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潜む脅威達

「占い師様ー!! 」


 慌ただしく走ってくる若者が1人、池の中心部にある祠でぜぇぜぇ息を荒げている。見上げる先には、その若者とは対照的に、頬杖をつきながら座るいつも通り微笑んでいるアマツが居た。一瞬若者は眉をひそめるが、アマツはただその若者が、自分の占いで出た通りやって来た事に満足げに微笑んでいるだけであり、その事を理解するには若者は少々疲れすぎていた。話題にあげるでもなく、すぐさま要件を思い出して占い師に伝える。


「そろそろくると思っていましたよ」

「そ、そうなんですか……じゃなくってクチビスの群れが! 」

「ええ。()()()()()()()()。毎年の事とは言え、本当に面倒な」

「そんな悠長にしていては! 」

「分かっています。あと2日でオアシスにはつくのです。街の人々には辛抱するように」

「つ、伝えます」

「それから、里の食べ物と、薬、それと交換品を集めて置くように。降りる時に持っていきます」

「は、はい! 」

「お行きなさい」


 若者はたじろぎながらも指示を受けて矢のように飛んでいった。姿が見えなくなると、アマツは大きくため息をついた。その息は祠の中全体に響き、思わず後ろに控えていたグレートレターが気にかける。


 《占いのし過ぎで疲れた? 》

「それもある。あるんですが、こうも毎年頼りにされても困ると思って」

 《それだけ信頼を受けていると言うこと》

「里の皆には負担をかける……だがそれ以上に」

 《あの白いベイラーの事ですね》

「一体彼は何がしたいのかまるでわからない。世界を破壊できる力を持っている事は見えているのに、彼自身がまるでわからない……その場その場で生まれた欲で生きているよう」

 《良かったじゃないか。占いが外れたと言う事で》

「……この後の彼の行動を知れば、そんな気は無くしてしまう」

 《ほう。一体何をする? 》

「それは……恐ろしい事が」


 微笑みは消え、奥歯を噛みしめる。いつしか脳裏に描かれるのはあの、崩壊した世界に佇むコウの姿。


「(一体なにがきっかけだ? それともまだ見れていない事があるのか? 手前で占えないことがある? )」


 燃え続ける世界の中でただ2人のベイラーがいる。


「(そうはさせてはならない。ならないんだ)」


 決してコウを、そして世界をそんな事にはさせないと決意するも、見えている事と、見えていない事の差が激しすぎて、アマツは未だにコウに対して具体的な行動ができないでいた。


 ◆


「オアシスにある街に降りる? 」


 時を同じくして、龍石旅団の皆が全員集まり、アマツから使いを迎えていた。そこには乗り手だけではなく、ベイラーもいる。各々が勝手に座り込んで使いの者の話を聞いている。


「オアシスにある街で物資の交換をいたします。それと同時に、我々も街へと向かいます。火急の用で」

「何かあったのですか? 」

「この時期、クチビスが大軍を成して畑を襲い、ひどい時は人を襲うのです」

「ま、まってくれ? クチビスが人を襲う? あんな臆病な虫が? 」


 オルレイトが待ったをかけた。彼の中でクチビスは臆病で、人が近寄っただけで逃げてしまう虫であり、畑を荒らす事はあったが、人を襲うことなどはなかった。


「なんだってそんなことを? 」

「あー! でもリオ見たよ! なんか茶色のクチビスがね! ぶぁああっていっぱいいるの! 」

「でもクチビスってゲレーンだったら緑色だったよね? なんでかなぁ」

「この地方のクチビス……サルトナクチビスには、群生(ぐんせい)と呼ばれる姿に変わる時期があるんです。年に数回、その姿になると、何百何千という群れを作り、砂漠の大移動を行います。その移動している最中にある食べ物という食べ物は、クチビスに食い荒らされてしまうのです」

「でもここは砂漠でしょう? 山狩りもできないのにどうするというの? 」


 クオとリオがこの里でみたクチビスについて話す。ゲレーンでもクチビスの被害が無いわけではない。そのために山狩りをしてクチビスを遠くへ追いやる事もあるが、今回は場合が違っていた。


