戦士の願い
「バルバロッサ卿。お手紙が」
「そこに置いといてくれ。まったくあっちを立てればこっちが立たず。はてさて」
幼女がため息と共にぼやく。その手にはペンが握られ、机には設計図という設計図が溢れかえっている。彼女、ポランド・バルバロッサ卿は悩んでいた。歯軋りをしながらも届いた手紙を開く。はじめは嫌々読んでいた手紙も、そのうち歯軋りをやめじっくりと読み解く。内容は、この基地からベイラーを派遣せよという指示書だった。その場所は。
「ほう。あのオアシスを抑える気かい。あの欲深いジジイどもには嫌気が差していたところだ。ちょうどいいね」
「ケーシィですぅ。おばさま。お呼びですかぁ? 」
「ノックをしな」
「開いてるですけどぉ」
「おっとそりゃ悪かったね」
ケーシィ・アドモントがポランドの元へとやってくる。踊り子の装いを変える事なく過ごし、口調もどこか抜けているが、彼女は現状この基地の中で1番のベイラー乗りであり、彼女になびこうとした男は尽くベイラーで打ち負かされていた。結果、彼女は現代で言うところの中隊長クラスの権限を持っている。
「でぇ、話ってなんですぅ? 」
「ここから1番近い補給基地がやられたようだけど、お前さん知らないかい? 」
「えー、ケーシィは補給せずに来ちゃったので知らないですぅ」
「むしろ補給せず来れるのかい。あの距離を」
「みんなサイクルジェット無駄に使いすぎなんです。いっかいふかせばすいーっていくの知らないんです」
「教えてやんなよ」
「教えてもわからないっていわれちゃうんです」
「(才能というやつは他人に伝染しないもんだねぇ)」
ケーシィが正規の軍人を差し置いてここまでの地位を持ってるのも、彼女の任務における成功数やその乗り手としての技能が評価された結果であった。
「(ヴァンドレッド、拗ねてなければいいがね)」
「おばさま? 」
「ケーシィ。ミーロの街を陥す事が決まったよ。出撃は3日後の早朝だ」
「あの街を? 」
「水辺の確保と、あの金属加工の出所を吐かせるのが目的だよ」
「でもあそこ、ずっと帝都が占領しようとしてもできなかった所ですよね? 」
「オアシスなだけあって物も人も集まる。そう言う所は自警団もできるし、腕も確かだ。戦えば無事ですまない。でも今はアーリィベイラーがいる、それに、先遣隊が街の住人を使い物にならなくさせるから、安心して奪ってきな」
「はーい。あーあ。やっぱり旦那様連れきたかったなぁ」
「まぁこの仕事を嬉々としてやるだろうねぇ」
「もうすぐ治るって手紙できてました! でも今度の戦いには間に合わないでしょうねぇ」
手慰みにあちらこちらに無造作に置いてある道具をつかんでは捨て、掴んでは捨てていく。その中でもこの部屋の中で1番数のある紙に目がついた。
「ポランドのおばさま、なぁにこれ?」
「これかい? 新しいベイラーの設計図さ」
親しそうに話しながらも寄り掛かった体からポランドがするりと抜け出す。基本的にポランドとケーシィの仲は悪くない。基本的にケーシィが年上の女性の扱いが非常に上手く、それは彼女がかつて奴隷であった事が理由として大きかった。
「でもねぇ。黒い欠けらを入れたザンアーリィ以上には強くならない」
「強くならない? あれで打ち止め? 」
「ベイラー側の強度がねぇ。足りなくなるんだ」
設計図と睨めっこしながらうんうん唸る。
「速さを求めれば身体が折れる。丈夫にしても今度は遅くなる」
「あれ? これは? 」
ケーシィが目ざとく設計図の一枚を取り出す。そこには「アーリィⅡ」と書かれた設計図がぐしゃぐしゃになって放られていた。
「そいつかい? ダメだダメだ」
「なにもぐしゃぐしゃにしなくたって」
「今のアーリィより頭一個大きくなる。そうすると燃料も大きくなってこの子だけ大飯ぐらいになる。結局この子ひとり動かすのに3人分のザンアーリィが動かせる。それじゃぁ意味がない」
「どうして? 強いんでしょう? 」
「あの男……あー今は仮面卿って名乗ってたね。あれは数を揃えてくれっていってるのさ」
「ふーん」
「それより。特製のザンアーリィ、調子はどうなんだい? 」
「けっこういい感じ。でもあの軍人さんはあんまりみたい」
「ヴァンドレッドかい。あれは頭が固いからねぇ。乗りなれるのに時間がかかるんだよ」
「帝都にはああやって欠けらを埋め込んだアーリィはいるの? 」
「あと2人分あるはずだよ。どっちもくせ者だけどね。そのうち仮面卿から紹介されるだろう。それにこっちの準備ももう出来てる。あとは子供たちをどうするかなんだ」
