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王のベイラー

ベイラーにはこんな力を持っている者がいます。

「やぁ。クリン。2年ぶりかな」

「はい。お父様も息災でなによりです」


 ゲレーンの城。その謁見の間にて、カリンの姉であるクリン・バーチェスカ率いる輸送船団の面々が、が、父であるゲーニッツに謁見していた。カリンとコウは、後方に控えており、彼女らの会話もよく聞こえている。手短に挨拶を済ませ、補給物資の確認していた。ゲーニッツが座る王座のすぐ後ろには、嵐の時に見たあのしわがれた声のベイラーもいる。


「うむ。サーラ王には、よろしく伝えてくれ。この国が、また豊かさを取り戻すころには、きっといい木を、そちらにお贈りすると」

「ええ。きっとお喜びになります」

《(身内同士の会話って感じしないなぁ)》


 王族の、極めて政治的な内容にしかコウには聞こえなかった。ゲーニッツは王座に座り、クリンに関しては跪いている。その光景もまた、違和感に拍車をかける。サーラはゲレーンにとっても友好国であり、こうして物資を届けるのであれば、そこまで国家間で遺恨があるようには思えない。


「人払いを」

「は」


 ゲレーン王がそう告げたため、カリンを伴って、コウもまた謁見の間から離れようとする。


「ああ。クリンとカリン。あとカリンのベイラーは残りなさい」


 だが、ゲーニッツから名ざしで呼び止められ、コウは、背中が正される想いだった。謁見の間にコウと、ゲレーン王のベイラー。そして姉妹2人が残された。


《(なんか悪い事しちゃったっけ? )》


 ゲレーン王から、直接話を聞くのは、今日が初めてだった。嵐の後の復興でコウもゲーニッツも忙しく、すれ違うことさえ珍しい。そんな間柄で一体何を話すのか、皆目見当がついていない。


《カリン。何か聞いてる? 》

「いいえ、私は何も」


 頼みの綱であるカリンも、今日ここで何を話すのか知らないという。


《(一体なんだろう)》

「さて……クリン」


 コウの心配をよそに、ゲーニッツが娘の名を呼ぶ。


「手紙もよこさず、まぁライの元で騎士の真似事までしているとは、思いもよらなんだ」


 王座からゲーニッツが立ち上がると、突然辛辣な口調でクリンを責め立て始めた。クリンもまた、跪いていた姿勢をかえ、正面から向き直って、あまつさえゲーニッツを睨みつけた。謁見の間で、一発触発の雰囲気が出来上がる。


「ライは私のすることを、試した上で認め、騎士の位を授けたのです。実力です」

「で、あろうな。身内でも容赦するような男ではない」

「だからバーチェスカの家に嫁ぐのを許したと? 」

《(もしかして、そんなに仲が良くないのか? )》


 父と娘の仲が悪いのは、古今東西変わらぬのかもしれないと、コウが強引に納得しようとする。兎にも角にも空気が最悪であり、同じ場にいたくなかった。


《(カリンは素知らぬ顔してるしぃ! どうしたもんかな)》

「許したもなにも、そもそも反対していない。ただ、早すぎると思っただけだ」

「早いもなにも無いでしょう? 」

「いや、だって」


 ここで、はじめてゲーニッツの口調が砕けた。


「会って()()()結婚しますは、お父さんどうかと思う」

「それは、あんな意気投合すると思わなかったんだもの! 他の人じゃああならなかったし! 」

「そうだ。確かにお前に結婚を促したのは、他でもない私だ。でも歳下、しかもあの時、ライはまだ王子になったばかりだろう」

「もうライだって15歳。私だって20歳になったんだから」

「2年前! 13歳の男に嫁がせたって! どれだけお父さん非難轟々だったかわかる!? 政略結婚させたとか、あらぬ疑いまでかけられたんだからね!? どこをどうみても恋愛結婚なのに! 」

「それは……はい。ごめんなさい」

「また、共に過ごせるのは、嬉しい。でも今度からは、手紙の一つでもよこしなさい。準備できずにロクな歓迎もできない」

「そうします」

 

 コウの脳内に、エクスクラメーションマークが飛び跳ねた。どうやら、クリンの結婚に際し、ひと悶着あったのだけは、どうにか理解できたが、もう1つ別の情報が与えらた事に驚いている。


