰にも告げることなく飛び出した。すでに自分の体も、ひざ下は砂に飲み込まれ始めている。


「だが、これでお前はもうこの砂漠からは出られない」


 砂に飲み込まれた生命はその血肉を削がれ、骨となって朽ち、おなじ砂となってこの地に眠る。それはミーロの街に住む人々だけでなく、砂漠で生きる者たちの死生観にも根付いている。死んだ者はその体を砂に還すのだと。


 いままでどんなベイラーでさえ恐怖に包まれながら見上げていたその姿を、この老人、否。男は笑って見上げている。


「俺と共に砂になれ!! 」


 これから自分の死ぬというのに、その男はとても晴れやかな顔だった。すでに腰より上まで体が飲み込まれている。恐怖がないわけではない。砂の中に埋もれた脚がいまだに震えている。だがそれ以上に、男はその瞬間、満ち足りていた。


 同じようにバスターベイラーも沈んでいく。男と違い、もがきあがいている分、さらに早く深く砂へと埋まっていく。だが、ここで大きさの差が出てきた。バスターベイラーよりもちいさなボッファの体は。すでに胸板のあたりまで体が埋まりはじめる。両腕が自由でいられるのも時間の問題だった。


「これでいい。これで」


 満足したまま、ボッファはその両腕を砂へと鎮めようとする。もう彼には生きる意志はない。後人に道をゆずることしか考えていない。その時がきたのだと納得し行動していた。


 ボッファに身内はいない。彼の妻はもうずいぶん前に病で亡くなっている。子供もいなかったが、仲睦まじい夫婦だった。独り身となってなお、彼がいままで生きていたのは、決して惰性ではない。この街で生きて、この街の景色をたくさんの人々に見てほしいと願い、そして行動していた。だからこそ、命がけでこの場の来た。次の朝日を見ることはないとおもいながら、それでもボッファはその命をつかうことを選ぶ。あのベイラーがこれ以上街を破壊しないように。これ以上、この砂漠で立たないように。


 自分が育った街を、愛した街を救えるのならばそれでよいと。納得していた。


 だが、だがしかし、その決断に否を突き付けるべく動くものも、またいた。

 

 ボッファは、最初、死に際に自分が幻をみているのだとおもった。砂漠でそんなものが見えるなど、蜃気楼か何かだろうと断じる。いままでの経験から、砂漠で水を求めるものは決まって同じような幻をみることがある。あるときはあるはずのない湖。ある時は降り注ぐ雨。しかし今みえているのはどれとも当てはまらない別のものだった。


 遥か彼方から、黒い雲が見えている。雨雲にも見えるその雲から、青い稲妻がすさまじい勢いでこの流砂に迫っていた。その稲妻は、バスターベイラーなど目もくれず、まっすぐにボッファにむかっている。


 この砂漠で、雨雲、それも稲妻を伴うものが起きるなど、ボッファの生涯でも何度もあるものではない。そして、一番奇妙なのは、その稲妻から、ちいさな手が伸びていることだった。ちいさくたよりないその腕は、しかし確実にボッファにむけられている。やがて、その稲妻がいよいよ目の前に来た時。


 声が聞こえた。


「手を!!! 」


 少年の声だった。ボッファはその声の意思の強さに、ただただ翻弄され、自由であったがゆえに両腕を差し出した。そして砂の中から一気に引き上げられる。


 稲妻の速度はあっという間に巨大な流砂を横切り、なんの変哲もない砂漠へと着地した。そしてようやく、ボッファは誰に助けられたのかを知る。


 体中を包帯でまかれながらも、ボッファがここにきていることを知って、全力でミーンを走らせたナットが、そこいた。ミーンの暴風形態。体中のサイクルが極限まで高速回転するために起きる黒い煙が雨雲のようになり、そして青空のような肌の色が残像で稲妻にみえいた。


 ゆるんだ包帯からは、内出血して紫に腫れた肌がみえる。最高速度を準備時間なしで、ノータイムで達成するその加速はまだ体のできあがっていないナットには骨の数本が折れてしまうほどの衝撃になる。それゆえに、バスターベイラーの戦いから離れ、避難所で体を休めていた。しかし、ボッファがいなくなったことをきき、包帯を脱ぎ捨ててここまできた。


「なぜ、なぜきたのだ! 」


 ボッファは最初、その行いをたしなめようとしたが、ナットが畳みかけることでその気がそがれていく。目からは涙があふれ、鼻水は垂れてひどくぐちゃぐちゃな顔をしていた。そしてナットは大きく息を吸い込んで、言いたいことを言おうとして、骨折の痛みからせき込み始める。


 いったいどんな理屈が飛んでくるのかと身構えていたボッファも、そのしぐさに毒気がぬかれてしまう。すさまじい勢いで飛び込んできたにもかかわらず、ただせき込んでいるナットの背中をさすってやる。突然孫ができたような気分になってしまう。


「何をやっているのだ……こんなボロボロになって」


 コホコホと咳が小さくなり、やがて息を吸い込んで、ようやくしゃべれるようになったころ(目から鼻から、みっともなくいろいろなものが流れ出ている)


 ナットは、だだをこねる子供のソレで叫んだ。


「言わなきゃわかんないのかよ! 」


 その一言をいうだけで精一杯だった。それからもう、ナットは泣きじゃくるだけで何もいえなくなってしまう。もうそれからはただ抱きしめてやることしかできなくなる。


「すまんなぁ」

「うるさぁい! うるさああああいあああああああ」


 ナットの心境など、ボッファには分からない。自分の知らない間に叔父が亡くなっていたことを。もう二度とそんな思いをしたくないと思っていたことなど知りもしない。


 今はこの子供を抱きしめ返してやること以外、自分にできることなどない。 


「(だが、()()をしてやれる。生きていれば……もうすこし生きてみるか)」


 子供をあやすのなど、はじめてだった。  

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