サイクルレター
《朝、か? 》
《朝ですよ。コウ様にしては随分早い》
《そんなにいつも寝坊してるかな? 》
コウがその体を動かしながら、ゆっくりと立ち上がる。声をかけてきたレイダは、どうやら家事を手伝っているようで、籠の中に大量の衣類が入って為にそれは洗濯をしているのだとわかる。その中でも真っ先に起きているレイダ。次に起き上がったのはコウであったようで、ほかの仲間たちの姿はまだ見えない。しかしコウは眠りこけていたわけではなかった。
《起きてはいたんだ。ただ立ち上がれなくて》
《起きていた? まさか、眠らなかったのですか? 》
《眠れなかったんだ……どうしても》
実際には無いまぶたをこする動作を行う。コウは夜通し眠ることが出来ず、夜明けになっても固まったまま動けないでいた。理由に勘付かないレイダではない。
《占いの事ですか? ……気にするなと言うのが無理な話ですね》
《世界を滅ぼす。そんな事になったらどうしようって不安になってたら……いつもなら目を閉じればすぐに眠れるんだけど、今日はそうじゃなかった。ずっと、体が強張って落ち着かない》
両手を閉じたり広げたり、何度も何度もくりかえす。普段であれば滑らかに動くはずが、ガキガキと不穏な音がなりながら、急に力が入って滑ってしまったかのように手が握り込まれる。錆びついた機械を無理やり動かしているような動作していた。コウの意図に反してコウの体は今動いている。それは乗り手がいないだけでは説明がつかない不自然さだった。
《コウ様はそんな事しませんよ》
《ありがとう。でも俺が俺の事を一番信用してないんだ。あのアジトで、俺は初めて、だれかに殺してやるなんて言った。いままで一度もそんな事はなかったのに。そしてその後は、もっとひどい》
コウが思い描くのは、衝動のままベイラーたちを叩き伏せ、その炎で島の一画を吹き飛ばしていた事。その時、カリンを雁字搦めに縛り付け、自分の思うがままに
《コウ様。あの時、暴れたのは他でも無いコウ様です。しかし、この砂漠に落ちる時、皆を守ったのもコウ様なのです。お忘れなきように》
《あれだって、どうやったのかまるでわからないんだ! 》
コウが叫ぶ。己のことを信じられていないが故にレイダの言葉に真っ向から反抗してしまう。
《あの時はヨゾラもいた! あの力が俺のものだって証拠がどこにある!? 一緒に居たヨゾラの力かもしれないんだぞ!? 》
《コウ様。落ち着いてください》
《落ち着く!? 俺はこの世界の住人じゃないんだ! ずっと不思議だった! なんでこの世界に来たのか! わざわざベイラーになったのか!もしかしたら俺はこのせかいを滅ぼす為に生まれてきたかもしれないんだぞ!? それがどうして落ち着いていられる!? 》
《……コウ様は、このせかいを滅ぼしたいのですか? 》
レイダが、コウとは対照的に、冷水をかけるように、しっかりと気を持って聞く。根気強く、それでいて乱暴にならないようにひとつまみの優しさを持って問い掛ける。その言葉を受け、コウは、立ち上がったばかりの体を沈めてしまう。意気は消沈し、消え去りかけたろうそくのように弱い力で答える。
《そんな事したくない……でもどうなるかわからないんだ……もし又あの黒いベイラーに、アイにあったら、俺はまたカリンを縛り付けて暴れまわってしまうかもしれない。そうなってしまう自分が、怖くてたまらないんだ……どうしたらいいのか、わからないよ》
《あなたは、随分と戦ってくださいました》
《……突然、どうしたのさ? 》
《ゲレーンでも、サーラでも、そしてこのサルトナ砂漠でも、私たちの誰より先にコウ様は戦ってくれています……それは体を動かすのが得意だからと言うのもあるのでしょうが、それ以上に、コウ様は戦いづくしの日々でありました……提案なのですが、少し、カリンさまからお暇をいただいてはいかがでしょう? 》
《暇?》
予想にもしない提案に面食らうコウ。レイダはそのまま続ける。
《戦いというのは私たちの体に負担を与え、治った後にも残るものです》
《何が残るんですか? 》
《人の言い方で言えば、心の傷というものです》
《心の傷……トラウマみたいなものか》
《とらうまがなんなのかはわかりませんが、例えば、治ったはずの腕に傷があるかのように思ってしまう。戦った相手がずっとそばにいるように思ってしまう……戦いのことを思い出して眠れなくなる》
《……だから、休めって? 》
