オルレイトの決闘
「ああ! あああああ!! 」
自分が情けない悲鳴を上げている。出したことのないような声が聞こえてくるのがまるで他人事のようで、しかし喉の奥から駆け上がってくる叫びは止まることなく体から走り出て行く。歯を食いしばってとどめようとしても、今度は痛みがそれを拒んでくる。
「(これが、これが斬られた痛み! これが、戦いの痛み! )」
カリンは今、自分に何が起こっているのか分かっていない。ただ現象として自分の右手から溢れ出てくる血液が怪我をしたことの事実を認めさせる。コクピットにいる自分がなぜ、コウが受けた傷と同じ場所を怪我をしているのか。法則としては考えられるが、その法則がこの怪我を慰めるわけではない。溢れ出る血は止まることなくコクピットに滴り、痛みは途切れる事なく襲いくる。
「(せめて、コウを後ろに下げなきゃ)」
カリンはそれでも己を度外視してコウを動かそうとする。操縦桿を握ろうと立ち上がった瞬間、外で戦いの音が再び奏でられた。剣と剣がぶつかる何度も聴いたことのある金属音。
「オルが、戦っているの? 」
見れば、レイダと、相手のベイラーが剣を交えている。加勢しようにも、操縦桿が握れない。すでに血が失われ始め、痛みとは別に力が抜けいく。
「コウ、お願いよ。みんなを、助けてあげて」
握るより先に、カリンの意識がなくなっていく。コウが何度呼びかけても応える事が出来なくなっていた。
◆
「どうしたどうした! さっきまでの威勢は! 」
「この、このぉお!! 」
サイクルショーテルがレイダを襲う。受け止めようとしてその剣の形状を思い出し、間合いの外へと逃げるオルレイト。半円状に湾曲した剣が、オルレイトの神経を荒ませる。受け止めれば最後、自分の剣はその内側に吸い込まれ、先端だけ身体に届いてしまう。受ける事が出来ず、先程から回避ばかり余儀なくされていた。相手の攻撃速度そのものはベイラーであれば常識の範囲内であり、避ける事そのものは容易いが逆に言えば避ける事しかできず、反撃の糸口がつかめないでいる。
「盾をすり抜ける剣……どうすればいい」
相手もただの斬りつけでは効果がないと判断したのか、手法を変えてくる。
「このショーテルがただの武器だとおもったら大間違いだ! 」
アンリーが吠える。ベイラーのシュルツもそれに応えた。剣を大きく振りかぶり、そのショーテルを体に向けてではなく、レイダの足元めがけ振り抜く。
「そんなもの! 」
突如としておこなわれた足への攻撃。しかしオルレイトは冷静に対処する。レイダの足をあげ、一本立ちになりながら、あげた足をそのまま踏みつけんとする。ベイラーの全重量が一本の剣に降りかかれば、武器など簡単に壊れてしまう。オルレイトはそれが狙いだった。先程から自分たちを苦しめるこの武器さえどうにかすれば、あとはどうにでもなると考えている。
「このまま壊してやる」
「だからだたの武器じゃないんだよぉ! 」
アンリーがにやりと笑う。オルレイトの行動は、彼女にとっても想定内だった。空中で剣の軌道をピタリと止め、剣を握り直す。半月状の剣。その反りをくるんと反転させる。一瞬、オルレイトが敵の意図を見抜けず困惑した。斬撃、それも片手でもてるサイズの武器で相手を切りつけたいのであれば、振り抜く事が重要である。それこそカリンが普段から行うような、足腰を用いての全身を使っての一撃でようやく斬撃は斬撃たり得る。途中で斬撃の方向を止め、あまつさえそのまま手の力だけで降るというのは、剣の重さも乗らなければ、自分の体重も乗らない、ただの弱い打撃に成り下がる。ただの打撃でベイラーが、それもレイダをどうこうできるとはまるで思わなかった。
「かかったぁ! 」
しかし、アンリーの意図はそもそも斬撃でもなければ打撃でもない。半月状の武器を一本立ちになった相手の足に当て、そのまま、再び手首を用いて刃を返した。当然半円状の武器は刃を返せば、半球の軌道となって刃が反転する。だからこそ、その半球の内側にある者は、軌道上でつっかかりとなり、物理的な制限がかかる。
《こ、これはぁ!? 》
《ブレードとは違うのだ! 》
