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己の為に

 その場に居た者が見たのは、コウが文字通り爆発し、アーリィベイラー達が吹き飛ばされていく景色。同時に自分達の身を守るべく、幾重にも重ねたシールドで必死に堪えている。爆破の衝撃は一瞬で治るも、吹き飛ばされた瓦礫が地上に落下しきるのは時間がかかった。


 やがて全ての物音が聞こえなくなった頃、レイダが恐る恐るシールドからコウを覗き見る。


 《オルレイト様、見えていますか? 》

「ああ見えている。アジトの時と同じだ。コウは炎を操れるようになったのか」


 かつてコウが見せた自身を爆発させる謎の現象。原理は何も分からず、爆心地であるはずのコウは何事もなく、ただコウの周りを爆発させる技巧も何もないために、それは1種の自然現象にさえ思えた。しかしその威力は桁外れで、今の一瞬で爆心地に居たアーリィベイラーは木っ端微塵に吹き飛んでいる。かろうじてコクピットが原型をギリギリ止めている程度。中から恐怖に慄いた兵士達が這い出るようにしてその場から逃げ去っていく。唯一、爆破の範囲外にいたヴァンドレットだけが状況を冷静に観察していた。


「炎を広範囲に、それも一瞬で広げる技とみたが、なんという威力だ」

「隊長、我らのベイラーが」

「わかっている。伝令虫を出せ。撤退する」

「了解! 」


 兵士の1人がそそくさと用意を始める。懐から手の平大の大きさをした玉を無造作に蹴り飛ばす。その玉は壁に激突したかと思えば、中から大量の虫が一斉に飛び出した。蝶の外見をしたその虫はどれも鮮やかな黄色をしており、空高く登っていく。羽ばたく鱗粉は遠くからでもよく見えた。


「全員すぐにでろ。自分は最後に向かう」

「了解! 帝都に栄えあらんことを! 」

「帝都に栄えあらんことを」


 兵士が帝都の敬礼を取る。右手を首元まで持ってきて肘を突き出すポーズ。それはいつでも帝都のためならば首を切ろうという意思表示もあった。


「撤退するまで、白いベイラーはここに釘付けになってもらおう」

 《逃げるのか》


 爆心地から一歩ずつ歩いてくるコウ。顔にも身体にもジャベリンが突き刺さったままで、未だに動けば動くほど身体が削れていく。顔の半分は大穴が空いたままで、それでもコウはまだ戦いを止める事をしない。


 《逃すとおもうのかぁ! 》


 コウが咆哮し、疾走する。サイクルジェットはすでに砕け、空を飛べなくなってもなお、サイクルブレードを作り出し、ヴァドレットの乗ったベイラーに斬りかかる。かろうじて片腕が動いているために、剣戟というよりは棍棒をただ振り下ろすような動作になった。


「来い! 」


 ヴァンドレットはその攻撃を真正面から受け止める。グローブを付けたアーリィベイラーを、その剣戟から半歩外に動かし、単調な動きであるコウの斬撃を躱す。躱した直後に一歩を踏み込み、右手を再び握り込む。


「正拳突き!! 」


 鋭く早い拳。再び胴体に叩き込むべく放たれる。


 《それはもう見た! 》


 コウがその攻撃に際し、防衛をとった。片手で剣を切り返せないとみるや、その武器を捨て、まっすぐ打ち込まれた拳を手の平で受け止め、そのままグローブごとアーリィベイラーの拳を握りつぶしす。青黒い破片がコウの破片と混ざる。


「(二撃目で対応してくる!? それもこの力! )」


 ヴァンドレットが後方に後ずさる。これ以上の格闘戦を挑むのは危険だという判断を下す。


「(あのベイラーに捕まれれば終わる。突きも蹴りも駄目となれば)」


 突きであれば拳を、蹴りであれば足を今と同じように砕かれる事を想定し、戦術を組み立てていく。その最中、ヴァンドレットがある事に気がつく。


「(あの距離まで近づいて、爆発がこなかった? )」


 思い起こされる情景は、咆哮と共に破裂した炎の渦。もしコウがその気であれば、今の攻防ですでにヴァンドレットは有象無象と同じように爆風に飲まれていた。しかし今はそうではない。


