ひとつになるベイラー
「いっぱいいたぁ! 」
目の仇にしていた相手が突如として現れてケーシィから歓喜の声がする。バスターベイラーとなった今なら、ただのベイラーをひねりつぶすのは造作もない。実際にこの戦いではベイラーを行動不能に陥れた数はすに二桁に達する。その自信と自負が、ケーシィにおおざっぱな攻撃をさえた。
現れたベイラーにむけ、まるでサッカーボールでも蹴り飛ばすかのように足を振り上げる。子供のような動作だが、サイズ差からかんがえればそんな動作でもベイラーを叩き壊すには十分な動作だった。避けるか、防ぐかしなければ集結しても意味をなさない。
「姫さま、ここはリク任せて! 」
「リオ!? 」
全員が横に飛びのこうと準備していた矢先。黄色い肌をしたリクだけが、巨大な壁と見間違うような足を、真正面から受け止めるべく立ち向かう。四本の腕を広げ、胸に抱かんと掲げた。
「おねえちゃん! 」
「クオ! 」
「「いっくぅよぉおおお!! 」」
リクの目が真っ赤に輝く。サイクルが高速で回る。真正面からくる膨大な運動エネルギー。それを耐えるべく、地面を叩きつけるかのように足をしっかりと踏みしめ、腰を深く深く沈ませる。重心を低く保ち迎撃せんと目を見開く。目の前にはとてもベイラーの物とは思えない巨大なつま先。クオの体が一瞬恐怖に包まれるが、それをほぐすかのように、リオが手を重ねた。
「お姉ちゃん」
「だいじょうぶ。できる!! 今日はそんな気がする! 」
笑顔で応えるリオ。ベイラーであるリクに乗る2人は、それぞれ操縦桿で思考が共有されている。だからこそ、クオにも、リオの心が分かる。クオも怖がっている。しかしそれを堪え、妹であるクオを励ましている。言葉にしなくてもわかる事実を噛みしめる。そんな2人に、ふと暖かな感触が触れる。
「これ、リク? 」
「リクなの? 」
《―――! 》
2人を励ますかのようにコクピットが淡く光り、暖かく包み込む。
「そうだよ! ここには4人もいるんだから! 」
「お姉ちゃんと、クオと、リク、そして、リクのお兄ちゃんだった人!! 」
「怖くたって負けない! 」
「負けない!! 」
迫りくるキックに向け、4本の腕が差し出される。なんの誇張もなく、巨大なベイラーのキックをリクは受け止めようとしている。避け続ける事はできても、それはカリン達の勝利につながらない。その足掛かりになるべく、自らを鼓舞しこの場に立っている。
かつて双子だったはずの彼は、その体を一つにして生まれ、やがて盗賊の物となって悪事の手伝いを行った。山を荒らし、獣を壊し、人を、ベイラーを攫い、それでも生きる意志をなくすことはなかった。
ずっと苦しかった彼は喉がなく、声をあげることができず、訴えを聞いてくれる人は誰もいない。雪山でコウに打ちのめされ、体をボロボロにしても、それでも生きたいと願った。
それは彼がベイラーの命題を果たしたいという一心。この世界をもっと見てみたいと願う心がそうしていた。そして今、その願いはひとつ付け加えられている。
初めて自分の事を、喉がない事を理解して、今までの悪事を許し、そして共に生きる事を選んでくれた2人の少女。その2人と共に、この世界を見てみたい。どんな物があるのか。どんな風景があるのか。それを知りたい。彼は2人に似て好奇心が旺盛だった。
願いを胸に前を向けば、壁と見まがうつま先がもう目の前まで迫っていた。しかし、もう彼らに恐怖はなかった。
ついにくる衝撃。砂埃が街を包む。仲間たちが見守る中で、黄色い肌をした彼は、その目を真っ赤に輝かせ、そのつま先をしっかりとつかんでいる。
《―――オオ》
荒げる喉はない。それでも、心の底からこの願いを叶えと吠える。そよ風にもにた声が、徐々に、しかしたしかに大きくなる。
《―――オオオ!! 》