「なんとか追いかけるにしても、そんな大軍をどうやって」

「ベイラーたちの力をお借りするんです」

「ベイラー? 」

「はい。ベイラーの力で、できうる限りのクチビスを狩ります」

「狩る? クチビスを? 」

「そのために、皆さまにもお手伝いをお願いしたいのです」

「狩りだー! 」

「クチビス狩りだぁー! 」

 《……カリン、どうする? 》


 コウがカリンに聞き返す。もともと狩人を両親にもつリオとクオは違和感なく受け入れ、ともすれば久々に行う狩りに興奮すらしていた。しかしカリンはその狩りとう言葉がどうにもひっかかってしまう。


「使いの方。群れは何百何千という数なのでしょう? 」

「はい」

「その全てを狩ると? 」

「できうる限りです」

「人間がそれだけクチビスを狩って、本当に大丈夫なの? 」

「……申し訳ありません。大丈夫、とは? 」

「砂漠にも営みはあるはず。それだけ多くの虫を人間が亡き者にすれば、必ず不和が起きる。あの占い師がそれを分からないとは思えないわ」

「もし、その営みが、人を、ひいてはその地の生物たちを脅かす物であるとすればどうでしょう? 」

「営みを、脅かす? 」

「それほどの物なのです。進路はすでに取っています。お手伝いいただけるなら、降りる直前までに昇降機までお越しください」


 使いがそそくさと去っていく。カリンが使いがいなくなった事を確認してから、乗り手の皆に、そしてベイラーへと呼びかける。


「……コウ、傷はもういいの? 」

 《うん。傷といってもちょっとしたやけどだったから》

「分かったわ。オルレイト。さっきの事について、貴方の意見が聞きたいわ」

「個人的には、その群生(ぐんせい)と呼ばれるクチビスの姿を見てみたくはある。リオ達は見たことあるんだろう? 」

「うん! ここの森にもいたよ! でもどっかとんで行っちゃった」

「その時、リクは食べられたりしなかったか? 」

「ぜんぜん! でもたくさんいすぎて、薬草とかもぺしゃんこ! 」

「……ここの森だけでそんな数なのか。それが一堂に集まってとなると、あながち何百何千っていうのは脅しでもなんでも無いかも知れない」

「そもそもオアシスに行くなら、降りた方がいい。 ここの土地の事をあたし達は知らなすぎる。街に寄れれば多少は土地の事を知れる」


 サマナがオルレイトと同じように賛成意見を出す。


「あたし達、未だに何処にいるか分からない。これじゃ航海図を持たない船にいるとのおんなじだ」

「なるほどね……マイヤ、聞いてる? 」

「は、はい! オアシスではどんなお野菜があるかを考えて降りました!」

「貴女もオアシスに降りたいのね」

「そ、それはもう。蓄えはいくらあっても良いものですから。この里の方達にずっとお世話になるわけにも参りませんし」

 《姫さま、何か懸念がお有りですか? 》


 マイヤが買う物の勘定をし始めるころ、レイダが問いかけた。


「懸念というわけではないのだけど……」

「僕も、オアシスに降りるのは賛成です」

「ナットもね……どうして? 」

「オアシスの街なら、もしかしたら手紙が出せるかも知れません。ここ、伝書もできないんです。少なくとも僕らが無事である事を王様に伝えなきゃ」

「郵便屋さんらしい考えね……分かったわ」


 ひとしきり考え、立ち上がるカリン。


「オアシスに行きましょう。その代償でまた無理難題をふっかけられるかもしれませんが、貴方達の言った事をそのまま達成できれば、成果はそれ以上の物になります。皆には無茶をさせるかもしれません」