《無論、姫さまの許しが出ればです。どうやらこのホウ族という方々は人手が、というより、男手が足りないようです。休む間もなく手伝いに駆り出されるかもしれません》
《手伝い? 》
「レイダー? まだなのー? 」
軽快な足音と共に1人の女性が駆けてくる。両足には靴も履かず、その苔むした岩場を跳んでいく。その体の運びは元来のものではなく、修練の上でできるようになったのだと、チラリと見えた足の裏に出来上がったタコでわかる。そして目の前の白いベイラーに得意げに着地して挨拶を交わす。
「コウ。おはよう。よく眠れて? 」
《……どうしたんだその格好? 》
「これ? サーラでこしらえた服は洗ってしまったの。これはその代わり。これ、マイヤが今日つくってくれたのよ? 細かいところまでそっくり」
それは普段ドレスを身に纏うカリンには珍しい姿だった。簡素な布で作られた、豪奢さよりも機能を優先したような、体のラインに沿うシンプルな作りのシャツ。日焼け防止の為なのか長袖でありそれがまたカリンの腕を細く長く見せている。他には腰に下げた剣を止めるための腰布。二股に別れた裾の広いワイドパンツ。一つ結びにした髪型も相まって、侍のような出で立ちだった。
「私が使ってた剣の稽古の時に使う練習着を作ってくれたのよ。もうマイヤったら靴まで洗ってしまったものだから、私は裸足と言うわけ」
《裸足、大丈夫なのか? 》
「ヒールにくらべればね。ろくな準備もせずこっちにきてしまったから、ドレスは今手持ちになくって。でもこれ、私好きなのよ。こう言うと怒られるけど、やっぱり楽だもの……コウはそれともドレスの方がお好き? 」
《いや、そう言うんじゃなくって》
コウの感情が乱高下する。見たことない装いを見たことによる衝撃や、そのラフな格好でみえた胸元、久しぶりにみた素足。胸の高鳴りと同時に、さきほどのレイダの言葉が頭で反芻している。
《(お暇をもらう……もらって、どうすればいいだ? )》
だが、コウの中で決定的に休暇の概念が壊れていた。もとよりゲレーンに来てからは、暇な日は穏やかながら充実した日々を過ごし、サーラ以降は、海賊達との戦いに明け暮れている。暇をもらったとして、この場でやる事が何一つ思い描けなかった。それは彼らの身体が疲れとは無縁であり、眠ることさえ暇つぶしにはならないことも起因している。
《(何か、何かないか……何か)》
休みをもらう口実が浮かばない。コウにとって、暇をもらうには何かしらの理由が必要であるという固定概念がある。レイダはそんな些細なことなど関係なく、暇が欲しいから暇を貰えばいいのだと助言したつもりであったが、コウにはそこまで考えが及ばなかった。休むのに理由がいる国で彼は生きていたのだ。
「どうしたの? 」
《いや、その》
カリンが様子のおかしいコウを気にかける。本人の迷いなどカリンの知ったことではない。丸く大きな目がコウをじっと見つめている。
「コウ、もしまだ怪我が治ってないなら休んだほうが」
《い、いや! 怪我は治ってる! 治ってるんだけど》
反射的に答えるコウ。心の中では、怪我をしていることにすれば簡単に休めたのにと後悔している。いよいよ持って間が持田なくなった頃、助け舟のようにベイラーが現れた。鎧を着込んでいるその出で立ちをコウは知っている。
《白い戦士。いま手すきか? 》
《えっと、たしか……》
《シュルツだ。アンリーもいる……今は寝こけているが》
戦いで腕を失ったシュルツがそこにいる。切り裂かれた腕を補強するように包帯がまかれ、細長い鉄材で支えとしている。人間のギブスのような使い方だった。ふとコウが思いつく。
《ホウ族は鉄をよく使うの? 》
《鉄? ああ、腕のこれの事か。そうだ。今日はその話もしに来た》
《話? 》
《この鉄を作る工房で事故だ。何人か閉じ込められている。手を貸して欲しい》
《な、ならカリンも一緒に》
《それはならん》
ピシャリと言い放たれる。乗り手を連れて行ってはいけないと不可思議なことを言われコウは異論を唱えた。
《人を助けるんだろう? なんで》
《これから二丁目にいくからだ》
《……二丁目? 》
《人を送り届けるのは1人まで。今回はアンリーがいく。だからダメだ》
《ま、まって? どこに行こうとしてるの? 》
《我らは背を借りている。その背は4つ。今回は2つ目にいくのだ》
《コウさまだけでいいのですか? よければ私も》
《それを決めるのは占い師さまだ。緑の戦士》
「手を貸してくれるならいいとは思うけど。ついてきな」
