渡ったその先に
「この目で見たのにまだ信じられんな」
ボッファが地べたに座り込みながら、先ほどまで繰り広げられていた光景を反芻する。白いベイラーが緑の光を伴い、街の外側へと橋をかけた。その橋を渡り、凶暴なクチビス達は食料を荒らすことなく、遠くへと飛び去っていった。白いベイラーがなぜそんな事ができたのか、あのクチビス達は何処へ向かったのか。それは分からない。今分かる事は、この街は無事であり、だれも死傷者が出ていいないと言う事。
「礼を尽くさねば、人として恥ずかしいか」
この街でお礼として渡せる物など 何があろうかと考えあぐねる。1番の難関は、この街を牛耳る老人達。未だにその欲は尽きる事なく、だれかに何かを礼として渡すのすら拒む彼れらをどう説き伏せるかを考えなければならない。
「なに。それくらいはしなくては」
見上げる先に、白いベイラーがゆっくりと街に降りてくる様子がみえる。仲間達もじき彼の元へ集まるだろう。ボッファは椅子から立ち上がり、説得に向かおうと歩き出したその時、白いベイラーがこちらを向いた。そして仲間達の元ではなく、何故か立ち去ろうとするボッファへと向かい降りたってくる。先ほどまで眩い光を放っていた白いベイラーは、すでにそのなりを潜め、空を飛んでいる以外は普通のベイラーとなにも変わらない姿へと戻っていた。そんな彼が地上へと降り立つと、ボッファの姿を認め安堵するかのように口を開いた。
《ボッファさん、無事だったんですね》
「ああ。よくやってくれた。街の皆も喜んでいる。ありがとう」
「貴方がたの協力あってこそです。空から見ていました。一緒にこの街を守っていたでしょう? 」
「年甲斐もなく若者を怒鳴りつけてしまった」
「あの状況なら、大声が怒鳴り声になってしまうのも無理はないでしょう」
白いベイラーのコクピットに波紋が広がると、中から乗り手が現れる。ゲレーンと言う国の姫と名乗る彼女を、最初ボッファは信用していなかった。その国の名を初めて聞くと言うのもあったが、この砂漠しかない土地で、緑豊かな国から来た来訪者の正気を疑っていた事もある。
「……改めてお詫び申し上げる。異国の姫君。もう疑いなどすまいて」
「私たちは疑いを晴らす為にこの街を守った訳ではありません。お気になさらないで」
「この後、ささやかながら宴を用意しています。是非来てほしい」
「まぁ。素敵ね……でも、宴よりもほしいものがあるの」
「こちらで用意できるものであれば、是非」
「氷室に案内してくださらない? 」
「氷室へ? 」
「クチビス達は氷室に向かっていった。でも、氷そのものには興味がない様子なの」
「そうなのですか? てっきり氷が目当てなのかと」
「それを確かめたいの。うまくいけば、なぜクチビスがこの街に来るようになったのか、その原因がわかるかもしれない」
「……ふむ」
ボッファが顎を撫でる。金品を要求されるかと思ったが、これはこれで用意するのが難しい。そもそもボッファは氷室については関わり合いがない。場所もおぼろげで、街の奥にあるとしか知らない。しかし、クチビス達の到来の理由がわかると言われると、この街の存続を考えれば是が非でも要求を叶えてやりたかった。
「ならば夜までお待ちください」
「無理ならば無理と。街の事なのだから部外者の私がとやかく言う事ではないわ」
「いいえ。このボッファ。棺桶に片足を入れる身なれど、人の恥を知る程度には生きた。街を救った旅人の恩義に応えさせてほしい」
「……ならば、よしなに」
一礼して去るボッファ。頭の中では策を練っていた。と言っても策略というほど複雑なものではない。家の金庫に入っている金品を思い描くかぎり思い出す。
「(賄賂としては足りるか?……まさか、大ボケ供と同じやり口を使うとは)」
しかし、それこそが特に効く薬であることを、ボッファはよくよく知っていた。ボッファが去った後、龍石旅団が集まる。1番先に口を開いたのはミーンだった。
《コウ! 緑のアレ! また出来てたよ!! 》
《そう、らしい。俺はあまり、よくわかっていないんだ》
体を触る。いつもとなにも変わらない。先ほどまであんなにほとばしっていた炎は何事もなかったかのように姿を消している。