アンリーは、ショーテルの形状を生かし、レイダを本人と意図とは別に、テコの原理で無理やり横倒しにさせた。テコの原理。支点、力点、作用点が人体にかけられた場合、今回支点はレイダの足に、力点はシュルツの手で行われ、作用点はレイダの身体となる。
「レイダ!? 何をされた!? 転んだのか!?」
《転ばされました! 私も何をされたのか》
横倒しになったレイダに向け、無慈悲にショーテルを振り上げるシュルツ。その軌道はレイダのコクピットを狙っている。
《乗り手には気絶してもらう》
ショーテルの刃を再び返し、今度は反りの外側を向けている。打ち付ける時には外側を使うというのがこの武器の特徴なのだとオルレイトが気がついた。同時に、この何合かの打ち合いで、相手の剣圧が強い事はよく分かっている。無防備なレイダに何発も打ち込まれコクピットを揺らされたなら、自分がどれほどまで気を持っていられるか分からないとも考えている。
「レイダ。サイクルショットを使う! 」
《仰せのままに! 》
だからこそ今まで使ってこなかったレイダの一番の武器を使う。倒されたまま左手を相手に向け、一瞬で針を作り出し、何発も相手に発射する。
「手足を狙うぞ! 」
《仰せのままに!! 》
相手の関節めがけ何発も叩き込む。砂地に当たった針が砂を巻き上げ、砂ほこりをあげた。好機とばかりにレイダを立ち上がらせ、そのままサイクルショットを構えさせる。
《こんな事なら最初から使えばよかったのでは? 》
「使わないのには理由があったんだ。例えば……ッツ! 」
砂埃の中からショーテルが飛んでくる。投げつけられたのだと気がついた瞬間、レイダのサイクルショットで迎撃する。ぶつかる寸前に剣は破壊され、破片だけがレイダへと降り注いだ。そして投擲してきたベイラーを見て、レイダがオルレイトの言葉の続きを理解する。
《サイクルショット……こんな威力を出せるベイラーが居るとは》
先の戦いで砕けた左手を除き、その身体はどこも傷つけられていない。原因は纏っている鎧にあった。彼女が着込んでいる鎧はたしかに身を守る道具として十全に昨機能しており、傷らしい傷はなく、所々へこんでいる程度でレイダのサイクルショットを防いでいる。
「ああやって、鎧にサイクルショットが効くはずないとおもったからだ」
《見ればわかります。しかし、それ相応以上に鍛錬しておりましたが、ああも簡単に防がれると自信を無くしますね》
「いや、どうやらそうでもないみたいだ」
オルレイトの視線が、鎧へと向けられる。たしかに凹みが大量に生み出されているが、それ以外の箇所に目をやると、別の事実が発覚する。レイダの針が、隙間に入り込んでいる。
《隙間を狙い撃てばいいという事ですか》
「そう言う事だ。スナイプショットを使う! 」
レイダの左腕が変化していく。針だけが外に出ていたショットから、長い銃身を持った物へ。右手にはブレードを、左手にはショットを持った形を取る。
「間合いを交互で使い分けるしかない」
「いまさらサイクルショットが通用するかぁ! 」
間合いを詰めにくるアンリーとシュルツ。ショーテルの攻撃の回避方法をここでオルレイトが思いつく。
「弾くのが刃だからダメなんだ。刃が守りを通りすぎるのなら」
ショーテルが袈裟斬りされる。反りを再び返して外側ではなく内側に変えて斬り込んでくる。レイダの肩めがけ飛んでくる刃を、受けるでもなく避けるでもない、別の方法を試した。ここでオルレイトはレイダを自分の間合いよりさらに一歩踏み込ませ、右手にもったブレードを、ショーテルの軌道に合わせて、逆袈裟斬りの形で振り抜いた。当然、同一軌道であるためにショーテルとブレードがかち合う。先程までと同じであれば、レイダの刃は内側に入り込み、その先端は腕へと至っている。しかし今、そうはなっていない。きっちりと剣と剣は打ち合わされ、お互いに剣が弾かれる。どちらも損傷はない。自分のショーテルをみてシュルツが今の一撃で何が起きたのか悟る。
《こいつ、反りがまだ始まっていない鍔ギリギリを狙ったのか! 》