「(ならばあの爆破は連発できないと見た)」


 ヴァンドレットがコウをさらに観察する。身体中に突き刺さったままのサイクルジャベリンが異様さを醸し出しているが、あくまで異常さだけであり、驚異ではない。そしてコウは今まで、飛び道具を使っていない。


「時間稼ぎをするか」


 作戦が決まり、ヴァンドレットが行動する。コウからさらに距離を取り、サイクルショットを構えた。3発だけ、コウの身体へと発射する。小気味よい音があたりに響く。


 《いまさらそんなショット! 》


 コウが迫るくるサイクルショットを片腕で弾き飛ばす。その瞬間、コウの膝にべつのサイクルショットが突き刺さった。


 《ーーーガァ!? 》

「(あくまで乗り手も人間。目眩しをされながらの攻撃は避けにくいだろう)」


 ヴァンドレットが自分の作戦が成功しつつある事にほくそ笑む。コウに乗り手はいないのだが、ヴァンドレットの知識の中で、ここまで動くベイラーには乗り手がいるという常識が入っているために結論が簡単にでた。


「(いくらジャベリンを刺しても倒れない身体であっても、関節は別。このまま全員が撤退する時間を稼がせてもらう)」


 ヴァンドレットがサイクルショットによる戦闘の遅延を開始した。決してコウから離れず、しかし近寄らず、サイクルショットを丁寧に関節部分へと当てていく。3発撃っては迎撃させ、その隙に関節部へと1撃。フェイントや弾数を変えて、アレンジを挟みつつコウを追い詰める。未だに怒り狂うコウはなす術もなく、無体にその関節を壊されていく。やがて6巡回ほどしたとき、ついにコウの右足が砕け、膝をついた。何が起こったかわからないコウはただ唸り声を上げるだけで、起き上がらない身体を叱責する。


 《なんでだ! まだ動くだろう! 》

「(あと3箇所。それだけ壊せれば……あれは? )」


 ふとヴァンドレットがコウの身体みた。ぼろぼろの身体に突き刺さるジャベリン。ずっと関節を注視しながら戦っていたために気付く事が遅れてしまったが、今こうしてコウが膝をついた隙に全身をまじまじと眺める事ができた。そしてその瞬間に恐ろしい事に気がつく。


「(ジャベリンが抜けている!? )」


 コウに突き刺さっていたはずの4本のジャベリン。それがすでに2本しかなく、地面に転がっていた。しかしコウは先ほどからジャベリンに指一つ触れていない。そんな事をしている暇があればヴァンドレットを追いかけていた為である。さらに観察を続けると、ジャベリンが抜けた理由が判明する。


 コウの身体から、まるで押し出されるようにして、一定の感覚でジャベリンは外へと押し出されていた。身体に刺さったジャベリンが捨てられるようにして地面を転がす。まるで身体の不純物を取り出すかのように自動的に異物を排除している。


「(ベイラーは脆く、怪我をすれば人間の手が必要なはずだ。ましてや身体の中の異物は接木されて抜けなくなるはず。それがなぜあのような事に)」


 座学で知った知識のどれにも当てはまらないコウの姿に面くらいっていると、ついに最後の一本もコウの身体から排出さた。身体中が串刺しだった姿から穴だらけの姿へと変えたコウは、まだ動く部分を雑に確認しながら、ヴァンドレットを見る。


 《これでまた使える》


 獲物を見つけたは獣が吠えるのをやめ、牙を剥き出す。


 コウにとっての牙とは、身体から溢れ出る炎。


 再び身体に炎が吹き出していく。燃える業火が瓦礫を焼き尽くす。変わり果てた姿のコウを見て、龍石旅団の誰もが戦慄した。


 《コウ様の身に、一体、何が起きたのでしょうか》

「わからない。だがここから離れないと」

 《コウ様を、置き去りに? 》

「あの爆発を見ただろう!? 巻き込まれるぞ! 」


 オルレイトが奥歯を噛みしめ、ひたすらにレイダを動かそうとする。しかし怪我した部分が邪魔をしてやはり動けないでいる。そのレイダを手助けするように、赤いベイラーと鎧のベイラーが現れる。


