暴風形態
「あれ、コウが使ったって言う」
《ただのおもしじゃなかったっけ? 》
「なら先手を取る! 」
目の前に現れたアーマリィベイラーと名乗るソレの姿は、いままでのベイラーとまた違っていた。それはアーリィベイラーに、いろいろとくっつけたような外見で、着膨れしており、太っちょだった。それだけでなく、表面はまるで貝のように磯の名残があり、岩肌のようなくすんだ色をしており、ところどころ藻がついている。見る物に不気味さよりも不可思議さの印象を与えるそのベイラーを蹴飛ばすべく、いつものように駆け出したミーン。それを迎撃すべく動いたであろうアーマリィは、ある種予想通りの動きをした。
「あいつ、遅いぞ! 」
動作がどこか鈍臭く、不思議さよりもこんどこそ貧弱さを与えてしまう。ミーンを追いかけるべく追ってきたと考えられるアーマリィの動作は、並のベイラーよりもずっと遅かった。
《リクと同じくらい? 》
「なら話は早い! 横から蹴飛ばしてやる! 」
ナットの気合が十分に入り、駆け出したその足がアーマリィへと向かっていく。真っ向からではなく、アーマリィからみて左前から。正面ではないとはいえ、それでも斜め前方からくる相手がいるというのに、アーマリィベイラーは未だミーンを捕らえられずにいた。その姿に気を良くしたナットが叫ぶ。
「一撃で終わらせてやる! 」
アーマリィが正面を向くよりさきに動く。ミーンの脚力によって一瞬でアーマリィの背後に回った。目の前にいたはずのベイラーがいなくなり、代わりに砂埃だけが舞う中で、アーマリィの乗り手はミーンの姿を見失ってしまう。それがナットの狙いでもあった。
「サイクルぅう! 」
背後に回ってかつ、十分な助走をつける。やがてその速度はミーンを一陣の風とした。アーマリィの目の前までくると、両足で盛大にジャンプする。全体重を乗せたキック。言ってしまえばただそれだけの攻撃だが、そこにミーンの速度が合わさって凄まじい威力になっている。技というには大雑把なその名を叫ぶ。
「キィイイイック!! 」
ただの飛び蹴りだが、ミーンの体が地面と平行になるほどの加速度がのった蹴りであり、まともに受ければどんなベイラーでも致命傷となりえる威力をもっていた。そして、回避行動さえおぼつかないアーマリィベイラーは、それを甘んじて受け止める。衝撃があたりを包み、さきほどよりも大きな砂柱が立つ。砂粒が頭上から雨となってふりそそいだ瞬間。ミーンが訴えてを起こす。
《ナット! 離れよう! 》
「どうして? やっつけたのに」
《まだ終わってない! むしろまずい! 》
ミーンの危機感をその声で感じ、ナットはようやく事態を把握する。
全体重を乗せて蹴り込んだ一撃にまるで手応えがない。見れば、蹴りはアーマリィの分厚い鎧に守られており、ミーンもナットもその感触に驚く。
「柔らかい! 」
《でも効いてない!? 》
「その通り! 」
蹴り込んだ足が無造作につかまれる。アーマリィベイラーの中から男の声が聞こえてくる。
「この装甲は伊達ではない! そして捕まえたぞ! 」
《ナット! 頭を覆って! 》
「わ、わかった」
問答をする暇もなく、アーマリィベイラーが動き出す。ミーンの右足を掴み、無造作に地面へと叩きつけた。
「そらそらそら! 」
地面に叩きつけてはもちあげ、叩きつけてはもちあげをくりかえし、5回を超えた頃。叩きつけるよりもぶん投げた方が良いと判断したのか、家屋へと投げ入れる。家屋は倒壊し、破片が次々とミーンに降り注いだ。たった一回の邂逅で、ミーンの方は満身創痍であり、対してアーマリィの方は無傷だった。
《ナット! ナット!? 》
「だ、大丈夫、だけど」
なんとか体を持ち上げて相手を見据える。ミーンの全力の一撃を受けても傷一つついていないベイラーの肌をみて怯む。
《まるで布団を蹴ってるみたいだ》
「柔らかくってこっちの攻撃が効かない」
アーマリィベイラーは傷一つないその体で悠々と歩いている。すぐ近くにアーリィベイラーの1人が降りてきて指示を請う。
「隊長。ご無事で」
「無論だ。首尾は? 」
