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戦場のベイラー

「てまえたちもこうして勇んででてきたのはいいものの」

 《思ったよりも数が多いのね》


 桜色をしたベイラー。グレートレター。その乗り手アマツ。本来こうして戦場に出ることはない。しかし今回は、占い師であるアマツがその占いによって自身が戦場にいることを視てしまった。


「だからこそこうして出てきたのだろうに」

「そこのお前! 」


 戦場でボーっとしていれば敵に見つかるのは当たり前であり、あっという間に囲まれている。その数5。すべてアーリィベイラーであり、地上に3人。空に2人、飛んで警戒している。


「武器を捨てろ!! 」

「もとより持っておらんが? 」

「隠しているのもだ! 」

「隠してすらおらんのだがなぁ」

 《この通りこの通り》


 手をひらひらとふって自分が無害であることをアピールする。しかしその余裕はさらに警戒心を逆なでする態度であった。


「乗り手は出てこい! 」

「嫌じゃぁ。出てきたらサイクルショットで撃ち殺すきであろうに」

「な、なぜそんなことを」

「いやぁ。ここは()()()()()()()()()


 あーいやだいただとうそぶきながら、さらにグレートレターのほうもやれやれといった形で器用に肩をすくめている。茶番にも思えた空気が続くが、軍人たちがにわかにざわつきはじめる。


「どうする。早くしないと炎使いがくるぞ」

「そ、そうだな。あれに基地が全滅させられた……ここにもいるかもしれん」

「(炎使い。もしやコウの事か)」


 炎に身を包んだベイラー。その手からも火炎を吐き出し、炎をまとい空を飛ぶその姿をみて、軍人たちが炎使いと呼ぶのは致し方ないといえる。


「もしこのベイラーが仲間なら、俺たちは敵討ちができる」

「……なら、足の一本や二本壊して、人質にするか」

「おーこわいこわい」


 5人からのサイクルショットを一斉に向けられるグレートレター。そこまでしてもなおまだ防御の構えを取らない。


「さて。どうしてくれようか」

 《安心して》

「この状況でどう安心せよと? 」


 のんきな会話をしているのは、アマツはこの状況を打破する未来をすでに占いで視ているためである。しかし、その手段はわからないために、内心は冷や汗だらだらである。


 《見せたことはなかったけどね、調子がいい日はこんなことができるの》


 そんな心境を知って知らずが、グレートレターはなだめるように言いながら、おもむろに右手を地上にいる3人のアーリィベイラーへと向けた。サイクルショットを撃つべく構えている彼らにとってその行動は敵対行動でしかなく、すぐさま発射せんと狙いを定めた。だが。


「これは……花? 」


 突如、アーリィベイラーの周りに桜の花びらが舞いあがり始める。砂の都ではあまりに不釣り合いな光景が目の前で広がり、軍人たちは混乱し始めた。


「ここは砂漠の町だぞ? そんな場所になぜ花が」

「う、うぁあ!? 」

「どうした!?」 

「足元! 足元! 」


 そしてアーリィベイラーの足元で、巨大な花が咲き、そのまま花弁が閉じていく。中にいたアーリィベイラーはそのまま飲み込まれていく。瞬きする間に花弁は閉じ切り、そのまま3人の姿が見えなくなる。


 《サイクルレター……適当なとこに放り投げておいたわ》


 突然姿が見えなくなった仲間たちをさがすように、空にいたアーリィが地上へと降り立つ。


「あ、あいつら、どこにいった!? お前! 何をした!? 」

「なに。送っただけだ」


 アマツがこっそりとレターに問う。


「レター。本当にどこに送った? 」

 《ここからすこし離れた砂漠だよ。大丈夫。ちゃんと()()()だしておいたから》

「あー……――その気になれば地中に送れる? 」

 《よっぽど悪さをしたやつらでなければしないのよ? 》

「(悪さをすれば送ってしまうのか)」


 グレートレターの乗り手となってすでに何年たっているにも関わらず、グレートレターの底知れぬ恐怖を拭うことができないでいる。そしてそのことをレターは承知の上で、アマツを乗り手としていた。


 《さてあと二人……久々につかってみるかなぁ》

「今度は何をする気? 」

 《昔、ギフトに教わったことがあるの。それを使いましょう。支度支度♪ 》

「支度ってどんな……って、まさかこれは」


 頭に流れ込んでくるイメージを元にサイクルを回すと、グレートレターの手元に武器が生み出されていく。それは長い刃渡りと、長い柄によって成り立つ、間合いの大きな武器。しかし本来は対人で使うものではないただの道具。