 《セス様。シュルツ様》

 《悔しいが今のコウは止められない。巻き添えはごめんだ》


 肩を貸す形で、その場をあとにしようとしたとき、オルレイトが呟く。


「おい。海賊の」

「なんだよ」

「姫さまを見なかったか? 」

「見てない……まさかはぐれたのか!? 」

「さっきから見ていない! まさか瓦礫の下敷きに」

「くっそ! セス! 」

 《鎧の。緑色のを頼めるか》

 《ああ。戦士は約束を守る》

 《恩に着る。さらば》

「アンリーのベイラー! 村の外で双子とナットが待ってるはずだ。そこまで頼む」

 《頼まれた》


 レイダが戦線を離脱する。セスはその間、なんとか動く身体をつかい、サイクルボードで出来るだけ高く飛んだ。


「集合場所からはそこまで遠く行ってないはずだ」

 《瓦礫があるのはこのあたりか……サマナ。まさかわかるのか? 》

「ほんの少しだけ。カリンの流れは、わかりやすいから」


 村の中で1番高い建物、というよりは瓦礫の上に着地し、コクピットから出てあたりをみまわす。セスとの共有を切ったのは、あくまで自分の目で景色を見る為。


「(これだけ広い中を()()のは初めてだけど)」


 そして既にない右目を手で触れる。すると左目で見える景色とは別に、空洞のはずのその右目から、様々な情報が入ってくる。風の向き。強さ。砂粒の一粒にいたるまで。そしてこの地で生きる人々や生き物の意思の流れが濁流となってセスへと流れ込む。それは砂漠色の画用紙に絵具をぶちまけたような景色。それも1秒事にその絵具の色が変わっていく。ぐちゃぐちゃになる景色の情報量に吐き気を催し、セスの胸の上でうずくまる。


 《サマナ。サマナ》

「だ、大丈夫。絶対見つける」

 《サマナ》


 サマナが倒れ込むのを右手でささえながらセスが続ける。名前を呼び続けて提案する。


 《お前のその視界を、痛みを、セスにもよこせ》

「 気持ち悪いよ? 」

 《知っている。だが2人ならば》

「いいの? 」

 《良い。セスはお前の家族だ。家族の痛みはセスの痛みだ》

「……わかった。コクピットで視界の共有する。」


 意を決してコクピットの中に入る。手の平をなんども開け閉めし、これから来るであろう情報の濁流を覚悟する。


「それじゃぁ……始めるよ」

 《ああ》


 操縦桿を握りしめ、セスと視界を共有し、右目に意識を集中した。途端にあの暴力的な情報量をした景色が、サマナとセスに流れ込んでくる。再びの吐き気を胃の中で感じながら、それでも寄り添うようにセスが景色の半分を肩代わりする。


 《サマナ! どれだ! 》

「赤くって、細い糸みたいなのが姫さまだ! 」

 《この景色の中で糸を探す。無茶なやつだ! だが面白い! 》


 時間にして数秒。しかしセス達にとっては丸一日のような耐えがたい風景の変化。風が揺れるたびに足元が欠け、砂が舞う度に色の雨が逆さまに戻っていく。サマナが今まで見てきた流れとは色の事だとセスは気がついた。


 《(細くて、赤い……あれか)》


 見つけた流れはこの濁流の中でもよく目立っていた。瓦礫の向こうに見える血のようなその赤色が、先ほどまでコウ達がいた場所だと気がつく。サマナの視る景色の中で、戦いと言うのは血の色をしていた。思わずその方向を注視しているとサマナから叱責が飛ぶ。


「セス! その赤じゃない! 」

 《違うのか? 》

「もっと綺麗な、お前みたいな赤色! キラキラ光ってる! 」

 《セスはキラキラ光った事ないぞ》

「カリンは光ってるの! 」

 《なんだぁそれはぁ》


 セスはいよいよもって首を傾げた。セスの中で光る赤色など見たことがない。それはこの混濁した景色でも同じだった。必死に光輝く赤色を探す。


 《輝く、赤。そんな色などこの場所で見えるはずが……はずが…》


 一瞬、視界の端でみえた細く長い、何か。違和感としてその細い物を辿っていくと、虫食いのようになってはいるものの、確かに糸に見えた。それも、チカチカと点滅しているかのように赤い。


