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アーリィの軍隊

「……」

 《空を飛ぶベイラーがまた増えた。戦いの規模がどんどんおおきくなっている》

「そ、そうさな」

 《私の家族。どうしましたか? 》

「嫌な予感がする。少し待ておくれ」


 カリンたちがリュウカクと出会ったころ。アマツは体からあふれ出る冷や汗に身をつまされていた。コクピットの中で手持ちの道具を広げだす。それはいつか双子の前で見せた略式の占い。皿の上に重りを用いてひもを張り、その波紋で占うもの。その波紋がいかに不自然に揺れ動くかで、良いこと、悪いことがわかる。双子の時は波がすこし立つだけで、そこまで不幸な結果は出てこなかった。しかし、その皿の上で波紋を出したとき。たった一回の波紋の広がりだけで、中の水が突如として盛大にこぼれた。


「グレートレター。中央に向かっておくれ」

 《何を見た? 私の家族》

「あの空色のベイラー、その乗り手が怪我をする」

 《ほう。それは 》

「それに、ゲレーンの姫がアーリィをぶんどった」

 《あの家族もまた豪胆ですねぇ》

「それ以外まだ……わからない。でも悪い結果だけがすぐそばに来ている」

 《なぁに。怯えることはありません。私も、他のベイラーも最善を尽くしていますよ。その悪い結果が、どれだけのものかも、見えていないのでしょう? 》

「そ、それはそうなのだが、しかし」

 《ならば行動せねば》

「わ、わかっている。いこう」


 グレートレターをゆっくりと歩きだす。その最中でもアマツの頭の中では悪い考えが渦巻いてしまう。


「(もうすぐアンリーが死んでしまう)」


 それはいつかの占いの結果。アンリー・ウォローがこの戦いで死ぬという結果。彼女の占いはそのことごとくを当てている。ゆえにこの占いの結果は、彼女の心を冷え切らせるのにずいぶんと効果的だった。


「(それ以外に、悪い結果……もしあるとすれば、白いベイラーの事か)」


 だがそれ以外にも彼女には抱えている占いがある。それに悩まされているのは彼女だけではなく、コウも該当していた。この世界を滅ぼす者という予言。その事実が確かなら、コウの身に何か起きた可能性もまた否定できない。様々な事象、様々な占い。頭の中でぐるぐるとめぐっていくと、一言ぼやいてしまう


「祠に逃げ込めればどれだけ楽か」


 今すぐこの戦いを投げ出してどこかに行ってしまいたいと考える。しかしそれをグレートレターが許さない。


 《今日は調子がいい。逃げてもすぐさまサイクルレターでここに呼び戻せます》

「はっはっは酷い」

 《行く末を導くのが占い師。その結果を見届けなくてどうします?》

「ええい! わかった! 飛ぶぞ! サイクルレターで中央の井戸まで! 」

 《家族の頼みなら喜んで》


 グレートレターがその身を花で包んでいく。そして瞬きをする間に、その体は別の場所へとたどり着く。


 ◇


「軍人さんの動きがいいねぇ。新しいベイラーの調子がいいの? 」

「アーマリィは自分に合っています! そういう事もあるのでしょう」

「リオ! クオ! 残り何本!」

「5本! 」

「でも全然当たんないよぉ! 」


 中央では、リオ、クオ、ナットの三人が、帝都のベイラーと戦っていた。空を飛ぶザンアーリィと、甲羅を持つアーマリィ。先ほどナットはアーマリィを撃退したが、それとは別のアーマリィを用意され、苦戦を強いられている。


「一方的だなぁ! 空色のベイラー! 」


 アーマリィの乗り手、ヴァンドレッドが戦術を変えてきた。彼の得意な格闘戦を封印し、徹底的に遠距離からの攻撃に切り替えている。最初こそリオとクオによる迎撃があったが、その攻撃はアーマリィに通用しないと見るや否や、ヴァンドレッドは自身を盾として動いている。


「軍人さんやるぅ」

「この隙に空色のベイラーを! やつは危険です! 」

「ほうほう」


 ザンアーリィの乗り手、ケーシィがうなずきながら観察する。ケーシィから見てもナットの、地上で行われる動きの軽快さは目を見張るものがあった。


「まぁこの中じゃヤルほうだね。ならなら! 」


 ケーシィが両腕にサイクルショットを生み出す。狙いはおおざっぱにしかつけていない。乱れ撃ちであった。


「これはどうかなぁ! 」


 そのまま、ケーシィは一気に距離を詰めに行った。それを見たナットは、今まで遠距離からの攻撃しかしてこなかった相手が突然接近してくることに一瞬疑問を感じたが、チャンスであるとも考えた。ミーンが一番力を出せるのは蹴りによる攻撃であり、そのためにはどうしても近づくことが必要だった。


