はじまる戦火
「先に行ったナットが心配だな」
砂漠のはるか上空、ホウ族の里からくしゃみで打ち出された戦士たち。それに同乗するのは、龍石旅団。リク、セス、レイダ、ヨゾラ。オルレイトがガタガタと揺れる船で体を必死に支えている。
「しかしこれ慣れないな! 」
「だろうなぁ。あたしだって慣れてないんだ」
軽い口調でけろっとしているアンリー。彼女のベイラー、シュルツが見に纏う鉄の鎧がカタカタと音を鳴らしながら、手に持った盾を調節している。
「コウは、くるだろうか」
「さぁ。ただ入れ違いにはなってるだろうさ。さて。作戦を説明するぞ」
「あれ、作戦か? 」
「作戦といえば作戦なんだ。あー、これからミーロの中心地に着地する予定だ」
アンリーが全員を呼び止め、説明を行う。シュルツが指でジェスチャーをし、その内容を補完した。
《帝都の連中はまず井戸を抑えるはずだ。ミーロの井戸は四方に分かれている。そして中央に1つ。そして街の入り口には、ナットが間に合っていれば迎撃用の武器が並べられている》
「相手は空を飛べる。残念だがあの空色のベイラー1人では長い時間はもたない。だが、我らが後ろから奇襲する形になれば話は変わってくる」
《まずは赤いベイラー、翼のベイラーと一緒になった緑のベイラーが空のベイラーから注意を逸らす。その間、地上に降りたベイラーたちが井戸を確保。さらに戦力をまとめて中央で迎え討つ》
「全てあの水色のベイラーがミーロに付いていることが前提だが」
「大丈夫だよ」
1番最初に声をだしたのはリオだった。祈るようにでもなく、ただなんの疑いもなく答える。
「だってナットとミーンはゲレーンで1番足が早かったんだ。だから、大丈夫」
「うん。ナットなら、大丈夫」
付け加えるようにクオが答えた。コクピットの中で2人は手をぎゅっと握り合う。そんな2人の力強い肯定を受け、アンリーも肩をすくめる。
「疑っちゃいないよ。まったく。あの姫さまはいい仲間を見つけたもんだ」
《その姫さまはいまはアジトにいるがな》
「そうだな。でも……占い師さま! 」
「なんぞやお前さま」
船の中でけろっと答える占い師アマツ。彼女はいまグレートレターと共にいる。
「なんで一緒に来てるんですか!? 」
「いやな。行くつもりはなかったが、占いでてまえが戦場にいるのが見えてしまって」
「グレートレター! どうして! 」
《今日は調子がよくって。日当たりもいいし》
「(ピクニックでもいくような感じだな……それに)」
オルレイトはただ1人。ベイラーにものらず、ただ船の中でじっと体を支えている体の大きい男を見つけていた。
「(オージェンさんまで居るなんて。この戦い、占い師さんは何が起こるのか知っている? それとも、何が起こるか分からないから、一緒に来ているのか)」
オルレイトの心は逡巡でいっぱいになるも、すぐさまそれを振り払う。
「(今は疑っている暇はないか。コウがいないんだ。僕がしっかりしないと)」
《オルレイトさま》
レイダが小声で語りかける。
《私と、オルレイトさま。さらにこのひとたちがいれば、何も恐れる事などありませんよ》
「ああ。そうだったな」
「見えた! ミーロの街だ!! 」
アンリーが1番に声を上げた。ミーロの街では火があがってる。すでに戦いは始まっていた。
「マイヤ。船から出たら植え寄せを頼む」
「……」
「マイヤ? 」
「へぇあ!? あ、はい! ヨゾラに言って聞かせます! お任せを! 」
「頼んだ。僕らだけじゃ空を飛べないからな」
「サイクルボードを教えてやるってあれだけ言ってるのに」
「まったく上達しない。というか風に乗るっていう感覚がわからないんだが」
