座して待つ者たち
薄暗い洞窟の中を、ランプの灯で照らしながら、足元に気をつけてすすむ。消して平坦な道ではないが、歩けないほどでもない獣道。しかし、時折サマナが動けなくなった。目の痛みが尋常では無い様子であり、セスもそれは感じ撮っている。それでも操縦桿を離させないのは、ひとえにサマナの懇願だった。
「サマナ、本当に大丈夫なの? 」
「うん。いいんだ。この先をみてみたい」
「本当に大丈夫なのね。無理なら言ってね? 」
「大丈夫だって」
《すまんな緑の》
《気になさらないでください。それよりサマナ様、ここから先には何があるのです? 》
「わからない……でも、とてつもない、力の元がある事はたしかだよ」
右手で顔を押さえながらも進むサマナ。
「(最初はクチビスが向かった方向だと思ってた。でもこれは違う。大きな力が溢れたでてるんだ……こんな大きな力、一体何が? )」
そしてその先にある物の大きさに慄いている。しかし何があるのかまでは想像出来なかった。しばらく歩くと、あるべくしてある生物を見つけ始める。
《カリン、足元を》
「……サマナの言う通りね。ボッファ。コウの手に乗って。流石に危ないわ」
「そ、そうしましょう」
その足元に蠢く影を、カリン達はよく知っていた。ここに来てようやく見つける事ができた。クチビスの大群の一端がそこに居た。地面にひしめくように歩くその姿に一瞬たじろぐも、その様子を見て奇妙さを感じる。ベイラーがそばに来ているというのにまるで気にしていない。ただその数がおおく、ボッファを地面に歩かせるのには多少のリスクがあった。ボッファもそれは同意し、素直にコウの手に収まる。
《クチビス達は俺たちの事は気にならないみたいだ》
「好都合よ。このまま進みましょう」
あゆみを止める事なく進む。すすめば進むほど、クチビスの密集具合いが濃くなっていく。地面はおろか、壁、天井でさえクチビスの姿が見え始めた。オルレイトがその様子をひたすらにスケッチしている。
「どこもかしこもクチビスだらけだ……でもこっちを見ても何もしてこない」
「ずっと進んでるー」
「でも何も食べてないー」
リオとクオがその様子を見て呟く。たしかに彼らは進んでいるだけで休憩もしていなければ何か食べている様子もない。洞窟の中で水も滴っているのにもかかわらず給水すらしていないのは異様と言えた。そしてその異様さをさらに際立たせるものがあった。
「あれは、ラブレス? なんでこんなところに? 」
「ミーン、あれってもしかして」
《うん。さっきみたやつだよ》
クチビスの大群の中で、2頭ほどラブレスが悠々と歩いていた。コウ達と変わらずに彼らに食べられる事なく、そこにいるのが当たり前であるように歩いている。さすがにラブレスはコウ達を認めると一瞬たじろぎ、こちらを警戒するかのように体を向け威嚇している。
《ちょっとじっとしてようか》
「そうね。ここで事を起こすといいことはないわ。皆止まって」
コウがピタリ止まり、片手で全員を制する。ラブレスがその様子をみて、警戒心を解かずにゆっくりとこちらにやってくる。はじめはその長い尻尾をいつでもぶつけられるようにしていたが、ゆっくりとベイラー達を一周したことで、多少気を許したのか、警戒はされたままであるものの、こちらを振り向かずにそのまま進んでいった。ラブレスに踏みつぶされないように避けていくクチビスを尻目に、コウ達も後を進んでいく。すると前方に、ランプとはまた別の光が差し込んでいた。どうやら出口のようだった。皆が安堵する中、突如、サマナが叫びを上げた。
「あ、ああああ!! 」
「ど、どうしたのサマナ! 」
「意思の流れが、大きすぎ……この先が、そうだ。この先に流れの中心がある」
「この、先に」