「鎌? 」

 《ギフトは最初、庭師だったからねぇ……さて》


 両腕で支える大鎌ではあるものの、地面に生える草を刈り取るものであるために角度がついており、普通に振るうだけでは刃が文字通り立たなくなっている。アマツはまたもやグレートレターの行動に面くらっているが、それは相対するアーリィベイラーも同じだった。


「武器を持ったぞ! 」

「だがあれだけ大きな間合い! ナイフで懐にはいれば! 」


 サイクルショットの構えをやめ、サイクルナイフを作り出す。小振りな武器は間合いでは不利だが、小回りが利く。アーリィベイラーの速度と相まって相性が非常によかった。速度を上げて滑空し、グレートレターへ2人が襲い掛かる。


「レター、貴女はそんなことまで? 」

 《長くいればこんな工夫もできる。それに今日は調子がいいからね》


 猛スピードで切りかかってくるベイラーを一瞥しながら、鎌を振り上げる。そしてその間合いにアーリィベイラーが入った瞬間。


 グレートレターは自分を花弁で包み込んだ。


「な、にぉ!? 」

「消えたぁ!? 」


 加速していたアーリィベイラーは斬りかかる対象を見失いブレーキをかけた。正面にいたはずの桜色のベイラーはその姿を忽然と決してしまう。首を回して探そうとしたその時。


 2人の首に、大きな鎌が添えられる。


 《さようなら。血の香りのする家族。土となりて、また会いましょう》


 サイクルレターで後方に一瞬で移動し、そのまま大鎌を、まるで雑草を刈るような自然さで振るう。別段力は込めていない。しかしその圧倒的な切れ味は、たった一振りで二人の首を落としてみせた。アーリィの乗り手は突如として視界がなくなったことに恐怖し、そのまま倒れこんでしまう。混乱が収まるころには、気力が切れたのか動かなくなってしまった。通常、ベイラーは四肢が切れても動くことができる。しかしアーリィベイラーはそのまま動かない。というより、動けなくなっていた。


「レター。首だけでよいのかえ? 」

 《あれは家族であって家族でない。共に過ごす人の一方的な共有のせいで動けないだけ》


 ふと、アマツが普段口にしないようなことを聞く。


「のうレター。ベイラーは首だけになったとき、どっちが動く? 」


 それは単純な興味。ベイラーは手足を失ってもまた繋ぎとめることができる。しかし首が落ちたときはどうなるのか。


 《あまりそう言うことは聞くものではありませんよ》

「これはてまえとした事が。今のは聞かなかったことに」

 《しかし、占い師がそんなことを聞くのも初めてです。ならば、珍しさ免じて》


 明らかに声色が変わり、落胆の声になったことでアマツが話題を変えようとしたとき、ため息とともにグレートレターが続けた。


 《ベイラーの五体は、いわば見えない線でつながっている。腕が切れようと首が落ちようと、その線がある限り体はつながる。ただ、頭がすべての動きをつかさどっています。なので、首がおちれば動くことはできません。死んでいるわけでもありませんので、苦しいの変わりありませんよ》

「なるほど……まさか、ベイラーが極端に火を恐れるのは」

 《聡い(さとい)。火はその線すら燃やしつくしてしまう。だから恐ろしいのです。燃えた体は戻ることはない》

「そうなると、あのコウは」

 《燃えることのない体なのか。はたまた炎が違うのかはわかりません。心と体がちぐはぐな家族は初めてみましたから。これ以上の事はわかりませんね》

「コウ自身、知らないともいっていたし。うむむ」

 《家族よ。気づいていますか? 》

「何がです? 」

 《白いベイラーの事になると饒舌になるということを。ずいぶん気にかけているようですね》

「それは……あのベイラーは世界を破壊するかもしれないのです」

 《それだけではないのでしょう? 》

「……」

 《あのベイラーならば、占い師か今までの生涯で覆ることのなかった、占いの結果をも変えてくれるかもしれない。そう考えている》


 アマツの心を弁明するかのようにグレートレターが続ける。


 《家族は占い師の定めをよく理解している。でもうれしいのですよ》

「な、なんのことです? 」

 《家族がきちんと人を好きになってくれて》

「占い師が、そんな、たった一人を特別に扱うなどしません」

 《強情な家族も好きですよ》

「ハイ! 井戸に向かいます! このまま手をお貸し! 」

 《家族の頼みなら喜んで》


 強引に話題を打ち切る最中、グレートレターはまだ喜びの中にいた。


 《(占い師はその広い視野で達観するもの。それをここまで絆される(ほだされる)とは。お相手はあの戦士か。その上であの占いとはなんと悲しい。だがそれ以上に、家族は信じているのですね》


