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甘えと覚悟

 血潮をみなぎらせる。それは本来ベイラーではありえない事。決して自然なことではなく、誰かがそそのかした結果であるとしても、自分たちが今だ危険な状態であることは変わりない。


 《なんで、なんでベイラーから血が出るんだ! 》


 コウは疑問をぶつけるようにさけぶ。実際にはその問いの答えなど求めてはいない。ただ、自分が今何をすべきかの答えのほうがずっとずっと欲しかった。


 コウが叫んだ言葉に答えるように、バスターベイラーが動く。その巨大な拳を、無造作に地面に叩きつける。そこまでは、今までのバスターベイラーの動きとなんら変わりない。全員が拳を避けるべくその場から飛びのいていく。のっそりとした動きであり、すでに何度もみた動きであれば躱す(かわす)ことは簡単だった。


「逃がすかぁああ」


 ケーシィが歯を食いしばって敵を見据える。するとバスターベイラーの拳は、肩からの軌道を直突き(ストレート)から強引に横殴り(フック)へと変えていった。ボクサーが稀に行うフェイントを絡めた攻撃。いままでバスターベイラーではこんな複雑で繊細な、かつ力のいる動作は行うことはできなかった。血をベイラーの全身にめぐらすことにより、体の反応をより機敏に、より正確にとらえることができている。今のケーシィであれば、バスターベイラーをより人間のように扱うことができる。


 そうとはしらないコウは、突如として軌道をかえた拳を目にし、今までにない危機を感じた。


 《当たってやるわけには! 》


 サイクルジェットを片方だけ使い、体を回転させつつ直進する。進行方向を変えずに位置を変える軌道、飛行機のマニューバであるところのバレルロールを行う。位置だけを変えた結果、曲がってきた拳の外側へと離脱し、事なきを得る。距離を取ることでバスターベイラーの全容を確認する。


 毒々しい紫色をしたその体の表面には、うっ血した血管が見え、時折脈打っている。バイザーとなっている目には、すでにグレートレターが明けた穴を埋めるように、血管が形をゆがめていた。


 観察にいそしむコウと同じように、先に拳を躱していたオルレイトは家屋に身を隠し、バスターベイラーの行動を観察し、突破口を見出さんと逡巡している。


「さらに早くなってる。片足が無くなってその場から動けないのがまだ救いか」

 《もう一度楔を打ち込みますか? 》

「打ち込むさ、打ち込むが……」


 血を巡らした体。その血の出所が乗り手のものであるとは想像しやすい。切り落とした箇所から流れ出るのは人間のソレとまったく同じであった。であれば。


 これ以上あのベイラーを攻撃し、怪我をさせれば乗り手はどうなるのか。


「(死ぬだろう。そんなのはわかっている)」


 頭ではわかっている。さらに、あの乗り手がやってきたことも十分に理解している。この地での暴虐を自分の目でしかと見ている。


「(殺すのか。殺さないと止められないのか)」


 人を殺す。その決断を迫られたのはこれで二度目。一度目は龍によってこの砂漠に飛ばされたとき。あの時はオージェンに仲介をされたために何事もなかった。


「(殺せば、止められるのか。あのベイラーを)」


 許せない事をした相手。決して許してはいけない相手である。だが。


「(死んでほしいなんて思っていないのに)」


 修羅場の真っただ中で、オルレイトの考えがめぐる。このまま戦いを続ければ、あの乗り手は死ぬ。しかし、戦いが長引けば長引くほど、こちらの消耗も激しくなる。消耗が激しくなれば、仲間の中から犠牲が出るかもしれない。かつて、1人の仲間が犠牲になったように。


「(人を殺す。そんなことは)」

 《よいのですね? 》


 間髪いれずに、レイダが確認をいれた。そのことに少しだけ驚きながら答える。


「いいんだ。僕は軍人の息子だし、おじい様の代では戦争で人を殺してる。双子やナット、カリンに人殺しはさせられない」

 《1つ。訂正を》


 レイダが静かに抗議する。その言葉は重く低い。だが言い聞かせるような、説教をするような声だった。


 《あなたのおじい様は、決して人殺しをしたくて、戦争をしたかったわけではありません。それだけは忘れないでください》

「そうか。それを知れただけでも砂漠に飛ばされた甲斐があった」

 《では》

「同じ方法を試す。でも、僕とレイダだけでだ。やれるか? 」


 声に出して確認する。それは、オルレイトにとって背中を押してほしいという意図もあった。彼は今、人殺しをすることへの恐怖が体を包んでいる。だがそれ以上に、再び仲間がいなくなることへの恐怖が、仲間がいなくなったことで泣いているカリンを見ることの恐怖の方が大きい。