「ものすごい力が、そこにある。そうか、この力は・・・」
叫びが途絶え、セスもまたレイダへと倒れ込んだ。
《セス様? 》
《サマナは気を失った……だがセスも見た。この先、何かとんでもないものがある》
《……ここまで来て引き返せないよ。そうだろうカリン》
「ええ。残り香と言うのも気になるわ」
《じゃあ、行こう》
一歩一歩近づくにつれ、道中あれほど静かだったクチビス達が暴れて始めた。羽を震わせて飛び上がり、我先にとその光の先へと向かっていく。コウ達はその虫の流れに逆らわず、そのままゆっくりとその場へと足を踏み入れた。
洞窟がひとまずの終わりを告げ、一同は出口へと出た。洞窟とは違い熱風が体を包みこむ。ここは崖に囲まれた地形であり、今いる場所が絶壁の底である事を理解する。そして上からは日の光が降り注いでいた。今は昼時なのか、ちょうど太陽が真上にある。そして、それはあった。等間隔にならぶ巨木にも見える何か。ベイラーよりも遥かに大きい湾曲したそれは、巨大すぎてはじめは誰も理解できない。
「こ、これは、樹木? にしては随分変な形をしているような」
《それに、こんな岩肌になんで木が……》
「コウ、姫様、これは、これは木なんかじゃないぞ」
オルレイトの声でレイダが動く。その巨木を触り、その肌触りを確認する木皮もないその素材と、白濁とした色合いで、ようやくこれが何なのかを理解する。
「これは……死骸だ」
「死骸?」
「この並んでいるのは、おそらく肋骨だろう。こんなに大きな肋骨、一体どんな生物だったんだ」
少なくとも、この崖一体に並んでいる。本数は多くないが、その大きさが崖よりも高い。
《真ん中にみえるのは、もしかして背骨? ここまで大きいと、タルタートスとかかな》
「いや、前腕の骨が見えない。どうやらタルタートスの物ではななそうだ……レイダ。あの崖に埋れてるのも骨に見えるが、サイクルスコープ、できるか? 」
《仰せのままに》
レイダの片目にレンズができあがる。3倍以上の倍率でその埋れている骨を見た。その形状には見覚えがあった。
「翼だ……翼の骨が埋れてる」
《ええ。そう見えます》
「反対側を」
振り替えると、対となるように翼が埋もれていた。空を飛ぶ生き物であることは間違いない事が明らかになる。だが同時に、オルレイトの中で新たな疑問が現れる。
《オルレイト、何かわかった? 》
「翼がある。……だが、数がおかしい」
《数?》
「2対で4枚あるんだ。そんな生物聞いた事がない。ここまでの大きさの生物なんて……なんて…」
オルレイトの中でパズルのピースが噛み合っていく。この広い崖を埋めてしまうほどの巨大な体。2対4枚の羽。あと一つのピースがハマれば、それは完成する。そのピース を見つけるのは簡単だった。
「レイダ! 」
《はい! 》
問いの答えを探すべくレイダを走らせる。あまりに大きな体のため、どれくらい先になるかわからなかったが、幸い、ソレは近くにあった。その形を認めた瞬間、オルレイトは崩れ落ちた。
「は、はは! そうか! ここはそうなのか! サマナが言っていた残り香っていうのは! そう言うことか!! 」
《オルレイト様、この骨はまさか》
「ああ! そのまさかさ! ここは! この場所は墓場なんだ!! 」
先走ったオルレイトからようやく追いついたコウ達が、オルレイトの見つけたソレを認めると、全員が全員呆然としてしまった。
「そ、そんな。この骨は、まさか」
《……そうかここは》
オルレイトが見つけたのは、この亡骸の頭蓋骨。その、二本の巨大な牙と、頭部に生える角。その特徴を持った生物をコウ達は知っている。
《これは、龍だ……この場所は、龍の墓場なんだ》
