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サマナの見る流れ

 バスターベイラーに楔が撃ち込まれている中、少し離れた場所で別の戦いが行われている。半壊になりながらも、その頑強さで、一切の攻撃をはじいている甲羅のベイラーと、赤い派手なベイラー。


 2人は先ほどから、街の広場でお互い致命的なダメージを出せないでいる。


「(なんてことだ。これではケーシィ殿の元にいけない)」


 戦いが長引いているのを焦っているのは、甲羅のベイラー、アーマリィの乗り手、ヴァンドレッド。彼は先ほどまでバスターベイラーの護衛を行っていたが、こうして赤いベイラー、セスに引きはがされ、今の今まで護衛の任を全うできないでいる。


「(先ほどから手ぬるい攻撃ばかりなのは、できるだけこの場に長く引き留めるためか)」 


 バスターベイラーはその図体故、小さな相手にはどうしても死角が多くなる。しかし一人でも護衛がいれば、その問題は解決していた。今のケーシィには護衛がおらず、体格差での利点のみをいかしており、すでに何回も死角にもぐりこまれ、レイダに至っては体に取り付く事さえできてしまっている。


「(急いでケーシィ殿の元に帰らねば。しかしこれでは)」


 その場から飛んでいこうとした瞬間、頭上にサイクルシミターが投げ込まれる。甲羅でブレードを防ぐものの、攻撃はそれだけでは収まらない。相手の赤いベイラーは、大きなボードでアーマリィを押しつぶそうと迫りくる。


「帝都近衛格闘術! 正拳突き!! 」


 ボードごと相手を叩きのめさんと、正拳突きを打ち込む。あくまで波や風に乗るために作られているボードは打撃に耐えられるような強度ではなく一発で粉々に砕け散る。赤い破片が舞い散ったとき、ヴァンドレッドが目を見張った。


「いない!? 」


 ボードを押し付けたであろう相手はすでになく、視界に収まる範囲にも見当たらない。ならばと背後を振り向いたとき、再びシミターが襲い掛かった。今度は防ぐ暇もなく、ひび割れたコクピットに(じか)に当たってしまう。衝撃を殺す暇もなく膝をつく。


「このベイラー、戦い慣れしてる。厄介な」


 ヴァンドレッドは先ほどからこの波状攻撃に防戦一方になっていた。死角からのシミター投擲。投げ方に工夫があるのか、シミターはよけても背後から襲い掛かってくる。そのシミターに対応していると、今度はサイクルボードに乗って今度はベイラー自身の攻撃。さきほどのように上から押しつぶしてくるこももあれば、高速で斬りつけに来るときもある。その攻撃に対応していると、再びシミターが投擲され、対応に追われる。


 攻撃の手数、そして常に相手の死角に入りこんで攻撃をしかけてくるセスに、ある種の敬意すら抱き始めていた。


「相当の手練れとみた。どんな相手なのだ」


 ◇


「あっ、ああぶ、あっぶない!!」

 《落ち着け》

「ぼ、ボードごとセスが粉々にされるとこだったぁ、一瞬その流れがみえたぁ」

 《……そうだな 》


 その相手。セスとサマナが広場のすぐ近くの家屋で身をひそめている。波状攻撃による足止めそのものはうまくいっていた。だが、相手の技量にいささか誤算があり、足止め以上のことができていない。


「一撃もらっただけで、セスが……」

 《不覚だった》


 それは、ヴァンドレッドのあやつるベイラーが放つ格闘の威力。セスは一回だけ、拳をもろにうけてしまい、防御につかった左腕が使い物にならない。


「セス。腕は? 」

 《外見よりも悪い。不思議な壊れ方をしている。内側だけが粉々で治せない》

「くっついてるのに? 」

 《接ぎ木でなおる種類のものではないな。まったく面倒な技巧を編み出すものだ》


 左腕を動かそうとすると、内側からヒビが入り始める。それだけではなく、物をにぎろうとすると、力が入らない。体の内部をボロボロにされるという感覚はセスにとって初めてだった。


 《こうして身を隠していればいいのだが、そうもいっていられないのだろう? 》

「あのおおきいのに向かわれるとカリンが危ない……セス、シミター作って」

 《おう》


 まだ怪我をしていない右腕から、サイクルシミターを作り出す。重心を剣先によせたことで、腕の振りだけで威力をだせるようにしたブレードである。カリン達がつくるブレードとは形状が違っている。


