変わる戦略
「見張りは2人。中にだれかいるかも」
「声をあげられては面倒です」
「やはり、その……」
「姫さまのお考え、手に取るようにわかります」
「あ、あなたねぇ」
「殺しはしません。血痕が見つかれば相手の逆上を誘います」
「ならどうするの? 」
「一芝居、お付き合い願いたく」
そのやり取りが交わされたつい先ほど。そして現在。カリンはというと。
「へ、兵士さん、兵士さん」
「なんだ? 此処の住人か? 」
「旅でこの地にきておりました。名をクリンと申します。わたくし、生まれは帝都にございます」
「おお。同郷の者か! 確かにその気品、間違いなかろう」
わざとへりくだりながら、かつゲレーンで纏う王族としてのふるまいを忘れず兵士と対峙していた。兵士のはそのカリンの気品に、同じ帝都の人間であると信じ、そのまま会話を続けた。まさか目の前にいるのがレジスタンスの協力者だとは思っていない。それはひとえに、帝都の人間は立ち振る舞いを重視し、かつ優雅な者こそが帝都の人間であると信じ、かつ己もそうあろうと振る舞う気質がある。ある種の選民思想が根強くあることを、オージェンから聞かされていた。そしてカリンはこの場で囮となって時間を稼いでいる。この間にオージェンが背後へと周り、見張りを打ちのめす手筈となっている。
「なにゆえ帝都はこちらに? 」
「大きな戦争の前準備だ」
「戦争? 」
「まぁ今すぐではない。帝都の勢力をさらに伸ばし、支配を広げることで、より強固な軍を維持しようとお考えなのだ」
「なるほど」
「さぁご婦人。こちらに」
「まぁありがとう。(こっちを向きなさいもう一人の! )」
順調にみえる作戦だが、一つ誤算があった。二人組のうち、1人がカリンに見向きもしない。というより、背後をずっと警戒している。見張りとしては優秀な兵士だった。心の中で苦虫を噛みしめていると、その警戒していた見張りがカリンに初めて声をかけた。
「……ちょっとまて」
「(食いついた! )」
「なんだお前。ご婦人に向かって」
ずっと話を聞いていたらしい。ずかずかとカリンに迫ると、一人の見張りが疑り深く聞き始める。
「帝都の生まれといったな。帝都のどこだ? 」
「帝都ナガラ。第5地区でございます」
「なるほど。年はいくつに? 」
「今年で22になります」
「ほう。珍しいこともあるものだ。俺も今年22になるんだ」
「こら、こんなところで口説きはじめるな」
「まぁ。わたくし、今口説かれておりますの? 」
「こいつ、独り身だからって焦りすぎなんです」
もう一人の兵士とは笑い声さま交えて、朗らかに話が進んでいく。このまま中に入ることすらできそうだと希望を抱いたとき、疑り深い兵士が静かに言った。
「第五地区といえば、俺が生まれた年は疫病が流行って、子供は一人も生き残らなかったぜ。おれは第7地区で離れてたから無事だったようなもんだ」
空気が止まる。カリンが思わず息をのむ。いま話している身の上はすべてオージェンが決めたものだ。即興で行ったにしてはきちんとしていたが、疫病の事など計算に入れているはずもなかった。
「(芝居がばれた! )」
「貴様、レジスタンスの一味だな!? この積み荷は渡さん! 」
兵士の腰から剣が抜き放たれ、そのままカリンに斬りかかる。カリンもまた剣を抜き応戦しようとしたその時。兵士の背後に別の影が表れる。すでに肘が振り上げられ、二人の首に鈍い音がなった。2mある男の体重から放たれる肘鉄は、人間一人の意識を容易に刈り取ってしまう。短いくぐもった声が二回だけあがり、兵士はその場で倒れこんでしまった。二人とも口から泡を吹いている。目を覚ますのはずっと先だろう。
「お、オージェン」
「背後に回る時間を稼いでいただき、ありがとうございます」
「いえ、礼を言うのはこちらのほうよ。貴方が考えてくれたとはいえ、まさかたまたま疫病が流行った年の生まれだったなんて。おかげ助かったわ」
「たまたまではありません」
「……はい? 」
「意図したものです。22年前。ちょうど帝都では疫病が流行っておりました。その年に第五地区で生まれた赤ん坊のほとんどは死産したと聞きます」
「ま。まさか、私がばれる前提で、あの芝居をさせたというの? 」