「準備? 子供たち? 」
「まぁ、あんたはあの黒いベイラーの知り合いだから、知っていてもいいけれどね。こいつさ」
ポランドが設計図の山を全て机の上からどかす。紙やら文房具やら定規やらがドサドサと落ち、埃が盛大に舞い上がった。おもわずケーシィが咳き込みながら文句を垂れる。
「ちょっとおばさま!? なにをするの!? 」
「これをご覧」
「これって……」
設計図の山をどかすと、机の上一杯に広がっていた、巨大な別の設計図が現れた。その大きさはまさに城と違いなく、設計図の縮図がそれを物語っている。なによりその構造が凄まじかった。
巨大なアーリィベイラーと表現できるその構造体は、中で複数の人間を寝泊りできるスペースがあった。
「これ、まさかアーリィベイラーが入るの? 」
「まぁこの子は変形しないけどね」
指で数えていくと。アーリィを10人以上運搬できる事がわかるその巨大なアーリィは、パイロットも4人以上必要な、まったく別のベイラーだった。もはや原型はなく、ただ運ぶための箱と言っていい。
「元々木で出来てるから船にもなる。空中にも行ける。もう出来上がった1人目が試運転中さね」
「こんな大きなベイラーでなにをする気なの? 」
「決まっているだろう? おっきいおっきい戦争をするのさ」
設計図を撫でるポランド。そこには幼い子供では決してできない邪悪さを孕んだ笑みがあった。
◆
「白いベイラーに助けられた? 」
「そ、そうだ。でもありゃなんなんだ? あんなベイラー始めてみたぞ」
レジスタンスが続々と集まっている中、コウの姿を見た物がいた。その力は今まで見たどのベイラーとも似ても似つかない物で、それはあまりに衝撃的だった。ただ1人。アマツだけがその言葉を十分に受け止められている。そこまでは占いで見ていた。
「炎を操ったのは本当か? 」
「本当だ。手の平からぶぁあっと」
「白いベイラーは今どこに? 」
「帝都の本拠地に行くって1人で行っちまった」
「たった1人でか」
問題は1人だけで向かっている事。
「(いくらあのベイラーでもひとりで全てを終わらせられるのか? あの帝都の軍勢相手では多勢に無勢。だがレジスタンスが向かったところで力になれるかどうか)」
振り向き現状を確認する。傷ついた者しかいないようなところになってしまったアジトの現状を見てしまい、現実問題として手助け1つ出せない事が歯痒かった。
「よく逃げてきました。幸い此処は帝都軍にもバレていません。ゆっくりしていってください」
「ありがとう」
アマツは礼を受け取ると、そそくさと自室に戻る。扉を開いたとき、ある違和感に気がついた。中から人の気配がする。しかしその気配はよく知っていた。
「灰色の鳥。夜中に女の部屋で待つとは大胆な」
「急ぎ伝えなければならないと思った」
暗がりの中でもさらに黒い気配をもつその大男。ゲレーンの諜報を担うオージェン・フェイラスであった。
「てまえに夜這いに来た、訳ではないな? 」
「部下がある物を持ち帰った。帝都が知られなたくない物……それがこれだ」
オージェンが机のうえにコロコロとその何かを転がす。それは掌に収まる筒状の物で、一見すればなんの変哲もない、ただのガラクタに見える。
「これは? 」
「飲み水に混ぜれば、全身が痺れ、身動きが取れなくなる猛毒だ」
「たしかに恐ろしい代物だが、もっと強い毒などいくらでもある」
「これが過去、村1つを虐殺するために使われた物だとしたら? 」
「それは」
アマツが記憶の棚を整理する。帝都が関わった虐殺に関する物の中で、忘れてはいけない事柄に該当した。
「まさかこの毒、メイビット村で使われたものか? 」
「その通りだ。そしてそれがもう一度使われてようとしている」
「なんだと? 」
「この付近に、オアシスがあったな? 」
「ああ。ある。ミーロの街。ここから三日ほど歩いたところに」
「そのオアシスを、帝都は接収するつもりだ」
「だが、あのミーロの軍事力は並外れたものではない。それは帝都もよく知っているはず」
「故に、この毒を井戸と湖に混ぜる」
「――ッハ!! 」
一瞬湧き上がった感情をアマツが覆い隠そうとして大きく声を出した。叫び声とも、泣き声とも違う、しかし威嚇をするような負の感情を交えた声が響いた。
「なんと、それは、なんと」
「この事はまだ占いで見ていないのか」
「そんな都合の良いものではないと知っている癖に」
「私は今に発つが、龍石旅団の者はまだいるな? 」
