ホウの移り里
「全く何をやっているのか君は」
《オージェンさん? どうして? 》
コウの前に立つ大男。手足は長く、寡黙な顔立ちのその男が、意気消沈したコウの前に立っている。その手には力なく倒れたカリンが抱かれ、隣には付き従うかのようにオルレイトが立っていた。彼は興味津々と言った顔でオージェンに話しかける。
「オージェンおじさん? 」
「如何にも」
「オルレイトです。覚えていますか? 」
「バイツのとこの倅だろう? 覚えているとも……たくましくなったな」
「は、はい。それよりおじさんはどうしてここに? 」
「調査だ……詳細は後でいいだろう。今は姫さまの止血を」
「は、はいはい! マイヤ! 」
「ナット様、お手伝い願います」
「わ、わかった」
「サマナ様、包帯の巻き方に心得は? 」
「あるとも」
うなだれているコウの手にカリンを横たわらせる。カリンの手からは未だに滴る血が止まらないでいた。龍石旅団の全員が集まり、カリンお治療を開始する。
「オージェンさま? なぜこちらに? 」
「私は各国に赴くこともある。それは彼女たちの国も例外ではない」
「我らの友オージェン! これはどういう事だ」
カリンの手当てをしているさなか、がしがしと大股で歩いてくる女性、アンリーが機嫌が悪いことを隠さずに近寄ってくる。思わずオルレイトとマイヤが構える。その最中、コウだけが間抜けな声をあげた。
《友、だってぇ? 》
「そうだ。オージェンは我らの友。しかし彼らがお前の友であるなどと」
「占い師の彼女が言っていた。天より降り注ぐ物ありと。彼女達がそうだ。先程別の者が報せを送ってくれた。君と入れ違いになってしまったのだ」
「入れ違いぃ? この空を飛ぶベイラーがなぜお前の友なのだ」
「空をとぶ? コウ、冬のあれから君はさらに別の力を得たのか」
《同じです。ただ、すこし力が強くなったというか》
「強くなっただと? 」
オージェンがコウの話を聞いた直後、はじき出されるようにコウの肩へと登る。彼の身体能力の高さを久々に思い出しながら、コウは触られるがままになる。オージェンはと言えば、コウの肌を撫でながら、肩にあるサイクルジェットをしきりに触っている。そして、思わず口がひらいた
「……形が変わったのか? 前もこのように? 」
《前? 》
「空洞だ。何もないぞ」
《空洞? いや、羽がありませんか? 俺の肩には、小さいジェットエンジンがあるんですよ? 》
「羽どころか、ここにあるのは小さな薪だ。今は小さく燃えている……不思議と熱くない」
以前、コウの肩に入り込んだカリンが言っていたサイクルジェットの構造は、そのままフィンが何個も並んだ現代のジェットエンジンの姿を取っていた。しかし今は違うという。
《また俺の体に何かが起こったのか》
「オージェン! 私への答えがまだだ! 」
痺れを切らしたようにアンリーが催促する。コウの肩の上で器用に立ち上がり、彼女をだだを見下すかのようにオージェンが答えた。
「私の故郷の姫さまだ……と言っても信じないか。何をすれば信じる? 」
「ゲレーンには赤い石があるという! それを持っていたら信じてもいい」
「……ティアラにはあるが、今は」
「もって、いるわ」
カリンが、その体を起こした。一同が立ち上がらせまいと制動するが、それを振り切り、胸に収まる笛を取り出す。
「これでよろしくて? 」
「こ、これは龍石!? なぜ持っている!? まさか偽物!? 」
「真偽を見ていただいてかまわないわ」
紐を千切り、笛を預ける。ひったくるように受け取ると、まじまじとその石を見た。時折光にかざし、その反射光を眺める。
「ここまで大きい物をどうやって」
「私の国には、リュウカクがいるのです」
「リュウカク……龍の眷属か! 」