「おかげで姫さまに集中した兵士の裏を取るのは楽でした。こっちの疑り深い方の兵士がずっと背後もみはっておりまして」
こんこんと倒れた兵士を脚で頭をたたくオージェン。意識を刈り取れたかの確認をしている中で行われた一連の会話に、表情の変化はない。
「あ、ああ、貴方ねぇ!? 間に合わなければどうしていたの! 」
「……間に合ったではありませんか? 」
顔色だけ変えず、首だけかしげて疑問形で、いけしゃあしゃあと。真顔で答える。肘鉄につかった布地が破れてないかどうかを確認するほうが先決のようで、カリンの心もちのほうには見向きもしていない。その態度におもわずカリンが盛大に悪態をついた。
「礼なんか言うんじゃなかったわ! 貴方やっぱり嫌いよ! 」
「存じております。では盗賊まがいの事を続けましょう」
そんな悪態もどこ吹く風で受け流すオージェン。そのまま荷物が入っているであろう荷台に入っていく。荷台といっても大きな箱のような形をしており、扉もついている。鍵はかっていないようで、そのまますんなりと中に入ることができた。そして中には、カリンの想像通りの物が鎮座している。
「アーリィベイラーね。さて、まずは」
「このベイラーの乗り方をご存じで? 」
「多分この辺に……あった! オージェン! これをコクピットに塗りたくって」
小瓶をみつけ、それを投げつけるカリン。難なく受け取り、その蓋をあければ、中には粘度の高い液体が入っている。
「これは? 」
「海藻の、クラシルスでできた煮汁よ! それを塗ると中に入れるの! 」
「なぜそんなことが……そうか。これを集めるためにサーラで海藻を」
「いまは過ぎたことを話す暇があって!? 」
「いいえ。まいりましょう」
ぺたぺたと翡翠色をしたコクピットに塗りたくる。しばらくすると、氷を張っていたかのような表面が、粘度細工のようにドロドロになる。そのまま手を触れていると、カリンは中に体を滑り込ませた。カリンを観察していたオージェンもそれに倣うようにアーリィベイラーの中へと入る。
「さて、操縦桿を……はて」
ここでカリンの誤算がある。コクピットの内部の構造がだいぶ違っていた。シートは頭を押し付けられるようにコの字型になっており、左右に首を振るのが難しい。正面には縦に一本の線、横に五本の線が走っている。なにもかも違う内部でなにより違うのが、操縦桿がコウと違い三つある。左右に一本と、脚の間に生えるもう一本。
「たしか、マイヤのヨゾラが操縦桿が真ん中にあると……そしたら、この真ん中のが変形の? 」
「姫様! 動かせないのですか? 」
オージェンも構造に四苦八苦しているようだった。といってもオージェンの場合、その体躯のせいでシートが合わず、非常に窮屈な思いをしているだけだった。
「変形はあとで試すとして、まずはほら、立ち上がりなさい! 」
両手で操縦桿を握りしめる。その瞬間、ベイラーの視界と感覚の共有が始まる。カリンにとって久々の共有であったが、コウとは別の違和感がある。
「(ベイラー側からの共有がない。意思がないというのは本当なのね。それに)」
共有時特有の、視界がまじりあう瞬間の不快感が訪れない。共有というよりは、ベイラー側に自分の視界や感覚を移行しているかのような感覚だった。それは身長が突然7m以上になるのと変わりはない。視野は高く、体が大きくなったかのように感じる。
「なんというか、強くなったかのように錯覚してしまうわね。とにかく立ち上がらないと」
膝立ちの状態から立ち上がろうとしたとき、背中側にすさまじい重みを感じ、のけぞりそうになる。それは変形の際に翼になる部品がすべて背後に回っていることの弊害だと気が付くのに時間がかかった。
「コウに荷物でも背負わせればおんなじになるかしらね」
「姫様! こちらはいけます! 」
「いま起き上がるわ! ほら! ベイラーなら立ち上がりなさいな! 」
サイクルがバキバキと音を立てていく。そして何度が振動した直後、ようやく膝が曲がり始める。そしてこの狭い中でも、しっかりと二本足でアーリィベイラーは立ち上がった。
「た、立ったわね」
「こちらもです。常に重心が後ろにいくので、倒れそうですが」
