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嵐、その後

 あの『追われ嵐』から2週間たった。


 山は崩れ、川は濁ったものの、ベイラーやその乗り手の活躍により、濁流にこの国が飲まれることは回避出来た。しかし、被害が0だったわけではない。落雷で家がなくなった者もいれば、仕事に使う道具がなくなった者もいる。なにより、農作物の被害が深刻であった。これから、寒い冬がくる。無事に越せるのかどうか、国民は不安に襲われている。


 別の問題もある。ベイラーで「壁」をつくって、嵐から国を守る術は、この国には伝わっていた。しかし、その嵐でできた傷からどう立ち直るかは、覚えている人が、ベイラーが、あまりにも少なかった。過去を知る古いベイラーたちは、この国を出て、広い世界に旅に出ていく。もともとベイラーとはそういうものだ。他にも様々な理由が重なり、復興に対しての有効な手段はなかなか伝播せず、手探りでの作業にあたっていった。だがこの国の人たちは、めげず、伏さず、そして、助けあった。そして、功労者であるコウについては。


《それ絶対痛いやつぅうう!! 》

《暴れるな!余計痛むぞ!》

「あっちこち流木が刺さってるだけじゃなくて泥が入っちゃってる。これどこまで入ってるんだろ」

 《いっそ切り落として取り除いて、そのあとくっつけた方が早いんじゃないか?》

「そうね。そっちの方向にいきましょうか。」

 《まってまって!?いまなんて!?切り落とす!?》

「右腕が複雑に千切れて、隙間に泥がはいってるの。このままじゃ治ったとしても、下手をすれば腐っちゃう。」

 《腐る!?》

「というわけで。ガイン。ツールセットのノコ。いつもより大きくね。」

 《おうよ》

 《まって!せめて目隠しとか!ってアアアアアアア!!》


ネイラとガインの治療を受けて叫んでいた。


 土砂崩れを防いだとき、コウの右腕は千切れてしまった。その治療で、再びこの医務室の世話になっている。千切れた右腕以外にも肩、左足、その他様々な箇所に、防ぎきれなかった流木が刺さっており、治るにはそれ相応の時間が必要であった。


「で、見事にぐるぐる巻きね。」

 《治りが早くなる薬とやらを塗られました……》

「無茶したものね……でも、治るならよかった。」

 《はい……でも、もう少し、こう……なかったのかなと、思います……》

「すっかり意気消沈ね。」

 《痛かったです……痛くない筈なのに》

「よしよし。届く範囲でなでてあげるから。」


 コウが治療を終え、カリンと会うのは、実に1週間ぶりとなる。見舞いのにきてくれると同時に、こんな他愛のない話が続く。カリンは、慰問で国中を回り、今日は貴重な休日であった。その休日を自分への見舞いに費やしている事に、コウは半分の申し訳なさと、残りの半分、嬉しさで胸が一杯だった。


《慰問の方は、どうですか?》

「みんな元気だったわ。……でも、心配。」

 《なにか。あったのですか?》

「あの嵐で、作物も収穫前で、みなダメになってしまって。……食べ物が少ないのよ。でも御父様は大丈夫だといっているの。ずーっとこの国は食べ物だけは困ることはないって」

 《備蓄は、それほどあるものなのですか?》

「まさか! 国中をまかなうには少なすぎるくらいなのに!どうしてああも楽観できるのか!」

 《姫さま……その、お疲れですね……》

「そーねー……悪い考えばかり浮かんできてしまって。」

 《水も食料も、限りがあるのはわかりますが、分けあって暮らしていくしか……》

「でも、もうすぐ本格的に寒くなってしまったらとおもうと……」


 すでにこの国は冬の季節にはいっている。カリンから、この国の冬は雪もふるほどの寒さと聞いていた。その寒さでは体の熱が持っていかれる。食べ物も十二分にまかなうことはできない。


「御父様を、疑うわけじゃないのだけど……でも、あんまりにお話してくれないから。」

 《姫さまとおなじくらい、忙しいですものね。》

「ええ。今日はいちばん西の村に行くと言っていたわ……いつ帰ってくるのは、言ってなかったけれど」


 王様といえど人間であり、休みを取らなければならない。しかしゆったり休んでいる訳にもいかないのは、時期と状況が絡んでいる。現にカリンは、コウのコックピットの中に入り、できるだけ休んでいることを隠している。


《別に、隠れるように休まなくったって》

「私が気にするの……みんな頑張っているんだもの……それに」

 《……それに? 》

「悪い噂も聞いてしまったわ」

 《悪い噂? 》

「火事場泥棒」

 《火事場泥棒ぉお? 》


 理屈は単純であった。災害にあって疲弊している最中に、ものを盗む。警戒にあたる人も少なく、気を付けようにも難しい。


《でも噂、なんですよね? 》

「ええ。まだ。、でも、それがもし本当なら、私が休んでいる暇なんかない》

 《ご自分で、その火事場泥棒を捕まえると? 》

「だって私は家を失ったわけでも、農家で作物を失ったわけでもないわ。動ける人間がいるなら動く。それは当然でなくて?」


 『貴族たるもの、(ノブレス)身分にふさわしい(オブリージュ)振る舞いを』それはカリンを、そしてこの国の国王ゲーニッツをして体現していた。しかし、その顔には拭いようのない疲れが見えている。寝食を惜しんでの仕事ぶりがうかがえた。