シュルツの剣の間合いよりさらに内側、剣先を超えた中にある握り手の部分。そこをオルレイトは狙いをつけた。目論見はうまくいき、ショーテルに対して始めての防御に成功する。だがオルレイトの顔はせっかく策が上手くいったというのにまるで晴れない。
《間合いの計り方が上手くなりましたね》
「今度は武器を落としてくれさえすればいい」
《相手はそうは思っていないようですが》
シュルツは何度か剣を振り、当てられた箇所が壊れていないか確認をとる。問題がないと判断したのか、再びレイダへと間合いを詰めにくる。再びの剣戟。
「今度は指を狙うぞ」
《それが良いかと》
一度行った行動を繰り返す。大きく一歩を踏み込み、袈裟斬りでくる攻撃を逆袈裟で同じ軌道を合わせる。
さらに深く踏み込んだことで先程よりもお互いの距離が近くなった。これで、もはや柄ギリギリではなく、持っている手にめがけ斬撃を行うことができる。そして目の前で斬撃が交差した。
「な、なぜだ!? 」
「くると分かってる攻撃ほどぬるいものはない! 」
交差し、弾かれない。ガリガリとお互いのサイクルが削りあって動かない。手を狙ったのであれば剣を落とすか、指が落ちているかの光景が広がるが、そうはなっていない。アンリーの対応がそうはさせていなかった。彼女は斬撃の瞬間、持ち手から指を一瞬離し、柄ジリギリギリまで手を下げていた。対してオルレイトが狙ったのは柄の中心部。拳一つ分の間合いの違いで、切り落とすことかなわず、今の鍔迫り合いが発生している。
「レイダ! サイクルショットを! 」
「させねぇよ! 」
対応を強いられたオルレイトがあらかじめ左手に用意させていたサイクルショットを向け撃ち放つ。しかしその攻撃は、向けられた銃身ごとシュルツが真上に蹴り上げたことで回避された。針があらぬ方向へと撃たれて、レイダは隙を晒してしまう。ガラ空きになった胴体めがけ、ショーテルで斬りつけられる。横方向の斬撃を受け、コクピットに薄く一文字の傷がつく。
「さすがにコックピットは硬いか。だが! 」
一瞬の隙をつき、さらなる連撃が行われる。横一文字をなぞるように、2回、3回と振り抜いて、中にいる乗り手の身体を揺らす。そして4回目の時、ついにレイダのコクピットに亀裂が走った。オルレイトがコクピット越しではない、生身の目でシュルツの姿を確認してしまう。
「このまま両断してくれる! 」
勢いをつけ、さらなる攻撃を行う。一歩わざと後ろに下がり軸足として、身体を回転させる。遠心力を味方につけ、軸足ではない方の足で大きく踏み込み、レイダに向かって斬りつける。それはまるでカリンが空中で行う回転斬りを地上で行うような剣技だった。右手に持って剣を、そのまま左へ振り抜く。揺さぶられた身体のまま、最後までオルレイトが粘ろうとする。どうすればこの状況を打破できるのかを考えつくす。
「(相手より早く、攻撃を届かせないといけない……斬撃ではだめだ。間合いが遠い。もっと早く、そしてもっと鋭い攻撃をしなきゃ、やられる! )」
剣戟が今にも迫ろうとする中、突如として時間がゆっくりと流れているかのように視界がクリアになる。砂つぶ一つ一つが目視でき、相手のサイクルの回転までもが見えている。この現象はなんだと首を傾げる暇もないまま、視線を変えると、相手の一点に視線が釘付けになる。先程レイダが放ったサイクルショット。その全ては鎧によって弾き飛ばされたかに見えたが、一箇所だけ針が刺さって抜けていない場所があった。肩と腕の間、鎧の可動部の隙間にあるそこのたった1発だけ針が突き刺さっている。だが完全に刺さっているわけではなく、今にも抜け落ちてしまいそうだった。
「(楔だ。あれを楔にしてさらに押し込めば……突き刺せばいい)」
しかし、問題は間合いにあった。レイダの右手に持っているブレードは短く、このまま突きを放っても届かない。今から新しくブレードを作っている暇はなかった。迫り来る斬撃を受けながらでも突かなければいけない。しかしそのための剣が今手元にはなかった。
「(剣はない……ないが、剣以外ならある。まだ、相手はこれがサイクルショットであること知らない)」
