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鎧のベイラー

 病にかかった双子は肩で息をしており、明らかに不調だった。体の不調がどれほど苦しいか、オルレイトは骨の髄までよく知っている。


「一刻も早く薬が必要だが……僕の解熱剤でいいのか? 」


 手に持ってるのは自分が常備している飲み薬。主に熱が出ている時に飲むものである。それを双子に分けていいものか考えあぐねている。


「熱である事はたしかだ。でもそれ以外の症状がある。この薬が効くとは限らない。逆に副作用が出ることもある……それにまだリオもクオも子供だ。そもそも薬を飲ませていいのか? 」


 レイダの中にある本棚を探るも、切り傷や打撲などで使える、旅の共としの薬学が載った物で、今回のような独自の症状が載っているものは一つもなかった。


「くそう。やはり医者が必要だ……だと言うのに! 」


  操縦桿をにぎり、レイダを跳ねさせる。すぐ後にはサイクルショットで足元で砂が舞い上がり穴が開く。


「やめろぉ! こっちには病人がいるんだ!! 」


 レイダから体を出し、オルレイトが力の限り叫んだ。


 ◆


「やめろぉ! こっちには病人がいるんだ! 」


 オルレイトの叫びが砂漠で上がる。その声を聞いてか、現れたベイラー達は射撃をやめる。中央にいる鎧を着たベイラーだけが、その腕を下ろさずに、まっすぐこちらに向けている。


 《病人? 》

「え。ええ。子供なの。私達では症状がわからない。一刻も早く医者がいるのよ」

 《子供……子供か》


  カリンが補足しながら説明する。話を聞いてベイラーの腕が下がった。そのまま鎧のベイラーが思い出すように語り出す。


 《よく我々が食べ物を運んでいた村があった。戦場か逃げ延びた女子供しか居ないような小さな村だ。我らの部族は弱いものを助けるのを良しとする為だ》

 《部族……カリン。まさか、貴方たちはホウ族? 》

「わ、分からないわ。ホウ族もベイラーを乗るのかしら」

 《小さな、小さな村だったが、子を宿す者もいた。あと1ヶ月ほどで、新しい命が生まれただろうに》

 《……だろうに? 》


  コウが会話に違和感をかんじる。思い出して語るその言葉はすべて過去形で話されていた。疑問のまま声にだせば、鎧のベイラーがこちらをギョロリと向く。


 《しらばっくれるのか。あんな事をしておいて》

「あんな事……お待ちになって。私たちは」

 《私たちは決して忘れない。決して許さない》


  身をかがめ、こちらに走りこもうとしてくる。クラウチングスタートの格好である事にコウだけが気がついた。しかしその構えが、こちらに突撃をかける意図である事を伝えるには時間が無かった。


 《仲間を呼ばれる前に終わらせる! 担い手よ! 》

「やっとその気になったか! 長いんだよお前の話は!! 」


 ここで始めて、鎧のベイラーの乗り手が吠えた。穏やかさなどかけらもない、荒々しい気質を持った女性の声がする。鎧のベイラーには幾分かの理性的な面が残っていたが、乗り手には限りなくそれがない。


「戦わない理由を探すのは臆病者のする事だ! 私は戦う!そのつもりでここにいるんだからな! 」

 《今はお前の心意気に乗ろう。行くぞアンリー……私の担い手! 》

「ああ行くぞシュルツ……私の剣! 」


 踵が爆ぜる。鎧を着ながらしての加速が凄まじく、砂が両脇で弾け飛んでいく。


 《くるぞカリン!》

  「仕方ない。少し頭を冷やしてもらうわ! 出来るわねコウ! 」

 《お任せあれ!》


 コウも相対せんと駆け出す。サイクルジェットを使わないのは、戦況が有利になること以上に、彼らにこれ以上あらぬ疑いをかけられぬ為であった。ふと走りながらコウがカリンに問う。具体的な手段を彼女は口でも頭でも明示いていない。


