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火柱と呪いと

  夜通し行われたアジトでの戦いは、その島の地形を変えるほどのものになっている。そして朝日が登り始めた頃、そのベイラーは現れた。燃え盛る炎を背に受けて立ち上がるその姿は、夜よりも暗く重い黒。艶があり、光を反射しているベイラー。彼女の周りの炎はその体を避けるように纏わりつかず、彼女を敬うかのように退いていく。一歩、また一歩と、彼女はゆっくりと歩みを進めていく。姿形は、空を飛べるよになった頃のコウと同じ姿だが、携えた長い髪がその印象を与えない。その長い髪は、体と同じ黒色でありながら、艶もなく、風を受けて無軌道に動き回っていた。


「……あれも、ベイラー……なのか? 」


  オルレイトの知識の中には、どんな伝承にも、どんな本にも、炎の中から生まれるベイラーなど存在していない。生まれたばかりのベイラーがすぐ走れるようになったと言うコウの事も、その話を聞いた時は半信半疑だった。しかし、今、目の前で起きている光景は、何もかもの前提を覆している光景だった。


「あれも、アーリィベイラーってやつ、なのか? 」

「《……そんなものではありません》」

「レイダ? 」

「《もっと、醜いものです》」

「何を言って……」


  オルレイトがレイダに疑問を投げかけたその時、耳打ちされるような、小さな声が聞こえてきた。その声は、人の声ではなく、ベイラーの声が何重にも重なってできた声であった。


「《聞こえますか? ずっとあのベイラーから聞こえてくる声なのです》」

「ずっと? それは」


  オルレイトが耳を傾けると、ようやくその声が何を言っているのか分かった。正確には、言葉を発している訳では無い。ただ、途切れる事なく、その声はずっと続いている。ベイラー達の悲鳴が、黒いベイラーから、何十何百のベイラーの声が重なっている、小さくも確かに聞こえる、悲痛な悲鳴が聞こえてきている。その声の主が誰なのかは明白だった。


「これ、さっきの、ベイラー……それも()()()()()

「《あまり聞かないほうがいいです……それよりも、リク達が》」

「しまった! 」


  オルレイトが慌ててリクへと向かう。彼の乗り手のリオとクオはまだ幼く、この声に対応出来るとはとても思えなかった。オルレイトの想像通り、リクは体を縮めて動かなくなっている。隣にはセスが必死に立ち上がろうとしていた。


「海賊の。お前の乗り手はどうなってる 」

「《のっぽか……気を失っている。この声を聞き続けなくていいのだから、ある意味幸運と言える。問題はこの4本腕の乗り手だ》」

「やぱっり、どうかしたのか? 」

「《怯えて泣いている。叫んでいいのか、黙っていた方がいいのかも分からず、ずっとコクピットの中で2人とも泣いている……4本腕も同じだ。しばらく動けそうにない……あの郵便屋はよくやってるよ》」

「……君もか? 」

「《問題ない……と言いたいが……サマナが動けない以上、セスもここから動けず戦えない》」

「わかった……ガイン……は……」


  辺りを見回すと、ガインはうつ伏せに倒れている。そばにはミーンがおり、何度も声をかけている。腕のない彼女に変わり、ガインをひき起こそうとして、彼の乗り手がどうなったのかを思い出し、彼をそっとしておく事に決めた。オルレイトには、今のガインにかける言葉を思いつくことなどできなかった。


「……動けるのはコウとレイダだけか」

「《しかし、あのベイラー、生まれたてなのは変わらないようです》」


  レイダが指差すその先には、あの黒いベイラーがいた。立ち上がった直後で、一歩踏み出そうとした時、足が覚束ずに、一歩前に出るのもかなりの労力を強いられているようで、何か悪態をついている。腕を上げ下げしようとしても、壊れた道具のように、甲高い音を立てながら、ギゴギコと動いている。その生まれたての動きは、まさにベイラーそのものであった。


「生まれ方が違うだけで、基本的に動くのが苦手なのは同じなのか」


  所感を述べてる中で、黒いベイラーは、自分の体が思うように動かないの事が理解出来ていないのか、段差に差し掛かるところで、ついに動きが鈍り、倒れて四つん這いになった。灰と削りカスが交わって舞い上がり、黒い体に降りかかる。