オージェンも初めてのアーリィベイラーの操縦には難儀しているようで、すぐさま後ろに倒れそうなのを前傾姿勢にして耐えている。ひとまず2体のベイラーを強奪したカリン達。あとはこの場から出ていくのが先決だった。
「……扉かなにかない? 」
「内側から開けられるようなものは何も」
「ならばこうしてしまいましょうか! 」
「何をする気で」
しょうか? と疑問を問う暇もなくカリンは行動に移す。アーリィベイラーの片足を、重心が後ろにかかるのをなんとか制御しながらも持ち上げて、そのまま蹴飛ばした。鳥車にけん引されていた箱型の荷台は
その重量と威力によっていとも簡単に砕け散る。
「ほら明るくなった」
「……仲間が来たらどうするのです? 」
「その時はその時! さて誰かに伝えないと……」
《オルレイト様! あそこにアーリィベイラーが! 》
「増援か! 」
カリンが今後の方針を決めようとしたとき、上空から緑色の体をしたベイラーが着地してくる。それはヨゾラを背負ったレイダだということはすぐに分かった。それはつまり、乗り手として中にオルレイトとマイヤがいるということでもある。
「よかった。ちょうど貴方たちに」
「レイダ! 」
《はい! 》
カリンが呼びかけようとしたその時、レイダが右腕にサイクルショットを作り出しているのがみえた。その針がすぐさま作られていく。ここまで来て、ようやくカリンは自分たちの姿が敵であるものだということに気が付いた。オルレイトは今目の前にいるのがカリンだと気が付ける要因がまるでない。思わず声を張り上げて抗議する。
「ちょっとまって! サイクルショットをしまって!! 」
「その声は……姫さま? 」
「そうよ! カリンよ! 」
「なぜ姫さまがここに? 今はアジトにいるはず……まさか、声真似で僕らをだまそうと」
《どうしますオルレイト様? 》
抗議の声にいったんは耳を貸すものの、サイクルショットを下げないレイダ。その姿におもわずカリンがさらに大声を出した
「ま、まさか疑っているの? 」
「いままで戦ってきた相手からいきない知り合いの名前が出てきて、疑わないわけがない! それが事場所にいるはずもない人間ならなおさらだ! 」
「(うむ、正論だな)」
横で静かにしているオージェンが心の中で十割オルレイトに同意している。
「その、オルレイト様、お話を聞いてくださると」
「マイヤ! だまされるな! 帝都には芸達者な兵が敵を欺くために声を真似て兵士をだますそうだ! こいつがそうかもしれない! 」
「し、しかし! 」
「いいから! ここは僕に任せ……て…」
オルレイトの声が止まる。同時にマイヤがその目線をたどると、その先にアーリィベイラーがおり、さらにはその肩、支えられるようにして一人の女性が立っている。その姿は見間違うはずもない。
「ひ、姫さま!? 」
「これでもまだ信用ならないというのなら! 私を撃ちなさいオルレイト!! 」
言葉では埒が明かないと感じたカリンは、戦場で、それも堂々と姿を現すことで問答無用で自分を信じさせる手段に出た。この行動に移すこと自体で、たった今声を上げた人物が、まぎれもなくカリン・ワイウインズであることを証明する。
「レイダ! ショットを下せ! 」
《はい! 》
「姫さま! わかりましたから今すぐベイラーの中へ! 」
「ええ。そうさせてもらうわ」
オルレイトの言葉に気をよくし、再びアーリィベイラーの中へと戻っていく。
「でも、なんで姫さまはここに……」
「それは、このマイヤのせいなのです」
「どういう、ことだ? 」
「それは」
◇
「マイヤが勝手に連れ出し、姫さまは姫さまでアーリィベイラーを強奪したと」
「そうなるわね」
「おじさんも、なんで止めないのです!? 」
「戦力としてアーリィベイラーは有効だ」
「それはそうでしょうけど! あーもうこの人たちは!! 」
「落ち着けオルレイト。薬は足りているか? 」
「誰のせいだと!! 」
全員ベイラーに乗っている中で井戸端会議を行う。今後の方針を手短にでも決める必要があった。
「作戦通りに進んでいれば、ほかの乗り手も全員井戸を確保し次第に中央に向かっているはず」
「なら、ひとまずは中央に行くべきね」
「幸い、その作戦もうまくいっているのだろう」
「オージェン、なぜそう思うの? 」
