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洗濯ベイラー

 ミーロの街から離れて、再び移り里での生活に戻った龍石旅団。部屋の割り当ても前と同じであり、家に帰ってきたような感覚に陥る。独特の二重構造で部屋の暖かさが確保された部屋で過ごしていると、マイヤが恍惚とした表情で家事をしていた。


「あはぁー……これは一度知ってしまえばもとには戻れません……」

「ど、どうしたのよマイヤ」

「水汲みから解放された従者のことなど捨て置いてください……ああお城にこれがほしい。水汲みせずとも洗濯できる……お料理も……掃除でも……ふふふ」


 街の住人と離れて名残惜しさが無い訳ではなかったが、マイヤにとってこの里は快適に過ぎた。水汲みをせずに蛇口をひねれば水が出る生活にすっかり魅入られてしまっている。これが手を抜ける怠惰の方向に生活が振り切れるのではなく、水汲みをしなくて良くなった時間で別の家事を進められることに感激しているあたり、彼女の仕事人ぶりが明らかになる。


「姫さま、どうにかこの構造を里の方から教えてはもらえないものでしょうか」

「マイヤがここまで……でも聞いても理解できるかどうか」

「水路だ」


 水浴びを終えて戻ってきたサマナが答えた。がしがしと頭を拭きながら、自分の服を探す。


「さっき見えた。水の通り道をそこらじゅうに作ってる里の大きさならまだしも、ゲレーン中は無理そう。長さはとんでも無くなるし、材料だって多くなる」

「そ、そうですか」


 がっくりと肩を落とすマイヤ。その様子を見たサマナがカリンを呼ぶ。今まで気になっていたが聞けなかったことを小声で会議する。


「(マイヤって洗濯が趣味? )」

「(そう言う訳じゃない……と思うけれど)」

「(ならマイヤが息抜きしてるとこを見た事ある? )」

「(……ないわね。時折ふらっといなくなるけど)」

「(やっぱり、自分の事は自分でやらなきゃまずいとおもうんだ)」

「(それがマイヤのためにもなるわね)」

「(ひとまず洗濯くらいは)」

「(そうね。ひとまずはね)」


 会議が終わり、マイヤの元へと向かうカリン。


「マイヤ。あなた疲れているのよ」

「そうでしょうか……この設備がお城にもあればどれだけ」

「大丈夫。今日から、洗濯は私達がやります! やりますとも! 」

「はい? 」

「だから、貴女はこれを機に、すこし息抜きしてください! 」

「し、しかし」

「いいこと!? 」

「か、かしこまりました」


 こうして、カリンが家事に参戦する運びとなる。この時サマナは、軽はずみで言った事を後悔していた。マイヤが綺麗好きであり仕事を仕事と思わないタイプの人間であれば、カリンは仕事にまるで生涯をかけるかのような責任感を持って望むことを忘れていた。


 ◆


「私だって、この旅でなにも学ばなかった訳ではないのよ。ええ」

「手伝うとは言ったけど、あたしも家事はそこまで得意じゃないけど」

「私を侮ってはいけないわサマナ! 1人で家事が出来るとおもって!? 」

「開き直った!? 」


 カリンとサマナの共同戦線による洗濯が開始されようとしていた。前には自分たちの着た服が山積みになっている。


「洗濯ってそもそもそんなする? マイヤ、暇さえあればやってるけど」

「毎日やっているみたいね」

「毎日? 正気? 」

「水が無いときはそうではなかったけどね……普通は毎日ではないの? 」

「いや、海に出てるときが多いから、1週間に1度とか」

「1週間に1度……マイヤもそうしてくれれば休めるでしょうに」

「この際頻度はいいから。さっさとやろう」

「そうね! ええとまずは水を桶に貯めてと」


 恐る恐るといった手つきで蛇口をひねる。水がそれに応えてちょろちょろと出てくる。桶いっぱいに水が溜まり、次の行動に移す。


「石鹸を汚れに当てて擦ると」

「こっちにも桶を」

「はい」


 石鹸を手にし、襟、袖、と汚れがつきやすい部分を重点的につけ、ゴシゴシと擦り始める。


「……地味だな」

「思ってても言わなかったことを! 」

「ご、ごめん」

「でもこれくらいなら私達でも……あら」

「どうしたの? 」

「汚れが落ちない、もう」


 ゴシゴシとしているのに中々落ちない汚れを発見する。最初は涼しい顔で擦っていたカリンも、まるで落ちないその汚れを前にどんどん顔が変わっていき、そのうちまるで仇かのような顔になっていく