「他の者はまだ対空武器に苦戦中」
「そうか……お前を含め何人下りれた」
「3名ほど」
「なかなかうまくいかないな。地上部隊として貴様を派遣する。対空武器その尽くを破壊せよ」
「了解! 帝都に栄えあれ!」
「帝都に栄えあれ」
指示を受けたアーリィベイラーがそのままのっしのっし歩いていく。その姿みてミーンは阻止すべく立ち上がるも、アーマリィベイラーが立ち塞がる。
「どいてよ! 」
「先手は譲ったんだ。次はこちらだ! 帝都近衛格闘術! 」
ヴァンドレッドが吠える。アーマリィベイラーの両拳を打ちつけ、そのまま突進してくる。格闘を仕掛けてくるのは目に見えている。
「正拳突き!! 」
「そんなものぉ! 」
迷いなくまっすぐ放たれる拳を、ミーンが足で弾き返す。その瞬間、ミーンがとらえて違和感が確実な物になる。
《このベイラー、もしかして》
「器用なマネを! 」
ヴァンドレッドが毒突きながら、正拳突きを連打してくる。一撃一撃が重いのはみて取れるが、アーマリィの攻撃はミーンでも捌き切れるほどの速度。全ての拳を足を蹴り上げることで弾いていく。3回弾いたのちに、ナットが気がつく。
「ミーン、距離を取る! 」
《うん! 》
4回目の攻撃を跳んで躱し、アーマリィベイラーの肩に足をかけ、一気に飛び上がる。そのまま遠く背後へと着地し、まじまじと相手を観察した。
「敵ながら素早い」
「(あのベイラー。動きが鈍い。でも体が重いわけじゃない……あれは)」
ゆっくりと振り返るアーマリィベイラー。その関節をよくみると、できうる限り干渉しないようにはなっているが、それでも通常のベイラーよるもずっと膝や肘が曲がるようにできていない事に気がつく。分厚い甲羅が動きを阻害していた。
《動きが鈍いんじゃなくって、そもそも動けないんだ》
「大丈夫。速さは僕らが上だ」
《でも、ミーンの攻撃は効かないよ? 》
「そこなんだよなぁ! くそう! 」
「相談はおわったか? ならば」
アーマリィベイラーの姿勢が低くなる。曲げにくいであろう膝をできうる限り深く膝を曲げ重心を下に下げていく。先ほどの攻撃から、再び格闘を仕掛けられると踏んでいたナットだが、相手はさらに別の手を使ってくる。
「サイクルロッド」
アーマリィベイラーから、細長い、なんの変哲もない棒が生み出される。それを両手で使い、クルクルとまるで体の一部のようにふるってみせた。
「帝都近衛格闘術は拳だけでないぞ! 」
「くる! 」
アーマリィベイラーがその棒を突き出していく。ナットはその攻撃を弾こうと再び蹴り上げようとしたが、一瞬、棒の間合いが伸びた。手前でぐんと棒がミーンの方へと伸び、蹴り上げが間に合わずモロに突きを喰らってしまう。
「なぁ!? 」
《伸びた? 》
何が起きたのかを把握すべくとびあがって距離を取るミーン。みれば、先ほどアーマリィが両手で持っていた棒は、すでに片手に変わっており、それが間合いが伸びた原因だとわかる。片手でめいいっぱい腕を伸ばして突き出すことで、一瞬間合いが伸びたように錯覚させた。
「単純な理屈だけど、強いなぁ」
《ナット、怪我はない。》
「大丈夫。でも相手は僕らより遠くから攻撃できる……」
《ナット? 》
「なら僕ら以外の力を借りる! 」
《具体的には? 》
「1回逃げる! 」
《あいあいさー! 》
ミーンがナットの意図を汲み、その場から駆け出す。
「逃すか! 」
ミーンが駆け出すのみたヴァンドレッドが、その場でアーマリィベイラーを変形させ飛び立つ。変形する時間はザンアーリィよりも遅くなったが、そもそも変形中でも攻撃されようともびくともしない甲羅をつけている。弱点らしい弱点は本当にその甲羅による動きの鈍さにある。
「この新たなベイラー、自分に合っている。いい仕事だバルバロッサ卿! 」
カブトムシがその重い体を飛ばすかのように、ゆったりとした動作で空を飛ぶアーマリィ。上空にあがったことミーンの姿をすぐさま認める。避難して住人のいない家屋へと逃げ込んでいるのを見つけた。
「逃げられると思ったか」
