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工房での救助

 《ねぇ! 二丁目って全部こんな!? 》

 《怒鳴るな。聞こえてる》


 コウがたまらず抗議する。シュルツはそれを構わずにのしのしと歩いていく。乗り手のアンリーは一応はゆっくり歩いているつもりだが、乗り手のいないコウにとっては十分すぎる速さだった。そしてコウが怒鳴るほど足元の状況は良くなかった。先程からベイラーの指先ほどの、人間でいえば腰の高さほどある岩がそこらじゅうにゴロゴロ転がっている。その岩のせいで足をとられ、何度も転びそうになっている。まっすぐあるくのでさえ困難を極めていた。


 《ほかに道は? 》

 《ない》

 《もういい。飛んでいくから道を教えてよ》

 《いいのか? まだお前をみたことのない人々はお前を帝都軍のベイラーと見間違うぞ。そうすればお前は袋叩きだ》

 《別に俺が袋叩きになってもいいよ》

 《お前はいいが、乗り手はどうなる? 》

 《なんで乗り手が出てくるんだ! 》

 《ベイラーに乗り手が必要なことくらいここの者は知っている。であるならばと人は考えるものだ》

 《……わかったよ。飛ばない》

 《それに、空からでは工房には着かない》

 《そもそもなんでこんなとこに工房をつくったの? 一丁目は? あそこなら人もいるし、道もあるし、池もある。ここなんにもないのに》

 《ここでなければダメだったのだ》


 グレートレターの力によって、タルタートスの列、その二番目へと飛ばされたコウ達は、すぐさま事故現場へと向かっていた。しかし、一向に現場に着かない。それどころか、コウ達はいままで他のホウ族に出会っていない。人が住んでいるような気配もなく、先程から岩がゴロゴロと転がっているだけだった。仕事をしているとはシュルツの談だが、その人がまるで居ない。また、一丁目と呼ばれる一番目のタルタートスと、二丁目と呼ばれるタルタートスとでは背中の環境がずいぶんと違うようで、一丁目のタルタートスの背にはそれなりの森があったが、二丁目のタルタートスには草木は少なかった。


 《(工房って、要は工場だよな? でもこんな人がいないとこに工場なんかあるのか? )》

 《今度は言葉で2つ説明する。1つ。まず工房はもっと奥だ。人もそこにいる》

 《奥? でも中央は通り過ぎて、あとはもう首のほうじゃ》

 《そして2つ目。工房は中だ》

 《……中? どこの? 》

 《ここがその入り口》


 シュルツが足を止めた。そこには岩もなく、草木もない。代わりに、大きな横穴があった。坂になっており、深さはかなりの物であるのがうかがえる。壁の内側には温い空気がまとわりつき、洞窟というには少々異様な入り口だった。なぜか風がそよいでいるのが不気味さを助長している。


 《さ、行くぞ》

 《……ま、まぁ岩がなくなればどうでもいいや》


 無理やり自分を納得させ、シュルツの後についていく。すると今度は足元が別の脅威にさらされ始めた。


 《湿ってる? 》

 《足を滑らすなよ》

 《このくらいなら……ん? 》


 今度は岩とも違う、べつの何かを踏む。それは粘着質で、板状に広がる、少々生理的嫌悪感を煽る謎の物質だった。ベイラーの体では匂いは分からないが、きっといい匂いではないのだろうとコウは結論付ける。そのあと、この坂をさらに下っていく。中には木で枠組みが作られており、松明が数本づつ等間隔に並べられていた。コウはこの空間の、岩ではない何かにまるで検討がついていない。木の枠組みは、洞窟であれば崩落を少しでも防ぐために支えとして使われるものだが、そもそもその枠が天井まで届いておらず、支えになっていない。あくまで松明を支えるための支柱程度の働きしかしていなかった。さらには、洞窟の中にいるのに、絶えずそよ風が、それも前方と後方の二箇所から交互に吹いてきている。それはこの洞窟が吹き抜けでなければ起こりえない現象であるが、案内通りであればこの先には工房があるはずであり、それはあり得なかった。