「空を飛んでいるベイラーが明らかに少なくなった。撃ち落としているか、地上で戦っているか。それに、姫さまの選んだ乗り手たちなら、有象無象のアーリィベイラーは敵ではないでしょう」
「そ、そうね。皆ベイラーを信じているもの」
「問題は、有象無象ではないベイラー達だ」
「アーリィベイラー以外のベイラー? 」
「私が知っているだけでもあと3種類。」
「一種類は、もしかしてザンアーリィではなくって? 体が紫色をしたやつよ」
「そうです。その乗り手も強大で、軍の中で一番空戦がうまいと聞きます」
「オージェンおじさん、いつの間にそんな情報を」
「渡りとはそういう仕事だ。あと二種類は」
手振り身振りでその姿を伝える。
「アーリィの硬さを強化した、アーマリィという。バエメーラの甲羅をくっつけている。生半可な攻撃では傷一つつかない。代わりに空はそんなに早く飛べないようだ」
「バエメーラの甲羅! あれを鎧にされたら厄介ね」
「あと一つ。おそらく今後の戦いで一番厄介なベイラーだ」
「ザンアーリィや、アーマリィより厄介な? いったいどんなベイラーなんですか? 」
「まだこの戦場にはいないようだが、名を、モルベイラーという」
「……なんです? モル? 」
「外見は、そうだな。芋虫を背中に背負っているようなベイラーだ」
「芋虫? 幼虫の? 」
「そうだ。体そのものはアーリィより細く、軽い、戦うことすらままならないだろう」
「なら、なぜそれが一番厄介なんですか? 」
「それは……」
《みなさま、上空から何か来ます》
レイダが上空を指さす。そこには、箱に翼をくっつけたような姿をした何かが空をとんでいた。蝶がふよふよと飛んでいるような速度で、脅威に見えるものではない。しかしその姿をみたオージェンだけが身構えていた。
「あれだ。あれがモルベイラーだ」
「あんなの、簡単に撃ち落とせそうだけども」
「……覚悟がないものには無理でしょう」
「覚悟? 」
「あの箱、いったいなにが入っていると思いか? 」
「箱に何か……」
《マイヤ。マイヤ》
「どうしたのヨゾラ? 」
《ナンカデテキタ。ヨゾラ、アレ、コワイ》
「怖い? 」
「まさかあれって」
最初、モルベイラーと呼ばれたベイラーが地上スレスレまで下降してきた。姿はアーリィベイラーに、大きな長方形の箱をけん引させてるかのような姿。速度は全く出ていない。カリンも言っていたように、あれでは簡単に撃ち落とせてしまう。なぜそこまで速度を出さないのか。その理由もすぐに分かった。
「は、箱から、箱から人間がでてきたぞ!? 」
箱の両脇がぱかりと開くと、兵士数十名が中から飛び出してきた。低空を飛んでいたとはいえ、2.3mほどの高さを難なく降りていくのは、その兵士たちの練度が高いことを意味している。
この光景はまさに、現代の空挺部隊を疑似的に再現していた。
「兵士を、ベイラーに運ばせるのか……そ、そうか」
「オルレイト? 」
「モルベイラーさえいれば、戦場のどんなところでも兵士を送りこめる。空からだからさえぎられることも少ない……」
「それは、どういう? 」
「姫さま。あのモルベイラーがいる限り、兵士が孤立することがない。帝都は、いつでもどこでも、簡単に兵士を送れる。こんな風に」
瞬きする間に部隊が展開された。全員が手に弓矢を持ち、レイダ達を取り囲む。さらにはたった今降下してきた部隊と一緒にいたのか、アーリィベイラーまでいる始末。カリンたちはいつの間に帝都の軍勢に包囲されていた。同時に、カリンはこの状況になってなお、さきほどのオージェンの言葉を反芻している。
あの箱を撃ち落とす覚悟があるのかと。
「(そうか。あの箱には何十人の人間が乗っていた。それを墜とすということは……)」
アーリィベイラーの場合、シートがあるためある程度なら墜落しても乗り手が死ぬことはない。しかしあの箱の形状と人数を鑑みれば、中の人間がただ運ばれているだけのものであり、体を固定などしていないのは明白だった。
「(そんな状態の人間が、地面に落ちたりすれば……オージェンはこのことを言っていたの? )」
自分が軽率に言った言葉のその先を考え、身震いするカリン。しかし敵はそんなカリンのことなどおかまいなしに迫ってくる。
「全員、火ぃ、用意!! 」
