サイクルクロス
こぼれ日の中でまどろむ男がいる。木々に背を預け、手元にあるペンと紙には、描きかけの絵があり、まだ下書きなのか、線のみがそこにあった。ホウ族の移り里は移動中にもかかわらずその振動がまるでない。砂嵐の届かない高さにある場所ならこのように昼寝もできてしまう。とても砂漠の中とは思えなかった。夢見心地でそのまま寝入ろうとすると、軽快な靴音と共に1人の少女が歩いて来た。長い前髪が片目の隠しているその顔で、昼寝をしようとしている青年……オルレイトの顔を覗き込んで声をかける
「何やってんの? 」
「人が昼寝をしようかと思った時になぜ現れる」
「流れがあったからね」
「その、偶に言っている流れって何の事だ? 」
「ああ……前は波を読むことができたんだけど、それがもっと増えた感じ」
「増えた? 」
「波以外にも、風もそうだし、あと最近は、力のというか、意識の方向というか……」
「意識? 」
「人がたくさんいる時とか、一体何をみんなが見ているか、何に注目しているかとかがわかるようになった……この里が上にあることがわかったのも、人の意識の流れが上から下に沿って流れていたから……たぶんあの時、みんなあたしたちを見てたんだと思う。だから気がつけた」
「よくわからないが、すごそうだ」
「そのうち、人の心とかも読めるようになる。これはその前触れだって」
「それはすごいな」
「……話聞いてる? 」
「ああ。理解は、正直できてないが」
「全く。……ねぇ、レイダは? 」
「散歩だ。周囲の地形を覚えたいらしい。そっちこそセスはどうした? 」
「動きたくないからじっとしてるよ。だから池にでも行こうかと思って」
「……まさか、誘いに来たのか? 」
「察しがいいね」
「姫さまは用があって行けなくて、代わりといったところかな」
「そんなとこまで察しが良くなくていい……行く? 行かない? 」
「行く。だから待ってくれ」
まどろみから浮き上がり、大きく背伸びするオルレイト。その様子をみた起こしにきた少女、サマナが体躯の違いに改めてため息をつく。サマナの身長は、女性という事を差し置いても小柄な部類にはいる。カリンよりも低く、肉付きも薄い。リオとクオよりは大きいが、彼女らの成長如何では越される事が予想された。
「嫌味なほど大きい」
「なんの話だ」
「ゲレーンの人は何かしら大きい……のっぽはのっぽだし」
「いい加減名前で呼んでほしいんだが」
「そっちこそ、海賊呼びしなくたっていい」
「……してたか? 」
「してた」
「それは……悪かった……ところで、何かしらって、他はなんだ」
「教えない。教えたくない」
サマナにとっての何かしらが、カリンの肉体的特徴のため、オルレイトの言及を退ける。友人の友人とはいえ、男性に話す事ではなかった。足早にその場を後にしようとすると、風に煽られ、一枚の紙がひらひらと舞い上がった。ちょうどサマナの足元に転がりこみ、拾い上げる。さきほどまでオルレイトが描いた
「これ、描いたの? 」
「図鑑用に。まだ途中だが」
「絵が、かけるの? 」
「見たままものをしかかけない。何もないと、何もかけないんだ」
「なんか違いがあるの? それ」
「例えば、だが……」
概要を説明するオルレイト。その際、目線をサマナと合わせるため腰を曲げている。
「まだ下書きだけど、どうしてもこの辺り……間近で見た事がない木が生えてる。この辺りが分からないんだ。」
「見たことないから、かけない? 」
「ああ」
「そう言うの、頭で勝手に考えてものだと思ってた」
「そうやっている人もいると思う。絵描きの人とか、肖像画を描いてる人とか。でも僕のは図鑑だから、そう言う訳にはいかない。嘘は描きたくないからね」
絵を畳み、懐にしまうオルレイト。興味深そうにそれを眺める
「図鑑って、何? 」
「しまった。そこからか……これは未完成だけど」
大きな地図のような物を取り出し、サマナに見せる。そこに描かれているのは、彼がゲレーンで、サーラで、そしてこの地で見たも物を事細かに書かれた図鑑、その一部だった。
「こう言う風に、絵と文章で作る本だ」
「絵本? 」
「絵本は知ってるんだな」
「仲間が持ってた。あたしは、その、読めなかったけど」
