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コウの戦い

 砂漠で1人歩くベイラー。白い身体に砂がこびりつき、病に蝕まれているかのように身体が鈍っていく。すでに何度かたおれ、それでも立ち上がり、立ち上がるたびに足取りは重くなった。


 《もうすぐだ。もうすぐ》


 どれだけ足取りが重くなろうと、歩みそのものは止める事はない。そこにあるのは明確な目的意識。必ずその目的を果たしてみせるという強い意志があった。


 《アジトを、この手で》


 コウはたった1人、砂漠を横断している。目的地はアーリィベイラー達が帰っていった場所。そこを潰すことでこの砂漠での戦いに終止符を打とうとしていた。激しい戦いになるのは目に見えており、乗り手のカリンを置いてきている。そうでなくても、今のコウは、乗り手との共有が効きすぎて、受けた傷さえ乗り手と共有してしまう。コウが腕に傷を受ければ、カリンの腕にも傷ができてしまう。傷だけならばまだいい。ベイラーは脆く、腕の一本二本は簡単にちぎれてしまう。もしコウの腕が千切れてしまうようなことになれば、カリンの腕も同じような事が起きてしまう事になる。その時の痛みとはどれほどのものか。もしそんなことをするくらいなら、ひとりで戦ったほうがいい。


 《これで、いいんだ》


 コウがひとり無理やり納得して歩く。すでに日は暮れ、気温も下がり始める。あれだけ憎たらしかった日差しが恋しくなるほど、砂漠での夜は冷え込んでくる。


 《ゲレーンじゃ雪が降る寒さだなこれ》


 肌に感じる冷たさにほんの少しだけ懐かしくなりながら、一歩一歩歩みを進める。やがて小高い峰を超えた頃、この広大な砂漠でポツンとあかりが灯っている場所を見つける。それは人間が居ることを暗示しており、かつその場所には、遠目からでもベイラーがいる事がよくわかった。あかりから何故かはげし煙まで立っているが、今はそんな事を気にしている暇もなかった。


 《あそこだぁ! 》


 あれだけ消えかかっていた闘志が見る間に蘇り、身体に力が漲っていく。肩からサイクルジェットをふかし飛び上がった。


 簡易的な砦であるその場所は滑走路になっており、アーリィベイラーがこの場所に来るための物だとは想像に容易い。突然現れた白いベイラーに兵士達は恐れ慄きながらも迎撃し始める。ある物は弓をとり、ある物城砦用の槍を運び出す。


 《そんなものぉ! 》


 準備ができるより前にコウが無造作にその兵器を踏み潰していく。破片が舞い散り、その場から散りじりになるように逃げ去る兵士達。


 《お前が今までどんな事をしてきたのか、教えてやる! 》


 わざと音を立てながら大袈裟に砦の設備を破壊していく。小屋という小屋、見張り台という見張り台、尽くを踏み潰し、殴り潰し、握り潰していく。やがて、迎撃のためにアーリィベイラーが出てくるも、コウの姿に恐れをなしているのか、まるでこちらに攻撃してこようとしない。


 《今更アーリィがなんだと言うんだ! 》


 コウが相手のことなど知った事ではなく、ただ出てきたアーリィに殴りかかった。武器すら使わない打撃にも関わらず、アーリィベイラーの頭部はひしゃげ、そのまま後ろ倒しになってしまう。コウはその頭のひしゃげたベイラーの手足を、憎しみをこめて丁寧に潰していく。


 《お前たちが戦いさえしなければ! 》


 やがて恐怖に身を染めた乗り手がおお急ぎでアーリィから出て行き、一目散に逃げていく。それを確認した後で、コウは最後に念には念を入れることにした。


 その技の名はつい先ほどつき、のちにコウが炎使いと呼ばれる所以となる技。なんのひねりもなく直球な名付け方だが、ベイラーがそれを使う事に恐怖が伴うその技の名は。


 《サイクルフレア!! 》


 掌から火柱が立ち、乗り手のいなくなったアーリィベイラーを、そして砦を焼き尽くしていく。兵士達は火に飲まれないように必死に逃げ、やがてアーリィベイラーの1人にしがみつく形でその場から逃げていってしまう。その様子をみたコウが、サイクルフレアを止め、あたりを見回す。


