マイヤの生活
何もかもが変わる旅のなかでも、いつもと変わらぬ生活を繰り返す者も居る。その最たる例はマイヤと言っていい。
彼女が給仕として働きだしたのはまだ子供の頃。彼女の両親もまた給仕として働いており、その後を継ぐ、と言うよりは数が居れば居るほど助かる給仕を1人を増やすような感覚でマイヤは仕事を任されるようになる。両親の仕事ぶりをみて育った彼女は、自然と炊事洗濯の基礎を目で見て理解していた。同時に、なぜ他人のために働けるのか、疑問に思う心が育っていった。
「そう言えば、最初はそうでしたね」
目を覚ましながら、マイヤは自分の一番最初の気持ちを思い出す。早朝、きっちりとした時間で起きる。雨の日でもそれは変わらず、長年の習慣で身についた技術だった。
「さて。水は出る。お料理もしていいとのことでしたが」
女性陣の部屋の中で最初に起きたマイヤ。寝起きであるのと、視野が狭いために目つきが鋭くなりながらも、いつもの給仕服に着替え、身支度をさっと済ませる。髪を結い、家事の邪魔にならないようにし、顔を拭き、贈られてから大切に使っている眼鏡をかける。目が悪いマイヤの目つきがこの眼鏡をかけるだけでかなりの度合いで緩和される。
「サマナ様の様子を見に行きますか」
身支度を整え、足音が極力たたないようにゆっくりと部屋に向かう。サマナと旅をする際にわかったことであるが、彼女は寝相が良くない。寝入りも浅く、寝床から落下している、もしくは全く別の場所にいることがままあった。起こさなければ寝こけているため、朝1で様子を見にいき、異常を直してやらねばマイヤの気がすまなかった。サマナが寝ている部屋のまえで扉を何度か叩くも案の定返事はない。おきていない事を確かめながら部屋に入る。サマナはそこで寝こけていた。
「……よく1日でここまで」
しかし部屋がそうではなかった。昨日の時点で畳んでおいたはずの服はいつのまにかそこらじゅうで足の踏み場をなくし、おそらくサマナが愛用しているであろう剣が床に無造作に転がっている。寝巻きに着替えることはできており、一応服は着ていたが、毛布を掛ける気力はなかったようで、大の字になっていびきをかいている。大胆な寝方だった。マイヤが入ってきてもぴくりとも動かない。
「簡単に掃除してしまいましょう」
状況を確認し、てばやく作業にうつる。散らかった服をたたみ、転がった武具を飾り、大の字になっているサマナに毛布をかけてやる。作業時間は短いながら達成した項目はいくつもある、濃密な時間が過ぎていく。
「ここまで。朝食が終わったら拭き掃除をしましょうかね」
おなじ部屋であったとは思えない整えられた部屋。そのベッドに眠るのはさきほどまで大の字になって寝ていた少女とは別人のようだった。ただイビキだけが別人であることを否定させる。他人からすれば少々どころかかなり耳障りの悪いイビキであるが、解消方法は個人に委ねられる。主に生活習慣の改善で緩和すると言われているが、痛みを伴う方法であれば話は別だった。
「うが……あが……」
「これでよし」
洗濯につかう留め具、所謂洗濯バサミを鼻につまんでやる。時折でてくる潰れた声に気を良くして、そのまま部屋を出た。そして彼女の次の仕事が始まる、はずなのであるが、ここで問題が生じる。
「困りました……材料がないなんて」
そこは台所。道具は一通り揃っており、火を起こしさえすればすぐにでも朝食がつくれる状態だった。しかし肝心の材料がなく、料理をはじめられない。首をひねって、どこかに仕舞われていないか探していると、ふと扉を叩く音が聞こえた。
「はいただいま」
慣れない扉に力加減を間違えながら、勢いよく開けはなつと、そこには白い肌をした妙齢の女性がむすっとした顔で立っていた。
「あんた、飯は作れるのかい? 」
「はい。十二分以上には」
「占い師さんのいってたことは本当かい……こいつを使いなって」
小脇に抱えたカゴを無造作に差し出す。そこにはパンが人数分と、野菜、果物が添えられていた。マイヤが欲しがっていた材料である。