 《で、どうするの? 》

「がっぷりいくわよ! 」

 《また!? 》

「搦め手で冷める相手に見えて!? 」

 《それもそうか! 》


 コウと、鎧のベイラー、シュルツが文字通り真正面から激突する。そしてお互いの腰といい肩といいを掴み、がっちりと組み合った。頭と頭がぶつかり木屑が吹き飛ぶ。


 《逃げないのは褒めてやる》

 《悪くないのに逃げるもんか! 》

 《まだいうか! 軍の手先の癖に! 》

 《軍の手先じゃない! 俺はコウだ! 》

 《軍の手先じゃない者が、空を跳べるものか! 》


 ガリガリガリとサイクルが際限なく削られ続ける。足場は悪く、しかしお互い一歩も引いてない。その事にシュルツが驚く。


 《押し込めない……ただのベイラーじゃないなお前》


 シュルツが驚いている最中、コウの方もそれは同じだった。コウのサイクルジェットを使わないという自戒があるとは言え、ただのベイラー1人をたやすく投げ飛ばせない事実を飲み込む。理由は手の感触から簡単にわかった。


 《お、重い。やっぱりこいつ、鉄の鎧を着てるのか》

「ベイラーは鉄が嫌いなのに、この子、我慢して着てるというの? 」

 《理由を聴くにはもうちょっと仲良くなってからじゃないと無理そうだ》


 シュルツの鉄鎧は、その体から離れないように太い杭で無理やりに固定されている。その結果、体に衝撃が来るたび細かな傷が走っていた。その鎧の熱もまた凄まじく、砂漠に降り注ぐ太陽の光から受ける照り返しにより、コウの指を意図も容易く焦げさせていく。しかし地力そのものはコウに軍配が上がっており、そのおかげで均衡が取れていた。


 《(カリン、こいつらへんだ。)》

「(全部変じゃない)」

 《(そうじゃなくて。軍のベイラーがなんで空を飛んでるんだ? )》

「(それは……なんででしょう)」


 先程から、シュルツが空を飛ぶベイラーが軍の手先といって憚らない。しかしコウ達が知っている空と飛ぶベイラーと言うのは、空で波乗りをするセス、そしてパームの一味が持っていた、あの変形するアーリィベイラーであった。


 《(俺たちの知らない空を飛ぶベイラーがまだいるのか? )》

「(セスだって空を飛んでいたわ。軍にもそんなベイラーがいるのよ。きっと)」

 《呆けて勝てると思うな!! 》


 シュルツが一歩前に出てくる。コウの体が軋み、砂地に足が沈んでいく。未だサイクルが嫌な音ばかり出しているが、一歩分負けた事実にコウが憤る。


 《カリン! サイクルジェットをつかうぞ! 》

「使うしか無いと言うのね」


 腰をさらに引くする。同時に膝を砂に着く。その動作はハタから見れば敗北を喫したように見え、シュルツが勝ち誇るように吠えた。


 《我らの力はお前たちには負けはしない! 分かったならこの地から去れ! 》

 《負けちゃいない》


 コウに異変が起きる。両肩、両ふくらはぎのハッチがバカンと開き、炎が上がっていく。灯火にも思えた火は徐々に大きく強くなり、砂地を焦がしていく。そしてコウの目が赤く輝いた。2人の意思が重なりさらなる力が現れる。


「負けるのは、貴女よ」

 《サイクルジェット!! 》


 膝を曲げたのは、立ち上がる一歩を作り出す為に。力強く一歩を踏み出し、時は一瞬で起きる。炎が最大になり、コウの体を一瞬で最高速度まで連れて行く。砂地に一筋の焦げ目が一気について行く。


 《な、なんだこの力は!? 》

 《いっけぇええええええ!》


 わずかに体を浮かし、まっすぐ運んでいく。目的地は最初に狙い撃ちされた小高い丘。そこにいる他のベイラー達が、サイクルジェットで飛んでいくるコウに尻込みしている。鎧を着たシュルツが1人のベイラーに空中に連れて行かれ、あまつさえこちらに突っ込んでくる光景は恐怖でしか無く、すでに逃げる暇もない。


 《乗り手には気絶してもらう! 》

 《うぉおおお!?!? 》


 そして、コウがシュルツを、他のベイラー4人を巻き込みながら叩きつける。砂埃がまるで柱のように吹き上がった。巻き上がった砂が降り注ぎコウの体に付着した。目に見える範囲を手で払い、また上昇して強引に振り払う。やがて砂が落ち終わり、コウが丘の上に着地すると後ろからレイダの声が聞こえた。


