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占いの結果

 コウが世界を滅ぼす。占い師が告げた荒唐無稽な占い。しかし自分たちの目で見たものがそれを否定しきれない。それほどの事をコウはあのアジトでやってのけている。占い師の言葉を、乗り手たちは三者三様の受け止め方をしていた。


「(コウには不思議な力がある。それは分かっていた事だ。それがまさか世界を滅ぼすほどの力だとは……でも納得はできる。黒いベイラーに怒り狂っていたコウはまさにそれほどの力を放っていた。あの力が増すような事があれば……世界など簡単に殺されてしまうのかもしれない)」


 オルレイトは概ね占い師の言うことを信じていた。


「(だが、それだけなのか? コウの力は本当にそれだけなのか?? )」


 同時に、それ以上にコウの事を疑っていた。本当に世界を滅ぼすだけでコウは終わるのか、彼には答えを出せないでいる。一方給仕のマイヤはヨゾラを歩かせながら、オルレイトとは別の見解を示している。


「(コウ様がそんな力を持ったとしても、あの方がそんなことに力を使うとは思えません。たしかに黒いベイラーと出会った時は凄まじい力を発揮したかもしれません。しかしあの日あの時、1人の人間が亡くなった。その事実に真正面から怒る事の出来るベイラーが、世界などどうして壊せましょう)」


 ゆっくりとミーンを歩かせるナットは、納得こそすれ、占い師の言葉を信じていない。


「(世界を壊せる力があるなら、もうとっくに世界は無くなってるよ。そうなっていないのは、コウがそう言う事をしないベイラーだからだろ? そもそも、島の戦いは大体黒いベイラーの力のせいだ。コウにそんな力、あるもんか)」


 ひときわ目立つ赤い体をしたセスを、揺れを錯覚させる為に不規則に動かしながら、サマナが考える。


「(最近、たしかに白いのは流れが妙だった……ベイラーと乗り手が一緒に戦って、赤目になれば2人の流れが混ざる事はある。でも、白いのとカリンは混ざり過ぎてる……もし、力の発端があの混ざり様からきてるのなら……流れがわかるあたしにしか、止められないのかもしれない)」


 そして、カリンは


「(コウは世界を破壊する力をもってる……でもそれなら、あの落ちる時にみせてくれた、緑色の光は何? 森と同じ優しい色をしていたあの炎が、本当に世界を焼いてしまうと言うの? )」


 己の腕をじっと見つめる。つい先程肘から先に大穴が空いていたはずのその腕には、もう生傷程度の跡しか残っておらず、血も止まり痛みも引いている。


「(コレが、もしコウがしてくれている事なら、これは破壊とは程遠いのではなくて? )」


 だれも彼も、なまじコウを知っているが為に、占い師の言葉を戯言だと言い切れない。それはベイラー達も同じだった。しかし乗り手たちとはいささか事情が違ってくる。


 《(コウの心は人間。なら、あの話を聞いて、何を思うのでしょうか。人間に疑われているというのは、私たちとはきっと、感じ方がちがうのでしょうから)》


 レイダは、コウの心を心配していた。


 《(空をとべるなら、コウがやるとしたら、まず全部世界をみて回る事だとおもうけどあぁ)》


 ミーンは、コウが空をとべることを知っているためにそんなことを考える。


 《(白いのが姫さま好きなのは目に見えている……どうしたものかな。コレは)》


 セスは、コウが好意を寄せているカリンから疑われている事そのものを問題視している。


 《(コウ、セカイ、ドウスルンダロウ)》


 ヨゾラは、コウが世界を壊すのか、それとも、全く別のことをするのか、そっちに興味が向いてた。総じて、龍石旅団のベイラーたちは世界が壊れることより、コウを心配していた。これは考え方の根底が人間とは違うからこその思考。ベイラーはそもそも長命どころではなく、比較的ベイラーとしては若いレイダでさえすでに100年以上人間と共にすごしている。彼らにとって人間の命とは無くなる事が前提であった。それがほんのすこし早くなる程度のことは気にすることでもない。コウが出すあの炎でベイラー達は焼かれてしまうかもしれないが、そもそもすでにベイラー達は何十年も生きている後なのだ。人間の死生観としてはいつ死んでもおかしくない精神状態に近い。逆に言えば、ベイラーとはいつ死んでも後悔ないように。そして寂しくない様に、人間と一緒にいようとする。ベイラーの生、その本懐はより遠くで樹木となること。その際人間は必要ない。しかし、できることならば、自分と共に樹木になってほしいと思うのがベイラーである。しかしその想いを打ち明けることはない。その行為はあまりにベイラー本位過ぎて、ベイラーたちは口に出すのが恐ろしいのだ。