「合図で投げて、またボードで、今度は波裂きを使う」

 《おうさ》

「3……2……」


 物陰から隠れてまま、明後日の方向にむいたままシミターを構える。サマナからの合図をじっとまつセス。サマナは普通の人間には見えないものが見える。それは風の流れに始まり、潮の流れ、波の波長、船の上で生活する海賊にとってとても重要な力として働いていた。


 それが最近では、自分が人間以外の生き物、シラヴァーズの呪いを受けた身である自覚が伴ったことで、新たな見え方をするようになる。それは、見ている風景の中に、人間の考えが、色のついた煙のように見えるようになったこと。煙には流れがあり、その流れを追えば、相手がどんなことを考えているかわかる。


 シラヴァーズは人間の考えを見透かす人魚。その人魚の呪いを受けた一族である彼女は、徐々にその力を開花させつつある。今もこうして、アーマリィの乗り手の意識が、こちらではなく、バスターベイラーに向かおうとしている瞬間を狙っている。相手の意識がこちらから逸れた瞬間、不意打ちを行うために。


「…‥‥1……今!! 」

 《サイクルゥ! ブーメラン!! 》



 体重を乗せ、家屋を回り込んで、投擲されるシミター。正面からからではなく、わざと明後日の方向へ投げたのは、このシミターを投げると、まっすぐ飛ぶことはないためである。重心を偏らせているこの武器を回転をかけて投げれば、大きく弧を描いて相手に襲いかかる。つまり、障害物を避けて相手に届かせることも可能であり、その修練をサマナは海賊時代嫌というほど行っていた。


 風を切る音で、再び攻撃されたとヴァンドレッドが気づいた時、すでにシミターは背後にあり、防ぐことができず、背中に衝撃が走る。


「こうもあっさり裏を取られる!? 」


 サイクルシミターが背中に食らいつく。だが、甲羅の頑強さはその刃を上回り、傷がつくことはない。しかし如何に頑丈な甲羅でも、物体が衝突した勢いまで殺せるわけではない。重心がわずかに動き、姿勢がブレる。


 そして戦いの中で姿勢がブレることは、明確な隙を意味する。このブーメランはその隙を生み出すためのただの囮。


 セスが家屋から飛び出す。姿勢を崩し、まだこちらを見ていないアーマリィめがけ、彼自身がもつ最高の技を繰り出す。落下と共にサイクルボードを相手にむけ、大質量の武器として突き刺す。その威力は、高く舞い上がった波をも切り裂く威力をもつ。ゆえに技の名前は単純明快。


 《直伝! 》

「波裂きぃい!! 」


 頭上からの一撃をくわえるべく飛びあがり、ボードを相手の頭へと向ける。落下する力を味方につけ、無防備なベイラーを叩きのめそうとする。


「姿が見えるのならぁ! 」


 ヴァンドレッドはここで初めて、遅りくる敵の姿をまじまじとみることができた。不意打ち気味にバスターベイラーから突き放され、こうして隠れながらの攻撃を続ける相手は一体どんな陰湿な相手なのだろうと考えていたが、目の前に現れたのは、陰湿さとはかけ離れた派手な色をしたベイラー。


「大道芸人であるまいし」


 頭上に現れた赤いベイラーに失笑しながら、迫りくる攻撃に対処せんと動く。腰を低く、両手を腰に据え、サイクルボードを受け流すべく、その技巧を放つ。


「帝都近衛格闘術! 月流し!! 」


 受けと払いを同時に行う防御の構え。攻撃に転ずることはできないが、打撃、剣戟問わず前方からの攻撃であればそのほとんどを防御できる。両腕をそれぞれ上下に伸ばし、半円を描く動きをすることで、所見の技でさえ防ぐことができるこの技巧では、頭上からくる攻撃も例外ではない。


 アーマリィの腕はサイクルボードの側面を捕らえ、攻撃の方向を逸らす。そして全身のサイクルと、重心の移動を用いて、腕が半円を描くとき、一瞬で波裂きを無力化した。


「躱された!? 」


 波裂きがこうも簡単に無力化されたことに驚きながら、ボードを捨て距離を取る。しかし攻勢にでたために、広場の真ん中にきてしまったことで近くに隠れる場所がない。隠れることはあきらめ、その場でサイクルシミターを作り出し、構える。