家屋の中へと身を潜めたミーンを追いかけ、地上へと降り立つアーマリィベイラー。ゆっくりと変形をし、家屋の中を入念に調べていく。
「この中にいるのはわかっているぞ」
手にもったサイクルロッドで適当な場所を突いていく。しかしいくら探してもミーンの姿がない。
「(この中に入ったのは見ている……どこか裏口があるのか? )」
注意深く探していると、ミーンのものだとわかる足跡を発見する。この家の中にいるのは間違いないが、肝心の本人がいない。
「(……どこだ? いくら小柄といってもこの中で隠れきることなど)」
家屋の中、1番奥に辿りついたその時、アーマリィの足が一本の糸に触れた。ピンと張られた糸が、ベイラーの歩行によってプチンと切られる。
「罠か! 」
サイクルロッドを振りかざし、次に訪れるであろう障害を確認する。するとソレはすぐ側にあった。家屋の外、窓の中からアーマリィを狙って弓弩がすでに動いている。轟音を響かせ放たれた弓矢はアーマリィに一直線に向かってくる。
「この程度」
しかし、先ほどこの弓矢を何重にも受けたアーマリィにとって、たった一本の矢などなんの意味をなさなかった。ボスンと間抜けな音をたてて体にあたり、そのまま矢が落下する。
「急ごしらえの罠などこんなものか」
「それはどうかな? 」
次の瞬間、アーマリィベイラーの視界が緑一色に染まる。突然視界が塞がれたことで、ヴァンドレッドは先ほどよりも大いに動揺した。
「まさか、これが本命か! 」
「センの実だよ! 水でしっかり洗わないと落ちないからね! 」
「こうなれば」
ベイラーの着色にも使われるセンの実を、ナットがベイラーへと叩きつけた。ヴァンドレッドが操縦桿を離し、ベイラーの視界ではなく、コクピット内部からの視界で状況を確認しようとする。するとそこには、たったいま実をぶつけて視界を塞いだであろうナットの姿があった。
「ベイラーを降りてくるとは、敵ながら大胆なやつ! だが乗り手がその身を晒すとはな! 」
家屋の中を走るナットを踏み潰そうと操縦桿を握る。
「この程度目がみえずとも! 」
アーマリィが足をあげて踏みつけようとする。人間用の出入り口は一つであるならば、そこ目掛けて踏みつけようというのがヴァンドレッドの考えだった。その考えは正しく、もうすぐナットが踏みつけらようとしたその時。
「いまだミーン!! 」
《あいあい、さぁ! 》
片足があがったアーマリィめがけ、家屋の中で外套をかぶってカモフラージュしていたミーンが、全力で体当たりをかます。お互いの体が盛大に削れながら、踏みつけようと重心をずらしていたアーマリィは、突然の横からの攻撃をうけ、無様に横転する。
「うん! タイミングばっちり! 」
《ナット! 早く! 》
「今いく! 」
ナットが促されるままミーンの中へと戻っていく、その様子を視界の端でみたヴァンドレッドが自分の置かれた状況を把握する。
「しかしこの程度の攻撃では」
ナットはあえてミーンから降りて罠を仕掛けた。その目論みは見事に成功し、アーマリィベイラーは盛大に横転する。ただ転んだだけではない。立ち上がろうとしたその時、ヴァンドレドは自分が2つ目の罠にかかった事に気がつく。アーマリィの左足がズボりと穴に嵌り身動きが取れなくなっていた。
「う、うごけん!? 」
「クオが教えてくれた特製の落とし穴だ! 」
「(まさか、罠にかけられたのか? この自分が!? )」
アーマリィベイラーを動かし、この場から飛んでにげようとした時、嵌った足がまるで抜けない事に気がつく。中に返しのついた針山が敷かれており、それが突き刺さって抜けないでいた。通常であれば獣に使う道具を、ミーンが急ごしらえで置いた物。その知識は狩人の両親をもつリオとクオからもたらされた。
《もううごけないでしょう? これでミーン達の勝ちだよ》
「こんな、子供に、自分が、負ける? 」
ミーンが身動きが取れないアーマリィベイラーに詰め寄る。
《この子も他の空を飛ぶベイラーとおんなじで話せないのか》