「リュウカクの住む憩いの地が、嵐によって乱れた事がありました。ベイラーの、コウの手を借りてその地を元に戻したところ、その石を授かりました……それが証明となりますか? 」
「そ、そうだ。光に当てて光が二重になる。龍石の特徴がはっきりとわかる……これは本物だ」
「そうですか」
「本物だとわかったなら! 医者に連れて行ってくれ! 」
ナットがその目に涙を溜めながら懇願する。その後ろにはリクが双子を手に載せている。
「2人とも苦しそうなんだ! 薬がいる! 」
「こ、子供? なぜ子供がここに三人も」
「子供じゃない! 僕はナットだ! お前を蹴飛ばしたミーンの乗り手だ! 」
「蹴飛ばした……あの空色のか!こんな子供に……そして」
アンリーがリクの元へ向かう。その手で苦しそうに呻くリオとクオ。2人の様子を見て、初めてアンリーの顔色が変わった。
「これは……キルクイにやられたのか」
「何!? キルクイだってぇ!? アリモノキルクイがこんなとこにもいるのか! 」
オルレイトがその名を聞いて血相を変える。アリモノキルクイ。コウの世界でのキリギリスである。その大きさは1mほどで、ベイラーだろうが何だろうが強靭な顎で食いちぎる恐ろしい虫であった。オルレイトが心底驚いている最中、ふと我に変える。
「いや待ってくれ。あれだけ大きなアリモノが双子を噛んだだけで済ませた? 」
「アリモノがこの地にいるものか。これはサンヨウキルクイの傷だ」
「サン、ヨウ?」
「今の時期、こいつは一匹で生き物に噛み付いてその毒で痺れさせ、倒れたところを喰らう。家畜の天敵だが、人間にはその毒は弱い。1日2日でどうこうするものではない」
「よ、よかった」
「しかし子供となれば話が別だ。これだけ小さな子供なら、毒が全身に回る……わかった」
意を決してアンリーが立ち上がる。腰に据えた武器を捨て、カリンの元へと戻る。そしておもむろに跪いた。頭を下げ、苦々しく言葉を紡いだ。
「数々の無礼、すまなかった。私の名はアンリー。ホウ族の戦士」
「わかって、いただけたのですね」
「(ホウ族……実在していたのか)」
「オージェンの友。今から’’ホウの移り里‘‘へと案内する。ベイラー達に砂地をもう少し歩くように伝えてくれまいか」
「わかりました。……アンリー」
ヨロヨロとしながら立ちあがり、その手を差し出すカリン。包帯を巻いていない方の手で握手を求めている。
「あなたを、気高い戦士と見ました。よしなに」
「この血にかけて」
しかしアンリーの返答は握手ではなく、その手を取り、手の甲を額に当てた。想像とちがう行動に困惑していると、オージェンが補足する。
「姫さま。彼らの約束の際にかわすサインです。そのまま」
「握手ではないのですね……コウ、聴こえて? 」
《よく聴こえている》
「これからもう少し歩くそうよ。お願いできる」
《お任せあれ……ただ、操縦桿は握らなくていい》
「コウ? 」
《また傷が開いたら大変だ。大丈夫。1人でも歩ける》
「貴方が、そう言ってくれるなら……すこしお言葉に甘えて眠っていい? 」
《拒む訳がないよ》
「フフ。そうね」
カリンを手に乗せ、ゆっくりとコクピットの中に導く。失った体力を振り絞り、コクピットシートに座り込むと、備えられたつまみをまわし、その背もたれを倒していく。横になれる程度に倒し、体を委ねる。そのまま数回深呼吸すると、カリンは寝息を立て始めた。
《ええと、アンリーさん。道案内をお願いします》
「いや、幸い、案内せずともよくなった」
《それは、どういう? 》
アンリーが黙って指を指す。その先には砂嵐が巻き起こっており、砂埃で何も見えない。
《えっと……何も見えませんが》
「嵐の方じゃない」