「……どんなベイラーでも、乗り手がいなきゃ大した事はないか……レイダ。とにかくコウ達を連れてここから逃げるぞ」

「《逃げる? 》」

「僕らの目的はあくまでナット達の救出だ。ここの壊す事じゃ無い」

「《……オルレイト様はそれでいいのですか? 》」

「良くはない。良くはないが……これ以上ここにいて、お前に何かあったらじゃ遅いんだ」


  それは、コウの姿を、そしてガインの姿をみたオルレイトの必死の願いだった。


「まるでここは人の醜い部分だけを集めたような場所だ。お前をこれ以上ここに留まらせたくない」

「《……分かりました》」

「ありがとう……さて」


 レイダを動かし、黒いベイラーが現れてから呆然としたままのコウへと向かう。彼も彼で、まるで抜け殻になってしまったかのように生気が感じられなかった。喝をいれる心持ちで、オルレイトが精一杯叫ぶ。


「コウ! 聴いているのか! コウ! 」

「《オ、オルレイト? 》」

「ここを脱出する。海賊船の場所まで行けるか! 」

「《あ、ああ。わかった》」

 

  コウがオルレイトに促されて、ようやく呆けていた自分に気がつきながら、黒いベイラーを後にする。だが、この場所が、それを許してはくれなかった。


「《だ、駄目だ! 扉が壊れてる! 》」

「ほかの場所もダメか……となると」


  オルレイトが視線を向ける。コウが放った爆炎で、今いる場所は、コウを爆心地として吹き抜け担っている。同時に、扉も破壊され、出入り口はふさがれてしまった。つまり、ここから出るには、吹き抜けになった所を登るしかない。だが、その吹き抜けの手前には、あの黒いベイラーがいた。それはつまり、彼女を超えなければ、この場から逃げ出すことができない事を意味している。


「《行くしか、無いのか》」

「コウ。あのベイラーの事を知ってるのか? 」

「《……俺と同じだ。彼女も、生まれ変わって、ベイラーになった》」


  それを聞いたオルレイトは目を丸くし、レイダは、信じられないという顔をしながら、同時に、目の前の白いベイラーもまた、そもそも普通のベイラーとは違う事を思い出し、コウの言葉を半ば強引に納得する。


「それにしてはお前、ずいぶん恨まれてるみたいだが、一体何をしたんだ? 」

「《それは……》」


  コウが口籠る。言いにくさもさる事ながら、経緯が複雑で、一言で説明しきれない。どう説明するか悩んでいると、前方で一際大きな音が鳴る。龍石旅団の面々が注視すると、黒いベイラーが、歩くのに失敗し、盛大に転んでいるのが目に飛び込んできた。なにやら体が動かない事への自分への悪態も聞こえてくる。


「……ベイラーである事は間違いなさそうだ。今のうちに……ッツ!? 」


  オルレイトが絶句している。何事かとコウが目で追うと、その黒いベイラーに向けて歩みを進める者がいた。あの鉄仮面の男が、悠々と黒いベイラーに近づいている。それは、この島が形を変えてもなお、堂々とした歩みであった。


「……まさか」


  オルレイトの、悪い方向の思考が働きはじめる。それは、黒いベイラーが、乗り手を得てしまう可能性。そして、その乗り手は……


 ◆


「《なんなのこの体! まともに動かないじゃない! 》」


 黒いベイラーは、自分の意思に反してまるで体が動かない事に、一動作毎に憤慨していた。己の体であるはずの手足は精彩を欠き、足は大地を踏みしめない。体には重りがあるかのように鈍く、一歩く事に、二度と聞きたく無いような雑音が身体中から響いてくる。それはベイラーのサイクルがまだ生まれたてで綺麗に回っていない事に起因する音であったが、体の構造など今の彼女には理解できなかった。どうにかしてうつ伏せから体を起そうとした時、男が1人話かけてくる。