 ゴシゴシと言う言葉すら生温い音になりながら、しかし汚れはたしかに落ちていく。エプロンだったが、調理汚れがいつのまにかなくなっている


「サマナ! 洗濯は力よ! 力こそ正義だったわ! 」

「ど、どう言うこと? 」

「さっきまで落ちなかったあの汚れが私の鍛えた体を前に屈服したわ! 」

「訳がわからないのに確かに落ちてる! 」

「こすれば落ちるのよ! 」

「なるほど? 」

「さてじゃんじゃんやるわよ! サマナは終わったのを乾かして! 」

「わ、わかった! 」

「(でもいちいち石鹸をつけるのは大変ね。これはどうにかできないかしら)」


 なんとかして2人は連携をとりながら洗濯をおこなう。手慣れた手つきとはかけ離れたその作業を、物陰からみる1人の女性がいた。


 ◆


「あ、ああ、あれはオルレイト様の……あんなにしては生地が痛んで……」


 休ませようとして控えていたマイヤその人である。休めと言われて休めない彼女は、恐る恐る様子を見に来ていた。


「大丈夫よマイヤ。こんな事もあるかと思ってちゃんと洗濯の仕方は教えていたし、干し方だってきちんと見てもらえていたし、なんとかしていただけるでしょう」


 胸を撫で下ろしながら、それでも心配で見守る事をやめられない。そしてそれは間違いでなかったと知る。


「ああ、それはあまり力を入れては……ああ姫さま、そこは裏地ですので表側もやっていただけないと……その汚れは擦るのではなく叩くようにやれば取れるのです……あ!? 」


 見ていた最中にカリンとサマナが持っていた石鹸をじっとみつめはじめた。すると、2人はその場を離れ作業を大きな桶を持ってきて、その桶に水を溜め始めた


「一体なにを……」


 すると、その桶に、掌サイズまで残っていた石鹸をその桶にぶち込んだ。


「せ、石鹸があ!? あれはまだ一月はもったのに!? 」


 マイヤの嘆きが届くことはなく、そのまま泡だらけになった桶に今度は洗濯物を放り込み始める。そして、2人で服を揉み込むように洗濯し始めた。泡がどんどん大きくなって部屋にシャボン玉が飛んでいく。石鹸が多量に使われたことで、衣服は確かに綺麗になっていく。


「ああ、あんなに水をつかって……すすぐがあれでは大変になって……なって」


 泡が大量についたということは、そのすすぎに手間がかかるということになる。カリンらのつかっている方法で確かに汚れは落ちるが、その泡を落とすのは大量の水が必要となる。しかし、それをもって有り余るほど、カリンらの表情が晴れやかだった。家事をしていてとても楽しそうにしている人間を見るのは、マイヤにとって初めての経験だった。2人の笑い声が部屋によく響いている。


「……あんなに楽しそうに家事をなさるとは思いませんでした」


 頬に泡をつけながら、2人は今度は楽しそうに洗濯を続ける。そのうち、手で洗うのを面倒がり、2人は靴を抜いて足で踏むようにしはじめる。泡の立ち方がさらに激しくなる。しかし激しさと比例するように放り込まれた衣類はその汚れの落ちが大きくなっていく。


「しかし…少々激しすぎでは」


 洗い終えた服を放り込だし、別の服を入れて踏み、また新しい服を入れとくりかえしていると、その泡も増えていく。そのうち桶から泡が溢れ始め、どんどん部屋に浸食していく。しかしその事にカリン達は気が付かず、とりつかれたように足踏み洗濯を続けていく。そのうち、ついにマイヤの居る所まで泡が飛んでくる。


「カリンさま?あの、カリンさま? あぶばばば」


 ついにマイヤの体を泡に包んでいくようになる。カリン達はというと、すでに泡に飲み込まれてその姿が見えなくなっている。そしてついにマイヤの上半身にまでその泡が到達してし始める。鼻につく石鹸特有の甘い香りが、普通であれば心安らぐ物であるが、現状では体を蝕む毒でしかない。そのううち息さえ苦しくなってくる。


