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この小さなセカイについて

「 コウがガミネストを? 人の世を終わらせる? 」


 聞き返すだけが精一杯であった。カリンは占い師が告げた言葉を飲み込んでかろうじて返せた言葉。そして、そもそもの部分をカリンが問い掛ける。


「占い師様。その、ガミネストと言うのはなんなのですか? 」

 《……ほろ? 》


 思わず、グレートレターがが間抜けな声を出した。その瞬間、コウだけ、周りの空気が凍ってしまったかのような感触を味わう。それはまるで聞いてはいけない声を聞いてはいけないタイミングできいてしまったかのような、それはまだ彼が生身の人間だった頃、新しい人間関係を築きあげる際の、犯してはいけない失敗を思い出すようだった。その後彼は、当初予定していた当たり障りのない友人関係を作るのにだいぶ遅れてしまった。


 《(な、なんで今そんな事思い出すんだ……というか)》


 自分では空気を凍らしてしまったと思っていたが、その実ほかの皆は気にしていない。それどころか、コウを含め、まるでガミネストという単語を始めて聞いたかのような反応を返していた。


 《ガミ、ネスト……カリン知ってる?》

「いや、私も知らないわ……オルレイトは知っていて? 」

「い、いや。もしかして国の名前か? レイダは? 」

 《……ぼん、やりとは。ソウジュから教えてもらった事の、一つではあるんですが……はて。どうやって伝えるものか。セスさまは?》

 《緑色のが知らない事をセスが知るとおもうのか? 》


 ほかの物も概ねおなじ反応だった。龍石旅団は、ガミネストという単語のことについて何一つ理解していない。この事態に占い師が思わず頭を抱えた。


「ああ、しまった。そこからか。……なら少々大掛かりの方が理解しやすいかも」

「あの、占い師さま? 」

「皆々さまはお座りください。あー、アンリー。お前さま。皆さんにお茶を持ってきておくれ」

「あの、お茶ですか」

「そのお茶。てまえにも頂戴な。たしか奥にまだ茶葉が残ってる」

「わ、わかりました」


 最初に出会った、自分を戦士と豪語するアンリーが占い師のアマツに顎で使われている。その様子がまた現実味がなくなっていく要因だった。駆け足で去っていくアンリーを尻目に、再び元いた位置にあぐらを描いて座る。カリンの困惑をよそにアマツが続ける。


「ええと……そうガミネスト。それはてまえが見るものの事で、またゲレーンの姫が見ている全てのものこと……世界のこと」

「世界? 世界は世界でしょう? 私が立っているこの地のことではなくって? 」

「半分はあっている。でも半分は違う。でもその半分が重要なのです。」


 アマツが、後ろに控えるベイラー、グレートレターに触れた。


「レター。すこしお力をお貸し」

 《家族の頼みなら喜んで》


 すると、レターの体が淡く光り始める。レターだけではない。この祠の中で咲く花もまた小さく光りを灯していく。そして。祠全体があわく照らされる。思わずコウがその光景に場違いな感想を抱く。


 《明るい……便利だ……》

「こらコウ」

 《ご、ごめん。ただ暗がりでこれは便利だなぁって》

 《たしかに。昔は穴ぐらに住んでいましたから。この姿は重宝しました》


 グレートレターが再び昔を思い出しながら答える。彼女は何かを思い出す時に必ず頬杖をついている。今もまた、右手を拳を右頬に押し当てるようにしている。しかしベイラーの体の突起がそれを許さず、いつも中途半端な頬杖になっていた。そんな姿になっているレターを見ながら、ただぼぉっと光る洞窟で暇していると、突然レイダが興奮した様子で声をあげた。


 《み、みなさま、絵が! 絵ができあがっています! 》

 《絵? 》

 《上です! 上に絵が! 》


 そこに現れるのは、光りを浴びることで浮き上がった線。またその細い線がより集まって面となり、そこにがたしかに絵が出来上がっていた。この祠の天井にはぐるりと一周する形で壁画が描かれている。