《(カリンのお姉さん20歳? )》


 それはついぞ聞いていなかった年齢の事。カリンの姉であれば、彼女より年上であることは必然である。しかし、それでも想像以上に年齢が上だったことに驚いている。コウがこの世界に来た時は、彼は17歳であり、20歳とうのは、日本では飲酒もできる非常にうらやましい存在であった。そして、気になるのは、カリンの年齢である。


《カリン様、いまおいくつであらせられますか? 》

「私? この前18になったわね」

《ええぇえ! 年上ぇ!? 》

「何よ急に!? 」


 コウは、カリンの年齢を15歳くらい。すくなくとも自分よりは年下であろうと踏んでいた。それは彼女の身長が周りより低かったことや、彼女の明るい栗色の髪が、多少幼い印象を与えていた。


《カリン、お姉さんだったんですね》

「それは、貴方はまだ生まれて1年たっていないのだから、当たり前でしょう? 」

《そうでした。どうあがいても勝てませんでしたね》

「どうしたの急に? 」

《僕は人をどれだけ外見と偏見で判断していたのかを痛感しているのです》

「そう? 治るといいわね」

《そうですね。特効薬がほしいです》


 もし偏見を治す薬があれば、コウは全財産をなげうってでも手に入れようと決意した。無論、彼に財産などなく、そもそも財産を必要としない体であるのだが、出会った女の子が年上だった事で、彼の冷静さは吹き飛んでいた。