 今、コウは戦いだからこそカリンの傍にいる。コウがカリンの元を離れたがっているのは見ればわかる。この砂漠に来てからというもの、コウの体が傷つけば、乗り手のカリンにもその傷がつくようになってしまった。もし、自分がコウと同じ立場でも、同じ事をするかもしれないとさえ思う。


 そんな、カリンにとって大事なコウを、人殺しに、ましてやカリンやほかの龍石旅団にさせたくなかった。ひとりでは押しつぶされそうな大きい恐怖。だからこそ、背中を押す声が、後ろの誰かが欲しいとオルレイトは願った。その誰かになるのは、ただ1人、自分の父も、祖父も共にあった相手でほしかった。 


 《……まったく。しょうがない坊や》


 まるで子供をあやすかのような、優しい声だった。


 《すこし、操縦桿を放してください》

「レイダ? 」

 《ほんのすこしでいいのです》

「わ、わかった」


 オルレイトが操縦桿を外したことを確認すると、胸の内あふれるものをなんとか制御し始める


 《(皆そうだ。決して、決して私と共にいてくれと言ってくれるのに、生きてくれとは言ってくれない。必ず私以外の人を、この一族は隣に置く。置きたがる。これで、3度目)》


 湧き上がるのは、オルレイトの祖父を初めて乗り手としたときの事。それから100年近くの年月を過ごしている。


 《(共にいるのはいつも私以外なのに、なぜ、どうして)》


 無論、その100年の間、オルレイトの祖母には祖母が、父には母がいる。かならず人間の相手がいる。そのことに毎回心がかき乱されている。オルレイトの思い人がカリンだと気が付いた時もそうだった。しかし


 《(この一族を、なぜこんなにも愛おしいく思える? )》


 毎回、かき乱されているにも関わらず、それを心地よいとすら感じている。ずっとそれがなぜなのかが分からなかった。


 《(どの男たちも、だれかのために必死に、懸命に生きた。その姿を見るのが、いつしか、ソウジュの木になるよりも優先するようになってしまった。そして、今もまた、この子は、だれかのために生きようとしている)》


 目線を下に向ければ、見上げるオルレイトと目があった。その瞳は、わずかに揺らいでいる。レイダが協力してくれないのではないかという疑念が、意識を共有しないでも分かった。


 《(どうせ、『レイダは人殺しをしたくないのかもしれない』などとかんがえているのでしょう。まったく。ほんとうにこの()()は)》


 かつて自分に乗っていた2人の男たち。一人はすでにこの世界を旅立ち、1人は父として、ゲレーンで奮闘している。


 オルレイトは、これからどんなふうに命を使っていくのだろう。カリンに恋する彼が、今後どうなるか。協力なライバル(コウ)が現れてなお挫けない彼がどうなるか、見てみたい。そこまで考えて、ふと気が付く。