「無茶だなんて。たかがクチビス退治くらい。僕とミーンだけでもいいくらいだ」

 《キルクイじゃなくって、クチビスだもんね。キルクイが食べちゃう虫がクチビスなんだから、全然大丈夫だよ》

「わかりました。全員で出立します。各々宿に戻って準備を」


 カリンが凛とした声で指示を出す。皆はそれぞれ宿に戻り、オアシスへと向かうための準備を進めに行った。ただ2人、カリンとコウだけがその場で座り込んでいる。


「あら。貴方はいかないの? 」

 《一体何が気になってるの? 》

「何のこと? 」

 《隠し事してるって感じじゃないけど、何か言っていない事があるだろう? 》

「……さすが、私のベイラーね。コクピットに入っても? 」

 《拒むもんか》


 座り込んだまま右手を出し、カリンをコクピットへと導く。そしてカリンは操縦桿を握り、その懸念をコウと共有し始める。それは先ほどの使いが来るずっと前、コウが始めてこのホウ族に出会った時の事まで遡りはじめた。


「覚えていて? 私達が、帝都の手先だと言われていた事」

 《忘れるもんか……でもなんで急に? 》


 初めて彼らに出会ったとき、アンリーとシュルツはコウ達を帝都の手先と呼び、戦いを仕掛けてきた。ホウ族側にオージェンが居たことで最悪の自体は免れていたが、彼女らの執着は生半可なものではなかった。怪我人を多く抱えながらも武器を手に取り、里を守るため立ち向かって来る彼らの姿を、コウは、カリンは未だに目に焼き付いている。


「もし、街を襲っているのが、帝都軍だとして、私たちが向かっているオアシスにその帝都軍が攻めてくるという可能性はない? 」

 《そ、そんな事どうして? なんで帝都がここの人たちを襲うんだ》

「彼らが帝都軍となぜ事を構えているかはわからないわ。でも、相当根が深そうなのは確か……貴方の事を仇とまで言っていたもの」

 《それがどうして帝都が攻めて来る事につながる? 》

「物資を交換すると言ったでしょう? 通貨はこの里にそこまで恩恵を受けられるような物ではないわ。かといって彼らが食べ物だけを交換するとは考えにくい。ここの土地で住む人々は別に飢えていないもの。とすれば、彼らは里でしか手に入らない物と、オアシスでしか手に入れられない何かと交換するはず」

 《オアシスでしか手に入れられない物……なんだろう》

「そっちは向こうに行ってから分かる事だけど、里でしか手に入れられない物の方なら検討がつく」

 《里でしか手に入らない物……そんなもの一体……ッツ!! 》


 コウが思い当たる。彼が行った二匹目のタルタートス。その心臓の熱を利用して行われる鉄の加工工房。そこで作られていた物に、そしてその加工物を見たことがあった。


 《鉄だ! 街で鉄の加工品と交換するんだ! 》

「流石。賢いのね」

 《で、でも、加工品を交換って、それはただの貿易ってやつじゃないのか?》

「ここのベイラーは鉄の鎧を着て居たわ。という事は、人間の武器だって作っているはず。そしてもし私が帝都の軍師なら、敵に武器を渡す事は阻止したい」

 《もし、阻止するなら、どうする? 》

「強奪するか、できなかったら、破壊するか。今はその機会を伺っているのでしょうね」

 《カリン。その軍師としての考え方、オージェンさんから教わったんだろう? 》

「な! なんで分かったの!? ……計ったわねコウ!? 」


 思わず操縦桿を話して見上げるカリン。その顔は羞恥で真っ赤になっている。


 《あの人、軍略とかも得意そうだから、カリンに教えていてもおかしくはないかなぁって》

「コウ……私、そんなにオージェンの影響を受けてしまっているのかしら」

 《時々感じる》

「もぉおおおお!! 何が悲しくてあの男の影をぉおお!! 」


 先ほどまでの剣幕は何処へやら。コクピット内部で頭をぐしゃぐしゃにしながら身悶えている。カリンは時折、オージェンの事に関して普段以上に感情を吐露する傾向にある。それはかつてオージェンが初恋の相手である事も作用している。なお初恋といっても幼年の頃であり、オージェンもきっぱり断っている。