「乗り手次第だよ。マイヤはヨゾラと話せるんだから。さぁ降りるんだ! そして今すぐ帝都の人たちに戦いをやめるように言って! 」
「戦いを、やめる? 」
「そうだ! お前みたいなのを隊長っていうんだろう? みんなは隊長の言うことを聞く! なら隊長がやめろっていえばやめるんでしょう!? 」
「まさか、そんなことのために、自分を捕まえたと? それは、それは」
ナットは一定の距離をとり、警戒を怠らない。まだ周りに帝都の兵がいないとも限らないためにとった行動だった。しかしその行動を含め、今までのナットの戦略を振り返ったヴァンドレッドが、突如として笑い出す。堪えきれないというより、ふと漏れてしまった笑い
「なんだそれは。そんな覚悟で自分と、部下と戦っていたのか。ははっは」
「何が、おかしい? 」
「ならば、貴様らに勝つ道などない」
《負け惜しみだ! 》
「これをみて同じ言葉を吐くがいい! 」
ヴァンドレッドが吠えた。その瞬間、たしかに穴にハマっていたアーマリィベイラーが一瞬で這い出てミーンとの距離を詰めた。サイクルジェットによる急加速であることは明白だったが、それ以外のことがまるでわからなかった。
「(罠にかかったフリをされた!? でもたしかにうごけなかったはず! )」
「帝都近衛格闘術! 」
空中でアーマリィベイラーが横回転し、右足を振り回す形で空中回し蹴りを放つ。あれだけ動きが鈍かったというのに、空中での動きは洗礼されていた。しかしミーンもタダではやられない。迎撃する形で飛び蹴りを放つ。
「滑走撃! 」
「サイクルキック!! 」
回し蹴りに対し、垂直にぶつけるように飛び蹴りがぶつかる。両者の足が空中で軋みをあげた。
蹴りの一撃、その威力は単純な数式で表すことができる。それは加速と荷重。飛び蹴りがなぜ威力があるのかといえば、全速力で走った物体が足の一点でもって激突する為である。ただし致命的な欠点として、全速力するための助走距離が必須であり、飛び蹴りを放つまでの時間が必要であった。対して回し蹴りは、その場で回転することによる加速を得る蹴りである。全速力とは比べるまでもない加速であるが、その反面、助走距離は全く必要ない。
つまり、現在の両者の蹴りがぶつかった時、加速で上を行き、総重量も上アーマリィベイラーが勝利するのは自明の理であった。
回し蹴りにより足ごと吹き飛ばされるミーン。衝撃で膝にヒビの入る音がした。ナットは自分が負けた理由を直感的に理解し、この敗北による心のダメージはなかった。だがそれ以上に、ヴァンドレッドが行った行為に憤りを感じていた。
《ナット、ごめん、今ので足が》
「わかってる! 大丈夫、でも、あいつ!! 」
「そら。同じ言葉を吐くがいい」
アーマリィがその場で勝ち誇るように立ち、同時にヴァンドレッドが挑発する。しかし、その片足が無残に朽ちているのを、ナットは見逃さなかった。
「無理やり罠から引き揚げたな!? 足がズタズタじゃないか! 」
「それがどうした!? 帝都に栄えあるならば足の一本や二本! 」
「お前の足じゃないだろう? 」
「自分の足でもするさ。それが軍人という者だ」
アーマリィの左足は、足首より下はすでに形などなく、膝にいたってはサイクルがズタズタい引き裂かれていた。針山から無理やり引き抜いたことで、破片がボロボロと落ちていく。ナットが怒る中、ヴァンドレッドの頭は冷水をかぶったように覚めていた。
「(滑走撃の二撃目が放てなくなったのは、あの子供にとっては好都合になってしまったか)」
滑走撃。空中で体をコマのように回転させ、二連撃の蹴りを行う技であったが、損傷のため左足が動かず、二撃目を放つことができなかった。
「(二撃目が放てればあんな軽いベイラーなど)」
ヴァンドレッドはただその一点を悔いている。今の判断で復帰はできたものの、肝心の攻撃が半減し、勝つ事が出来なかった。もちろんヴァンドレッドの定める勝利とは、敵の殲滅にある。そしてナットは小敵。ヴァンドレッドが殲滅すべき敵はさらに大きい。故にその巨大な敵を倒す為、ナットを大いに利用しようと考える。
