表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/359

呼ばれるベイラー

この国ではこんなふうにベイラーは過ごしています。

「《……終わった……なんかどっと疲れた……》」

「《だから、無理に動かなくていいんだって言ったのに……三回も転んで楽しいか? 》」


 今日一緒に手伝っているベイラー、ナヴにお説教を受けている。薄い黄緑色で、女性の声だ。そして、何故、お説教を受けているかといえば、張り切りすぎて結局雪の上で3回転び、うち2回はわざわざ集めた雪をその場にぶちまけるという有様だ。


「雪、初めてだったんですか?」

「《はい……勝手がわからなくって……》」

「いいんです、はじめはナヴもそうでしたから」

「《日に三回も転んでないけどなぁ! 》」


 乗り手のジョットが諌めてくれる。朗らかでいて、親切にこの体での雪かきの方法をおしえてくれた。無精ヒゲがにあっている。


 姫さまが、お姉さんであるクリンさんとの時間がないと考え、僕は二人の時間を作ってみせた。それは、姑息にも姫さまから僕への好感度上昇を期待したのもあるが、それにしても、お二人は忙しくて、なかなか一緒になれない。ふたり揃っているのは稀なくらいだ。僕に兄弟は居なかったが、しばらく会えなかった身内が、災害の折に再会できたのだから、もっと時間をかけてその喜びを分かち合うなり、近状報告をするなりしたほうがいい。お茶をしているとこすらみないのだ。それは、なんというか、可哀想だろう。


 そしてこうして、姫さまを乗せずに国を歩いていれば、「そこのベイラー!手伝ってくれないか」と言われる。そして、断る理由さえなければ、僕はこれに応じる。この関係は、この短い間で理解してきた、この国の習慣というか、風土なのだ。


 基本的に、ベイラーは乗り手がいるいないにかかわらず、人の手助けをする。誰がどこに行くか決まっているわけでもなく、ただ「手が空いてるならちょっといいかい?」といったように、かなりアバウトだ。もちろん、乗り手がいるベイラーは、その乗り手のことを大体手伝う。一番多いのが、森へいっての伐採や、その取った木を丸太にする作業だ。乗り手がいれば、伐採から加工まですぐにできてしまう。反して乗り手のいない。もしくは、その日、乗り手をのせていないベイラーは、伐採した樹木を、台車をつかって運ぶ作業等、簡単だが人間がやるとひと苦労な部分を請け負う。


 そして、ベイラーに仕事を頼んだ場合、頼んだ人間には、あることをする約束ごとがある。ベイラーに対する報酬だ。体を拭いてもらったり、関節に入った木屑を払ったりと、手伝ってくれたベイラーにひと手間を必ず行わなければならない。もちろん、乗り手がいる場合、その人のための食事や、硬貨を払うのとは別にで、ベイラーに報酬を与えなければならない。


 これが癖もので、その仕事に対して、手厚くすぎても、少なすぎてもいけない。概ね大体三段階で

その仕事が簡単だったら拭くのは足だけ。ちょっと難しかったら加えて手のひらも。大変だったら、全身をくまなく。といったような目安がある。これは「あそこの家はちょっと仕事すれば全身拭いてくれる」とわかったベイラーが一箇所のあつまるのを防ぐためだ。逆に、報酬が疎かだと、その人の元に、ベイラーは手伝いにはいかなくなる。


 ここまでくると、目に見えないしがらみが多く感じる。実際僕もそうだった。しかし一番重要なのは「ベイラーは別に断ってもいい」ということだ。


 人間側のスタンスも、「手伝ってくれるならありがたい。そうでなければ仕方ない」というもので強要はしてこない。ベイラーもベイラーで「今日は手伝いません」ときっぱり断る。理由は、なんというか幾千もある。一例として


 「今日は別の仕事をしたい」

 「日向ぼっこしたい」

 「近くにいるラブレスが怖い」

 「センの実を塗ってもらいに行くからヤダ」など。


 しかし、今回のように、人間が本当にこまっていれば、必ず力を貸す。そこに打算はない。ベイラーと共に生きているが、人間は決してベイラーに甘えてはいけない。ベイラーは、人間を助けるが、決して甘やかさない。


「《……でも経済がまわっているか怪しいよなぁ……》」


 そう。この国には硬貨がある。お金があるのだ。でも、こうもお金のやりとりがすくないと、本当に機能しているのか疑わしい。ベイラーにお金は必要なく、報酬になりえないからだ。