「香辛料は床下の扉に少しある。そいつを使いな」
「ええと、これは? 」
「占い師さまにな、ここにもってくればうまい飯を勝手に作るやつがいるからもっていけと」
「……ええと、私めがつくればよいで? 」
「この野菜はあたしんとこの畑のもんだ。これをやるからなんかつくっておいておくれ」
「失礼ながら、客人に、料理をつくれとおっしゃる? 」
「材料をだしたのはあたしだ」
「なるほど。承りました。出来上がったらお呼びします」
「なら池の麓でまってるよ」
挨拶も抜きに言うだけいった妙齢の女性はそのままさっさと何処かへといってしまう。面食らいながらも受け取った材料をみると、どれもこれも朝露が付いており、採れたてで新鮮なものばかりだった。少なくとも彼女のいった言葉に嘘はない。野菜は葉物を中心に、根野菜がいくつか。香り付けにつかうハーブが少し。
そして、水気のある葉物の下には、燻製に
「さて。……野菜あり、パンあり、肉あり……そして水は使っていい。となれば」
言われた通りに床下の扉をあけると、複数の瓶詰めが見つかる。栓をあけると、いくつかは薬であるようで、つんと鼻をつく匂いがする。何本か開けていくと、1つだけ別の種類の香りを見つける。
「これが香辛料ですね……でもゲレーンで使っているものとは違う……別の味で大丈夫かな」
材料を並べ、道具を用意し、腕をまくる。これから始まる彼女の仕事は炊事だった。
◆
「んが」
2人目に起きたのはサマナだった。ぱっちりとは言わずとも、寝起きが悪いわけではない。しかしやけに鼻が痛いのが気になった。
「……いったぁ」
ベットから這い出ると、ふと寝る前の風景とはこんなものだったかなと疑問に思う。整然と整えられた服、いつのまにか帽子掛にかかっている羽飾り。その羽飾りにしなだれるように置かれた剣。どれも寝る前にはなかった物だった。しかしこの短い旅の中で、その犯人に検討は付いている。
「給仕の、かな。よくやるなぁ」
マイヤのマメさ加減に尊敬を超え呆れが見える。彼女が暮らしていた海賊たちは、基本的に自分の服がどんなに散らかっていよう時にしない。それは自分でやればいいだけの事だと理解しているからであり、面倒臭がっている自分が悪いのだと知っているから。それを手間暇かけて直すのは甘やかしだと教わっていた。しかしこの龍石旅団の面々と過ごしていると、その教えと真逆のことをしている。あろうことか友達がそれを容認していることに驚いていた。
「気持ち悪くないのかな。自分の服とか武器とか勝手に触られるの……もう慣れてきたけど」
自分でも慣れてきた事に驚きながら、洗濯されて清潔になった、着慣れた服に着替えていく。羽飾りをつけ、髪をとかして前髪を整え、右目を隠す。普段とおなじ格好になり、扉を開けると、その鼻腔に空腹を刺激する香りを感じた。思わずよだれが出てくるのをぬぐいながらその香りの元へと駆け寄る。台所ではすでに火が起き、野菜と肉を入れて煮込んだ旨味のあるスープがコトコトと小気味好い音を出していた。
「給仕の! 今朝はスープ!? 」
「おはようございます。まだかかりますので、少々お待ちください」
「……」
見れば、スープ以外にはサンドイッチが用意されている。見れば根野菜はほとんどスープに使われ、サンドイッチにはその分葉物の野菜がふんだんに使われている。中にわずかにのぞいたマイヤ手製のソースが滴って、さらに食欲を刺激した。ふと、サマナに邪な心が働いた。マイヤは今スープの鍋に夢中で背後を見ていない。サンドイッチまでの距離は手を伸ばせば届く距離。サンドイッチの一欠片でも食べてみたくなってしまった。今であればバレない。
「ああ、運ぶのはお待ちください。肉がまだ熱いので」
「ご、ごめんなさヒッィイ!? 」