 でももし、世界が明日終わるなら、彼ら彼女らが思うことは一つ。


 《(最後もオルレイト様と共にいれますでしょうか)》

 《(ナットにはなんて行って世界とお別れをしよう)》

 《(もしそうなら急いで海に向かおう。やはりあいつには海が似合う)》

 《(サイゴ二ナルナラ、マイヤト、ソラガミタイナァ)》


 乗り手と、どう過ごしたいかであった。それさえ叶えられれば、何でもいいのだ


 ◆


「客人用の宿だ。ベイラーは外になる。許せ」

「ありがとう。アンリー」


 宿に着いた龍石旅団。宿といっても宿泊施設ではない。ホウ族と同じ様式の家をそのまま貸し与えられているような形だった。ふとナットが建物の大きさを気にする。様式としては平屋で二階はなく石積みで、奥行きがあるようには見えない。5人が入るには少々窮屈そうな大きさだった。


「ええと、アンリー、さん」

「心配するな。男はこっちだ。すぐ隣にある」


 オルレイトとナットが連れて行かれる。女性陣はホッとしながらも、ベイラーから出て中にはいる。


「コウ、外で待っていて頂戴ね」

 《大丈夫。雨が降ってきたらサイクルで屋根つくっていいかな》

「ダメなんて言う人いないわ」


 コウが膝立ちになる。そのままカリン、マイヤ、サマナが入る。すると外からは見えない工夫がいくつも施されていた。


「ドアが二重? 」

「大きな家の中に小さなが家がはいってる。でもなんで? 」

「丈夫にする工夫なのかしらね……わぁ」


 中に入ったカリンが感嘆の声をあげる。中には外の無骨な装いとは裏腹に、中には調度品があり、暗い部屋を確かに灯している。陽の光こそ入りにくいが、人が数人暮らすには問題ないほどの宿だった。ここで、サマナが二重の構造が担っている仕事を発見する。


「空気が、あったかいままだ」

「どう言うこと? 」

「外と中で温度が違う……理由は分からないけど、空気の流れがこの二重に作られた壁で遮られてる。コレ、砂漠の昼と夜の温度差をなんとかする仕組み、なのかも、しれない」

「空気の流れが止まってる……外が寒い時は、この宿の中を暖かくしておけば暖かくなるし、逆に暑い時は冷たくすれば冷たくなると言うの? 」

「ごめん、理由は分からない。でも流れが止まっているってことはそうなる」

「サマナ様のお目にはそんなこともわかるのですねぇ……」


 サマナが言っているのは、いわゆる魔法瓶の構造を指している。空気の層を作ることで、その内と外ので温度の行き来を遮る方法。それをサマナは、空気の流れを見ることで見破る。理由が分からないのは、そも空気の層で温度が遮られるという科学的知見が無いからである。しかしその知見はこの場に持つ者は誰もいない為に全く問題なかった。カリンもマイヤも、サマナの言うことならばと信じる。ほかには何か無いかと家の中を見回ると、マイヤがふと、大仰な装置に目をつける。