「絵本は物語だ。字が読める必要がある。でも図鑑は、こう言う生き物が、こう言う土地があると伝える事ができる。いわば持ち運べる伝承だ……まぁ僕が絵を書く手間はかかるが、旅が終わったら、これを仕上げてみたいんだ」
「そんな手間がかかるもの、どうして作ろうと思ったんだ」
「それは……」
2人が歩き始めると、風が再びそよぐ。砂がわずかにまじり、頬に当たるのをぬぐいながら、己のことを話し始める。
「僕は小さい頃から体が弱かった。何をするにしても熱がでて寝込むし咳が止まらない。咳のしすぎで喉が切れて、一日中口の中が血の味をしていたよ……未だに薬は手放せないしね」
「もしかしてそれ、今も? 」
「ああ。たまになる。父上が医者を何人も連れてきたけど、誰も治せなかった。弟や父上が鍛錬をしている中、僕だけずっと部屋の中にいたんだ……でも寂しくはなかった」
「どうして? 」
「本があったんだ。読み方を習ったあとは、ずっと本を読み続けた。本にはいろいろな事が書いてあって、そこに行かなくても、色々な事が知れた。今までは本が僕の全てだった」
懐かしむように語るオルレイトの表情は穏やかで、自分の境遇などこれっぽっちも悲観していない。一点だけサマナが質問を返した。
「今までは? 」
「ああ。今まではそれでよかった。でもレイダに乗って、レイダの乗り手になって、こうして自分の足で歩いて自分の目でみた景色は、本で書いてあったことよりずっと鮮明で、ずっと激しくて、ずっと綺麗だった……本が悪いって訳じゃない。でも、本で伝えられる事にも、もしかしたら限りがあるんじゃないかなって。全部、自分で見たり、気がつかないといけないことがあるんじゃないかなって」
歩きながら景色を眺めるオルレイトの顔は遠くを見ている。それはこの景色を目に焼き付けているからであった。この景色を忘れない為に。
「だから、せめて僕がこの旅で見たものを、本よりも伝わりやすくしたいんだ。絵があれば、文字の読めない子供でも見ることができる。文字よりも鮮明に伝わる。そしてなにより、呼んだ人が、その場所に行ってみたい。その生き物を見てみたいって思ってもらえる気がするんだ」
旅の目的を語るオルレイト。その目はまるで子供のようにキラキラとしていた。その様子をみてサマナは思わず感嘆の声をあげた。
「なんか、すごいね。そんな事考えてたんんだ」
「……変か? 」
「あたし、何かの為に、ずっと何かをし続けるってした事ないんだ」
「どう言うことだ? 」
「釣りをして、食べ物を手に入れて、沖にでて、悪さをしてる船を探して、掃除をして、キャプテンの話をきいて、たまに腕試しをして……ずっとそんな毎日。ああ、セスと波乗りもしてた」
歩幅が違うため、たまにオルレイトが立ち止まってサマナの話を聞く。歩幅を合わせる事をしないのは、サマナがそうする事を嫌がるだろうと考えているから。短い付き合いであるが、サマナが自分の体のことで遠慮をされることを嫌うのを知っていた。特に彼女は、隠れた左目のことについて、憐憫の対象にされることを何より嫌っている。彼女の目は幼い頃に無くしており、片目がそもそも無い。視界は常人の半分であった。
「だから、そう言うのすごいと思う。完成したら見せてくれる? 」
「もちろん」
だが、同時に、憐憫などではなく、対等な立場になった上での行動であれば許していた。ふと、オルレイトの歩き方が普通とは違う事に気がつく。オルレイトは、自然体で彼女の左側に立ち、一歩前に立つことで、彼女の視界に常に入るようにしていた。歩幅を合わせる事をしない無遠慮な男だと断じる事もできたが、その行為がどう言う意図を持つのかに気がつき、不覚にも胸の高鳴りを覚えてしまう。思わず毒付くことでその気を紛らわした。
「……のっぽのくせに」
「何か言ったかい? 」
「無駄に足が長いって言ったんだ」
「一言多い 」
「多くしてるんだよ」
「なお悪い! 」
オルレイトはあえて一歩前にでてる事で、彼女が見落としてしまいそうな小石や亀裂を先んじて避けながら歩いていた。寄り添って歩くカリンともまた違う歩き方に、サマナは、悪い気がしないでいた。
◆
「ッハ! 」
《セァア! 》
「……楽しそうだな」
《そうですね》