「まぁ良い。今度はこちらが言う番だな? 降伏せよ」
「そう言って、僕らを人質にする気だろう!? 」
「そうでもあるなぁ」
「それが大人のやることかぁ! 」
「軍人ゆえなぁ! 」
アーマリィベイラーが倒れるミーンを足蹴にする。ミーンは振り解くこともできず、ただもがくように立ち上がろうとする。ここでヴァンドレッドが今まで外套で隠れていたミーンの両腕に気がつく。そして、言ってはならない事を口にした。
「なんだ。両腕が無いではないか」
「それが、どうした」
「それはそれはかわいそうに」
何度も聞いたことのある言葉。その上で何度も言い返してきた言葉。
「酷なものだ。満足に動けず、さぞ苦労したろう。だがそう言う者は同情を集められる。人質として上質だ。栄えのために礎となるがいい」
胸に去来するのは、普段の言い返し。
ふざけるな。ミーンはそんなんじゃない。
今までは言い返す事ができた。その足で何もかもを見返してきた。ミーンと共にあれば、ゲレーンで1番の郵便屋になった、そして今も伝令としてこれ以上ない働きをした。しかし
「(くやしい)」
それでも、勝てない。それがなにより。
「(くやしい)」
大粒の涙が垂れ流れる。拭うことさえできない。悲しみなど微塵もないのに涙が止まらない。
「(そんなんじゃないって言いたい! でも、できない! 動けない! )」
今は、わけのわからないベイラーに足蹴にされ動けない。両腕のないミーンでは、腕をつかって上体を起こせない。そこに上から荷重をかけられてしまえば、立ち上がれないのは道理であった。
「(こんな奴に負けたくないのに、僕には、何も、何もできない )」
決してナットの責任はない。しかし、ナットは自分の力で、この状況を打破したいと考える。
《ねぇ。ナット》
そんなナットに、ミーンが問いかける。
《ミーンは、やっぱり出来損ないだから、戦えないのかなぁ》
「ミーン、違うよ」
《違わないよ。ミーンもくやしい。でも、くやしいのはこの着膨れのでっかいのに勝てないことじゃないんだ》
ナットはずっと操縦桿を握っている。だからこそ身体の中に感情が流れ込む。
《ミーンじゃ、何にも変えられないって、ナットに思われてる事なんだ》
「ミーン、それは」
《ナットはいつも、ナットだけが頑張ればいいって考えてる! ミーンには両腕がないから、出来る事を上手にやるのが1番いいって! でも! 》
ナットの目が、虹色に淡く光る。滲むように灯るそれは、泣きじゃくる子供のように。
《ミーンにも、もっと頑張れって言ってよ! 腕があるとか、無いとかなじゃなくって、ミーンにも頑張らせてよ! ミーンは、もっと頑張れるから! 》
「でも、ミーン」
《ナットはいつも考えてくれた! 両腕がないミーンのために、たくさん頑張ってくれた! だから、今度は、ミーンにも頑張らせてよ! ミーンは、ナットのベイラーなんだよ! ベイラーは、乗り手と一緒に頑張るんだよ! 》
「うるさいぞ! 」
踏みつけが一層強くなり、ミーンの頭が地面へと減り込む。その瞬間、ミーンのバイザー状の目にヒビがはいった。
「お前たちはこれから人質としてうまく使われていればいい」
《他の誰かなら絶対に言って欲しくないけど、ナットになら言って欲しい! 》
「―――ミーン」
ナットが答え始める。 ヴァンドレッドの声などもはや聞いていなかった。
「この、ベイラーを、倒そう」
《うん》
「僕ももっと頑張る。だから、ミーンも、もっと―――》
言葉を区切る。今まで無意識とはいえつかってこなかった言葉。
「もっと頑張れ。そして―――強くなろう、2人で」
《――はじめて、言ってくれた》
突如、ミーンの体からサイクルのカスが飛び散る。急激に飛び散ったそれはアーマリィベイラーを風圧で押し返すほど強力であり、文字通り片足が棒となったアーマリィは耐えきれずに後ずさってしまう。距離にしてベイラー3歩分。
「な、なんだ? ベイラーにこんな力があるとは聞いていないぞ」