四本の手は、バスターベイラーのつま先に突き刺さり、ちょっとやそっとの衝撃では抜けないようになっている。しっかりと地面を踏みしめたその両足はさらに地面を深く深くえぐり、リクを地面に沈ませている。けりこまれた衝撃は全身をめぐり、体中にヒビが入りながら、それでもその目はまっすぐ前を向いている。そしてサイクルは先ほどよりもさらに高速で回り、力をみなぎらせている。
リクの頭には、4本の角が生え、怒りの様相を示している。だが彼の心はこんな状況なのに、怒りや憎しみとは程遠く、ただ自分の力を発揮すべく力んでいるだけだった。埃が晴れたころ、ようやく周りに状況が伝わる。そこには、バスターベイラーの蹴りを、たった一人で防ぎきっているリクの姿があった。決して蹴飛ばされておらず、その場で確かに受け止めている。一瞬、バスターベイラーとリクの間で空間がとまる。力が拮抗しているが故の静止だった。
「リク!! 」
「ぶん投げろぉお!!」
無謀にも思える指示。しかし、リクはその目を輝かせ、応える。
《―――オオオオオオオオオオ!!! 》
そよ風のような声が、初めてあがった。そしてその声と共に、バスターベイラーの片足は勢いよく弾き飛ばされる。重心を強引に外されたバスターベイラーは、大きく体勢を崩し、前のめりへ倒れていく。衝撃的な光景が目の前で広がっていた。
しかしそれは、いままで訪れたことのない、明確な好機だった。
《カリン! 》
「関節にむけ全力で攻撃なさい!! 」
全員がうなずき、行動に移す。倒れるといっても、そもそもバスターベイラーは空が飛べる。細工ルジジェットで体勢を戻されてしまう。この倒れるか倒れないかのわずかな時間こそ龍石旅団の好機だった。
レイダが前にでる。サイクルレイピアをその手に持ち、倒れそうなその膝むけ、まっすぐに突き刺した。一度ではなく、なんどもなんども突き刺す。ほどなくしてレイピアの刃の半分まで、それは突き刺さり、やがて抜けなくなった。
「もう一本!! 」
《オルレイト様! 後ろに! 》
「ケーシィ殿をそれ以上やらせるかぁ!! 」
後方から、ヴァンドレッド操るアーマリィベイラーが迫りくる。すでに拳は握られ、あと一歩分前にすすめば間合いというところまで来ていた。
「近衛格闘術! 正拳――」
「お呼びじゃないんだよぉ!! 」
構えを取り、拳を突き出そうとしたその瞬間、その横からサマナがサイクルシミターで斬りつける。アーマリィの甲羅はその程度では切り裂けないが、空中で不意打ちを食らったことで奇襲を阻止することに成功する。
「あいつは任せなぁ! 」
「頼んだ! ナットぉ!! 針を蹴りこめぇ!! 」
「わかった! 吹き荒べミーン! 」
《あいあいさぁ!! 》
ミーンが遥か後方から、一瞬で最高速度に達して追いすがる。全身のサイクルが回り続けることで煙が上がり、その体に灰色の雲を纏いながら、一直線にバスターベイラーを駆け上がる。そしてレイダが突き刺したレイピア目掛け、勢いを殺さず全力で飛び込んでいく。
「サイクル、マキシマムゥウ!! 」
《ジェットキィイイイク!! 》
十二分に加速したその体を、一点にあつめて叩きつける。刃渡りが半分まであったレイピアはさらに半分、四分の三が埋まっていく。その衝撃は大きく、倒れかけたバスターベイラーがわずかに揺れた。
レイピアがたしかに楔として突き刺さっていく中、ケーシィがその行動を理解し、行動を起こす。
「鬱陶しいなぁ!! 」
サイクルジェットに火が入り、倒れかけた体を強引に空へと持っていくことで体勢を立て直す。
「空に逃げるか! マイヤ! 」
「ヨゾラ! できますね! 」
《デキル。ウエヨセマス》
空へと逃げるバスターベイラーを追うべく、レイダの背中にヨゾラが植え寄せする。レイダの背中に翼が生え、2人を大空へと連れていく。
「いい気になるなぁ!! 」
