双子の冒険
「どーん! 」
「ばーん! 」
黄色い巨躯が、その大きさに似合わない早さで動いている。早いといっても歩く早さが早いわけではなく、その姿があまりに軽快でそう見える。リクが乗り手を有した事でその動きを人間と同じものとしたことで普段の何倍も動きやすくなっている。ではあるいていなければ何をしているのかといえば、四本足を器用につかい、どすんどすんとスキップしていた。
「道がせまいねー」
「砂漠はどこにいっちゃったのかなぁー」
二人は首をかしげながらリクを跳躍させていく。二人は寝込んでいた間に診療所に運ばれていた為、ここが巨大な生き物の背中にある、ホウ族の移り里であることをまだ知らない。山ひとつほどの大きさをもつタルタートスの背であっても、街一つ創るのには多少の無理がある。それがこの道の狭さだった。人があつまる場所では特に道が狭く、リクが通っているのは比較的大きな道であり、すでに何度か道が狭すぎて先にいけないことがあった。そして今、リクがスキップしているのには一応の理由がある。
「あ! おねえちゃん! あっちにおっきな池」
「あっちね! 」
リクが地面に大きな足跡の残して着地する。こうしてスキップすることで、少しでも視線を高くし、なにか目立つ物を見つける意図があった。途中からスキップすること自体が楽しくなっていたが、二人ともそんなこと些細なことは気にしていない。
「ナットいるかなぁ」
「いるといいねぇ」
二人が笑い合いながら操縦桿をそれぞれ握り締め、リクの半身ずつにある手足をそれぞれ操作する。リクの操縦は非常に特殊で、手足それぞれに操縦権めいたものがある。ふたつある右手の片方はリオ、片方はクオ。左腕もそれぞれのリオとクオが、右足、左足も左右それぞれに双子が操作できる。片方だけが操縦出来るわけではない。二人で歩くのであれば、二人三脚のように片方の足を一緒に動かせばいいと思われがちであるが、リクの場合はそうではない。運動会での花形競技であるあの二人三脚は、二人で一緒に動かす足さえ決まれば、息を合わせて動かすことができる。一方、リクの場合は、右側の体を動かしたい時は、双子でそれぞれ息を合わせて動かさねばなない。二人ならんで、一瞬のズレもなく、行進のように動作を重ねて並んで歩くようなものである。少しでもズレば、リクの手足はすぐにもつれ、あるくことすらままならない。
「おねえちゃんなんか見えてるの? 」
「でっかい池の中にね、おうちみたいのがあるの」
そんな、軍隊もかくやの動作を、二人がおしゃべりしながら行っている。行進で動作を合わせるという行為にはそれなり以上の練習量がいり、かつ歩く以外のことをしようとすれば難易度はさらに跳ね上がる。リオとクオは、その動作をまるで相手がどう動くのかしっているかのように、ぴたりと合わせることができた。結果としてリクは歩くことは下より、スキップもできるようになっていた。
《---!! 》
「もっとはやく? リク大丈夫なの? 」
《ーー!! 》
「おねえちゃん! 」
「うん。やってみよっか! 」
リクがもっと早くいけると催促する。ふたりともその声に答え、操縦桿を握る手が一層強くなる。二人の意識がひとつに集まっていく。
「「いっけぇ!! 」」
二人でいっしょに大きく踏み込み、四つの足が大きく沈み込む。サイクルが軋みを上げながら高速で回り、リクに力を溜め込ませる。そしてひと呼吸の後、地面に大きなあなを4つもあけながら、リクが跳躍する。そもそもとして体の大きなリクはサイクルから出る力の大き差も桁違いだった。ベイラーのサイクルが様々な形に姿を変える事があるが、リクに至ってはそこまで複雑な形に変える事ができない。サイクルブレードも、サイクルショットも習得に至っていない。しかし、純粋な力だけで言えば、コウに次ぐ力をもっていた。
《ーーー》
リクが、跳躍しながら思う。以前であればパームのいいなりになっていた。言葉も喋れず、誰かに助けを呼べない彼が、もしコウに、カリンに、そしてリオとクオに出会わなければ、今でも獣を、ベイラーを襲っていたかもしれなかった。
《……》
そしてこうして四本足の四本腕になったのも、リオとクオに出会ってからのことであった。もともと、リクもまた双子であったのが、中途半端な形で生まれてしまった体をしている。それがこうして同じ双子と一緒にいられることに、限りない居心地の良さを感じている。
《ーーー》
「なぁにリク? 」
「どこか痛いの? 」