《コウ様。あの炎はコウ様の意思ではないと? 》
《うん。なんというか……みんなの願いというか、俺が叶えたいって思ったら、あんな事に》
「あの緑の炎、いや光か。砂漠に落ちた時はベイラーの傷を癒し、今は虫達を渡らす為の橋をかけた……炎も操るれるようになったのか? 」
オルレイトが出てくる。しかしその 顔色は悪く、薬を飲みながらなんとか喋っているような 形だった。
「何にせよ、切り抜けられたのはコウのおかげだ。ありがとう」
《……そっか。俺がやったのか》
「これをみれば、占い師も世界が滅ぶだなんだ言わなくなる……あー姫様」
「オル。あなた辛そうよ? 少し横になっていれば? 」
「そう、させてもらう。レイダ、姫様の指示に従って動いてくれ」
《わかりました。おやすみなさい》
「ああ。おやす……」
言葉が途中で途切れる。一瞬不安になるが、すぐさまレイダが進言する。
《眠ったようです》
「そのままにしてあげて……リク、リオとクオは? 」
《ーーー! 》
リクが両手を重ねて枕にする動作を行う。2人ともオルレイトと同じように寝てしまったようだった。
「そうなると……明日の朝にしましょうか」
「姫様、明日の朝なにをなさるので? 」
「ボッファが氷室に案内してくれるそうなの。なぜクチビスがこの街を通るようになったのか」
「その事で、ひとつ変なことが」
ナットが自分があの群れの中で見てきた事を話す。彼らは食料を食べながら飛んでいる事。なぜかその中には食べられずに、まるで飼っているかのように動物を育てている事を。
「自分の体を、相手に? 」
「うん。ラブレスにそのまま突っ込んでいって食べられてた」
「それはまた……奇妙ね」
「氷室に行くだけならそんな事しなくていいはずだよ」
「目当ては氷だけじゃないってことね」
「……姫様。ひとまずは休憩を取ろう。何もかも明日わかることだ」
セスの中からサマナが出てくる。ベイラー達を見渡すと、そこかしこに細かな傷が見られる。乗り手の疲労も顕著だった。
「ええ、皆。今日はよくやってくれました。明日の朝、またここで会いましょう」
カリンの号令と共に宿に戻る。サマナがコクピットの中に戻ると、セスが話かけてきた。
《目は痛むのか? 》
「へ? 」
《目は痛むのかと聞いている》
「……ばれてる? 」
《操縦桿を握っていればわかる。いつからだ? 》
「コウが緑色の炎を纏う、ちょっと前から」
自分の右目を触る。この体に残りひとつしかない目が、先ほどからジクジクと鈍い痛みを訴えていた。原因は検討がついている。
《流れ、か》
「最近やたらと見えるようになった。これがおばあちゃんの言ってた事なのかな」
目を開けると、今でもこの街に漂う流れがうっすらと見えている。それは霧のように輪郭の無いもので、色もなく、モヤが常時かかっているうような不安定な物。しかしその霧がなにを示しているのかをサマナは知りつつあった。
「あれは、人の意思の方向なんだ……だれかに喜んでもらいたい。だれかが憎いとか、人間の感情が、意思が、目で見えるようになってきてる」
《コウの時は、それが一箇所に集まっていたな》
「うん。まるで吸い寄せられるようにコウに流れが集まっていった。そしてそれがあの緑色の炎だ……同じ事が砂漠で起きてる」
《この土地についた時のか》
「あの時は、旅団の全員がコウを信じた……きっかけは信じる事なんだ」
《そこまで分かっていても、コウはまだあの炎を自在には使えないというぞ? 》
「それはたぶん……まだ怖いんだよ」
《怖い? 》
「もし、あの緑の炎が感情によって出来るなら、コウが一度見せたあの爆発も、コウの感情そのものだった。その違いがわかっっていないんだ」
《お前にはわかるのか? 》
「……わかる。けど、コウに伝えてもきっと理解できない」
ガコンとシートを調節し、目を閉じる。眠るのではなく、痛みの激しい目を休める為。
「信じる事と、恨む事。感情には違いなんだよ。セス」
《……なら、セスがコウを信じていればいいだけのことだ》
「ああ。そうしてやろう……ごめん。あたしも寝る」