「これは……レバー? 動く様ですが……」

「ちょっと給仕さん、動かさない方が」


 サマナの制止が間に合わず、マイヤがそのレバーを倒す。ガコンと小気味良い音がなり、部屋の中で耳に残る。しかしレバーを倒しても、部屋の中には何の変化もない。


「オブジェだったのでしょうか」

「なにかの仕掛けかしら?」

「……なんか、流れがこっちにくる」

「流れ? 」

「あたしたちをどうこう出来るような流れじゃないけど、こっちにくる……そのレバーのすぐそばまで来てるけど、なんだろ。動物? 」


 サマナが首を傾げながら、レバーの周りを観察し始める。周りに桶と、地面に掘られた無数の穴に、壁から突き出ている小さな筒。筒には栓がされている。


「この筒からだ。なんだろ……流れが近くなってる」

「サマナ様、まさか、このレバーは、もしや」


 左目で筒をまじまじと見るサマナ。すると、遠くからチョロチョロと音が聞こえてくる。その音はサマナにとって聞き飽きたとも言える音だった。


「このレバーってまさかウベェ!?」

「サマナ!? 」


 顔面に栓が飛んでくるのと、音の正体を知ったのは同時だった。左目に栓がクリーンヒットし、悶え苦しむサマナ。そして筒からは小さく水が流れ出てきている。思わずマイヤがそばにあった桶を取り、水を汲み取る。家に入り込んできた水は清く澄んでおり、土なども混じっていない。


「み、水がレバーを倒すだけで出てくるなんて……そんな、こんな事が」

「マ、マイヤ? 」

「姫さま! ぜひこの仕組みを、このホウ族の方にお聞きできませんか! 」

「ど、どうしたというの? 」

「この仕組みは素晴らしいのです! 水を汲みに行く手間がない! 炊事と洗濯における仕事の半分は水汲みなのです! それをこの家はレバー1つで解決してしまっています! ああなんてこと! 」

「マイヤ、マイヤ、落ち着いて」

「落ち着いていられません! マイヤはこれから我を失います! 思えばこの砂漠最中、お洗濯を満足にして差し上げられなかった! 」

「み、水は貴重だもの。飲み水に使わなくてどうすると言うの? 」

「しかしここならば問題無し!さらに石鹸がまだあります! ささお早くお召し物を私に! 」

「マイヤ??? 」


 まるで赤目になったかのようにマイヤの眼鏡が光っている。その奥の視線は隠れ誰にも真意は分からなかった。しかしマイヤは心のそこから自分の言い分は正しいと思っている。今この場でカリンの、そしてサマナの服を綺麗にしなくてはならないという義務感に駆られている。


「綺麗にして差し上げると言っているのです! さぁ海賊の方もこちらに! 」

「なんだって言うんだ!? 」

「もはや是非なし!! 失敬! 」


 黄色い悲鳴が上がる。マイヤにとって、カリンが砂まみれでいることに我慢ならなかった。しかし砂漠の真ん中であればそんな不満など言えるはずもない。しかしその枷がこの家の中では外れてしまった。基本的にマイヤは綺麗好きなのだ。


 ◆


「あ、ありがとう。薬も効いてきたから、もう大丈夫だ」

「宿につくなり倒れるからびっくりしたよ」

「僕も久々だった……薬をもっていて助かったよ」


 介抱されるオルレイト。戦い続きで、自分の体の不調にも鈍かったオルレイトが倒れてしまう。しかし、彼の半生は病気との戦いであり、倒れるたびにその都度乗り越えてきた。今回はまだ彼にとってまだ()()()()()であり、回復の方法は熟知していた。


「横になっていれば良くなる。世話をかけたな」

「大丈夫だよ。よっと」


 ボフンと備え付けられたベットに飛び込むナット。ミーンの中で眠る事はできたとはいえ、このように柔らかなベットの上で体を寝かす事ができたのは久しぶりだった。ナットは宿を全力で満喫している最中、同室となったオルレイトは少し呆然としていた。


「しかし、僕の中にあったホウ族に対するイメージがどんどん崩れていく」

「どう思ってたのさ」

「いや、こんな砂漠だろう? もっと行列を組んで、ひたすらオアシスを目指すような、もっとストイックで質素な暮らしをしているとばかり……というか本にはそう書いてあったんだ。それが、いざ会ってみれば、ベイラーは鎧を着てるし、タルタートスの上で住んでるし、何一つ合ってない」