「カリン、ベイラーも!こちらに」

「は、はい! 」


 ゲーニッツに呼ばれた事で、年齢の話題から切り替わったのが、コウにはありがたかった。


「カリン。最近は大活躍だそうだな。『追われ嵐』の時は、よくやってくれた」

「そ、そんな! 結局はレイダたちに助けられました。私がしたことなんで、先走った結果で」

「それでも、カリンが時を稼いだから、レイダは部下にその場を任せ、そちらに行けたのだ。お前がいなければ、後ろからの土砂崩れで、本隊は文字通り流されていただろう」


 ゲーニッツの手が、カリンの頭を撫でた。


「がんばったな。カリン」

「……はい!はい!で、でも」

「ん? 」

「流石に、ちょっと恥ずかしいですね」


 ぱっと、ゲーニッツの撫でる手がとまる。しまったという顔をしていた。


《(この人も、結構ころころ表情が変わる)》


 表情の変わりようは、カリンとよく似ており、やはりカリンの父親なのだなとどこか安心している。


「すまない。昔からの習慣でそのままやってしまった」

「あ、いえ、その嫌な、わけでは、ないんです。もう少し、いいですか? 」


 カリンは多少恥ずかしそうにしながらも、しかし、止まった手に、自分の頭を押し付けるように動いた。上目遣いでねだるその仕草は、まるで甘える猫のようであった。


「ああ。もちろん。頑張ったな。カリン」


 そしてカリンの願いは聞き遂げられ、撫でる行為は続行された。


「我が妹ながら、あれを無意識でやってるのが末恐ろしい。私が男ならいまので落ちてる」

「ど、どう言う事ですかお姉様!! 」

《(いや、あれに抗うのは無理だろう)》


 異性から上目遣いでおねだりされるという経験はコウには無かった。彼の乏しい女性関係ではソレを望む事は難しかったが、同じようにされて拒否できる自信がなかった。


《(そして、それを平気で受け取るゲーニッツさんって、子煩悩だったんだなぁ)》

「それと、白のベイラーくん! 」

《は、はい! 》


 自分の事に気が付くのが遅れながら、返事をかえすと、足元にゲーニッツがやってくきた。


「カリンをパートナーに選んでくれたこと、いや、それ以前に、立ち上がってこの国にきてくれたこと、心より礼を言おう」

《は、はい!! 》

「君からみて、この国には、どうかね? 」


 ゲーニッツの問いかけに、コウは素直に答える。


《とても平和で、人もベイラーものびのびと暮らしている。いい国だと思います》

「ベイラーの君から、そう云う言葉をもらえるのは、この地の人間の代表として、例えお世辞だとしても、ありがたいことだ」

《そんな! お世辞なんて! 》

「そうよ!コウはお世辞なんていえるほど器用じゃないわ! 」

《フォローしてくれているのか、けなされているのかわからない! でもありがとう! 》


 コウに腹芸など出来ようはずがないことを、カリンは知っていた。


「白のベイラーは、コウ。コウくんというのか」

「《あ、はい》」

「その名は、おぼえておくよ」

《―――我が友の子よ。我ら兄弟姉妹と話がしたい》


 今度は、玉座の後ろでじっと控えていた、ゲーニッツのベイラーがコウを呼んだ。厳かながら、優しい声色だった。


「コウ君。グレート・ギフトが君を呼んでいる。どうか傍に」

《は、はい! 》


 グレート・ギフトと呼ばれたベイラーの元へと近づく。玉座の後ろ側にいるため、限りなく玉座を跨ぐ形になる。


《(礼儀作法として、コレいいのなかぁ? )》


 王の座る椅子を跨ぐというのは、人間社会では無礼極まら居ない行為である。しかし、ゲーニッツはまるで気にすることなく、コウをただ促すだけだった。


《(近う寄れってやつか)》


 記憶の片隅にあった時代劇のワンシーンを思い描きながら、グレートギフトのもとへとたどり着く。こうして近くに来たことで、あらためてその風貌をよく見る事ができた。


 他のベイラーとちがい、傷がそこかしこにあり、とにかく年季が入っている。特に足に関しては。ほぼ朽ちかけているのか、足先にかんしてはほぼ形が残っていなかった。だが、そうなると、このベイラーは移動を自力で行えない。


《(このベイラー、台車に座っているのか)》


 ではどうするのか。答えは簡単で、車輪のついた台車にグレート・ベイラーは正座しており、彼が移動したい時は、別のベイラーに手伝わせている。


《(嵐の時も、2人掛かりで押してたな)》

《立ち上がって間もない、我が兄弟よ。その肌をよくみせておくれ》

《肌……こ、こうすれば、よろしいですか? 》


 手のひらを、上にして、そのまま差し出す形で、グレート・ギフトに見せる。


《白い。ここまで白いのは久しくみていなかった》

《さ、さようで、ありますか》


 妙な緊張感のせいで、コウは敬語が怪しくなった。しかし、グレート・ギフトの次の言葉で、怪しかった敬語がさらに変な物になる。


《そして、我が兄弟は世を超え()()()()()のだな。こうなってしまってはもう戻れぬ》

《(世を超えて落ちる? どう言う意味だ? )》

《だが乗り手を見つけたのならば、よかろう。その乗り手を好いておるか? 》


 変な言葉をきいた直後に、今度は、なんとも気恥ずかしい事を聞かれてしまう。先程の言葉の意味など考える要領が吹き飛びながら、しかし、コウはすんなりと言葉に出来た。


《はい。好いております》

《うむ。良き答えだ》


 グレート・ギフトは、間髪いれずに答えたコウに対して、非常に満足したようで、声色にもどこか笑みが混じっている。


《時に、我が友の子よ。この国は危機であるな? 》

「はい。グレート・ギフト」

《ならば、この力振るうときと見る。支度せい》

「し、しかし」

《この国を憂うのは同じ。ならば、このサイクルはまだ回せよう》

「なんと……感謝いたします。グレート・ギフト」

《新たに兄弟姉妹が人を好いた。ならばこの国の人を生かさねばならん。我が友との盟約を、果たそう》

《(僕の答えで、今なにか決定的な何か、決まってしまったような)》


 もし答えが芳しくなければ、どうなっていたのか。


《(ゲレーンの将来を決める何かをしてしまった気がする)》

「クリン。明日、キノコ栽培場の前に来なさい。カリン。お前もだ」

「お、御父様?さきほどからまるで話がみえないのですが……? 」

「この国がなぜここまで栄えているかを明日教えよう。……今日はもう休みなさい」


 コウの答えが、グレート・ギフトの行動を決めた。それだけは確かだった。



《本当に、いつみてもおびただしい数だ》

「ここなら、時期さえずらせば、キノコはずっと収穫できるの。でも、どうしてこんなところに」


 ゲレーンの城。その地下に広がるキノコ栽培が行われている場所。ソウジュの木が枯れ、それを城にした事はコウも知っていたが、こうして地下を切り開いていた事は、その目で見るまで信じる事ができなかった。栽培するための空間の広さと、収穫を待つ、おびただしい数のキノコで埋め尽くされている。これだけ広々としているのに、崩れる心配がないのは、この枯れ木のソウジュの根がそのまま柱になっている為である。


