雪かきベイラー
ロボットでも雪かきは面倒です。
『追われ嵐』がこの国を襲い、三ヶ月が経過した。そしてついに、冬がこの国に訪れる。食料は無事、国民に行き届き、人々は飢えることはなく済んだ。この冬は、無事越せる目途が立つ。しかし、夏がくるまでに、泥や倒壊した家屋は片付けなければ、国民の生活に支障がでる。
加えて井戸の問題で、ひと悶着あった。この国の山からでる湧水は、冬に降る雪が溶け出して地下に溜まる。故に縦にいくらか掘れば、すぐに水がでてくる。各村にも、それはあって、みな一様に使っていたのだが、嵐でそのほとんどが使えなくなる。上から泥をかぶってしまったからだ。そこで行われたのが、すでにある井戸をつぶし、新しく井戸を掘りなおす作業だった。
この作業で、レイダがかなりを無茶を敢行した。バイツが夜中に眠ったあとも、こっそりとひとりで動き、井戸の掘りなおす作業をつづけていた。すでに作業は一週間が経過していた。
つまり、あの『追われ嵐』の一件以来、レイダは文字通り不眠不休で働き詰めだった。その甲斐もあり複数の村の井戸が新しくなった。だがベイラーというのは、眠り慣れないと、その時間感覚を人間とは合わせられなくなる。レイダの乗り手であるバイツは、これにひどく怒り、嘆き、悲しんだ。そして、レイダに、次の夏まで眠るように命じた。
《いつ起きるかわかりませんよ?もうこのまま起きています》
「ならん。お前の寝ぼけた声をおれに聴かせない気か?そんなこと許さん」
《……そんな理由で?》
「俺にとっての一日の始まりだ。それが理由でなにが悪い」
《夏になっても起きなかったら? 私が起きるより前に、もしあなたの寿命が先につきてしまったら? 》
「その時は、息子を乗り手としてくるのであろう? 俺のじいさんのときのようにな。人はソウジュと、ソウジュは人と共にある。なら、このバイツの、いや、ガレットリーサーの血はお前と共にあるのだ」
《……坊やに口説かれる日が来るとは思わなかった》
「もう坊やなんて年じゃないだろ」
《……では、すこし、お暇をいただきます》
「おう。ゆっくり休むといい。……よく働いてくれた。ありがとう」
バイツとのやり取りを偶然聞いてしまった者の証言であった。その場に居合わせたものが流した噂であり、内容が短くなっていたり、誇張されていたり複数の説が流れた。
当面の問題として、レイダが眠った事による士気の低下が挙げられた。レイダの力は、この国でもかなりのもので、肩に赤色をもらうだけでなく、その活躍は皆が知っている。レイダ抜きで、これから復興していかなくてはならない。現在、行われている作業というのは、非常に力がいる。
《白いの!もう一回たのむ!》
《は、はい!!》
《気を付けろ! おまえが転んだら見分けがたいへんなんだから!》
《わ、わかりました!!》
ガッコガッコ、ゴゴゴゴゴと足を動かし、台車につまれた重い荷物を運ぶ。コウがこの世界にきてから半年以上が過ぎたが、これくらいなら、乗り手のカリンがいなくても出来るほどに成長した。
運んでいるものは瓦礫や泥ではない。真っ白なそれは、見た目はいいが、積もり積もってしまえば、道は簡単にふさがり、家はその重みで潰れてしまう。定期的に取り除く必要がある。つまるところ、7mの巨体たちが、えっちらほっちら、積もり積もった雪を掻き出している。
俗に言う、雪かきをしている。7mというのは、もとの世界基準でいえば、人間が象の背中に乗ると同じ目線になる。その大きさの人型が、雪をかき分けて、運んで、またかき分けてを繰り返している。
乗り手のカリンはいま城におり、コウは簡単な作業を手伝っている。この国は、積雪でいえば2mをこえるか超えないかくらいであり、その度にこうして雪かきをして、道をあけ、家を守る。人間にとって2mの積雪はかなりのものだが、ベイラーにとっては、足が少し沈むほどのモノに過ぎない。雪かきを人間がおこなうより、ずっと楽で早く終わる。手ですくっていき、集めていけばいい。
「ベイラー! もういいよ! 休憩にしよう! 体ふいてあげるからさ! 」
《あ、ありがとうございます! すぐに行きます》
かといって、人間が雪かきをしていないわけではない。ベイラーの手が届かない、狭く細い場所は、人の手でやるしかない。
木製のベイラーにとって、雪は不都合である。濡れて体が重くなる。また、雪というものは放っておくと、シミになる。ベイラーの体に傷がついている訳ではないので、時間と共に治る訳でもなく、そのシミは体に残り続ける。ヤスリで削ってしまえば消えはするが、手間がかかる。故に、ベイラーにとっては、雪をかぶった場所を、布で一回拭いてもらえるだけでもありがたい行為であった。
雪かきは必要不可欠の作業。だが繰り返しで終わりが見えない。
《滾りは、しないよなぁ。雪かきって》
未曾有の危機を回避し、三ヶ月かけ、まだ途中とはいえ国を持ち直し、なんとか来年までの見通しがたったベイラーたちは、どこか、気が抜けてしまっていた。