《ああ。よく眠れ》
セスの中で寝息を立てるサマナ。余程痛かったのか、目を手のひらで目を覆うようにしたまま眠ってしまっている。セスはできるだけ足音を立てないように慎重に歩き始めた。
《お前は気付いていないのだろうが、もうこの旅団に入ってから、海賊の頃と変わらないほど笑い泣いているぞ。肉親を亡くしても、そうやって生きていた方がタームも喜ぶ》
宿までどれくらいか考えながら、明日の朝はどうやって起こしてやろうか考えている。悪戯で起こしてもいいし、カリンを読んできてもいい。
《そして、セスも悪く無いと感じているのだ。だから、早くよくなれ。流れがどうこう言っているお前は、ひどく遠い目をしている。血が混じっているから何だというのだ。お前はお前なのだ》
人外の血が、サマナに人の流れを見せている。成長すれば、シラヴァーズと同じように、人の心さえ読めるようになるとは、シラヴァーズのメイロォが言っていた。目の痛みが激しいのも、普段見てこなかったものを見てきた反動であることは明白だった。
《……もし心が読めるようになっても、降りてくれるなよ。セスはお前と波に乗るのがいいんだ》
ミーロの街では静かな宴が始まりつつある。厳戒態勢であったことと、ここが砂漠の街であり、備蓄がそれほどないことを鑑みても、大騒ぎには至らなかった。その小さな差すら、長年住んでいたサーラを思い起こすには十分だった。
《お前ももっと酒盛りをすればいいのだ。酒が飲めなければひたすら食えばいいものを》
寝ていることをいい事に普段の行いにケチをつけまくる。それもこれも、サマナがここ最近の、流れが見えるようになって常時気を張っているのを知っているからであった。ベットの中でさえつねに人の流れがみえてしまう。コクピットの、セスの流れが充満しているこの中の方が、サマナは熟睡できていた。
《だから、明日の朝もしっかりたべるのだ》
セスが空を見上げる。この砂漠で見上げる空も、サーラで見上げる空も、美しさには変わりが無い。ただ、いまこの光景をサマナと見れないのが、ほんの少しだけ残念だった。
◆
ミーロの外れにある街道。そこに龍石旅団はいた。ボッファに先導されるようにしてついていく。各々がベイラーの中で朝食をとりながら、街道の先にある氷室に向けて歩いていく。
「ねぇオル。氷室というには氷をつくるのでしょう? どうやってる? 」
「氷山や洞窟をつかって年中氷にして、必要なら切り出して使うんだ。砂漠の夜ならたしかに寒いし、氷室があってもおかしくない」
「問題はどうしてクチビス達がその氷室に向かったかね」
「それも今日わかる」
ベイラー達の歩く音が街道に響く。ボッファは結局、老人達に賄賂を渡してコウ達を案内できるようにしたらしい。聞けばこの道は普段氷室を守る警備隊がおり、街の人間でさえ近づく事は難しい。今は賄賂によって街道には歩くコウ達意外人影はない。ふとコウが気がつく
《カリン、足元》
「ええ。これはおそらく……」
コウが一旦しゃがみ込み、地面の拭う。ただの砂地であったが、よく目を凝らせば、そこにはいくつもの細い爪で砂地を引っ掻いたような跡が見る。一度その形状を覚えて周りを見回せば、この跡とよく似たものがそこかしこの残っている。足の形状はクチビスのもの。
《ここを通ったのは間違いなさそうだ》
「皆さん。そろそろ着きます。この先は下り坂になっているので、気をつけて」
一行が氷室の手前にまできた。それは洞窟の入り口であったが、その岩肌は海の物とも山の物とも違う。まるで焼き物のように均一に広がった錆色の色合いが爬虫類の肌にも見えてくる。その入り口はというと、外観とはまるで異なり、冷たく湿った空気が上へと登ってきている。砂漠の横断最中に、このような洞窟があれば、昼間の休憩所としてこれほど適した場所はないだろう。太陽の光を遮り、滴る真水がのどを潤し、熱を奪うかぜが柔らかくふく。
「しかしここが、夜になればまるで吹雪のように冷え込み、わしらに氷を授けてくれる」
《こ、これはゲレーンにはなかったなぁ》
「こんなに寒い場所ないもの」