ミーンと同じ空色をした木の破片がそこかしこに舞い散っていく。家屋の中では収まらず、天井を突き破って吹き荒ぶ、やがて木屑が落ちていくと、そこに居るのは黒煙をあげるミーンの姿。サイクルの回転が、関節を焼き切れさるほどの速さ回転してるため、甲高い音が家屋の中で耳障りなほど響いている。黒煙は関節という関節すべてから出ている。煙の熱で外套が風もないのに揺らめいている。
空色の体が黒煙で霞むその姿は、まるで嵐の前触れたる曇天を思わせた。
「一瞬で、最高の速さまでいく。僕の体がボロボロになっても気にしないで」
《うん。ミーンの関節が壊れてもナットのせいじゃない》
「だから、頑張れ」
《だから、頑張ってね》
「いくよ。ミーン」
《あいあいさ》
信じがたい光景を目にしながら、敵前である事を忘れないヴァンドレッドが構えを取る。
「もう一度倒れてもらう! 帝都近衛格闘術! 」
3歩の距離を一瞬で詰め、右拳をミーンに叩き込もうとする。
「せいけん……」
技を放ったその瞬間、目の前にいたはずのミーンが居なくなっていた。虚しく拳が空を切る。
「罠? しかし姿を消す罠などッツ!? 」
瞬間、背後がら衝撃が走る。家屋の壁を突き破り、アーマリィベイラーは無様に転がる。どうにかして立ち上がると、そこにはミーンの姿があった。黒煙は晴れる事はなくまだもくもくと上がっている。
「いつ後ろに回り込まれた? 見逃した?……いやまさか」
「ハァーッ! ハァーッ!」
《ナット。あと1回……ううん。2回やってみる》
「ハァー! わ、かったぁ! 」
ヴァンドレッドがさらに首を傾げる。ミーンの乗り手がやたらと息切れしている。それも激しん運動をした直後の物ではなく、まるで激痛を和らげるような呼吸の仕方。
「(どういう事だ。なぜ今の一瞬で? こちらの攻撃は当たっていないはず。それがなぜ)」
ふと、先ほど家屋が目についた。壁を破られ日の光をあびた家の中は無論残骸で一杯だが、二箇所ほど不自然な物があった。それは、一直線に伸びる黒い跡と、その黒い線が切れる場所にある、まるで掘り返されたかのように盛り上がる砂。このような痕跡は先ほどは無かった。
「一体何をした。種を明かせ! 」
アーマリィベイラーにサイクルショットを使わせる。短くも鋭い針がつくられ、等間隔で発射音が鳴った。その瞬間、ヴァンドレッドは理解し、かつ戦慄する。
ミーンは、一歩目から最高速度となって駆け出していた。駆け出すという言葉はすでに遅く、その場から消えるかのように、次の二歩目に達している。地面がミーンの二歩目に耐えきれずチリチリ燃えながら黒い跡を残す。狙って放たれたサイクルショットはミーンには欠伸が出るほど遅く、そのすべてを躱し、アーマリィベイラーの胴体へと蹴りが入る。今度こそ真正面から突き刺さった蹴りは、アーマリィを吹き飛ばすに十分だった。だが今度は地面に転がる無様な姿は見せず、なんとか足をばたつかせて耐え切って見せる。そしてヴァンドレッドが言葉を紡いだ。それは言葉にすることで、今起こった事を真実だと自分に言い聞かせる為でもある。
「一瞬で、風よりも早くなったのか。背後にいたのは手品でもなんでもない。一瞬で背後にまわっただけ。問題は、その速さ……目に映らなかったぞ」
《……一度だけやったことがあるんだ》
ミーンが黒煙を上げながら答えた。
《ミーンはどれだけ速くなれるのか。そしたら風なんか簡単に追い越した。でも中にいるナットがすっごく苦しそうで、これ以上はやったらいけないんだって。ナットは走り方をたくさん教えてくれた。だからナットがくるしくないように。それでいて出来るだけ速くなった。でも、ミーンは頑張るって決めた。だからもっともっと速くする。速くなる》
「お前は、お前たちは一体なんなんだ」
煙の中で揺らめく外套。その中でもはっきりとわかる赤い線。ナットとミーンはこうしてただ立っているだけの時でも、赤目の状態を維持し続けていいる。2人の意思がどこまでも重なっている証だった。そしてこの姿の名も決まっている。
「ミーンの暴風形態……その鎧、全然壊れないけど、中のベイラーまでは守ってくれないんだね」
《だから。鎧の上からでも攻撃は通る》