《うぁあ!? 》
それは、足先にしか積もっていない雪に足を取られ、先ほど頼まれた雪をぶちまけたコウも、例外ではなかった。
◆
楽器の音が、響いている。それは、一人の少女が奏でる、横笛の音色。この国で伐採された木をつかった楽器。エアリードとゲレーンでは呼ばれている。複数の穴があり、それを指で抑えて音階をだすフルートにも似た楽器。
それは決して豪勢な音がでるものではない。だが、聴く者の心に染み渡る、静かな音色を奏でる楽器であった。それを、一音一音、丁寧に奏でる。観客は一人。この少女の姉。その立ち姿と、奏でる音色が、見る者も、聴く者も、足を止めずにはいられないほど美しく厳かであった。その点でいえば、この狭い空間と、観客が一人しかいないのが不思議なほど。
やがて、その演奏が終わり、観客が拍手で迎える。演奏者も、それに答え礼をした。あの笛の演奏には、その優雅な佇まいからは予想し得ないほど疲労があるようで、演奏者の額には、この寒い時期だというのにうっすらと汗がみえた。
「腕を上げたんじゃない? 上の音がまた綺麗になってる」
「お后様。あなたがそれを言うと、嫌味にしか聞こえません」
「……そう? 」
「そうです。私が5回練習して覚えている内に、お后様はぜんぶ1回で覚えてしまうのですから」
「……あれ、そうだっけ? 」
「そうです」
カリン・ワイウインズの姉、クリン・バーチェスカが首をかしげる。
クリン・バーチェスカは、サーラの国の王、ライ・バーチェスカの后でもある。サーラに嫁いで、すでに2年がたっていたが、かの未曾有の災害で傷ついた故郷を心配したクリンが、王に直訴して、この国に支援物資をとどかせる輸送団の人員としてやってきた。
二人は無事再会し、復興もひと段落し、今は束の間の休息を得ている。
「すごかったね。グレート・ギフト」
「お后様、外に人が……」
「大丈夫。ちゃんと人払いは済んでる。妹の演奏を独り占めしたかったし」
「あ、ソレは職権の乱用と言いませんか? 」
「これは親族で行うなんでもない生活だからいいの」
「なら、私も、いいでしょうか」
「どうぞ? 」
椅子を持ってきて、演奏の疲れを取りながらも、カリンが本題を語る。
「ソウジュ・ベイラーとは、一体、なんなのでしょう? 」
「ソウジュの木の種。遠くにいって、また自身も木になる」
そう。いまクリンが語ったように、この君の人間がしる限り、ソウジュ・ベイラーの存在はそれが理由だと答える。だがカリンは違っていた。
「はい。私もそれは知っています。でも、本当にそれだけなのかということです」
グレート・ギフトがおこなった、サイクルギフト。サイクルを回して、小麦を創りだすそれは、瞬く間に部屋1つを埋める小麦を産み出した。手のひらから小麦が流れ出るあの光景が目に焼き付いている。
「それだけには、見えないもんね。あれをみちゃったらさ」
「はい……それほど……その、衝撃でした。でも、御父様はなぜ私たちにみせたのでしょう」
「見せてもいいと判断したのか。それとも、糾弾してほしかったのか」
「糾弾なんて! 」
「この国はこのベイラーがいるから成り立っていたのだってことを明かして、してもらいたいことなんて、許してほしいとか言って欲しいのだとは思わない? 」
あれは、懺悔のようなものなのか。お前たちの住んでいる国は、隠していたこの力があってこそだったのだ。と言われ、続く言葉といえば、謝罪なのかどうか。カリンはまだ考えている。
「……でも」
「でも? 」
「グレート・ギフトの力で、この国がどれだけ助かっているか、それは、わかります。でもだからといって、ベイラーだけの力で、この国が長く栄えてきたとは、とても思えないのです」
「そう言われると、そうだけど……でもそれは、ベイラーに支配されてるとは考えない? 」
「支配!? グレート・ギフトはそんなことしているわけがありません! 」
「なら言い方を変えるわ。依存よ。だいぶ緩やかだけど、事実、私たちの依存先にグレート・ギフトはなってしまっているわ。彼がいなければ、私たちは生きていない」
「……でも、ほかの国にはグレート・ギフトはいません」
「『でも』ばっかり」
「しょうがありません。お姉様にそう思って欲しくないからです」
「……そう。続けて」
「グレートギフトがいないから、良い国が生まれないとは、私には思えないんです。お姉様だって、サーラが良いところだから、ライ様のところにいったのでしょう」
「そうね。サーラは、活気があって、みんな勢いがあって。みんながみんなとても前のめりな国。粗暴な人が少しだけおおいかな。お酒が美味しいからみんな飲んじゃうのよ」
「なら、ここは、どうですか? 依存とか、支配だとか、後ろ向きな言葉が、でてきますか? 」