 《ここ、ほんとうに洞窟なんですか? 》

 《ふふふ》

 《な、なんです? 》

 《ここはな、洞窟ではあるが、山の中にある洞窟とは違う》

 《山以外のどんな洞窟が? 》

 《それはなぁ……クックック》


 笑いを堪えられないといった様子のシュルツ。その様子にしびれを切らしたコウが再び怒鳴る。


 《いい加減にしてください! なんなんですか一体! 》

 《悪い。悪かった……では教える》

 《最初からそうすればいいんです。で、ここはなんなんですか? 》

 《ここは二丁目……その鼻の中だ》


 一瞬の静寂。体には変わらず湿った空気が纏わりつく。しかし、答えの聞いて飲み込むのにたっぷりと時間がかかった。そしれ事実を受け入れ、そして、驚愕する。


 《は、鼻ぁ!? ま、まって? じゃぁ俺、今タルタートスの体内!? 》

 《その通りだ。正確には、空気の出入り口、だそうだ。占い師様がそう言っていた》

 《ならこの、生暖かい風って、まさか鼻息!? 》

 《ついでに、入り口でお前が踏んだのは鼻くs》

 《やめてくれぇええ!!! 》


 意気消沈しながら道をいくコウ。さきほどから遅かった歩みがさらに遅くなる。同時に、別の感触をコウが感じ始めた。わずかでありながらたしかに感じる振動が先程から足元を這っている。しかしそれよりも優先すべきものがあった。


 《マイヤさんに言えば拭いてくれるかな……うん? 鼻? ならくしゃみで外にはじき出されないの? 》

 《我々程度では外敵扱いしない。気にするな……そら。見えてきたぞ》


 タルタートスの鼻を行くコウ達。目的地に近づいたようで、シュルツが指を指した。いままで来た道からくだり坂の最終地点になる場所にあるそこは、また不可思議な光景が広がっていた。洞窟、もとい鼻の道にできていた柱と同じように骨組みとしてドーム状に組み立てられている。あたりには、今まで見なかったホウ族の人々が、そこ狭しと動き回っている。その働きには精彩を書き、誰もかれもが慌てていた。そして中央部には、巨大な釜が鎮座している。人間サイズではなく、明らかにベイラー、それも複数人で動かすことを前提としているのか、全高は20mに及んでいる。ここが目的地である工房であるのは理解できる造りをしていた。だが一番不思議なのは、この空間にたどり着いた直後から感じる振動だった。コウが途中から感じている物であるが、それがこの場に近づくにつれ、ずっと強くなっている。


 《な、なんでしょうこれ。肌がビリビリする》

 《さて、これは答えられるかな白い戦士》

 《またそうやって俺をなじる》

 《なに。これは答えられると思うぞ……白い戦士。鉄は何で溶ける? 》

 《えっと……熱? 》

 《そうだ。しかしこの場で火は使えん。二丁目に何かあってはまずいしな》

 《ほんとうに体内なんだ……いやなんでほんとうにここで工房作ったんです? 》

 《ではそれに対しての問いだ……もし、薪も、油もいらない熱があったらどうする? 》

 《薪も、油もいらない? 》

 《ああ。それはその都度振動するから、人は長時間その近くに居すぎると気がふれてしまう以外は害はない》

 《そんな夢みたいな熱源がどこにあるわけがない》

 《うん。白い戦士はじつに素直に引っかかってくれる。よそ者らしいよそ者だ》

 《バカにして……まって? あるの?そんな熱源》

 《ああ。それは巨大な体に血をめぐらし続け、かつ休むことなく動き続ける。人が近寄ればその熱で溶けてしまうほどだ。この遠さだからこそまだ熱く感じない。あの釜のすぐ下など人が入れば灰にすらならん》

 《血をめぐらし……動き続ける……熱……まさか》


 コウは地面に手をあてる。鼓動は不規則ではなく、規則的に、かつ一定のリズムで刻まれている。そしてわずかに感じる暖かさ。そして熱。この単語を得てコウは信じられないながらも、状況証拠が揃ったことで、その問いの答えを得た。