ケーシィが追いかけてくるベイラーむけ、サイクルショットを構える。空中から打ち下ろす形になるこの攻撃であれば、防がれることもなく、かつだれも避けることなどできない。狙いを大まかにでもつけようとしたとき、ケーシィにとって一番重要な相手が地上にいないことに気が付く。
「白いベイラーがいない? どこにいった」
地上をいくらみわたしてもその姿がない。白い体はこの砂漠では異様に目立つはずだが、それでも見つからないことに一瞬疑念がわいた。
「(家の中に隠れた? )」
先ほどからずっと戦っている白いベイラー。傷が多く、たしかに体を癒すべく隠れて時間を稼いでいるのはあり得る話ではあった。
「なら街中の家をぜんぶ、ぶっ壊せばいいんだぁ!」
サイクルショットはついに狙いをつけるのをやめた。適当に撃てばとりあえず家は壊れる。できうる限り思考を排除し、何も考えず、ただ敵を倒す行動だけにシフトしていく。ケーシィはこの戦いの中、常に血を抜き取られ続けた。その結果、徐々に考える事そのものが難しくなっていった。頭は寝不足のようにかすみ、視界の四隅は暗くみえない。それでも、憎しみが消えることはない。
街へサイクルショットを向けたとき、暗くなった視界の四隅に、桜色をしたベイラーがいることに気が付けなかった。
《この大きさで致命傷は難しくとも、こうしてやればいいのですよ 》
「グレートレターは恐ろしいことを考える」
レターの発案に乗る形で、バスターベイラーが飛び上がる寸前にその背中に取り付いていたアマツ。そして空の飛べない彼女たちは、よじ登る形でいま、バスターベイラーの頭、そのすぐ横に来てる。
《サイクルサイト》
そして、頭のすぐ傍で、大鎌を作り出す。元は庭師であるベイラーが使っていた道具。あくまで草刈り用のために、刃の向きは斜めに生え、地面スレスレをできうる限り力をかけずに振りぬくことで、その地に生える草を間引く。長い柄に垂直に生えた掴み棒で、手の内を緩めることで簡単に振るうことができる。その道具を、本来の用途では絶対に掲げないであろう程に、おおげさに振り上げた。
「一撃いれたら離れい。ちょうど緑色のが来てくれよう」
《ベイラーを背負うと空が飛べるようになる。おもしろい家族もいたものです》
「あとで話をきいてみようか」
《それがいい》
緊張感のない会話をしながら、巨大な刃渡りをもつ道具、否、この場では立派な武器となった鎌を、相手の目にむけて振り下ろした。通常のベイラーと違い、琥珀ではなく翡翠の色をしたその結晶に、その武器は突き刺さる。ガラスが割れたような乾いた音が響く。
「何!? 何が起きたの!? 」
突如として視界を奪われたケーシィは、何が起きたのか理解するほど頭はまわっていない。しかし、頭部付近で何かをされたのは明白であり、それに対する行動に移す速さは健在だった。
バスターベイラーの右手を、まるで蚊でも叩くかのように自分にむけてはたく。グレートレターは、避けるというよりは、そのまま力を抜いて崖下へ落ちるかのように落下していく。しばらくすると、ちょうど真下にいたレイダ達が、何事かと思いながらグレートレターを受け止めた。
「よしよし。視えていた通りの位置のいるなぁ」
「占い師!? バスターベイラーに取り付いてたのか!? 」
「たった今目をやってやったわ。しばらくは難儀するはず」
「ど、どうやってそんなことを」
《乙女を質問を重ね続けるのは感心しませんよ。家族の乗り手》
グレートレターがたしなめるように、その口に人差し指をあてながら応じる。オルレイトはそのしぐさで何も聞けなくなってしまった。
《ともかく、ベイラー側の視界を封じました。攻勢をかけるのであれば今です》
「わかった、がぁ!? 」