「その本デタラメだったんじゃない? 」

「そ、そういう事なのか……なら何故そんなデタラメを? 」

「珍しい本なら売れるから、とか? 」

「しかしまるっきり外れてる訳じゃないんだ……まるで旅する部分以外はわざと別の事を書いたような」


 オルレイトもまた、あてがわれた部屋のベットでごろんと横になる。懐から、ホウ族の詳細が書かれた本を取り出し、再び一読し始める。しかし、途中まで読み進めると、力尽きたかのように本を置いた。興味を失ったと言うよりは、もうなんども見た為に暗唱でき、今更別の発見などできはしないと言ったような、諦めからくる行動だった。


「ダメだ。やっぱり水を追う事以外はあてはまらない……むしろベイラーの事なんて書いてなかったぞ。本当にただのデタラメが書かれた本だったのか……」

「オルレイトは気にならないの? 」

「何がだ? 」

「コウの事」

「気には、なる。僕らが騒いでどうこうはならないだろ? 」

「オルレイトはいっつも冷静だ」

「そうありたいと思うからな」

「でもたまに、びっくりするくらいひとでなしだ」

「どうとでも……まて。なんでひとでなしなんだ」

「コウが世界を壊す訳ないじゃないか。そこは即答で『コウはそんな事しない』って言うべきだよ」

「それは……すまん」

「仲間ってそう言うもんだよ」

「なんでお前はそんな……ってそうか。郵便の仕事をしていたんだったな」

「うん。1人じゃ仕事はできないからね」

「知ったような口を聞く」

「あと、オルレイトは姫さまが好きなの? 」

「まて!? 」


 オルレイトが適当に相槌を打っているのを察したナットが会話の攻勢にでる。オルレイトは突然の攻撃になすすべがない。同時に、なぜ攻撃されたのか理解できなかった。そのまま言葉に出して反撃する。


「なんでそんな話になる!? 」

「だって、この砂漠に来る前、コウにあんな事言ってたじゃん」

「あんな事? ……」


『 僕がどれだけ頑張ったってお前のように姫さまの力にはなれないんだ!今も昔も ()()()()()()()()()() ()


 オルレイトがコウに向かって一喝した時、その言葉の意味を考えればたしかにそうとられてもしかたない言い方をしていたのを思い出す。さらにナットが追い打ちをかける。


「今も昔もって、どのくらい? 」

「ええい細かい事をちくちくとぉ!? 」

「で、好きなの? 」

「なんだ!? さっきから」

「いや、オルレイトなら、好きって何か知ってるのかなぁって」


 反撃の手を考えていると、なにやら相手の攻撃が弱まる。それに加え、ナットの耳は真っ赤担っている。その事で、オルレイトは、今の今までナットが出してきた攻撃は、決して攻撃でもなんでもない物である事に気がつく。しかしそれにしては会話の最初があまりに苛烈だったために一応の確認をとる。


「……お前、ぼくを茶化したいのか? それとも辱めたいのか? 」

「そんなんじゃないんだ……その、オルレイトに相談したくって」


 この言葉で、ナットは単に相談をしにオルレイトに話を振った事になる。オルレイトはただ自分の深読みによる勘違いだと気がついた。そのことに大人気なさを感じながら、それでも辱めを受けたのは事実であるために最後の小さな反撃で終わりにする。


「相談したくてわざわざ蒸し返したのか? ナット。君陰湿だぞ? 」

「僕だってわからないからしょうがないじゃん」


 ナットはその後しょげかえってしまう。いよいよ持っておとなげなさが身を包むオルレイト。


「どうしたんだ。さっきから」

「その、じつは……コレ、もらって。ずっと考えてたんだ」

「コレ? 」


  ナットは懐からゴソゴソと二枚の手紙を取り出す。それはこの砂漠についた後にもらった物であるのが、神の端が砂で痛んでいることで読み取れる。


「手紙? 誰からだ? 」

「リオと、クオから」

「ほう…… ほう!?!? 」


 思わず繰り返し、さらにはベットから飛び起きてしまうオルレイト。その頭には高速で思考が回り始めていた。


「(今ナットは僕に好きとはなんだと聞いてきた。さらにいま手紙をもらったといった。相手はリオとクオ……まさか)」


 オルレイトに一つの仮設が浮かび上がる。


「(内容は、まさか、恋文なのか? 恋文をもらったからどうしようと聞いてきているのか? この目の前のナットが、僕に?? )」


 冷静になりたいと思っているのは、この知的好奇心からくる落ち着きのなさだった。それを覆い隠すべく本を読み、知識を蓄え知恵をつけてきた。しかし根っこの部分は変えようがなく、未だにこのように本性とも呼べる部分が出てきてしまうのがオルレイトだった。