コクピットの中で見上げる二人。顔を合わせるようにしていると、この二人のためであれば、どんなことだてできるような気がしてくる。そして事実、リクはこの二人に応えるように、力が溢れ出ていた。何十メートルも跳躍して、池のほとりまでひとっ飛びで来てしまう。黄色い体が池の傍で大きな土煙をあげながら盛大に着地し舞い上がった土が体に降りかかった。
「すごいじゃんリク! 」
「でもあとでふいてあげなきゃ」
《ーーー》
もういっかいいけるとリクが言う。双子が虫による毒で倒れてから一番気をもんでいたのが彼であり、今こうして再び双子と一緒に動ける事がなにより嬉しかった。
「それじゃぁもういっかい! 」
「せーの!! 」
池のほとりから一気にほこらへと跳躍する。リク。彼の気分は、さわやかさの頂点に達していた。池の中心部、占い師のほこらの目の前に来るまでは。
「待ってリク! 誰かいる!! 」
《ーーー? 》
双子が目を凝らすと、たしかに誰かが、祠の前で座り込んで何かをしていた。小さな椅子に座り、長い竿池に向けてじっと待っている。釣りをしてるのは見てわかるが、問題はその座り込む人間がいるすぐ近くに着地しそうな事だった。
「リク! 」
「方向転換! 」
《ーーー! 》
リクがその腕を大きく振り、サイクルを回す。複雑な形をした者は生み出せないが、棒や板のような簡単な物であればまだ行える。そうして空中で大きな板を作り出し、目の前に立ち塞がせる。
「「せーのぉ! 」」
リオとクオが掛け声をかけ、自分で作り出した壁に殴りかかる。その反動で、どうにか進路を変える。急拵えで薄く脆い壁はリクの前に難なく砕け散りる。黄色い木片が祠の上空で舞い散る。
「……なんとか、なる? 」
「かも? 」
《ーーー?? 》
◆
「釣れないかぁ」
祠の前で優雅に釣りをしているアマツ。その足元にな何も成果がないバケツがある。彼女の数少ない趣味が、この池での釣りだった。食べる為に魚を釣る事もあれば、色が珍しい魚を釣れば、瓶に入れてしばらく飼う事もある。
「白いベイラーは、どうなったか……それとも、逃げ出して怒ったアンリーがボコボコにしてしまったか……見極めとはいえ、工房の方には自作自演で無理をさせてしまったかもしれないなぁ」
工房で起きた事故は、半分は彼女の指示であった。小さな事故を意図的に起こさせた。しかしその後の小規模な崩落は彼女が起こした事ではない。しかし彼女はそれすら占いで見ていた。知っていた。
「怪我人はいない……が、どうやって、助けたのか。それが重要になる」
垂らした釣り糸が一瞬沈む。
「あの白いベイラーに関して、見れる事が少なすぎる……なぜ見れないのか」
沈んだ釣り糸がさらに深くなり、糸が張る。
「やはり手前の知る、理の外から来たと見るのが妥当……か」
座り込んだまま、持った釣り竿で手首を操る。糸が張りと緩みを繰り返す中、その一瞬緩んだ隙を見て糸を手繰り寄せる。それを数回繰り返していく。手応えは強く、引っかかった魚がそれなり以上の大きさである事がうかがえた。
「これは食べるほうですねぇ。お昼は塩焼きにでもしますか」
釣り上げた後のことを考えながら、期待に胸を膨らませていく。
「そう言えば、旅の一行には従者の方がいましたね。彼女に何か作ってもらうのもいいかも。ゲレーンの城勤め、それもお姫さま付きとなれば、恐らく料理の腕は立つはず……ああ、ゲレーンの郷土料理を振舞ってもらうのもいいかもしれません」
釣り糸がさらに短くなっていく。もうすぐ釣り上げられられるかと言うそのころ。アマツの上空でなにやら木片が降りかかる。
「森で山火事でもおきたのでしょうか。そんな事は占いでは……では? 」
手のひらに落ちた木片を不審に思い、まじまじとその色をみる。それは自然の木々にはない黄色をしており、山火事で変色するような物でもない。それはベイラーの物であるのは明白だった。
「……なぜ? 」
そして上を見上げると、占いでも見ない光景が広がっていた。上空に、黄色い、四本足四本腕、そして四つ目のベイラーがこちらに落下してきていた。
「それは見てないッ!? 」
彼女のすぐ近くに、それは落下してきた。祠の岸に盛大に着地した。水柱が上がり、アマツの体に降り注ぐ。同時に彼女の釣竿も流され、その場から跡形も無くなってしまう。
「……これもあの白いのが悪い」
ずぶ濡れになったアマツの前に、幼い双子がコクピットから出てきて謝り始めた。
「ごめんなさい! 」
「大丈夫ですか! 」
「……ああ、貴方達は毒で倒れてた……瓜二つですねぇ」
「リオだよ! 」
「クオだよ! 」
「アマツといいます」
「ねぇ! すっごく晴れた時の空と同じ色のベイラーしらない!? 」
「ねぇ! 綺麗な栗色の髪の毛の、すっごい綺麗なお姫さましらない!? 」