「これだからのっぽは」
「のっぽは関係ない! 」
オルレイトとサマナが口喧嘩をしてる中、ぐっと口を閉じているマイヤ。先ほどから口を開いていない。その理由が目の前でモゾモゾとし始める。
「ありがとうねマイヤ」
「ひ、姫さま。ホウ族の方が来ているのはやはり」
「あの占い師、私がここにいるのを悟ったようね。なんて目敏い」
「やはりアジトにいた方が良かったのでは」
「そうしたら、私はもう二度とコウに会えない気がしたの。だから来ちゃった」
「来ちゃったって言われましても……」
「大丈夫。戦場に降りたら避難してる人たちと一緒になってるわ」
「(降りる暇が有ればよいのですが)ああ。マイヤは心配です」
ヨゾラの中でマイヤとは別に、コクピットの中で息をするカリン。占い師の言いつけを破り、こうしてお忍びでヨゾラの中に乗り込んでいる。
ミーロの街が近づいてくる中。アンリーが胸元にしまわれた花を撫でる。ホウ族が出撃する際に占い師から直接手渡せられる白い花。その花に小さく口付けを落とした。
「帰ったら、またいろいろと話そう……さぁ」
しっかりと胸元に仕舞い込み、気合いを入れた。
「さぁいくぞ戦士たちよ!! 」
◆
空中から3人のベイラーが躍り出る。1人は赤いベイラー。1人は緑色をしたベイラー。そしてもう1人は、翼を持つベイラー。
「ヨゾラ! レイダさんに! 」
《ウエヨセシマス》
落下していくレイダの背に追いすがり、己を飛ばすための翼をレイダへと授ける。
「いくぞレイダ! 」
《仰せのままに!! 》
操縦権が乗り手のオルレイトへと移り、背中に凄まじいエネルギーが生まれ、落下していた体が徐々に浮上していく。そして地上に引力から引き離れ、大空へと飛び上がった。
《オルレイト様。目の前にアーリィベイラーです。数はひとつ! 》
「サイクルレイピアを試す! 」
空中でその右手に武器を生み出す。刺す事に特化した細く、しかし鋭い剣。目の前にいるアーリィベイラーはまだレイダに気がついていないのか、そのまままっすぐ飛んでいる。
「下から潜り込む! 」
《はい! 》
飛行しているベイラーと並走すべく加速する。そしてベイラーの下へと潜り込んだ直後、体をくるりと反転させ、空中で向かい合う。アーリィベイラーの乗り手は突如真下からベイラーが現れた事に混乱し、わずかに操縦が乱れた。
「貫けぇえ!! 」
空中では足場がないために地上のような重い突きは難しい。しかし空を飛んでいるベイラーならではの弱点をつけばその限りではなかった。その空を舞うために必須の翼目掛け、上半身を捻っての突きを放つ。バキバキと音をたてて翼に大穴が開き、一気に制動が乱れていく。
「追撃はいらない! 次だ! 」
◆
「レジスタンスが来たぞ! 」
「緑のベイラーは空を飛んでいる! 」
「空を飛べるのは炎使いの白いベイラーだけじゃなかったのか! 」
帝都の兵士たちにどよめきが走る。アーリィベイラーを擁するこちら側の圧倒的優位性を覆す存在が援軍としてあらわれ、対処し損ねている。3人のアーリィベイラーが状況を確認すべく空を旋回する。先頭を飛ぶアーリィを隊長とい、左右に並列して飛ぶ小隊だった。
「白いの以外に何かいる! 」
「何かって!? 」
「赤だ! なんか派手な赤がーーー」
次の瞬間、3人のうちの1人、1番右に空を飛んでいたベイラーが胴体にサイクルシミターが突き刺さり、そのまま落下していく。突然の出来事にうろたえる隊長達。
「攻撃だ! 何かを投げてきてる! 変形して警戒! 」
「了解! 」
空中でアーリィベイラーが人の形をなしていく。最高速度は出なくなったが、小回りがきき、旋回するのにも一瞬で終わる状態になる。緊急時の索敵にはヒトガタは非常に優秀だった。