 《(ああ。やはり私は、この血族に恋しているのだ)》


 ずっとこの血族を見ていたい。となりでなくていい。その一歩後ろで、ずっとその血脈が続くのを見届けたい。この体がソウジュになるのは、その後でいい


 《(そうか。坊やはこれを姫様に)》


 ここまで考えて、ふと笑いがこぼれた。その笑いに、ついにレイダに見限られたと勘違いしたオルレイトが慌てて操縦桿を握る。


「レイダ! すまない、やっぱりさっきの話は! 」

 《コクピットを撃ちぬくのがよいかと》

「……レイダ? 」

 《あのベイラー、次がないとは限りません》

「あれ以上、強くなると? 」

 《すでに二度強くなっているのですから、そう考えてもいいでしょう。ならば、乗り手ごと、葬る他ありません》

「どうやる? 」

 《以前オルレイト様が考えた切り札を使います》

「あ、あれかぁ!? うまくいくかどうか分からないぞ? 」

 《しかし現状、私が持つ中で一番の威力を持つ攻撃です。一点のみの攻撃であれば、コウ様の斬撃にさえ匹敵するでしょう。》

「……やれるか?」


 ここにきて、オルレイトの声が変わる。先ほどの疑念などみじんも感じさせない、はっきりと意思を持った声。信頼する声。


 その声に、いつものように答えるレイダ。


 《仰せのままに》


 ◇


 突如、家屋に潜んでいたレイダが飛び出し、サイクルショットでバスターベイラーにけん制を始める。パツパツと軽い音がバスターベイラーの肌で鳴る。通常であれば壁さえ壊すレイダのサイクルショットが、今のバスターベイラーにとっては蚊ほども効いていない。


 《レイダが仕掛けた! 》

「もう一度やろうというのね」

 《あの甲羅のベイラーは? 》

「サマナが抑えてくれてる! 」


 バスターベイラーより離れたところで、2人のベイラーが戦いを繰り広げている。赤いベイラーは必死に甲羅のベイラーを先に進ませまいとしていた。護衛としてバスターベイラーの傍にきてしまえば、レイダが楔を打ちこむことは叶わない。


「サマナ達が頑張ってくれている間に! 」


 コウたちも、あとに続くよう飛び出す。カリンのベイラーに飛び乗り、加速を助けて空へと向かう。レイダの動きと連携を取るべく機会をうかがっていると、すぐ傍にヨゾラが並ぶように飛んできた。


 《ヨゾラか》

 《コウト! ナランデ! トベタ! 》

「ヨゾラ、うれしいのはわかりますが今は」


 興奮気味に話すヨゾラをなだめるようにしてマイヤが続ける。


「ヨゾラ、一緒に飛べることがうれしいのですよ」

「ずっと一人だったものね。そういえばマイヤ。リクやミーンは? 」

「後ろに下がっています。怪我の度合いをみて再び戻ると」

「あんな無茶をしたのだから、しょうがないわね」


 リクはバスターベイラーの蹴りを真正面から受け止めた。それだけですさまじい事であるのに、リクは受け止めた上で投げ飛ばしてみせた。その際に全身にヒビが入ってしまっている。動けるようになるには多少の時間が必要だった。ミーンは、体には問題ないが、ナットのほうが問題だった。ミーンが行う暴風形態は、その体を一瞬で最高速度に達する形態であり、そのスピードは目に映ることはない。しかし乗り手を保護する機能は存在せず、まったくの静止状態からの最高速度になるその瞬間、ナットの体には、自分の体重の10倍以上の荷重がかかる。その負荷で体の至ると事はむちうちになり、さらに一部に至っては骨が折れている。


「それに、リクとミーンが戻ってくるまえに終わらせてしまえばいいのよ」


 にやりと笑うカリン。バスターベイラーの対処法を実践したことで、この戦いに勝利する光景を描き始めている。


「楔を打ち込むのを援護するわ! グレートレターが目をつぶしてくれている今のうちに畳みかけるわよ! 」

「わかりました! 」


 ヨゾラが離れ、バスターベイラーの背後へと回る。そこには、サイクルジェットと翼が備わっている。サイクルジェットは体の大きさと同じように肥大化しているが、翼の方は逆に退化したように小さく細くなっていた。


「もう変形はしないでしょうけど、一応はね。ヨゾラ。狙えて? 」

 《ヤッテミル》


 ヨゾラには腕がないが、その部位に該当するのが翼であり、彼はそこを自在に動かすことができる。そしてその翼から、サイクルショットを撃つ事さえできる。腕のように自分で角度を変えることができず、狙いは常に自分の進行方向のみになるが、このように飛行しているのであればなんら問題はなかった。


「どう撃ってもあたるのですから、やってしまいなさい! 」

 《ウツ! 》


 バァンバァンと、両方の翼から一発ずつ針が飛んでいく。ヨゾラのサイクルショットは連射こそできないが、一発一発の威力は目を見張るものがある。一発ははずれ、バスターベイラーの脇をすり抜けるような形だったが、もう一発は命中し、小さくなった翼にヒビが入った。


