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決断するベイラー

コウ君は男の子です。

「《当てずっぽうじゃ無理かぁ……そうだよなぁ……》」


 あの後、カリンを探し回ったが、結局見つからずに、こうして日が暮れてしまった。城の中にいたベイラーは各乗り手の家に帰っていくのが見える。この城で生活しているものは、専用のスペースを割り当てられているそうで、そこに向かったのだろう。で、僕はというと、途方にくれて、ふたたび医務室にとんぼ返りをしている。


 言い訳をさせて欲しい。ソウジュの木、それが枯れてできたこの巨木を利用して作られた城だが、まず高い。少なくとも、王様に会いにいったとき、ベイラーの感覚で10数階上の場所であったのだ。さらに上もあるというのだから、人間の感覚でいえば40階やそこらではくだらないはずだ。さらには、広さ。人間が生活、および行動するスペース、ベイラーが行動するスペース、そして、共同で行き来きできる廊下やエントランスのようなスペース。各三種類存在しているが、それがこの城全てにある。部屋数にいたっては考えたくない。


 そして、僕はといえば、5階以上に昇る前に、日が暮れてしまったということなのだ。昇降機を使えばすぐなのだが、この日にかぎってベイラーが少ない。呼びかけてもあげてはくれなかった。そして、昇降機がない場合で上の階に行く方法は……階段だ。乗り手がいない体で、文字通り倒れて体が折れそうになる恐怖に耐えながら上っていったのだから、頑張ったと思いたい。


 そして、5階から4階へ降りる際に気がついた新たな発見だが、昇るより下るほうが疲れる。それはなぜか。この体、実は足元が見えない。琥珀状になった胴体が突起になっていてみることができないのだ。なんでこんな形状をしているのかといえば、それは人間を乗せるために、このように大きめの空洞をつくったからだろう。つくづく人間前提の作りだ。……カリンを乗せても下の視界が特別広いというわけではないのだが。主に僕とは違う身体的特徴のせいで。しかし、そのせいで足をなんどもなんども踏み外しそうになった。3階で根負けして乗り手の家に戻るベイラーの手を借り、昇降機を使って降りたほどだ。あれほど、この装置をありがたがった日もないだろう。


 兎にも角にも、当てずっぽうで散策した結果、広大な城によって阻まれ、階段の上り下りに体を削り倒し、時間をかけすぎてしまった。夕日がおち、空にはもう見慣れた月が二つ瞬き始める。この世界の夜は月明かりでとても明るい。光量も、その範囲も広い。夏の間は明かりがなくても、窓から差し込む月のあかりで、人の顔がはっきりみえるほどだ。


 そして、今日は雪が降った後。白銀の世界が光を照り返し、夜というには眩しいほどになっている。空も澄み渡り、月だけでなく、星の1つ1つが鮮明に見ることができた。


「《……星座はちがうんだろうな。でもラブレス座とかはありそうだな》」

 

 窓を眺めならがふとおもった。ガインが言っていたことだ。


 この体は人間と違う。


 彼はその部分を、怪我をするたび、僕に強く教えてくれているように思う。この体は、便利な面はたくさんある。体が大きく、力がある。人を乗せるのだって簡単だし、かなり重い物だって運べる。怪我をしてもすぐに治る。痛みはあるが、それも微々たるものでしかない。そして、人間を乗せたらもうなんだってできる。駆けずり回って、飛び回って。戦ったり、土砂崩れだって防いで見せた。

寿命は人間の何倍もあって、死ぬ、ということはない。


 ……そうだ、死ぬのではない、木になるのだ。それが、この体の本懐であり、使命でもある。そう、教えてもらった。


「……なら、なんで、自分で考えたりするようになったんだ……?? 」


 また、疑問が湧いた。そうだ。なにも考えることはない。人間を乗せて、遠くにいく。それをするだけで良かったのなら、なぜこうも、まるで自意識とも呼ぶべきものが、この体に備わっているのか。それがなければ、僕はカリンをみて動揺したり、好きになったりなどせず、今頃、すぐさまこの国を出ていき、さっさと木になっているはずだ。でも。そうしていない。