 《コウ様! 今向かいます! 》

 《……うん。出来るだけ早く》


 振り向かずに答えたのには理由がある。たった今吹き飛ばした4人のベイラーの外套(マント)がなくなり見えた姿があまりに不自然であった。体の色はゲレーンにも居た緑色であったが、誰もかれも、体のいずれかの場所に焼け焦げたような傷跡があった。それだけではない。叩きつけた衝撃で何人かコクピットから投げ出されていた。乗り手達であるのは明白だったが、その姿も衝撃的だった。


「なんで、なんで皆 」

 《カリン、これは》


 血が滲んだ包帯を巻き、折れた体を木で支え、そして、欠けた体を補うように義体の部位がある。ここにいる全員が怪我人だった。それもタダの怪我人ではない。戦い争った結果の戦傷者だった。


 《皆、名誉の負傷だ。友を守り、家族を守った》

 《名誉? 名誉だって? 怪我をすることが、腕をなくす事が、それが名誉だって言うのか! 》

 《奪ったのはお前達帝都軍だ! 》


 シュルツの言葉に続くようにアンリーが続けた。思い出すの忌々しいと言ったような声だった。


「ある日空から突如現れ襲いかかってきた! あの空を飛ぶ青黒いベイラーの仲間だろう! それだけで、私の敵なんだよ! 」


 倒れたベイラー達の中でシュルツだけが立ち上がり構える。その姿に弱気さなど無く、闘気だけが満ちている。対してコウは、たった今聞いた言葉の真意を確認せずにはいられなかった。


 《青黒いベイラー……それはまさか、アーリィベイラーの事か!? 》

「もはや言葉に意味はない! 我らが剣技とくと見よ! 」

「《サイクルショーテル!! 》」


 立ち上がったシュルツが両腕を交差し、己の武器を作り上げる。その武器は、コウには、そしてカリンにも見覚えが無かった。


 《あれは、剣、なのか? 》

「私も知らないわ。鎌のように見えるけれど」


 それは半月状に湾曲した剣。湾曲と言うのも、反っていると言う程度ではなく、半円を描くかのように、まるで欠けた月のような外見をしていた。


「乗り手の方! 貴女も同じなの!? 貴女もベイラーと同じように恨みを? 」

「いいや。恨みつらみはあるが、今は置いといてやる」

「なら話を! 」

「だがな! 」


  半円を描いた特異な剣先をこちらに向け、アンリーが雄叫びをあげた。


「敵がいる! それだけで私は戦える! そしてお前は私の敵だぁ!! 」

「な、なぜそこまで! 」

「簡単だ! 私はなぁ! 戦いが、決闘が好きなんだよ! シュルツ! 」

 《いざ! 》


 シュルツの加速は凄まじく、コウに一瞬で肉薄する。シュルツの目もまた、赤い輝きを放っていた。


 《カリン! 》

「まずは避けて! 」

「ずぁああ!! 」


  アンリーが雄叫びと共にショーテルの反った面、つまり外側をコウに向けてを振り下ろす。外側にも刃がある事をカリンが理解しながら、コウを転がして回避させる。その刃が砂漠を捉え、凄まじい勢いで吹き飛んでいく。決して手加減などしていない威力であることをコウ達は理解し、同時にショーテルの構造を見る。


 《あの剣、あの外見で両刃なのか! 》

「なぜあの見た目をしているのか分からないけれど、やるしか無いわね」

「《サイクルブレード! 》」


 そしてコウもまた、己の武器を作り上げる。片刃の武器を肩に持っていき、両足を肩幅以上に広げ、腰を落とした。最速で真っ直ぐ振り下ろす事だけを考えた構えこそ、コウが最も行い、カリンがもっとも得意とする剣技。


「一撃で終わらせる! コウ! 」

 《お任せあれ! 》


 カリンの決意が、コウの決意が重なり、その目が強く赤く輝く。そしてサイクルジェットが激しく燃え盛り、シュルツの先程の加速が遅く感じるほどのさらなる豪速でもって迫る。そしてつい最近名付けられた技の名を高らかに叫んだ。