 《サマナ! サマナ! 》

「見つけた!? 」

 《右下! 細い糸だ! 》

「うん! あの色! 」


 2人して感激しながら景色を切り替える。混ざり合った景色がかき消え、いつもの、見たままの景色が眼前に広がる。そしてセスが見つけた糸の場所へと向かうと、それは等間隔に続くカリンの足跡だった。まだできたばかりで、それはまっすぐ崩れた家屋の中へと続いている。


 《サマナ。この中か》

「カリン! カリン! 」


 家屋は倒壊し、扉は傾いている。その扉をガンガン叩くと、中から小さな、それでも確かな声が聞こえた。予想外だったのは、その声が複数の、それも子供の声が混じっていたこと。


「サマナ! サマナなのね!? 」

「助けにきた! 中はどうなってるの? 」

「怪我人がいるの! でもさっきの振動で建物が崩れてしまって」

「わかった。セス! 」

 《持ち上げればいいんだな》


 セスが崩れた家屋を立て直す。するとカリンに寄り添うように子供達がじっとその中で隠れていた。助けにきたベイラーを見てもまだ安堵しないのは、アーリィベイラー達を見てきた子供達であったからだと気がつく。カリンの誘導で子供達が外にでる。なんとか子供達も避難させようと考えたその時、サマナの右目側にに激しい痛みが襲った。思わず悲鳴をあげてシートに身体を押し付ける。


 《サマナ? どうした? 》

「コウが、また燃えてる。それに、また別の意思がこっちに」

 《まさか、新手か!? 》


 セスがサイクルシミターを構えたその瞬間、頭上に影が遮った。その影を追うと、それは青黒い姿をしていたが、片腕が引きちぎれていた。そしてその後に、燃え盛る身体が飛び越えていく。


 《コウ! 》

「さっきまでのアーリィが、あんなに」


 サマナが見たのは、すでに頭がひしゃげ、視界など確保できていないであろうアーリィベイラーだった。先ほどまで戦いは終始アーリィベイラー有利で進んでいたにもかかわらず、それでも損耗しているのは、コウの今の姿をみて合点がいった。


「(コウの身体が、治ってる?? )」


 ジャベリンで貫かれたはずの穴だらけの身体が、すでに塞がりつつあった。


「のっぽの話じゃ、治りが早いと言う話だったけど、だからってこんな」


 腕が切られても3日で治るベイラーであるが、この数分でここまで回復するのは、ベイラーと共に長く過ごしてきたサマナの目から見ても異常だった。


 《これで終わりにしてやる》


 コウの手にサイクルブレードが生まれていく。サマナなその光景の中で、コウの身体の発火に別の現象が混ざっているのに気がつく。燃え盛る身体は、何も無条件で燃えているわけではなかった。その炎はコウの身体そのものを燃料にして燃え盛っている。サイクルのカスがそのまま炎の燃料になっている。コウが爆発した時に炎が消えた際に、その身体が灰に見えたのは、そのままコウの身体が燃え尽きていたからに過ぎなかった。


「コウ! それ以上駄目だ 」

 《ーーーがぁああ!!》


 サマナの声は届かず、咆哮と共にアーリィベイラーへと向かう。切っ先はすでに振り上げられ、アーリィを両断すべく振り下ろした。甲高い音と共に、アーリィベイラーは肩口から切り裂かれ、力なく倒れ込む。今の一撃で使う物にならなくなったブレードが砕けて散った。


 《これで、全員か》

「この、獣め! 」


 コクピットの中から出てきたヴァンドレット。白髪まじりの短い髪に、170cmに届くかどとかないほどの身長に、しなやかながらもしっかりと鍛えげられた体つき。兵士と言われて納得するだけの肉体をしていた。