「《ようやく体を手に入れたのに、こんなんじゃ、何も、何もできないじゃ無い……私は、また》」

「お困りかな? 」


  彼女にとってその声は、あまりにも胡散臭く、そして、その外見はあまりにも不審だった。詰襟でできた豪華な礼装は、すでにその布の端が焼けており、完全とは言えない。鈍色に光る仮面はバケツのようで、しかしその眼光は一眼で生者を射抜くような強さがあった。


「《……誰? 》」

「鉄仮面とお呼びください」

「《……そのまんまね。ここはどこ? 私のこのうるさい体はなんなの? あんたは一体なに? 》」

「ここは……貴方の知る世界ではありません……地に力が溢れすぎ、天が離れた場所……力が傾いてしまった場所……人々が忘れ去ったその名を、『ガミネスト』と呼びます」

「《ガミネスト……ガミネストねぇ》」

「そして、貴女のその体は、ソウジュベイラーといいます。動ける樹木。と考えてください」

「《……やたら詳しいわね。これ何かの研修? 》」

「けんしゅう? 」

「《まぁいいわ……樹木? 私、木なの? このナリで? 》」

「はい。そして私は、貴女を待っていた者です」

「《……どうしてよ? 》」

「私にはある願いがございます。それを叶える術をずっとさがしておりました。そしてそれは、()()()()()()()()()()()()()

「《……で、私をどうしたいの? 》」

「どうにも。ただ、お力をお貸ししたく」

「《はぁ? なんで借りなきゃいけないの? 》」

「ベイラーはそのようにできています。先程貴女が転んだように。人間を乗せる事で、貴女は動けるようになるのです」

「《馬鹿らしい……とんだ欠陥ね。乗る事でどうなるのよ》」

「貴女は乗り手と視界と意識の共有がなされ、人間と同じように、人間よりも強くなれるのです。ここに、乗り手と意識を重ねれば重ねるほどに」

「《嫌よ。わざわざ生まれて来たのに、もう一度、それも男と一緒なんて。それに何? 視界と意識の共有? それってこっちの考えを全部覗き込むって事でしょう? ふざけるんじゃないわよ》」

「ならば……私の命だけお使いください」

「《何それ。説明を続けて》」

「私から意識の干渉はしません。視界だけお使いください。貴女は、私のもつ知識で、十全以上に動いて頂ければいいのです。それが例え、この身体にどんな事が起きようとも構いません」

「《なに? 乗ったら人間側にはなんかあるの? 》」

「貴女が転べば私もコクピットの中で転がされ、吹き飛べば頭を打ちます。しかし、貴女はそれを気にする必要はありません。」


  逡巡する黒いベイラー。鉄仮面の言っていることは、ずいぶんと彼女にとって都合がよく、それでいてこちらの足りない情報までも受けられるような提案だった。しかし彼女は、だれかを信頼するという手段を取らない。経験がその手段を許さない。だからこそ、こちらの要求を一方的に通すやり方を選ぶ。交渉などそもそも前提にはなく、その要求が飲まれなかった場合、彼女は目の前の鉄仮面を踏み潰す気でいた。


「《……つまりあんたを使い潰せってこと? 》」

「聡明でいらっしゃる」

「《バカにして。でもいいわ。勝手に入って勝手にして。私もそうする》」

「では失礼して」


  倒れている彼女の中へと、鉄仮面の男が慣れた手つきで入ってく。最初にあの海藻を煮詰めた液体をコクピットにぬり、自身を滑り込ませる。その後、操縦桿を握りしめた。瞬時に意識と視界の共有が行われる。ここで、ベイラーの方が悲鳴を挙げた。


「《なんなのこれ! ふざけないでよ!》」

「貴女はすでに目を開けていたのか。なら好都合。2つある視界のうち、小さな片方を無視して、おおきな視界だけを見れば、その混乱は収まります」

「《欠陥だらけじゃないのこの体! 》」


  文句を言いながら、黒いベイラーは指示にしたがい、視界を合わせていく。明瞭で的確な指示は、黒いベイラーの体を徐々に適応させていく。


「……そうえば、お名前をきいていなかった」

「《聞いてどうするの? 》」

「なんと呼べばいいのか」

「《名前……名前ねぇ》」


  黒いベイラーが共有を終え、伏した状態から立ち上がる。先程とは打って変わり、その姿に不自然な力はなく、しっかりと足を踏みしめて大地に立っている。そして、両膝が伸び、直立になったころ、彼女が、もう忘れたい名を口にする。