山脈のような巨大な体。そして基本の長い牙。どれもこれも龍の特徴と一致する。この亡骸は、何十年、何百年以上前の龍の死体だった。
「これが、サマナの言っていた流れの正体……なんておおきい」
「龍がまだいたなんて! 僕らがよく会うあの龍とはまた別の個体だ! すごい! すごいぞ! 」
オルレイトはこの墓場を隅から隅までスケッチせんと走りまわっている。その筆のはしりは今まで見た事ないくらいに早く進んでいる。興奮で鼻血すらでていたが、彼は一向に拭う事なくひたすらに描き殴っていた。コウが骨に傷をつけないように撫でながら所感を述べた。
《でかいでかいとおもっていたけど、龍って本当に大きかったんだなぁ》
「龍、というのは、あの追われ嵐を生む、あの龍のことか? 龍にも骨があったのだな」
ボッファが 感心しながら骨を見つめている。文字通り手が届かない場所で住んでいる生き物の亡骸がこうして目の前にあることに現実感が失われていく。
「氷室の奥に、こんな場所が……」
「おかしい」
「異国の姫君? 如何した」
「おかしいのよ。クチビスがいないわ」
その言葉にハッとした旅団の全員が周りを見渡す。あれだけ痕跡のあった道中とはうって代わり、この頭蓋骨付近には虫どころか草ひとつ生えていない。生き物の気配というのがまったくなかった。
「どういうこと? クチビスが集まったのはこの地ではないというの? 」
《……いや、カリン、1匹いる》
「どこ? 」
コウが黙って指をさす。そこには、長い旅路で怪我をしたのか、片方の羽が破けたクチビスが、それでも力の限り飛ばんとしている。時折地面に着地しては進み、障害物があれば飛翔しを繰り返し、着実に前に進んでいる。よくみれば体のほうもぼろぼろで、6本あるべき足は一本欠け、無事な部分もトゲ部分がなくなっている。満身創痍と言ってよかった。
「でも、たった1匹じゃなにも」
《ちがうんだ。あのクチビス、どこかに行こうとしていないか? 》
カリンが注意深く観察する。するとその怪我だらけのクチビスは、たしかにこの頭蓋骨側から下、尻尾側へと南下しているように見えた。
「……追いかけましょう。静かにね」
《お任せあれ》
「オル! 置いていきますよ! 」
「それでいい!ひと段落したら追いかける! 」
「まったく……レイダ。オルをよろしく……あーでもセスが」
《気にするな。1人で歩ける》
肩を貸されていたセスがなんとか立ち上がり、足の調子を確認する。幸い歩く程度の事は問題ない。最後にコクピットで眠るサマナを案じながらも、この先にあるものを確認すべく歩き出す。
《ここでサマナのみた物を見なければ笑われる》
《良いのですか? 》
《乗り手は大事にするものだ。緑色の》
《……かしこまりました。それでは》
レイダが一礼し歩き出す。一同は嬉しすぎて発狂気味になっているオルレイトを放っておき、レイダに任せてクチビスを追いかける。脅かさないように一定の距離を置きながらついていくと、臨時ガイドとなったクチビスの誘導はお世辞にもうまくなく、落石で悪くなった足場を平気と飛び越えるため、ベイラーは全員難儀し、時折休んでいる時間が長く、もしや力尽きてしまったのかと心配していたら、よろよろとしながらも起き上がり、再び飛んでいく。その鬼気迫る様子に、執念すら感じ始めた。
《……俺たちに気がつく様子もない》
「あんな体で、一体どこに行こうといのでしょうね」
そうしてゆったりとしながらもハラハラする時間が過ぎていく。真上だった太陽が 陰り始めた頃、周りの風景に変化が起き始めた。おおくのクチビスが蠢き始めている。しかし彼らもまた、満身創痍のクチビスとは別に様子がおかしかった。その尻尾を地面へと突き刺し、しばらくするとそのまま動かなくなってしまっている。そんなクチビスが大量にいた。まるで正気をなくしてしまったクチビス達を踏みつけないように慎重に移動する。
