炎使いのベイラー
叫び声をあげながら疾走するコウ。狙いを定めるのはナイフを装備したアーリーィベイラー。
「一旦距離をとれ! 」
「了解! 」
帝都の兵士は冷静にコウの動きを読み取り、ナイフで防御の構えつつ距離をとった。それは真正面からの攻撃を受け流すべく取られる動きであり、通常であれば、受けた刃は滑り落ちるようにして躱すことができる。さらには間合いさえ外すことで、より短い間合いであるナイフで迎撃できる。
《そんなものぉ! 》
だがそれは通常の場合。コウの疾走は、ゆうに一歩分を軽く超えて接近し、さらには防御に使われたナイフそのものを粉砕せしめた。砕け散ったナイフは散りと消え、その握っていた手もまた切り裂かれる。ごとりとアーリィベイラーの右手が砂の大地に落ちる。
「へ?」
突然のことで何が起こったのがわからない兵士から間抜けな声が上がる。間合いを取り、防御さえしていたにもかかわらずに、自分の武器がなくなっている現状に理解が追いついていなかった。しかしコウの攻撃がそこで終わらない。コウは振り抜いた刀を切り返し、逆袈裟の形で切り払う。アーリィの翡翠色したコクピットへとその強大な一撃は命中し、アーリィベイラーを吹き飛ばす。それは後方にいたもう1人のアーリィベイラーへと激突し、2人はそのまま転がるようにして倒れ込む。
「あれが、白いベイラーの力なのか」
一部始終をみていたヴァンドレットが構えを解かずに距離を取る。コウはまるで人間のように肩で息をして、その体には炎が揺らめいている。炎が力を貸すように、コウの体にまとわりついている。倒れたアーリィベイラー達が起き上がる。コウの斬撃を受けた翡翠色したコクピットはヒビが入っていた。
「隊長! 私達は空からサイクルショットを! 」
「挟み撃ちか! やってみろ! 」
兵士の1人がアーリィベイラーを変形させ空へと向かう。挟撃すべく上空からサイクルショットで援護する算段だった。しかし。
《逃すかぁ!! 》
炎が形を変えた。それは纏う鎧から体を空へ押し上げる翼へと。肩とふくらはぎの噴射口が一際大きく輝き、白い体は空へと舞った。その速さはアーリィベイラーの比ではなく、あっという間に距離を詰める。
「白いのが空を飛んだぁ!? 」
《真っ向ぅう!唐竹ぇえ!!!》
三次元的な動きを可能にする空での剣戟。それはコウの体を空中で一回転させ、刃に遠心力を加える。両手に込められる力を込められるだけ込め、そしてその技の名を唱えた。
《大ッ! 切ッ! 斬ッツ!!》
コウの刃は間違いなくアーリィベイラーの腰を捉え、技の名通りに切断する。翼はおろか胴体そのものを切り裂かれ、空を飛ぶ術をなくしたアーリィは力なく落下していく。落下した先にある家屋がつぶれ、大きく砂埃がたった。コウが使った刃が使ったと同時に崩れていく。それを投げ捨て、再び新しいサイクルブレードをうみだし、空中で構えた。それを見たアーリィベイラーの乗り手が、コウと目線が合う。たった今同僚を凄まじい剣戟で打ち落とした相手が、ナイフでは防げない剣戟を放ってくる相手と、目があってしまう。勝算云々よりも、本能でこの相手とは戦ってはいけないと判断してしまう。
「う、うぁああ!? 」
《逃さないって言ってるだろぉお!! 》
叫び声は続く。もはや獣の吠える声となりながら、コウがおもむろに剣を持っていない左手を相手にかざした。手の平を相手に向ける。すると、サイクルが高速で回り始めた。通常のベイラーなら、そのまま道具が出来上がる動作だったが、コウが行ったのはまったく別の物。
《燃えろぉお! 》
コウの左手からは、道具ではなく炎が生み出された。炎は意思をもように動き出し、まっすぐアーリィベイラーへと直進していく。
「ベイラーが火を吐いた!? 」