 《手応えがない……それに、あの男もいない》


 逃げ込んだはずのヴァンドレットと名乗る帝都の兵士がこの場におらず、さらに違和感を増していく。やがて焼け残った砦の中、1番奥深いとろこに、鉄でできた扉が残っていることを見つける。やけに厳重にできており、大切な物が隠してありますと言っているような物だった。コウは最初、叩いて潰そうかと考えたが、扉を様子がどうにもおかしかった。


 まず、扉の前に、なにやらバリケードのように椅子や家具がならべられている。まるで扉の奥に侵入されるのを防ぐかのように。またコウが来るよりも前に争った形跡があり、それが違和感を決定的な物にした。おなじ砦の中でこうなる理由を推測し、やがてある可能性を思い当たる。


 《捕虜になった人か? 助けにきた》


 コウが一言呟く。しばらくすると、中からギギギと重たい扉が開き、中から女子供、それから怪我をしたレジスタンスが出てきた。コウは彼らの反抗している真っ最中に襲撃にきたらしい。


 《みんな無事? 》

「あ、あなたは、一体? 」

 《旅団のベイラーだ。なんでみんなここに? 》

「逃げるために準備していたら、兵士に見つかってしまって。結局籠城したたんだが、急に攻撃が止んで……そしたら、あなたが」


 老練なレジスタンスがコウを見上げる。あたり一面は火の海と化しており、その中でも白い身体は恐ろしく、しかし頼もしく見えた。


 《ここは、帝都のアジトじゃないのか? 》

「ここがアジト? ここはただの中継基地で、アジトはもっと北にあるらしい」

 《中継基地、だって? 》


 中継基地。文字通り、侵攻の際に一時的な補給や休息をするための簡易的な基地である。無論侵攻するには必要不可欠な基地ではあるが、このような場所は複数つくられ、範囲を増す毎に数は増えていく。なくなるのは痛手であるが、それなら別の中継地に行けば事は足りるため、さして重要な施設ではないという事でもある。


 《じゃぁアジトは! 本拠はどこだ!? 》

「さっきも言ったように、北にあるとしか! 」

 《北。北だな。よし》


 コウが踵をかえして歩き出す。あれだけ猛っていた炎は鳴りを潜め、ただ炎上する施設を横切るようにこの場から去ろうとする。


「あの」

 《今度はなに!? 》


 唐突な呼び止めに、コウが昂る感情を抑えないまま振り向く。表情の変化がない代わりに、その目に迸る激しい線状の光が見る物に威圧感を与えた。隠れていた人々はその姿に思わず身を震わせるも、老練なレジスタンスだけは一歩前に出て、深々と頭を下げた。


「助けてくれてありがとう。白いベイラー」

 《……もうすぐ他のレジスタンスもくるんだろう? 火はなんとかする》

「なんとか、というのは」


 コウがおもむろに両手を広げ、サイクルシールドを作り出す。その大きさは家屋となんら代わりなく、もやは盾というよりは壁に思えた。


 《燃え尽きる前にはレジスタンスもくるはずだ》

「何から何まで、本当に」

 《俺はもう行く……えーと》


 こう言う時、なんといって別れればいいか、ふと頭の片隅にあった言葉を思い出し、ゆっくりと手を振りながら答えた。


 《また共に》

「え、ええ。また共に」


 老練なレジスタンスは、その言葉の意図を理解こそしなかったものの、それが白いベイラーなりの別れの挨拶である事を悟り、返礼する。コウはその返礼をうけ、再び夜の砂漠へと歩き出す。目指すは北にあるという帝都軍のアジト。


 《こんなところで道草を食っている場合じゃなかった。カリン達が見つけるより先に俺がカタをつける。そうすれば、あの人達は戦わずに済む》


 一歩一歩。足取りが重くなりながらも懸命に進む。目指す先に倒すべき敵がいると信じ、ただひたすらに歩き続ける。


 《戦わなければ、もう誰も傷つかない 》


 それは、もう袂を分かってしまった人達が、せめて傷つかないようにという彼なりの考えの元の行動。すでに傷は癒えて、乗り手がいなくとも戦うができるようになったコウの初めての願望だった。