「ガミネストとは、この、てまえが生きている星をふくむ世界の名前」

「世界の、名前? 」


 占い師が答える。だが、皆意味が理解できず首を傾げる。しかし、コウはある種すんなりと理解できた。


 《ああ、そうか》

「コウ、貴方、この話がわかるの? 」

 《うん。カリンが俺をベイラーって呼ばないように、この世界には名前があったんだ》


  感覚で理解するコウ。それは一番最初に起き上がった時、訂正してもらった経験が生きている。


「世界は地面だけではない。海も空も超えて、星屑のひとつに至るまで。それがガミネスト」

「……私たちが見ているのは世界のほんの一部? 」

「あの広い海も、まだまだあるっていいうこと? 」


 海で育ったサマナが信じられないといった表情で問い掛ける。その問いかけが面白くて仕方ないと言うように、アマツが答える


「はい。海どころか、あの二つの月も、またガミネスト。きっとその奥にもガミネストは続いています」

「は、はえぇ……」

「広大すぎて、実感わかないな」

「かつてこのガミネストは5人の賢者によって作られたといいます。彼ら5人の事を、創造主と呼ぶ者もいますね」


 アマツが指をさす先には、フードを被った5人の人間が、一つの球体を囲うようにしている。1人1人が、それぞれ手に持つ思い思いの物を配置しているような、幻想的とは程遠い、ひどく玩具的な創造していた。


 その様子をみて、カリンがふと思い出す。


「5人の創造主の話……知っているわ。昔のおとぎ話よね? 」

「あれはおとぎ話などではありません。しかし、全てを知るにはあまりに時間が経ち過ぎてしまいました。てまえ達ではもう正確には理解できないでしょう」

「だから、おとぎ話として語り継がれていると? 」

「人間は語るごとにその内訳が変わるものです。大きく変わるか小さく変わるかはその人次第」

「貴女は、どうなのです? 占い師様」

「てまえが? 」

「貴女は、大きく変わるのですか? 小さく変わるのですか? 」

「はて……」


 大げさに悩んで見せる占い師。その表情はフードで隠しているために読めない。やがてたっぷりと時間をかけ、答えを出した。


「限りなく、変わらず、お伝えできます」

「それはなぜ? 」

「ホウ族の占い師には特別な習慣があるのです。てまえ達が間違わないように。人々を導く者が間違えては、一族は危機に瀕します……話を続けても? 」

「え、ええ」

「創造主の5人は、様々な物をガミネストに与えました。それこそ数えきれないほど。今この世にあるほとんど物もは彼らが与えたと言います」

「物? 」

「そびえる森、そよぐ風から、降り注ぐ雨、波打つ海。果ては空間、時間まで」

「時間を作る……なんか、想像つかないな」

「ええ。でもその全てが出来上がった時、彼らの中で予想外の物が生まれました」

「予想外のもの?」

「それが、てまえ達……命なのです」


 洞窟に描かれている絵は、荘厳な雰囲気とは裏腹に、5人がやたらと驚きながら丸い球体から飛びのいている絵がそこにあった。1人が球体を足元に放り出してしまし、ほかの4人がそれぞれ驚いてる。絵をまじまじとみていたカリンが思わず脱力しながら呆れる。


「こう、お料理をしていたら足元に虫がいて驚いているって絵よねアレ」

 《所感としては大体あってる気がするね……作っている物が世界である以外は》


 少々間の抜ける絵のお陰で、混乱がそこまで酷くない事に2人が安堵する。ほかの面々も感触としては同じようで、その眉をひそめながらも、概ね飲み込めているようであった。


「……僕らの世界がどうできているかは、だいたいわかった……つまり、僕らはだいぶ、その、なんだ……かなり偶然に出来上がって、その、創造主様には予想外のことだったんだな? 」

 《本を読む子はお分かりになったようだよ》

「ええ。あっています。5人はうろたえにうろたえたそうです」


 次の絵はまた壮観だった。決して豪華であるという意味ではない。5人が5人、混乱を極め狂乱している絵だった。1人は頭を抱え嘆き、1人は膝を抱えうずくまり、1人は球体を指先でつつている。1人は距離をとって様子を見ている。最後の1人は、この光で描かれた絵でもわかるほど放心していた。今度はオルレイトが所感を述べる。