「《逆に、それが発展しすぎるのを抑えているのか……? 》」


 この国の科学力は、中世のソレだ。もちろん電気などない。でも、ふと考えることがある。この国で、人間が発達しすぎた場合、ベイラーはどうなるのだろう。


 車ができれば、運搬にベイラーを使わなくなる。

 重機ができれば、建築にベイラーを使わなくなる。


 ……元の世界にあった機械たちは、ベイラーの代わりをつとめられる。つとめてしまう。


「《そうなったら、どうなるんだろうな。……グ!? 》」


 不意に、木の上に積もっていた雪が顔面を襲った。物思いにふけりすぎて気がつかなかった。視界が雪一面に覆われる。クックックと、笑いを堪える声も聞こえた。


「《よけられないでやんの》」

「《……ナヴさん。見ていたなら言ってくれても》」

「《考え事の邪魔したくなかったんだよ。なんだ? 悩み事か? 》」

「《悩みというか、まぁ、これからどうなるのかなぁといったものです》」

「《なんかすげぇこと考えてるな》」

「《そうですか? 》」

「《そう思うぜ。で、答えでそうか? 》」

「《……さぁ? 》」

「《さぁってお前なあ……》」


 ……確かに、答えなど出ないかもしれない。顔を拭っていると、ナヴの足元に人影が現れる。ナヴの乗り手のジョットだ。


「体を拭くので、少しまっていてくださいね。あー……」

「《どうしました?》」


 ジョットが、その無精ひげをはやした頬をぽりぽりと掻きなが、その先の言葉を言うべきか言わないべきかを悩んでいる。どうしたのだろう。


「《いいですよ? まだやることがあるなら、言ってください》」

「ち、違います! そうじゃないんです! ただ……娘にやらせてやっていいですか? 」

「《娘さん? いつもはナヴさんがやってもらってるんですか? 》」

「《やってもらってねぇよ! あたしは絶対嫌だからな! あいつら雑なんだよ! 》」

「ナヴがこうでして。でも、娘たちはやりたくてしょうがないんです。どうでしょう? 」

「《いいですよ。ああ、でも、できれば顔もやってもらっていいですか。さっきかぶっちゃって》」

「もちろん。じゃぁ呼んできますね」


 ナヴの股下を通って、ジョットは行ってしまった。……子供のころからベイラーと触れ合っていれば、7mの体の大きさは怖くないのだろう。


「《あーあ。しらねぇぞあたしはぁ》」

「《いいんです。拭いてもらうのすきなんですか……ら……》」


 頭の奥で、突然、笛の音が鳴らされる。思わず、耳もないのに顔の側面を抑えた。うるさくはない、でもどうも心がざわつく。ここにいるのが、おかしい。早く向かわねば。そう、誰に言われたでもなく急かされる。


 ……頭の奥から聞こえたソレは、「向かう」と考えたとたん、明瞭に方角を示した。城だ。この笛の音は、城から聞こえている。そして、その音を聞いて、どうしても行かねばならないと、焦燥感を煽られた。この音は一体なんだ?なんで城に向かえとおもう?……呼ばれている?誰に??