「どこだ……どこにいる」
「隊長! 上です! 太陽の影! 」
上空のさらに上。太陽を背にしてこちらに急接近する赤いベイラーがいた。長いボードに乗ったそのベイラーには、先ほど部下が受けた武器と同じものが握られている。
「サイクルショット! 撃て! 」
2人がかりでサイクルショットを放つ。しかし相手は、まるでどこに向けて針が飛んでくるのか最初から分かるかのように、ヒョイヒョイと避けていく。
《サマナ。敵意が見えるか》
「見えるよ。こんなもの海に比べればぬるいぬるい」
サマナは、今や見る者の流れが見えている。それは敵意であったり、殺意であったり。意図は様々であるが、自身に影響を及ぼすものはすべて視る事ができている。それは彼女の体に、人の心を読むことができる人外、シラヴァーズの血が流れており、この力はその発現の一旦でもある。やがて彼女はシラヴァーズと同じように、相手の心を簡単に読むことができるようになる。
「(今はこれだけでも十分! )」
だが現在発現している力でも十分に脅威であった。サマナに向けられる攻撃はいつくるのか全てわかってしまう。不意打ちだろうと例外なく感知し、その尽くを躱す。
「セス! 」
《サイクルシミター! 》
ボードに乗ったセスが、海上で使う剣を生み出す。上空であっても利点は変わらない。剣先に重心が乗ったシミターは、片手で振り回すのに適しており、こと上空でもそれは有利に働いた。上から強襲し、すれ違いざまにアーリィベイラーを叩き斬る。隊長は一瞬で部下2名がやられたことで、逆に冷静になる。相手の技量が高く、自分1人ではなんともできないことを理解する。
「サイクルジェットも使わずにあんな軌道ができるのか!? 援護を」
「逃げられると思うなぁ! サイクルぅう!」
《ブーメラン!! 》
サイクルボードから身を乗り出し、シミターを投擲する。弧を描いて飛んでいくシミターは、一瞬アーリィベイラーとは別方向へと飛んでいく。
《あれで本当に当たるのか? 》
「まぁ見てなよ」
アーリィベイラーが距離を離していく中、明後日の方向に飛んでいたシミターが突如風を受けて方向を変えていく。やがてその軌道は敵の眼前へと迫り、そのままアーリィベイラーの胴体に突き刺さった。荷重が加わると同時に、サイクルジェットが機能不全に陥ったアーリィは地面へと堕ちていく。
「空を飛んでるのが減った。地上に降りよう」
《中央に行くのだったな》
セスが地面へと方向を変え、風に乗って前へ前へと進んでいく。
◆
「あの連中、サーラのアジトでみた連中だ……いつも邪魔をして」
《はは! ナット! セスとレイダだよ! 》
「見えてる! みんな来てくれたんだ! 」
龍石旅団が援軍として現れた。それだけで体の痛みがずいぶんと軽くなるのをナットは感じていた。
「これで形勢は逆転だ」
「何か言ってるのさ。数はこっちが上なのに。それに今のあんたを助けてくれるやつは誰もいない」
ザンアーリィベイラーがミーンへとサイクルショットを向けた。今にも発射されようとした時、ザンアーリィに向けて無造作に木材が投げ込まれる。規模と大きさに一瞬に怯むも、冷静に回避するケーシィ・アドモント
「なんて馬鹿力」
「こんな事できるのは」
「ナットからぁ! 」
「離れろぉおお! 」
大声をあげて何個もなんこも瓦礫が投げ込まれる。ドタドタと四本足が足音をたてながらザンアーリィベイラーの前に立ち塞がった。黄色い四本腕、四本足の姿をした珍しいベイラー。
「リオ! クオ! 」
《リク! 》
《ーーー! 》
言葉を発せないリクが、大丈夫だと言うようにグッとガッツポーズで返す。