言われるがまま、嵐以外を必死に探す。しかに砂の他には何も見えず、さらに混乱した。それはコウ以外も同じで、しきりにあたりを見回すも何もないことには変わりなかった。オルレイトが抗議するかのようにアンリーに食ってかかる。
「何もないじゃないか。このあたりにオアシスがあるならまだしも、水の一滴もないこんな土地になぜ? ホウ族は水を求めて旅をするんだろう? 」
「お前は、本をよく読むのか? 」
「ど、どうしてわかる? 」
「我らのことを、旅をする一族だと広めた手法は本だからだ。本を読まぬ者はそんなことを言わない」
「まさか、褒められてるのか? 」
「半分はそうだ。私が招いた無礼の返礼をしよう。ゲレーンよりきたる友」
「……おいのっぽ! のっぽ! 」
「うるさいぞ。どうした海賊の」
「のろまめ! 上! 上を見て! 」
サマナがしきりに興奮しながら指差す。そしてオルレイトに限らず、ほかの龍石旅団の皆も催促されるまま上を向いた。
「上に向かうおかしな流れを見つけた! 」
「そこの女はいい目をしているな」
アンリーが感心したようにサマナを見る。その赤い目を見て、一瞬曇った顔をするも、再び空を見上げていた。オルレイトが独り言をつぶやく。
「まさか、タルタートスか? こんなに大きな、タルタートスがいるのか」
彼女の目の前に、何かが降りてくる。あまりに大きいそれは一瞬壁にも思えた。砂地を巻き上げないほど、大きさとは裏腹に小さく音を立て、ゆっくりと着地する。四つ脚の生き物である事は理解できる。ただその大きさがわからない。山が動いているような大きさだった。問題は他にもある。
その生物が、4匹。列をなしている。
「我らが水を求めて旅をしている訳ではない。我らの隣人が水と共にあるのだ」
生物の種別としては、ゲレーンにもいたタルタートス。しかし大きさと数が違っていた。ホウ族とは、彼らの背を借りている一族であった。
◆
《登り籠……こんなに大きく長い登り籠は初めて見ました》
タルタートスの脚まで近づくと、すぐさま大きな籠が降りてきた。原始的な構造の昇降機。大きさは龍石旅団のベイラー全員が入ってもいまだに余るほどであり、安定もしている。人力やベイラーが引っ張っているゲレーンとは技術力の差があるようにも思えた。
《礼を言う。無礼を働いたばかりか、両腕まで持ってきてくれるとは》
《勘違いとわかっていただけたのだからいいのです》
レイダと、アンリーのベイラー、シュルツがすでに意気投合していた。原因はあの戦いにある。
《最後の突きは素晴らしかったが、あれはなんだ? 剣にも見えたが》
《吹き矢を参考にしたサイクルショットです。あの中に針があって、よりまっすぐ早く飛ぶようになっています。オルレイト様がかんがえたんですよ》
《たしかに早く強かった。連射までできるとは》
《それは自前です》
《なんと!? 》
《貴女こそ、あの剣技は見事でした。あの湾曲した剣は、サイクルブレード、ではないのですよね? 》
《サイクルショーテルと言う。盾を通り越すだけでなく、組み合いにも使える》
《手のひらでくるくると回しただけで、私の身体がああも簡単に転ばせられるとは思いませんでした》
《そうだろうとも》
あの戦いで、その過程が勘違いからのものだったとはいえ、お互いの全力をぶつけ合った戦いであったために、その力量を認め合う事ができていた。
「お前がそんなに楽しそうにしているのを久しぶりに見たぞ」
《そ、そうでしょうか? すいません。不謹慎ですね》
「構うものか。でもわからないな。この地に来るまではあの島でずっと戦い続きだったろう? その時とは様子が違うじゃないか」
《それは私にもわかりません。シュルツとの戦いと、あのアーリィベイラーとの戦いとはでは、決定的に何かが違いました……それがわかれば、何か、私も強くなるのでしょうか》