「向こうから来てくれるならぁ! 」


 相手が無作為に撃ってくるサイクルショットをすべて躱していく。ミーンの脚ならば造作もなかった。そして飛び蹴りの範囲までザンアーリィが飛び込んでくる。


「サイクルゥ! キィィイイック!!」


 そのまま一直線にミーンを跳躍させる。空中で棒立ちになっている限り、突進にも近いミーンの蹴りはよけることなどできない。そのままミーンの一撃が決ろうとしたとき。


「ザンアーリィはこんなことができる! 」


 突如目の前にいたザンアーリィが変形した。機首はミーンと反対を向き、サイクルジェットがちょうどミーンを向くように調節されいる。そして一気にサイクルジェットに火がともり、目の前にまで来ていたミーンはその炎に焼かれてしまう。


 《あ、熱い!! 》

「ミーン! 」

「まだまだぁ! 」


 ミーンが炎で怯む。その隙に変形し炎を浴びせたケーシィは上昇し、ミーンの真上にまでやってくる。


「サイクルナイフ! 」


 さらに空中で瞬時に変形し、そのまま落下。ミーンの体へとナイフを突き立てようとする。


 《ナット! 》

「吹き荒べミーン! 」

 《あいあいさぁ! 》


 ミーンのサイクルが高速で回っていく。その目は赤く光輝き、煙が全身から上がる。ミーンの暴風形態。その状態に移行し、迫りくるナイフを蹴飛ばす。


「攪乱する! 」


 着地した瞬間に、地面を縦横無尽に走り出すミーン。その速さ、この場所の誰にも目に止まることはない。


「ふぅーん。これにやられたのね。でもぉ」


 サイクルショットをミーン、ではなくリクに向ける。リクは今、アーマリィとの闘いでそれどころではないため、背後にいるケーシィの行動に気が付かない。


「あの子はどうかしら? 」

「や、やめろぉ!! 」


 サイクルショットが無慈悲に撃ち放たれる。1発や2発ではない。数十発に及ぶサイクルショットがリクへと向かう。突然鳴った背後からの音に気が付き、振り向いたその時。すでにサイクルショットは眼前にまで迫っていた。リクの技能ではサイクルシールドは間に合わない。


「おねえちゃん! 」

「クオ、これ駄目だ!? 」


 両手の武器を捨て、とっさに4つの腕で体を守ろうとしたとき、目の前に見慣れた外套(マント)が翻る。いつもの違うのは、その全身からは黒い煙が出ており、かつ、全身にサイクルショットが突き刺さっていること。


「「ナット!! 」」

「間に、合ったけど……これは……」

「いいねぇいいねぇ! 自分の体を盾するとか! 」


 ミーンの体から生気が抜けていくように、煙が収まっていく。そのまま膝から崩れ落ち、うつ伏せになって倒れてしまった。リクが急いで起こそうとするも、空中にいるアーマリィに邪魔されうまくいかない。


「ミーン! ナットは!? 」

 《……骨が、折れてるって》

「そんな!? 」

 《ごめん。ミーンもナットも、これ以上は、戦えない》

「ううん。いいの。リク! ミーンを持って一回逃げる! 」

「逃がすと思ってるのかい!? 」

「帝都に仇なす者は潰す! 」


 リクに向けてサイクルショットが向けられたその時、今度は別の方向から、アーマリィ達に攻撃が飛んでくる。アーマリィは甲羅にサイクルショットうけやや失速するも、ダメージはない。ザンアーリィのケーシィは飛んできたサイクルショットを間一髪で躱して見せる。


「この正確サイクルショット、覚えがある。あの緑色のベイラーか」

「如何に正確とて! 」


 さらに数発、ケーシィではなく、すべてヴァンドレッドのほうに鋭い針が飛んでくる。そのすべてを甲羅で受けようとしたとき、突然関節に異変が起きた。肘のサイクルが十全に回らない。まるで何かにせき止められたかのように腕が途中で止まってしまう。よく見れば先ほどのサイクルショットが一発だけ関節に突き刺さっていた。