「ほらクオ! 行った通りでしょう!? 」
「うん!お姉ちゃんが見てたのを見た! 」
「ナット!大丈夫! もうみんなきたよ! 」
「怪我とかしてない!? クオたちがきたよ!」
「大丈夫じゃないかも……リク! 後ろ!!」
ナットが忠告した瞬間、リクにサイクルショットが降り注いだ。しかし、双子は冷静にサイクルシールドを作り出しその全てを受け止める。練習の末、シールドの作るのが苦手だったリクも、こうして仲間を守る事ができるようになった。
「子供が子供を庇うのか。一体、大人は何をやらせてるんだか」
ケーシィが心底嫌そうに呟く。敵の戦力がふえた事より、子供が子供を守っている状況の方に腹を立てていた。
「大人って本当に信用ならないなぁ」
誰に聞かせるでもなくぼそりと呟く。その呟きがきっかけになるかのように、ケーシィの中で憎しみが膨れていく。
「まぁいいや。どうせここで全員いなくなる! お前たちも続きな! 」
「「は! 」」
ケーシィのザンアーリィが、その目を真っ赤に光らせる。赤目の状態にまで持っていく事ができるザンアーリィの特性を生かし、空中での挙動を最大限に行う。空を踊るように駆け、サイクルショットを地上へと浴びせていく。他のアーリィたちも援護射撃を加えていく。
《リク! こっちに! 》
《ーーー! 》
効率よく攻撃を防ぐべく、ベイラー同士で協力する。リクがサイクルシールドを半円状に作りあげ、降り注ぐサイクルショットから耐え凌ぐ。文字通り手が出ないでいた。
「ミーン! また暴風形態をやる! 」
《空を飛べる訳じゃないんだよ? 》
「なら、やっぱり助けを」
「ねぇねぇナット」
「これの使い方、わかる? 」
「これ? 」
リオとクオが疑問形で聞いてくるのを不審に思いながら、リクの背中に背負われた物を見る。そこには、あの迎撃で使用した巨大な弓弩が4つ括り付けられていた。
「お前らこんなのどこで!? 」
「さっき降りたとこでおじさんがくれたー! 」
「ベイラーなら使えるからって! とりあえず4人分! 」
「使い方っていっても、矢をつがえて引き金を……」
そこまで言って、ナットが閃く。その閃きにミーンが若干の呆れを見せた。
《そんな単純な》
「でもサイクルショットが使えないリクにはちょうどいい」
「「ナット? 」」
「リオ! クオ! 狙いの付け方はわかるか!? 」
「お父さんが一度教えてくれただけ」
「それだけあれば十分だ」
一方、空でサイクルショットを撃ち続けるケーシィが次の手を打つ。
「ジャベリンで串刺してやる。援護を続けな! 」
サイクルショットを止め、その手に長い槍を生み出す。シールドを掻い潜り、自分の手で終わらせようと加速をかける。味方のサイクルショットに当たらないように射線からずれていく最中、突如として半円状のシールドが放り捨てられた。
「やっと諦めたか……ってなにぃ!? 」
シールドを捨てた場所にいたのは、4つの弓弩を構えたリク。その後ろに、狙いを教えるミーンが張り付いている。本来は1人で使うはずの弓弩を、そのまま4つ使って見せた。
「その矢なら狙いは適当に放っていい! タイミングだけ教える! 」
「うん! 」
四本の弓弩が空にいるベイラーに狙いをつけられる。その姿に一瞬後退が遅れたケーシィはリクの射程に入ってしまう。そのタイミングをナットは逃さなかった。
「いまだ! 」
「「いっけぇリク! 」」
《ーーーーッツ! 》
四つの矢がけたたましい音を立てて放たれる。反動はすべて4本の脚に伝えられ、地面が脚の形に凹む。空気を裂いて直進する。
「それはまずいって! 」