 コウとカリンは、以前、ここにいるキノコの生えたベイラーに会いに来たとき以来となる。


「子供の時以来だわ。ここ来るの。ジメジメして、ひんやりして……ひさしぶりだなぁ」

 

 コウの手にクリンをのせ、ゆっくりと進む。カリンはコックピットの中にいる。


《ここ、年中キノコが採れるの? 》

「ええ。最初は、複数の種類を育てていたそうよ。ずーっと前の話だけどね。でも、混ぜて育てると取れすぎるキノコと、まったく取れないキノコと、てんでバラバラになっちゃって。うまくいかなかったから、今は一種類だけなの」

《ほんとだ。全部おんなじだ》


 大量かつ、同一のキノコが並んでいるのは、栽培の手間をかけない為でもあった。地下空間とはいえ、湿度を保つために、簡易的な加湿器が均等に置かれている。

 

「あ、コウ君。左側、倒れてるやつがある」

「お姉様。私が操縦しているのですから、私に言ってくださらないと」

「ああ、そうだった」

「それにしても変ね。いつもなら世話係が沢山いる筈なのに」


 スポンジ状になる木の実を加工してできたそれは、吸水率がよく、見た目より何倍もの水分をため込む事ができる。定期的に給水してやれば、自然と揮発しながら、空間に水分を送り込んでくれる。コウは、指先て倒れた加湿器を立て直すが、ほんのわずかに触っただけでも、指先にたっぷりと水がついた。


《コレ、間違って踏んだら足がぬれて大変な事になるな》

「コウ! 変な事言わないで! 」

《ご、ごめん》


 大量の水を含んだ加湿器を踏んでしまえば、足がぬれるだけでなく、地面がぬかるみ、最悪滑って転んでしまう。そして今、手にはカリンの姉であるクリンがいる。転んでしまえば彼女に命の保証ができなかった。


 やがて、キノコ栽培の一番奥までくると、其処にいつも座り込んでいるベイラーと出会う。


《おーやぁ……これは、友の子ではありませんかぁ……おおきくなりましたねぇ……あれぇ。いまは姉妹でしたっけぇ……あれぇ……男一人だったようなぁ》

「キノコ。貴方、また御父様と私たち姉妹とぐちゃぐちゃになってるわね? 」

《怒らないでぇ……長いあいだここに居るとぉ、細かいことがまざってしまうんですからさぁ》


 キノコ。それは、ここで栽培されているキノコの事ではなく、ここでしか会えない、座ったまま頭にキノコを生やしたベイラーの俗称であった。


《そろそろぉ……冬も深まりますかぁ……土が冷たいぃ》

「そんな事もわかるのね」

《これでも、半分木ですからぁ》


 それは、比喩ではない。実際にキノコは座り込んでいるのではなく、すでに根を張っている。だが、ソウジュの木になるのではないのだという。曰く、サイクルを回し、体を細長く伸ばして、固定してしまったとか。何故そんなことをしたのかは、誰も知らない。さらには、自分の体でキノコを育て、人に採らせている。声もだいぶ間延びして、聞き取るのには慣れがいる。激しく動く必要が無いからか、乗り手も居ない。


 キノコは、ありていに言ってしまえば変わり者である。頭に生えた巨大なキノコが、それの印象をさらに助長している。話している最中に、頭に生えたキノコの笠が大きく動く(それは吸気しているようにもみえる)のは、異様な光景であった。


 そんな彼だが、この国の人間は誰も彼を蔑まない。


《森は削れちまいましたかぁ……でも大丈夫ぅ……削れた土の中にはぁ……ちゃぁんと種が残ってる……すぐ……とはぁ……いかないけどもぉ……元通りだよぉ》


 なぜなら彼は、この国でだれより長く、この地にいるベイラーであった。『追われ嵐』のことを知って、その対策を伝えたのも、この彼である


 しかしながら、コウはこのベイラーと話すのに苦手意識があった。彼独特の間延びした喋り方は、会話のテンポがどうしてもズレてしまう。そして頭に文字通りキノコが生えているので、薬学、こと麻薬的な意味合いで、どこかおかしくなっていないのかと、心配していた。