結論を出し、行動に移し始めたころ、あれほどまでゆっくりに感じていた風景が動き始める。すでに相手の武器はふりかぶられ、欠け始めたコクピットに向け剣が迫りつつある。猶予などすでになかった。
「レイダァアアアアア!! 」
《はい!! 》
叫び声をあげながら、レイダがオルレイトに応えて動く。赤い目を灯しながら、相手の鎧に向けて武器を突き刺した。
硬質な物がはじけるような甲高い音が砂漠に響く。レイダに向けて振るわれたショーテルはたしかにコクピットを捕らえ、レイダの胴体のほぼ真ん中まで刃が食い込んでいる。ショーテルが反っているために見かけ以上に傷は深い。だがそれ以上に、シュルツの攻撃が止まっている。
《何を、したぁ? 》
《さぁ。私もはじめてやりましたから》
シュルツの動きが止まっているのは、それ以上動くことができない為であった。鎧のわずかな隙間に、レイダの左腕にあるサイクルスナイプショット、その銃口が深々と突き刺さっている。レイダが両断されるより一瞬早く、長い銃口を届かせることができた。シュルツが持っているショーテルを手放し、突き刺さった銃口を握りしめる。そして、力の限りその銃口を身体から引き剥がし始めた。突き刺さった銃口がズルリズルリと抜けていく。
《こんな貧相な槍! 抜いてしまえばなんともない! 》
《……手を離しましたね? 》
《なに? 》
《オルレイト様! 今です! 》
「喰らええええええ!! 」
シュルツが間の抜けた声をだす。たった今自分に突き刺さっているものを槍だと思っているのは、まだオルレイトがこの武器を使っていなかったため。
「サイクルスナイプショットォオ!! 」
銃口を相手に突き刺したまま、サイクルショットを放つ。距離の開かない、接射攻撃を叩き込む。それも、一度や二度ではない。レイダのサイクルショットはその努力により威力を保ったまま連射できる。
《うお? うぉおおおおお!?? 》
《はぁああああああ!! 》
シュルツの身体が削れていく。鎧の内側から何発もサイクルショットを打ち込まれ、浅く刺さっていた針は深層へと到達し、シュルツの身体を蝕んでいく。さらに追い討ちをかけるように何発ものサイクルショットが身体の中へと到達し、鎧の内側から身体を崩壊させていく。10発を超えた頃、ついに残った右腕が千切れ飛んだ。彼女のかけらが砂地にばらまかれ、右腕が砂地で力なく落ちる。20発を超えた頃、ついにシュルツが動けなくなった。最後の1発はシュルツの身体を貫通し、彼女は衝撃でまた後ろへと倒れこむ。一瞬で勝敗が決まり、辺りを静寂が包みこむ。勝利の余韻に浸ろうにも、オルレイトには余裕は無かった。
「はぁ……はぁ……なんとか、なったな」
《コクピットを削られました。治療には時間がかかるかもしれません》
「治療……そうだ! 姫さまは! 」
急いでレイダをコウの元へと向かわせる。幸い距離は離れておらず、セスが作ったサイクルシールドの影にいた。暑い日差しから守るために、他のベイラーもコウを取り囲むようにしている。マイヤとサマナが手当てを行なっている。オルレイトがレイダから降り、怪我の様子を確認する。
「海賊の! カリンはどうなった! 」
「一応、応急処置はしたよ……って、ベイラーの方はいいの? 傷が」
《見た目よりずっと元気ですよ。心配なのは姫さまとコウの方です》
「姫さまの方であれば、塗り薬も使いましたので、手当そのものは出来ました。しかし、なぜカリン様が怪我を……これはコクピットの中で負ってしまう傷ではないでしょう? 」
「僕にも分からない……コウはどうした? 」
「それが……」
マイヤが見つめる先には、意気消沈したコウがそこにいた。サイクルショーテルによって右腕には大きな穴が空いている。しかし驚異的なのは、その穴を塞ぐかのように、すでに回復が始まっていることにある。自分の意思とは関係なく治療が始まっていた。怪我そのものは問題が無いとオルレイトは結論付ける。今、龍石旅団の誰しもがコウに言葉をかける余裕がなかった。
「話は後だ。いますぐさっきの奴に話を聞いてもらって安全な場所に」