「当たったわヨゾラ! 」

 《アタッタ! アタッタ! 》


 まるで自分の事のようにはしゃぐマイヤ。しかし当てられた方からすればたまったものではない。


「さっきから鬱陶しいなぁ! 」


 ケーシィが背中にいるベイラーをとらえようと振り向こうとする。しかし、片足がないため、十分に振り向くことができず、腰から上の回転のみでヨゾラを叩こうとする。それだけでもかなりの広範囲であるが、今回、相手は空中にいる。


「おっと。退散退散」

 《タイサーン》


 ひらひらと器用に躱して攻撃の範囲外へとにげるヨゾラ。不意打ちだけであれば飛行に適した形を持つヨゾラのすばしっこさは、敵からしてみれば鬱陶しいことこの上ない。


「羽虫めぇ! 」


 あまりの鬱陶しさに激昂し、バスターベイラーを空へと飛ばそうとする。サイクルジェットに火が入り、ひと呼吸を置いて、その火は大きく輝きだす。そしてバスターベイラーの巨大な体を、空へと押し上げていく。片足立ちだったバスターベイラーが、空に飛び立ったために、その安定感を不要とする。空に飛ばれてしまえば、片足による重心の不安定を狙いにくくなる。


「今だ」

 《はい! 》

「《サイクルレイピア! 》」


 だが、レイダとオルレイトは、この瞬間をまっていた空を飛ぶために、足元を見なくなるこの瞬間。地面への注意はどうしても弱くなる。オルレイトはそこを狙っていた。注意が向かねば、できることがある。


「突き刺せぇ!! 」


 飛び上がる直前のバスターベイラーに飛び上がり、その足にサイクルレイピアを突き刺した。切っ先の、ほんの少ししか刺さらなかったが、この一撃は楔をうちこむためのものではない。


「耐えろレイダ! 」

 《いわれずとも! 》


 突き刺したレイピアはピッケル替わりとして、そのまま飛び上がるバスターベイラーと共に空へと向かう。振り落とされそうになるのを堪えつつ次の手を打つ。


「もう一本! 」

 《はい! 》


 もう一本、左手にサイクルレイピアを作り出し、ふたたび足に突き刺す。やはり切っ先に少ししか刺さらないが、バスターベイラーの肌はしっかりと針をつかみ、まったく抜けることがない。


「このまま()()()といくぞ」

 《はい》


 一本目のレイピアを突きなおし、さらに上へと向かう。こんな面倒なことをしなくとも、ヨゾラと共に空を駆ければ膝に取り付くことができたかもしれない。しかし、こうまでした登るのには訳がある。


「(やはりそうだ。こっちにまったく気が付いていない。大きくなって痛みに鈍くなってる。このくらいの衝撃じゃ痛くもかゆくもないってことだ)」


 それはそれで癪に障るな。などと思いながら、少しずつ少しずつバスターベイラーの脚を登っていく。時折外を眺めれば砂漠一体を見渡せる高さまで飛んでいることが分かる。


「ヨゾラはうまく逃げているみたいだな」

 《そのようですね》

「できれば、この風景を戦いじゃないときにみたかった」

 《ぼやいている場合ですか? 》

「責めないでくれよ。さて」


 一歩一歩すすんでいくと、ついに膝のサイクルまでたどり着いた。至近距離でじっくりと見たことが無かったために、いざ目の前にするとその大きさに驚く。


「テーブルかなにかだな」

 《旅団の全員が席につけそうです》

「よし。始めるぞ」


 突き刺したレイピアを足場として、両腕をサイクルに密着させる。関節が動いていないため、サイクルが回転する様子はない。


 両腕に針をいくつも作り上げ、針山というよりはいがぐりのソレとおなじような形になる。そのまま殴っても威力のありそうな外見になる。


 《サイクルバーストショット》

「ありったけだぁあああ! 」


 そしてそのすべてを、バスターベイラーの関節へと叩き込む。硬くしなやかであるバスターベイラーのサイクルをわずかでも削っていく。その時、コクピットに液体が降り注いだ。その液体は赤く、高い粘度(ねんど)の何かびしゃびしゃと降りかかる。