 ◆


「さて。どこからはなしていいものやら」


 コウが歩き出した同刻。レジスタンスの拠点でカリンの部屋に入ったアマツ。カリンの方も、何を話せばいいのか分からず、とりあえずちょこんと床に座っている。


「とにもかくにも、腕をみせておくれ 」

「腕、ですか? 」

「そうさ。白いベイラーに乗っている時についた傷。今はどうなっている? 」

「今は、なんとも」


 カリンがひとまず腕をまくる。右腕の真ん中に痛々しく残っていてもおかしくない刃物の傷は、今や見る影もない。アマツがスーッと指でなぞり、肌の凹凸も確認する。


「おお確かに。縫傷すらないとは」

「オルにも驚かれました。こんなに傷の治りが早いのはありえないって」

「そうだろうねぇ。どれもこれもありえない物だよ」


 アマツの言葉に含みをかんじ、首を傾げるカリン。


「ベイラーには共有の力がある。それは人が見るもの。感じるもの。ベイラーが見る物。感じる物をお互いが見れるようになる物。」

「ええ。ゲレーンでは子供でも知っている事です」

「では、赤目のことも? 」

「もちろん。ベイラーが1人では決して到達でいない領域にまで達した時にでる物です。目が真っ赤に光って、乗り手と協力し凄まじい力を」

「では、なぜ赤目という状態ができたかは? 」

「なぜ? 」


 得意げに話そうとした途端に冷水をぶっかけられ、しかし答えも思い浮かべることができず、顎に手をあてて考えてしまうカリン。


「どう言う、意味でしょうか」

「本来ベイラーは人間と一緒にならずとも遠くに行ける存在。しかし彼らの情によって、人間が手を借りれている状態にある」

「ええ。ありがたいことです」

「なら。なぜ遠くに行くのに赤目のような状態になる必要がある? 」

「それは……長年人と付き合って、ベイラーと人間とでできた新しい力、と言う事なのでは? 」

「ふむ。いい知見だ。とても前向きで、素晴らしい」

「占い師様は、違うのですか? 」

「2つあります。まず1つは、人間がベイラーをいいように使いたいが為に、ベイラーを利用した結果できてしまった、ある種の病気である可能性」

「赤目が、ベイラーにとって病気? 」


 全く考えもしなかった可能性に目を見開くカリン。赤目の領域に至ってこそ、ベイラーと乗り手が真に一体となった姿だと信じて疑わなかった彼女にとって、それが病気だと言われれば耳を疑う事にもなる。


「なぜそのようなことを? 」

「根拠がないでもない。赤目になれるベイラーと、赤目にならないベイラー。そこには、彼らの目的を果たす上で全く差が無いという事が」

「彼らの、目的? 」

「自分をソウジュの木にするという、彼らの中でもっとも重要な使命」

「でも、赤目になればよりはやく、より遠くにいけます。そでは使命を果たすべく使われてこそでは? 」

「では問おう。ゲレーンの姫君。いままで赤目になってまで旅を急ぐベイラーがおったかえ? 」

「もちろん……」


 カリンが思案する。いままで数多くのベイラーと会話を重ねてきた彼女であり、国の中でもベイラーはそれこそどこにでもいるありふれた存在だった。時折ゲレーンにきたと思えば、いつのまにか居なくなっている事もも珍しくない。そんなベイラーを何人も見てきた。だというのに、赤目になって旅に出たベイラーを誰一人として覚えていない。そもそも赤目になるのは一朝一夕でできる物ではない。ベイラーと乗り手がお互いの事を理解し合わなければ、決してなることはないのだ。


「で、でもひとりやふたりいたはずよ」

「ひとりやふたり。では、そうではなかったベイラーは数えられるかな? 」

「それは、無理ね」

「そうだろうとも。赤目とは本来、遠くに行く目的そのものには使われていない」

「で、でも赤目になればたくさんのことが」

「1番使われている事はなんだかご存知? 」


 再び考え込んでしまう。コウと赤目になる時は、誰かを助ける事でな赤目になることがあるが、それが1番に使っているかと聞かれると、あまり自信をもってうなずくことができなかった。それを見越したアマツが、したり顔で答える。


「それは、戦いの時に他ならない」

「戦いの時? まさか、そんな」

「姫君が白いベイラーと始めて赤目になったのはどんな時だったかな? 」

「それは」


 今でも鮮明に思い出せる。それは、まだレイダの乗り手がオルレイトの父、バイツだった頃、彼との決闘で初めてコウは赤目になった。あの時カリンは無我夢中で気にしたことはなかったが、言われてみれば、確かに戦いの中でコウは赤目になっている。