オルレイトが指示をだそうとする話を遮るように、突如サマナが倒れ込んできた。離れていたマイヤ達に盛大に砂がかぶる。何事かと見れば、サマナを蹴飛ばして来たシュルツがそこに佇んでいる。すでに両腕はちぎれ飛んでいると言うのに、未だに闘気は収まっていない。そのあまりに悲壮な姿に、オルレイトが叫んだ。
「や、やめろ! そんなボロボロの身体で何ができる! 」
《まだだ! まだ終わってない! 》
サイクルを無理やり回しながら、オルレイトの場所まで駆け込んでくる。このまま人間を今の自分に残った足で思いっきり蹴とばそうとしているのは明白だった。
「ミーン! 」
《ごめんあそばせぇ! 》
そのシュルツを、横から全力疾走して蹴り込むミーン。完全なる不意打ちをくらい、シュルツが盛大に吹っ飛んでいく。砂ほこりを何度もあげ、ついにはその場から今度こそ動かなくなった。
「ナット! ミーン! 助かった! 」
「あいつ何なんだ! ベイラーがあんなになってるのにまだ戦おうとするなんて」
《ナット、ナット! 》
「どうしたの? 」
《変なのはベイラーだけじゃないのかも》
見れば、シュルツの身体から1人、人間の女性が肩で息をしながら立っていた。龍石旅団の誰とも違う、日焼けとも違う人種としての浅黒い肌。波打つ黒い髪。引き締まった身体にはいくつもの傷がある。
「まだだぁ!! 」
そして彼女、アンリーが自身の剣を抜き、こちらへと疾走して来た。その形相は必死さに満ちており、余裕1つもない。戦いが好きだと豪語していた彼女とは思えないほどに怒りだけに身を任せている彼女が、一瞬で腰から抜き放った剣は、先程のショーテルと同じで、すでに反りの外側をこちらに向けている。殺意を持っているのは明らかだった。あっという間に距離を詰め、一番近くにいたオルレイトに斬りかかろうとする。そこには、戦いが好きだと宣言していた女性はいない。感情の赴くままに刃を振るわねば気が済まないとその目が語っている。何がそこまで彼女を突き動かしているのか。理由はその言葉で明らかになる。
「仇をもらう! 」
「か、仇? 」
仇。そう言われ、なぜ自分に対して仇などと言う言葉が出てくるのか分からず硬直してしまう。決して冗談でも、こちらを脅すための言葉でもない。彼女の目には感情が高ぶりすぎて流れる涙がたまっている。その事に、一瞬オルレイトが考えてしまった。彼女は、帝都の軍によって、何か大切な物を奪われたのではないかと。
「(それは誰かを殺さないといけないくらい苦しいものだったのか。帝都の連中は、そんな事をしているのか。それが僕らの向かっている場所なのか! )」
刃が一瞬で振り下ろされる。このまま打ち下ろされればオルレイトの首はへし折れるほどの勢いだった。オルレイトも修練の通り腰の剣を抜き、迎撃しようとした時、そのすぐの横から一陣の風が吹いた。
「私は、いえ、私たちは、帝都の者では、ありません」
「か、カリンか!? 」
甲高い金属の音が響き、鍔迫り合いが起きる。カリンが腰に据えた己の剣を、左手で、それも逆手でもって抜刀し、アンリーの一撃を抑えていた。右手はまだ傷が塞がっておらず、巻いたばかりの包帯から血が滲み始めている。すでにカリンの顔色も悪く、その目には隈がでいていた。
「私は、カリン・ワイウインズ。ゲレーンの者です……病人がいるのです。もし、貴方の国が近いのであれば、薬を、分けては、もらえませんか」
「ゲレーン? ふはは……ふははははは!! 」
突然、殺意が弱まり、笑い出すシュルツ。しかし弱まった殺意は再びつよく、それどころかさらに強くなってカリンを襲った。すでにアンリーの形相は怒り以外の感情が見えなくなっている。
「ゲレーンとはこの地からはるか彼方にある森の豊で美しいとされる国の名前だ。どうしてそんな場所の連中がここにいる!? 私を無知と侮ったな! 痴れ者め! 」
ショーテルから左手だけを離し、腰にすえたナイフを握りしめる。空いた手でカリンを突き刺す気でいるのは明白だった。対してカリンは、すでに目が霞んでおり、目の前の光景すらよく見えないでいる。ただ、言葉だけはよく聴こえていた。
「そう、ですか……ゲレーンの事を、知っているのですね……良かった」
「何を言っている? 」