「《ナヴさん。明日また来ます。では》」

「《ど、どうしたんだ?急に》」

「《呼ばれた気がします。行かなくてはならないのです。それでは》」

「娘たちはいま寝こけていたよ、。だから、僕がそのまま……あれ? ナヴ。手伝ってくれたベイラーは? 」

「《行っちまった。行かなきゃならないとか、なんとか。、》」

「あー、乗り手さんが呼んだのかな? 」

「《……呼んだ? 笛でか? 》」

「乗り手が出す息からでた音ならなんでもいいみたいだけど。僕は口笛でナヴを呼ぶだろう? 」

「《でも、なにも聞こえなかったんだぜ? 》」

「……耳がいいのかもね。あのベイラー。もしくは」

「《もしくは? 》」

「乗り手の出す音がよっぽど好きなんじゃないかな?」

「《なんだぁそりゃぁ……》」

「でも参ったな。結局拭いてあげてない」

「《べつに、あいつから居なくなったんだから、律儀にやらなくたっていいじゃねぇか》」

「あの子らがやりたがっているんだ……もう10年になるのに、まだなれないかい?」

「《おんなじ顔したふたりでギャーギャーやられて、なれるもなにもあるか!双子ってどこもああなのか! 》」

「賑やかだけどねぇ」



 ゴゴゴゴ……ゴゴゴゴ……


「《結局城に逆戻りしちゃったぞ……音も聞こえなくなっちゃったし、この体、どうしたんだ? 》」

「あれ? コウくんじゃないか! どうしたんだ! 今日は姫さまを乗せずに行ったんじゃなかったのか? 」


 城の門番が、僕を認めて声をかけてきた。城での知名度は、かなりあるようだ。……それより、さっきおきた現象がわからなすぎて、混乱しているのだけども。


「《いや……それが、なんか城に戻ってきたくなっちゃって》」

「どうしたんです? 」

「《……さぁ? 》」

「さぁって……」

「《どうしてもどってきたくなったかわからないんです》」


 言葉にすると本当に妙だ。でも、僕自身、理由もわかっていないから、なんとも言えない。


「もう姫さまのとこに戻るんですかい? 」

「《いや、今日は姫さまは、サーラの国のお后様と一緒に過ごすことになっているんだ》」

「そうですかい……あー、そしたら、なんですがね。ちょっとやってほしいことがあるんです」

「《やってほしいこと? どんな? 雪かきは、さっきやってきたから、正直……》」

「いやね、つららを落としてほしんですわ」

「《つらら? どこかにできてるの? 》」

「人側の4階、窓のとこデカイのができちゃって、俺ら門番は巡回するとき、落ちてこないかひやひやもんなんです。どうですかね? 指でちょちょいとやってくれるだけでもいいんです」

「《そうゆうことなら、やっておくよ》」

「ありがとうね! 今度、サーラからきたいい布があるんだ。それで拭いてあげるからさ! 」

「《……そうだ。それで思い出した。顔をそれでやってくれる? 》」

「もちろん! 」


 約束は成った。あとは、果たすだけだ。ガゴンガコンゴゴゴゴゴと、城の周りを歩く。人間スペース、その4階の窓。


「《……この体だと、目線にそのままあるはずだけど……あった》」


 みれば、大きな窓、現代でいうと、ブラインドににているその窓のその淵に、いくつものつららが出来ている。それも、人間の腕ほどある長さで、たしかにこれが落ちてくるのは怖い。


「《……指で、ちょい、ちょい》」


下に人がいないことを確認してから、窓にゆっくりと近づいて、つららを落とす。……が、ここで問題が起きる。つららがこの体に対して結構小さい。


「《ちょ……い……ちょ……い》」


 人差し指をつかって、ひっかくように落としていくが、たまに距離感を間違えて空振りをおこしたり、はたまた、窓に指を押し付けてしまったりする。


「《……》」


 集中するために黙りこくってしまう。こうゆう時、指先の感覚すら不自由するベイラーの体が憎たらしい。人間ならこんなのさくっと終わるのに、微調整がきかなすぎてうまくいかない。……イチかバチか、指を横走らせて、いっぺんにやればいいのか。指を窓にあわせ、ガリガリガリと削っていく。うまくいきそうだ。そう思ったのがまずかった。力加減をまちがえて、つららだけでなく、窓ごと突き破ってしまった。


「《しまった……》」


 その瞬間、なぜか布が飛んできた。向こう側から抑えでもしていたのか。左腕でその飛んできた布を払うと……そこに、想像だにしなかった光景が飛び込んできた。


 猛スピードで迫ってくるカリンだ。ものすごい形相をしている。でも、なにより。なぜか。


 下着だった。白い。おもわず、後ずさった。……見える! いろいろ! 普段隠れてる太腿とか!二の腕とか! 汗でもかいていたのか、なんか張り付いて色っぽいというか! 太陽がちょうど差し込んでいろいろ反射しているとか。ああ、こうして窓破ってしまったから寒いだろうなとか


 いろいろな思想が渦を巻いているが、それ以上に! こう! どうしても視線が釘付けになる!!

ほんとにでかいし、揺れてる!! あと際どい!! 見えそう!! そんな格好で走らないで!!


 そんな僕のことなど知らず。カリンが、窓から飛ぶ、惚れ惚れする跳躍距離だ。しかし、その格好は、抱きつくとかではない。それは……


 飛び蹴りの、それだ。


「シャヤァアアアアアアアアアアア!! 」


 その、女の子の声帯からどうやって出したのか疑わしい、かっこよすぎる気合と共に、こうして僕は、カリンの飛び蹴りを甘んじて受けた。


 重心の頂点を蹴られ、バランスを崩し、無様に倒れた。


「《誤解だとか、いろいろ言えるけども……みちゃったしなぁ……いろ……いろ……》」


……そこから先は、覚えていない。いろいろ処理できなかったのだと思う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