「あー……知っていますとも。2人とも知り合いです」
「知ってるの!? 」
「なんで!? どうして!? 」
「占い師をしていますから」
「占い? 」
「占いってなーに? 」
「手前は少しだけ、先の事を知る事ができるんです」
「少し」
「先? 」
濡れた前髪を分けながら双子を凝視する。髪留めが左右で違うこと以外は何も違いがなかった。そこで、アマツはひとつのいたずらをしかける。
「1つ、貴方達も占ってあげましょうか? 」
「占うって、何を? 」
「手前の占いを見せてあげます……といっても、略式なので詳しくはできませんよ? 」
「りゃくしき、ってなーに? 」
「あー……簡単なー、という事です」
「占いって、簡単にできるのー? 」
「食事とおなじです。簡単に済ますこともできれば、豪勢にする事も出来るんですよ」
「へー」
「ほー」
「(わかっているのかわかっていないのか)」
「ねーねー! りゃくしきってどうやるのー! 」
「やるのー!? 」
「お待ち……えーとね」
びしょ濡れになりながら、なんとか立ち直って準備を進める。魚を入れる為に持ってきていた瓶に水をいれ、さらに、底の浅い皿を地面にコトリと置く。傾きがないかを確かめながら、皿の中へとゆっくり水を注いでいく。
「お水飲むの? 」
「生水をそのままで飲んではいけませんよ……って違う」
皿の周りに、小さな石を並べていく。そしてその岩と岩を結ぶように、今度は釣り糸を垂らしていく。皿の上に、ちょうど十字を切るように糸が張られ、その十字の糸が皿に中へと沈んだ。
「できた……さて。何がみえたものか」
アマツが瞳を閉じ、小さく皿を指で弾いた。透明感のある音が響きながら、水の波紋が十字になった糸に触れ、不規則にゆらめいている。
「……」
「これが、占い? 」
「なんかへんなのー」
双子は囃し立てる中、アマツはじっと目をつぶり微動だにしない。囃し立てるのをやめるほど時間がたち、少しだけリオが飽き始めた頃、アマツの濡れた前髪から水滴が1つ、皿の中に落ちた。その時、皿の中で変化が起きる。指で弾いていない箇所から突如として波紋が幾重にも重なり始め、十字に沈めたはずの糸はすでにぐちゃぐちゃになる。この不自然な現象に双子が気味悪さを感じていると、アマツが改めて口を開いた。
「見えた」
「みえた? 」
「何が? 」
「……この後、虫と会う。それは見たことある虫。でもそのあと、大きな獣に出会う」
「虫? 」
「獣? 」
「でも大丈夫。貴方達を大切に想ってくれる人が来てくれる」
「大切に? 」
「想ってくれる? 」
「その、後は……」
ぷつんと、水に濡れていただけの糸が突如切れた。その瞬間にアマツは目を見開き、息を大きく吐いた。ずぶ濡れだったはずのアマツの体は、池の水を浴びた為ではなく、自身から出る汗で濡れている。ほんの少しの時間だったのに、まるで滝のような汗が滴っている。
「……略式なので、ここまで」
「えー! 」
「何の虫に会うの!? 何の獣に会うの!? 」
「そこはほら、見てからのお楽しみにで」
「わかった! お父さんみたく酔っ払っていろいろ言ってるんだ! 」
「お父さんみたく誤魔化してるんだ! 」
「君たちお父さんに辛辣だね……まぁ、一応方向だけは教えてあげようか」
そう言って、祠からほど近くの森を指差す。
「あっちだよ。言ってごらん」
「……おねえちゃん、これはついていく事とは違うよね? 」
「うーん」
双子が父親との約束に抵触するかどうかをヒソヒソ話で確認しあう。一応、知らない人についていかないと言う約束を破っている事にはならない。そして1人で森に入る事にはならない。
「……ええと、アマツおばさん」
「はっはっはー。なんだい? 」
「もし嘘だったら、アマツおばさんが嘘いったって姫さまに言っていい? 」
「うーん無慈悲。大丈夫。嘘じゃないから。でももしそうだったら言ってもいいよ」
「じゃぁ大丈夫! いこうクオ! 」
「うん! 」
相談と、もし嘘だった場合の保険をかけながら、リクに乗り込み、双子がその場を去っていく。
「……あの年でなんとしたたかな。子供の恐ろしさとは……しかし、おばさんかぁ……少しでも化粧を覚えたほうがいいのか……いや、年相応と見られていると考えれば……しかしおばさん……」
ウキウキで歩いていく双子とは対照的に、アマツの心境は複雑だった。男女問わず、子供からのおじさんおばさん呼びは心の致命傷となる。
「……さて、竿はどこかな」
おばさん呼びを忘れるように、趣味の釣りを続けようとした時、さらなる問題が発生する。先ほどまで使っていた釣竿はすでにはるかかなたへと流れており、釣り糸は占いで使い切り、餌は無くなっていた。