「まさか、気にしているのか? コウが強くなっていくことに」
《……ええ。私も、コウのようにサイクルジェットが使えればと思わない日はありません。そうすれば、もっとオルレイト様のお役に立てる。それだけじゃない。戦術の幅も広がる……もし私も》
「それ以上は言うな」
オルレイトが制する。一瞬流れ込んできた思考を遮らせる。それほどレイダの考えた事はオルレイトにとっては恐ろしく、それでいて怒るに足る思考だった。
「アーリィのように改造されればいいなんて、二度と思わないでくれ」
《しかし》
「お前も見たはずだ。改造されたベイラーがどうなったのかを」
何百、何千のベイラーがあの地で改造され、動けなくなり、木なる事も叶わずに転がされていたあの島。最終的にコウが自衛の為に放った炎で焼かれた彼らの姿あ、オルレイトの眼に焼き付いている。それはレイダも同じだった。
「お前がああなったら、もう僕は立ち直れない。それに父上も悲しむ」
《坊や……ごめんよ》
「気にするな。強くなりたいのはお前だけじゃないんだ。それを忘れないでくれ」
オルレイトの言葉を身体に染み込ませるように反芻する。決して忘れないように、その身に刻んで、同じ言葉を繰り返さないように。
《もう忘れません》
「そうしてくれ……コウ。姫さまの様子はどうだ? 」
《よく眠っているよ》
「眠っている?……そうか」
オルレイトがコウの言葉に一瞬首を傾げる。
「(あの出血で、眠る? まだ傷だって塞がっていないはずだ……それとも、もう治ったというのか? 腕を貫かれるような傷で? ……そもそも立ち上がれたのさえおかしいはずだ……異変が起こっているのはコウだけじゃない?……だめだ。判断するには情報が少なすぎる)」
《そら、ついたぞ》
オルレイトの思考を遮るかのようなタイミングでシュルツが横槍を突いてくる。登り籠が止まり、扉がゆっくりとひらかれていく。そして広がる光景に、皆が息を飲んだ。
「これは、池?タルタートスの背中に、大きな池があるのか」
タルタートスの背中にいるはずの彼等がみたのは、大きな窪地にできた池。その池を囲むように土で出来た家が所狭しと並んでいる。池から水を引いているのか、この池には上流が存在しており、川が数本流れていた。彼等はその川で洗濯をし、水を得ている。
「窪地に池があるなら、上流など存在しないはずだが」
「窪地は一箇所ではない。一番大きなのがアレなだけだ。他にも小さな窪地が水を溜め、一番低い位置にあるあの一番大きな池に集まっている」
「タルタートスの性質をうまく使ってる……だがよく振り落とされないな」
「我らは彼と共にある。この背で生き、この背で死ぬ。肉は彼の力となる」
大きな道を歩く龍石旅団。道行くベイラーがよほど珍しいのか、家から奇異の目が刺さる。
「ベイラーはここには居ないのか」
「いる」
「……ベイラーが珍しい訳じゃないなら、なぜこんなにも」
「珍しいのはよそ者の方だ……これからお前たちに会わせたい人がいる」
「その前に、医者に会わせてくれ 」
「もちろんだ。そのあと、占い師様に会ってもらう」
「よかった……これでリオたちが助かる」
歩きは止む事なく、中心の池まで進んでいく。途中、子供達がベイラーに近寄りその肌をひっきりなしに撫群れては散り、群れては散りを繰り返し、進むのが遅れに遅れる。だいたいはコウの肌が人気で、一番子供に群がられていた。子供に人気がでることは嬉しい事であると同時に、足元をチョロチョロされる事への苛立ちが溜まらないといえば嘘になる。乗り手が寝ている以上、コウは普段の力の半分も出せていない。歩くのでさえ一応出来る程度だった。
《本当にベイラーは珍しくないの? なんで俺ばっかり 》
《それはお前の色と艶のせいだ》