「そ、それは、そうか」


 降りかかった液体。まごうことなく人間の血が、レイダに降り注ぐ。文字通り返り血をあびて怯みながらも、それでも叫ぶ、


「もっとだ! もっと!! 」

 《はい! 》

「な、なんだぁ!? 」


 ここでようやく、ケーシィが足になにかがくっついていることを知る。何事かとおもい顔をむければ、緑のベイラーが張り付いて何かしている。その何かが何ををしているのかは分からないが、邪魔であることはよくわかった。


「ちいさいのが何をやってるのぉ! 」


 人間が虫を払うのとまったく同じ動作で、ケーシィは足についているレイダを払おうとする。迫りくる手の平を目にし、オルレイトが叫ぶ。


「ここまでだ! 離れるぞ! 」

 《はい! 》


 足場にしたレイピアから降り、さらに自重をつかって引き抜いた。一瞬二刀流になりながら、迫りくる手のひらにむけてレイピアを向ける。


「切り札を使う! 」

 《はい! 》


 左手に持ったレイピアを、そのまま右腕に添えるように構える、そのまま、レイピアと手の甲を合わせていくように、サイクルを回していく。針をつくりだすのでなく、すでにあるレイピアを打ち出さんとする。射撃に向かないほどおおきな針を打ち出すには時間がかかる。がりがりといつもの何倍も時間をかけながら、ゆっくりと狙いを定めていく。もうすぐその手がレイダを叩きつけようとするその時。引き絞りおわった音が腕からなった。


「くらぇえええええええ!!! 」


 いつものサイクルショットより、何倍も時間がかかったその一撃を撃ち放つ音は、何十倍も大きな音が響いた。


 切削機が岩盤を割ったような乾いた音。それが、バスターベイラーの腕から聞こえた。手のひらのど真ん中に、レイダのレイピアが突き刺さり、その刃のほとんどを埋めている。レイピアそのものを、サイクルショットとして打ち出す、レイダの切り札。威力はもはや大砲のそれと遜色(そんしょく)がない。


「効果はある! ならばぁ! 」

 《もう一撃ぃ!! 》


 レイダの手にはもう一本のサイクルレイピアがある。ふたたび右腕に備え、落下しながらも自身で削った関節へと向ける。


「何をやった!? 種をあかせぇ! 」


 しかし、ケーシィはそれ以上の追撃を良しとせず、レイダにむけてサイクルショットを撃とうとする。両者の射線は交差し、オルレイトの考えが覆される。


「(これじゃ関節を狙えない! )」


 一瞬の逡巡は、隙となってケーシィの殺意に拍車をかける。


「堕ちろぉ!! 」


 ケーシィがサイクルショットを撃った。狙いすます必要もないほどに、すさまじい量のサイクルショットがレイダへと降り注ぐ。


 だは、レイダとバスターベイラーの間に、白い体が滑り込んだ。


 《サイクルシールド!! 》


 武器を捨て、両腕で精一杯の壁を生み出す。針の雨のすべてを防ぐことはできなず、シールドを打ち抜いてきた数発の針は、コウの体へと突き刺さった。しかし、コウが身を挺して(ていして)守ったことで、後ろにいたレイダは傷ひとつない


「コウ! 」

 《やれぇ! オルレイト!! 》



 コウのその声は、自分を気遣う余裕があるならば、切り札を撃てと言っているようだった。その意図を組み、右手をバスターベイラーへと向ける。


 最初、関節を狙ったのは、サイクルバーストショットで削った分、よりレイピアが刺さりやすいと考えたためである。しかしたった今、レイダの切り札はこのバスターベイラーに十分発揮されることが分かった。ならば、関節と言わずに、この体のどこにでも、レイピアを打ち込むことができる。


「いけぇ!! 」


 二射目のレイピアがまっすぐバスターベイラーへと向かう。しかしその時。レイダの身に異変が起きた。放った衝撃に右腕が耐えきれず、肘から下が粉砕してしてしまう。返り血と共に緑の破片がはらはらと落ちていき、同時に、レイダ自身も地上へと落下する。