 《まさか、釜の下には……タルタートスの心臓があるのか? 体温で釜をあっためて鉄を溶かしてるのか》

 《あたりだ。白い戦士。二丁目の心の臓。その熱を使い、我らは鉄を操るのだ》


 何度目かの振動が足元に伝わる。さっきほどよりもはっきりと感じることのできるそれは、自覚すればさらに強く感じる。タルタートスの生きる力を借り、ホウ族は生きていた。


 《事故のあった場所は釜の側だ》


 呆然として立ち尽くすコウをよそに、シュルツは歩みをやめない。一方のコウは、この事実をカリンに話したとして、どうやったら信じてもらえるかどうかを考えていた。乗り手として共有されたとしても、この光景と事実がまるで結びつかずにいるのだろうなとも考えていた。


 ◆


「おうシュルツ。中にはアンリーもいるのか? 」

 《占い師様から聞いた。現場はどうなっている? 》

「置き場が崩れた。直しにいったのが中に閉じ込められちまってる」

 《わかった。すぐにどかそう》

「ところで、後ろの白いのは、ベイラーか? 」


 アンリーが顔見知りとおぼしき男に話しかける。壮年で色白。筋肉質で、指は皺よりも強張った形のほうが目につく。頭につけた頭巾が目立っていた。


 《コウといいます。お手伝いにと》

「占い師様がそう言うのか。なら早速頼む」

 《わかりました……置き場というのはどこに? 》

「ここからすぐだ。それとアンリー」

「はいよ。およびかいマサ」


 マサと呼ばれたその棟梁にぶっきらぼうに答えるアンリー。


「人手が足りない。ベイラーにはベイラーの仕事を任せて、お前には別の仕事を頼みたいんだが……」

「まぁ、戦士と名乗らせてもらってるからには手伝うけど、シュルツと白いのには無茶させちゃならないよ? 」

「ベイラー達にはひたすら支えていてもらいたいんだ。運んだりするものは今回少ないからな」

「だって。どうするシュルツ」

 《担い手に従おう》

「わかった。ごめんだけどそっちは頼む」


 アンリーがシュルツの中から出て手伝いに言ってしまう。ふたり取り残されたコウとアンリーに、マサが近づいてくる。


「置き場は向こうだ。入り口は俺っちが開けるからなんとか支えてくれや」

 《わかりました……ええと、誰さん? 》

「俺っちはここの仕切りをやってるマサってもんだ。白いベイラー。シュルツを負かしたってのは緑色って聞いてる。お前はどんなベイラーなんだ? 」

 《どんなって……シールドと、ブレードと、ショットがつかえます》

「まぁそれだけ作れればいいか。こっちだ」


 アンリーに変わり、マサが先導する。置き場まではそこまで距離はなく、すぐに見つかった。置き場という

 だけあって、様々な道具が所狭しと並んでいる。工具、松明、片付けをするための箒、足場をくむための木々。そして加工に使われるであろう鉄の塊が大量に積み上がっている。少々乱雑に置かれているが、見るものが見れば、その場その場で置いている場所がどこにあるか一目でわかるように区分けされていた。普段であれば問題なく機能するこの場が、今はその面影をなくしている。上から落ちてきた枠組みである木が落ちてきており、置き場に上から蓋をしていた。崩落といっていい惨状だった。


「枠の紐が緩んじまったみたいだ。悪りぃがささえてくれや」

 《わかった》


 コウが支持に従い、枠組みを支えるようにからだを潜り込ませる。枠がからだより大きいため、腕で支えるというよりは、背中でむりやり重いものを持ち上げるような形になる。膝を曲げ、腰をかがみ、ゆっくりと背中で押し上げていく。サイクルが小気味好い音を出しながら動いていると、ミシミシと枠組みが軋みをあげながら、少しずつ、少しづつ空間が広がっていく。


 《どのくらい? 》

「もうちょいだ。もうちょい……そこだ!止めろ! 」

 《よっと》


 ガコンとサイクルが急制動し、コウの体が一定位置にとどまる。屈めばかろうじて通れる程度の通路が出来上がり、ひとまず脱出経路が確保できた形になる。しばらくすると、中から若者の声が聞こえてきた。