「ねぇセス」

 《なんだ》

「バエメーラの甲羅、斬れる? 」

 《無理だな》

「少しくらい強がりをさぁ」

 《コウですら斬れなかった代物をどうやって斬る? 》

「……別の手を考える方が先かぁ」


 アーマリィを前に策をめぐらすサマナ。アーマリィ相対したナットやアンリーも、基本的には鎧そのものは無視して攻撃をこなっていた。サマナもそれは同じで、こちらの最大の攻撃をぶつけること以外ないと確信する。しかし。


「(どうしよう。思いつくのが海の上でつかう搦め手しかない)」


 セスの攻撃で使う手段。シミターの剣戟と、ブーメランによる遠距離からの攻撃。そしてサイクルボードを使っての攻撃。今まで戦いそのものの技巧にそこまで固執せず、海の上での戦い方を覚え続けた。結果として海上では一対一ではほぼ負け知らずにまでなったサマナだが、陸地、それも砂漠の中ではその経験を生かすことなどできない。


「波裂きも防がれた……あれ? まずい? 」


 攻撃の効かない相手。その相手を上回るための手札がサマナにはない。戦いの中でそれを理解したとき、冷や汗が止まらなくなる。


 《はっは。たしかにまずい。まずいなぁ》


 しかしそんなサマナの思慮などどこ吹く風といった形でシミターを構えるセス。


「お前は呑気だなぁ」

 《サマナ。お前はアレに勝ちたいのか? 》

「どういう事? 」

 《お前はあれを押しとどめるのが役目なのだろう? なら勝つことはない》

「……ああ! そうか!」

 《世話のやける》


 シミターを構え、確信をもって突進する。今までの攻撃とは打って変わって真正面から来ることに、相手のヴァンドレッドは面くらいつつも対応する。


「(刃渡りは長くない、であれば躱して一撃入れるのみ)」


 拳をにぎり、肩口に迫る斬撃を見据える。重心の乗った重い一撃であることは見て取れる。避けるか受けるか。鈍重なアーマリィで躱せば、軽やかに剣を操る相手に反撃は難しい。


「ならば受けて返すが必定(ひつじょう)! 」


 袈裟斬りで来る斬撃を、シミターの側面を叩くようにして払う。剣戟には、横方向からの力に対しては驚くほど耐性がない。それこそ、真正面からくる剣戟を、指一本の力で横から逸らしてやるだけで簡単に避けることができる。だがそもそもとして剣戟は高速で、素人が同じことをしようものなら、横から逸らす前に真っ二つに両断されている。


 だが、訓練を積んだものなら、斬撃を逸らすのは容易であった。


 カツンと軽い音がなり、袈裟斬りに迫る攻撃は、アーマリィに届くことはなく、甲羅をつけた腕に難なく弾かれる。剣を上へと弾き飛ばされ、セスは相手に無防備な胴体を晒すこととなる。


 ヴァンドレッドがコクピットへ正拳突きを叩き込もうとしたその時、斬りかかった腕とは別の、反対の腕がずっと背中側に隠されていることに気が付く。二刀流を警戒するも、刃がみえず、何を隠しているのかが分からない。だが、今さら放とうとする技を止めることもできずに、正面から拳をたたきつけんとする。重量のあるアーマリィの拳をうければ、無傷では済まない。そんなことは承知の上で、サマナは、勝つ事以外の策を打つ。


「セス! 」

 《かかったぁ!! 》


 左腕に隠していたもの。それは海賊時代にも愛用していた、カギ爪付きのロープ。船から船へ飛び乗る際によく使われたそれを、今度は自由を奪うためにつかう。隙あらば飛んでくる正拳をまんまとからめとり、アーマリィの右腕を封じる。