ケーシィがジャベリンを捨て、すぐさま変形し急上昇する。射程から逃れるだけでなく、この後にくる攻撃を予知してのことだった。アーリィベイラーの乗り手達も同じように変形しようとしたが、ここでアーリィとザンアーリィの変形時間の差が明運を分けた。アーリィの強化発展がザンアーリィであり、変形する時間も半分になっている。それはすなわち、ザンアーリィが変形して飛び去る間、まだアーリィは変形中である事を示している。そしてアーリィの弱点の一つとして、変形中は無防備になるというのがあった。
アーリィの目の前で放たれた矢が破裂し、中からちいさな破片が勢いよく飛び散っていく。破片はアーリィの関節や翼、果ては目に突き刺さり、姿勢を崩したアーリィベイラー達は地上へと真っ逆さまに落ちていく。しかし1人はとっさに変形ではなく防御の姿勢をとった事で事なきを得ていた。
「1人逃げた! 」
「逃げただけじゃないかも」
クオが弱気になる。振り向いた先に、突如現れた対空兵器を見て、周りから別のアーリィが集まってくるのをみてしまう。
元は毎年大量発生するクチビスのための拡散する武器だったが、ここにきてこれは対空兵器として十二分以上の活躍をしていた。そして、ベイラーがこれを持った事で、もうひとつ利点がある。普段はまさに固定砲台の役割なこの弓弩。並のベイラーでも持ち運ぶことなどできない重量を持つからこその固定式であるが、そこにリクという運び手がいれば変わってくる。
「クオ! 来るのは2人であってる? 」
「合ってるよお姉ちゃん! 」
「ナット! ちょっと離れて! 」
「リオ、なにを言ってる? お前まだ後ろ見てないだろう? 」
「クオが見てくれてるからわかるの! 」
「クオが見てくれているから、わかる? 」
「いくよリク! 」
リオが気合をいれ、リクが応えるように動き出す。四本の足を器用につかい、その場で旋回して見せた。そして4つの弓弩を、腕を広げ左右2方向にむける。
「クオ! 左手はもっとうえ! 」
「お姉ちゃん! 右手はもっとした! 」
「「わかった! 」」
「な、なにを話してるんだ?? 」
リクの4本の腕は、片方が補助の役割をしている訳ではない。右手左手の概念がそれぞれあり、リオとクオはそれぞれ自分の右手左手の操縦をしている。そしてもう一つ。彼女達の最近の違いがある。
「(やっぱり、クオには今、お姉ちゃんが見ている物が見えてる)」
「(ベイラーにのっていなくても、乗っていてもわかる。リオの視界も見えてる)」
彼女達は、いつからかお互いの視界が共有されている事に気がついた。それもベイラーに乗っていない時も続いている。だからこそ、2人が別々の方向を見ていても、双方が見ている物がわかる。それは、後ろに目がついているのと何も変わらなかった。
「引絞れ! リク! 」
《ーーー!! 》
四本の弓弩を地面に立てて、弓矢をつがえていく。そして軽々と持ち上げ、狙いをつけた。
「「いっけぇ!! 」」
掛け声ともに、左右2方向に弓矢が飛んでいく。奇襲を行おうとしていたアーリィベイラーはその対空攻撃をもろにくらい、そのまま街に墜落していく。そしてケーシィは、いよいよこのベイラーが普通では無いことを認識し、戦法を変えた。
「チマチマ撃ってたら勝てないか! 」
飛行状態から変形し、ヒトガタになって地面へと自由落下する。射線から大幅に下に下がったことで弓矢の攻撃から逃れる、そのまま地面へと着地した。空中にいたアーリィベイラーはその尽くが射抜かれ、墜落している。ただ1人、自分の意思で地面へと降りたケーシィだけが無事だった。
「サイクルナイフ! ジャベリン! 」
ケーシィが両手に別々の武器を作り出す。1つは先ほども作ったジャベリン。もう1つは刃渡りの短いナイフ。間合いが極端に違う武器だが、両方を同時に扱うのではない。
