表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/359

雪かきベイラー

ロボットでも雪かきは面倒です。

 『追われ嵐』がこの国を襲い、三ヶ月が経過した。そしてついに、冬がこの国に訪れる。食料は無事、国民に行き届き、人々は飢えることはなく済んだ。この冬は、無事越せる目途が立つ。しかし、夏がくるまでに、泥や倒壊した家屋は片付けなければ、国民の生活に支障がでる。


 加えて井戸の問題で、ひと悶着あった。この国の山からでる湧水は、冬に降る雪が溶け出して地下に溜まる。故に縦にいくらか掘れば、すぐに水がでてくる。各村にも、それはあって、みな一様に使っていたのだが、嵐でそのほとんどが使えなくなる。上から泥をかぶってしまったからだ。そこで行われたのが、すでにある井戸をつぶし、新しく井戸を掘りなおす作業だった。


 この作業で、レイダがかなりを無茶を敢行した。バイツが夜中に眠ったあとも、こっそりとひとりで動き、井戸の掘りなおす作業をつづけていた。すでに作業は一週間が経過していた。


 つまり、あの『追われ嵐』の一件以来、レイダは文字通り不眠不休で働き詰めだった。その甲斐もあり複数の村の井戸が新しくなった。だがベイラーというのは、眠り慣れないと、その時間感覚を人間とは合わせられなくなる。レイダの乗り手であるバイツは、これにひどく怒り、嘆き、悲しんだ。そして、レイダに、次の夏まで眠るように命じた。


《いつ起きるかわかりませんよ?もうこのまま起きています》

「ならん。お前の寝ぼけた声をおれに聴かせない気か?そんなこと許さん」

《……そんな理由で?》

「俺にとっての一日の始まりだ。それが理由でなにが悪い」

《夏になっても起きなかったら? 私が起きるより前に、もしあなたの寿命が先につきてしまったら? 》

「その時は、息子を乗り手としてくるのであろう? 俺のじいさんのときのようにな。人はソウジュと、ソウジュは人と共にある。なら、このバイツの、いや、ガレットリーサーの血はお前と共にあるのだ」

《……坊やに口説かれる日が来るとは思わなかった》

「もう坊やなんて年じゃないだろ」

《……では、すこし、お暇をいただきます》

「おう。ゆっくり休むといい。……よく働いてくれた。ありがとう」


 バイツとのやり取りを偶然聞いてしまった者の証言であった。その場に居合わせたものが流した噂であり、内容が短くなっていたり、誇張されていたり複数の説が流れた。


 当面の問題として、レイダが眠った事による士気の低下が挙げられた。レイダの力は、この国でもかなりのもので、肩に赤色をもらうだけでなく、その活躍は皆が知っている。レイダ抜きで、これから復興していかなくてはならない。現在、行われている作業というのは、非常に力がいる。


《白いの!もう一回たのむ!》

《は、はい!!》

《気を付けろ! おまえが転んだら見分けがたいへんなんだから!》

《わ、わかりました!!》


 ガッコガッコ、ゴゴゴゴゴと足を動かし、台車につまれた重い荷物を運ぶ。コウがこの世界にきてから半年以上が過ぎたが、これくらいなら、乗り手のカリンがいなくても出来るほどに成長した。


 運んでいるものは瓦礫や泥ではない。真っ白なそれは、見た目はいいが、積もり積もってしまえば、道は簡単にふさがり、家はその重みで潰れてしまう。定期的に取り除く必要がある。つまるところ、7mの巨体たちが、えっちらほっちら、積もり積もった雪を掻き出している。


 俗に言う、雪かきをしている。7mというのは、もとの世界基準でいえば、人間が象の背中に乗ると同じ目線になる。その大きさの人型が、雪をかき分けて、運んで、またかき分けてを繰り返している。


 乗り手のカリンはいま城におり、コウは簡単な作業を手伝っている。この国は、積雪でいえば2mをこえるか超えないかくらいであり、その度にこうして雪かきをして、道をあけ、家を守る。人間にとって2mの積雪はかなりのものだが、ベイラーにとっては、足が少し沈むほどのモノに過ぎない。雪かきを人間がおこなうより、ずっと楽で早く終わる。手ですくっていき、集めていけばいい。


「ベイラー! もういいよ! 休憩にしよう! 体ふいてあげるからさ! 」

《あ、ありがとうございます! すぐに行きます》


 かといって、人間が雪かきをしていないわけではない。ベイラーの手が届かない、狭く細い場所は、人の手でやるしかない。


 木製のベイラーにとって、雪は不都合である。濡れて体が重くなる。また、雪というものは放っておくと、シミになる。ベイラーの体に傷がついている訳ではないので、時間と共に治る訳でもなく、そのシミは体に残り続ける。ヤスリで削ってしまえば消えはするが、手間がかかる。故に、ベイラーにとっては、雪をかぶった場所を、布で一回拭いてもらえるだけでもありがたい行為であった。