「こんなもので、アーマリィを止められるものか」


 右腕を簀巻きにされたヴァンドレッドは、振り払おうと腕を引っ張るが、力を咥えるたびに、返しのついたカギ爪は深く深く刺さっていき、まるで引き抜けない。


「バエメーラの甲羅は確かに丈夫にできてる。でも」

 《一度食い込んだ刃は、その丈夫さが仇となる!! 》


 バエメーラの甲羅は、その膨大な重量を代償に、剛性はもとより、弾力も兼ね備えている。岩のように硬いのに、ゴムのように柔らかく、人の手でもぐにゃりと曲げることができる。ゆえにバエメーラの死骸から取り出される甲羅は、船の外壁に用いられることがおおい。


 だが、万能にも思える甲羅にも弱点はある。それは刺突に弱く、一度返しのある鋭いものが刺されば、その弾性が仇となって、引き抜くことができない。通常この欠点は、自然界においてバエメーラ自身にまるで悪影響がない。しいて言うなば、バエメーラを襲おうとした肉食の魚が、その甲羅にかみついたが最後、その牙が抜けなくなり、結果力尽きて絶命し、その死肉から出る血がさらに肉食の魚を呼び、その甲羅にかみついて、と。バエメーラにとっては迷惑でしかない事象が起きる。


 しかしここは自然界とは異なる戦場。その場合では、返しのついた刃にとらわれたが最後、永遠に自身の体を引きずり回される。


「セス!! 」

 《引き回してやる》


 距離とり、ロープを巻き取る。慣れない攻撃に踏ん張ることができずに引き倒されたアーマリィは、立ち上がることさえままならず、セスが宣言したとおりに引きずり回される。立ち上がろうとするも、今度は反対方向に引っ張られ、立ち上がる事さえままならなくなる。


「このまま大人しくさせる! 」


 拷問の方法に、待ち中を引きずり回す引き回しの刑というのがあるが、今まさにサマナはそれを行っていた。甲羅に守られた体ではどこまで効果があるかは分からないが、それでもあのバスターベイラーの近くに戻られるよりはずっとよかった。


「(この間に、コウたちがうまくやってくれていればいいけど……あれ? )」


 ふと、戦場の()()が変わりだしたのを感じる。右目のないサマナの感じる流れとは、人の意思、人の感情が色をもち、風となって目に見えている。彼女の親族であるタームは、この見え方を、いつか人の心が読めるようになる前兆だと言っていた。


 見えないはずの右目に見えるものがある。不気味とも思われ手も仕方ない彼女のこの特異な体質は、その流れの強さによって痛みを伴うことがある。その感情が大きければ大きいほど痛み、憎悪にもなれば、その目をつぶさんがごとき痛みが走る。そしてその痛みがまさにいま、彼女に起こっている。痛みの大きさはさほどではない。針を不注意で触ってしまったような、ちくりとした痛さ。それが右目から伝わってくる。だがそれは、流れが、いま自分に向かっていることを意味する。


 そして痛みを伴う形で理解できる流れは、その大半が敵意であった。


 痛みで右目を抑えた瞬間、さきほどまでアーマリィを捕らえていたロープが千切れ飛ぶ。引きずりまわしていたセスはその勢いがあまり、今度は自分が家屋に突っ込んでいく。一家団欒の憩いの場であったろうその場所は、セスによっていとも簡単に崩れ去る。パラパラと破片が体に降り注ぐのを見つめながら、何が起こったのかを把握すべく記憶を掘り起こす。


 《今のはなんだ? なぜロープが切れた? 強度か? さすがに手入れなどしていなかったからなぁ》

「ちがう。今、ロープが切られた」

 《切られた? あの甲羅のベイラー、そんな芸当ができたのか》

「甲羅のベイラーがやったんじゃない」


 風景のみえない、流れだけが見える、すでにそこにはない右目を、しっかりと前へと向ける。ぼんやりとしか見えなかった流れは、地面へと突きささっているのが見えた。形状こそよく知るその武器。


 《あれは……弓矢か。おおきい。城攻め用のものか》

「やっぱり? あたしにもそう見える」

 《……弓矢がロープをちぎった? どこから? 》

「いや、それが」

 《なんだ》

「ずっとずっと奥から」

 《奥? 》

「この街の、ずっと奥……カリン達とみた、あの洞窟くらいまであるかも」


 サマナはここで、自分が言っている事にもかかわらず、それがいかに荒唐無稽な話であるのかを考える。弓矢を打ち出す機械は確かにこの街にもあった。しかしそれは大群を相手取るために巨大で、ましてや狙撃などできるものではない。さらには、弓矢でロープを狙い撃つ、それも街から遠く離れた場所からとなれば、考えれば考えるほど、無理な話だというのは納得できる。