《色? それに艶って? 》
《お前のように真っ白なベイラーは見たことがない。それに、まるで蜜でもつけたように太陽の光を照り返す肌。触ってみたいとは思うのだろう。子供であれば尚のことだ》
《……君たち、そうなの? 》
コウがふと下でチョロチョロと動き回る子供達へ目線を合わせる。すると子供達は小さな悲鳴をあげながら蜘蛛の子を散らすようにバラバラに町の隅へといなくなってしまった。ほんの少しの罪悪感を感じたコウが、歩くのをやめ、そのまま動かなくなる。
《コウ様? 》
《レイダさん、ちょっとまって》
突然の動きに困惑するレイダを制止して、決して下を見ないようにじっとしていると、先程までこちらを警戒し、子供が、ゆっくりとその手をコウへと伸ばし始めた。最初はおっかなびっくりで触るか触らないかの瀬戸際で、躊躇する仕草をみせながら、一番小柄な子供が、ピトリとコウに触る。その子供が、コウと目があった。コウはその時、自分の顔の造形を思い出していた。横に伸びたバイザー状の目。兜のように大きな頭部。可愛いと思うには少々ハードルの高い形である。そんな彼の顔をまじまじと見てしまえば、子供を泣かせてしまうかもと考える。だが、子供の反応は想像と随分と違うものだった。コウと目があって数秒固まるも、徐々にに口角をあげ、最後にはにっこりと笑う。そしてその笑顔を見た他の子供たちが、一斉にコウの身体をべたべたを触り始めた。脚の甲、脛、膝と、どんどん触る位置が高くなり、しまいにはコウの身体によじ登る子供が現れ始める。そこまでくると、子供が落下して怪我をしてしまう可能性が出てくる。コウが出来るだけ優しい声色で語りかける。
《そんなに高いと、危ない》
その瞬間、ピタリと笑い声が止まる。コウの顔をじっと見つめる子供たち。ふと、彼等は決してコウを邪魔したいわけではないということを思い出す。だがもし今よじ上られてコウのバランスが崩れた時、子供達を下敷きにしてしまう。それはなんとしても避けたいコウは導き出した答えは、そのまま動かないことを継続することだった。ただし、姿勢だけは無理矢理にでも変える。
《座るから、ちょっと離れてね》
コウの言葉が通じているのか、ベタベタ触っていた子供達が距離を取り始める。十二分な広さを得たコウが、それでも慎重になりながら立ち膝になる。やがて自由になった両腕でジェスチャーしながら再び語りかける。
《登るのは大丈夫。でもおちたら危ないから、背中側は登ったらだめだ。もしもの時掴めない。前から登っておいで》
コウの一言を理解し始めた子供が、忠告通り前側からよじ登り始める。1人が登り始めたら、あとは勢いが止まらなかった。
《コウ様。そろそろ》
「……レイダ。それは無理そうだ」
オルレイトの目線の先には、コウで遊んでいるグループとは違う、別の子供達がいた。レイダがシュルツに伺いを立てる。
《……ホウ族の戦士様。少しだけよろしいか》
《子供は宝だ。飽きるまで付き合ってくれたら助かるが、病人はこちらに。白いベイラーの乗り手はどうなのだ。そちらも怪我をしているのだろう》
《カリンは今眠っている。むしろ起きてから向かった方がいいかもしれない》
《わかった。友は先に案内する。私がそのまま迎えに行こう》
《お願いします。》
◆
「コウ。もう夜になってしまったの? 」
カリンがコクピットの中で眼を覚ます。未だ疼く右腕を自覚しながら、それほど時間が経っていない事を察する。しかしコウは一向に動いておらず、重心の移動が行われていない。不振に思ったカリンが左手で操縦桿を握った時だった。
目の前に逆さになった子供の顔が映り込む。
「なんなの!? 」
《カリン? 起きたのか》
「コウ、一体これは……って貴方、どうしたの? 」