「た、助かるのか? 」

 《中にいる人ですか? 怪我とかしてないですか? 》

「お、俺は大丈夫だ。でも1人、足を怪我しちまってる」

 《わかりました。支えてるので、今のうちにゆっくり出てきてください》


 コウの言葉を聞きて安心したのか、中から歓喜の声が聞こえる。その声が聞こえただけで、コウはひとまず仕事を終えた気分になっていた。


 《それにしても、けが人はいないって話だったのに……占いも当てにならないな》


 独り言でアマツに文句を言っていると、中から先ほどの声の主が這い出てきた。中肉中背。淡い色をした短髪に白い肌。ここまできてようやく、ホウ族が白い肌の人間と浅黒い肌の人間とで様々な人間がいることをコウは知った。白い肌のホウ族はこのタルタートスの中で主に過ごし、浅黒い肌のホウ族は外で過ごすのだろうと予想する。


 《占い師の人も白かったもんなぁ。華奢な訳じゃなかったけど》

「ベイラー!ありがとう! ところで、親方、ええとマサさん見なかったか? 頭巾を被った人なんだが」

「俺はここだ。中にいたのはバンジだけか? 怪我は」

「そ、それが、中でキョウさんがまた……」

「何? キョウが? 」

「すまねぇ親方。あいつ、自分は最後にいくからって聞かなくて、俺から先に」

「おめぇは悪くねぇ……あいつはそう言うやつだ。大丈夫だ。大丈夫」


 キョウと言う名を出した途端、マサの顔が若干曇る。しかしそれもすぐに治り、出てきた若者に指示を飛ばしていく。


「向こうでアンリーとシュルツが釜を治すの手伝ってくれてる。お前、怪我してないなら行ってやれ」

「うっす。白いベイラー! ありがとうなぁ! 」


 若者が手を振りながらその場を去っていく。朗らかな笑顔を伴ったその仕草に、ここの人々もまた、気さくな人々であるとコウは結論付けた。なまじホウ族との出逢いが出会ってすぐに戦いで始まってしまい、その後には占い師と出会い、とあまりいい思いをしてこなかった。


 《でもみんながみんな同じってわけじゃないもんな》


 コウがからだを支えている間、もう2人、今度は若い女性が出てきた。2人とも例によって肌は白く、髪を1つにまとめている。最後の1人が出てくると、彼女は先に出てきた別の女性に支えられるようにしてコウの元へとやってくる。怪我をしているのはキョウという女性であることは、先ほどの男から聞いていた。


 《キョウさん、だよね? 》

「は、はい。あなたが、ささえてくれたの? 」

 《マサって人に頼まれた……どこか痛むの? 》

「ちょっと、足がね」


 支えられている彼女は、よくみれば脛から下におおきく包帯が巻いてあり、そこから血が滲んでいた。この騒動で、傷が開いてしまったらしい。


 《……元からある傷が開いたらけが人扱いじゃないってことかな》

「ベイラーさん? 」

 《ああ、ごめん。いまからそっちに行くから離れて》


 コウが2人を促すと、2人はゆっくりと離れ始める。けが人を背負っているために手早く逃げるとはいかなかった。その事をコウは重々承知しながら、今度は自分を脱出させる手立てを考える。今背中にのっているこの荷物をどうやってどかすのか、解決策をひねり出さねばならない。


 《つっかえ棒ならなんとかなるか》


 そして解決策の1つを試してみる。手持ちぶたさなになっている腕のサイクルを回し、ゆっくりと長い棒を生み出していく。最初はベイラーの膝丈ほど。そこからぐんぐん長さを稼ぎ、やがて背中で支えている天井と同じくらいの長さにまで調節する。支えるのをその棒に一旦任せ、自分はすり抜けるように崩落現場を後にする。サイクルが滑らかに回りながら、一歩一歩ゆっくりとすり足の容量でその場を後にする。やがて5歩ほど動いたあと、棒にしっかりと重量が乗っているのを確認し、最後の一歩でそこをすり抜けた。一拍の猶予ののち、棒が軋みをあげて割れていく。あれだけ積み上がっていた枠組みの木々は通常より丈夫で、かつ重いのか、あっという間に置き場には砕けた足場と枠組みが所狭しと積み上がっていった。砂埃を払うようにキョウが身体中を叩く。