無造作に振るわれた拳が、目の前まで迫る。強引に急上昇することで、なんとか直撃を避けた。反撃しようにも、グレートレターを抱えたままではサイクルショットも狙いをつけられない。ひとまず全体像を把握すべく、上空から俯瞰すると、バスターベイラーは、目が見えなくなったのをいいことに、あたり一帯を手あたり次第に殴りつけている。
ベイラー側の視界がなくなったからといって、乗り手の目が見えなくなることはない。共有を切り、人間がコクピットからの視界をつかって行動することはできるようになっている。しかし今のケーシィは、全身を蔦で縛られ、共有は切れず、血を抜かれ続けたことで思考もあやふや。もはや暴れるだけの何かに変わっていた。
「めちゃくちゃやるなぁ。だが、これで下準備は整った! 姫様! コウ!! 」
バスターベイラーのさらに上空。太陽を背にしてそこにいるのは、両手で刀を構える白いベイラー。そのベイラーを載せ、今にも壊れそうな翼を動かしながら、しっかりと支える青黒いベイラー。
コウが、カリンの操るベイラーに乗り、一直線に突き進んでいる
「レイダの楔! 見えているわね!? 」
《よく見える! 》
直線的な動きであろうと、視界をつぶされたベイラーが、自分より小さな相手を狙えるはずもない。無造作に振るわれる拳をかいくぐるまでもなく、目的の間合いまで入っていく。
コウの一撃だけでは、関節を砕くことはできなかった。しかし、楔をうちこみ、そこからさらにコウの剣戟を叩き込む事ができたなら。
ただの楔はで、楔そのものの強度が足らずにその役目を果たすことはできない。しかし、この中で一番針を作り続け、大きく、丈夫な針を作れるレイダの物であれば。護衛であるアーマリィを退け、隙を作り出すことができれば。
《真向、唐竹ぇ! 大切斬!!! 》
振り上げた刀は、吸い込まれるように楔へと向かっていく。ガキンと甲高い音が鳴ったその瞬間、なれほどながかった針は、そのすべてをバスターベイラーの中へと入りこむ。
叩きつけたその衝撃は、ブレードの強度を超え、一振りで粉々に砕け散る。しかし、砕け散ったときの音と同時に、いままで聞いたことのないような、炸裂音が聞こえてくる。
最初は、小さく、しかし徐々に大きく、まるで雷でも落ちたかのような大きな音が、バスタ―ベイラーから鳴り響く。関節そのものが大きいために、効果が表れるのに多少の時間を要した。人間がゆっくり深呼吸するときのような、そんな空き方をして、変化は劇的に表れる。
バスターベイラーの膝が、側面から、ぱっくりと割れていく。少しずつ、しかし確かにその割れ目は広がっていく、やがて、バスターベイラーの脚は、ひざ下から完全に切り離された。切り口は雑そのもので、切株のようにきれいとは言い難い。膝から下の部分は街に落ち、家屋を何軒かつぶす。避難しているためけが人はいないが、直すのを手伝う家が増えたなぁと、コウは呑気なことを考えていた。
「何も、何も見えない! 何がおきたの! ねぇ!! 」
ケーシィは視界を無くし、自分の体に何が起きているのかわかっていない。しかし次の瞬間、体のバランスが大きく崩れたのだけはかすんだ頭でも理解できた。
「なんか、軽い? なんで? 」
空中ではバランスをとることが非常に重要となる。バランスさえ取れれば、いかに高速で移動しようと問題はない。しかし、自分の体の一部が突如として無くなり、今まで取れていたバランスがとれなくなれば、安定した飛行は、簡単に崩壊する。
「は、はは! 見ろレイダ! コウがあのバスターベイラーを斬ったぞ」
《はい。この方法でよいと分かれば》
「繰り返すだけだ。次は翼を切ってやれば、やつは飛べなくなる! 」