「……ないわ。そこは、即座に、はっきりと言える。ここが私の故郷ってことを差し置いても、ここの人たちといると、落ち着くものね」
「はい、私もです。でもそれって、グレート・ギフトがしてくれているコトじゃないと思うんです」
「……あー、そういうことか」
「はい。そういうことです」
「この国の人たちが頑張って生きてるからこそ、か」
「はい。だから、この国は私の誇りなんです。グレート・ギフトの手助けがあってこそだと、しても」
「私、サーラにいって少し変わっちゃったかな」
「変わらない人なんて、いないです。お姉様のソレは、別の場所にいって、別の考え方をしったからでしょう? それは、悪いことじゃありません。……正直、向こうの王様のこと、私はよく思っていませんけれど」
「ありゃ?そうだったの?」
「私の大切なお姉様が私より若い王子の元にいくなんて。一体どんなあくどいことをしたのかって思っていたんです」
「あー……えー……でもだれよりも早く祝福してくれたじゃない」
「お姉様の決めた相手です。なら、私にはもう信じるしかありません」
「……うぅううん!! 愛らしいわが妹よぉお! 」
クリンが、妹の言葉に感極まり、思わず抱きしめ、そのまま、腰まで手を入れて、持ち上げる。くるくるくるくる。妹と回る。……くるくるとはいうが、かなりのスピードで遠心力によりカリンの体が曲がっていく。
「わぁ!? な〜ん〜で〜す〜か〜」
「あー!そうえば!なんにも相談せずに婚姻決めちゃってごめんね? 」
「この回すのを止めてからそういうことをいってください〜目がぁ〜」
「だっておろしたら許してもらえそうにないもんー」
「もう怒ってません〜だから〜おろして〜」
クリンは、思う存分妹をぐるんぐるんし、ご満悦のまま、カリンを椅子に座らせた。これはこの姉妹が、幼い頃やっていた遊びだった。
「……懐かしい? 」
「……まだ目が、まわってます……そうです。こうしていつも先に私が目を回すんです……なんでお姉様は目がまわらないのか不思議でならなかった。うぅう……視界がぁ……」
「さぁ? 理由はわかんないわ。でも、船に乗っても船酔いしなかったし、そういう体質なんじゃないかな」
「船酔い? 川下りに使うのよりも大きいという船でも揺れるのですか?」
「海の波ってものすごいの。それをうけてよく揺れるのよ。それで、今のカリンみたく酔うの。酷い人は吐いちゃうってさ」
「……乗ったこともないのに、なんだか乗りたくありません。海の船」
「コウ君に連れて行ってもらえばいいのに。あ、潮風がまずいか」
「大丈夫です。私が行きたいといえば、きっと頷いてくれます」
「なに? 彼そんな素直なの? 」
「素直というよりも……」
「ん? 何が? 」
椅子に座ってぐったりしたカリンが、その目を細めてしみじみと言う。
「コウって、私にメロメロなんですもの」
……長い沈黙。そして、その目に姉が答えた。
「あっはっは! なぁんだそうなの! そりゃしょうがない!」
「そうです。しょうがないんですよー……うう……」
「……そんなに気持ち悪いの? 」
「汗をかいていたのを忘れていました……張り付いて気持ち悪い……」
「あら。そりゃ大変。いま人を呼んでくる。誰を呼べばいい? 」
「使用人なら誰でも……ああ、でもまず着替えをしたいです……」
「女の人ね。少しまっていて」
クリンは小走りで部屋からでていった。
「……コウは今頃雪かきかな。転んでいるかも」
暖炉を眺めながら、傍にいない自分のベイラーに思いを馳せる。ぐったりとしつつ、カリンは、コウが作ってくれた姉との時間をもう少しだけ楽しみたかった。同時に、コウの自慢話をまだしていないことにも気がついた。レイダというベイラーと決闘をして、辛くも勝利したこと。ゲレーンミルワームを押しとどめたこと。土砂崩れを防いだこと。
ふと、カリンはあの土砂崩れで、この国がなくなるかもしれないと考えてしまい、恐怖と、絶望で投げやりになったとき、突如、激励と共に、なにやら告白めいたことをされた事を思い出す。要約してしまえば、コウは、カリンと最後までいるからここで諦めるなと言った。コウがそうまでする理由を問えば、カリンが好きだからだと言った。
それは拙くも、なんの飾り気もない、でもどこまでも直球な好意。その後、カリンからその告白を蒸し返して、反応をみて茶化してやろうという意図で問いかけた。この1ヶ月でどこを好きになったのか聞けば、「数え切れない」「だからもっと好きになる」他にはと聞けば「最初にみた笑顔が好きだ」
カリンは、こうまで直球に好意を寄せられているとは思わなかった。そのせいで、言葉受け止めるのに結構な時間を要してしまう。カリンも、悪い気はしなかった。そして少しだけ、コウとの時間が、濃いものに変わっている気さえしている。この一連の事を姉に話すべきかどうか。
「うぅ……湯浴みはできるかな……そこで話そう……」
カリンはこの時、それはいい考えだと思えた。
 




