占い師のベイラー
日も暮れて、子供達との遊びに付き合い終わり、コウ達が先にでた旅団の仲間と合流する。リオとクオはしばらく別の場所で休ませるとのことで、この場にリクの姿はない。しかし彼もまた彼女らの傍から動くことはなく、ただじっと待っているのだとのちに聞くことができた。言葉の発する出来ない彼ができることは、行動で示す事だけだった。
この巨大な生物、タルタートスの背で暮らすホウ族。その中心部に向かう。大きな池の真ん中に一本の道。ギリギリベイラーが通れる程度の道幅であるためにどうしてもゆっくりとした歩みになる。コウ、レイダ、ミーン、セス、ヨゾラ、龍石旅団のベイラー達はヒヤヒヤしながらも先導するシュルツに連れられる。時折人型でないヨゾラがレイダの肩にしがみつく形で難を逃れながら、どうにか池に落ちずに目的地までたどり着く。石造りでありならが、ゆるい曲面を描いている。その入り口には、赤く塗られた簡素な門がある。あくまで門であり、扉があるわけでない。潜ろうと思えば潜れてしまう大きさをしていた。そのどこか見覚えの風貌に思わずコウが口を開いた。
《コレ、神社だ 》
《ジンジャ? コウ様、ジンジャとは? 》
《なんて言えばいいのかな。ええとですねレイダさん。神社っていうのは、祀ってあるって言うか……あれ。お寺とどう違うんだっけ? 》
「祠だ。占い師さまはこの奥にいらっしゃる」
シュルツの乗り手、アンリーが促す。コウは脳裏に引っかかる感覚を残しながら再び後からついていく。段差もないまま、さらに続く一本道を歩いていく。外見よりも大きくできているのか、しばらく歩いてもその奥につく事ができない。ゆっくりと暗闇が包んでいくころ、ふとナットが気がつく。
「あれ? 松明?」
《どうしたのナット》
「あかりだ。だれかつけてくれたのかな」
この中でカリンに次ぐ目の良さを持っているナットが目ざとく見つける。それはたしかに小さな明かりをつけており、ひらひらとこちらに近づいてくる。しかし松明であればだれかがその明かりを持っているはずであるが、どれだけ近づこうとも足元にはだれも現れない。
「気のせいかな」
《ナット……気のせいじゃないよ》
ミーンがナットの認識を訂正させる。何事かとナットが顔をあげると、訂正そのものはすぐに始まった。ただし、何をみているのかの正しい認識になるのにしばらく時間を要した。
いつのまにか広い空間にでていた彼らを出迎えたのは、1人のベイラー。暗がりでもよくわかる、薄いピンクの色。あぐらをかくように座っているそのベイラーの前に、同じく座っている乗り手と思われる彼女も同じくあぐらをかいている。長い裾の服が体のラインを隠しており、その頭も頭巾がかぶさっている。同じように体全体を包むように幾重にも重ねた服が座っている者の性別も年齢分からなくしている。だが、その背にいるベイラーが、暗い印象を吹き飛ばしていた。
《なんでしょうかこの色は。初めてみました……まるで果物のような……》
レイダが背後に佇むベイラーの色、ピンクがわからずに今まで見たことのある物でその色を表現しようとする。他のものは花や唇の色と例える。
《鮮やかな色をしている……海の中でもこんな色はなかった》
セスがひたすら感嘆している最中、コウだけがその色の該当する草花に思い当たる。そしてそれを知るもう1人がコウの中で起きた。
「桜でなくって? コレ? やっぱり桜でしょう? 」
《カリン、起きたのか》
眠っていたカリンがその光景を評する。それはかつて一度だけ見たことのある、この地ではない景色。舞い散る花、吹雪く風。どれも同じ景色をしていた。ただ一つを除けば。
《あ、ああ……でも俺の知る桜とちがう。こうは光っていなかった》
桜と同じ色をしたそのベイラー。その体からサイクルの屑が出ている。そのクズが淡く光り、この暗い洞窟の中でも十分な明かりとなっている。ナットが松明と勘違いしたのはこの淡く光るベイラーの体だった。また光源はそれだけではない。
「ここは……花畑なのか。でも土は見当たらない」
「この花は、水の中でしか育ちませんので」