バランスを崩し、あっけなく地上へと落下するバスターベイラーを見ながら、オルレイトは戦いの中で希望を見出していた。邪魔をしてくる護衛をサマナが抑えいる今、楔を打ち込むことはなんら苦ではない。時間はかかるかもしれないが、この戦法が通用すると分かった以上、何度も繰り返す他、この街を守る方法はない。しかし、今までその方法すらわかっていないかった。ここにきてその方法が確立されたのであれば、どれだけ時間がかかろうと成し遂げる意志が、オルレイトには、ひいては龍石旅団の全員に生まれつつあった。
一方、墜落したバスターベイラーが、両腕を使うことで、どうにか倒れることは逃れ、立ち上がろうとしたとき、自分の何処を亡くしたのを把握する。
「あ、足? 足を切ったの? たかがベイラーが? 」
思わず茫然とするケーシィ。視界は見えず、足をなくして立つことはできない。一気に二つのものを失ったことで、今まで味わったことのない感覚がその身を襲い始める。
「や、やだ。やられる。このままじゃやられちゃう」
目が使えないことで、耳から入ってくる足音が異様に近く感じられる。コウたちが倒れたバスターベイラーにさらに畳みかけようとしてくるは、その足音でよくわかった。
「た、立ちなさいよ! そうしないと、旦那様の仇が取れないのに! 」
あれほど強大な力を誇っていたバスターベイラーが、倒れたままもがき苦しんでいる。片足をなくしたことで立ち上がることができず、ただ背中のサイクルジェットをつかって強引に空へと逃げようとする。しかし、ここにきて墜落の影響で、翼がゆがみ、まっすぐに体を飛ばすことができないでいた。傾いていく体に、つい悪態をつく。
「さ、さっさとなんとかしなさいよ!」
返事など帰ってこない。このコクピットには誰もいない。全身はすでに縛り上げられ、身動きはとれず、しかし、目も、足も奪われ、今に翼さえ奪われようとしている。これ以上ベイラーを破壊されれば、彼女の目的を果たせなくなる。それはどうしても避けたかった。
だからなのか。最初は幻聴かと思った。
《―――ダイ》
その声は、ずっと自分の頭の中で響いていた女の声。いままでずっと、許さないとしかささやいていなかった声が、この時初めて別の声を出してきた。それは小さく、弱弱しいが、今までと違い、明確にケーシィと会話を目的とした単語を発している。ケーシィがよく耳を澄まし、コウたちの足音に邪魔されながらも聞き取れた言葉は、最初何を意味するかが分からなかった。
《チョウダイ》
「……何を? 」
言葉は理解できるか意図は理解できない。子供がずっと同じ単語で話してくるような感覚に陥るケーシィ。
《チョウダイ》
「だから何を」
切羽詰まっている状況下で、この押し問答はケーシィの余裕を奪っていく。
そして、その問いに、最も応えてはならない答えてしまう。
「なんでもいいわよ。もっていきなさいよ。それでどうにかしなさいよ」
面倒を嫌ったケーシィは、会話を打ち切るべく簡素な答えを返した。すでに流れ出る血液は多くなりすぎ、顔色は青白いを超え、もはや生気を感じられない。そんな状態で思考しろというのが無理であった。 だが、問いかけてきた者は、そんな事情などお構いなしで、その答えに大いに満足する。
《ワカッタ。ゼ ン ブ チ ョ ウ ダ イ 》
次の瞬間。
今まで、ケーシィを雁字搦めにしていた蔦とは別の、茎と見まがうような太さの枝が、背中をとらえる。その先には、腕に突き刺さる針と同じものが、左右2本、計4本が生えている。振り向くことができないケーシィは、背後に迫るその物体を認識することができない。
そしてその針はケーシィの体を服ごと容赦なく突き刺した。
「ガァ!? 」
突然の痛みに悶える暇もなく、突き刺さった針がケーシィを蝕んでいく、そして、あれほど抜き取られた後の体から、さらに血が抜かれていく。腕から抜かれるより多く、心臓から直接吸い取ったかのような濃い血がバスターベイラーへと注がれていく。
「だ、だめ、もう、力が、はいらな」
人体から抜けていい量を突破し、視界が暗転し始めるケーシィ。何が起きたのか分からないまま、その目を閉じようとしたとき、誘ってきた女の声が応える。