「あの距離から関節を狙撃された!? 小癪なぁ! 」


 とっさに防御の姿勢を変える。腕で守るのではなく、半身を傾けて、できうる限り被弾面積を抑える方法に切り替えた。鋭いサイクルショットがアーマリィの体に突き刺さる。態勢を崩しながらも、攻撃を受けた方角をきっちりと見定める。その方向には確かに緑色のベイラー、レイダがいた。


 《二回目は防がれました》

「アーマリィベイラー、だったか。なんて硬さだ」


 レイダがそのままリクのそばで着地する。武器をサイクルショットから、サイクルレイピアに切り替え、さらに左手を守るサイクルクロスを作り上げる。


「レイダ! レイダ! 」」

「オルレイト来た! 遅い! 」


 リオとクオはここにきて仲間がやってきてくれたことに、張り詰めた気が緩むように泣き出してしまう。それは目の前で盾になって倒れたナットがいることも大きい。


「悪かったな……まて。ミーンはどうした!? 」

「やられちゃった」

「クオ達を、まもってくれて」

「そうか……おいミーン、ナット。動けないのか? 」

 《ミーンは、動ける。でも、ナットが》

「ナットが、どうした? 」

 《骨が、折れてるかも》

「早くいえ! いま連れていく! 」

 《でも、オルレイトだけじゃ》

 《坊やだけじゃないさ 》


 別方向から、サイクルブーメランが飛んでくる。今度がザンアーリィがそのブーメランをナイフで叩き落してみせた。しかし投げ込まれた先を見ても、どこから飛んできたのかはわからない。


「どこだ? 地上にいない……なら、上か!? 」

「セス! 」

 《波裂き(なみさき)ぃい!! 》


 ケーシィが真上を向くと、そこには真っ赤なベイラー、セスが突進をかけてきていた。さらにその手にはサイクルボードを向けている。当たればひとたまりもないのは見てわかる、単純な質量攻撃だった。


「間に合うかなぁ!? 」


 ケーシィが冷や汗をたらしながら、それでも冷静に対処する。サイクルジェットを小さく深し、その場からわずかに横にずれる。同時に体を回転させ、サイクルナイフを順手で持ち替える。回転軸そのものをずらしながらの回避。それは功をなし、セスの突進を紙一重で躱す。同時に回転した勢いのまま、ナイフでセスを攻撃する。遠心力が乗った攻撃がセスに命中する。


 《がぁ!? 》

「まだ飛べる!? 」

 《む、無論だぁ! 》

「波裂きがよけられるなんて……それにあのベイラー」

 《やはり、ただものではないな》

「うん。流れが、おかしい」

 《おかしい? 》

「あの乗り手から出る流れとは別。なにか小さな、でも確実に別の流れがあのベイラーにある」

 《二人乗り、という事か? 》

「ううん。乗り手は一人だけ。別の流れが、ベイラーから出てる」

 《ベイラーから? 》

「うん。なんかものすごく、強い流れが、あのベイラーにある」


 セスがレイダ達と合流する。徐々に戦力比率が覆り始めた。


「たかだか2人増えたくらいでぇ! 」

 《二人ではない! 》


 ザンアーリィに追いすがり、サイクルショーテルをたたきつけるシュルツ。ケーシィはその視界の外からの攻撃に、思わず大げさに距離を取ってしまう。


「ちぃい! 当たらないか」

 《機はまだある! 急ぐな担い手よ》

「わかってる! 」


「こ、こいつら」

「ケーシィ殿! 飛べ! 」

「今度はなに!? 」


 精密な狙撃とも違う、乱雑なサイクルショットがけん制として放たれる。さらにヴァンドレッドとケーシィが距離を置かざる負えなくなった。さらにそのサイクルショットを撃ってきた人物に目を見張る。


「なんでアーリィベイラーがこっちを撃つんだ」

「まさか、反乱か!? 」

 《アーリィが味方をしてくれている? 一体だれが》

「嘘……でもあの流れって」


 2人のアーリィベイラーがなれない飛行でフラフラとなりながらも、サマナ達と合流する。サマナはその目で見るまでアーリィの乗り手が信じられないでいたが、何度目を拭っても、コクピットからあふれるその人物特有の流れは変わることはなかった。