 雪かきは必要不可欠の作業。だが繰り返しで終わりが見えない。


《滾りは、しないよなぁ。雪かきって》


 未曾有の危機を回避し、三ヶ月かけ、まだ途中とはいえ国を持ち直し、なんとか来年までの見通しがたったベイラーたちは、どこか、気が抜けてしまっていた。


《うぁあ!? 》


 それは、足先にしか積もっていない雪に足を取られ、先ほど頼まれた雪をぶちまけたコウも、例外ではなかった。



 楽器の音が、響いている。それは、一人の少女が奏でる、横笛の音色。この国で伐採された木をつかった楽器。エアリードとゲレーンでは呼ばれている。複数の穴があり、それを指で抑えて音階をだすフルートにも似た楽器。


 それは決して豪勢な音がでるものではない。だが、聴く者の心に染み渡る、静かな音色を奏でる楽器であった。それを、一音一音、丁寧に奏でる。観客は一人。この少女の姉。その立ち姿と、奏でる音色が、見る者も、聴く者も、足を止めずにはいられないほど美しく厳かであった。その点でいえば、この狭い空間と、観客が一人しかいないのが不思議なほど。


 やがて、その演奏が終わり、観客が拍手で迎える。演奏者も、それに答え礼をした。あの笛の演奏には、その優雅な佇まいからは予想し得ないほど疲労があるようで、演奏者の額には、この寒い時期だというのにうっすらと汗がみえた。


「腕を上げたんじゃない? 上の音がまた綺麗になってる」

「お后様。あなたがそれを言うと、嫌味にしか聞こえません」

「……そう? 」

「そうです。私が5回練習して覚えている内に、お后様はぜんぶ1回で覚えてしまうのですから」

「……あれ、そうだっけ? 」

「そうです」


 カリン・ワイウインズの姉、クリン・バーチェスカが首をかしげる。


 クリン・バーチェスカは、サーラの国の王、ライ・バーチェスカの后でもある。サーラに嫁いで、すでに2年がたっていたが、かの未曾有の災害で傷ついた故郷を心配したクリンが、王に直訴して、この国に支援物資をとどかせる輸送団の人員としてやってきた。


 二人は無事再会し、復興もひと段落し、今は束の間の休息を得ている。


「すごかったね。グレート・ギフト」

「お后様、外に人が……」

「大丈夫。ちゃんと人払いは済んでる。妹の演奏を独り占めしたかったし」

「あ、ソレは職権の乱用と言いませんか? 」

「これは親族で行うなんでもない生活だからいいの」

「なら、私も、いいでしょうか」

「どうぞ? 」


 椅子を持ってきて、演奏の疲れを取りながらも、カリンが本題を語る。


「ソウジュ・ベイラーとは、一体、なんなのでしょう? 」

「ソウジュの木の種。遠くにいって、また自身も木になる」


 そう。いまクリンが語ったように、この君の人間がしる限り、ソウジュ・ベイラーの存在はそれが理由だと答える。だがカリンは違っていた。


「はい。私もそれは知っています。でも、()()()()()()()()()()ということです」


 グレート・ギフトがおこなった、サイクルギフト。サイクルを回して、()()を創りだすそれは、瞬く間に部屋1つを埋める小麦を産み出した。手のひらから小麦が流れ出るあの光景が目に焼き付いている。


「それだけには、見えないもんね。あれをみちゃったらさ」

「はい……それほど……その、衝撃でした。でも、御父様はなぜ私たちにみせたのでしょう」

「見せてもいいと判断したのか。それとも、糾弾してほしかったのか」

「糾弾なんて! 」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことを明かして、してもらいたいことなんて、許してほしいとか言って欲しいのだとは思わない? 」


 あれは、懺悔のようなものなのか。お前たちの住んでいる国は、隠していたこの力があってこそだったのだ。と言われ、続く言葉といえば、謝罪なのかどうか。カリンはまだ考えている。


「……でも」

「でも? 」

「グレート・ギフトの力で、この国がどれだけ助かっているか、それは、わかります。でもだからといって、ベイラーだけの力で、この国が長く栄えてきたとは、とても思えないのです」

「そう言われると、そうだけど……でもそれは、ベイラーに支配されてるとは考えない? 」

「支配!? グレート・ギフトはそんなことしているわけがありません! 」

「なら言い方を変えるわ。依存よ。だいぶ緩やかだけど、事実、私たちの依存先にグレート・ギフトはなってしまっているわ。彼がいなければ、私たちは生きていない」

「……でも、ほかの国にはグレート・ギフトはいません」

「『でも』ばっかり」

「しょうがありません。お姉様にそう思って欲しくないからです」

「……そう。続けて」

「グレートギフトがいないから、良い国が生まれないとは、私には思えないんです。お姉様だって、サーラが良いところだから、ライ様のところにいったのでしょう」

「そうね。サーラは、活気があって、みんな勢いがあって。みんながみんなとても前のめりな国。粗暴な人が少しだけおおいかな。お酒が美味しいからみんな飲んじゃうのよ」

「なら、ここは、どうですか? 依存とか、支配だとか、後ろ向きな言葉が、でてきますか? 」

「……ないわ。そこは、即座に、はっきりと言える。ここが私の故郷ってことを差し置いても、ここの人たちといると、落ち着くものね」

「はい、私もです。でもそれって、グレート・ギフトがしてくれているコトじゃないと思うんです」

「……あー、そういうことか」

「はい。そういうことです」

「この国の人たちが頑張って生きてるからこそ、か」

「はい。だから、この国は私の誇りなんです。グレート・ギフトの手助けがあってこそだと、しても」

「私、サーラにいって少し変わっちゃったかな」

「変わらない人なんて、いないです。お姉様のソレは、別の場所にいって、別の考え方をしったからでしょう? それは、悪いことじゃありません。……正直、向こうの王様のこと、私はよく思っていませんけれど」