マイヤはただ、まだ肉を焼いたばかりで熱いサンドイッチに触るのが危ない為に、手を伸ばしたサマナを制する。単に机にまで運んでくれるのであろうと思い忠告した。つまみ食いをしているとは少しも考えていない。対してサマナは、そのつり上がった眼に思わず小さな悲鳴をあげた。マイヤはただ鍋の前にいては湯気で眼鏡が曇ってしまい、料理どころではない為に眼鏡を外していたが、眼鏡を外したマイヤの眼光をサマナはまだ知らなかった。本人は目の前が見にくい為に目を細めているだけだが、その目がどれだけ他人を恐怖させるかはマイヤ自身も自覚がなかった。眉間に何重もの皺を寄せ、目の端がこめかみまで吊り上がり、黒目が見える範囲より白目が多くなった三白眼のようになった顔を、さらには不機嫌さの極みのような低い声をだされながら目の前で凄まれれば、慣れていないものは良くて後ずさり、悪くて逃げ出してしまう人相だった。事実マイヤの前で何人もの子供が逃げ出し泣き出している。
「あ。ああ。すいません。いま眼鏡を」
「いい! いいって! ……ああごめんやっぱりかけて」
「今かけますから」
ポケットから折りたたんだ眼鏡を取り出し、慌てて掛け直す。ピントが合っていくとぼやけた輪郭がしっかりと線となっていく。目の前のサマナを認識すると、状況証拠が彼女の行動に善意がある訳ではない事がそこはかとなく漂っていた。しかし涙目になった彼女を追求するような趣味をマイヤは持っていなかった。
「机にまで運んでいただけますか? 」
「は、はい……」
「あなたの分もちゃんとありますから」
「はい……あれ? でもスープがやたら多くない? 」
「ああ、これはまた別の方にです」
マイヤが調理にしようしている鍋は、この宿に泊まっている人数分より明らかに大きな鍋だった。量にして10人やそこらの量をマイヤは作っている。
「あとでベイラー達に手伝ってもらうかもしれません」
「そ、そう」
しおらしくなるサマナ。短い付き合いながらベイラーに乗っている時のサマナと、こうして普通に過ごしているサマナとでは印象が真逆に感じる。
「あなた、本当にベイラーに乗っている時とそうでない時の差があるのですね」
「あ、あれはセスに引っ張られるというか……セスがよく励ましてくれるから。お尻のことよく言うけど」
「今は、なんといいますか、人見知りですね。どっちも貴女なのはよくわかりますけれど」
人見知り、と表現したが、遠回しにか弱い少女であることを伝える。サマナにとってこの意思の弱い自分は、か弱いというよりは臆病な自分であると感じていた。そのことで1つ彼女には懸念があった。
「カリンは」
「はい? 」
「カリンは、どっちが好きかな。ベイラーに乗ってる時のあたしと、今みたいな、人見知りなあたしと」
サマナの理想はまさにタームの姿そのものだった。気迫があり、皆を声1つで鼓舞する海賊の長。セスに乗っていれば同じことができる自信はあるが、サマナ1人では決してできないと感じている。それではいけないと彼女は思いつつ、改善したくてもその方法を見つける事ができないでいた。そしてもし、サマナが友達だといってくれたカリンが、友達になってくれたのはセスに乗っている時のようなサマナであったなら、セスに乗っていない自分は友達になってくれないのではないかと。
「聞いて見ることです。私が答えて意味があるものでもないでしょう? 」
「聞けたら苦労しないよぉ……」
「いいから。姫さまを呼んで来てください。もうすぐできますから」
「わ、わかったよ」
とてとてと叱られた子犬のように去っていくサマナ。その様子をみてさすがに意地悪をしすぎたかもしれないと反省しつつ、スープの味見をする。
「……すこし塩気が多い。やっぱり水を足しましょう」
レバーを押して水を追加する。清潔で綺麗な水であるが、生水ほど体に悪いものはない。一度沸騰させてから容器を写し、スープの入った鍋へと入れる。その都度味を確認し、4回ほど味をみてようやく出来上がった。
「さて。お口に合えばいいのですが」
◆
「……二丁目の方は、シュルツ達が? 」
「なんでも、白いベイラーをつれていったそうだ」