指揮者らしき人間が指示した途端に、兵士たちが弓矢に火をつけ始める。火矢としてベイラーにはなってくるのは明白だった。
「放てぇえ!! 」
号令と共に矢が一斉に飛んでくる。放物線上に、前後左右どこからでもから飛んでくる火矢に一発でもあたるわけにはいかなかった。
「レイダ! オルレイト! 頼めて!? 」
「サイクルシールド!! 」
《仰せのままに! 》
レイダが全員を包み込むようにシールドを作り出す。ドーム状に作られたシールドは全方位から飛んできた弓矢すべてを受け切った。しかし火矢である性質上、あっという間に火が回り、とっさに出した薄いシールドでは簡単に燃え尽きてしまう。さらに危機は続く。
「アーリィベイラー部隊! 上から攻撃をかけろ! 」
「(今戦えるのはオルレイトだけ……私がこのアーリィでたたってみせるしかないけど……そうすると、シールドを作るベイラーがいなくなる! )」
敵のアーリィがこちらに向かってくる。今十全に戦えるのはヨゾラと植え寄せしたレイダのみ。乗り込んだばかりのオージェンとカリンでは分が悪かった。さらに歩兵がさきほどから火矢を放ってくる。援護しようにも手が足らなかった。
「しょうがない、オージェン! 降りて兵士たちを! 」
「正面切って戦うしかなさそうですな……いや、お待を。あれは? 」
「今度は何!? 」
「こちらに一直線に向かってきます、獣に見えますが……」
「獣? 」
何度目かの横やりを入れられる。また帝都の増援が来たものかと勘繰ったその瞬間、まったく別の物が目にはいった。その姿を見て、今度こそカリンは度肝を抜かれる。
「な、なぜ、あの子がここに!? 」
問いかけに答えることはない。しかしその獣は、しなやかな四肢を駆使して一気に街へと降り、ここまでやってきた。白い毛並みに、なにより目立つ、赤い刃のような角。それは一気に駆け上がり、兵士たちの中へと突進していく。
「あ、あれは!? 」
「だ、だめだ! 離れろ! 」
兵士の一人が指さしたその瞬間、その獣が通り過ぎた。次の瞬間、兵士の手にあった弓という弓はすべて切り伏せられ、その機能を破壊される。事の重大さと、その経験をしる一人の兵士が叫んだ。
「離れろ!! あれはリュウカクだ!! 近寄ったら切り刻まれる!! 」
「クソ! あいつ懲りずにまた来たのか!! 」
「さんざんっぱら俺たちを邪魔しやがって! 」
急いで距離をとり、弓矢を放つ兵士たち。迫りくる弓矢を、リュウカクはその鋭い角ですべて切り捨てる。
「どうしろってんだ」
「ここはいい! 井戸を確保しにいけ! 増援がきてからでもリュウカクのほうは間に合う! 」
兵士たちは突如現れたリュウカクに恐れをなし、そのまま散り散りになっていく。思わぬ援軍に、だれしもが息をのんだ。
「リュウカク、貴方が傷だらけだったのは、まさか……」
「ずっと、帝都と戦っていたからだったのか。たった一人で」
よく見れば、あの龍の墓場で見かけたままで、まだ完全に治癒しきっていない。
「どうして、そこまで? 」
カリンが思わず問う。答えなど帰ってこないと知っていても問いかけざる負えなかった。
「龍の墓場を荒らされたくない、ということなのかもしれない」
「あの墓場を? 」
「帝都の連中がこの街に井戸を確保しに来ただけとは思えないんだ。もしこの街をものにして、そのあと手にしようとするのなら、きっとそれはあの墓場だ」
「……墓を荒らされないために、ずっと戦い続けてきたのね」
リュウカクは何も言わない。ただじっと、一方の方向を見つめている。カリンもそれに習い視線を向けると、別の危機を感じた。
「オルレイト! あれ、さっきのモルベイラーでなくって!? 」
「中央に向かってる! ミーンと合流される前にあの兵士たちが来ると、こっちは分断される! 」
「行きましょう……リュウカクも、一緒にきてくれるみたい」
なれないアーリィベイラーの操作をしながらも、視界の中でリュウカクがまっすくそちらの向かっていくのを確認し、全員がリュウカクについていく形をとる。
戦いの場は、一か所に集中しつつあった。
・モルベイラー
現代の輸送機と同じ機能を有したアーリィベイラー。もとより戦うようにできておらず、変形してもまるで役に立たない。
彼らの真骨頂は、どんな場所でも空から増援を送ることにある。