中心部にある池。そこでサイクルボードを作り出して遊ぶサマナとセス。無論、ここはただの池であるため波などなく、自力で波をつくって載っているセルフ波乗りであったが、それでもボードを巧みに操り、空中へ舞い上がっての宙返りやターンなどを決める様子は、彼ら本来の姿である事をうかがわせた。オルレイトはレイダと合流し、今は木陰でスケッチをしている。先程見えなかった木がちょうどこの辺り一面に生えており、模写をするのにうってつけだった。
「ずっと海のある生活だったんだな。それが突然砂漠に来てしまえば、はしゃぐものか」
《オルレイト様はやらないので? 》
「あれだけ楽しそうにされると、眺めている方が面白い」
奇声に近い歓喜のこえをあげながら、波乗りを繰り返すサマナ。池の周りを都合10周ほどした頃、ひとしきり動いて満足したのか、オルレイト達のいる岸へと戻ってきた。セスをすわらせ、中から汗をかいたサマナがてくる。あそこまで元気そうな声が出ていた割にはいささか不満げだった。理由はその立地にある。
「喉乾いちゃった……しっかし惜しいなぁ。もうちょっと広ければなぁ」
「ここが生き物の上であることを考えれば広すぎるくらいだ」
「そうなんだけど、そうなんだけど! 」
「喉が乾いたなら、水も持ってきてる」
水筒を投げてよこすオルレイト。うまくキャッチすると、そのまま中身の半分を勢いよく飲み干した。
「気がきくんだ」
「多少はね」
「そっちは何を? 」
「スケッチだ。幸いなことにだいぶ進んだ」
「みていい? 」
「みて面白いものなら」
「面白い面白い」
サマナが駆け寄りオルレイトのスケッチをひったくる。
「お、おお……色がないけど」
「絵の具がないんだからそうなる」
「そっか。でもこの絵、どれもここにあるって感じがする」
「……もしかして褒めてくれてるのか? 」
「褒めてないように聞こえるの? ひねくれてるなぁ」
「ほっとけ」
「……あれ? 」
サマナがペラペラとスケッチをめくっていくと、一枚だけ風景ではない絵が書かれている事に気がつく。それはベイラーを棒立ちにさせたような絵で、特徴からレイダであることがわかる。ただし、右腕に付いている物が異様だった。長い棒にも見えるそれは、先端に行くほど糸のように細くなっていく。
「なんでレイダ? それに何これ? 」
「ああ、サイクルスナイプショット……の改良版だ」
「吹き矢を応用したやつ? 」
「それを、剣みたく使えないかなと」
「なんでまた」
「この前、ここの剣士と戦った時、鎧の隙間を縫うように突き刺すことができたんだ。あの感じをもっと洗礼させられれば、今後役にたつかもしれない」
「ふーん……なんか、レイピアみたい」
「レイピア? 」
「海に流れ着いてきて、おばあちゃんが教えてくれた……えっと」
手頃な枝を拾い、砂の上に概要を記していく。
「帝都とかで使われてる武器で、突き刺す細い剣。こうやって……」
いわゆる棒人間を書き、その手に、これまた棒のような剣を描いて、構えを描く。
「……なんで剣が棒なんだ」
「本当にこういう剣なんだよぉ! あたし絵なんて描いたことないんだから大目にみてくれよぉ! 」
「そ、そんな狼狽えなくったって」
ぶーたれながら棒人間で剣術を描いていく。絵が苦手であれば口頭で説明すればいいはずである。それをしないのは、この剣術がオルレイトの、ひいてはこの旅団の中にいる剣を使う者達にとってはまるで馴染みのないものであり、それを口頭だけで説明するのには無理があった。
「片手で剣を胸の前で構えて、剣を持っている方の足を踏み込んで、突き刺す。これがレイピアの使い方だって、教えてくれた」
描かれているのは、胸元で剣先を相手に向けて構えている棒人間。足は肩幅ほどに広げられ、左手は自由になっている。これが基本の構えなのか、次の動作を表すべく矢印を描いて、となりに同じく棒人間を描いていく。そこにはめい一杯そこから一歩を踏み込み、後ろ足が伸びきるまで腰を落とした上で、剣を持った腕を真っ直ぐに突き出している棒人間が現れていた。その棒人間を眺めながら、サマナの持っている棒をひったくると、描かれた構えをとって実践しようとするオルレイト。描かれた通りの構えを取る。利き腕の右手に剣に見立てた棒を持ち、右足を前に、左足を後ろに、左手は力を抜きつつも、いつでも体を守れるように指先まで意識を向ける。そして基本の構えをとったとき、オルレイトは思わず声を漏らした。