「そ、それは、なんだ? 」

「2人にもらっちゃって……でも返事が書けないんだ」

「(返事を書く物!? ま、待て。まだ恋文と決まった訳じゃない)」

「お前はそれをどうしたいんだ? 」

「……わかんないんだ。初めてだし」

「(僕はもらった事がないからわからないなどと、口が裂けて言うものか! )」


 合間合間でオルレイトの顔が歪む。彼の青春というものはほんとどが病気のために寝床か、読んでいた本であった。恋文などもらったことがない。それが、年下の、それも10近く離れた子供が経験していることに、わずか以上に嫉妬した。


「それは、あー……人間は、感情の高ぶりのままに行動することが、時にいい方向に向かうというぞ」

「感情が高ぶるって何? 」

「それは……例えば……その人を、気がつくと、目で追ってしまう。とか」

「好きになると、目で追うの? 」

「ほかにもある。その人がどうしたら喜ぶか、考えてしまう。自分のことなど後回しでな」

「ほへぇ」


 オルレイトがそっぽを向きながら答える。彼の心臓はやたらと脈打ち、せっかく薬がきいて落ち着いてきた動悸が再び激しくなる。それほど、人に話すのは、恥ずかしかった。


「すごいね。好きって」

「ああ。すごいぞ」


 ただ、だれかを好きになった事を、消して卑下などしていない。オルレイトはこの感情を得たことに、誇りを持っている。決して相手には打ち明けることはないにしても、その事があれば、彼はどんな逆境にあっても立ち上がることができる。それほど体の芯にある感情だった。


「僕もそうなるのかな」

「どうだろうな。どうなるというのは、人によって違う。と、思う」


 答えが曖昧になるのは、こんな話をするのは初めてで、ほかの経験をだれかから聞いたことなどなかった。さて、あとは何を話そうかと思った時、ナットから衝撃の言葉が出てくる。


「そしたら、僕とリクとじゃ違うかなぁ」

「そりゃそうだろう……まて? リク? なんでリクの話なんだ?? 」

「え? だって、リクに好きを教えてほしいって2人から頼まれてるんだ」

「……なぁんだってぇ?……手紙をみても? 」

「うん。コレ」

「(全くわからない!? ナットは何を言ってる?)」


 おずおずと差し出された手紙をみると、そこには、幼い字が書き殴られていた。宛て先にはナットの名があり、それぞれ差出人の名が書いてある。


「(リオの字はまるっこいな。クオの字はわりと角ばってる。さすがに筆跡は似ないか)」


 文字の特徴に差に気がつきながらも、内容は、先程ナットの宣言通りだった。そしてナットに聞き返す。


「リクが、好きを、知りたがってる? しかし急にどうして」

「多分、ヨゾラがきたからだと思う。ほら、マイヤさんが連れてきたベイラー」

「あの鳥のままのベイラーか……ああ。いつも空が好きだといってるな」

「うん。それで、リクが『好き』を知りたがってるんだって。それで、2人とも考えてる最中なんだって。でも、リオもクオも、今は話せるような状態じゃなくなっちゃったでしょ? 」