《ここにいるのもまた様子が変だ》
《……フン。盛んなことだ》
《さかん?……え!?!?》
《卵を生んでいるのだろう? 一度みたことがある……ここはやつらの産卵場でもあったわけだ》
乗り手の居ない状態で歩いた事で多少の疲れが見えるセスが答えた。
《この辺りに天敵らしきやつもいない。格好の場所だ》
《そうか。クチビス達は産卵しにこの場所に……いや、でも十年前は来てなかったって》
《コウ! コウ! 》
《ヨゾラ? 》
《ココニイルノ、ハンブン! ハンブンハ、ムコウ!! 》
ヨゾラが声を上げた。四肢が翼と足しかないヨゾラでも機首に該当する部分でなんとか位置を示す。その先には、さらに大量のクチビスがたむろしていた。
《コノオク! 》
《この奥にが、クチビス目指していた場所か》
《イッパイ、イル! 》
《……カリン》
「行きましょう。この街の方のためにも」
力尽きたクチビスの上空を、あの満身創痍のクチビスが飛び越えていく。この場所は龍の骨格でいえば骨盤にあたるらしく、板状の巨大な骨が壁のようにそそり立っている。そしてその壁の向こうへとクチビスは向かっていった。コウ達は意を決してその場所へと足を踏みれた。
終着点であることは、あのおびただしい数のクチビス達が寄り添うように密集していることで理解できた。しかしその場所こそ異様の最終地点でもあった。クチビス達が、まるで巨大な繭のように球体をなしている。全球ではなく、中に居る者が空を見上げられるように、半球で傾けているような、そんなクチビスなりの配慮が伺えた。
そう。中にいる者。
クチビス達に運ばれた動物は、まるで彼に自分を差し出すかのように体を預け、時に体を温め、時にその胃を満たさんと自ら命を絶っている。そこまでしているのは、中いる物が酷く衰弱しており、その体を癒すべく体を捧げていた。
「……まさかこんなところに」
カリンが呟く。スラリとした体躯に、美しい白い毛並み。野を駆けるに適した長い脚。そして何より、その頭から生える剣のように伸びた赤い角。カリンは、そしてコウはその姿をみた事がある。
ゲレーンの山に住む龍の眷属。龍と同じ角を持つ刃の獣
《カリン、あれって》
「ええ……リュウカクよ。この地に来ていたなんて」
「リュウカク! 龍の眷属という、あの!」
《でも……》
ボッファが興奮を隠しきれずにいる。しかしその姿はゲレーンで見たものより随分と違っていた。あの立派な角は所々傷つき、白い毛並みには真っ赤な血が滲んでいる。眼光は弱々しく、脚には力が入っていない。そんな容体のリュウカクに、クチビス達は親身になっている。毛並みを保つための毛繕いをし、動物の頭 の骨をつかってどこからか水を汲んではこび、そしてその口に自らを捧げている。その手厚さと自己犠牲は、臆病者と言われるクチビスとはあまりにかけ離れていた。
「ずいぶん、弱っているのね」
《クチビスが、あのリュウカクを助けていたんだ……カリン。あのリュウカク、俺たちの知る龍角じゃないかもしれない》
「どうして? 」
《角の本数だ。俺たちがみた事あるのは1本。あそこにいるのは2本だ。別のリュウカクだよ》
「言われてみれば……身体の大きさも 少しちがうわね」
脚を畳んで横たわるリュウカクは二本角であり、体躯もガッチリとしている。ふと、リュウカクがコウ達の方を向いた。ふとリュウカクを知るコウとカリンが身構える。ゲレーンで出会った時。その鋭い角で周りの木々が用意に切り裂かれていた。そんな武器をこちらに振るわればひとたまりもない。しかし、リュウカクはこちらを一瞥しただけで、その後はなにもせず再び横になる。緊迫感が解かれると、カリンの頭の中にある種の閃きがあった。