 《(でもどんな断り方したらこうなるんだ……カリンはオージェンさんに未練なんかなさそうだけど、それにしたって悔しがり過ぎてないかな)》

「もう! あんな無愛想な男と一緒だなんて! あーーーー!! 」

 《カリンはカリンだ。気にする事ない》

「気にしてないけど、自分の中にある芯に食い込んでいる事が嫌なのよ! もーーー!! 」

 《あー、カリン、そもそもまだ帝都の人たちが攻めて来る訳じゃないよ。全部可能性だろう? 》

「それはそうだけど」

 《街におりたら、少し散歩しよう。買い物とかなら手伝える。》

「買い物……そうね。最近は旅のためだけの買い物ばっかりだったから、たまにはそういうのを抜きにして楽しんでみましょうかね」

 《荷物持ちなら任せて》

「ええ。頼りにしているわ」


 カリンがいつもの調子に戻り、普段どおりに操縦桿を握りしめた。共有される視界には淀みもなく、コウの歩みもスムーズに進む。


 《オアシスかぁ……見たことある? 》

「無いわ……砂漠にある湖、なのよね。確か」

 《うん。綺麗なとこなんだろうなぁ……オアシスだしなぁ》


 コウがまだ見ぬオアシスの景色に胸踊らせる。なお、砂漠のオアシスとは得てして外見は良くない。なぜなら、その水辺こそ動物達が命を賭してたどり着ける場所であり、その場でようやく水を飲み、気が緩んでそこかしこに()()をするのである。ぬかるんだ足元には獣達の足跡があちこちつき、濁った水溜りに、強烈な匂いが立ち込めているのが、本来のオアシスの全容であった。


 《どんなとこだろうなぁ》

「水辺だもの。綺麗に決まってるわ」


 カリンもまたわずかな期待をしている。綺麗な水辺なら水浴びができるかもしれないと考えていたが、彼女が実情を知った時、絶望したのは言うまでもない。



 ◆


 堅牢な石住の砦がある。砂漠からほど近い位置にありながら、深く縦穴を掘る事で日中の日差しから身を守る事ができ、拠点としてかなりの人数が在中できる規模を持って居た。


「クチビス達が動き出したようです ここからでもはっきり分かります」

「ひひ! やつらの根城がこれでわかる! ひひ!! 」

「は、博士、こちらに来なくてよいので? 」

「目が慣れてからいくよ……陽を当たるには元気がいるのだからね」


 見張り台の1人が声をあげる。剣を腰に下げ腕章をしてる。一眼で兵士とわかる彼が、望遠鏡を覗き込んでいる。その視線の先には、広大な砂漠を埋めつくさんばかりの大量のクチビス達が、一斉に空を駆け巡っていた。


「その、群れの先に、オアシスがあるなら、きっと、ホウ族がくる……ひひ! 」


 見張り台のすぐそば、私室が隣接されているその場に、白衣をまとい、図面をずっと血走った目で書きなぐっている子供がいた。


「博士、アーリィベイラーの準備はできております」

「鉄仮面さんは、昔から気前が、いいねぇ……ひひ。一個()がなくなっちゃったのは辛いけど、まだまだこっちが動けるんだもんね……ひひ」


 否。子供ではない。年齢はすでに妙齢に差し掛かる頃になる。だが彼女はある事情により、子供のように小さくなってしまって居た。


「鉄仮面さんも……一緒に実験すればよかったのに……ひひ」

「し、しかし博士のその姿になったのは偶然だと、ご自身でおっしゃっていたではないですか」

「うーん……もう一回やりたいんだけど、なかなか上手くいかないんだよぉ……でもいいかぁ……あたくしは様子を見てくるねぇ」

「ハッ! 」


 礼を返しながら白衣の女が去っていく。ペタペタと簡素な靴が間抜けな音を響かせながら、地下の、さらに奥深くまで向かう。そしてたどり着いた場所には、大きな鉢植えがずらりと並んでいる。水分を定期的に供給するための装置なのか、一定の感覚てポタポタと垂れる水がその鉢植えに植えてある草木を潤していた。白い幹に、七色の葉。まごう事なく、ソウジュの木であった。