 《お前以外にいるのか? 》

「すでに全員撤退した。お前の目論見は砕けたのだ」

 《そう》

「殺すなら殺すがいい」

 《そうだな》


 コウの炎が、さきほどよりもずっと小さくなる。はたから見ればそれは怒りを治めたかにも見えた。しかし、コウの声から怒気が消える事はなく、ひとつだけ質問をした。


 《お前達、さっきここにいた大人を殺していただろう》


 大人たち。それがここに避難してきたというレジスタンスの事だと言うのは明白だった。その言葉に、ヴァンドレットは臆せず答える。


「帝都に弓引く物を殲滅する。それが兵士の役目だ。任を果たしたに過ぎない」

 《そうかい。そうかい!! ならぁ!! 》


 収まった炎が、先ほどよりも一際大きくなる。怒りと共に燃え盛った炎が、ヴァンドレットを飲み込まんとする。コウが炎を止める事なく叫んだ。


 《殺したやつのように! お前も一緒に殺されろぉおお!! 》


 コウは殺意も隠さず、躊躇なくヴァンドレットを踏み潰そうとする。ヴァンドレットもただではやられまいと逃げ出すも、絶望的に歩幅が違うために、すぐに追いつかれた。その瞬間に足を焼かれ、やけどをおいながら倒れ込む。どうにか手で火を消しながら、それでもコウをまっすぐみた。


「帝都に、栄えあらん事を! 」


 ただ、兵士としての教示だけを守りながら、なすがまま自分の死を受け入れる。そのヴァンドレットの有り様が、コウの神経をさらに逆撫でした。


 《潰す!! 》


 純粋な暴力でヴァンドレットを押し潰そうとした時、サマナが叫んだ。


「コウ! 上だぁ!! 」


 サマナの叫びは、コウの行い(おこない)を咎めるでもなく、ヴァンドレットを逃すでもない。もっと単純に、コウに向けての敵意を教えるものだった。しかしサマナはおろか、ほかのベイラーの言葉すれ通じないコウにそれは聞かれることはなく、ただただ、上空からの攻撃で身体にもう一度風穴を開けていた。


 《がぁ!? なん、だぁ? 》

「セス! 」

 《あれは、たしかアジトにも居た》


 空からサイクルジェットを使って滑空するもう一体のベイラー。紫色の身体をし、毒々しい翡翠色をしたコクピット。アーリィベイラーの上位に位置する人の手で生まれたもう1つのベイラー。


 《ザンアーリィベイラーか! 》


 上空からサイクルショットを連打され、コウが後ずさる。さらにザンアーリィは地表すれすれまで高度を下げた。


 《お前も燃やす!! 》


 コウが突っ込んでくるザンアーリィに向け、再び火を放つ。火炎放射のように伸びた炎が渦を巻いて迫る。その炎をみた乗り手が軽い声色で笑う。


「あーん怖ーい! でもぉ」


 迫り来る炎を、横回転の回避、戦闘機におけるバレルロールで避ける。さらにはそのロール中にヒトガタへと変形を果たし、コウの顔面に蹴りを見舞った。空中で姿勢を整え、十分に距離をとって着地する。


「あたらなぁーい 」

 《こ、のぉ! 》

「その声、ケーシィ殿か! 」


 乗り手の声に気がつき、ザンアーリーィに近づくヴァンドレット。その声の主、ケーシィ・アドモントに状況を報告する。


「部下はどうなった? 」

「大丈夫大丈夫。全員帰ってきたよ。でもあらあらぁ? 隊長さんやられちゃったの? 無様ねぇ」

「返す言葉もない。だが部下が無事でなによりだ」

「それでねぇ。おばさまに隊長を回収してこいって。この子の試運転も兼ねて」

「この子? まさかこのザンアーリィには」

「そうそう! あの黒い欠けらを使ってるの。それも大量に。ホラ」


 肩を指差すと、その色が、紫色ではなく、燻んだ黒をしている。その黒色が、決して塗った物ではないことをヴァンドレットは知っていた。


「こんな広範囲に。して効果の程は? 」

「もう抜群! さて帰るから手にのって」


 ザンアーリィがヴァンドレットをのせ、空へ逃げようとしたその時、たった今ヴァンドレットが居た場所に炎が渦巻いた。コウが火炎を放っている。手の平のサイクルはずっと回り続け、炎を吐き出し続ける。しかしそれはコウの身体を確かに燃やしている。その事にコウ自身気がついていない。