「雄の、リュウカク」
《雄!? 》
「合点がいかなくって? ラブレスだってコブが尖ってて身体が大きいほうが雄だもの」
《そうか……雄、かぁ》
カリン達が驚愕している間も、リュウカクのツノめがけ飛び込み、その身体を真っ二つにしながら身体を差し出すクチビス。そして捧げられたその身を余す事なく噛み締めているリュウカク。傷は深く、癒えるのには時間を要しているようだった。
《まさか、クチビスがこの場所にくるようになったのって、リュウカクがいるから? 》
「10年前から、リュウカクがこの場所で休むようになった、と? 」
《それなら、いままで街を行かなかったクチビスが、最短距離で横切れる街をいくようになったのにも理由がつく》
そうこう言っているとさらに別の場面にでくわす。
《ナット。ここにもラブレスがいるよ》
「かなりの数運ばれてきてるってことかな」
クチビス達がこの地に運んできたラブレスがその場にいた。リュウカクに寄り添うように横になっていたソレが急に立ち上がった。その下にあるもをミーンが認める。
《あれは……卵? 》
《ラブレスの卵だ。ゲレーンで見たことある》
ラブレスもまたここで産卵していた。生まれたてなのか、まだ粘膜が付着している。一仕事終えた
ラブレスであったが、なぜかその場から退き背を向けた。
《あの卵、どれくらいで孵るんだろう》
「たしか、温めてあげて一月ほどと聞いてるけど」
すると、弱々しく身体を立ち上がらせ、リュウカクがのそのそと動き始める。そして、信じられない光景が繰り広げられる。ラブレスの卵を、リュウカクがなんの躊躇もなく食べ始める。殻を破る生々しい音が一体に響くこの光景に、思わずコウが立ち上がった
《や、やめろ! 》
「そ、そんな。どうして、生まれたばかりの卵を! 」
先程から繰り広げられる自己犠牲の精神を浴びて感覚が鈍くなっている中でも、生まれたばかりの卵を、それも母親の前で食べるという行為までは看破できない程度の倫理観は残っていた。急いで止めようとした時、コウの肩に手が乗った。
「待つのは姫様のほうだ」
立ち上がったコウを宥めるように、レイダが手を置いていた。コクピットの中からオルレイトの声が聞こえて来る。
「オル! 」
「すごい場面だな……でもあの卵なら大丈夫だ」
「大丈夫って、どう言う意味? 」
「あの卵は雛にならない」
「どう言う事? 」
《……そうか無精卵か》
コウが思い出したようにその単語を口にする。
《たしか、卵を生む生き物って、雛になる卵と、雛にならない卵どっちも産むってきいたことある》
「コウ。君の生前は、いいご両親に恵まれていたんだな」
《そ、そうなの? 》
「いい教育をしてもらっていたんだろう……コウの言っている通り、ラブレスは雄がいなくても卵を生みます。その卵は普通の卵と色が違い、薄い黄色がかった卵。あそこにある卵がまさにそれだ」
パリパリとリュウカクが咀嚼している音だけが響く。
「見たことろクチビスの群れは、あのリュウカクを癒すための行動に見える」
「まさか、クチビスが看病をしているというの? 」
「寝床に、水。食事までその内容は手厚い。さらに卵だ。卵は栄養がたくさんある。人間にとっても滋養にいい。リュウカクもそうかは分からないが、少なくとも病人には有効だろう」
「……すべては、傷ついた者を癒すためだったのね」
洞窟の奥にある龍の墓場。そこに横たわる眷属を癒すべくクチビスが己の体さえ捧げてまでも傷を癒すべく駆けつける。それが、10年前からの経緯だった。
《……俺たちにできることは何もなさそうだ》
「いいえ。一つだけあるわ」
《それは? 》