「赤目は、ベイラーが本来する必要のない、戦いの為に彼らが生み出した産物である。言ってしまえばそれは歪みだ。これが一つ目のてまえの見解だ」

「戦いの為に、ベイラーは赤目になるようになった? 」

「そうしなければ、旅どころではなかった時代があったのだろう。戦争の時代があった事を考えれば、なにも不思議じゃない」

「人間がベイラーの生き方を歪めてしまったというの? 」

「歪めた結果。アーリィのような物まで生まれてしまった。かも、しれんなぁ」


 しみじみと答えるアマツに対し、カリンはいままで自分のしてきたことの根底が覆っていくのを感じている。いままで赤目になることになんの疑問もなかったカリンにとって、赤目そのものがベイラーの歪みであると言われ、混乱と同時に、アマツの言っている言葉の意図を測り兼ねていた。


「でも、今更赤目にならずにこれからの旅をしろと言われても難しいわ」

「なに。別に赤目になるなとは言っておらん」

「赤目が歪みであるとあなたが言ったのよ!? 」

「ひとつ目だと言っただろう? もう1つある。ここが重要だ」


 指をピンとたててカリンを制する。この占い師の言葉に何度も心を乱されてきたが、今回はそれが最たる物になっている。そんなカリンの事など関係なく、アマツがいつものように続けた。


「もう1つは、さきほどの話を前提として成り立っている」

「赤目が歪みであることが前提? 」

「その通り。なぜ歪みになるような術を身につけたのか」

「やっぱり、ベイラーならコウ以外でも、それこそ、グレートギフトだって赤目になるのに、歪みだなんて変よ」

「しかし本来旅には必要ない」

「それは、そうかもしれないけど」

「であれば、赤目は何か到達点があるのではないか? 」

「到達点? 」

「そう。ベイラーと乗り手とが一体となったその先。空さえも飛べるようになってしまったベイラーに、もしさらに目指す先があるのだとしたら……空の上」

「空の上? なにがあるというの? 」


 ピンと立てた指をまっすぐ伸ばしていく。その上には天井があるが、アマツが指しているのは決して天井ではない。さらにその先の事を指している。


「このガミネストはなにも地面のある場所の事ではない。てまえ達がみる星もまたガミネスト。もしかしたらベイラーは、星にまで旅ができるのかもしれない」

「ベイラーが、星に向かうために、赤目になったと? 」

「であれば、あれだけの力を出さねばならないもの、得心がいくと言うもの」

「でも、空、それも雲の上は、とても怖かったわ」

「ほう! 空より上に行った事がある? 」

「ええ。その事を知ったのは後だったけど」


 この砂漠に来る前のことを話す。コウ達が龍によって吹き飛ばされた時にみた景色。それは間違いなく宇宙と星の間でしか見れない景色だった。


「コウは、セイソウケン? と言っていたわ。その先にいくとベイラーはカチコチに固まってしまうの。あのときレイダが一瞬外側に出てしまって、あっという間に固まってしまったわ」

「雲の上は寒い。まぁ、山の上が寒いのだから当然といえば当然ですね」

「ああ!? レイダの肌が凍ったのはそう言う事だったの!? 」

「おそらくは」

「占い師ってそういう起点は本当によく効くのね」


 レイダの肌が凍る理論は、水分の気化によるものだとまだ発見できていないカリン達の中では、アマツの考えが至極真っ当な理由に思え、カリンもそれを鵜呑みにする。


「そしたら、ベイラーは帝都の人たちが無理やりアーリィを作らなくても、空をとぶベイラーが普通になっていくのかしらね」

「すでにセスと言うベイラーが自力で空を飛んでいるのだから、他のベイラーも自力で飛べるようになるのは、時間の問題だぁね」

「占い師様は、どちらを信じているのです? 」

「気になるか」

「それは、まぁ」


 ニヤニヤしながら答える。その質問はあらかじめ知っており、かつ答えも用意してある。


「2つ目だ。星を詠むてまえには、その星に出会ってみたいと思うのはよくわかる理屈よな」

「ならばコウはこれから、星にまで行けてしまうと? 」

「だが代償に、乗り手にも多大な負担をかける。共有が進み、傷までも共のするようになる」


 カリンが腕をさする。すでに完治したとはいえ、未だにあの光景は鮮明に思い出せる。突如として腕に痒みが走ったかと思えば、一瞬でばっくりと傷が開いたかと思えば、己の血が止めどなく溢れていく。忘れようというのが無理な話だった。