「《……アイよ。そう、名付けられたわ》」

「アイ……なるほど。ではアイ君。目の前の白いベイラーは君にとって、そして私にとって障害だ。手を貸して欲しい。代わりに、私の命、君に委ねよう」

「《そう。なら存分に使い潰してあげる》」

「それでこそ! 」


  黒いベイラー……アイは、今までの何倍もの力を持ってして踏み込み、大地を蹴った。一歩、また一歩と踏み出すにつれ、倍速で加速していく。その速力は、とても生まれたてのベイラーとしては思えないスピードを有していた。


「《炎はまだ使えないのね》」

「もうじき使えるようになる。今は、君のちからを見せてやればいい」

「《そう。燃やせないなら……ぶっ壊してやる! 》」


  白いベイラー、コウに向かって右の拳を振り上げる。コウも同時に動作を行う。それは、振り上げた拳をサイクルシールドで防御する物。突如として生まれた壁にアイが怯む。


「《なによそれ! 》」

「構うことはない! 君ならば穿てる! 」


  存分に振り上げた拳を無造作に振り抜く。そして、鉄仮面の言う通り、サイクルシールドは、ガラス細工のように木っ端微塵に吹き飛び、防御の意味などなさずに、コウの体へと叩き込まれた。想像だにしない威力で防御を打ち破られたことで、カリンは、なんとしてもこの拳を他の仲間に使わせてはならないと感じていた。その意思をコウへと伝え、策を弄する。


「コウ! がっぷりいける!? 」

「《あ、あれをやるのか! お任せあれ! 》」


  コウが意識を反映し、殴り抜かれた拳を、今度は右手で抑えこむ。同時に、左手は相手の腰に回し、自身を拳の間合いの、そのさらに内側へと潜り込ませる。距離がちかい為に、コウとアイの頭がぶつかり、白と黒の木々のカケラが舞い散った。


「《こんな脆い体で相撲をしようだなんて、どいつもこいつも馬鹿じゃないの! 》」


尽きぬ悪態に前に、コウが問う。


「《ほ、ほんとうに、あの時のあなたなんですか! 》」

「《……ええ。忘れたとは言わせない! 》」


  掴まれた手を弾き、アイもコウへと摑みかかる。


「《あの日、あの朝、駅のホームでヒーロー気取りで勝手に助けた! 》」

「《ヒ、ヒーロー気取り? 》」

「《考えもしないんだろうね。お前が勝手に助けて、勝手に死んで、そのせいで、私がどんな目にあったかなんて》」

「《な、なんでだ! あなたはあそこで助かったんじゃなかったのか! 》」

「《一体誰が助けてくれなんて言ったの! 》」


  睨みつけるようにコウの顔面へとぶつけるアイ。その目はベイラーと同じバイザー状であったが、感情が高ぶって線状に光が走っている。そしてその高ぶりのまま、言葉を投げつけた。


「《私はあそこで死んで楽になりたかった! 生きていても裏切られる! 奪われる! もう生きたくなかったのに! それをお前が勝手に助けた! 》」

「《た、助かったのに、なんでそんなに怒ってるんだ》」

「《なら教えてやる!! 》」


  物理的距離が近い為にぶつかっていただけの頭を、アイは明確な殺意でもって振り上げ、コウに頭突きを叩き込む。コウがその威力でわずかに一歩、後ずさった。


「《助かった私がなんて言われたのかを! 》」

「《一体、何を……》」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ! 私は、最初から助けて欲しくなんか無かったのに! あそこで終わって良かったのに! あそこで終わりたかったのに! あの後、家にまで人がきて大騒ぎになった! カメラマンはひっきりなしにくる! 壁に落書きされて、しまいには人殺しとまで書かれた! 私が殺した訳じゃないのに! 私が死にたかったのに! 》」