 《逃げるなぁ! 》

「いやーだよぉ」


 ヴァンドレットを落とさないように、だが高速で回転し、その場を後にするケーシィ。しかしコウもまた空を飛んで追撃する。


 《くそ! くそ!! くそぉおお!! 》


 何度も追いかける炎を、ケーシィは嘲笑うように交わす。手にのっているヴァンドレットは多少のむちうちになりながら、それでもコウからの炎に当たる事はない。しばらくは追撃が止まないと踏んだケーシィだったが、ここで変化が訪れる。火炎放射の飛距離が次第に短くになり、ついには炎が眼前に飛ばなくなった。さらにコウを空に飛ばしていたサイクルジェットの出力が下がり、徐々に地上へと落ちていく。墜落していくコウを笑いながらケーシィは言う。


「ばいばーい」

 《このぉ! 待て! まてぇええ!! 》


 ヴァンドレットが居ない方の手をひらひらとふり、空の彼方へと消えていく。一方のコウは自分が落ちている事をわかっておらず、ただひたすらに手をのばし続けた。


 《くそう! なんで、こんな、俺は、こんなぁ! 》


 嘆きは空へときえ、ただ落下が止まる事はない。地上でその様子をみたセスが大いに慌てる。


 《あのままでは落ちるぞ!? 》

「あー……うん。落ちるね」

 《冷静すぎやしないか》

「いや、その、なんかね。遠くから来るんだ。アレ」

 《アレ? 》

「ひとまず安心だ」

 《どこがだ! 》


 すでに操縦桿から手を離しているため、セスはサマナのことがわからないでいる。1人だけわたわたとしていると、空から耳をつんざく音が聞こえてきた事でようやくサマナの言葉の意味を理解した。


 《言葉が少ないぞサマナよ》


 空からまっすぐ、落下するコウに突き進む何か。色はほとんどが灰色で、アーリィと同じように青い部分のあるベイラーが、道中たまたま会ってしまった帝都のアーリィを撒き、ようやく遠回りでこの場所へとたどり着いていた。そして開口1番、コウを助けるべく乗り手が指示を飛ばす。


「ヨゾラ! 植え寄せ(ガッタオイ)なさい! 」

 《ムリヤリウエヨセシマス》


 落下するコウに、垂直にではなく、自分の同じ方向になるように、角度を変えて追いかける。地上にぶつかる前に並行に並んだと同時に、強引にコウと合体し、ヨゾラは翼を震わせる。サイクルジェットを地表へと向け、全力でとぶ。


「ふんばりなさいヨゾラ! 」

 《オウ! 》


 どこからか覚えた、「応」という答えにマイヤは満足しつつ。迫る地面に心臓の鼓動が煩くなりながら、必死にコウの落下を抑える。サイクルジェットを限界まで使い、地面に激突するより先に、コウの身体を空へと浮かばせた。ちょうど重力と推力が均衡したのか、コウは空中で何秒か静止し、そのまま、足からどしゃりと着地する。背中に張り付いた形のヨゾラは、急激なサイクルジェットの使用で目をまわし、ずるずると剥がれ落ちる。


「よくやってくれました。ヨゾラ。」

 《コレ、モウニドトヤラナイ》

「そうね」

「マイヤ? どうしてここに? 」

「空からコウ様を見つけたのですが、アーリィベイラーの攻撃にあってしまって」


 コクピットの中から出てくるマイヤ。その額には汗で髪が張り付いていた。それは空の戦場もまた過酷な戦いであったとを示している。


「でもいつのまにか居なくなってしまいました。誰一人として攻撃を当てる事は出来ませんでしたが」

「いいさ。それよりこっちに子供たちとカリンが……カリン?」


 先ほどまで瓦礫の中で子供たちと共にいたカリンがいなくなっている。思わず再び右目を触ってさがそうとした時、カリンがその場所にいる事を見つけた。


「まぁ、乗り手だったらみんな同じ事をするか」

 《何かいったか? 》

「ううん。なんでもない」


 ◆


 感情が渦巻いて止まらない。今すぐにでも吐き出して相手を焼き尽くさないと収まりそうにない。だというのに、身体は言う事を聞かない。


 《なんでだ。戦えるのに。許せないのに。》


 コウが、着地した姿勢のまま動けないでいた。さっきまでヨゾラに強制的にしていた空の旅から解放されたというのに、人間のように膝が笑い、息苦しさすら感じている。


 《俺の身体だろう、少しは言うことを聞けって! 》


 バンバンと手を何度叩いても、ガタガタ揺れる膝に変わりはなく、それは無力感を後押しするだけだった。それだけはなく、急激に眠気まで襲ってくる。膝立ちになっていることすら危うかった。