「いる。が、姫君は今」
「いや。用があるのは姫ではない。水色のベイラーとその乗り手だ」
「あの足の速いベイラーか」
「あのベイラーなら、ここから里にもどってアレを使うより早くミーロに着く」
「……そこまでなのか? 」
アレ、つまりくしゃみによる出撃よりも、ナットとミーンは早くミーロの到着すると言う。
「ゲレーンでも一目おいていた。1番は里にいるグレート・レターの手が借りれる事だが」
「あれは今つかえん。連続してはできない」
「知っている。……占い師」
「ああ。すぐに我らも向かおう」
オージェンがその場から立ち去ろうとした時、アマツの元で膝立ちになり目線を合わせた。そのまま小声で会話を続ける
「すこし痩せたか? 」
「気にするでない」
「記憶の受け継ぎはいつだ? 」
「もうすぐであろうなぁ」
「そうか」
「なぁに。次の娘も頼むぞ。だからそんな顔をするな」
「慣れない物だ」
「もとより、この御役目を受けてから覚悟しておったのだ。気にするな」
「……壁の外で、聞き耳を立てている者がいる。戦士だ。知り合いだな? 」
アマツが該当する人物に心当たりがあり、思わず首を竦めた。
「まったくあの娘は」
「告げるなら、早い方がいい。両者とも辛くなる」
「お前さまからそんな言葉を聞くとはな。白いベイラーの影響か? 」
「かもしれない。アレはこちらの心をかき乱すのが上手い」
「ハッハ! 違いない」
「では。これにて。もう今のお前と会う事はないだろう」
「ああ。ではな灰色の鳥、また共にな」
「また共に」
オージェンはそのまま、扉を開ける事なく、その場からまるで蜃気楼のようにその場から消えてしまう。それが彼のベイラー、ナイアの力であることはアマツでさえも知らなかった。
「灰色の鳥の事は占いでもわからなかったな。さて。入ってきて良いぞ? 」
「そ、その、占い師さま? いつから気がついていたんです? 」
おずおずと扉を開くアンリー。鍛え上げた肉体が小さく見えるほど萎縮しながら、それでも答えを求めて会話を続ける。そのあとに続く言葉をどうにかして聞きたいが故に、アンリーは退くことができないでいる。
「ついさっきだよ……さて。何を聞きたい? 」
「占い師さま。このあと、大きな戦いがあるんですか? 」
「ある。そして、それが区切りになる。てまえにとっても」
「戦いが区切り? 」
「アンリー。占い師は血族がつながっていないのは知っているか? 」
「え? 占い師さま、親はいないってことなんですか? 」
「居る。居るのだが、てまえ達の記憶は、死と共に上書きされるのだ」
「上書き? それに、死って? 」
「そう。それこそがこのホウ族が何百年もの間、伝承を正しく伝える事ができる理由であり、アマツ・サキガケの、サキガケと言う名の意味。アンリーよ。サキガケとはな、戦で1番先頭にたって切り込む様を言うのだ。ちょうど、お前さまのような」
「占い師さま。占い師さまが言っている言葉の意味が、わかりません」
「アンリー。お前さまは、てまえを好いてくれている。だからこそ告げねばならない。こっちにおいで」
アマツが立ち上がり、アンリーを部屋へ招き寄せる。ビクビクとしながらも、アンリーはそれに応じる。扉を閉めると、どうにも落ち着かずに、椅子に無造作に座り込んだ。
「占い師は、その命尽きる直前に、代々あの祠で儀式を行う。占い師は魂の有様を別の肉体に受け継がせる人々の事なのだ」
「魂を、受け継がせる? 」
「ああ。肉体は滅びようとも、魂さえ無事であれば、別の肉体で生きる事ができる。そして魂には記憶が宿るのだ」
「待ってください。受け継がせる? 今も、占い師さまは昔の記憶を持ってるんですか? 」
「昔も昔。ホウ族があの4頭の背の上に乗る前から」
「へぇー」
間の抜けた声が聞こえたと思えば、アンリーはそのまま考え込んでしまう。腕を組んで、頭を云々と唸らして、しばらくすると、両手を思い切り叩いた。
「占い師さま、すごいんですねぇ」
「お前さま、時折残念よなぁ」
「残念!? 」
「良い良い。てまえはそれに助けられてる所もある」
「はじめて聞きました」
「はじめて言ったからな」
「えー」
「さて。しかしだ。記憶を受け継いでいると、肉体の方は割と早く限界がくる」
「え、なんですかそれ」
「普通よりは長く生きられない。という事だ」
「ど、どれくらいなんですか? 50年とか、それくらいですか?? 」
「30までは生きていられないそうな。20を迎えず死んだ者もいる。そしてだ」