「混乱しすぎじゃないか? 」

「完全に嫌われているかのような有様ですね」


 マイヤが続ける。ともすれば壮大な話であるはずなのに、描かれた顔にその雰囲気がまるでなかった。


「占い師様、そのあとは、どうなったのです」

「長い時を経て命を調べた5人は、生まれた命を祝福し、ついに認めたのです。しかし彼らには懸念があった。それは、この星に生まれた者が増えれば増えるほど、お互いを認め合わないのではないかというもの」

「認め合わない? 」

「命は長い時間をかけさらに成長していました。与えられた空間で営みを続け、時間の中で世代を重ねていた……しかしある時、ひとつの命が、別の命を奪ってしまったのです。お互いを認めずに」

「命を、奪う……」

「この時、5人はこれを破壊と名付けました。与えた海や風が起こす津波や嵐のような、力の奔流による変化とは違う、全く別の種類の力である破壊を目の当たりにした5人は、大急ぎで使いをよこしました。それこそ、彼らが作り出した初めての命……その命にある使命をあたえました」

「使命、とは?」

「命をつなぐ、言葉を与えよと……それこそが」


 やがて、光が最後の絵を映し出す。球体の中に入り込む長細い何か。その何かを、旅団の面々が叫ぶ。


「「「「龍!? 」」」

「はい。それはご存知なのですね」


 クスクスと笑うアマツ。赤い肌に細長い体。巨大な翼を持ち、頭には巨大な角。どれもこれも、コウ達がこの地に来る原因となった龍の姿そのものだった。


「龍は生きとし生けるものすべてに言葉を与えました……そのおかげで、てまえ達はどれだけ離れていても同じ種類の言葉で話をすることができるのです」


 淡い光が徐々に小さくなり、やがて初めてここに来た時と同じように、小さな明かりが洞窟内でともる。光りの絵は消えてなくなり、あたりが静寂に包まれた。


「あのおとぎ話は、本当だったというの」

「すごい……すごいじゃないか! 」


 オルレイトが、興奮冷めやらぬ様子で洞窟内で騒ぐ。それは好奇心が刺激されて仕方ないと隠すまでもなくあけすけにしていた。


「なぁ教えてくれ占い師! 龍がいるから、僕らは今、こうして話すことができるんだろう!? 」

「はい。その通りです」

「龍がいなかったら、僕らは言葉が分からず、相手が何を言っているのかわからないままだった、そう言う事なんだよなぁ!? 」

「はい。その通りです」

「す、すごい。追われ嵐を生むだけの存在だと思っていたのに、龍にはそんな力があったんだ! 」


 ひたすら龍を賞賛する声をあげるオルレイト。知的好奇心が盃の底から淵までなみなみと注がれているかのように、彼の体は今喜びに満ち溢れていた。そんなオルレイトと打って変わって、カリンは冷静その者だった。冷静というより、冷めきっていた。


「あきれた」

「ど、どうしてだ? きっと龍のことをしらべれば、もっと色々な事がわかるかもしれないのに 」

「コウの時も言ったわ。もし龍にそんな力があるなら、動物達とも話せなければいけないはずよ。なのに私達は動物の声なんて聞いたこともない。そんなのおかしくなくて? 」

「ーーーうん。いい感覚をお持ちだ」


 にっこりと無邪気に笑うアマツ。その笑顔に、オルレイトは、そしてナットは心の底に流水をかけられたかのような恐怖に駆られれる。笑顔であるはずなのに、そこには喜怒哀楽がない。


「ガミネストは人間だけのものではない。お姫様にはその感覚がある」

「ゲレーンが好きなだけよ。私を育ててくれたゲレーンがそうしてくれたの」

「しかし、同郷の者はそうではない」

「……オルレイト? 」

「違う。違うぞ姫さま。いまそこにいる彼女は、姫さまの考えているような人じゃない」

「そうだよ……姫さま。その人、すごっく、怖い」


 ナットがカリンの服の裾を握る。まるで、カリンにはそっちに寄って欲しくないかのような懇願。


「姫さまはあくまで、人間の側だ。でも、この人は違う」

「……そんなに怯えないでくださいまし。敵ではありませんよ」

()()()()()()()()()()() ()