 《真っ向! 》

「唐竹! 」

 《大! 》

「切! 」

 《斬ぁあああん! 》


 地上を疾走し、大上段からの一撃を行う。疾走により砂が別たれ空を舞い、舞い落ちる頃にはコウはその先にいる。あまりの光景にその気迫と威力を想像したアンリーが、思わず目を見張る。防ぐには時間がなさすぎた。シュルツに一瞬だけ確認をとる。


「私の剣! 」

 《何か! 》

()()でお前は折れるか?」

 《ーー折れる。しかし全てではない》

「ならやるぞ! 」

 《それでこそ我が担い手! 》


 間髪入れずに答える乗り手に、心の底から感動するシュルツ。信じ疑わない心意気がそこにあった。そして、真正面から、コウの刃を見据えた。


 《勝負!》

「《シャァアアアアアアア!! 》」


 2人の咆哮に押し出され、刃が振り下ろされた。爆風が吹きすさび、降りた乗り手達が飛ばされないようにベイラーにしがみつく。ベイラーを叩きつけた時以上の高さに柱が上がる。ベイラー1人の手によって作り上げられた砂柱が無くなると、そこには一つのクレーターが出来上がっていた。ベイラー1人であれば、コクピットすら穴を開ける程の威力を持っているこの斬撃。


 《ま、まさか》

「そ、そんな事」

 

 コウには手応えがあった。だからこそ勝利を確信していた。それはカリンも同じ。どこまでも心が一つになり、まるで体が重なったかのような気分のまま、最高で最速の斬撃を行った。だというのに、目の前のベイラーは立っている。問題は、立っている経緯が見ればわかるものであり、その経緯を取らせた乗り手が理解できなかった。


 《敵ながら……いい、剣技だ》

 《お、お前、なんで》


 シュルツはたしかに立っている。サイクルショーテルを突き立て体を支えている。鎧が半分吹き飛んでいた。そして何より、左手の形が変わっていた。


 《左手を、犠牲にしたのか!? 》


  左腕がいびつに歪んんでいる。コウの刃を無理やり止め、肘まで真っ二つに引き裂かれていた。サイクルがガリガリと悲鳴をあげている。そしてシュルツがコウの問いに答える。


 《犠牲ではない。勝利の為の、名誉の負傷だ》


 シュルツが動く。動かなくなった左腕を無視して、右手に残ったショーテルを振り上げた。コウがブレードを引き抜こうとするも、シュルツの左腕に絡まって動かないでいる。目の前の斬撃を防ぐには役目を果たせないでいた。


「コウ! 」

 《サイクルシールド! 》


 故に、カリンは剣を捨て、盾を作る事を選択する。右手を掲げ、迫り来る斬撃を受け止めるべく壁を作り出す。一瞬で作り上げたシールドにより、コウの前に壁が出来上がる。その寸前、コウが不自然な物を見た。シュルツはショーテルをわざわざ反転させ、反りの外側ではなく、内側に握り変えていた。手の内で柔らかく握り直している。


 《な、なんだ? 今なんで持ち替えたんだ? 》


 そしてその疑問は別の形で答えとしてでてくる。


 《ーーへ? 》


  シールドをたしかに展開し、防いだはずだった。しかし、鈍い衝撃が自分の腕に走る。


「サイクルショーテルだぞぉ!! 」


 間合いの中で半月状のその刃が、盾を通り越し、コウから見て右横から切っ先だけコウの腕に命中していた。この時始めて、コウもカリンもこの武器の特性を知る。この武器は相手の防御を()()()()()()の形状を持ち、まさに今自分達が受けているような攻撃をする為の物であると理解した。湾曲した刀身は盾を側面から通り越し、切っ先を相手に突き刺させる。