「なら……吹き荒べ! ミーン! 」
《あいあいさ!! 》
「子供如きに! 」
ミーンの姿が再び消える。しかしヴァンドレッドも三度みた攻撃を甘んじて受けるほど無能でもなかった。すぐさま、甲高い音と同時に聴こえてくる地面を焼く跡で判別する。
「(背後から来る! )」
振り返りざまに、攻撃を重ねる。
「(二度と使い物にならずともいい! 二連撃をしなければ負ける! )」
決意と共に飛び上がり、必殺の回し蹴りを放つ。
「滑走撃!! 」
背後からの気配を元に繰り出した攻撃は、たしかにミーンを捉えていた。経験による対応が身を結ぶ。
「サイクル・マキシマムゥウ」
だが、ミーンとナットはまだある技を見せていなかった。サイクルキックをさらに強化した、コウのジェットの名をつけたその技。暴風形態になった上で繰り出されたその蹴りは、初速で最高速度に達し、かつ自身の荷重を余すことなく両足すべてをかけて行われる。
「ジェットキック!!!」
回し蹴りと、両足で繰り出された飛び蹴り。先ほどは荷重と加速で競り負けた。だが。
助走なくして最高速度となったミーン。
片足を欠き軽くなったアーマリィベイラー。
結果は明白だった。
アーマリィベイラーの足は文字通り吹き飛び、鎧に突き刺さった両足は吸収できる衝撃を超え、くっきりと足跡をつける。家屋を3軒は貫いて、アーマリィベイラーはついに動かなくなった。地面に着地し、サイクルの回転を緩めていくミーン。高速で回り続けたサイクルが、通常の速度に戻るのはたっぷりと時間がかかった。
「……」
《ナット? 》
「多分、骨が折れた。肩もいたい」
《あっはっはー》
「笑い事じゃないってば」
《ねぇナット》
「うん」
《頑張ったね》
「うん。2人ともね」
《うん》
やがて黒煙が収まり、弓矢の並ぶ門の方向へと向かう。
《ねぇ。あの着膨れベイラーはいいの? 》
「あれじゃしばらく起きない。それより今は街の人たちに加勢に行かなきゃ」
いつものようにぴょんと跳ねるようにして駆け出すミーン。すぐさま合流しようとしたその時、上空からミーンを狙う攻撃が行われた。間一髪で避けると、そこには4人のアーリィベイラーと、1人のザンアーリーベイラーがこちらを向いてる。
「ああ。みたことある。腕がないっていうミーンちゃんだ」
「ミーンの事しってるの? 」
「うん知ってる知ってる。旦那様がよく言ってたもん。でもすご。あの軍人さんたおしちゃったんだ。まぁ軍人さん頭硬いからね」
《(ナット。まだ暴風になろうか? )》
「なる、しかないなぁ」
ミーンが構える。一対一でさえあれだけ苦戦した相手が5人。再び暴風形態にならなければ話にならない状態だった。しかし、ナットの体はすでに両腕、右足の太もも、他数カ所細かな場所で骨が折れていた。本人の自覚がない場所がまだまだある。それをミーンも察している。
《でも、ミーンだけ頑張っても、ここは勝てない》
「うん。だから僕も、もうちょっと頑張るよ」
「へぇ。5対1。しかも空にいるベイラーと戦うんだ。じゃぁとりあえず」
ザンアーリィベイラーの乗り手、ケーシィがケタケタと笑いながら宣言する。
「サイクルショットでずっと追いかけてあげる」
全員がサイクルショットを構え、ミーンを狙う。さらに、先ほどより高度を上げ、ミーンに反撃の隙を与えない。
《(ごめんナット。あれ頑張ってもどうにかならないかも)》
「(どうにかなるように今考えてる)」
「ささ。避けてみせてね? 」
サイクルショットが放たれようとしたその瞬間、ケーシィの視界に変な物が映り行動を中止する。
「なぁにあれ。 船? 船って空を飛んだっけ? 」
《船? 空を飛ぶ……それって》
「うん。僕らの時間稼ぎは成功だ! 」
空を一直線に飛んでくる船。それはホウ族の里が、戦士たちを送る揺り籠。
「さぁ、いくぞ戦士たちよ!! 」
中にいるのは、ホウ族の戦士、アンリー。そして、龍石旅団。
ミーロの街を滑空し、いままさに到着した。
空の色はよく変わるので。
そしてこれから4部クライマックスまで駆け抜けます。ご覧あれ。