胡座をかいて待っている者が告げる。その声は静かで、柔らかな声。一言一言が小さな声でありながら、たしかに届く声。そして女性の声だった。
「他で咲いたというのを聞いたことはありません。綺麗な空気と、綺麗な水さえあれば、それほど難しいくはないと言うのに」
フード隙間から見える彼女の目には、虹彩が乏しい。しかしクスクスと笑うその姿は、嘲笑うというよりも、ようやく、かくれんぼした友達をみつけたかのような子供のような陽気さと無邪気さを持っている。
「はじめまして。白いベイラー。そしてその乗り手」
「貴女は? 」
「ホウ族の行く末を導く者。この地で生まれこの地で果てる宿命をもつ女」
そう言って立ち上がる彼女。フードを手にかけゆっくりと顔を見せた。成人女性であり、色白な肌であることを照り返す桜の光が証明している。白い髪がフードから見えている。多くの布で重なった服から覗くのは、その儚い肌の色とは裏腹にしっかりとした体つきをしている。
「てまえはアマツといいます。アンリーがずいぶんと迷惑をかけました」
「アマツ……不思議な響きがします。どこかで聞いたような……もしかしてコウと同じ響き? 」
《そうだ……俺の名前と同じ音……それに、あの黒いベイラーと同じ日本語だ……それは日本語の、たしか古い感じの音だ》
彼女の名を聞いて、コウが思わず聞き返した。目の前にある光景と、たった今耳にした音。そのどれもが体を奮起させる。彼にとってそれはあまりに懐かしい感覚だった。
《桜に、日本語……それにこの祠の前にあったあれは、神社の社だろう?ここは一体なんなんだ? なんでこんなに、俺の故郷と同じ物が多いんだ》
「お答えになるかはわかりませんが、貴方がここに来ることが分かった理由なら、お教えします」
手を挙げると、それが合図かのように後ろにいるベイラーが動き出す。胡座から立ち上がると、桜色をした体は両手をひろげ、その体をまばゆく輝かせる。
「てまえは占い師をしております。貴女がたかここに来られる事を知り、てまえによくしてくださる、ゲレーンの灰色の鳥に伝えたのです」
「灰色の鳥? 」
「私のことです。姫さま」
占い師の影からぬっと出てくる大男。ガッチリとした体つきに響く声はオージェンの物。
「占い師アマツ・サキガケとは古い仲なのです」
「こうして会いに来てくれるのは嬉しいのですが、いつも仕事の話しかしてくれません。てまえも女の矜持がなくなるというものです。およよー」
オージェンの後ろで大げさに悲しんで見せるアマツ。袖の長い服で口元を隠しているため本当に悲しんでいるようにも見えるが、声色がふざけすぎているため冗談にしか聞こえないが、たまたま冗談で受け止めきれないのがカリンだった。
「おんな? まさか貴方、ゲレーンにいない時はこの方と!? 」
「おろ? 灰色の鳥は何もおっしゃっていない? ほうほう。それはいいことをききました」
立ち上がったアマツが、とてとてと歩いてくる。全身をすっぽりと覆う服は何もかもが長い。それは裾も例外ではなく、見る者に裾を踏づけ転んでしまう想像をさせる。しかしアマツはそんな想像など気にもとめず、スルスルと裾を引きずりながら、優雅ささえ携えてコウの元へと来た。なぜかコウの足元とコクピットから不穏な空気が流れ始める。
「おやまぁ。本当に真っ白ですねぇ。乗り手の方はどんな風なのでしょう」
「コウ。おります。膝を落として」
《わ、わかった。怪我してるんだから気をつけて》
「気をつけますとも」
《占い師の人! 下がって! 》
「はいなぁ」
コウが膝立ちになる。胸に手を添えていると、慣れきった動作でカリンが降りる。わざわざ大きな音を立てるかのように高い位置から着地し、相手を見る。身長はアマツの方が高かった
「なるほどなるほど。灰色の鳥が言っていた姫さまが貴女? 」
「ええ。カリン・ワイウインズ」
「アマツ・サキガケ。占いで食べている者です」
「うちのオージェンが世話になっているようね」
怪我をしており、先程まで眠っていたはずのカリンから、尋常ではない気迫が溢れ出ている。不穏な空気はいよいよもって煮詰まってきた。
《あの、姫さま? 》
「コウ。すこし待っていて。この方にはいろいろと聞きたいことがあるの」