「あなたが、占い師様のいっていたベイラー? 」

 《知ってるのか? 》

「ええ。いずれくるだろうからその時は見極めを。とね」

 《見極め……それって、世界を壊すだとかなんとかの、あれか》

「あなた」

「でも、助けてくれてありがとう」


 キョウと呼ばれた女性が肩を支えられながら離れていく。その先にはさきほどの頭巾をつけたマサがいた。2人はお互いに安否を確認し合っている。しかし救助による再会と言う感動的な場面が繰り広げられてもなお、コウの思考が再び暗い水の底へと沈み始める。見極める。その言葉の意味は、占い師が鮮烈な印象を持って語ってくれた。コウが、どんなベイラーであるのを、ホウ族の全員が見ている。


 《はは……疑われてるってわけだ。全く。カリンがいなくてよかった》


 今カリンがいれば、暗い感情が共有によって筒抜けになる。それはカリンの精神衛生としても良く無ければ、その暗い感情に引きずられ、再びあの暴虐な行為をしかねなかった。


 《そんな、訳ないじゃないか……でも、信じてくれなんて……ッツ!? 》


 言葉でなんとか説明しようか考えた瞬間だった。ドーム状の天井。その一部が、崩落し始めている。その真下には、すでに遠くに離れたマサ達がいた。


 《危ない!! 》


 コウが叫び声をあげる。その声に驚いたかのように、マサ達はコウに振り向く。周りを見回して何もないのを確認すると、マサが呆れたように声を出した。


「何もないじゃねぇか」

 《そうじゃない! 上だ! 》


 マサ達は横、つまり地面しか見ていない。普段頭上を見上げることがあまりないのは、この体内の中で長く過ごしているからこその弊害がここにきて発露していた。逆にコウは空を飛びはじめ、三次元的な感覚をすでに会得しており、視野が上下にも広くなっている。その視野の中に崩落の予兆を捉えた。そして、複数の木材が、コウの叫びも虚しく落下を始めた。轟音が頭上で鳴らされた事でようやく危機に反応するマサ達。しかし足を怪我しているキョウがその場からすぐさま逃げる事をできなくしていた。そしてマサ達はキョウを見放す選択肢を取っていない。そのままマサが抱きかかえるようにうずくまる。


 《このぉ!……》


 コウが駆け出す。すでに落下が始まった後では、ましてや乗り手がいないコウではとても間に合わない。だがたったひとつだけ手段が残されている。サイクルジェットを使う事だ。飛行ではなく跳躍のため、それも方向を調節などせず、まっすぐに使えば、加速で間に合う可能性がある。


 《(でも、でもそれは)》


 思い起こすのは、工房に来る前の会話。今コウがサイクルジェットを使えば、まだ見ぬ、帝都にいると言う空をとべるベイラーと誤解される恐れがある。それもコウの場合は、ただでさえ世界を破壊すると予言されている、非難を浴びやすい状態。これ以上コウに非難や疑惑がかかれば、乗り手であるカリンにも被害が及びかねない。


 《(でも、ここで、ここで俺が何もしなかったら、そしたら、あの人たちはどうなる? )》


 落下してくる木材は多く、かつ大きさmかなりの物である。人間にあたればひとたまりもない。マサも、キョウも、まだ名もしらぬホウ族も、怪我だけでは済まない。


 《それは、それは、きっと駄目なことだ! だからぁあああ!!!》


 そして、コウが吠えた。応えるように肩とふくらはぎに火が灯り、一瞬でコウを最大速度へと連れて行く。


 《間に合えぇえええ!! 》


 ◆


 《どうした?! 》

「崩落だ! こんなことなかったのに! 」

 《我が担い手よ! いそげ! 白い戦士には乗り手がいない! 》

「言われずともぉ! 」


 アンリーがシュルツを気迫に満ち満ちた表情で動かしている。それはこの工房でおきる崩落とはどれだけ危険なのかを意味している。


「どこも中を痛めてないだろうな!? 」

 《二丁目が暴れていない。まだ大丈夫なのだろう》

「ったく。最近多くないか? 」

 《これで今年は5回目だ。騙し騙しでも無理があると言う事かもしれない》

「ならいいんだけどよ。さぁ着いたぜ。でもこれは……」



 アンリーが惨状を目の当たりにする。天井から落ちてきたと思しきいくつもの木材が無造作に積み上がり、崩れ、廃材となって散らばっている。落下の際に折れたのか、破片がばら撒かれ、もはや人は近くによることさえ難しかった。何人かが救助に当たろうとするも、散らばった廃材を撤去するのに難儀してなかなか進んでいなかった。アンリーが若者に状況を把握すべく問いかける。


