強奪の指
※胸糞注意
ベイラーが剣を振り下ろす。斬撃は空を切り、隙となって自身に致命傷を受ける時間を与え、両手が剣を離すより先に、胴体に剣が突き刺さる。青黒いベイラーの肩には、深々と突き刺さったブレードがある。
「脆いんだよ!! 」
赤いベイラーの乗り手が威嚇するように吠え、青黒いベイラーを蹴飛ばす。威力はすさまじく、青黒いベイラー、アーリィベイラーは壁に激突した。
「《新手だ。右に2人》」
「まだいるの!? 」
空を飛べるアドバンテージを持つアーリィベイラーであるが、狭い空間の中で格闘戦を行うのであれば、多少体が軽いだけの、脆いベイラーへと変わっていた。セスとサマナ、戦い慣れた2人であれば、隙を見て、一撃で行動不能にできる程度にはアーリィの対処の慣れてきている。だが、今や、5対5、もしくはそれ以上の乱戦となり、誰が誰を倒したのかはさほど重要になっていない。
「あと何人やっつければいいんだ」
「《愚痴を言っている場合ではない。そらサイクルショットが来るぞ》」
セスが苦言を呈しながら、体を動かす。たった今自分のいた場所に針が弾け飛ぶ。アーリィベイラーのサイクルショットは訓練されたもので、1発の威力もさることながら、その連射速度も早かった。だが、ショットを撃つ時、どうやら動きながら構える事ができないようで、しばし棒立ちになっているのが、この乱戦ではよく目立っていた。
「ミーン! 」
「《そうーれ! 》」
そして、棒立ちのアーリィベイラーを、横から飛び蹴りを喰らわすベイラーが1人。空色のミーンが相手の胴体に自分の足の形がくっきりと残る蹴りを浴びせる。
「さっさと離れる! 」
「《わかってるって》」
一度蹴りを浴びせ、再び走り回る。ミーンはこのように、一歩距離を置いたベイラーめがけ、通り魔的な攻撃を繰り返している。彼女もまた、立ち止まればショットの餌食になる。さらには、ミーンは体が小さく、複数人のアーリィベイラーで囲まれたのであれば無事では済まない。そうなれば一瞬で形勢逆転の危機に陥る。それだけはなんとしても避けたかった。アーリィがミーンを追いかけ、ショットではなくナイフで接近する事を選ぶ。ショットが何度も外れているために、一気に片をつける方法を取り始めた。
「《どいてろミーン! そらやるぞリク! 》」
「《ーーーー!! 》」
掛け声に答えるように、ミーンが仲間の頭上を飛び越え、代わりに、ガインとリクが前へ出る。
「「《撃!!! 》」」
「こっちくるなぁ! 」
「えええええい! 」
乗り手の、それぞれ種類の違う気合いを入れながら、ガインはその拳を真正面から、リクは、ガムシャラに両腕を振り下ろし、アーリィベイラーへと叩き込む。リクが狙ったベイラーは、その大振りを予期し、すぐさま横方向に回避することで致命傷を免れる。ガインの方は、その拳の速度によって避けることかなわず、真正面から顔面を思いっきりぶん殴られ、地面へと盛大に伏せる。その様子を見たリオとクオが感嘆の声をあげる。
「ガインすごーい」
「ネイラすごーい」
「ありがとうねぇ」
本心から礼を述べるネイラ。同時に、相手の動き不信感を募らせている。
「(こいつらただのゴロツキ供じゃない。明確な訓練を受けている。それもベイラーの訓練だけじゃない。この統率は軍としての訓練の賜物。いよいよもってきな臭くなって来たわね)」
自身もかつて身を寄せていた軍という組織。人を全体の一部として考え、集合体としての威力を高めるその修練は、見る者が見れば1発で分かるほどに洗礼されている。今、アーリィベイラーを操る人間達には全てその洗礼さがあった。
「《相棒。さらに新手だ。これで3人増えたな》」
「まったくもう! 」