《(それとも、長く生きたベイラーはこんな感じなのかな)》

《世間話しぃ……しちゃったねぇ……ごめんよぉ……でももぉ……今日は人がいないのでぇ……暇でぇ……ついぃ……お話したくなるのさぁ……》

「いいのよキノコ。まだ王はいらっしゃらない? 」

《王?……今日はぁ……なにかするのかいぃ》

「ええ。なんだが、グレート・ギフトが、力を使うとか、なんとか……」

《……はいえぇ……そりゃ……またぁ》


 キノコが、明確な驚愕を示し、首が左右にカクカク動く。それはコウも、そしてカリンもはじめてみた動きだった。むしろ、いままで見たキノコの中で最大の動作であった。


《(首はキノコが生えていないのかもしれない)》

《そうかぁ……またあいつは……お人よしだねぇ》

「? 」

「《まってねぇ……そういうことならぁ……いま。開けるからさぁ》」

「キノコ?開けるって? 」

《ひみつぅ……ああ、でもぉ、今日でぇ、君たちもしれるひみつぅ》


 キノコがその腕を、ひょいっと、動かした。サイクルがよほどまわっていなかったのか、頭に残る甲高い音がなる。そもそもキノコが腕を()()()()ことの方が、驚愕に値する。同時に、突如として土が蠢くと、壁であったはずの場所が、裂けるよう割れ、この栽培場とは、別の空間が現れた。


 カリンが目をこらすと、うごいた土に見える木の根は、ソウジュの枯れ木のものではなく、キノコの体とつながっている。


 それはつまり、キノコが、この栽培上の土を動かしたという事であった。


《先に……はいっててぇ……》」

「は、入る!? 」

《だ、大丈夫なのか? 》

「こ、このジメジメに閉じ込められるのはちょっと勘弁だからね! 」

《大丈夫ぅ……支えてるからァ……これでも丈夫でぇ……器用なんだよぉ? 》


 キノコを言葉を信じ、コウが歩みをすすめる。新たに現れた空間は、不思議とジメジメしなかった。壁には、土と、木の根、恐らくキノコのであろうソレが、張り巡らされてる。広さは、なんと体育館ほどある。高さは、コウが入っても多少余裕があるために、10mほど。


《終わったらぁ……どの根でもいいから……5回叩いてねぇ……ああ、でもぉ……痛いのはぁ……ダメだからぁ……やさしく……こつこつとねぇ……そうしてくれればぁ……またぁ……開けてあげるよぉ》

「キ、キノコ!貴方こんなすごいことできたの!?土の中をいろいろできるなんて! 」

《いつもはやらないだけだよぉ……もう生まれて()()だからさぁ……いろいろぉ……できるようになったのさぁ》

「あとでうんと褒めてあげるからね! 」

《……そうかい?……それはぁたのしみだぁ……それじゃぁ……またねぇ》


 キノコが、眠くなるような声のまま別れを告げると、裂け目が閉じていく。


《キノコさん、これから何やるのか知ってるのかな? 》

「そんな感じだったねぇ……なんだろ。カリン、想像つく? 」

「いや……そもそも、グレート・ギフトの力っていうのもよく」


 そんな不安と疑問が入り混じった状態で待っていると、ふたたび土が開き、今度はゲーニッツとグレート・ギフトが入ってきた。車輪付きの御輿にのったまま、カタカタカタと、こちらに転がってきた。


 土が少しだけ傾けられている。それがキノコが、間接的にグレート・ギフトを運んでいる証だった。


《ときに、我が兄弟姉妹。これから見ることは他言無用である》

《は、はい》

「カリン。よく見ておくんだ。クリンもね」

「あの、御父様、これからなにを? 」

「グレート・ギフトのサイクルを回すのさ。盾や剣を作るわけでもないけどね」

「そろそろ、私たちにわかるように」

「なに。見ればわかる。必ずね」


 ゲーニッツの、あえて説明せずに、自信の行動の結果で、相手に納得させる。


《(すっげぇ覚えがある)》


 それは、コウは初めて意識と感覚と共有の際に、カリンが行った行動と同じだった。口で説明しても理解されがたい事象の場合、行動で示したほうが、相手も手早く理解できるという、一種の信念の元で行われた行動であることは、のちにコウも知る事ができた。こうしてカリンの父も同じ振る舞いを見た事で、やはりカリンの父なのだと腑に落ちる。


 そして、ゲーニッツがグレート・ギフトに乗り込んだ時。再びコウに衝撃が走る。


 グレート・ギフトの目が、真っ赤に輝き始めたのである。それだけ見れば、ベイラーの赤目の現象であり、なんら疑問に思う事はない。だが、グレート・ギフトは、まだ一歩も動いていない。