「ありゃ?そうだったの?」

「私の大切なお姉様が私より若い王子の元にいくなんて。一体どんなあくどいことをしたのかって思っていたんです」

「あー……えー……でもだれよりも早く祝福してくれたじゃない」

「お姉様の決めた相手です。なら、私にはもう信じるしかありません」

「……うぅううん!! 愛らしいわが妹よぉお! 」


 クリンが、妹の言葉に感極まり、思わず抱きしめ、そのまま、腰まで手を入れて、持ち上げる。くるくるくるくる。妹と回る。……くるくるとはいうが、かなりのスピードで遠心力によりカリンの体が曲がっていく。


「わぁ!? な〜ん〜で〜す〜か〜」

「あー!そうえば!なんにも相談せずに婚姻決めちゃってごめんね? 」

「この回すのを止めてからそういうことをいってください〜目がぁ〜」

「だっておろしたら許してもらえそうにないもんー」

「もう怒ってません〜だから〜おろして〜」


 クリンは、思う存分妹をぐるんぐるんし、ご満悦のまま、カリンを椅子に座らせた。これはこの姉妹が、幼い頃やっていた遊びだった。


「……懐かしい? 」

「……まだ目が、まわってます……そうです。こうしていつも先に私が目を回すんです……なんでお姉様は目がまわらないのか不思議でならなかった。うぅう……視界がぁ……」

「さぁ? 理由はわかんないわ。でも、船に乗っても船酔いしなかったし、そういう体質なんじゃないかな」

「船酔い? 川下りに使うのよりも大きいという船でも揺れるのですか?」

「海の波ってものすごいの。それをうけてよく揺れるのよ。それで、今のカリンみたく酔うの。酷い人は吐いちゃうってさ」

「……乗ったこともないのに、なんだか乗りたくありません。海の船」

「コウ君に連れて行ってもらえばいいのに。あ、潮風がまずいか」

「大丈夫です。私が行きたいといえば、きっと頷いてくれます」

「なに? 彼そんな素直なの? 」

「素直というよりも……」

「ん? 何が? 」


 椅子に座ってぐったりしたカリンが、その目を細めてしみじみと言う。


「コウって、私にメロメロなんですもの」


 ……長い沈黙。そして、その目に姉が答えた。


「あっはっは! なぁんだそうなの! そりゃしょうがない!」

「そうです。しょうがないんですよー……うう……」

「……そんなに気持ち悪いの? 」

「汗をかいていたのを忘れていました……張り付いて気持ち悪い……」

「あら。そりゃ大変。いま人を呼んでくる。誰を呼べばいい? 」

「使用人なら誰でも……ああ、でもまず着替えをしたいです……」

「女の人ね。少しまっていて」


 クリンは小走りで部屋からでていった。


「……コウは今頃雪かきかな。転んでいるかも」


 暖炉を眺めながら、傍にいない自分のベイラーに思いを馳せる。ぐったりとしつつ、カリンは、コウが作ってくれた姉との時間をもう少しだけ楽しみたかった。同時に、コウの自慢話をまだしていないことにも気がついた。レイダというベイラーと決闘をして、辛くも勝利したこと。ゲレーンミルワームを押しとどめたこと。土砂崩れを防いだこと。


 ふと、カリンはあの土砂崩れで、この国がなくなるかもしれないと考えてしまい、恐怖と、絶望で投げやりになったとき、突如、激励と共に、なにやら告白めいたことをされた事を思い出す。要約してしまえば、コウは、カリンと最後までいるからここで諦めるなと言った。コウがそうまでする理由を問えば、カリンが好きだからだと言った。


 それは拙くも、なんの飾り気もない、でもどこまでも直球な好意。その後、カリンからその告白を蒸し返して、反応をみて茶化してやろうという意図で問いかけた。この1ヶ月でどこを好きになったのか聞けば、「数え切れない」「だからもっと好きになる」他にはと聞けば「最初にみた笑顔が好きだ」


 カリンは、こうまで直球に好意を寄せられているとは思わなかった。そのせいで、言葉受け止めるのに結構な時間を要してしまう。カリンも、悪い気はしなかった。そして少しだけ、コウとの時間が、濃いものに変わっている気さえしている。この一連の事を姉に話すべきかどうか。


「うぅ……湯浴みはできるかな……そこで話そう……」


 カリンはこの時、それはいい考えだと思えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