吹き込む風が岩にあたり、悲鳴のような風切り音が出ている。ボッファかは側の松明に火をつけ、せめてもの道標とした。
「さて……滑落せんように! 」
《わ、わかった! リク! 気をつけてね! 》
《ーーー! 》
リクが両腕でガッツポーズを取る。他のベイラー達も首で肯定し、前を歩くボッファを見失わないように、慎重に洞窟内部へと入っていく。
《サマナ、見ているか》
「みてる……これはまた、すごいねぇ」
《オルレイト様? 》
「まってくれレイダ。いまスケッチしてるから! 」
洞窟の内部、そこにはまた別の空間が広がっていた。この洞窟は鍾乳洞になっているのか、外側内側問わず、様々な形態の氷柱がある。そして洞窟内部には、ミーローの街から出て見れた景色の中では感じたことのない景色だった。外側の乾燥した錆色と裏腹に、洞窟の内側はチカチカと光る小さな輝きがある。その輝きを出しているのは、この洞窟の 内側は小さな、本当に小さな川が 全体的に流れている。毛細血管のように張り巡らされたそれは、この岩場に当たった雨が長い年月をかけ下へと滴り落ち、この洞窟へと流れ着いてる事を示しており、その意味で言えば鍾乳洞と構造が酷似していた。チロチロと聴こえるせせらぎが、この洞窟が砂漠にある事を忘れそうになる。洞窟の入り口から入る光がその川を照らすことで反射し、星空の様に瞬いていた。思わず見入っていると、ボッファが誇らしげに、しかしどこか寂しげに語り出す。
「ここを氷室としか皆は呼ばないが、かつてはいにしえの墓と言われておった」
「……墓? 」
「何故かはわしはしらない。なにせわしの爺さんのさらに爺さんの時代の事だ。ここは墓なのだ。だからあまり荒らさないように。とな。しかしこの言葉を守らん連中も増えた……それはわしもだが」
「なぜ? 」
「墓というには動物もおらん。死骸もないだろう? 」
「……言われてみれば、死骸はおろか、生きているものなんてなにもないわね」
「それをいいことに、この奥地に氷室を作った。この奥だ」
足を滑らさないように慎重に進む。リクが最後尾になり、四つ足を器用につかって張り付くように歩いていく。入り口付近はまだ光があったが、ほんの少し進むだけであっという間に暗くなった。
「まっておれ。いま松明を……」
「コウ、ちょっと外にでるわ」
《気をつけて》
カリンが外にでると、 コクピットの中から手持ちサイズのランプを取り出す。スイッチ一つで火がつく優れものであり、スイッチを押すと火打ち石がたたかれて内部で火が灯る。カチンと心地いい音がなると、前方を明るく照らしていく。
《そんなもの持ってたの? 》
「ネイラがね、便利だからってくれたのよ」
《そっか……ネイラが》
「ほう。そんな便利なもをよくぞ。ありがたい……む?? 」
「ボッファ? 」
ボッファが固まっている。その視線の先が固まっている原因だった。
「……わしのしらない穴ができておる」
洞窟の奥、一本道であるのは変わらないが、その先に、まるで脇道のようにちいさな横穴ができていた。ここだ最近できたのか、この周りだけ水が滴っていない。その穴かもまた風が吹いている。この奥に道が出来ているのは明らかだった。しかし大きさが人が通れる物ではない。
「いやしかし、この奥にはすすめなさそうだ」
《……!! ーー!! 》
「どうしたのリク? 」
「こっち? こっちになにかあるの? 」
突然双子がリクの言葉を聞きにわかに騒ぎ出す。同時に、セスが当然片膝をついた。手で片目を覆うにしている。ヨゾラとマイヤが心配そうに駆け寄った。
《セス! セスー! マイヤー! セスガタオレタ! 》
《倒れてない……セスが痛いのではない》
「ということは、サマナ様が? 」
「……黄色いのもそう言ってるのか。」
「サマナ様? 如何しましたか? 」
「流れが、ある。それも大きい。その穴の奥からだ。その奥。氷室なんかよりすごい、何かだ」
《カリン……これ、開くぞ》
「開く? 」
ランプを照らすと、小さな穴を構築しているのは二枚の 巨大な岩盤であり、押し入れのように横にスライドする事ができる。構造がまるで人為的だが、加工の跡も無いため、これが自然的に出来た物であるのは間違いなかった。それがなにかの拍子に空いてしまっているのである。