「まだ完治には時間がかかると言ってたな」

「だから、僕が毒が治るまで考えておこうって思って。でも、好きを言葉で言うのって難しいなぁって」

「……だから、僕に聞きにきたのか」

「うん」

「……そうか……そうか」

「なんで脱力してるのさ? 」

「きにするな……そうか……お前たちなら好きはそっちだよな……」

「そっち? 」

「とにかく、好きがなんなのかは僕らでは決められない。リクに聞くのが一番だ」

「でも、そのリクが知らないって言ってるんだよ? 」

「なら、リクが動く時の理由をきいてやればいい。何をするときが、一番体が動くのか」

「何をするとき」

「ナット。郵便の仕事は好きか? 」

「うん」

「それはどんな時が一番好きだ? 」

「どんな時? えっと……」


 ナットが考え込む。しかし時間はかからず答えが帰ってきた。


「届けた人が手紙の相手のことを考えてる時の顔って、なんかほっとするんだ」

「なら、リクにも、そんな瞬間があるんだ。僕らが知らないだけでな」

「そんなもんかな」

「そんなもんだ」

「……オルレイトは好きになると目で追うの? 」

「君、無自覚でやってるならだいぶたちが悪いぞ? 」


 オルレイトが立ち上がり手紙を返す。


「双子とはこうやって文通してるのか? 」

「うん。サーラに向かう頃あたりから。でも、僕、書くのが下手で、時間がかかっちゃうんだ」

「……文字はどれくらいかけるんだ? 」

「ええと」


 宿の中にある机に座り、ペンを取り出した。そこに自分の名前を書き出し始める。ナットがガリガリと書くその時は、太く力強い。しかし、書き込む力が強すぎて、時折紙がずれてしまっていた。ふとオルレイトが背後に立ち、その手を取る。


「な、なんだよぉ」

「片手で書けば文字がずれる。もう一方の手で紙を抑えるとずれなくていい」

「そ、そうなんだ」

「それに、力を込めすぎだ。もっと軽くもっていい」

「そ、そうなの? でも早く書けないよ? 」

「手紙で大事なのは相手に読めるかどうかだ。君が100通を大雑把に半日で書いても、1日かけて丁寧に書いた1通の手紙に負ける」

「で、でも慣れないよ」

「薬が切れるまで、こうしてやる。これでも牧場で文字書きには慣れてるんだ」

「そ、そしたら、たまに上手く書けない文字があるんだ。それもおしえてほしんだけど……」

「ああ。ゆっくり書こう」


 オルレイトが背後で腕をとりながら、ナットのペンを支える。ナットの筆運びがガリガリと力を込めた物から、サラサラと力の抜けた物に変わっていく。それにつれ、手紙に書かれていく文字が整ったものになり、最初に書かれたナットの名前と、オルレイトが支えて書いたナットの名前とでは、まるで別人が書いたかのような差が現れていた。


「両手で支えるだけでこんなに……それに紙も破いてない……いつも4枚くらいは破いちゃうのに」

「さて。なんて書くんだ? 」

「ええとね」


 いつもは、手紙を運ぶことのほうがおおいナット。自分で書いて返事を書くのは初めてだった。オルレイトが筆を支え、ゆっくりと書く。紙を破くことはなく、便箋が何枚か書かれていく。ふとオルレイトが、すこし昔のことを思い出す。


「(バレットにこんなことしてやったっけかな……あいつはうまくやっていればいいけど)」

「オルレイト、この字は? 」

「ああそれはーーー」


 オルレイトの弟、バレット。父の血を色濃く受け継いだ彼は、兄を尊敬していた。その兄も又、彼を認めていた。よく、このように文字を教えていた。まったく同じ教え方をしてしまいデジャブを感じる。


「こうしてると、まるで弟が増えたみたいだ」

「えー。オルレイトがお兄さん? やだなぁ」

「君やっぱりびっくりするくらい可愛げがないな」


 書き進める中、本文を間接的に知ってしまうオルレイト。可愛げが無いと評しながら、さきほどの、双子からの手紙の中身を見てさらに心配してしまう。


「(本当に、まだ恋も知らないんだな。あやうく墓穴を掘るところだった。だが)」


 返事を書いているナットは、ひたすらリクに聞いた方がいい事柄を並べている。しかし、先ほどの双子の手紙の中身は、事務的な物はなく、頼みごとと、最後の一文だけ、ある種の意思を交えていた。それをしっかりと見てしまっている。


「(()()()()()()()()()() か……あの年でこれかぁ……怖いなぁ女の子)」


 それは、最終的にどっちを選ぶのかを問いかける文。どっちを好きになっているのかの確認の文章だった。一語一句変わらない文を2人とも最後に添えている。しかしその質問の意図を、ナットは分かっていない。


「(リオもクオも、苦労するだろうな。どっちだとしても)」


 これから訪れるであろう事件に身震いしながら、淡々とナットの手紙を手伝うのであった。


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