 《人間はずっと動けるわけではないでしょう? ゴハンも食べなければ、睡眠をとらねばならない。それに》

「なに? それだけあれば動けるでしょう? 」

 《でも、その、()()()()すら、姫さまは損なおうとしていませんか?》

「……」

 《明日、またやらねばならないこともあるのでしょう? 》

「……ええ」

 《それに、僕は貴方のベイラーです。その火事場泥棒だって、僕と二人で捕まえてしまえばいいんです》

「そのために、今は休めと? 」

 《はい。こうして休めるうちに、休んで、明日また頑張りましょう》

「……そう、ね。そうするわ」


 頑なに休みを取ろうとしないカリンをどうにか説き伏せられたことに安堵しながら、コックピットの中から出るカリンを見守る。その表情は晴れやかで、コウが最も好きなカリンの笑顔がある。


「その為にも、怪我を治してね?私のベイラー? 」

 《お任せあれ。あと5日で治してみせます》

「完治した褒美には……そうね。夕食を共にすることでいいかしら? 」

 《ぜひ!》


 コウはこの後、3日で完治した。ガインは心底驚いていたが、姫さまから夕食の約束を聞いたネイラは、彼の単純さに、ただただ舌を巻くばかりであった。



 コウの傷が癒えたその日、10人の大人たちとコウをふくめ4人のベイラーで、国境までやってきた。火事場泥棒を探す為ではなく、ある一行を出迎える為の物である。


 《よかったですね》

「隣国が支援物資をおくってくださるなんて。御父様はそうことなら、先にいってくれてもよかったのに!おかげで変にムカムカしちゃった!」


 ゲレーンのとなりの国が、この未曾有の災害を前にして、支援物資をおくってくれるという書簡が届いていた。コウ達はその支援物資を乗せた輸送団を待っている。


「そろそろ、見えてもいい頃なんだけど」

 《その、隣国の……えーと》

「『サーラ』よ。ここから歩いて2週間くらいかな。港があってね、船が毎日でて、魚がたくさん食べれるの。ベイラーはあんまりいないんだけど」

 《ベイラーたちはそこが嫌いなの?》

「いいえ。嫌いというか、これは私も、よくわかってあげられないのだけど」

 《もしかして、人間と馴染めてないとか』」

「そうじゃなくって。潮風が体にあたって傷みやすいし、転びやすいんですって」

 《潮風。転びやすい。》

「それに海で削れて断崖絶壁が多くて危ないって」

 《断崖絶壁》


 どの要素も、ベイラーにとっては非常に危険な要素である。乗り手がいない場合の話になるが、普段自分ひとりでいる時の横風など。ベイラーには恐怖でしかない。とっさに手がでるかも怪しい。潮風ともなれば木製である体にどんな影響が出るかも分からない。そして崖である。転んでしまえば体のどこかが壊れてしまう。転んだ先が陸であれば壊れるだけで済むが、まかり間違って海にドボンした場合は最悪である。


 ベイラーは木で出来ているのだから、もちろん浮く事は予想できたが、『泳ぐ』という動作が、コウには出来る気がしなかった。『走る』動作さえままならないのに、全身を使わねばならない『泳ぐ』という動作が想像できないのも、無理のない話である。


《危険です。めちゃくちゃ怖いです。》

「コウでも怖いの? 」

 《怖いです。進んで行きたいとは思いません。》

「そ、そう。……そんなに? 」

 《そんなに。どのくらいかというと……》


 ここで、コウはその筆舌に尽くしがたい恐怖であることを、カリンに伝える術が無い事を知る。人間が普段どんなに器用に動いているのかを、ベイラーの体となったコウは毎日のように思い知らされていた。


《伝えにくいです。難しいとしか》

「わかった、覚えておく。……きた!」


 カリンが隣国の輸送団を見つける。しかしコウには、道の果ての果てでわずかに見える米粒程度の大きさにある何かがある事しか分からない。


《(やっぱりこの人めちゃくちゃ目が良い。森の中でも遠くのミルブルスを見つけてたし……視力どれくらいなんだろう)》


カリンの視力の良さに関心していると、コックピットの中にいるカリンが突然浮足立つ。


「……あ、ああ!!」

 《ど、どうしました?》

「お、降りる!! ごめんコウ! 」

 《はい? カリン!? 》


 コウの返事も聴かずに、カリンは中から飛び出してしまう。困惑をよそに、豆粒程度だった輸送団の全貌が見えてくる。それは、戦国時代の大名行列にも似た一団で、随所には体を鍛え上げられた人々が配置されている。大名行列と違うのは。馬の代わりに、ニワトリを大きくしたような鳥が人を乗せている、馬車ならぬ鳥車(ちょうしゃ)である。