「ゲレーンがいい国だと思われていて、本当に良かった。だからこそ、信じてください……もう私には、貴女に言える言葉が、それしか言えません」
「信じられるものか! お前たちはいつもそうだ!最初はこちらを手助けしていい顔を見せながら、隙をみてこちらの大切な物をまるごと奪っていく! 私の家族も! 妹も! なにもかもを! 」
ナイフを突き立てようと振り上げる。狙いはカリンの首元。確実に一撃で命を奪おうとする行為。すでにアンリーの中ではこの行動に躊躇などなかった。
そして一瞬で振り下ろされたナイフは、たしかに血を吸った。しかしカリンの物ではない。
「痴れ者は、どっちだ」
「そ、その声は、緑のベイラーから聞こえた男か」
「この方はゲレーン王ゲーニッツ・ワイウインズが嫡子、カリンワイウインズ皇女殿下であるぞ」
カリンの背後から、オルレイトが迫り来る刃を握りしめていた。一瞬頭の片隅で、商用に使っている口調が瞬時に出てくる辺り、己は生粋の商売人なのかもしれないと思いながら、目の前の無礼者を諭す。
「僕はゲレーンの軍を任される由緒正しいガレットリーサー家が長男。オルレイト・ガレットリーサー。わけあってこの地まで迷いこんでしまった。手を、貸して欲しい」
「名乗れば許して貰えるって思ってるのか。前口上をぺらぺらと」
「なら貴女も名乗るがいい。こちらは名乗ったぞ」
「私はアンリー・ウォロー! お前たち帝都軍を皆殺しにすると誓った戦士だ! 」
怒りが猛り狂う。2人を蹴飛ばそうとして足をあげようとしたが、すでにカリンが踏み込んできた足を踏んでおり、これ以上前にも後ろにも引けなくさせていた。
「(だ、だめだ。まるで話を聞いてくれない。カリンの様子だってまずい。あれだけ血を流したんだ。立っているのもやっとのはずなのに……僕がやるしかないのか)」
空いている手で自分も武器を持つ。カリンが死角となっており、アンリーはオルレイトの動きがわからない。仕掛けるのであれば、確かに今であった。
「(胴体の、真ん中、心臓から外れればいい。まだ止血用の薬もある。大丈夫だ。うまくいく。少しだけ怪我をしてもらうだけだ。でももし、もし当たりどころが悪かったら)」
しかし、嫌な方向に想像が働いてしまう。もしこのまま剣をアンリーに突き立てたとして、もしその突き立てた剣の場所が悪かったなら、医者もいないこの場所で、応急処置では治らない傷を負わせてしまったら。考えが堂々巡りを繰り返し、何度も同じ答えが導き出される。
「(僕は、人殺しにならなければいけないのか! 今日ここで! )」
躊躇してしまう。そしてその瞬間抑えていた右手が弱くなった。結果、カリンの首筋に、ほんのわずかに刃が触れる。そこからさらに血が流れ出て行く
「カリン!? 」
「だい、じょうぶ。私はまだ生きているわ」
「(やるしか、ないのか!! )」
剣を握りしめ、カリンを横に強引に引かせた。ショーテルとブレードは宙を舞い、カリンは砂地で横倒しになる。同時にオルレイトが剣を引き抜き、相手を突き刺そうとする。一瞬アンリーが驚くもすぐさま対応し左手に持っていたナイフを右手に素早く投げ込みキャッチする。持ち手のスイッチが終わた瞬間、すぐさまアンリーもオルレイトを突き刺そうとする。あともう一呼吸でどちらかの刃がどちらかを切り裂く。もうどちらも止められる状態ではなかった。
「そこまでだ」
割って入るように、1人の男が空から降ってきた。衝撃で両者ともども吹き飛び、砂地にちいさなクレーターが出来上がる。クレーターをつくりあげた、2m近い大男が、降りかかった砂を払いながら、さも当然の仕草でアンリーに声をかけた。
「彼女らは味方だアンリー」
「な、なぜそんな事がわかる」
「私の国の人間だからだ」
「お、お前の国? 」
「私も、故郷はゲレーンだ」
スタスタと歩いて、吹き飛ばされたカリン達の元にやってくる大男。その顔に、カリンは目の下に隈を作りながら、それでも、心底嫌な顔をしてみせた
「なぜ、こんな、所に」
「それはこちらの言葉です。サーラにいた筈では? 」
カリンを知る、ゲレーン出身の男。国の諜報機関、渡りの長。オージェンがそこにいた。