 《アマツ》


 グレートレターが手を差し出し、その指でアマツの頭をコツンと弾く。力加減は絶妙で、ベイラーの指で押したというのに、人間の頭をほんの少しだけ揺らした程度。この一動作で、レターがかなりの器用さを持っている事を知らしめる。そんな事は些細な事だと言わんばかりにアマツの声が洞窟に響く。


「あいた」

 《家族をいたずらに怖がらせないでくれ。これ以上は》

「溝を深めるだけ。いいでしょう……本を読む子。名前を聞いても? 」

「オルレイト・ガレットリーサー」

「そう。覚えておきます……そして覚えておいてください。てまえはたしかに人間の敵ではありません。しかし、一族を、ひいてはガミネストを守る為、人間に弓引く事も厭わない者だと」

 《……ガミネストを守る。なら、俺はどうなる? 》


 コウが立ち上がり、まっすぐアマツを見る。


 《さっきの話。俺が世界を滅ぼすっていうのは》

「そ、そうだ。コウはたしかに珍しい力を持ってるかもしれないが、世界を滅ぼすなんて大それた事できるわけがない」

「それに、もし滅ぼすなら、あの黒いベイラーの方ではないのでしょうか……? 」

「貴女はさっき、このガミネストはどれだけ広いかを教えてくれました。そんな広い世界を、どうやってコウが滅ぼすのですか? 」


 オルレイトにマイヤが、カリンが付け加え、問い詰めるかのように皆が糾弾する。その糾弾すら心地いいかのように、アマツは微笑みを絶やさない。


「……命は巡り巡る。しかしそれを遮る方法があります。命を遮り、営みをやめる方法」

「それは、何を? 」

「それは破壊。憎悪による一方的な蹂躙」

「憎悪? 蹂躙……それって」


 カリンが思い浮かぶのは、黒いベイラーが、一方的に海賊のベイラーを打ちのめしたあの光景。そして、もう一つ。


「激昂のまま、ベイラーを、そして自身の乗り手をまでも意のままにせんとする。……ゲレーンの姫さまにはおぼえがあるのではありませんか? 」

「そ、そんな、ことは」

 《や、やめろ》


 コウが制止するのも聞かず、カリンの頭に思い浮かんでいるのは、あのアジトで見せたコウの豹変。炎でベイラー達を焼き、黒いベイラー、アイをまるで獣のような叫びをあげながら打ちのめしていたあの姿。そしてその時、カリンの腕は操縦桿を離さないように無理やり縛られていた事を。


「ベイラーにそんな力はありません。動く事が得意であるのとは訳が違います。破壊のみ営みを絞ったベイラーなど、居ていいわけがない」

「破壊? 」

「白いベイラーには、その力があるという事です」

 《そ、そんな事、あるわけない》


 コウがしどろもどろになりながら、仲間に必死に訴える。


 《お、俺はただ、カリンの力になりたかっただけだ。それだけのために、必死に、ガムシャラになってやってただけなんだ。それがどうしてそんな、大それたことになるんだ? ね? レイダさん? 》

 《……そ、そうですね》

 《な、なんでそんな、自信なさげに、言うんですか? 》

 《……時間を、ください。コウ様。世界の話をした後なのです。今は、整理をしたいのです》

 《そ、そうですよね……沢山、いろいろありましたから》


 一言一言何かを喋るたび、言葉が雑念にかき消され、伝えたい言葉が潰えていく。動くたびに空気が淀む。何を言えばいいのか、何をすればいいのか、最適解をこの場の誰もが欲しがっていた。