 そしてそれは、僕だけに限らない。この国に居残るベイラーは数多くいる。レイダも、ガインも、ミーンも、そしてグレート・ギフトもだ。僕だけじゃない。『ソウジュは人と共にある。』とは、この国でよく聴く言葉だ。『人はソウジュと共にある。』とも言っているなぜ、そんなことをいうかと言えば……


「《人を好いているからだ……だったな》」


 好いている。好きになったから。この地にいる。この国にいる。だから、皆でこの国を守ろうとするし、雪かきだってする。夏になれば、きっと農作業もやるのだろう。


 ……僕はどうだ? できるか? この国のために?


「《僕は、この国が好きで、ここにいるんだったかな……》」


 そう言葉に出したら、もう頭から否定の言葉しかでてこなくなった。違う。そうじゃない。ここにあの人がいるから、いま僕はここにいる。


 ……なんでこんなことになったのだろう?人間以外の体になって、この国で過ごして、すでに半年がたったが、それだけがわからない。僕が死んだ理由もそもそも間抜けなのだ。人を助けて自分が死んだら意味はない。


 ……想像できていたら、ここにいなかったのだろうか。


 そうだ、もし助け無かったら。きっとあの女の人がそのまま飛び込んで、電車は遅延して僕は遅刻した。……ここまで考えて、その先が、想像できない。何をしたかったのかなんてない。漠然とした自分にとって都合のいい願いが、ほんの何個かあるだけで、それが叶うなんて思っていない。


 どうしてだ? どうして僕はここにいる? ガインたちにいつかいったように、カリンがいるからか? なら、カリンがいれば、僕はそれでいいのか? この国がどうなってもいいと? そんなことになれば、カリンはきっとまた泣いてしまうのに。


「《……ああ。そうだ。ここにつながるんだ》」


 この気持ちが、好きというものなのか。


「《僕はカリンに笑っていて欲しいんだ……》」

「……ふぅん」

「《はい、そうなんです。もうゴチャゴチャし始めて、面倒なのでそうゆうふうに思おうと……》」


 ……いけない。思わず卑屈になった。何処かからカリンが僕を試す時、もしくは不機嫌なときにだす「ふぅん」が聞こえたからだ。……いや、どこかは分かった。肩からだ。だから別に言い訳がましい言葉がでたわけではなく、いつぞや、このまま動いたら肩から落としてしまった経験が生きているだけなんだ。


「《……いつからそこに? 》」

「《僕は、この国が好きで、ここにいるんだったかな》から」

「《……ついさっきですね》」

「そうね」

「《……こんばんは》」

「こんばんは。悪いけど寒いから中、入るわね」

「《は、はいどうぞ》」


 そこまで言えば、だいたいカリンのしたことは分かる。肩から降りやすいように腕を動かし、手のひらで足場を作る。思ったとおり、カリンはスタっと手のひらに着地し、そのまま入っていた。なんどもみた光景だ。操縦桿は……握らないらしい。


「《また眠れないんですか? 》」

「……そんなところ。貴方だって寝てなかったから、別にいいでしょう? 」

「《そうですね……あの、寒くありませんか? 》」

「ベイラーの中って、不思議なの。外が寒い時は暖かいし、暑いときは涼しいの。だから平気」

「《そうゆうものですか……》」

「そうゆうもの」


 そこで、僕とカリンとの会話が途切れた。なにか話したくて来た、わけではないらしい。前もこんなことがあった。でもその時は、この世界に来たばかりで話題が尽きなかった。……あの後から、よく朝食をとってくれるようになったんだ。