「ええ。てまえでよければ幾らでも。でもその前に、お姫さまに聞きたい事があるみたいなの」
「私に? 貴女が? 」
「先にこの子が」
アマツが振り返る。そこには、いつのまにか桜色のベイラーが立ち上がっており、コウの間近にまで迫っていた。桜色のベイラーもまたゆっくりと座り、コウと同じように膝立ちになる。するとその手をカリンへと伸ばした。
《貴女もゲレーンの人? 》
「ええ」
《なつかしい匂いがする……そこの赤い煌びやかな家族は海の国から? 》
該当するセスが、一瞬自分の事と分からずに首をかしげるも、家族という単語で感づいて会話をつなぐ。
《サーラから。海賊だったのだが訳あってここにいる》
《あら。ならここでは蛮族になってしまうかも》
《それは困る。海賊には海賊の流儀がある》
《素敵。流儀があるのはいいことよ。曲げないことね》
桜色のベイラーが他のベイラーを見回す。
《生まれたばかりの子が多いのね。緑の家族は違うみたい》
《レイダと申します》
《挨拶が出来る子は好きよ……ああでも、貴方……》
ふとひとりのベイラーに気がつき、立ち上がって歩み寄る。そのベイラーとは、人型でないヨゾラ。なぜか桜色のベイラーが近付こうとするのを拒むかのように震えている。中にいるマイヤがなだめるように声をあげた。
「ヨゾラ。敵でありませんよ。大丈夫」
《いいえ。大丈夫ではないわ》
そして、ゆっくりとヨゾラの肌を撫で始めた。
《貴方は私の家族ではない。それどころか、貴方のために、家族がたくさん犠牲になっている》
「(ヨゾラがソウジュから生まれていないベイラーだと知っている!? )」
桜色のベイラーの声色が険しいものになる。同時にヨゾラの出生に関する秘密を事もなげに明かす桜色のベイラーに、龍石旅団の全員に緊張が走った。
《ベイラーに血の香りを纏わせるような事をするなんて。悲しい事》
《……ヨゾラ、カナシイ? 》
無邪気に答えるヨゾラ。その答えに、桜色のベイラーは撫でる事で返礼とした。
《心まではそうではないのね……それが貴方の救いとなればいい》
《貴女は、一体》
尋常ではない雰囲気。香りでこちらを見透かすそのベイラーの異様さに思わず問い掛けるコウ。その時、桜色のベイラーは、一瞬目をチカチカさせ、そのまま頭を抱えてしまう。まるで初歩的なミスを見つけ自分が許せないかのような後悔をして、桜色のベイラーが答える。
《ごめんなさい。名乗っていませんでしたね。いまこの時、この地ではグレートレターと呼ばれています。ゲレーンに居る家族……今は名をギフトと呼ばれていますね。家族は元気にしていますか? 》
「ギフト……まさか、グレートギフトの事? 」
《ええ。なつかしい……まだ国という物がなかった時代でした。もう随分と会っていません》
レターと名乗る桜色のベイラー。グレートギフトと同年代のベイラーが、懐かしむようにそこにいた。
◆
《緑色の。グレートギフトとは誰のことだ? 》
《ゲレーン王が乗るベイラーです。歴代のゲレーン王が乗り手でして、ゲレーンができた一番最初の王もグレートギフトの乗り手になったと聞いてます》
《国がない頃からいるベイラーか……どれくらい前になるんだろうな》
《世代としてはもう何十も重ねた後でしょう》
セスがレイダにギフトのことを話す。ゲレーン出身ではないセスにとって、グレートギフトの話も、またグレートレターの話も信じがたい物であった。理由はその姿にある。
《なぜソウジュにならないんだ? 》
《その問いは実に難しんです。サーラの家族よ》
レターがセスの問いかけに応えようとするも、その内容が己の中で稚拙であると感じている為に、少々恥ずかしながら言葉を続けた。
《まだ、この地で歩いていたい。まだ見たことない物を見たい。そう思うと、ソウジュになるのが惜しい》
《……気持ちは、わからないでもない》
《サーラの家族もそう思うか》
《セスの乗り手がかなり珍しいというのもある》
「セス! 何言ってるの!? 」
《珍しい? どんな乗り手なのです? 姿を見ても? 》
「あーもう! セス! なんであたしをそんな風にいうのさ! 珍しいだなんて! 」