 《なんでだ……なんでこうも俺は》

「コウ? 」


 真正面から、今1番聴きたくない、かつて最も聞いて居たかった声が聞こえてくる。それは幻聴でも幻でもなく、砂埃にまみれようとも、確かにそこに居た。


「なぜ、そうまでして」

 《なんで、ここに》


 すでに意識が朦朧としているコウは、自分の乗り手であるカリンの問いかけにすら、答える事ができないでいた。だからこそ、心の底で思っていた事を口にする。


 《もう戦わなくっていいって言ったじゃないか。それがなんでここにいるんだ》

「ち、違うのよ! 私はただ貴方が心配で」

 《もう俺は君がいなくても戦える! 》


 あれだけ動かなかった身体が、ただ感情を表現する為だけに動く。それはまるで身体が感情に支配されているかのようだった。そして今、コウを支配しているのは拒絶の感情。


 《君はもう、俺に必要ないんだ!!》


 兵士にぼろぼろにされた身体で、自分でぼろぼろにした心で、しかし必ず彼女を自分から離れさせなければならないと。そうしなければならないと信じて叫んだ。でなければ彼女を、この燃え盛る身体から離れさせる事ができないと。その真意を伝える事もせずに彼女を引き離した。今のコウは、コクピットに乗り込めば、痛みさえ、傷痕さえ共有してしまう。そんな物に生身の人間が耐え切れるわけがない。


 だからこそカリンを、もう二度と自分に乗せないために引き離す。


「そう、なのね」


 ただの言葉。ただの強がり。しかしそれは、この旅の中で1番カリンを傷つけた。


「ごめんなさいね。気がつかなくって。もう、私はいらないのね」


 カリンが、力なく笑う。コウの言葉は心の奥深くまで突き刺さる。コウは真意を隠しているが、すでに1年以上共に過ごしたカリンにはその思想は見抜かれていた。だからこそカリンは、悲しいはずなのに、痛いはずなのに叫ぶ事ができない。コウが、そこまでして自分を考えてくれた事だと理解しているから。理解しているからこそ、自分はもう乗る事ができないのだと。コウの側に居る事ができな事が、ひたすらに寂しかった。


 カリンは、みっともなく叫ぶ事はしないと、固く意思を持った。


 しかし、心は体に影響をおよぼす。それは今のカリンには、涙の形で現れた。カリンは自分の目から涙が出ている事を知るのに時間がかかり、泣いている事に気がついたのは、地面に一粒の音がなってからだった。


 《ーーー》

「ち、ちがうのよ? これはただ、その」



 それは、コウにとって衝撃を与えるに十分だった。だがそれは予想の範囲内でもある。


 《ああ。また泣き顔をさせたな。やっぱり僕は君のベイラー失格だ》

「コウ? 」


 ぼろぼろの体を引きずり、コウが立ち上がる。あれだけ動かなかったはずの身体が、いつのまにか自由に動けるようになっている。しかし空を飛べるほどは回復しておらず、ただ一歩ずつあるいていく。


「ま、まって! 」

 《じゃぁね》


 サーラで学んだ言葉でも、ましてやゲレーンで学んだ言葉でもなく。明確な()のない別れの言葉をつげ、コウは歩く。向かう先は決まっていた。


 《(さっきザンアーリィが飛んで行った方向だ。あそこに奴らの帰る場所があるんだ)》


 再び感情は迫り上がった時、コウの身体が燃え始める。誰にも触れる事などできなくなった身体を追いかける事はできず、ただメイビット村を出て行くコウを見送る。ヨゾラから降りたマイヤが、カリンの側により、砂避けの外套(マント)をかけた。


「里に戻りましょう。避難した人たちもいますので」

「マイヤ」

「はい」

「また、1人になってしまったわ」


 泣き叫ぶ事ができず、ただ瞳の中から溢れる涙を止める術も知らず、呆然と立ち尽くすカリン。


 彼女にかける言葉を見つける事ができず、ただマイヤは寄り添う事しかできなかった。





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