「あの街に橋をかけてあげるのよ! 貴方がやったみたいに! 」
《そうか! この場所に届くだけの橋があれば、もう街は襲われない! 》
「ーーーおお。10年来の苦難がついに報われるというもの。しかし来年までか」
《俺たちたちが作れば、来年までなんかあっという間だ》
「そ、そんな。そこまでしてもらう訳には」
「ならボッファ。少し提案なのだけど」
カリンが遠慮するボッファにお互いが得をする提案を行い始める。
「橋をつくる見返りに、この辺りの地図と、帝都にいくまでの食料や水、日用品を揃えていただけないかしら? 」
「それは、無論用意させてもらいたいのだが、しかしなぜ帝都に? 」
「私たちは今年行われる召集に招かれているの。なんとしてもゲレーン王ゲーニッツの娘として、帝都に着かなくてはならないのよ」
「……では、貴方は、本当に」
「それでも、かなりの量がいるわ。私たちのベイラーを運べる……そうね。台車が必要ね。この砂漠の中、ベイラーを歩かせると砂を噛んでしまって前に進めない。少々人数がいるけど、お願いしたいわ。私たちは橋をつくる。そしてあなた方には先の物を求めます。如何?」
しばらくの沈黙。否定にも思えたボッファがコウの手の上で跪いた。それは言葉より雄弁に肯定を示している。しかし代わりの言葉は別のものだった。
「遅れながら、ベイラーから降りていただけますでしょうか」
《ボッファさん、それは一体》
「よくってよ。コウ」
《……わかった》
突然の申し出に若干戸惑いながらも、コウが空いている手を使い、カリンを下ろす。そしてボッファの前におくと、 カリンはボッファに手を差し伸べた。
「よしなに。ボッファ」
「たしかに。この力のかぎり」
そう言って、ボッファがその手を取り、額へと当てる。この地での約束の取り決めの際に行う、彼らの作法。それを正式の則るために、カリンに降りてもらうように頼んだ。コウが思わず呟く
《律儀な》
「大事な事よ」
作法が行われている最中、リュウカクはじっとコウ達を見ていた。その視線に気がついたコウが目線を合わせると、リュウカクの、弱々しくも鋭さをなくしていない眼光があった。その眼には敵意はなく、ただ、この地で騒動が起きていない事を安堵しているようだった。そして思わずコウが口に出す。それはゲレーンにいた、おそらく彼の番であろう存在の事
《……もしかしたら、あなたのパートナーに会ったかもしれません》
もちろん返事など返ってこない。
《森の中で動物達の憩いの場を守ってます。その姿は、とっても綺麗でした》
沈黙の代わりに、ただ一回、ふんと鼻を鳴らしてリュウカクが横になる。そのまま、小さな寝息を立て始めた。するとクチビスやラブレス達はリュウカクに寄り添うように暖を与えて、安らぎを与えんとしていた。すると、今まで気絶していて口を開かなかったサマナが、本当に小さくつぶやいた。
「そうだろうとも」
《……サマナ、なんて?》
「そうだろうとも……いや、声が聞こえた。誰かが、そんな事言ってたけど」
《誰か? ……それってまさか》
静かに寝息を立てるリュウカク。その周りを囲むようにして寄り添う動物達。コウは一瞬、リュウカクから惚気を浴びたのではないかと感じたが、すでにその答えを得る手段がない。ひとまずこの場から離れることが先決となり、一向はこの墓場から後にした。
3日後、ミーロの街で、大規模な工事が結構される運びとなる。設計図からなにから1からつくる事になるが、だれも不安はなかった。なぜなら、その工事には心強い6人のベイラー達が居たからである。
最近、大体の登場人物の名前が3文字であるのは縛りなのか? と聞かれました。
由来はいろいろありますが3文字なのは別に縛ってません。たまたまです。