「だ、だれか」


 カリン達はついに泡の先に腕が見える程度となり、そこら中に綺麗になった衣服があたり いちめんに散らばっている。この冗談とも思えるような状況の中で部屋の中で泡がいっぱいになっていく。部屋全てが泡で埋まっていくようになる。石鹸の量と水分の量が適量であるとこうなるのかと、マイヤが冷静な頭の部分が判断しているともがいてる手が、巨大な木に触れた。最初は部屋の柱に思えたが、この部屋に柱らしい物が無いことを思い出して、その木の正体に思い当たり、文字通りすがる思いでしがみついた。するとその木は手であり、またベイラーの物である事に気がつく頃、泡にまみれた体が陽の光の元にさらされる。自分を助け出したベイラーを見る。緑色の見慣れた体。


「レイダ? 」

 《ご無事で? 》

「一体なにが起きたんだ」


 レイダの手の上で泡を拭う。体についた泡をきちんと取らないとシミになるなと頭の片隅で思い描いていると、いまだ部屋の中にいる2人の事を思い出す。


「オルレイト様! 中にまだカリン様とサマナ様が」

「もう1人行ってるから大丈夫」

「もう1人? 」


 レイダの横にいるもう1人の白い体のベイラー、コウがその両手でカリンとサマナを助け出している。幸い2人とも咳き込んではいるものの、命に別状はなさそうだった。目線を合わせないのは、ふたりが水に濡れて体が透けており、それを直視しないためであった。


「コウ? どうしてここに」

 《いつも食材を置いてきてくれる人が、『あの部屋様子が変だ』って伝えてくれてたんだ……でも、なんでこんなことに? 》

「ただ、洗濯していただけなの。それがちょっと楽しくなっちゃって」

 《洗濯しててなんで部屋中泡だらけになってるんだ》

「ありがとうコウ……でも楽しかったなぁ」

「ええ! どんどん服が白くなっていくもの! 」

 《え、ええ…》

「ところで……なんでこっちを向かないの? 」

 《気にしないで》


 しかし、救出したはいいものの、部屋の壁は半壊し、泡の中から洗濯物を取り出す事を考えた時、カリンも、サマナも、マイヤも全員睥睨していた。そんな中、コウだけが検討違い事を言う。


 《毎回こんなに洗ってたの? 》

「そうなの……私はただ、マイヤに楽してほしくって」

 《手洗いだと、たしかにこの数洗濯するのは大変だなぁ》

「いいのですカリン様。その心意気だけでマイヤはありがたいですから」


 本心である。と同時にこの惨状をどうしたものかと考えているマイヤもいた。この泡の中から洗濯物を取り出し、すすぎ、干すのは手間がどれだけかかるのだろうと思ってしまう。それを顔にださないようにしているが、カリンはそこまで愚鈍ではなかった。


「ごめんなさいマイヤ。あとは私がやりますから」

「だ、大丈夫です姫さま。これからは私も」

 《……ところで、これ、俺たち(ベイラー)が手伝ったらだめかな? 》

「ベイラーが? でもどうやって? 」

 《俺に考えがある。レイダさん、手分けして手伝って》


 ◆


「縦長の桶をつくればいいのね? 」

 《ああ。水はここにあるし、あとは……》

「コウさま、これで全部です」

 《そこに置いておいてください》



 カリン達を着替えさせ、里の一角に作業場を作り出したコウ。3mほどの高さになる桶を作り出す。そこに汲んできた水を半分ほどの量になるまで入れていく。そしてその水の中に洗濯物を入れていく。


「コウ、これは? 」

 《洗濯機っていうんだ。まぁ本当は自動だけど》

「どうするの? 」

 《こうする》


 コウが手のサイクルを回し、なんの変哲もない棒を作り出す。それと同時に、その棒の先端にTになるように棒を伸ばしていく。その出来上がった物をみてカリンが首を傾げた


「サイクルレーキ? 雪をならす道具をどうするの? 」

 《これをこうして……》


 桶にサイクルレーキをつっこみ、そのまま鍋でもかき混ぜるように洗濯物をかき回していく。最初についた石鹸がまだ残っていたのか、たちまち泡が出てくるが、かき回してることによって膨れがありはしない。たまに出てくるシャボン玉が桶から浮かび上がり、コウの体に当たって弾けた。その様子をみたオルレイトが懐にあったスケッチを取り出す。