《(あの鳥、ゲレーンでも見たな。あれが馬と同じ役目をしてるのか)》


 そしてその集団の先頭、なにやら派手な飾り羽根をつけた人物がいる。遠目からでも分かるほど、飾り布が多い。さらには、その人物は剣を携えていた。その様相はまさしく騎士であり、サーラという国には騎士の身分がある事を伺わせた。だがそれ以上にコウに衝撃が走るのはこの後である。


《(……って、カリンがその騎士様に会いに行ったぞ!? )》


 姫さまはその派手な飾り布をつけた人物に対し、一直線にむかってしまった。非常に足が早い。コウはこの時、この国の人間の身体能力そのものが高いのではないかと勘繰らせた。あの二児の父であったバイツでさえ、決闘の時には身のこなしが軽かった。国民も例外なく体が丈夫であったような気さえしている。


 だが。それよりも気になる事が目の前で起きている。カリンが、一目散に駆け出していった。騎士に向かって。コウの事など気にせず、ただまっすぐに。


 異国の騎士に向かって、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()


 《(それってつまりはあれか。僕はすでに入る隙間などなかったと)》


 カリンは一国の姫であれば、将来を誓い合う仲がいても不思議ではなかった。


《(未曾有の災害を経験して、傷心した姫とこの国を憂いて、救援物資と一緒にやってくる騎士様? なんだそれは!? 行動がイケメンすぎるぞ!? 切実な問題に対して最適な行動で示している!! )》


 コウの中で、まだ知らぬ騎士に対する評価が絶対値として上がっていく。大災害を前にして国を挙げての支援にきたという事実があまりに大きかった。


《(そりゃぁ。姫さまが惚れるような男なら、そうするか)》

 

コウは、己の心がしなびていくのを感じ取った。しょせんは自分はベイラーなのだと。あきらめて、今はただ、カリンの幸せを願うのが、せめてもの務めだと納得させる。


「何うつむいてるの?」

 《ああ、大丈夫。僕は全力で祝福するから》

「何変なこといってるの? ほら見てください! これが私のベイラーなのです!! 」


 コウは、いつの間にか輸送団が間近に迫っている事に気が付いていなかった自分の放心具合に驚きつつ、カリンの行動を一瞬恨めしく思った。


《(こんなの死体蹴りと何がちがうんだよ……)》

「ホントだ、想像してたのよりずっと白い体。はじめてみた」


 帽子をかぶったその人が、コウの体をみて感嘆の声をあげている。すでに声だけで、その騎士が美形であることが分かるような、美しいハスキーボイスだった。


《幾度となく、姫さまをお守りした体です》


 コウが、己でもみじめだと自覚しつつも、今までカリンを守ったのは自分であると宣言する。そうでもしなければ、崩れかかった心を保つことができなかった。


「そうね。嫁いでからこっち、顔をみせられなかったから心配していたのだけど。うん。安心した」


 一瞬の静寂。状況と言葉を飲み込むのに時間を労した。


《(なんか聞こえたな? ()()()() )》

「まさか来てくださるなんて! 」

「追われ嵐がきたなんて聞いて、もういいてもたってもいられなくなっちゃったから。輸送団にねじこんでもらったわ!あー!カリン!久しぶりねー!!」


 騎士がカリンに抱きついたとき、帽子が脱げた。カリンより高い背の人は、カリンより長い髪をはためかせた。その色はカリンと同じ淡い栗色をしている。


「本当にお久しぶりです! ()()()!……あらいけない」

「そうね。けじめというものがありますから。」

「……はい。その、お后様。」

「はい、なんでしょうか。カリン姫殿下。」

「お、お変わりなく!て嬉しゅうございます。!あら、お肌がこげてません!?」

「げぇ!? さすがに長旅で日焼けは避けられなかったかぁ……天気悪いから大丈夫だとおもったのに」

「ダメです! きちんとお薬をぬって!せっかく私も使っているのを毎月送っているのに!」

「この時期は服に張り付いて嫌なんだよー、袖も長いしさー」


 コウは、しかし状況が飲み込めなかった。よって耐えられず会話を遮ってしまう。


《カリン? えーと、その人は一体? 》

「ああ! そうね! 紹介が遅れちゃった」

「大丈夫よ、先に名乗るのは礼儀だもの」


 騎士の風貌をした、カリンが姉と呼んだ人物は腰に下げた剣を地面に鞘ごと立て、堂々たる名乗りを上げる。


「輸送団、団長兼親善大使クリン・バーチェスカ。サーラより、服と野菜、毛布と薬品と屈強たるわが軍の兵士81名、ソウジュベイラー4人と共に、お届けにあがりました。物も人も、ご自由にお使いください。あ、でも人は返してね? 戦争になっちゃう。アッハッハ!」


 あけすけにも思える態度だけでは、彼女がカリンの親族、姉であることを察することは難しい。しかし、そのカリンと淡い栗色の毛は同じものであり、そして何より、その笑顔は、カリンのソレと、非常によく似ていた。







お姉さんだっているのです。

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