「占い師さまぁ! おそくなった! お茶です!! 」


 場違いな声に 皆がハッとする。先程お茶を取りに行ったアンリーが戻って来ていた。きっちり人数分のお茶を盆に持っている。


「まったくぅ。いいとこだったのに」

「は、はい? 」

「お前さまは、ほんとうに戦士なのだなぁ」

「父も母もそうでしたから! 」

「ほめておらんのだなぁ」

「なんですとぉ!? 」

「さて、今日はこれまで。お茶で喉を潤したならば、宿を用意させましょう。おはなしはまた今度に……整理の時間が欲しいようですから」


 ニコニコしながら、アマツが洞窟の、さらに奥へと消えていく。後に続くように、レターがゆっくりと歩き出した。


「……何かあったのか? 」

「え、ええ。大丈夫。お茶、いただけて? 」

「もちろん」


 カリンが始めに動く。盆かお茶を受け取り、ゆっくりと飲み干す。


「お茶? ずいぶんと甘いのね」

「ホウ族のお茶とはこう言うものだ」

「まぁたしかに……この甘さはオージェンが好きそうね。皆、いただきましょう」

「は、はい姫さま」


 オルレイトが後に続く。そのまま、旅団の全員がお茶に舌鼓をうつ。空気が若干穏やかになる。


「さて。宿に案内する前に、数日後にはオアシスに到着する予定だ。そこですこし虫退治をしなければならない。……人手が欲しい時、手を借りるかもしれない。いいだろうか」

「もちろん。いいでしょう皆? 」


 龍石旅団の面々が首肯する。今は、全員が何か手を動かしていたい気分だった。ただ1人を除いて。


 《(俺が、この世界に来たのは滅ぼすためのか? わざわざそんなことのために、俺はカリンに出会ったって言うのか? ……だとしたらそれは、あんまりにあんまりじゃないか)》


 自分がなぜこの地に生まれたのか。その理由の一端を明かされたかのようで、気が気でなかった



 ◆


 《ご苦労様だ》

「疲れていない。大丈夫」

 《警告にしてはやりすぎ。敵じゃないだけなんて》

「てまえはそうでも、向こうはそうじゃないかもしれない。こればっかりはしょうがない」


 てくてくと歩いていく。やがて横穴を通り抜けると、小さな、ほんとうに小さな小屋がある。木を組み合わせ、布で吊るした天井でできた彼女の寝床は、ひどく質素だった。


「あの光景をみたら、そうもなる」

 《……あの壁画のこともはなすのかい? 》

「それは……まだわからない。見せたことがきっかけになることだってある」


 ボフンと簡素なベットーほぼ煎餅布団と言っていいーに寝転がる。


「あの占いを()()()()()()()()。なんとしてもはずさなければ……そのために、乗り手とは不仲になってもらったほうがいい」

 《仲間とも引き離すのかい? 》

「必要であればだよ……必要であれば……オアシスにつくまで寝る。また明かりで起こして」

 《ゆっくりおやすみ》


 うずくまって少しすると、すぐさま寝息が聞こえてくる。ずっと彼女はコウに出会ってから気を張っていた。レターが気を利かせて、その手を風避けにしている。


 《また見ているのかい? 夢にまで占いが出るのはどうにかならなかったのかね》


 寝息を立てているが、その額には汗が一筋流れていく。


 ◆


「(……まただ)」


 起き上がるアマツ。頬を撫でる風が生暖かい。その場は血と泥にまみれた戦場。さきほどまで自分が眠っていた場所とまるで違っていた。


「前より鮮明になってる……やはり」


 立ち上がると、ここがただの戦場でないのがわかる。火があちこちで立ち上り、兵士とおぼしき人間がそこらじゅうで倒れている。だれもこの場で生きていない。


「これが起こるというのか。こんな事が……やっぱり止めないといけないねぇ」


 視線の先にあるのは、屍の山に佇むベイラー。その指先を血で湿らせ、炎を見に纏わせたその姿。


 その姿をしたベイラーが2()()その場に立っていた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() ()


 彼女の叫びを聴くものは誰もいない。彼女を認識する人間も、また、炎を纏うベイラーもまた彼女を無視する。彼女はただ一度見たこの占いが反芻しているだけに過ぎない。しかしこの炎の熱さが、この立ち込める匂いが、あまりに現実的すぎた。


「この占いは、当たってはいけない……当ててなるもんですかい」


 彼女はここ数日。同じ悪夢を見ている。その度にこの決意を新たにしていた。

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