視界の端に新たなアーリィベイラーを認め、ガインの拳を強く握ったその時。その新手が、横からのブレードによって切りつけられ、すぐさま後退した。今度は、アーリィ達の援軍ではない。
「《お、お前ら!! 》」
「《よう。船長は無事かぁ? 》」
「その声、海賊の! 」
レイミール海賊団が、船長と龍石旅団を助ける為にこの乱戦に参戦してきた。ネイラに向け顔を出す1人の男が笑いながら言う。
「お医者さんよ! 助けに来たぜ」
「はは。ありがたいねぇ」
「よっしゃぁ気張るぜ野郎供。こいつが終わったらロブーキーの酒蒸しが待ってるぜ! 」
それは、ネイラも仲良くなった海賊達だった。共に酒を飲み交わした仲でもある。カリン達の味方も増え、乱戦はさらに混迷を極めてる。
「《だが、あれに割って入るのは無理そうだぜ》」
「そうね」
状況が一瞬一瞬で変わる中、ネイラはただ1人。この空間に充満する、ある種の匂いを嗅ぎ取っていた。それは鼻いつく匂いでも、ましてや花の様な甘い香りでもない。明確な、普段は嗅ぐことがない、人によっては一生嗅ぐ事がない匂い。
「(この空気……誰も彼もがガムシャラで戦っている……でも、あのパームだけ動きが違う。戦場のソレとおんなじ……何か、決定的な、この戦場を変える為の戦略を持っている時の動きに見える……でもこの考えは余りに突拍子がないわ……気のせいと振り払っていいのかしら)」
◆
一際激しい戦いを繰り広げるベイラーがいる。紫色のザンアーリィベイラーと、レイダ。そして、パームのベイラーとコウ。1人はケーシィが乗り込み、サイクルショットを撃ち込まんと何度も何度も構えている。レイダとの距離はお互いほぼ零距離。1発でも当てればそのまま相手が倒れるような距離。それでも当たらないのは、両者の技能にあった。レイダが構えば、その構えをアーリィが邪魔し、逆の腕を相手に向ける。レイダはそれを射線をずれさせる事で回避し、再び構える。両者の腕が円の動きを繰り返し行う事で、サイクルショットが何度も放たれてはいるものの、1発も両者に当たっていなかった。
「こっちのショットが1発でも当たれば勝ちだ! 相手は軽い! そのまま続けるぞ」
「《仰せのままに》」
「なんですかなんですかそのベイラー! わりといいサイクルショット持ってるじゃないですかー! 」
ケーシィが間延びする声をだしながら、それでもザンアーリィをあやつり、ことごとくその射撃を回避する。時折足を使って相手を転ばし、地面に倒れたレイダを狙おうとするも、オルレイトが一瞬で針を10本作り上げ、散弾とすることで間合いを取る。レイダもザンアーリィも、この戦いの最中、常に赤目の状態だった。それは両者の技能が高いと同時に、赤目であって尚、両者の決定打に成り得ていなかった。激しい動きでありながらほぼ膠着状態であるオルレイトと裏腹に、一回の攻撃が一瞬一瞬離れるコウ達は、多少周りをみる余裕がある。
「《カリン! レイミール海賊団が来てくれた! 》」
「頼もしいわね! 左!! 」
指示より先にブレードを構え、左から来る斬撃を防ぐ。同時に、別方向からくる斬撃を認め、強引に一歩前に出ることで間合いを外す。ベイラー同士の体が激突し、サイクルが異音を発する。ザンアーリィベイラーとコウの頭がぶつかり、木屑が宙を舞う。
「腕があがったよなぁ。白いの」
パームが淡々と離す。まるで、今までのことを懐かしく思い出すように、穏やかな口調だった。
「最初はずいぶんな甘ちゃんだと思ったよ……このパーム様のことを旅館の人間だと疑いもしなかった……その後、一度は叩きのめしてやったのに、おめぇは再び現れ、あの黄色いベイラーを捕っていった。」
「《リクはお前に嫌々付いていただけだ! 》」
「いいや。確かにおめぇは俺からあのベイラーを奪ったんだ」