 占い師がひとつの、小さな希望を胸に秘めているを見つけている。


 《あの白いベイラーが、占いを、その運命を変えてくれると信じている。そうです。人は占い以上に、人を信じるべきなのですから》


 ◇


「他の井戸はどうなってる!? 」

「空を飛んでいるのがだいぶ減った気がしないか? 」

「まさか、レジスタンスが来たのか? 」


 帝都軍の兵士たち。指揮官たるケーシィが持ち場を離れた結果として現場は混乱を極めていた。元々指揮する気もなければされる気もなかった彼らであるが、いざこうして緊急事態が起きた時、どうしても上司からの指示が欲しくなるのは致し方ない。


「さっきのでかい船がそうなのか」

「なら人数は」

「こっちのアーリィはまだいるんだろうな」

「まったく仕方ない連中だねぇ」


 今の彼らにアーリィベイラーはない。そのほとんどは飛んでいってしまった。彼らもまた乗り手としての訓練は受けているが、そもそも乗るベイラーがいなければ話にならない。そんなうろたえるだけの兵士たちに、ちいさな少女が語り掛けてきた。しかし誰もがその姿を疑問視せす、むしろ背筋を正して迎え入れる。


「バルバロッサ卿!? このようなところになぜ!? 」

「補給物資もってきてやったのにそりゃないだろう」

「補給? 」


 バルバロッサが自分の背後を指さすと、そこには、ベイラーを何人もけん引してきた、馬車ならぬ鳥車(ちょうしゃ)が止まっている。長い道のりを全速力で走ってきたのか、8匹いる鳥の全部がくたびれいた。


「これと同じのをあと2台。中にはアーリィが4人入ってる。もうヴァンドレッドは乗り込んでいっちまったよ。さっさとあんたらも行きな」

「お、おお! 」

「お前たちいくぞ!! 」


 四人いた兵士はそれぞれアーリィに乗り込み、そのまま駆け出していく。それを見送ったバルバロッサは、鳥車を任せ、自分もまた歩みを進める。


「アーリィから発展したザンアーリィ。アーリィの皮膚をバエメーラの甲羅で強化したアーマリィ。出来栄えは悪くないね。そして」


 バルバロッサはあと2台といっていた。そのうちの一台には、ヴァンドレッドが乗るアーマリィが積んであった。しかし積んでいたのはそれだけではない。


「私の息子はこれからもっと良くなる。ひっひっひ」


 そこにいるのは、バルバロッサ手製の最新人口ベイラー。乗り手であるバルバロッサのためにそのシートさえ特注で、彼女以外の大人は乗ることすらできない。


「さて。戦いはごめんだけど、観察は発展に必要だからね」


 他のアーリィと同じように、まずはコクピットに液体を塗り、中にするすると入っていく。操縦桿を握り、共有を始める。


「さて、お散歩をしようか。ブレイク」


 ブレイク・ベイラー。そう名付けられたベイラーが空へと向かう。彼にアーリィのような変形機構はない。自由に空を飛ぶことはできず、ただサイクルジェットを跳躍の補助として使用する。背中にあったサイクルジェットが腰に移行されており、通常のベイラーよりもより遠くに跳躍できた。ブレイク・ベイラーはアーリィの再設計ともいうべきベイラーであり、かつ実験機でもある。空を飛ぶという利点を失った代わりに、アーリィにはない頑強さを手にしており、アーマリィの欠点であった、甲羅が無事でも体が粉々になる点を克服している。その利点を生かし、随所に甲羅をつけ、部分的な強度を引き上げている。


 毒々しい翡翠の色をしたコクピットとは対照的に、その肌は青白く、空とも違う、まるで人間の瞳のような透き通った青白さがあった。


「どれと一緒に探し物を探すとしようか」


 バルバロッサの真の狙い。それはこの街の奥にある、龍の亡骸にあった。まだ彼女には確証はないものの、街のどこかにあるという情報だけはつかんでいたのである。


「龍の骨格や構造が分かれば、仮面卿に恩を売ってやれる。ひっひっひ」


 ひとり笑いながら、街を進むバルバロッサとブレイク・ベイラー。戦場を俯瞰すべく走っている彼女の顔に笑顔は絶えない。それは単にブレイク・ベイラーの出来に喜んでいるだけでない。ブレイク。それは今は亡き彼女の息子の名であった。