「《こうするのも、ずいぶん久々な気がします》」

「……そうね」

「《また、懲りずに朝食をいっしょにできたら、嬉しいです》」

「……ねぇ」

「《はい? 》」

「……湯浴みの時はごめんなさいね。早とちりしちゃって」

「《そ、そうえば、なんで僕はあのとき蹴られたんですか? 》」

「……私が、貴方を火事場泥棒と間違えたのよ」

「《火事場泥棒!?……よりによってなぜ? 》

「火事場泥棒の目的が、ベイラーとその乗り手らしいの。で、私はてっきり乗り手だから狙われたと思ってしまって、そのまんま蹴飛ばしたの」

「《……そうゆう、ことでしたか》」

「でも、なんで貴方もあそこにいたの? わざわざお姉様との時間を作ってくれたのに」

「《それが……僕は、カリンの笛に呼ばれたみたいで》」

「笛? そんなの一度も……あー……」

「《あの音、口笛では、ないと思うんですが……》」

「楽器なんだけど……吹いてたわ。でもあれ、お姉様に披露してたのよ? まさか貴方にまで聞こえているとおもわなかった」

「《……楽器? 》」

「エアリードっていうの。他の笛と違って、噛ませる板なしでできる笛ね。……お姉様が得意なの」

「《こんど、カリンの演奏を聞いてみたいです》」

「……お世辞がもらえるような腕じゃないわよ? 」

「《カリンのことが知れるなら、どんなことでも》」

「それにしたって、すこし見境がなさすぎない? 」

「そんなことないです……知らないことが多すぎるので」

「そう……あんまり、怒ってないのね? 」

「《いや、僕も悪いことしたなと……あ》」

「……悪いこと? 」

「《……》」

「えい」

「《あ! まっていま操縦桿握られると! 》」


 意識と視界の共有が始まる。……姫さまはネグリジェにさらに上からローブを羽織っている。可愛い。そう思える。そして、僕はそのネグリジェの中をしっている。


「やっぱりみえてたのね」

「《そ! それはぁ……》」

「……なに?貴方、ベイラーでも、その、いやらしい気持ちとかになったりするの? 」

「《い、いやらしい!? 》」


 それは!触ることができれば触りたいけれど


「あー!? なに! そうなの貴方!? 」

「《筒抜けぇだったぁ!! うぁああ!! 》」

「へ、へぇ。そうなの。へぇ……・」

「《すいません……あの、操縦桿から手を離してくださいお願いします……》」

「いいの? 」

「《へ? 》」

「例えば。私がこのまま、左手で操縦桿を握って、右手で体を触ったらどうなるとおもう? 」

「《そ、それはぁ!! 》」


 そうだ。以前、食事をとった時には美味しいというのが伝わった。と、いうことは。感触が伝わる! 伝わってしまう! でも! どうなんだ! それは!!


「……動揺が伝わってくるから、すこし落ち着いてほしいのだけど」

「《すいません!! 》」

「で。……どうして欲しい? 」

「……」


 ……今、なんて?


「どうして欲しいって言っているの」

「《……》」


 間違いない。これは……罠だ。うっかりおねだりしようものなら軽蔑される。未知の体験が目の前にあるとして、その先にある欲求を満たしたとして。そのあと、そのあとに待っているのは精神的苦痛だ! 罪悪感で死んでしまう! 逃げ出してしまうかもしれない。


 しかし、しかし! その! 上目遣いはだからダメだって!


「……なに? これがいいの? 上目? 」

「《は、はい! できれば視線をそらしてくれると》」

「ダメです」

「《即答!? 》」

「答えを聞くまでやめない。……それとも嫌なの? 」

「《当たり前です! 第一カリンだって嫌でしょう!? 》」


 そうだ。そんな関節的とはいえ触るなどと


「別に? 」


 そうだろう。平気な訳がないのだ……


「《別に? 別にと言いました? 》」

「……私だって、間違って、蹴飛ばしてしまったことへの罪悪感のひとつやふたつあるんだからね。それに、まだ、土砂崩れを防いだ労いをあげてないし」


 ……つまり。つまりだ。これは……いわゆる据え膳なのでは?