「バンジ! 中に誰かいたか? 」

「そ、それが、親方とキョウさんとフジさんが下敷きに」

「な、何ぃ」

「親方、キョウさんとフジさんを守って……お、俺が悪かったんだ……俺が先に逃げ出さなきゃ、こんな事には……」

「そ、そんな……」


 アンリーが木材の元へと駆け出す。破片が足に切り傷をつける事もいとわずに、手当たり次第にどかして行く。しかし人間1人の手でどかせる量などたかが知れている。


「くそ。入り組んで動かせねぇ……オイ。そう言えば白いのはどうした? 」

「それが、見当たらないんだ。俺を助けてくれた時はいたんだけど」

「まさか、あいつ逃げたのか? ……目を離した隙にコレか!やっぱりあいつは」


 その瞬間だった。崩落した現場、その中から、ガリガリとサイクルが鳴る音が聞こえ始める。最初は小さく、徐々に大きく、高速で回って行く。


「 来い我が剣! 」

 《担い手よ! 》


 シュルツがすぐさまバンジとアンリーを掲げ、現場から一足飛びで離れる。やがて山積みになった廃材が、内側から膨れるように崩れて行く。それは中にいる何かが、立ち上がろうとする動作であることがわかった。そして同時に、内側からパチパチと、まるで何かが燃えているかのような音が聞こえ始める。


 《……我が担い手よ》

「なんだ? 」

 《占い師様の言うことは正しいのだろうか》

「急にどうしたんだよ」

 《いや、何……ああいう事をする戦士が、占い師様の言うような事をする物かな、とな》


 そしてそれは起こった。廃材は内側から炎で焼かれ爆炎となる。そして炎の中から、真っ白なベイラーが立ち上がった。その腕の中には、呆然としながら抱きかかえられる人がいる。その数は3人。一瞬だけコウがサイクルジェットをふかし、背中側に回った廃材を炎で焼き、脱出を果たしていた。あくまで一瞬の火炎であった為にそこかしこに撒き散らされた廃材に火が移ることはない。しかし用心のため、燃え広がらないように、燃やした廃材を足で踏み潰し、火種を消して行く。炭となった廃材が崩れて行く。


 コウは、サイクルジェットを使い、間に合っていた。


「信じるっていうのか? 」

 《それも、またよいのではないのか、とな》


 コウを取り囲むように、工房から次々と人が集まって行く。彼を賞賛しようと、また彼についた炭を落とそうと、そして助け出された3人を迎えようと、その集まる理由はそれぞれだが、もうそこには、コウに疑いの目を向ける者はいなかった。


 《間に合って、よかった》

「ありがとうな。白いベイラー」

「ありがとう、白いベイラー」


 マサとキョウが感謝を述べる。その言葉を聞き、コウは胸のうちが暖かい何かが広がって行くのを感じる。それは、つい最近までは良く聞いていた言葉。しかし戦いの最中聞くことが少なくなっていた言葉。


 《……ありがとうって、ぬくいんだなぁ》


 ゲレーンではベイラーが手助けすると必ず感謝された。しかし戦い続きの彼にはそれが随分遠くの出来事であったかのように錯覚していた。しかし今、その感覚が蘇りつつある。


 《この温い感じがなくなるのは、嫌だな》


 今はっきりと自覚しつつある。もし占い師が何を言おうとも、そしてその占い通りに世界を破壊してしまうかもしれないとしても、この暖かな感情をなくすのは、嫌だとはっきりと理解した


 《(もし、炎で誰かが助けられるなら、誰かを助け続ける事が出来るなら、俺は、もしかして世界を壊さなくてすむかもしれない……それは、随分)》


 いい考えだと。コウは喝采を受けながら考える。少なくとも世界を壊すよりは魅力的な考えに思えた。だがコウは賛美の声に埋もれる事で、ある事実を忘れていた。それは、如何に決意が固くとも、悪意がほんの少しでも介入する事で、自分の決めた事でさえも簡単に覆してしまうことを。それによってコウはカリンを縛り付けてしまったことを。殺意を抱いてしまうことを、この温い感触が忘れさせてしまっていた。


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