「人は大地で営むのだ。星で暮らそうなどは過ぎた願いとは思わないか? 」


 アマツの言う事が正しければ、やがてベイラーは星を目指す。その時人間が共に行く事は難しいという話だった。ここまできて、今の今まで煙に巻いてきたアマツの言葉の真意を汲み取ったカリンが、始めて苛立ちを隠さず答える。


「まさか占い師様は、ベイラーと人間の別れは、必ず訪れる物で、今がその時なのだからコウの事はあきらめろとおっしゃるの? 」

「ああ。聡明だね」

「ふざけないで!! 」

「ふざけてなどいない! 」


 怒鳴り声と怒鳴り声が重なる。アジトが一瞬騒然となった


「白いベイラーが世界を滅ぼす理由は間違いなく姫君にもある! 」

「わたしに? 」

「白いベイラーがたったひとりで戦いに向かったのはなぜか。わからぬ姫君ではあるまい? 」

「それは、コウが私を傷つけないように」

「もし姫君が、傷を厭わずコウと再び共になったとしよう。それはそれで良い。美しい乗り手のベイラーの絵巻話だ。だが今は血を血で拭う戦いがまさに眼前で起こっている。そのときもし、あの白いベイラーが姫君を失えば。どうなると思う」

「そ、それは」


 自惚れでもなんでもなく、コウが怒り狂う様が目に浮かんだ。きっと獣よりも激しく吠え叫びながら暴れ回るに違いない。そこに敵味方の区別がつくのかさえ怪しかった。


「今の白いベイラーは炎さえ操る。そんなベイラーが己の力を止めどなく使い続ければ、アジトは愚か、この砂漠全域、いや、帝都でさえその炎は向かう」

「なら、私は一体どうすれば」

「なにもしない」


 ぽつりとはなった言葉が、カリンの中にすっと入ってくる。それはカリン自身も気がついていた言葉であった。


「戦場の事は、白いベイラーに任せ、アジトで皆の手助けをしてほしい」

「皆が戦っているのを、指をくわえてみていろと? 」

「違う。見る暇もなく、アジトで怪我人の治療や雑務をしていただく」

「それは」

「決して軽んじていい仕事ではない事は、よくお分かりのはず」

「そうすれば、コウは世界を滅ぼさずに済むのね? 」

「姫君さえ無事なら。世界を憎みはしないでしょう」


 カリンが地面にへたり込む。両指を組み、唇を噛み、ひたすら考えている。だがなんど考えを巡らせても、アマツに反論できる部分を思いつけないでいた。やがて組む指をかえ、頭をかき、しまいには貧乏ゆすりさえ始めてしまう。時間だけが無慈悲に過ぎ去っていくと、ぽつりとカリンがこぼした


「よく、わかったわ」

「そうですか」

「……なんでなのかしらね」


 こぼしたのは言葉だけではない。組んだ指に一筋涙が溢れている。


「私はただ、一緒にいて欲しいだけなのに」

「ーーー」


 アマツが一瞬その言葉に揺らぐ。それはつい先ほど、自分がアンリーへ向けた言葉と酷似していた。気取られぬように咳き込みながら取り繕う。


「戦いが終われば、事は済む」

「そうね……戦い。戦いが終われば、それで……」


 涙は一滴で止まった。すぐさま拭い、表情を整える。そこには泣いていた女の子はおらず、一国の姫が毅然とした態度で立っている。


「旅団の皆に伝えてきます」

「ああ」


 さっきまでの消沈ぶりが嘘のように、カツカツと小気味良い靴音を慣らしながらカリンが去っていく。完全にカリンの姿が見えなくなった後、アマツはゴロンと寝転がった。


「これでは、てまえがアンリーの元に行く資格はないな。乗り手のベイラーの仲を引き裂いておきながら、自分だけ良い想いをしようなど虫が良すぎる」


 カラカラと自傷ぎみに笑う。目的そのものは達成したにもかかわらず、どこか虚しかった。アジトの元に、白いベイラーに助けられたというレイジスタンスが駆け込んでくるのは、そのちょうど後の事になる。







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