「レイダ! どうなったぁ!? 当たったのか!? 」


 地上に真っ逆さまに落ちていきながら、切り札がどうなったかを問う。レイダは、言葉ではなく、まだ動く左腕で指さした。


 《関節ではありませんが、あそこならば》


 刺し違えることを覚悟の上で放った切り札は、確かに突き刺さっている。その場所は、バスターベイラーの色である紫色の体の中で、唯一黒く染まっている肩の部分だった。


「変なとこに当たったか? 」

 《そうかもしれません。しかし、あの場所は何か妙ですね》

「確かに、色が黒いな……確か、サマナが黒い欠片が、どうとか」


 ふと、外の風景が逆さまで、やけに流れていくのが速いな、などとのんきなことを考えている。徐々に地面が近づいてくることで、ようやく自分が落下中だったことを思い出す。


「しまったぁ!? 」

 《どうしました? 》

「着地の事考えていなかった! 」

 《……そうでしたね。普段はヨゾラがいましたから失念していました》

「ま、まずい! ともかく衝撃を殺せるようにどうにか」

「まったく無茶をして! 」


 オルレイトにとって聞き覚えのありすぎる声が聞こえると、横から攫われるようにしてレイダが抱えられる。突然の事に混乱しながら確認すると、アーリィベイラーが腕だけをだしてレイダを捕まえていた。


「姫様!? 」

「楔は撃ち込めたようだけど、レイダは大丈夫なの!? 腕が粉々になったように見えたけど」

 《右腕が耐えきれなかったようです。これは、治るのに時間がかかりますね》

「まったく、どうしてそんな無茶を」

「姫様。いやカリン。気が付いてるだろう? あのベイラーと戦い続ければ、いずれ、あの乗り手は死ぬ」


 オルレイトが意を決して問う。そしてその問いに、カリンは素直に答えた。


「やはり、あの血は乗り手の物なのね。でもどうして」

「バスターベイラーにはそういう力があるということなんだろう」

「……あれ、バスターベイラーって名前なの? ザンアーリィじゃなくって? 」

「占い師がそういってた。なんでも、コウのバスタ―ブレードと原理は同じだそうだ。重ねて分厚くしている。ベイラーにベイラーを重ねてる、らしい」

「な、なるほどね。あの硬さといい、空を飛べる事といい、ザンアーリィを重ねているんだから訳もないわね」

「だからこそ、あの乗り手を止めるには、もう」


 その先を言う必要はなかった。言わずとも伝わってしまう。


「オルレイト、貴方は」

「いいんだ。こういう事は軍人の息子の仕事だ。コウを乗せてバスターベイラーのコクピットに! 楔であのベイラーを壊してくれ! 」

「その後、貴方はどうするの!? 」


 カリンが問いかけてきたころに、ちょうどヨゾラが陽動から戻ってくる。そのまま、すでに慣れ切ったウエヨセ(ガッタイ)を行い、空へと向かう。


「僕は軍人の仕事をしてくる! 」


 空へと飛び立つレイダ達。カリンはただ、茫然とするしかない。


「なんで、なんでみんな、怖いことばかり……戦いはこんなに人を変えてしまうの……いいえ、もしかしたら私ももう」


 自分はどうだと問いかける。頭の中には、一瞬の迷いと共に、オルレイトの言うとおりに動くべきだという考えがほとんどを占めていた。


 それはつまり、カリン自身も、乗り手は葬るしかないと考えている。


「でも、本当にそれしかないの? 」


 だが、そのほとんど以外の部分を、まだあきらめていない。


「それ以外が、あるのだとしたら、それは」


 カリンが見上げる空に、それはいる。白い体のベイラーが、その両肩を燃やして空を駆けている。


「コウの、緑の光なら、あるいは。でもそんな悠長なこと、できるの? 」


 この砂漠で何度もカリン達を助けたあの力を、もしあのバスターベイラーの乗り手にも、使うことができたなら。その考えがどれだけ甘い考えかなのかはカリン自身よくわかっている。しかし。


「でも、オルレイトを人殺しにさせはしない! 」


 カリンがその場から飛び上がる。


 ちっぽけな正義感かもしれない。もし手を誤ればもっとけが人が、仲間がいなくなるかもしれない。そんなことはわかっている。


 だが、それでも、カリンは仲間を人殺しにはさせたくなかった。


 それを責められる人間など、ここにはいなかった。






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