「あの、そこまで目を爛々と輝かされると流石に困惑するというか」

「《なってますか!? 》」

「上をみて貴方をみてる私の視界でわからない? 」

「《わかります。すっげぇ光って線はしってますね》」


 人間で言うところの、『目が血走っている』状態になっているらしい。つまり隠しきれていない……ええい! 昼間は一緒にいれればそれでいい。などと考えてたやつが! 笑顔が好きだといっていたやつが! いざ餌をぶら下げられればこうだ! 情けない!! 


 でもこの機会を逃して、果たして次があるのか。むしろ次につなげるためにの、これはいい機会なのか!? その機会に甘えていいのか!?


「答えを出さないなら、制限時間でもいいましょうか? 」

「《ご無体な!? 》」

「……私も、その、そんなに喜んでもらえるとはおもってなくて、覚悟が揺らぎそうなの。だから早くして」

「《はい。では……》」


 ……どこにする。正直、正直、その胸に触ってみたい。過去に経験はないし見たこともない。でも。それはいくらなんでもダメなきがする。不義理というかなんというか、ダメだろう。


「そ、そうなのね……」

「《はうぁ!? 》」

「お姉様にも言われたことあるんだけど……そんなに大きい? 」

「《そう思えます……いや、これは世辞とかではなくてですね……》」

「……動くとき重いから、これはなければないで越したことはないのだけど」


 重い! 重いのかあれ!? メロン2個分っていうのはあれ本当なのか?!


「お尻もおおきくって……私、お姉様みたいなスッキリとした体がよかった」

「《それはそれで》」

「……コウ、貴方結構、えっちね」

「《えっち!? 》」

「ダダ漏れだけど。いろいろと」

「《そ、そんなことはないと思います! あ、あくまで触るのはカリンであって、僕が直接さわるわけではないので!! 》」

「直接さわれるなら触るのね」

「《もちろん。あ!! 》」

「即答とは恐れ入ったわ……」


 もうだめだぁ! それ以外! それ以外を思いつけ! なんだ! 触れてもよさそうな。それでいてなんだか特別感ありそうな。そんな。そんな……


「《……》」

「……こう、黙られるとそれはそれで怖いんだけども」

「《決めました》」


 ……こう、引かれるでもなく、やましくもなく、ただただ触れていたいとおもえる箇所をおもいつけた。


「うん。そう。……どうぞ」

「《頬に触りたいです》」

「……言いだした私がいうのも変だけど、それでいいの? 」

「《はい。それがいいです》」

「……じゃあ、どうぞ」


 カリンが、操縦桿の右側の離した。いくらか、僕の体が自由になる。そして、そのまま、右手を、ほほに添えた


 ……


「《カリン》」

「な、なに? 頬杖ついてるだけなんだけれど」

「《……暖かいです。とても》」

「そ、そう? 」

「《……それに、すべすべしてます》」

「それは、褒められてる? 」

「《はい》」

「コウ? 」

「《なんですか? 》」

「あったかいのは、別に私だけじゃないわ。みんな、人っていうのは暖かいのよ」

「《そう、だったんですね。始めて知りました》」

「で、これを、貴方は守ったの。あの嵐から」

「《……はい》」

「……コウ。よくやってくれたわ」

「《はい》」


 嵐の中、右手がちぎれたりいろいろあったが……あれからかなり時間も経ったきがするが。それでも。こんなことで嬉しくなってしまうのは、もう重症なのだろう。


「ところで……なんで頬なの? 」

「《……きっとやわらかそうだなぁって》」

「それ、『比べたわね?』」

「《……》」

「どうなの? 」

「《……はい》」

「えっち」

「《なにも言い返せません……》」

「はぁ……言いだしたんだから、もう少し触っていてあげる」

「《お願いします》」


 そのまま、少しだけ、カリンと夜を過ごした。すぐにカリンは寝室で寝るためにに出ていってしまったけれど。その夜。僕の目から、光が途切れることはなかった。



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