「ただ座ってるだけなのに!? 」


 これにはカリンも、コウと同じように衝撃を受けていた。


「なに。人間とベイラーが息を合わせれば、()()()()()()()こうなれるものさ」


 どんなときでも、赤目になれる。つまり、ゲーニッツとグレート・ギフトは、『ただ座っている』状態ですら、一体の意思でいるという事。


《そんなの……もう息を合わせるとか、そんな次元の話じゃない》


 一心同体。それ以外に言い表す言葉が見つからなかった。グレート・ギフトが顔を上げ、両腕を垂直に、天井へと伸ばす。それは、むしろその先の、空へと手を伸ばそうとしているようにも見えた。


「グレート・ギフトよ。その力で、この地を潤したまえ」

《我が友、その子らよ。盟約により、この力を振るおう。願わくば、これによって人々が争い、憎み合うことがないことを》

「そうならないことを、この地の最初の王である者、そして貴方の友、アイン・ワイウインズの子孫たる我らが誓おう」

 

 ここで、グレート・ギフトが、ずっとゲーニッツを『友の子』と言っていた意味をしる。彼にとってゲーニッツは、もうずっと前の乗り手の子孫であった。そして、最初の王。つまりゲレーンの建国当時から、このベイラーはこの国にいる事になる。


《それは、どんな永さ(ながさ)なんだ》


 それは、気の遠くなるような長さであることだけは、確かだった。


《その誓いが永久にまもられんことを!この国で人に危機が訪れたならばその力を降るうべし!いま再びアインとの盟約を果たす! 》


 無造作に、グレート・ギフトが、その天への伸ばした手、ゆっくりと、地面にかざした。その手を、一度、拳をつくって、握り締めた。そのまま。ゆっくりと、開いた。


「《サイクルギフト》」


 2人の言葉が、重なった。


《……? 》


 だが、しばらくたっても、なにも、起こらない。キノコが行った、土を動かす事のほうが派手だった為に、コウにとっては余計にそう見えてしまった。


《(視力のいいカリンなら何か分かるのかな)》


 目の良さを頼りに、カリンの視界を借りる。彼女は彼女で、グレート・ギフトの手、その一点を凝視している。コウと違い、何かに気が付いているようだった。


「……そんな、ことが、できるの……ベイラーには」

「ほ、ほんとに……?そんなことが」


 カリンが、クリンが、言葉を失っている。コウに流れ込んでくる感情も、驚嘆に困惑を重ねたような、複雑なものだ。それはまるで、信じられない。そんなことがおこるのはありえない。と言うような。


《カリン?なにが……壁でもうごいた? それとも地面になにか? 》

「お馬鹿! グレート・ギフトの手をごらんなさい! 」

《手? 》


 カリンにどやされながら、言われた通りに、グレート・ギフトの手を見るコウ。よくよく目を凝らすと、その手から、何か粒状の物が溢れている事が分かる。


《サイクルを回して落ちているクズ……?いやそれにして……も……》


 自分がサイクルを回した時に出る木屑と比べても、形が違っている。やがて、グレート・ギフトの足元に積もり積もったソレをみて、ようやくコウが、一体何が手から溢れているのかを理解した。


 理解した上で、カリンと全く同じ感情となる。


《そんな、だって、アレは》

()()よ!サイクルを回して、()()()()()()()()()()()()()()()()()() 」


 カリンと共有している視界だというのに、まるで信じられなかった。しかし、コウがなんど見返しても、確かに、グレート・ギフトの手から、サラサラと小麦が溢れている。


 否。()()()()()()()


「《実れ!実れ!実れぇええええええええ!! 》」


 ゲーニッツと、グレート・ギフトが、その両手を掲げ、咆哮した。すると、まるで、グレート・ギフトの両腕が、まるで小麦のシャワーになったかのように、凄まじいスピードで小麦を生み出していく。


 カリンも、クリンも、コウも、空いた口がふさがらなかった。すでにコウの足元を超え、胸元まで小麦が迫ってくる。麦粉の原料であり、イネ科の植物。それもすでに脱穀されている状態の物が、この空間を埋め尽くそうとしていた。