「ベイラーで洗濯とは……コウもよく思いつく」

 《しかし、私たちの頼まれごとは洗濯と何の関係が》


 レイダの手には大量のこれまたなんの変哲のない棒が用意されている。スケッチを続けるオルレイトはその意図を汲んでいた。


「干すんだ」

 《はい? 》

「物干し竿だ。人間の扱える棒の長さはたかが知れてる。ベイラーなら何倍もの大きさをいっぺんに干せる。僕らが干すために服を持ってくる手間はあるが、それでもだいぶ楽になる」

 《なるほど? 》

 《ーーー!! 》


 コウが洗濯をしていると、リクが手伝いにやってきた。4本の足を器用につかいのっしのっし歩いてくる。


 《リク、今日は2人は? 》

 《ーーー》


 コウの問いかけにリクが首を振る。双子は別のところにいて不在である事を示していた。だが元々力仕事を頼むわけでは無いため、コウにとっては何も問題はない。


 《そうか。そしたら、服を乾かすのを手伝ってほしいんだ》

 《ーーー! 》


 今度は縦に首を振った。それを確認すると、コウは洗濯物の様子を再度確認する。


 《このくらいか? 》

「マイヤ、どう? 」

「はい! いいかと」

 《よし。これで仕上げた》


 一旦洗濯物をとりだし、泡でいっぱいになった水を別の桶に流す。そして空になった桶に再び綺麗な水をいれ、泡だらけになった洗濯物を濯ぎ始めた。こんどは丁寧というよりは荒々しくかき混ぜる、泡そのものを落とす。


 《すすぎ終わり! レイダさん! 》

 《わかりました。みなさんもお願いします》


 レイダに洗濯物が渡ってく。ベイラーに乗っていない者はレイダの作り出した物干し竿にその服を通していく。タオル等の一枚布は風で飛ばないように紐でくくりつける。


 そうして、大量の洗濯物がベイラー達の手によって、宿周辺が乾かされた洗濯物でいっぱいになった。こんどは甘い香りが乗り手達を安心させる。そして何より1番マイヤが驚いていた。


「こんな短い間に、洗濯物が、それもこれだけの数終わるなんて 」

 《マイヤさん。気がつかなくってごめん》

「い、いいえ。ありがとうございます。コウ様」

「結局、私たちでは洗濯一つできなかったわね」

 《……べつに、いいんじゃないかな。だれか1人が何かできなくっても》

「どう言う意味? 」


 レイダ達が物干し竿を持ってじっとしている。その光景をながめながらコウがカリンの言葉に返した。それは決してカリンを卑下する物ではない。


 《旅団って名前なんだ。みんなで出来ることを分担すればいい。今回はマイヤさんがその分担量が多かったってだけの話だ。こうして俺たちが協力すれば、洗濯物なら簡単に終わる。でもベイラーだと部屋の掃除とかは無理だ。単純に体が部屋に入らない。そこはカリン達の分担にすればいい》

「……そう言うもの? 」

 《そう言うもの、だと思う。何より、分担して手早く終われば、みんな暇ができる。そう言う事の積み重ねって大事だと思うんだ》


 ベイラー達の助力であっという間に洗濯が終わり、確かに暇ができた。その事実を噛みしめながらカリンも答える。


「なら、お茶でもしましょうか。皆を呼んで。里の人たちにも声をかけてもいいのかも」

 《ああ、いい考えだ》


 コウが早速実行に移そうとしたその時、軽快な走りでミーンがやってきた。洗濯物がある事を確認すると、できるだけ土煙をあげないようにゆっくりと停止する。


 《ミーン? 》

 《コウ、姫様、里の人たちが来て欲しいって》

「また占い師? 」

 《いや、それが……》

「子供がこの光景を見て、里の人たちに触れ回ったみたいで。そしたらみんなして、里で()()をやって欲しいって」


 中からナットが出てきて、大量に干された洗濯物を指差す。大体の意図を汲み取ったコウ達。


 《……干してるのをどこかに置ければ、レイダさん達にも手伝ってもらえるね》

「手伝わないって選択肢は無いのね」

 《ほら、俺たち居候だし》

「暇ではあったし、旅団総出でホウ族の洗濯物をするとしましょうか。出来るわねコウ」

 《お任せあれ》


 コウが立ち上がる。同時にカリンがコクピットから出て指示を飛ばした。


「レイダ! リク! マイヤ! サマナ! オルレイト! これかホウ族中の洗濯物という洗濯物を撃退しにいくわ! ついてきなさい! 」

「も、もうちょっとでスケッチが終わる! すぐいく! 」

「おーいコウ! 肩にのせてくれ! セスが来るまでの間でいい! 」

 《わかった。揺れるから気をつけて》


 コウの手にのるサマナ。そのまま肩に落ちないように据える。リクがコウについていくような形でのっしのっし歩き、最後におそらく書き殴ったスケッチ帳をしまったであろう事を確認したレイダがついていく。