 《もう一撃ぃ! 》


  ショーテルを引き抜き、今度は左側から刃が飛んでくる。


「この! 」

 《ま、待てカリン! このシールドじゃ! 》


  カリンがその攻撃を修練通り盾を向けてしまう。それは決してカリンが悪いのではない。自分が積み上げ続けた修練が体を自然にそう動かしてしまう。習慣がカリンを縛っていた。それは今回にかぎり悪い方向に作用する。当然の帰結として、コウの右手に再びショーテルの切っ先だけが突き刺さった。コウの白い肌がかけ、砂漠にハラハラと落ちていく。ショーテルの恐ろしさとはこの、適応していない人間へと圧倒的なアドバンテージだった。ショーテルの間合いの中であれば、慣れない相手は手持ちの盾がまるで意味を成さない。むしろ持っている方が負傷が多くなる、まさに初見殺しの武器であった。


 《このまま切り刻んでやる》

 《一旦、距離を……カリン? 》


 ふとコウが止まる。それは相手の恐怖によるものでは無い。突然カリンからの共有が切れた。切れたと言っても両手を離した訳ではなく、片手だけ握り込まれ、視界だけ共有されているような状態だった。そして、カリンから始めて聞く類の声が上がる。


「あ、あああ。ああああ! 」


 カリンが苦しみだしていた。その声はうめき声とも違う、明確な悲鳴。コウはまたカリンが頭をぶつけてしまったのかと思いハラハラするも、苦しみ方が今までと違う。そしてからカリンの視界から今度は考えうる中で、最も恐ろしいものが飛び込んでくる。


 《な、なんでだ!? なんでそんな! 》

「あ、ああああ! あああああああ!!」


 悲鳴はなお続き、コウの耳に残り続ける。その悲鳴とは別の、ポタ、ポタ、ポタと、水滴がコクピットに落ちる音が混じり始める。ゲレーンでつくり、いまではすっかり使いこまれたコクピットシートに、べっとりとその音の正体は付着している。


 《カリン! 返事をしてくれ! カリン! 》


 カリンの右腕から、まるで穿たれたかのような傷が生まれ、そこから血が流れ出ている。ついにコクピットの中でうずくまってしまう。両手の操縦桿を離した事でコウの力が抜け、砂漠で片膝をついてしまう。


 《俺が斬られたのに、なんでカリンが怪我を》


 カリンの怪我をした位置は、自分がたった今受けた傷の場所と全く一緒だった。その因果関係に気がつかないほどコウは鈍感ではない。しかしなぜそうなったのかはまるで分からないでいた。


 《終わりだ白いベイラー! 》


 シュルツがショーテルを構え、その刃を振り下ろす。コウの頭を捉えた斬撃。今やコウは乗り手の共有がなく身動きが取れない。避ける事など叶わなかった。


「シュルツ! 」

 《何、かぁ!? 》


 シュルツに3発、サイクルショットが叩き込まれる。思わず仰け反りなら距離をとりコウから離れる。


「姫さま! コウ! 無事か! 」

 《遅れました。 砂に足を取られるのがここまで難儀するとは》


 間一髪でオルレイトとレイダが駆けつけた。サイクルショットの構えと解かずにコウに近づく。


 《コウ様、どうなさったのです? 》

 《お、俺はただ、剣を防いだだけなんだ。それがどうしてこんな、なんでベイラーの傷がカリンに》

「おいコウ! どうしたんだ! 姫さまはどうした! 」

 《お、俺の中で怪我をしたんだ……血が、血がいっぱい……》

「べ、ベイラーの中でか!?……くそう! 包帯ならある。マイヤも後から来る。だが今は退け! 」


 レイダが向かい合う。シュルツの鎧が鈍く光ながら、未だに闘志の衰えないその姿にサイクルショットを構える。


《まだ戦うと言うのなら、私達が相手をしましょう》

《なるほど。手先にもまだ仲間がいたか》


 相手を見つけるや否や、サイクルショーテルを横薙ぎに払う。範囲はそこまででは無いが、そショーテルの特異さをオルレイトが警戒する。


「レイダ! アレを撃ち落とす! 」

 《仰せのままに! 》


 レイダが応えて、振り下ろされる前にショーテルを手から撃ち落とす。1発でしっかりと命中させ、シュルツが丸腰になった。なんどか己の手を見て、武器を弾き飛ばされた事をしったシュルツが感嘆の声を上げる。