「ッ!コウ!お姉様を守って! このままだとお姉様が小麦で窒息しちゃう! 」

《お、おお、お任せあれ!! 》

「よ、よろしく! 」


 茫然としている中、カリンが機転を利かせ、指示を飛ばした。グレート・ギフトが小麦を生み出すスピードはさらに上がっており、外にいるクリンは小麦によって生き埋めになってしまう。ひとまず、クリンを持ち上げ、自分の肩より上まで掲げるようにする。これにより、ひとまずの高さを稼いだ事で、今すぐ生き埋めになる事は無くなった


「グレート・ギフト。ひとまず」

《さようか》


 短い言葉が、小麦の向こう側から聞こえると、小麦の増加が止まった。


《クリン様!ご無事ですか! 》

「な、なんとか……でも腰から下は小麦だらけ」


 最終的に、掲げたクリンの腰半分まで小麦は生み出され、コウに至っては全身小麦に包まれてしまった。それはつまり、体育館ほどの空間を、わずかな時間で小麦で埋め尽くしてしまった事になる。


「こ、これが、サイクルギフト。小麦をつくってしまうなんて」

《ベイラーたちの道具の比じゃない。どんなことをすればこんな》」

《ふむ。あと2回ほどおこなうか。根をたたいておくれ。あやつが地上に出してくれる》

《は、はい!……って僕も動けない……クリン様!近くに根っこはありませんか!? 》

「根っこ……これかな……5回っていったっけ」


 身動きのとれないクリンが、それでも手の届く範囲にあった根っこを、コツコツと5回叩いた。小さな地響きが鳴ったと思えば、その直後。コウの後ろ、壁だったはずの場所が忽然と切り開かれ、大きな穴が空いた。この空間にあった小麦は、出口を求め、その大穴へ激流となって流れていく。


 小麦の濁流で押し流されたコウは、クリンだけは何とか守ろうと、とっさに手で覆う。


 やがて、小麦と共に無様に転げ出ると、そこは城の一室であった。城で休憩していたであろう兵士が、王の姿をみてかしこまる。


「ありゃ?王様?……こ、これは!?貯蔵庫から小麦をだしたので? 」

「ああ。この量をあと2回開放する。これで賄えるな? 」

「へ、へい!おーいみんなー!王様が貯蔵庫を放出したぞー! 」


 転がっているコウを無視し、集まったベイラーとその乗り手たちが、小麦を麻袋につめていく。ゲーニッツは、この小麦は、『貯蔵庫から放出した』と言う体裁にしているようだ。


《……こんなことが、あるんだ、なぁ》」

「ええ……信じられないけど……見て、しまったから……信じるしかない」


 コウとカリンは、この国が、なぜ栄えたのか。その理由を、この目でしかと見てしまった。無論、この国が豊かなのは、決して、あのグレート・ギフトの力だけでは無い。小麦だけでは人は生きてはいけない。しかし、あの力をなくして、果たしてこの国はここまで栄えたのかは。それは大きな疑問であった。


《ソウジュ・ベイラーって一体、なんなんだ? 》

「ごめんなさい。そればっかりは、私も答えられないわ」


 サイクルは、このベイラーの体にある仕組みの一つで、体を『作って』『削って』を繰り返す機構である。その工程を繰り返す事で、体を動かす。乗り手がいれば、器用な真似もできる。コウが知る、一番器用な使用方法は、ガインのつかっていた『サイクルツールセット』である。指を20個に増やして、その指先で別々の道具を作り、それをすべて同時並行で使用する。


 彼らも十分、ベイラーとしては規格外な器用さ、精密さである。しかしながら、グレート・ギフトとは次元が違った。小麦。有機物でり、グレート・ギフトはあの手から『命』を作ってみせたのである。それはもはや器用不器用の話ではない。


《(それは……奇跡というやつじゃないのか)》


 コウの中で、疑問がさらに膨らんでいく。ベイラーとは、ソウジュの木の種。あくまで、種であり、それが、人の力を借りて遠くにいく為に、いまの形になっている。多少体の差異はあるものの、人間を乗せるスペースがあるのはもちろん、人間と感覚や視界を共有する基本形は変わらない。


 そのベイラーが、なぜあんな力を身に着けられるのか。全く分からなかった。


「カリンー出しておくれよぉ……いくらおっきいベイラーでも手の中は狭いよぉ」

「ああお姉様! 待ってくださいね!すぐに!! 」


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