座ったままのアンリーに、アマツの影が覆いかぶさる。アンリーからは逆光でアマツの顔がよく見えず、しかし聞こえて来る言葉は嫌というほど耳にこびりつく。
「この身も、もうもたぬ。もう明日か、それとも1年か」
「……占い師さま、死んじゃうんですか? 」
「ああ。アマツ・サキガケはもうすぐ死ぬ。次のサキガケはもっと長生きしてくれればいいんだが」
「占い師さま、違います。違いますよ」
アンリーが我慢できずに立ち上がろうとするも、アマツが頭上から頭を抑え、立ち上がれない。そのせいで目線が合わないが、それでも言葉だけは続けた。
「あたしは今の話をしてるんです! 次の占い師さまの事は聞いてません! 」
「きにするな。次の娘の方がもっと器量のより娘かもしれんしな」
「だから! あたしは、今の占い師様がいいって」
「おまえさま」
押さえつけていた力がふと軽くなる。そのおかげでアンリーがようやく顔を上げられる。そして見上げたアマツの顔は、もう全てを諦めきった顔をしていた。
「お前はまだ明日があるのだ。妹の事は辛かったろう。しかしお前さまは生きている。生きてる者が過去ばかり向いてはならないぞ」
諭すように、頭を撫でる。その手つきはまさに母のソレだったが、アンリーには別の感情が渦巻いている。それは決して癒されている者の目つきではなく、明らかに怒号が含まれている。
「……過去ばかりみちゃいけないから、もうすぐ過去になる占い師さまを、好きになったらいけないっていうんですか? 明日に占い師さまがいないから、好きになる必要はないって、そう言ってるんですか?? 」
「そうだ。賢いぞお前さま」
満足げにいう。こちらの意図がきっちりと伝わった事に気を緩ませた。しかし相手はそんな事微塵も思っていない。
「ふざけんなよ!? 」
押さえつけていた手を逆に掴み返し、アンリーが立ち上がる。どうあがいても覆せない体格さがあらわになる。普段であれば占い師に激昂して怒鳴る事などないアンリーが、それでも叫びたくてたまらなくなっていた。
「勝手に、勝手にいなくならなる前提で、話をすすめるな! あたしは今、占い師さまの事をきいてるんだ! 次の娘の事など知らない! 」
「ならば言うぞお前さま」
その激昂したアンリーとは対照的に、ひどく冷静な声でアマツが続けた。
「もうすぐ死ぬ者に、どうして愛を囁けようか? 」
「――」
「どうせ死ぬのだ。てまえも。お前さまも。ならば、傷の舐め合いをする暇がどこにある? 」
「傷の、舐め合い? 」
「お前さまの心には、まだメイビットがいるだろう? それを慰めてほしいと、心の底から言わない自身が、お前さまにあるか? 」
「い、妹の、ことは……そんな、こと」
「慰め合いで愛し合う。そんな悲しいことをする暇があれば、次の者のために戦え。アンリー。ホウ族の戦士よ。お前さまにはその力がある」
「……占い師さまは、あたしに、戦ってほしいんですか? 」
「もちろん。そして勝て」
「勝てば、ちゃんと話をきいてくれるんすね? 」
「そうさな。きちんと正面から聞いて見せよう」
「約束! 約束ですよ!? 」
「……わかった。これで話は終わりだ。ゆけ。次に帝都はミーロの街を襲う。あのオアシスを蹂躙されるのはホウ族として看破できん。わかるな? 」
「はい! 」
「良い子だ」
「持ち場に戻ります! 」
「うむ」
掴んだ手がが解かれる。そのままアンリーは扉に向かって無造作に歩き出した。正気に満ちた表情だったのを、アマツは見て見ぬふりをする。最後に、アンリーが小さな声で呟く。
「占い師さま。おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
パタリと扉が閉まる。アマツが窓からアンリーの距離を見る。十分に部屋から遠く離れた事を確認すると、ばたりとベットに倒れ込んだ。そのまま、ゆっくりと息を吐き出すように呟く。
「これでアンリーは、希望を持ったまま戦う。そうだ。占い師とはいかに戦士を奮い立たせる事ができるかにつきる。これでいい。これが占い師として最善だ。次に死ぬてまえの事を考えず、かつ戦士は望みを叶えるためにその力を振るう。そうだ。いつだってそうしてきたはずだ。なのに」
シーツを掴む手が強くなる。歯軋りが大きくなっていく。
「どうしてこうまで心が苦しい。どうして」
アマツはしばらくの間、胸元を掻き毟って、ミミズ腫れができていくのを止められないでいた。