「そのアーリィベイラー、まさか姫さまが乗ってるの? 」

「遅くなりました! 皆、よく無事で」

「ど、どうやってアーリィベイラーを? 」

「理由を聞いている暇があって!? 」

「な、ないです! 」

「ほら、オージェンも手を貸しなさい! 」

「狙いはつけています」

「なら一斉射でしょう! 」


 アーリィベイラーが2人、セス、シュルツ、レイダ、リク、総勢6人による攻撃がケーシィたちに向かう。サイクルショットやブーメラン、ショーテル、リクの弓弩。様々な形での飛び道具はまっすぐケーシィ達をとらえていた。


「軍人さん! 」

「やって見せる! 帝都近衛格闘術! 」


 数多の攻撃を前に、ケーシィの前にヴァンドレッドが立ちふさがる。空中だというのに、まるで地面にいるかのような佇まいで、迫りくる攻撃が真正面に来るように位置取りをした。両腕を腰に据えて構える。呼吸を細く、だが大きく吸い込んで、その技を使う。


「月流し! 」


 そのまま、腰に据えたそれぞれの手で半円を描くように回していく。両方の腕で丁度丸い円、月の丸さを描いた。


 格闘術での守りの動作には受けと払いがある。受けとは、その名の通り攻撃を急所以外で受け止めることであり、ボクシングのガードはこれを指す。払いとは、能動的に動き、相手の攻撃方向を逸らすこと。ヴァンドレッドが行った月流しは、いわば受けと払いを同時に行う防御方法である。右手を頭上に、左手を股下に持っていき、まず上下の攻撃を『受ける』。その後、頭上にあった手を下に、股下にあった手を頭上に、半円を描く起動で上下させる。この動作によって次にくる攻撃を『払う』。これが月流しのすべて。防御一辺倒の構えである。受けと払いを同時にこなすことで、対処の難しい初見の攻撃でも防ぐことができる。


 そしてなによりこの構えは、円を描く軌道を、何度も繰り返すことで、連続しての攻撃すら対処できることにある。


「そらそらそらそらそらぁあ!! 」


 アーマリィの腕が何回も半円を描き続ける。眼前からくる攻撃、そのことごとくを、シールドによる壁ではなく、技巧によって防ぎきる。


「あっはっはー! 軍人さんすごーい」

「茶化さないでいただきたいなぁ!? 」


 やがて、一斉攻撃のすべてを受け切り、再び構えるアーマリィベイラー。その両腕の酷使によって傷だらけになっている。しかし、両者ともに無事であった。


「おいのっぽ! あれどうにかならないのか」

「甲羅が分厚い、それに、あの技術」

「オルレイト、いまあのベイラー、ネイラが使ってた格闘術を」


 具体的対策が出せない中、カリンが確認を取る。それは今、敵がつかった格闘術はかつての仲間もつかっていたもの。


「……そうだ。ネイラと同じ、帝都近衛格闘術。あいつに接近戦は不利だ」

「そ、そうなのね」

「カリン。あれはネイラじゃない。それは確かだ」

「わ、わかってるわ」

「それで押し切るしかない」

「ミーン、ナットは動けないのですね? 」

 《う、うん、難しいかも》

「わかりました……ひとまずナットを下げなければ」


 カリンが今後の方針を固める最中、目の前に大きな花びらが表れた。この花弁そのものはカリン達も見たことがある。花弁がゆっくりと開くと、そこには桜色をしたベイラーがいた。


「状況は視えています。空色のベイラーはてまえにお任せを」

「ええ。頼みます」

「空色のベイラー、立てますか? 」

 《なん、とか》

「後方に避難します。すぐにもどるので、死守を」

「そうします。彼らにこの街を好きにはさせません。貴女もぬかりなく」

 《空色をした美しい家族。体を起こしますよ》

 《は、はい》


 グレートレターがミーンの体を触り、そのまま二人ともを花が包んでいく。そのまま花弁が閉じ、二人のベイラーがその場からいなくなった。


「さて数の優位は変わらないわ。このまま……」

「なんか、あんたたち勘違いしてなぁい? 」


 ザンアーリィが腰に手をやり、相手を見下す。それは見るものを煽る動作に他ならなかった。


「あたしたちだけがこの街に来ると思う? 」

「どういう事? 」

「第一陣だっていいたいの」

「第一陣? 」

「ほら、来た来た」

「……姫さま。空を」

「空? 」


 オージェンが指さす方向をみるカリン。その先には青空が広がっている。しかしよくみれば、青空のなかに、どす黒い点々がいくつも広がり始めていた。それは最初遠くにあったが、だんだんと街に近づいてくるにつれその全容が明らかになる。