火は動物の本能に危険を訴える。それは人間も例外ではなく、さらなる恐れを抱かせるのには非常に有効だった。アーリィベイラーの全速力をもって炎から避ける。しかし、追いかけてくるコウの方が速力があった。やがて距離は僅差となり、炎はアーリィベイラーの翼を焼く。
「こんな、ことが」
《ずえぁあ!!!》
コウが、自分の知っている剣をできうる限り反映させる。両手で握った剣を天高くかかげ、まっすぐに振り下ろす。そこに鋭さなどなく、ただまっすぐ振り下ろすだけの剣。ただ、速度の差によって剣を引くことができず、体当たりのように刃をアーリィへと押し付ける。
しかしそこに法外な力が加わることで、雷のような激しさを伴って剣に威力を与えた。そのまま地面へとアーリィベイラーを叩きつける。衝撃によって砂の柱が出来上がった。やがて砂が落ちきる頃。手足がひしゃげたアーリィベイラーが横たわっている。翼は折れ、もう飛ぶことも叶わない。コウはそのベイラーを足蹴に、ゆっくりと立ち上がる。砕けた剣を捨て、サイクルブレードを作り上げ切っ先をヴァンドレットのベイラーへと向ける。
《あとは、お前だ》
「なるほど。恐ろしい白きベイラー……いや、炎使いのベイラーか」
ヴァンドレットがコウを始めて色ではなくその戦いで評する。その事でコウの危険度はこの戦場で最高の物だと確信し、ヴァンドレットが構えをとる。
一方のコウにはその構えによって虚を突かれる。
「帝都近衛格闘術、いざ! 」
《その、構えは》
一瞬、コウの目に緑色のベイラーと姿が重なる。それは自分を守ってくれたベイラーが使っていた拳。そして、目の前でいなくなってしまった人の構えだった。
《どうして、お前が》
「言葉など無い! 隙ありぃ!! 」
アーリィベイラーがサイクルジェットを使用して加速する。踏み込みによって砂地に大きく沈みこみ、荷重が拳に乗っていく。虚を突かれたコウはその行動に対応できなかった。
「帝都近衛格闘術! 正拳突き!! 」
そして、まっすぐにコウの体に拳が突き刺さる。アーリィベイラーの軽い体重でも十二分に威力が乗るのは、人間の格闘術における体重移動、つまり腰と足の使い方を修練した結果である。さらにはサイクルジェットと言う人間にない加速を得た事により、その拳はもはやベイラーを一撃で行動不能にできる領域にまで達している。そしてそれを、コウは正面から受けてしまった。さらに。
「二段崩し!! 」
アーリィベイラーからの追撃が入る。それはまっすぐ穿った腕を、折りたたむようにして肘打ちを打ち込んだ。
格闘術の連撃には大きく分類がある。多種の部位をつかっての連撃と、同一部位を使っての連撃である。多種の部位をつかっての連撃とは、例えば左手と右手を使っての突き、ボグシングでのワン・ツーなどが該当する。そして同一部位での連撃、右手だけ、右足だけを使う連撃。拳を当てた後に腕を折りたたんでの肘打ちなどが該当する。前者の利点は一撃目と二撃目との合田を限りなく少なくできることにあり、素早い攻撃が可能である。代わりに、荷重は分散するために一撃の重さはそこまでではない。後者の場合、単純な相当量以上の技量が必要である。しかし代わりに、一撃目の荷重をそのまま利用できるという利点がある。一撃目に乗った荷重を、そのまま二撃目にも乗せることができる為、威力は一撃目以上の物になる。
それを、サイクルジェットの荷重さえのった一撃であれば。
《ーーー》
声さえ上げることができず、コウは凄まじい勢いで吹き飛ばされる。家屋に激突し、そのままガレキがコウへと降り注ぐ。アーリィベイラーがそのままの構えで微動だにせずにる。警戒を解いていないのである。
そんな中、すでに立ち上がれない状態になったオルレイトがその一部始終をみて絶句していた。
「あのコウを、吹っ飛ばした? 」
《コウ様が、負ける? 》
「それならそれで、引きずってでも連れて帰るぞ! レイダ! 頼む! 」
《いつも通りとはいきませんが! 》