「……おのれ」
幸い、椅子だけでは流されていなかったため、座り込む場所だけは確保できた。しかしそれでアマツの気が済む訳ではない。
「どれもこれも、全て、全てあの白いベイラーのせいだ。ああそう思ってしまえ。ああそうだとも」
完全に八つ当たりに近い形でコウへのヘイトが溜まっていく。占い師の役目は、略式でさえ汗だくになる過酷な物であり、また最近にいたっては白いベイラーと黒いベイラーが世界を滅ぼしている悪夢に苛まされており、慢性的な寝不足に見舞われている。子供相手に不満をぶつけないほどの理性はあるが、1人になった時に愚痴として吐き出さない事は今のアマツには酷と言えた。
「……お腹すいた……」
道具としまい、祠へと向かう。
「しかし、クチビスかぁ……そういえばそろそろ砂漠でも出てくる頃か」
双子が遭遇すると言われた虫とは、ゲレーンでもよくみる事があったクチビスのことであった。25cmほどのバッタである。大人しく臆病で、あまり人前にでは出てこない。しかしそれはゲレーンでの生態であり、この地方では性質が異なっている。
「また大掛かりになるなぁ」
「占い師様! 」
「うん? どうした? 」
ひとりごちりながら歩いていると、ホウ族の若者がアマツへとやってくる。
「二丁目で、崩落が! 」
「おやおや。怪我人は? 」
「そ、それが……白いベイラーが怪我をしたとか」
「白いベイラーが、怪我を? 」
「は、はい。工房の職人を助けた時に足を! 」
「そう、か」
「どうしますか? 」
「……治療を。薬を使う許可を手前が出したといいなさい」
「い、いいのですか? 」
「手前がいいと言いました」
「は、はい! 」
伝令としての若者が足早にその場を去っていく。
「助けた……その身を呈して……白いベイラーが? 」
そして、聞かされた内容が己の予想と違いすぎた。
「逃げ出すでもなく、目的を果たせないでもなく、身を呈して守った? 怪我人が出なかったのは、彼のおかげだということになる……それはどう言う事……」
森を見上げるアマツ。その視線の先には二丁目がいる。今そこにある工房では、コウが身を呈して守った職人たちがいる事になる。
「何故? ……そんなことができる彼が、なぜ世界が壊せる? 」
彼女の懸念は、コウを信じていない為に来るものではない。たった今聞かされた内容を聞いてもなお、自分の占いでみたあの光景が目に焼き付いて離れない。もし、あの占いが正しく、かつコウがそのまま世界を破壊するベイラーであるならば、人々を身を呈して守る事ができながら、この世界を焼き尽す事を選んだベイラーとなる。占いの結果と、たった今聞いた工程が結びつかない。
「逃げる程度のベイラーなら分かる。力なく誰も助けられないのならわかる。……助ける事ができて、それでも世界を破壊する?? なぜそんな選択ができる?手前がまだ彼について知らない事が多すぎる……まさか、世界を破壊するのは、もう片方? 」
思い描くのは、並び立つ2人。破壊された街の中で、炎と共に佇む黒いベイラーと白いベイラー。お互いは対立ではなく、友好的な立ち位置でそこに立っている。2人ともが世界を破壊していたのは明らかだった。
「まだ見極めるには早いということか……全く。いつもながらやることがおおい」
祠に引き返すアマツ。中には彼女を乗り手とする桜色をしたグレート・レターと、アマツを補佐する役目をもった、使者ともいうべき者たちが待っていた。突然の帰宅に驚く使者たち。
「占い師様?釣りを楽しんでいらしたのでは? それに濡れ鼠ではありませんか」
「すこし占う。支度を」
「は、はい」
短く告げると、慌しく使者たちが準備を始める。グレート・レターが頬杖を解き、アマツに向き合う。
《どうした? そんなに慌てて》
「気になる事があるのですこし見る」
《それならばいいが……その腹くらいはどうにかしたほうがいい》
「腹? 」
レターが指差したその時、祠の中で全員が聞こえるほどの大きな腹の虫がなった。思わず使者が自分の腹をさすり、誰がだした音なのかを確認しあう。
「……お昼だ」
「はい? 」
「軽いものでいいけど、手前が魚が食べたいなぁ! 」
「は、はい! 」
使者が今度は食事の用意を始める。つい先ほどまで、ゲレーンの郷土料理を食べてみたかった事を思い出した。
「……夕食は作ってもらうか」
《お昼もまだだと言うのにもう夕餉の話かい? そんなに食いしん坊だったとは》
「ち、違う! 違うからね!?」
色白でちょっと抜けてるお姉さん。要素を並べるとこう、あざとい。