「まさか、冗談だろあの数」

「20……30……いやもっといる? 」

「全員、敵意を持ってる……流れが、こっちに来る」


 空一面に広がるアーリィベイラーの一団。それが一斉にこの街の上空にやってくる。からりと晴れた青空に似つかわしくない、黒く濁った青。毒々しい翡翠色のコクピット。そして怪しく光る一つ目。50はくだらない数の編隊がこの街に到着する。その半数が地上へ、半数が空へと残り、上空で待機する。全員が、サイクルショットをカリン達に構えている。空から地上から、何人ものベイラーが全周状に配置するアーリィ達。自然とカリン達はお互いの背を任せ、決して背後を取られないための位置取りを行っていた。


「これは、各個撃破ってわけにもいかないなぁ」

「ごめんみんな。グレートレターを先にいかせた私のミスよ」

「あの数を予測できるもんか。オージェンおじさん、何か手は」

「逃げるにも数が多すぎる。」


 オルレイトも、オージェンもこの状況を打破する手段を持ち合わせていない。それは彼ら二人だけでなく、この場にいる龍石旅団の全員がそうであり、戦力差をまざまざとみせつけられ、思考が硬直していた。


「第二陣。まぁよく乗り手が間に合ったもんだよねぇ。技量はさておきさ」

「ケーシィ殿より上手い乗り手などそうそういないかと自分は考えます」

「軍人さんお世辞がうまいぃ」

「(ザンアーリィすら1日で乗りこなせる人間がたくさんいてたまるか)」

「さてさて。全員サイクルショットよーい! 」


 余裕たっぷりでケーシィが指示を飛ばした。全員針が生成され、カリン達に向かう。一方のカリンは、この状況で成す術が思いつけない。ただ、1秒でも長くこの場を凌ぎ、グレートレターが帰ってくるのを待つ以外、この困難は突破できないと感じていた。カリンはひとまずの策を打ち立てる。


「全員、サイクルシールドを! 早く! 」


 言葉を交わす暇もなく、全員がすぐさまサイクルシールドの準備を始める。そしてケーシィから、あまりに軽く、しかし強力な命令が発せられた。


「発射♪ 」


 雨などいうのは生ぬるい。まさに横に殴りつける嵐のごとく、サイクルショットが降り注いだ。間一髪でシールドが間に合うも、こんな状態がいつまでもつかわからなかった。


 《坊や! ちょっとまずいよ! 》

「わかってる! 今は気張れ! 」

 《サマナ、コウはシールドを重ねていたな》

「そっか! それできる? 」

 《やるしないだろう! 》


 各々が、ドーム上に形成されたサイクルシールドの維持に奔走する。コウの真似をするセス。、穴が開いた箇所から塞いでいくリク。ひたすらに支え続けるシュルツ。だが相手の威力とこちらのシールドではあまりに差がありすぎた。シールドが完全に崩壊するのも時間の問題となる。


「このまま、グレートレターが来るまで籠城して脱出します」

「レターがくれば、この場から脱出できるってことか」

「ええ。それまでは何としてもこの場を」

「いや。無理だ」


 その策に異を唱える者がひとり。アンリーだった。ベイラーにしか分からないその表情は神妙で、しかしどこか晴れやかだった。


「先延ばしにしたって相手は変わらない」

「でも50人以上のアーリィベイラー相手に無策で戦うというの? 」

「何も50人全員相手どる必要はない。頭をおさえてやるのさ」

「頭? 」

「あの、紫色をしたベイラ-。あれは指揮官とみた。あれを倒せば、指示を出す人間のいなくなった軍人っていうのはしっぽを巻いて逃げるものさ」

「……なら、私が」

「ここは、この戦士にまかせてもらう。」


 カリンの言葉をアンリーが遮る。そこには断固たる意志がある。


「まかせるって」

「シールドで籠城もいいが、この戦力差。圧殺される。それなら、敵陣につっこみ、攪乱する役がいた方がいい」

「しかし」

「なに。決闘でないのが不本意だが、ここで一番の働きをしてみせなければ、戦士の名折れ。それにここさえ潜り抜ければ、各個撃破に持ち込める。間に合わせのアーリィベイラーに遅れを取る龍石旅団ではないだろう? 」