《開けてみるか……カリン。僕の中に》
「ええ! 」
コウが自然の扉に手をかける。一瞬でサイクルが周り、その目が赤く光る。文字通り全力で力をかけるが、何度やっても、どうしても開かない。かなりの重量ああることは見て取れた。
「コウが赤目になっても駄目なんて」
《これは、骨がおれるな》
「わかったー! 」
「やるぞー! 」
《リク? クオ? なにをするきだ? 》
「リクがやるって! 」
「やってみせるって! 」
リクが4つある両腕をブンブンふり、その穴に手をいれる。リクの全身のサイクルが大きく速く回り始めた。
「いくよぉ! 」
「いくぞぉ! 」
《ーーー!! 》
四つの目が、赤く光輝く。3人の意思が重なった証拠であり、ベイラー1人では決して到達できない領域にま力を押し上げた証。しばらくサイクルの音が響いていると、穴が徐々にだが広がっている。岩盤のようになっているのか、それが少しずづ少しずづズレている。リクが強引にこじ開けている。
《リク! 無茶するなよ? 》
《ーーー! 》
コウの言葉にうなずきながら、さらに横穴を大きくしていく。その穴は、どんどんと開いていく。
「さいごぉ! 」
「いけぇ!! 」
《ーーー!! 》
声にならない雄叫びを上げ、ラストスパートをかける。洞窟全体が振動しながら、ついにベイラーさえ中には入れそうなほどに穴が広がった。
「すごい! いつの間にこんな力を!? 」
「なんかねー、リク、この前のコウの炎? をあびたらすっごく調子がいいんだってー」
「だってー! もう元気いっぱい! 」
4つの腕で力をつくるかのようにガッツポーズするリク。
《ありがとうリク……セス、サマナの様子は? 》
《落ち着いたようだ。まさか留守番させる気ではあるまいな? 》
《……無理そうなら引き返すよ? 》
《わかっている》
《セス様、肩をお貸しします》
《頼めるか緑の》
セスが担がれながら、それでも真っ直ぐ前を見ながら歩いていく。
「こんな道があったとは……」
「ボッファ、この先は案内は不要です。ありがとう」
「いや、連れていってくれ。この先に、クチビス達がくる理由があるのなら、わしはそれを見届ける義務がある」
「そこまで言うのなら、せめてコウの手に。とっさの時に貴方を守れません」
「……配慮に感謝を」
「コウ! 聞こえて? 」
《わかってる。ボッファさん。指に捕まってください》
コウの手に乗り。指にしがみつくようにしてボッファが捕まる。
「では……いきましょうか」
あらたにできた道へと、龍石旅団が進んでいく。道そのものは先程までいた洞窟となにも違わなかった。たた時折、とある痕跡を見つける。
「コウ、これは……」
《クチビスの足跡だ……あの穴を通ってたんだ》
それは道すがらにも発見したクチビスの群れの跡。それがここに来て大量に発見された。
《一体、なにがあるんだ……この先に》
旅団が注意深く足元を見て進んでいく。
だからこそ気がつかなかった。その頭上。大きく開いた岩盤に、一枚の巨大な絵が描かれていたことを。その絵画は古くに絵がかれたもので、所々が削れて見えなくなり、色も褪せている。しかし、主題として描かれたであろう部分はかすれる事なく、その存在を明確に主張している。
その存在とは、牙を携えるも倒れた龍の姿。人々はその姿に感動しているかのように全身で嬉しさを表現している。そして龍の頭部には一本の剣が突き刺さり、それが致命傷たりえた事を意味していた。そしてその龍にとどめを刺したであろう存在が龍を足蹴にして勝ち誇っている。
ベイラーが龍を倒す。龍殺しの一幕。それが巨大な壁画として描かれている。それはかつてこの地に迷い込んだある男が発見し、ついぞもう一度見つける事が叶わないでいた壁画。龍殺しを現実の物とするための原動力になっている絵。それがこの洞窟の中にあった。男の名はのちに、鉄仮面の男、旦那など。様々なよばれ方をする事になる。そして今、その男は明確にコウ達と敵対していた。
その絵が、この地で、この場である事を、鉄仮面の男も、コウ達も、誰もしらない。