 一丁目の広場についたコウ達は、代わる代わる訪れる里の人々から洗濯物を預かり、凄まじいスピードで仕上げていく。だれが持ってきたかわかるように印もつけ、濯いだ水も無駄にしないように桶に貯めていく。そうして一丁目に住む住人全員分の洗濯物が終わる頃には、すでに日が傾いていた。大量の洗濯物がまるで魚の干物のように、それも里中に干されている様子は異様ではあったが、それを馬鹿にするような人々でもなかった。流石にノンストップで洗濯し続けたコウ達も疲れ、宿に戻るろうとした時、朗らかな笑みで近づいてきた者がいた。里の戦士であるアンリーである。


「まったくすげぇ事思いつくな。ベイラーが洗濯とは」

「ええ。私も驚いちゃった」

「里の連中が感謝してる。占い師様もだ」

 《あの占い師が? 》

「『よく尽くしてくれました』ってさ。で、今日は占い師様の星読みの日なんだが、その日は里で宴がある。宴っていっても確実材料を持ってきて分あって食べるだけの簡単な物だ。普通はよそ者を呼ぶことはないんだが……龍石旅団は、もはやよそ者扱いするなとさ」

「そ、それはつまり」

「占い師様は認めたのさ。旅団と、そしてコウが、決して世界を滅ぼすものではないって」

「コウ! 聞いていて!? 」

 《あ、ああ! 聞いた! 聞いてた!! 》


 コウが心の底から喜びを表す。言動ではなく、行動で示し続けた結果をあの占い師は認めたのだと。それは己の疑いが晴れたと同時に、もう己の力を恐れなくていいと信じるに足る根拠だった。その大喜びするコウを尻目に、アンリーはと言うと、疑念が未だに残っていた。半分はコウ自身に、そして半分は占い師に向けて。


「(あんなにあっさり。いったい何を()()のやら)」


 ◆


 宴はアンリーが言うような簡単な物ではまるでなく、いつも以上に華やかに続けられた。コウ達は楽しんでいる最中、占い師であるアマツは星を詠むことでタルタートスの行き先を決めている。そしてそれはすでに占いで見ていた事の答え合わせでもあった。


「……問題ない」


 夜空に瞬く満点の星をなぞるようにしてく。星の位置は季節によって変わるが、星の種類は変わらない。こうして定期的に星の位置を時間と時期を一致さえて見上げることで、今自分たちがどこにいるのか、どこに向かうのかを知ることができた。同時に、星を詠むのとはべつに、占いによって示されたいく先を照らし合わせる。


「あれから随分経ったが……そうか。この先に行かねばならないのか」


 星をながめ終わると、脳裏に描かれた占いと重ね、行くべき道を見出す。


「アンリーには辛い道となるなぁ……そして、黒い厄災の前触れとも出会うことになる……もしこれであの白いベイラーが本当に厄災でないなら、これではっきりする」


 アマツがコウを認めたのは完全な打算である。里も者達から、コウに足する疑念が徐々に薄れてきた。それによって今までコウを非難していたアマツに対し、若干の風当たりが強くなったのである。無論彼らはアマツに対し絶対的な信頼を置いているが、それが揺らいでいる事自体が問題なのでる。


 しかし、ここでアマツ自身がコウを信用すると宣言すればどうなるか。彼らはアマツに対して信頼を増し、かつアマツの心の広さを勝手に想像し敬う。


「てまえは占い師であるまえに道化よなぁ」


 力なく笑うアマツ。事実コウを認める発言をしたとたん、里の者達が歓喜し、宴に喜んで食材を持ち寄る始末だった。普段の宴ではここまで派手にならない。だがそれでも彼女は人々の心の移ろいを気にかけていない。


「あの白いベイラーが世界を滅ぼすなら、手前を責める者もおらん」


 ひとりごとを吐き出しながら、タルタートスの方向を示す指示書を嗜める。その先にあるのは、かつて小さな村があった場所。


 帝都に襲われ、住民が虐殺された、アンリーの故郷だった。




そろそろ〇〇ベイラーのレパートリーが危うい

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