「貴女、まさか」

「気にすることはない。予感はあった。ここが、アンリーウォローの死に場所なのだと」

 《担い手の死に場所は(つるぎ)の死に場所だ》


 アンリーに応えるように、シュルツが剣を担ぐ。準備はできているといわんばかりだった。


「(あ、帰るって約束やぶっちゃうなぁ)」


 彼女は、ずっと占い師のアマツが、自分の死期についてはぐらかしているのに気が付いていた。先日も仲間が死んでいる。ならばこの戦いでもきっと誰かが死ぬに違いないと、漠然と考えていた。その誰かが、今日の自分であったのだと。


「(あー、そうか。だからそっけなかったのかぁ。そうだよなぁ。どうせすぐ死ぬヤツだから)」


 すべてが腑に落ちた。ここ最近のアマツの行動。どこか距離を置かれていた。詰めにいっても離れていった。それはきっと、今日この日に自分が死ぬのをきっと占いで知っていたからなのだと、納得がいった。


「すげぇーなぁ。いっつもこんな気持ちなのか。占い師様。すげぇや」


 コクピットの中で、一層アマツに対する気持ちが大きくなった。そしてついに口に出す。出さずにはいられなかった。


「やっぱりあたし、占い師様が好きなんだなぁ」

 《なんだ。自分の事なのに知らなかったのか》

「シュルツ。いつから? 」

 《担い手となってからだ。共有するのだ。知らないわけがないだろう》

「はっはっは! そりゃそうだ! 」

 《どうした? 怖気づいたか? 》

「まさか」

 《なら、行くか》

「行こう」


 アンリーがサイクルシールドを作るのをやめた。全天周状から攻撃を受けている最中にそんなことをすれば、すぐさまほころびが生じる。アンリーのいる場所だけ亀裂が走り始める。


「だ、駄目よ! アンリー! 」


 カリンが精いっぱい叫ぶ。しかし手を伸ばしたくても、サイクルシールドを作る手を休めれば、それこそサイクルショットの餌食になる。止める術をだれも持たなかった。そして、アンリーがいる場所のシールドが壊れ、そこから飛び出そうとした時。


 あれだけ激しかった攻撃が、突如として止んだ。


「……ん?」

「あれぇ? 休憩 ?」

「おねえちゃん! 今のうちにこっちも休憩しよ! 」


 当然、攻勢が止み、リオとクオはコクピットの中で乾いた喉を潤し始める。他の乗り手は、いまだ緊張を解くことができないでいた。


「一体、何が」

 《担い手よ。妙だ》

「どうした? 」

 《こちらに攻撃せず、どこか別の方向に攻撃をしている》


 できた穴からのぞき込むように状況を確認するシュルツ。視界の共有でその状況を見たアンリーはさらに混乱する。


「えっと、空に向かって撃ってる? 一体なにを? 」

「ガァアアア!? 」

 《サマナ! サマナ! 》


 アンリーがそれを見た瞬間、シールドの中にいたサマナが悲鳴を上げた。操縦桿も一緒に離してしまったのか、セスも膝からがっくりと倒れてしまう。カリンが傍によってセスを支え事なきを得る。


「どうしたというの!? まさかさっきの攻撃でどこか」

「ち、違う……流れだ」

「流れ? 」

「すさまじい、力が、こっちに来る」

「力? 一体何が」


 次の瞬間、シールド全体を揺るがす揺れが一同を襲った。地震のように揺れたと思えば、シールドそのものにすさまじい衝撃が走る。


「また新手のベイラーなの? 」

「違う……カリンも、知ってる」

「サマナ? 」

「知ってるはず……でも、前見たときよりもずいぶんと、変わってる」

「私が、知っていて、でも変わった? それってまさか」


 カリンがいて立ってもいられずに、シールドのドームから飛び出す。


「まさか、そんなことが」


 そこで見たのは、燃え盛る炎の中で立ち上がる、1人のベイラー。


「あいつが、空から飛んできた」

「まさか、あれは」


 炎を身にまとい、今にもその身を焼き尽くさんと燃え盛っていた。だが見間違うはずもなく、その肌は紅蓮の炎の中でも真っ白に輝いている。


 《―――みつけた》


 首だけがぎちぎちと動き、空を飛ぶザンアーリィ達をにらみつけた。


 《みつけたぁあああ!!》


 一層つよく燃え盛る炎と共に吠え上げる真っ白いベイラー。


 コウが、ミーロの街に到着した。













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