「精密な射撃……だがそれだけだ! 」


 再びサイクルショーテルを取り出し、今度はレイダに向かって突撃をかけてくる。オルレイトは冷静に相手の関節めがけショットを撃つ。


「申し訳ないが斬り合いは御免被る」


  再び3発。針がまっすぐにシュルツに飛んでいく。先程命中した事に加え、レイダから見れば無策で突撃してくる哀れな相手としか認識していない。だからこそこの後の光景は予想出来ていない。


「やはりそうだ。動きをとめる為に関節を狙ってくるとな!」


 アンリーが勝ち誇るように宣言する。そしてシュルツの、まだ鎧の残る半身をレイダに向けた。襲いかかる針はすべて鉄の鎧で弾き返され、勢いはそのままに突っ込んでくる。アンリーの鎧は、特に関節をカバーするような構造をしており、それ故の鈍重さを生んでいたが、今回はその防御力によってサイクルショットを無力化している。アンリーはオルレイトの攻撃を読み、その上を行く為の手段を用意してきた。


「僕の動きを読まれた! 」


 すでに動作は起こっている。ショーテルを頭上から振り下ろしていたシュルツに対し、オルレイトに取れる手段は少ない。避けるか受けるか。しかし避けるにしてもすぐそばには動けないコウがおり、自動的に選択肢はひとつに絞られる。問題はどう受けるかであった。しかしその選択をオルレイトは選ばない。


 《坊や! 》

「切り結ぶ! サイクルブレード! 」


 オルレイトがレイダに檄を飛ばし、その手にショットではなく、ブレードを作らせる。オルレイトは第3の選択として、相手の攻撃よりも早く剣を振るう事を選んだ。そして真っ向から振り下ろされるショーテル。通常であればこのまま、刃と刃はぶつかり合い、鍔迫り合いになる。最終的に受ける事になるが、オルレイトは最初から受ける事は考えていない。


 そして1回目の邂逅。その瞬間にシュルツの刃が弾き飛ばされた。ショーテルの刃が欠け宙に舞う。オルレイトは、剣と剣を打合せるのではなく、その根元、鍔に限りなく近い部分を狙い済ましていた。受けるのではなく、相手より素早く打ち込む。それが出来たのはひとえに通常よりも短く拵えられた間合いの短いブレードであった為。刃渡りが短く間合いが狭いと言う事は、そのまま振りの短さに直結する。相手の刃が届くより先に己の刃を届かせる事は至難であるが、幸いオルレイトはその練習相手がいた。


「姫さまに比べればお前など! 」


 カリンであれば、柄を使って防いだかもしれないが、相手の動作はすでに起こっており、防御に変換されることは無いと踏んでいた。それが見事に的中し、相手の武器を無力化する事に成功する。


「ほぉ。まだこんな戦士がいたか」

 《コウさま! 今のうちに! 》

 《ご、ごめんレイダ、本当にごめん! 》


  コウが謝り倒しながら、普段では考えられないゆったりとした動きで退避する。


 《サイクルショットを使う臆病者かと思えば、そうではないらしい。それともまぐれか? 》

 《まぐれかどうかはこの後決めていただければ》


 シュルツが再び構える。今度は突撃ではなく、ジリジリとこちらに迫ってくる。そこにはもう無鉄砲さは無い。間合いに入れば必ず八つ裂きにしてやると言う意思を感じさせる。


「警戒されたか……だが、やるしかない。いくぞレイダ」

 《はい。仰せのままに》

「あいつ、お前を臆病だと言った。その言葉を後悔させてやろう」


 レイダは、ただの売り言葉だというのに、この青年が自身の名誉を傷つけた相手に報復する事をなんの疑いもなく行う事に、密かに喜びを感じながら、真正面に刃を構える。


「しかし連戦か」

 《勝者にはいつものことだ》


 乗り手のアンリーが歯を見せながら笑う。半身を失っても未だ戦意を失っていない。むしろ窮地となって燃え上がっている。その手に持つサイクルショーテルの反りを外側に変え、今度はレイダに向けて構えた。


「戦いとはこうでなくては」


 戦意が高揚し続けるアンリー。そこには真に恨みも何もなく、彼女は戦いこそが生き甲斐であった。

シュルツとアンリーは剣闘士のイメージ。騎士とかではない。

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