いつのまに起きていたのか、コクピットの中から出てきたアンリーが先導する。意図しない形でカリンと離れ離れになる形になり、それはそれで理由を付け足さなくてもいいと考えた。
《ごめんカリン。ちょっと行ってくる》
「ええ。行けないのは悔しいけれど、しっかりやるのよ」
《お任せあれ》
深く追求されないことに安堵しながら、先導するアンリーについていく。
《ところで、どうやっていくの? 徒歩? 》
《占い師さまのところに行く。そこですべてわかる》
《説明してくれたっていいのに》
《かつて私もそうだった》
シュルツが振り返りながら答える。両手を抱えるようにして、当時の心境をジェスチャーする。
《説明されても理解できない。その場で味わって初めてわかる。これからお前が出会うのはそう言う類のものだ……もうすごいぞ。おうぉおおって感じだ》
《全くわからない》
《今にわかる》
◆
「今朝、二丁目の工房で事故が起きました。若手が操作を誤っていましたね」
《(やたら言い切る……これも占いで分かったのか)》
「幸いけが人はいないようですが、瓦礫で閉じ込められてしまっています。あなた達にはその掃除をお願いします」
《おうともさ》
《……あの、達っていうのは、俺たちだけ? 》
再び訪れた祠。その中にアンリーとシュルツ、占い師のアマツ、後ろにはグレートレターがいる。しかし、いわゆる救出でありながら、人員はベイラー2人、乗り手が1人だった。
《あのでっかいタルタートスに行くんだかさっさと行った方が》
「ええ。さっさと行ってもらいますとも。てまえにお任せなさいな」
《アマツさんがなんかするんですか? 》
「てまえと、この子がね。よっと」
軽い声を出しながら、座り込んだ姿勢から立ち上がる。幾重にもかさなった服を引きずりながら、こんどはゆっくりとグレートレターの中へと入っていく。
《グレートレター? 》
《さて……今日はすこし調子がよく無いのです。この人数が限界で》
《いいや。偉業を成し遂げるのです。構うことはない》
《調子? 偉業? なんのこと? 》
《さて。始めますよ。さぁ家族達。私の元へ》
レターが大きく手を広げ迎え入れる。いわゆるハグの格好である。少々気恥ずかしさを覚えコウが後ずさると、何を気にすることがあると言わんばかりにシュルツが一歩前に出て、そのハグを受け入れる。
《ほら、白い家族もこちらに》
《ええと、必要ですか? 》
《はい。必要です》
《そ、そしたら、失礼して》
おずおずと前にでて、コウもそのハグを受ける。コウの肩は他と違い大きいため、すこし腕が窮屈になる。そのまま、数秒じっとしている。人間と違い温もりもなければ柔らかさもない。だというのに、安心感だけは確かに体を包んでいた。
《はい。これでよし。やる気でてきました》
《やる気!? 》
《家族を送り届けるのです。このくらいはいいでしょう? 》
《(モチベーションの話だった!? ……送り届ける? )》
即物的な欲求を満たすべく行われた行為に驚くと同時に、聞こえてきた言葉に首を傾げる。もし2頭目の街にいくのであれば、これか登り籠に行き、降りてそのまま歩いて向かう形になる。それがなぜ、今から送り届ける事になるのか理解できなかった。
《(挨拶みたいなものなのかな)》
《では、行きますよ……アマツ》
「花の道を開きます」
ハグを受け入れ、離れた直後、グレートレターが動き出す。その手を2人にかざしサイクルを回し始める。高速で回り始めた頃、レターの目が真っ赤にかがやいた。乗り手と心がひとつとなり、赤目の状態となったレターが、ゆっくりと囁くようにその力の名を呼ぶ。
「《サイクルレター》」
静かに聞こえた声が祠で響き終わる頃、コウ達に異変が起きた。足元から小さな蔦が伸びてきたと思えば、体を包み込むようにおおきな桜色の花弁が覆い尽くしていく。その花弁の大きさはコウの体を飲み込んでいく。
《な、なんだぁ!? 》
《始まったんだ》
《な、何が!? 》
《騒ぐな戦士よ……そら。跳ぶぞ》
シュルツが言った直後。足元が突如として崩れ始めた。もがく暇もなくするりと抜け落ち、コウ達はそのまま落下してしまう。落ちた先は、光源にあふれた、光で体が埋もれてしまうかのような空間に放り出される。鮮やかというよりは、蠱惑的な、見てるモノを飲み込んでしまうかのような暗く、それでいて光る物体がいたるところにある。手で触れられる物は何もなく、そのままなすすべなく落下していく。手足が自由に動かないものまたコウを焦らせた。
《お、落ちてる! このぉ!! サイクルゥ》