《モウチョット。モウチョット》
「(何が、ちょっとなの? )」
その言葉を聞いたとき、ふと、背中から、そして腕から、今までにない感覚が戻ってくる。
抜かれ続けた血液が、ケーシィに戻ってきている。霞がかった視界が晴れていき、薄れていた思考が元に戻り始める。
「あ、あれ? 痛くない? っていうか目が覚めた」
不思議と晴れやかな気分になったケーシィが、改めて自分の置かれた状況を鑑みる。つながれた手足。突き刺さったまま抜けない針。そしてベイラー側からの視界の共有はなくなり、コクピットからの視界しかない状態。とくに首が動かないため背後が見えないのが不便だった。
「何あげたかわかんないけど、動けるならいいや」
声に答えて、何かを、その声の主に捧げた。それだけははっきりと覚えている。
「さて。あげたんだから、さっさと動けこのポンコツ!! 」
その言葉が、バスターベイラーをさらなる形へと変えさせる。
◇
「どういう、ことだ」
同刻。ケーシィが目覚めたころ。オルレイトが切り落とした断面を見てしまったことから始まる。
《オルレイト様? 》
「僕の目が、おかしくなったのか? なんか、変なものがみえる」
上受け止めたグレートレターを降ろしながら、コウがたった今切り落とした脚を見るオルレイト。そして視力の良い彼女もまた、オルレイトと同じものを見つけてしまう。
切り口から、まるで蜜のようににじみ出ているそれは、水よりは粘度が高く、はちみつよりは粘度が低いのか、ポタポタと地面に垂れている。その色と、香りに、その物体の正体に行き当たる。
「血だ! 切り口から血が出てる! 」
《ま、まさか、あのベイラーには、血が流れているというのですか? 》
さらに変化は続く。ベイラーの全身に管のようなものが浮き上がる。その管は、赤く、全身を這い、その姿をさらにまがまがしい物へと変えていく。つい先ほどまで、足を失い、その勢いを失わせていたというのに、それ以上の力のみなぎりを見せている。
「冗談だろう。まだ、強くなるのか、こいつ!? 」
オルレイトが戦慄している最中、占い師のアマツが、その血の出所をつかんでいた。正確には、グレートレターがそのことをを知っていた。
《ああ、ああなってしまっては、もう》
「グレートレター、アレは一体、あの血は誰のものなんだい」
《家族と、人が、1つになってしまった……決してなってはいけないのに》
「なっては、いけない? 」
《あの紫の家族がそそのかしたか。あれは乗り手の血。乗り手の血潮。ベイラーに、乗り手はすべてをささげてしまった。あとはもう、降りることはできない》
「……降りれない? 」
《乗り手は家族にとっての心の臓となってしまったのです。血潮はベイラーをさらに強くすることもあるでしょう。力のみなぎりは生涯感じたことのないほどのものに》
「まさか、バスターベイラーはあれ以上強くなると? 」
《かもしれません。しかしそれは囚われただけ。乗り手はもう‥‥…人としての暮らしはできない。あの紫の家族から降りることもできず、ただ血潮をめぐらすだけの虫になり果てる》
「虫……だが、グレートレター、アレが強くなるのはかわりないのかえ? 」
《本来、家族が強くなることに意味はないのです。でも、そうするように仕向けた者がいる》
「―――黒いベイラー、かえ? 」
《おそらく。その姿はみえませんが》
「しかしなぁ‥‥…お手上げじゃぞ。あれは」
全身に赤い管をみなぎらせ、片足で立ち上がるバスターベイラー。その姿はもはやベイラーとはかけ離れた姿へと変わっていた。文字通りバイザー状の目は血走り、片足からの出血はいつのまにか管によってせき止められている。
人とベイラーが交わった、あってはならない姿がそこにあった。