  再び振り上げた頭を、コウへとぶつける。威力はさらに増していたが、それ以上に、コウの精神へとその言葉は深々と突き刺さっていく。


「《……まってくれ。あなたはここに来たって事は、もしかして》」

「《ああ。それがもう世界なんてどうでもよくなった、本当に、本当にありきたりで最悪な死に方》」

「《まさか、また自殺を》」

「《自殺だったらどれだけ良かったか》」


  ついに、アイはコウを吹き飛ばし、尻餅をつかせる。見上げたコウが見たのは、その体が、再び炎を上げ始めている事。小さな篝火から始まっている。


「《死因は焼死……私の家は放火された》」

「《なん、だって……》」

「《……奴らは私を燃やしながら笑っていた。お前は自殺したがってたろって……人殺しは、体を燃やされても文句は言えないだろって!!》」


  やがてその篝火は、大きな焔となってベイラーの体から吹き上がり始める。


「《ああ。あんたを燃やして、世界も燃やして、なにもかも焼き尽くしてやる。私を燃やし続けたように! 今度は! 私が燃やしてやる!! 》」


  そして、肥大化した肩から、その炎が一気に解き放たれた。アイもまた、サイクルジェットをその体に宿して、直進していく。コウの首を持ち、壁へと一気に押し込んでいく。


「《手始めに、最期のきっかけを作ったお前からだ! その体の全てを燃やして灰にしてやる!! 》」

「《が、がぁあああ!?! 》」


  コウが壁に体がめり込んでいく。圧倒的な力を前にして、コウもまた、感情を奮い立たせる。


「《……あなたの、言い分は、わかった。でも、でも!!》」


 首に当てられた手を払い除け、取っ組み合いとなる。コウもまたサイクルジェットを吹かし、めり込んだ体を持ち上げていく。白いベイラーと、黒いベイラーが、炎を上げながら両手を掴み合っている。両者とも正面にある顔面をぶつけ合っている。お互い頭突きをさせないようにぶつけて牽制しあっている。もやはこの戦いに、誰も介入できはしなかった。


「《俺も、ここでやられる訳にはいかない!! 》」


  コウの、壊れたはずのサイクルジェットが、まるでアイに拮抗するために、その力だけを取り戻していく。壊れたまま、潰れたままで、炎だけが強く大きく輝いている。2人のベイラーがあげる炎は火柱となり、島の上空へと伸びていく。その炎は、島の空を超え、どこまでも伸びていく。


 ◆


「……いやいやいや。なにがおきてんのさ」


  海賊船レイミール号。波止場でとまるその船に寄り掛かって待つシラヴァーズのシロロ。このアジトまで案内をしていた彼女は、今や暇を持て余している。先ほどまでは海賊が必死に守っていたこの船も、攻勢がピタリと止んだ事で、束の間の休息があった。しかし、その休息も、突如としてあがった火柱で破られていた。海賊達はおおいに慌て、水を確保している。その最中でも、シラヴァーズである彼女は、それはそれはのほほんとしていた。


「なんかでっかい音鳴るし。なんかヤバそうな声がさっきから聞こえまくってるし。もー訳わかんない! おねーさまもいないし! もうどうなってるのぉ! 」

「私ならここよ」


  寄りかかった場所のすぐ横から、同じシラヴァーズのメイロォがやってくる。


「もう! 帰ったら宝物たくさんくださいね!! 」

「はいはい。迎えにきてみればこれよ……何してるのよ。ここから離れるわよ」

「え? どうして? 」

「これ以上は付き合ってられないわ。こんなベイラーが生まれてくるなんて」

「ええと、お姉様? 」

「ずっと怒りの声がこの島中に響いてる。それも何十何百の声よ。ここに長居したらこっちが当てられるわ。早く海賊たちとカリンを呼び戻しなさい。下手をすればこの声にやられてしまうわ」


  メイロォがシロロを連れて帰ろうとした時、海賊船が突如として揺れ、中から1人のベイラーが躍り出た。その姿は深い海のような青さをもったベイラーで、空の色をしたミーンとは、毒々しさをもったアーリィベイラーともまた違う色をしたベイラーだった。そのベイラーを見て、メイロォは眼を見張る。