「何のために? 」
「さぁ」
一丁目。池のほとりにある数少ない集落の一つで、朝方マイヤに野菜を持っていった女性が噂話に耳を傾けてる。その女性以外にも、たくさんの人々が集まっている。話と言っても井戸端会議のそれであるが、内容はほとんどホウ族に来たよそ者の話ばかりだった。喋りたい事を喋り、返事は期待しない。そんな会話が続いている。彼女らは今、洗濯物が乾き、幼子が朝ごはんをせびるまでの間、若干の暇であり、その暇をつぶすために延々と話がでいた。
「四つ足がいたかと思えば腕がない奴、鳥みたいな奴、真っ赤で派手な奴、白いやつ。珍しいベイラーの見本市みたいな連中だ」」
「1人だけ緑でやたら地味」
「その地味な奴、シュルツはサイクルショットが上手いと褒めてたっけ」
「ますます見本市じゃない。本当に帝都の回し者じゃないの? 」
「占い師様がそう言ってしねぇ」
「じゃぁ一体どこから? 」
「ゲレーンからと言っていたよ」
「ゲレーン!? はるか彼方じゃないの! そんなとこからこれる訳が」
言いたいことを言っているだけで、悪意もなければ善意もない。だれもかれもが聞き流している。ただ、このおしゃべりこと彼女たちの貴重な娯楽のひとつであった。しかしその娯楽も赤子のひと泣きで終わりを告げる。
「じゃぁそろそろ」
「またねぇ」
各々がバラバラに散っていこうとする。今日はどんな朝食を作ろうか頭を悩ませようとしたその時、足元からわずかな振動が来ることに気がつく。1人が気がつくと、他の者も目を見合わせてわずかに身構えた。人に近づく獣かもしれないと警戒心をもちながら、すぐさま行動できるように膝をまげて見極める。振動はさらに強く近くなり、やがてその正体が向こうから現れた。
「真っ赤な、ベイラー?? 」
《セスだ。お前たちに用がある。朝にきた夫人はだれだ? 》
真っ赤な体に、頭から伸びた一本の角。セスが宿から歩いて来た。その手には、まるでお盆のようにして鍋をいくつも並べている。
「あたしだ」
《給仕の女が約束を守った。皆で分けてくれと言っていた》
セスがゆっくりと膝たちになり、鍋の中身をこぼさないようにゆっくりとお盆を地面へと置いた。
《持ってきてくれた野菜をつかったスープだそうだ》
「こ、これだけの量を、あの、けったいな飾りをつけたのは? 」
《けったいではない。眼鏡という。給仕の女は目が悪い。あの飾りはそれを矯正してくれるものだ》
「……目つきが悪いのはそう言うことかい」
鍋の蓋を開ける。まだ出来立てであり、スープから湯気が上がってる。透き通った色をしているのは、鍋で作っている最中、出てくるアクを丁寧に取り除かなければできない仕上がりを意味している。香り付けにハーブが使われており、それがまた食欲をそそった。
「見た目はいいね。味がどうだかしらないけど」
鍋にはいっていたおたまを取り、スープを一口味見する。
「……」
《給仕の女は、もしかしたら塩辛いかもしれないと言っていた。初めてつかう調味料で加減が分からなかったとな》
「はじめて? はじめて作って、これかい?? ……はっは」
笑い声が漏れはじめた。最初は小さく、やがてたしかに大きく、抑えられないといったように。
「たいしたもんだ!! たいしたもんだよまったく!! 」
《給仕の女が作ったスープはどうだ? 》
「乗り手がいることを感謝しなよ? この味をあんたは知れるんだからね! はっはっはっは!! 」
心底、嬉しそうに彼女は笑った。そこには朝にみたあの仏頂面はない。
《笑っているところ悪いが、これも渡してくれと言われた》
「はー。笑った笑った。でなんだいこれ。紙切れ? 」
セスの指に小さなメモが挟み込まれるように刺さっている。
「これは……レシピかい? こんな細かく? 」
材料を煮込む順番から水の量まで事細かに書かれたそのメモは、たった今飲んだスープのレシピが記載されている。マイヤが急いで書いたのか、ところどころ走り書きであった。