レイダが壊れた関節を無視して無理やり立ち上がる。時間が経って回復が始まったとはいえ十全とは言い難く、サイクルが不気味な軋みを上げている。それをみたヴァンドレットが苦笑した。
「よせ。そんな体で何ができる」
「そこで伸びてるベイラーを連れて帰る」
「そうはいかん。それに、戦力を考えてもらいたい」
「戦力? 」
ヴァンドレットの言葉に端を発するように状況が動く。遠くの倒壊した家屋の奥から赤いベイラーと、鎧を着たベイラーが飛び出してきた。その姿にレイダが思わず声を上げる。
《セス様! シュルツ様! 》
《おう。レイダ、ボロボロだな。まぁこちらもそれは変わらないが》
《まったく、こいつら一対一にならん! 》
セスとシュルツが別の場所で戦っていたのがこちらにやってきた。しかしその体はどこもかしもも傷だらけで、およそ有利な状況であったとは考えにくい。そしてオルレイトが聞き返す。
「一対一にならない? それはどういう」
「鈍いよのっぽ」
「なにぉ!? 」
「こういうことだよ」
セスの乗り手、サマナが答える。すると言葉の意味を理解させた。
家屋の奥から、サマナ達を追いかけてきたのか、アーリィベイラーがさらに複数やってくる。その数は6人。さらにそれぞれ無傷だった。
「こいつら戦士でない! が、数はおおい。まるで畑だ」
「しかも前より乗り手が全員上手い」
「状況は、芳しくないって事か」
3対7。さらにはレイダはほぼ戦えない。戦力比としては絶望的だった。
「全員。サイクルジャベリン。確実に仕留めろ」
「「「了解」」」
アーリィベイラー達がナイフを捨て、柄の長い槍を作り出す。投擲にも適した、刃短い武器であるが、その長い柄での間合いは剣では脅威である。その事を知るオルレイトが全員に指示をとばす。
「全員、レイダがサイクルショットを撃ったらコウを連れて逃げろ」
「なにいってんのさ!? 」
「レイダをみろ。もう動けない」
「覚悟があるのか」
「……わからないが、それ以外に道はない」
「いいのか? 」
アンリーが確認するかのように聞く。それに対してなんの躊躇もなくオルレイトは答えた。
「ああ。いい」
「わかった」
「こら戦士! わかるな! 」
「戦士だからこそ。この男の言葉をあたしは嘘にはしない」
「ああもう! 野郎どもってどうしてこう! 」
「頼むよ。サマナ」
「ーーーッ! こんな時だけ名前で呼ぶな! 」
サマナが吐き捨てるようにして、オルレイトの言葉を聞き入れる。セスを動かし、アーリィベイラーに向けサイクルウェーブを放つ。人為的に波を作り出し、その波に自分で乗り、空を移動するのはセスの得意分野である。突然現れた木製の波にアーリィがたじろぐ。その隙を見逃さずに、セスは空へと飛び上がる。
「セス、コウがどこにいるかわかる? 」
《瓦礫の中だが、白い肌は良く見える》
波に乗りながら視線を向ける。煙のあがる瓦礫、その隙間からコウの身体が見えていた。まずはコウの身体を瓦礫から引きずり出さなければならない。空にいるセスに意識を向かせないように、地上ではオルレイトとアンリーがアーリィを抑えている。撤去作業をするなら今のうちだった。波を出すのをやめ、コウの前まで降り立つ。近くまで来ると、家屋の瓦礫が複雑に入り組んでおりまるで動かない。
《サマナ。コウは起きてるのか? 》
「いや。流れがない。気を失っているのかもしれない」
ひとまず撤去しようとした時、背後からの敵意をかんじとり、サマナが振り返りざまに武器を作り出す。
「サイクルシミター! 」
《おうとも》
刃先に重心の置かれた、船の上で使う事を想定するサマナが好んで使う武器。それを右手に持ち、目視もせずに横薙ぎに振り抜く。その行動は決して当てずっぽうではなく、攻撃に際して防御として役立つ。シミターの刃に、鋭い拳が突き刺さる。
「いい勘をしている」
「こっちにきたのか! 」