 今、彼女は息子と走っているのだ。


 ◇


「ここにはまだ、レジスタンスはいないのか」


 さきほどの補給を終え、飛んで来た二人のアーリィベイラー。制圧が終わり、人もいなくなった井戸に着地する。


「ここにいればいいんだな」

「水場なんて潰しちまえばいいじゃないか」

「ここの街を拠点にするんだとさ。だから残しとくんだと」

「そうかよ、あーあ。本国に帰りてなぁ」

「もう1年になるか」

「もう砂は見飽きたぜ」


 他の戦場を知らない兵士であるがゆえに、誰もいないこの場所がまるで戦場ではないかのような気さえしている。


 なお、他の戦場といえば、すでにアーリィとドッグファイトを行っているオルレイトとマイヤとサマナ。ケーシィとヴァンドレッド相手に奮闘するナット、リオ、クオ。迫りくるアーリィを刈り取り続けるアマツ。激戦が各所で繰り広げられている。


 そしてこの地に、誰よりも戦意のある乗り手とベイラーがもう1組。


「なんだあれ」


 鉄の鎧を身にまとい、湾曲した剣と、丸いラウンドシールド。戦士の佇まいがそこにあった。


「空を飛べないって、ここまで面倒なのか」

 《そうだな》

「なにより敵が地上にいない! 決闘できない! 」

 《敵は空にいるのだからな。仕方ない》


 その佇まいからかけ離れたやり取りが聞こえてくる。この一瞬でも平和だった空間に緊張が走る。まがりなりにも帝都の兵士。敵を前に構えを取るのに躊躇はなかった。


「井戸を奪いにきたのか! 」

「お前もレジスタンスか! 」


 1人は右腕でサイクルショットを、1人は左手にサイクルナイフを構えけん制する。その姿をみた戦士、アンリーとシュルツは声高々に叫ぶ。


「 聞け! 帝都の人形ども!! 」

 《我らホウ族の戦士! (つるぎ)の名はシュルツ! 》

「それを担うはアンリー・ウォロー! 」

 《「恐れぬならばかかってくるがいい! 」》


 名乗りと共にその剣、サイクルショールを掲げる。そして盾を前に構え、攻撃に備える。


「おおげさな! 」

「前衛をやる! 援護を! 」

「あの剣なにかある。気をつけろ! 」

「わかってる! 」


 アンリーの名乗りを無視し、突撃してくるアーリィベイラー。背後のベイラーはサイクルショットで狙撃してくる。高速で打ち出される針を、アンリーはその盾で防ぐ。これも鎧と同じように鉄でできており、通常のサイクルショットでは貫通などできない。しかし大きな盾の常として、前に構えることで視界を塞いでしまう。


「棒立ちで何ができる! 」


 アーリィベイラーは突撃と共に体当たりを敢行する。盾を持つ相手に有効なのは盾を破壊することではなくその持ち主の体勢を崩すことにある。大きな盾であればあるほど、崩れた体勢でが支えることが難しく、一度崩してしまえばその重さで自滅することさえある。厳しい訓練を潜り抜けた兵士だからこそ行える理論に基づいた攻撃がシュルツを襲う。たしかに体当たりは成功し、シュルツは体勢を崩した。しかし


「なにぃ!? 」


 体当たりは成功はした。しかし威力は半減している。直前になって方向を盾によって逸らされた。勢いは十全ではなく、受け流されるようにして通り過ぎる。同時に、アーリィベイラーに衝撃が走る。


「ば、馬鹿な!? いつ攻撃された? 」


 一旦距離をとったときに、自身の損害に気が付く。乗り手の視界が半分になっている。それはつまり、今の攻防でアーリィベイラーは頭の半分をつぶされた事を意味していた。後方で援護していたアーリィは事のすべてを見ていた。


「(あの湾曲した剣、盾を通りぬけて頭を突き刺したのか! )」


 体当たりを受け流された後、確かにサイクルショーテルが盾の向こう側から現れ、切っ先が頭に突き刺さるのをが見えていた。体当たりの勢いを利用したことで最小限の力でも威力が出ていたため、ただの振り下ろしでも頭を半壊するに値する威力を得ていた。