カリンの疑問を素直にぶつける。先程まで歩いていたはずの自分のベイラー。それが眼を覚ませば、子供達が所狭しと並び、在るものはコウの腕で棒遊びの要領で逆上がりをし、在るものは膝立ちになった際の脛と太ももでかくれんぼを始めていた。
「遊具になってるわよ? 」
《俺の身体が珍しいとかで……あと俺だけじゃないんだ》
体をうごかすと遊んでいる子供に怪我をさせるため、視線だけを移す。するとそこには、怪我をしていないセスとヨゾラがそれぞれの形で遊ばれていた。
《コウ、コレ、タノシイ》
《ヨゾラ、楽しいの? 》
《タノシイ、カモ》
《かも、かぁ》
ヨゾラはその翼を傾け、巨大な滑り台となっている。どこからかもってきたのか、効率よく滑るためのボードを持っている子供もいる。どちらかといえば男の子が多い。
《重い》
《……むしろなんでその姿勢を選んだのさ》
《怪我をしないと思ったのだ。みろこの丈夫さを》
セスはというと、仰向けになって寝転がっている。その上で座り込む子供達。どちからかといえば女の子が多く、おままごとをしていた。しかし男女比がどうというより、その数が多い。50人ほどいる。
《100人乗っても大丈夫》
セスがそう言った瞬間、身体が細かい軋みをあげ始めた。
《だめだと思う》
《ええい。子供に乗られればこんなものか。散れ! 散れ子供たちよ! 》
セスの宣言に、黄色い悲鳴をあげながら子供達が散らばっていく。一斉に動いた為に、何人か転びそうになるのをセスが指先で器用にささえてやりながら、子供達が自分の家へと帰り始める。同時に、先程リク達を送ったシュルツがやってくる。
《この時間まで遊んでくれたのか》
《何もしてないけどね……リオ達は? 》
《薬は飲ませた。ゆっくり眠れば、じきに治るだろう》
《そっか……よかった》
《お前の乗り手はいいのか? 》
「お気遣いありがとう。もう大丈夫よ」
《そうか。ずいぶん怪我の治りが早いな》
「そうかしら? 」
カリンがまかれた包帯をみる。血こそ付いているが、すでに傷口は塞がっており、腕も多少の痛みはあるものの、ほぼ元どおりの動きをしている。怪我したことの不自由さはほとんどなくなっていた。
「きっと思ったより傷が浅かったのよ」
《そうか……あとで代えの包帯を用意させよう》
「そこまでしなくたって」
《いや。礼を欠いたのは私だ。気にしないでほしい》
「なら、うんと短いのでいいからね? もう血は止まっているのだから」
カリンが自分の腕の調子をみる。剣を振るにはまだ時間がかかりそうであるが、コウを動かすのは問題ない程度に治っていた。
《ええと、シュルツさん》
《シュルツでいい。白い戦士よ》
《せ、戦士!? 》
《違うのか? 》
《コウって呼んでください。戦士だなんて》
《そうか。ならコウ。どうした? 》
《占い師さんに会いにいくんですよね? 一体どこに? 》
《あそこだ》
シュルツが指差すのは、このタルタートスの背にできた巨大な池。その中心部にある、一際目立つ建物、岩を組み合わせ、祠のようになっているその入り口には、松明があやしくゆらめいている。
《来い。占い師様が呼んでいる。たしかに彼女はお前たちがくることを予見していたよ》
シュルツが堂々たる歩きで進んでいく。その先にある祠で何が待つのか、コウには何もわからない。だた、占いという単語がひどく胸をざわつかせた。さらいは、予見という言葉。
《(これから、占いでこれから起こる事が分かるなら、もしかしたら、俺のことが何かわかるかもしれない。なんでこの世界にきたのか。なんであの黒い髪の人までこの世界にいるのか……でも、もし)》
ざわつきは不安へと変わる。
《(もし何もわからなかったら、何をすればいいだろう)》
それは、自分が何をしたらいいのか分からなくなる事だった。