《まて。そのままでいい》
反射的にサイクルジェットを使おうとするのをシュルツに手で止められる。その行動によりさらに訳も分からないまま混乱する。さらに暗闇は続き、同じように光源が辺り一面にきらめいてる。それは地面の見えない星空の中を真っ逆さまに落ちているようで気が気ではなかった。何かを掴んで体を安定させたくても、やはり手足は動かず、小さな光の粒がコウの体にあたって砕けて散った。
《このままじゃ落ちるぞ!? 》
《このままでいい。もうすぐ着く。》
言葉ではまるで安心できないような状態に陥りながら、しかしこの場で経験者の口ぶりをするシュルツにコウは従う他なかった。そして目をつぶって一拍。あまりに長く感じる一拍を終える。いつのまにか周りの風景は幻想的な物から、ただの薄暗がりに変わっている。さらに、どこからかふくそよ風を肌で感じていた。混乱そのものは治るも、未だ何が起きているのかは分かっていない。
《ついたぞ》
《ついたって、どこに? 》
《二丁目だ》
《……二丁目? 》
《花弁が開くぞ》
そして最後の変化が訪れた。突然落下が終わったと思えば、視界が拓けてくる。先ほどまでの淡い光ではなく、明らかに強い日の光。
《な、なんだってんだ!? 》
《ゆっくり歩け。ゆっくりな》
《歩く? ゆっくり? 》
シュルツの言われるがままに歩き出す。先程まで手足の自由が無かったのが嘘のように、いつものように手足が動く。一歩前にでると、自分が今いる場所を見ることが出来た。
振り向くと、ベイラーと同じかそれ以上の大きさをもった桜の花がそこに咲いていた。コウはたった今そこから歩いてきている。すぐ隣にはシュルツも同じように花弁から外に出てきている。あたりを見回せば、グレートレターのいた祠と全く同じ構造をした建物の中であることがわかる。だがこの場には先程まで居たはずのグレートレターはいない。
《……同じ場所? ただ落ちただけ? 》
《外に出るぞ》
シュルツに先導され、再び歩き出す。祠から出るまでの景色は何一つ変わらない。日本によく似た形式の社を抜けると、そこにはあるはずのものがなかった。
《池が、ない? いつのまに水を抜いたんだ?? 》
祠にくる際にあった、あの巨大な池がこの場にはなかった。それどころか、祠の形状が入ってきた時と変わっている。石積みであることは一緒だが、いま出てきた祠は壁にめり込んでいるような形をしていた。コウの言葉を聞き、アンリーが笑い出す。
「くくく……全く。同じだなぁ」
《な、何がおかしい》
「理解できないものをみれば、誰しも自分の知っているものに当てはめ、決めつける……占い師様に出会う前の私と同じだ。仕方のないことだがな」
《……何が、言いたい? 》
「もうここは一丁目ではないのさ」
それだけ言うと、シュルツの中に入り、再び歩みを進めていく。コウは理解できず再び後をついていく。祠の上に設けられた階段状の坂を登っていくと、拓けた場所にでた。そこは展望台のように周りを一望できる高台の役目を果たしていた。
「一丁目が我らが住まう場所。二丁目が工房とそこで働く者達が集まる場所。三丁目は修練の場。四丁目は……後々わかる。そして、ここが二丁目だ」
アンリーがコクピットからでて、シュルツの肩に乗った。そして指を指す。その先には砂埃が舞っていたが、しばらくするとその景色が目に飛び込んでくる。
タルタートスが前にいる。反対方向には、同じタルタートスの影が2つ。そしてホウ族のタルタートスは一列に綺麗に並んでおり、コウ達は今二番目のタルタートスの背にいることになる。つい先程まで、たしかに彼らは一番目のタルタートスの背にいたと言うのに。その事実に気がついたコウが、ついに先程の行動の全貌を理解した。
《……まさか、移動、したのか? 一瞬で、あの距離を? 》
「これがグレートレターのサイクルレター……我々ホウ族の元で振るわれる力だ。調子が良い時であれば、距離も、送る数も、思いのまま、彼女はどこへでも、なんでも送る事が出来る。」
《グレートレターの、サイクルレター……》
コウが脳裏に浮かぶのは、ゲレーンで見た、同じグレートの名を持つギフトの技。その手の中から生命を生み、小麦を作り出したサイクルギフト。あっという間に部屋の一つを小麦で満杯にしたあの力もまた非常識な力であった。しかし今。レターが行った力も、方向性は違うものの、間違いなく非常識な力であった。
サイクルレター。距離、量がほぼ無制限の瞬間移動。それが、グレートレターの力だった。