《サマナ。別にいいだろう。隠す事もなければ減る物でない》
「そう言う問題じゃないって! 」
《その、一目でいいから見せてはくれない? 気になってしまうの》
「……調子狂うなぁ」
セスを座らせ、自分もまたコクピットから出てくる。右目を隠すように伸びた髪。海賊お手製のブーツとコート。その風貌にレターが思わず声をあげた。
《その装い! もしかして海賊の船長?》
「前はそうだったけど、今は違うよ」
《それは残念》
「で、そんなに珍しくもないでしょう? 私のこと」
両手を広げて抗議するサマナ。自分は珍しくもなんともないと主張している。地震満々に主張していると、レターがしきりに首を傾げた。
《いいえ。たしかに赤い家族の言う通りかもしれません》
「……へ? 」
《貴女、人間以外の血が混ざっているのでしょう? 》
レターは確かにサマナの出自を見破った。突拍子もなく、かつ自身の核心に触れられ、つい動揺する。
「どうして、わかるの? 」
《ずるいと思わないで欲しいのだけど、かつて貴女のように、混ざった子というのは、この地に限らず様々な場所で生きていたの。彼らはその子とについて、後ろめたさなんかなくって、ただ誇りに思っていた。私たちは人と別のナニカとの架け橋足りえるって……でも、国が出来上がり始めてからそれも鳴りを潜めてしまったの……貴女はその時の彼らにそっくり》
再びなつかしむように顎に手を乗せ思案する。さきほどからレターはしばしばこのようなポーズで行動が止まっていた。それを遮るかのようにサマナが続ける。
「ある国? それはなんていう国? 」
《ちょっと待ってね。今思い出すから……みんな行きたがらないから、つい忘れてしまって》
《まさか、それって帝都なのか? 》
レターとサマナの会話に混ざるようにコウが口を挟んでくる。
《帝都ナガラって言いませんでしいたか? その国の名前は!? 》
《そう! たしかそんな響きの国だった! 人はたくさん栄えているそうだけど、家族達はだれも行きたがらない。不思議な国……不思議といえば、貴方も不思議》
会話を遮ってしまったことへの不満を漏らされると思っていたコウにとって、レターの行動は意外でしかなかた。座り込んでいた彼女が立ち上がり、コウのそばによって、そのまま頬を撫で始める。その肌が珍しいようで、白い肌に桜色の手がずっと撫でている。
《体と、魂がちぐはぐ……まるで別々の場所から来たような子》
《そ、そんなことまでわかるんですか!? 》
《長すぎるほどベイラーとして居ると、このくらいはわかるのです……そして、おかげで合点がいきました。なぜこの間見た占いがあんな物だったのか》
《あんなもの? 》
「そこからはてまえが話しましょう」
桜色のベイラー、レターの乗り手アマツが、いつのまにか元の位置につき、そのまま、コンコンと話始めた。それは一番最初のコウの問いかけに答えるかのような話し方。
「全ては、占いにあるベイラーが現れ始めたのがきっかけなのです」
《あるベイラー? 名前は? 名前はなんて言うんですか? 》
「それはわかりません……今わかっているのはただ一つ。その肌が空の彼方のように重く暗い、暗黒の色をしていると言うことだけ」
《暗黒……黒い、ベイラー!? まさかそれってアイのことか! 》
「おはなししましょう。私が占いで見た物を……これから、起きてしまうであろうことを。私の命が今日まであったのは、この事実を伝える為だったのだと」
レターがいつのまにかアマツの背後にまわって座っている。最初の時と同じようになった立ち位置に戻りながら、アマツの口だけが静かに動いていた。
「この世界に、ガミネストに危機が迫っています。その危機を起こすのは、白いベイラーと黒いベイラーの2人。止めなくてはなりません。でなくては……人の世は混乱とともに滅びるでしょう」
「……まってください? 2人? 」
「ええ。聞き間違いではありません。
2人のベイラーが世界を終わらせるのです。」
カリンが聞き返すも、事実が覆らない。今、コウ自身が滅亡のきっかけであると宣言されていた。コウは意味も分からず、ただただ、棒立ちで、呆然としていた。