《私たちが離れても作れるように、だそうだ》
「いいのかい? 」
《給仕の女がいいと言ったんだ。いいのだろうな》
「なら、ありがたくもらっとくよ。さぁみんな! 冷めないうちにもってちゃおう! 」
なんだなんだと再び広場がざわめき始める。セスが人が集まって身動きが取れなくなる前に、ここから退散する道を選んだ。
《たしかに渡したぞ》
足早にその場を離れるセス。その背中に投げかけるようにホウ族の女性たちが声をかけていく。
「なんか足りないものがあったらいっておくれ。すぐ運ばせるよ」
「今度肉料理おしえててよ! 」
セスは手を振りながらも、給仕の女……マイヤに伝えることが増えたなと、今聞いた言葉を忘れないようにしながら宿へと帰っていく。
「あ、まって赤いベイラー! 」
《セスだ》
「セス! ちょっとあの給仕服の人に伝えてくれないかい? 」
◆
「ねぇ。どうしてそこまでできるの? 」
「はて? 」
朝食が終わり、コウ達が二丁目へと向かいはじめた頃。サマナは掃除に明け暮れている。マイヤ達が泊まった場所は久々に人が入ったのか、細かな清掃がされておらず、部屋の四隅に誇りがたまり混んでいた。それを退かそうと、マイヤが口を覆いながら作業をしていた。そんな最中にふとサマナが問いかける。
「自分にやらせればいいんだ。服をたたむのだって、掃除をするのだって。料理をするのだって。給仕のはどうしてそんなになんでもかんでもやろうとするんだ? 」
「それは仕事ですし」
「城勤めの時はそうかもしれないけど、今はあたし達客人だ。わざわざこっちが掃除する事ないのに」
「言われてみればそうかもしれません。でも、私は……」
マイヤが何かを言いかけた時、セスが空のお盆をもって宿へと帰ってきた。
「ああ、ありがとうございます。運んでいただけて」
《スープの量はあれで足りるはずだ……それと、今朝の野菜を運んできたやつから伝言だ》
「伝言? 」
《いい腕だ。と》
「と、いうことは、お口にあったのですか? 」
《あっという間に鍋が持っていかれた。またスープをせびられるかもな》
「ああ、でも、あのスープは美味しくできたのですね……よかった」
マイヤが心底安心しする。そして、サマナに向き直って先ほどの問いに力強く答える。
「サマナ様。私は、きっと、私の作ったお料理や、私のやったお掃除がだれかの為になっていることが、たまらなく嬉しいのです」
「……給仕の。いやマイヤさんって、すげぇな」
「そうでしょうか? 」
「うん。すげぇと思う。少なくともあたしは」
真顔で答えを受け止めるサマナ。そこに茶化しはなく、純粋に、だれかの為になにかができるマイヤという女性に、心の底から尊敬していた。
「(海賊は何かを貰ってからじゃないと動かなかった。海の上じゃだれも手を貸してくれない。だから自分で出来ることは自分でする……そう、思ってたけど、別に、だれかの事を、見返りなく助けても別にいいんだ……それって、きっとカッコいいことなんだ。おばあちゃんが島でやってくれたように)」
見返りを求めず料理を作ったマイヤと、あの味とでベイラーと共にソウジュの木となったキャプテンの行動が重なった。きっと彼女とももっと仲良くできる。そう考えはじめた矢先、その尊敬も一瞬で崩れ去る出来事が起きる。
「であれば、今度は洗濯留めは止してあげます」
「洗濯留め?……あー!? もしかして今朝の!!」
「貴女のいびきが大きいのがいけないのですよ」
いたずらが発覚し、まるで子供のように微笑むマイヤ。その姿と普段の冷静な物言いがサマナの中で大きなギャップとして刻み込まれる。だからこそ、この後、マイヤに聞かねばならなかった。
「なら今度、料理、教えてくれない? 焼き魚とかじゃなくって、今のスープとかの! 」
「ええ。もちろん」
この後、レシピ通りに作ったと豪語したサマナは鍋を盛大に焦がしてしまう。原因は火加減であるが、その様子を生暖かい目でマイヤは見守ることとなった。