ヴァンドレットがサマナの意図に気づき、いち早く強襲を仕掛けにきた。その攻撃を防いだのはいいが、未だコウは瓦礫の下敷きであり、救出する事ができない。
「そのベイラーはこちらで接収する」
「させると思うのか! 」
「許可は求めていない」
ヴァンドレットはシミターを弾き、その胴体へと蹴りを入れ、間合いを強引に開かせた。その瞬間、サマナの見える物に変化が起きる。
「(相手の動きがわかる。でもこれからくる攻撃は対処できない! )」
サマナの目には、光の奔流ともいうべき物が自分へと降り注ぐのが見ている。それが敵意が目で見える形として現れているのに気がついていた。しかしこれから行われるであろう行動は、セスのシールドで防げるかどうかわからないほど大きく強いのも感じている。同時に、背後から別の流れが現れているのも感じていた。
「(なんだこの流れ……小さいけど、熱い。これはまるで)」
「帝都近衛格闘術、足技が一つ! 」
サマナの意識など関係なく、ヴァンドレットが行動する。アーリィを疾走させ、セスに向かって全力の飛び蹴りを浴びせようとしていた。ただの飛び蹴りではなく、飛び上がりながらの右足を使っての回し蹴り。
「滑走撃!!」
全身のサイクルをまわし、バネとした蹴り込みは、全体重を乗せただけでなく、遠心力も味方にしている。隙こそ大きいが、体術の威力として純粋に膨大だった。
「(シールドで耐え切れない! でもこの程度、一撃だけなら! )」
サマナが、見えていた流れよりも弱い攻撃が来た事でほんの少しだけ安堵する。そして予定通りシールドを作り出す。一方セスがサイクルシールドを作り出そうとするのをみて、ヴァンドレットが勝利を確信していた。
「(滑走撃は二段構え! このまま刈り取る! )」
この飛び蹴りはあくまで布石。右足の回し蹴りを防いだとしても、回転を利用した左足での追撃が残っている。これこそ、ヴァンドレットの確信の理由。
一撃目が命中すれば自動的に二段目の回し蹴りも入る。これこそが滑走撃の威力。サマナが見ていた強力な流れとは、この二撃目の事を指していた。しかしサマナは格闘術に明るくない。回し蹴りが二回、それも空中で遅いくるなど考えもしなかった。
そして回し蹴りがシールドに当たろうとしたその時。
瓦礫が爆ぜた。
「ーーーなぁ!? 」
ヴァンドレットの目が見開かれる。たった今シールドを粉砕しようとした蹴りが、何者かによって防がれている。それも防ぎ方が己の信じられない物だった。思わず目の前で起きた事サマナが確認してしまう。計らず助かったと言うのに、その光景もまたサマナは信じられなかった。
「白いベイラー! 」
「足を、掴んだ? 」
コウが瓦礫から起き上がり、アーリィベイラーの蹴りを、まるで虫でも捕まえるような手軽さで、片手で掴んだ。そのままアーリィベイラーのはびくともせず静止している。
「滑走撃を無手で防ぐ!? 」
「コウ? 」
コウが無言のまま、掴んだアーリィを無造作に投げつける。同じ体格同士のベイラーだったが、その光景は子供がおもちゃを投げるようだった。空中で姿勢を直し、どうにか着地するヴァンドレット。
「あのベイラー、まだ生きているのか。乗り手は相当の手練れと見た。ならば」
ヴァンドレットが次の手を取る。アーリィのグローブをなんども打ち鳴らすすると兵士たちは動きを止め、アンリーやオルレイトを無視し、ヴァンドレットの側による。強引に集まった結果、空中で何人か叩きお落とされるも、まるで意に返していない。
「ジャベリン、構え! 」
「「「構え! 」」」
そして、数人が戦列をととのえ、ジャベリンをまっすぐ構える。それはこの後の行動を容易に予測させた。アンリーが横から1人を抑え、オルレイトがもう1人をサイクルショットで抑えるも、まだヴァンドレット含め4人いる。そして命令が下された。
「突撃!! 」
「「「「「おおおおおおお!!」」」」