「ごめんセス。最近流れを読みすぎたみたい。変なこと言ってるよね」


 徐々に自信を無くしながら、家屋の中で立ち上がったその時、セスが急に家屋から飛び出るようにしてその場を後にする。


「セス? 」

 《お前は勘違いをしているぞサマナ》


 その言葉を言いきった瞬間、さっきまでセスがいた家屋にもう一本別の弓矢が飛んできた。セスが動かなければ、今頃セスの頭は串刺しになっている。


 《誰が、いつ、お前の言葉を疑った? 》

「でも」

 《お前はもう少し、自分の事を、そしてセスの事を信じるべきだな……っと》


 家屋から飛び出した先で、今度がアーマリィがその拳を振り上げている。サマナが回避しようとしたその時、右目に見える流れがちょうど自分が回避したその場所へと向かっていることに気が付き、その場での防御に行動を変える。


「正拳突き!! 」

「サイクルウェーブ!! 」


 吠えるヴァンドレッドに答えるように、セスは左腕をおおざっぱに振るい、木でできた波を振るう。強度こそないが、目くらましにもなり、攻撃の勢いをそぐことができるこの技は、波に乗る以上に様々な用途で使うことができる。そのウェーブを真正面から叩き壊したその拳は、しかしわずかに勢いを殺されて速度を落とした。


 《どっちだ!? 》

「前!! 」


 サマナの指示どおり、アーマリィを追い越すような形でその場を迷いなく駆け抜ける。迷わず一瞬でアーマリィを追い越し、振り返ると、再び自分の有利な距離を見つけ出すべく置いた。


 《……やはり、弓矢があるな》


 サマナがその、たった今自分がいた場所にある弓矢を見て安堵する。


「真正面に向かって避けるなんて無茶なことする」

 《お前が共にいればできると思った》

「……はいはい」

 《ところでなんだあの弓矢。精度がいい、よほどいい腕の弓兵がいると見た。城攻め用の弓使いか、はたまた》

「(弓兵……っていうよりもいまのは)」


 遠方からの狙撃に、さらに苛烈さを増す近接の攻撃。劣勢といってよかった。


 ◇


「ひっひっひ。よく避けるねぇ。あの派手なの」


 幼い姿から、妙齢の仕草をした声がする。ミーロの街、氷室の洞窟近く。街を一望できる小高い丘の上にその弓兵はいた。サマナのみていた通り、遥か彼方に敵意は存在していた。


「ホウ族に作らせた部品はいい性能をしているねぇ。あたくしのような素人でも、まっすぐ、遠くに、そして良くとぶじゃないか」


 弓兵といっても、弓をつがえているわけではなかった。発射されるものは確かに弓矢であったが、構えている物がちがう。


 長い長方形に持ち手をつけたようなその外見の内部は、金属を複雑に加工し、発射機構をそなえており、そこには何倍にも伸縮性のあるロープをつがえ、発射する。一発事につがえる必要はあるものの、力は必要なく、構えて狙い、引き金を引くだけでつがえた弓矢が発射されていく。


 外見は、長方形の銃に近い。しかし機構そのものはスリングショット(パチンコ)であり、単純であった。


 しかしただのスリングショットではない。目線の先には狙いをつけるスコープが備わり、遠距離での狙撃を可能としている。


 だがなにより、ベイラーがソレを構え、撃っている。いままでとは遥かに次元の違う、戦術に傾いたベイラーである。


「さぁブレイク。龍殺しがどっかいった腹いせに、どんどんやろうねぇ」


 ポランド・バルバロッサ。アーリィベイラーの研究者であり技術者である彼女は、自らの手で専用のベイラー、ブレイクベイラーを作り上げた。そんな彼女が、専用の武器を自分のベイラーに与えないという選択肢はない。


「遠くから攻撃されるっていうのは効くのさ。戦争なら、なおの事さ」


 彼女は研究者であるものの、戦いの術を知っている彼女の目は、スコープの先で真っ赤なベイラーを捕らえていた。

 

低気圧で死にそうになっていますが元気です

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