「……すごいな」
「え、何が? 」
「この構え、斬る動作をしようとすると必ず無駄がでる。胸元にある剣を上から下へ斬るなら腕を肩から上まであげなければならないし、そうしたら脇が開いてそこが隙になる。下から上へ斬りあげるなら、今度は手首を返して切り上げなければならない……本当に、目の前の敵を突くだけの構えだ」
そして、剣を目の前に向け、敵見立てて、レイピアを突き出す。右足を踏み出し、体重を前へと推移させる。その推移させた勢いを右手に持った剣にのせ、真っ直ぐ突き出す。踏み込んだ足元で砂が吹き飛んでいき、突き出した剣がピタリと空中で止まった。
「様になってる」
「……これが、レイピアか」
「でも、左手がお留守だ」
「それは試してみたいとわからないな……相手がいればまた違うのか」
《オルレイト様》
「どうしたレイダ」
《先程の剣術、私にも試していただけませんか? 》
「それは構わないが、さっきも言ったが相手が欲しんだ。でもそんなの」
《セスがいるではないか》
「……何? 」
◆
「なんでこうなった」
「セスが久々にやる気だから、付き合ってあげて」
「まぁ手伝ってくれるなら有難いが」
場所は同じ。そして今度は人ではなくベイラーが相対していた。深い緑をした体と、派手で真っ赤な体。レイダとセス、セスは先に武器を持っている。1人は船の上で扱うために刃渡りはそれほど長くなく、代わりに先端になるにつれ重くなる重量配分をしているサイクルシミター。そしてもう一方。
「レイダ、やってみるぞ」
《仰せのままに》
「《サイクルレイピア! 》」
レイダの手に、剣というには細く、槍というのは短い、刺突用の武器を取り出す。片手で扱える程度の刃渡りと、非常に軽い構造をした、レイダの新たな武器。
《本当に軽い……でもあの時もこのような形でしたね》
「あれはサイクルスナイプショットで中身は空洞だったからな。でもこれくらいなら一応は突ける筈だ」
《はい。やれますとも》
《準備はいいか? 》
セスは先程からずっと上機嫌で、片手でサイクルシミターでくるくると回して遊んでいる。先程まで久々に波乗りができてうれしくて仕方がなかった。そのテンションままこうして模擬戦を買って出ていた。
《どうした! かかってこないのか!? 》
《やる気ですね。どうしますオルレイト様》
「まぁ、ああまで張り切ってもらえてるんだ。胸を借りるとしよう……乗り手の方はどうだ? 」
「いつでもどうぞ」
《ということです》
「なら……いくぞ! 」
《はい! 》
レイダが構える。初めてとる構えとはいえ、元はといえば剣術であるため理屈さえわかれば構えを取るのには苦心しない。肩幅ほど開いた足、右手に構えた剣を胸元に持ち、左手はフリーに。
「先手をもらう!! 」
セスがレイダの間合いへと踏み込んでいく。シミターの利点として、片手で扱え、且つ先端に重量が集中しているために、一度剣先に加速が乗れば、足場に関係なく一定以上の威力を保証されている。海賊であるセスは船上での戦いが多く、しっかりした足場であることの方が少ない。そのような場所ではシミターは最適解と言えた。
「(左手に何も持たないのは、反動を使うため)」
一歩一歩踏み出してくるセス、その中心部を見つめる。サマナが入っているコクピット。そこを避け、セスの剣を持っている右手を見る。
「(セスの右腕を狙って突き刺す……このレイピアは最速で突き刺すためのもだ。この剣で鍔迫り合いをしようものなら一瞬で砕け散る……勝負は一瞬だ)」
「(結局はあの剣で一回も突き刺されなければいい……そしてあの剣の弱点は)」
オルレイトとサマナは同時に突きの弱点を見出している。
「(左手か)」
「(左手!)」
剣を持っていない方の左手。それこそレイピアでの弱点たりえた。突きを繰り出す際に、左手は反動として体の外側へと持っていく。そのおかげで右手の、ひいては右半身全体が前へと押し出されるために威力のある突きが成立する。左手がない場合、全身を使わない突きとなり、威力は半減してしまう。