「目がやられた!? 」

「こいつ、手練れだぞ! 」

「いまさら気が付いたか! ならば覚えているがいい!! 」


 アンリーが吠え、剣を振るう。ショーテルを地面スレスレまで滑らせ、アーリィの足をとらえる。そのまま、いつかレイダを転ばせたときと同じように、テコの原理でアーリィベイラーを横倒しにする。ただでさえ背中に重心があるアーリィは簡単に転び、無防備な姿を晒す。それを見逃すアンリーではない。


「アンリー・ウォローの名を! 」


 アーリィの腰にそのままショーテルを突き刺し、引き裂いていく。アーリィがそのまま上半身と下半身で分かたれ、動けなくなるのを確認し、もう一人、サイクルショットを構えている方のアーリィへと突進していく。


 兵士は冷静にサイクルショットを撃ちこんでいくが、鉄の盾を持つシュルツにはまるで有効打にならない。そして迂闊にもサイクルショットを撃っている最中動く事をしなかったために、すぐさまシュルツの間合いに入ってしまう。


 ショーテルで丁寧に右腕を切り飛ばす。サイクルショットを失い、いったん距離を取ろうとした瞬間、アーリィに超重量が押し付けられる。


「な、なんだぁ? 」


 アーリィに盾をこすりつけるかのようにして、全体重をかけていく。ただでさえ馬力のないアーリィに、鉄の鎧に鉄の盾をつけたシュルツの重量を支えられるわけもなく、あえなく倒れてしまう。そのまま重量に押しつぶされ、体のあちこちにヒビが入っていく。やがて、アーリィベイラーは動こうにもサイクルが砕け、打ち上げられた魚のようにその場でジタバタするだけの存在になっていた。


「作戦で言っていた井戸というのはこれか」

 《周りに帝都の軍隊はいないようだ》

「そしたら、中央の宿に向かうか」

 《すこしは骨のある者がいればいいが》


 動けなくなったベイラーを見届け、この場を去ろうとしたその時、アンリーは信じられないものをみた。思わず目をこすって確認する。


「いや、船にはいなかったはず」

 《何か見つけたのか? 》

「見間違えだ。いこう」


 何度確認してもさっき見えた物が無く、見間違えであると納得しその場を後にする。


 アンリーが去った後。建物の影で息をひそめていた人物が顔を出す。


「アンリーに見つかったら連れ戻されちゃうところだったわね」


 アンリーにとって信じられないもの。それはこっそりとマイヤと共にこの戦場に来ていたカリンだった。井戸の周りに兵士はおらず、カリンもまた別方向へとかけていく。カリンは今、この街で逃げ遅れた人がいないかを見て回っていた。


「みんな避難していればいいけど……あれは? 」


 井戸から離れていくと、ぽつんと1つ、巨大な鳥車が止まっていた。警護として2人

 、あたりを警戒している。


「あれに、人質がいるのかしら」

「……何をしていらっしゃる」

「!? 」


 背後から声を掛けられ、思わず声を上げようとしたとき、カリンの口に、見覚えのある手が覆われた。そして声の主をみてさらに大きな声をあげそうになる。


「オージェン!? なんで貴方が? 」

「破壊工作です、とでも言えば納得していただけますか? 」

「貴方ならやってそうだけど……あの鳥車はダメよ? きっと人質だから」

「いえ。あれは帝都の運搬鳥車です。それも最近できた物」

「そうなの? 」

「あれだけ大きな補給車。食料というわけではなさそうです」

「なら、獣? キルギルスでも入っているの? 」

「いえ、おそらくは……アーリィベイラー」

「あの中にアーリィベイラーが? 」

「大きさ、規模共に説明が付きます。それにご覧を」


 オージェンが物陰から指さす。その先には、4人の兵士が慌てた様子でこちらに走ってきているのが見えた。


「あれは……まさかアーリィの乗り手? 」

「ただの補給なら4人だけで来ることはないでしょう」

「なるほど。で、どうするの? 」

「破壊します。ついては……くるのでしょうね」

「ええ。でも壊すのは手伝わないわ」

「ならばどうするのです? 」


 オージェンが困惑しながら聞く中、カリンはふんすと胸を張った。


「今までパームにさんざん盗まれたんですもの。たまには奪ってやるのよ! 」

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