「そらぁ! 」
咆哮とともにジャベリンをリクへと投擲する。すでに両腕が塞がっているリクはなすすべもなく、左腕の一本にもっていた弓弩を貫かれる。投擲と同時にサイクルジェットをふかし、加速するケーシィ。
「まだ3本ある! 」
「リク! はやくつがえて! 」
リクが再び矢をつがえ、狙いを定めた時、すでにケーシィは懐に潜り込んでおり、射角が取れない位置取りを行った。サイクルジャベリンは囮であり、本命の行動はここに合る。走る抜けるようにナイフによる一閃がリクに襲う。しかしリクの巨体をナイフ一本でどうにかできる訳もない。だからこそ狙い目はたった1つ。
「お姉ちゃん! リクの指が! 」
「そ、そんな!? 」
左手の指。そのすべてをナイフで切り落とす。同時に、左手に持っていた弓弩が保持できなくなり、ゴトリと音たたて落ちた。左側にあった重量が一気に無くなり、思わずリクが右側につんのめる。すでに走り抜けた後のケーシィは急制動でに再びリクへと向かう。
「その指じゃ武器は持てないよねぇ! 」
かつてケーシィが奴隷になる前。生き残るために手に入れた知恵。武器を持った大人を倒すにはまず武器を持たせないようにすること。それでも体の大きさや性別による力の差がある為に安心はできない。だからこそ指の痛みで蹲っている瞬間にその首を突き刺す。そんな生活を続けていた頃がケーシィにはあった。無論そんな生活が長く続かず、結局は捕まって奴隷として売り出されていたが、それを拾ったのが、パーム・アドモントだった。
「残りの指も落としてやる」
加速を続け、地面すれすれまで低くとぶ。そのままリクの右腕目掛けてナイフを振るおうとした。
「させるかぁ! ミーン! 」
《あいあい、さぁ! 》
振り上げたナイフを、ミーンが足で弧を描き、払い除ける。一瞬の攻撃でナイフが落とされる。ケーシィは舌打ちしながらも再びナイフを作ろうとした時、ミーンの背後で2本弓矢がこちらを向いている事に気がつく。今までミーンの外套が邪魔でケーシィには見えなかった。
「いっけぇ!! 」
「やっちゃえ! 」
ミーンが飛び退いた事を確認し、双子が弓弩の引き金を引く。
「ヤバ」
サイクルシールドを作る暇もなく、ただ両腕でコクピットを守ろうとした時、予想だにしない事が起きた。ザンアーリィベイラーが突然何物かに弾き飛ばされ、強引に射線からずらされる。ケーシィが混乱している中、その突然現れた何かが矢を受ける。爆煙で一瞬目の前が雲で覆われる。
「ちょっとぉ!? なにして……るの」
「ケーシィ殿。遅くなった! 」
中から声を張り上げる男の声がする。その声に、ケーシィではなくナットが驚いた。
「もうベイラーは動けないはず! 」
「はっはー!! アーマリィベイラーが一つしかないと誰がいった! すぐさま新しい奴に乗り換えてやったわ! 」
爆煙が晴れる中、あらわれるのは、海に住むバエメーラの甲羅を見に纏う、アーマリィベイラー。その乗り手はヴァンドレッド。
「おーおー軍人さん生きてたー」
「ケーシィ殿! この空色をしたベイラーは自分が」
「なら、あの馬鹿でかいのはケーシィがやっちゃうね」
ザンアーリィと、アーマリィが揃い、それぞれ構える。状況だけみれば2対2のイーブン。しかし。
《(ナット、体が、もう)》
「だ、大丈夫。まだやれる」
ジクジクと痛み出す体を無理して動かすナット。先ほどの戦いですでに数カ所骨が折れている。しかしヴァンドレッドの方はそうではない。乗り手の状況がまるで違っていた。
「今度こそ、勝つ! 」
ミーロの状況は、次第に動いていく。