「(でも、左手が動く瞬間さえわかれば、それを潰すことができる! )」
サマナはそこに目をつけていた。反動を使うということは、レイピアの構えで1番最初に動くのは左腕となる。突きが放たれる瞬間さえわかれば、どれだけ鋭く強い突きであろうと躱すことができる。そして躱すことことができれば、片手で威力のある斬撃が放てるサマナ側に勝機がある。
「(そこさえ見極めれば、負ける事はない)」
サマナはすでに何度も頭の中で何度もレイダの突きを躱して懐に潜り込み、その刃を叩きつける姿を見ていた。そして片目で見える流れもまた、サマナが勝利を確信する要因になった。
「(オルレイトは素直。攻撃する意図が丸見え! )」
お互いがお互いの間合いに入った。その瞬間に勝負が動く。セスが上段からの斬撃を放つ。狙いは、レイダの頭部へと見せかけるそしてその瞬間、レイダが突きを放った。左手がわずかに動く。
「それは見えてる!! 」
そして、踏み込みをさらに一歩先にし、振り下げた先を、強引に変えレイダの左手へと持っていく。すでにレイダは左手を動かし始めており、回避も防御も間に合わなかった。
「(盾がいる! 腕が自由に動けて、しかし鎧のように重みがない、しかし斬撃を防げるような、そんな物があれば! )」
オルレイトが現状を見て、今必要なものを見つけ出す。盾よりも軽く、身動きができるように大きさは小さく、且つ、左手は動かせるようにしなければならない。そんな都合のいい盾をオルレイトは知らなかった。
しかし、盾は知らずとも、外套は知っていた。
「レイダ!サイクルクロス!! 」
《仰せのままに! 》
その瞬間、レイダの赤い肩から直線に板が複数枚伸びてきた、板バネ状で組み合わされ、左手だけを覆い隠すように包んでいく。サイクルシールドを、肩から生やして左手を隠していった。左手に突如として遮る壁が生まれ、セスの斬撃が防がれる。
「何だってぇ!? 」
オルレイトが考えた盾とは、複数の板を組み合わせ、外套のように片腕を覆い隠すものだった。
重くしないために、左手に迫る一撃を一回防ぐ為だけの薄いサイクルシールドを肩から生やすことで、左手に盾を持っているわけではなく、自由に動かすことができ、且つ防具としても機能している。そしてその機能はいかんなく発揮され、斬撃を防ぎきった。そしてすでにセスは間合いの中にいた。
「そこだぁああああああ!! 」
オルレイトが咆哮し、一瞬で突きを放つ。セスの右腕を突き刺した。細い剣先で肘を貫き、シミターが衝撃で落ちる。木屑があたりに舞い散り、戦意が両者からなくなっていく。
「……なんだぁそれ? 」
「思いつきだ。でもうまく言った」
「盾というか、鎧というか……何? ミーンの真似? 」
「まぁ参考にはしたよ……さて。セス、大丈夫か? 」
《問題ない。いい剣筋だ》
「あとで接ぎ木しよう。さて」
剣が引き抜かれ、レイダが佇む。コクピットから降り、レイダの姿を見る。左側は体を覆うサイクルクロス。右手には細く鋭いレイピア。騎士の装いを思わせるその姿はレイダにとって、そしてオルレイトにとっても新たな境地に達した姿だった。
「……片方だけに外套があるのもいいな」
《お気に召しましたか? 》
「ああ。できればずっとその方がお前が美しい」
《……真顔で何を言っているので? 》
「事実を言ったまでだ。レイダ。セスを担いでやろう。怪我を治しにいく」
《仰せのままに》
レイダがセスを支え、ゆっくり歩いていく。
「レイピアとクロス……使えるな」
レイダが新たな姿を手にれた事に、オルレイトは興奮を隠せないでいる。そして懐にある未完成の図鑑の中に、もう1ページ、レイダの姿を描く事が今日決まった。
「サイクルクロスにも赤を塗ってやらないと」
肩とおなじ色を入れれば、もっと映えるであろうと考えている。そんな最中、セスのコクピットにいるサマナは、そんなはしゃいでいるオルレイトを見て思わず笑っていた。
《負けたのに随分機嫌がいいな》
「いや、あんなに楽しそうにされると、まぁ負けた甲斐もあったかなって」
《まあいい。きっちり治してくれよ? 》
セスの治療にむけ、オルレイトとサマナは宿へと戻って行った。