ジャベリンの穂先がセスへと向かって突き進んでいくる。コウはと言うと、未だ身動きが取れないのか、まったく動かずにその場でたたずんでいる。不気味とも思える不動だったが、それでも相手は気圧される事なくまっすぐ突撃を敢行する。
「セス! 」
《サイクルブーメラン! 》
セスは迎撃すべくブーメランをなげ、この場から離脱しようと試みる。しかしそれはヴァンドレットも想定の範囲に入っていた。
「させん! 」
ヴァッドレットのアーリィが構えを変える、突き刺す動きから、十分に腰をひねっての投擲。それがまっすぐセスへと放たれる。ジャベリンとは槍であると同時に、投擲による遠距離からの攻撃を可能としていた。そしてその槍の一撃はちょうどブーメランを投げこもうとしたセスへと飛び、その右肘を貫く、突如の攻撃で全身のバランスが大いに崩れセスはのけぞってしまう。それはこの戦場にとって隙でしかない。残り3本のジャベリンは確かにセスを狙っている。すでに体勢を崩したセスには避ける事も間に合わなければ防ぐ事もできない。その事を悟ったセスが呟く。
《(せめてサマナだけでも)》
己の身を守るでのはなく、コクピットを守るべく、貫かれていない左手で身体を抱きしめるようにして守る。それ以上の事をする時間はなく、それ以外の事をするのは思いつけなかった。
《すこし居なくなる。なぁにまた会える》
「だめ! だめだよ! 」
サマナはこの先の流れが見えていた。すでに巨大な敵意がセスの身体中に突き刺さっている。大きな流れはセスの身体を動かなくするのに十分な威力を持っているのが見えてしまっている。
「セス! セス!! 」
そしてその考えはすでにセスにも見えてしまっていた。視界と感覚は共有されている。自分の体があのジャベリンで貫かれればどうなるか理解している。理解した上で、セスはサマナを守ろうとした。
そして一言だけ告げる。
《さらば》
セスがジャベリンを向けるアーリィに目を据える。けっして乗り手には傷一つつけないという覚悟を持ち、コクピットを守る左腕に力が入る。ジャベリンがあと1歩、足を進めるだけで突き刺さる。五体はバラバラになり、頭も無事で済むかわからない。しかし、乗り手だけは意地でも守るという行動だった。だが、一瞬でセスの行動を阻害する者が現れる。それは敵ではなかった。
コン、と軽い音がなり、セスの肩を押す。入れ替わるようにその場で立ち塞がるのは、白いベイラー。
《白いの! きさま! 》
コウがいつのまにか動き始め、セスを突き飛ばした。ジャベリンはすでに目の前まで迫っており、コウは防御など何もしていない。
ならば帰結は当然、ジャベリンでの串刺しとなる。白い破片があたり一面に撒き散らされ、砂漠で白い欠けらがみちる。右肩、左足、右足。まっすぐにジャベリンが突き刺さり、コウの体に穴が開く。
「トドメだぁ! 」
ヴァンドレットの咆哮が響く。先ほど投擲した物とは別のジャベリンを生み出し。その穂先をコウの顔面に突き刺した。その威力は凄まじく、コウの顔にある琥珀色のバイザーを砕いた。
白い破片と、琥珀色の破片が舞い散る。
「コ、コウ!」
《白いの! 》
サマナとセスが同時に駆け込もうとする。かつてコウはその顔を貫かれ、まったく動かなくなった事がある。その時はカリンがシラヴァーズと言う人魚達に力を借りる事で事なきを得た。しかしここにはシラヴァーズ居ない。誰も動かなくなったコウを助ける術がなかった。
セスをどかしたその手が、ゆっくりと力なく垂れ、やがてコウの目からは光が失われていく。あれだけ大きく燃え盛っていた炎も今や見る影もなく、白い体は燃え尽きた灰のようだった。
「ちょうどいい。白いベイラーを鹵獲した。基地に戻り調査を」
「た、隊長」
「どうした」
確かに5人がかりで串刺しにしたベイラーが目の前にいる。その顔の半分はジャベリンで貫かれている。砕け散った体はひび割れていない場所を探すほうが難しい。