「さぁ、あたくしの可愛い可愛い子供たち……ひひ……おおきくおなり」


 鉢植えにある階段を登り、大きくなったソウジュの種をひと撫でする。


「強く強く育つんだよ? 空を覆い、雲を割く、雄々しい子におなりよ……ひひ」


 その姿は、我が子を撫でる母その物。しかしその目の奥には、濁りきった欲望が垣間見えている。にたにたと笑う幼子が見せる表情ではなかった。


「バルバロッサ様! ここにおいででしたか! 」

「あたくしの名前は綺麗な方でお呼びよ! 」

「も、申し訳ありません、ポランド様! 」

「それでいいんだよ……して、どうしたの? 」


 ポランド・バルバロッサ。生粋の研究者であり、研究のためであれば倫理を問わない女傑である。外見こそ一桁台の子供であるが、実年齢は60歳を超えている。とある薬物実験の失敗が元で、実年齢と肉体年齢がかけはなれてしまっているのである。そんな彼女に名前を訂正させられた兵士が、おずおずと箱を前に出してくる。成人男性が運べる、しかし子供には難しそうな、四方60cmほどの大きめの箱を持ってきていた。いわゆる宝箱的な蓋はなく、ブロック状で開けるのには苦労するタイプの箱であった。その荷物にまるで心当たりがないポランドが首を傾げる。


「……なに……それ」

「鉄仮面様からお届け物です! 」

「あれ。何か頼んでたっけ? 」

「は、はい。ご用命の物だとしか 」

「ご用命……ああああ!!! 」


 突如ポランドが叫び、兵士からその箱を取り上げようとするが、中身が重いのか、単純にポランドの力が弱いのか、箱を持ち上げられずにいると、兵士が手短な机にゆっくりと置いた。するとポランドは箱の蓋をあけるべく、椅子を持ってきてその上に乗る。しかしそれでも蓋まで若干手が届かずにいると、兵士は痺れを切らして助力を申し出る。


「お開けしましょうか? 」

「さっさとおやり……ひひ」


 小さな掛け声とともに兵士が無理やり蓋を飛ばす。すると、机の上はよほど掃除をしていなかったのか、一瞬で埃が部屋の中で舞い上がってしまう。兵士が思わず口を塞ぐ。


「こ、これは……ゲッホゲッホ……」

「ひひ! これが、……ひひ!! ひひひ!! これは強い子ができるよぉお!! 」


 兵士が埃に口を塞いでいる最中、ポランドだけはその箱の中身を凝視している。どう言う物なのか理解した上で、拙い笑いが絶えないでいた。


「こんなに早く……よく持ってこれたねぇ……ひひ! 運んできたのはどいつだい? 」

「夜通し運んできたのか疲れておりまして。今は休んでおります」

「褒美をあげなきゃねぇ……そいつに()で作った菓子をおやり……ひひひ」

「かしこまりました! 」

「ささ、お前はもういいよ……クチビスの進路がはっきりしたら伝えい」

「は! 」


 カツカツと踵を鳴らしながら私室を後にする兵士。ポランドは窓を開き、埃を外へと出してやる。入り込んできた日差しに目を焼かれそうな錯覚をお覚えながら、腕で影を作る。そうやってしばらく陽の光に目を慣らし、厳重に包まれたソレを強引に引き剥がした。


「アーリィがこれでずっと硬くなる……いや、もしかしたら、もっと別の形になるかもしれない……ひひ……あたくしの子供達がもっと強くなるねぇ……ひひひ……ひひひ」


 窓から差し込む光が、箱の中身を照らし出す。緩衝材として使われた干し草が破かれたその中の全容が明らかになって行く。中ににあったのは、なんの変哲も無い、木製の欠けらだった。本来あった場所から砕けたのか、小石ほどの細かな物から、人間の手のひらほどある大きな物まで。大小様々な物が箱の中に所狭しと並んで入っている。


「黒いベイラーの欠けら……龍を殺すベイラーの、一部……ひひひ……ひひひ」


 ポランドが笑う。頭の中には、常人では理解できない数式がすでに何個も展開している。この幼くも狂気を孕んだ彼女こそ、あのアーリィベイラーの産みの親であった。




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