「か、海賊の長がのるベイラー? あなた、足が動かなかったんじゃないの?? 」

「動かなかったんじゃなくて、動かさなかったのさ。まぁこいつめんどくさがりだからね」


  そして、その中から出てきた乗り手にもまた驚く。そこには、両目を包帯をした、この海賊をかつて率いていた女海賊がいた。その名をターム。サマナの祖母である。


「待ちなさいよ! 死に損ないが今更何しようっていうの! 」

「ああ? その声はメイロォか。全くうるさいねぇ。こいつが行きたがってるんだからしょうがないだろう? それともなんだい。あんた、私が向こうにいくのが嫌だっていうのかい? ずいぶん好かれたもんだ」


  意地悪くにひひと笑うターム。この言葉を受けて、メイロォでば、悪口の一言二言を言って終わるだろうと思っていた。しかし、返ってきた言葉が予想だにしない物だった。


「私をバカにしてるの? あなた死ぬ気でしょう? それともベイラーが死ぬ気なの? どっちなのかは別にどうでもいいわ。そんな事したら、ただでさえ可哀想な片目の子がさらに可哀想になるじゃない。心が沈んだ子をいじめる趣味はないのよ」

「……なんだい。サマナの気にしてくれるのかい」


  振り返りながら、タームが、ないはずの目を合わせた。そして、ベイラーの手を借りて地面に降りた。


「……なら、もう隠す事はないか」

「隠す? シラヴァーズに隠し事が通用すると思って……」


  メイロォが、いつもの様に心を見ようとする。そして、一拍、空白の時間が空く。シロロが突如生まれた静寂に首を傾げていると、今度はメイロォが、その体を海から大急ぎで這い出ていく。その行動は大いに動揺が入り、泳ぎにも精彩がかけている。そして無理やり陸地へと上がった。無論、彼女の体に足にあたる部分はない。下半身の大半は大きな尾びれあるために、ヌルヌルと滑るように地面を進んで行く。人間の何倍もの時間をかけて、タームの元へと向かう。


「そんな、そんなこと……そんなはず無いわ。なんであなた、そんな事が出来るのよ。出来てしまうのよ? 」

「ずっと口止めされていたんだ。だが、もう、なりふり構ってられなくなっちまった。あんな声を出しているベイラーを、サマナに、そしてサマナの友達に聞かせてやるわけにはいかないだろう? 」

「待って、待ってよ! あなた、まさか、まさか! ()()()()()()()()()()()()()() ()なら、レイミールは、ねぇ! ねぇってば! 」

「メイロォ」


  一言、メイロォに声をかけ、その頭を撫でる。メイロォもまた、その顔を、ゆっくりと撫でた。人間よりも大きな体で、人間よりも大きな手は、タームの頭のほとんどを覆ってしまう。しかし、決して苦しくならないように、優しく、触れるか触れないかほどの力加減で撫でていく。2人にとっては永遠に近いような、遠巻きにみていたシロロにとっては、ほんのわずかな時間を2人は過ごす。そして納得いったかのように、2人は手を離した。そして、包帯をつけた顔をしたタームが微笑んで、生まれた地で学んだ挨拶を交わす。


「さらば」


  この国の、あまりにあっさりした挨拶と共に、タームはベイラーの手に乗りながら去っていく。そして、その姿が見えなくなった頃、水のない場所で長時間いた事が堪えたのか、メイロォが倒れこむ。シロロが大急ぎで向かうと、彼女の頬は、海水以外の物で濡れていた。


「……私は馬鹿よ。大馬鹿よ……」

「お姉様? 」

「彼は、全部覚えていてくれていたのに……遺してくれていたのに……今の今まで気がつく事が出来なかった……でも、いいわよね? もっとわかりやすい物を残さないレイミールが悪いのよ……私、悪くないわよね? ………まったくもう……もう……」


  メイロォを置き去りにして、タームはベイラーの連れて歩く。向かう先は、火柱の上がる場所。コウ達戦う場所へと、己の命を使う為に向かっていく。そこに後ろ向きな姿勢はない。ただ、この時が来たのだと、彼女は直感していた。

いつもベイラーの色に悩んでいたりします。

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