「いえ、気のせいだったようです。かすかに動いたような」
「極度の緊張で人は幻覚を見る事がある。帰ったら休暇をもらうように進言しよう」
「は! 」
ヴァンドレットがコウの体からジャベリンを引き抜き、踵を返す。ポッカリとあいた穴を通して、赤い体のセスがよく見えていた。
「存外損耗したが、これで規格外の戦力もいなくなったな」
《白いの、なぜセスを、かばった》
セスは、己がその立場になると覚悟をしていた。しかしそれはコウが成り代わり、たった今動かない体となっている。セスはその事にひたすら後悔している。不利な状況は何一つ変わっていない。こちらの条件としてたコウを連れての帰還もすでにできなくなっている。セスの頭のなかには明確に敗北の二文字が浮かび上がった。
《無理やりにでもセスが変われれば……どうしたサマナ》
「か、身体に、溜まっていく」
《溜まっていく? 何が? 》
セスは乗り手の感情が一瞬分からなくなった。今サマナは、敗北が確定にした事による悔しさでも、コウが動かなくなってしまった事への悲しみでもない。眼前に見える光景に恐怖を覚えていた。セスは己の目をとじ、サマナの視界をみようと試みる。そうする事で今、サマナが何を見ているのかを知りたかった。
「力が、たくさん溜まっていく」
《な、なんだこれは! なんなんだこれは! 》
サマナの見ていた光景は、先ほどまでみていたセスの光景とはまるで違っていた。今目の前にいるのは、4人のベイラーに串刺しにされ力なく項垂れているベイラーだった。だがサマナの見えている物はちがう。今にもこの村全てを焼き尽くそうとしている真っ赤な炎が、コウの体から迸っている。思わず己の目を開き、現状を確認する。するとやはりそこには串刺しになっているコウしか見えない。
《サマナ、目をとじろ。お前が見ている物はまったく別だ》
「ち、違うんだよ。あれは意思の流れ。それも塊だ。コウは、全くやられてない」
《流れ? あれが意思の形なのか? 》
セスが疑問を投げたその時だった。アーリィベイラーの手を、コウが掴んだ。
「こいつまだ動けるのか!? 」
兵士が思わず狼狽えながらも込める力を強くすることで、ジャベリンはより深く突き刺さる。しかしまるで意に返さず、コウはアーリィベイラーの手をそのまま握りつぶした。
「隊長! 白いベイラーが動き出しました! 」
「馬鹿な。あの傷でまだ動くベイラーがいるのか」
踵を返したヴァンドレットが振り返り、光景をみて絶句する。槍が突き刺さったまま、顔に穴が空いたまま、白いベイラーが動き出していた。あまりに異様なその姿に、ヴァンドレットの第六感が働く。これ以上あのベイラーの側にいる事は良くない事が起こると確信する。
「撤退しろ! そのベイラーは不味い! 」
《ーーーやっと》
ぼろぼろになったコウがしゃべり始める。あまりにもしゃがれた声が老人にも思えるが、確かに先ほどまでと同じ声をしていた。そしてその声は、明らかな敵意を孕んで宣言する。
《捕 ま え た ッ ! 》
すでに無くなった目でアーリィベイラーを睨み付ける。槍を手放さないヴァンドレット以外のアーリィベイラーをコウがぼろぼろのまま鷲掴みする。にげようとするアーリィにはその足を踏み付けることでけっして逃がさない意思を表す。
「レイダ! セス! シールドをつかえ!! 」
《おう!》
《仰せのままに! 》
第六感が働いたのはヴァンドレットだけではない。ずっと傍観せざる終えなかったオルレイトもまた直感が働く。しかしそれはある経験からの物。回想されるのはかつて鉄仮面の男のアジトで見たコウの姿。そして自分の指示は正しかったと次の瞬間わかる。
《喰らえぇえええええええ!! 》
雄叫びと共に、コクピットを中心に爆炎が走る。
まごう事なき爆発。それによってコウの炎がこの一面を飲み込んだ。