口調が、徐々に穏やさが無くなっていく。
「俺が脅した? それがどうした。俺が手に入れたんだ。それを奪ったのはまぎれもなくてめぇだ! 」
「《そ、そんな理屈! 》」
ブレードでの剣術をやめ、パームはサイクルショットでの攻撃に切り替えた。針がコウの体に届く前に、左腕にシールドを生み出し、その全てを受け止める。威力はレイダほどではないとは言え、何発も当たれば致命傷になる威力を持っている。
「欲しいもんは奪う。当然の事だ……だが一度俺の手を離れた物に用はねぇ」
シールドで防がれているにもかかわらず、サイクルショットの迎撃を繰り返すパーム。コウが追いかけようとするも、ショットの連射はその場に釘付けにするのに十分だった。そして、パームがここではじめて指示を飛ばす。
「ケーシィ! 時間をかせげ! 」
「うげぇ。ほんとにやるんですかあれ。試作品でうごくかなぁ」
「仮面の旦那が作ったもんはいいもんだぜ。テメェも乗ってるソレだって元は」
「はいはいわかりましたぁ」
面倒臭くなってきたのか、ケーシィがそれ以上の会話を拒否し、パームの言いつけを忠実に守る。ザンアーリィベイラーのコクピットは、両脇の操縦桿と真ん中にある別の操縦桿、合計3つの操縦桿によって意識の共有を行なっている。マイヤがみつけたベイラーは、完全な飛行型に変形が出来なかったベイラーだったために、操縦桿は2つだった。ザンアーリィは赤目になる事が出来ると同時に、人型から飛行型に変形するさいの速度が上がっている。アーリィが変形するのに、人の感覚としておおよそ2拍必要であり、ザンアーリィはその半分。1拍で変形が終了する。
「まぁやってみるかぁ」
ケーシィの特技。それはこのアーリィベイラーに慣れる時間が、誰よりも早い事にある。一度も空を飛んだ事がない人が、急に空を飛べるように、それも他の者が2週間かかるその慣れを、パームは3日で済ませた。それでもパームが如何に規格外の人間かわかるものであるが、このケーシィは、その点だけを見ればパームを圧倒的に凌駕していた。
「半日も乗れば十分 」
1拍で変形をし、この狭い空間を飛んで見せる。飛び去るその姿に翻弄されるレイダ。オルレイトも狙いを定めるが、ソレより早くケーシィは接近する。
「ブレードを! 」
「《間に合わない! 》」
オルレイトが行動するより一瞬早く、ケーシィが上からの強襲をかける。腕だけを戻し、サイクルショットを乱れ打つ。致命傷ではないが、頭上からの攻撃を受け、レイダが怯む。
「あっはあっはっはへっへっへ! 次は白いの! 」
ケーシィが嘲笑う。パームとともに過ごした期間が長くなったのか、笑い方が無自覚に似てきている。同時に、気味の悪い声が2つに増えた事で、龍石旅団の面々は戦慄する。その笑い声には、いい思い出など1つもない。笑うたびに何かが起こっている。
「《カリン! ベイラーが突っ込んでくる! 》」
「なら返り討ち……にぃ!? 」
ケーシィのベイラーがサイクルショットを使用する。それだけならばまだ良かった。
「さぁさぁさぁ合わせ技だよぉ! サイクルワイヤーショットだぁ! 」
片方の腕から3発。合計6発のサイクルショットが放たれる。普通のサイクルショットと違うのは、針が円錐状ではない事と、そのどれもが軌道を残している事。そしてその軌道はすべてケーシィのベイラーに繋がっている。
「あれまずくなくって!? 」
「《全部切り落とす! 》」
コウがサイクルシールドではなく、サイクルブレードでの迎撃を選ぶ。だが、ひとつの刃で6つの相手を落とすのには少々無理があった。4発叩き落とす事に成功するも、残り2つがコウの右腕と左脚に向かう。
「ワイヤーショットなんだよぉ! 」
ケーシィが変形を解いて人型となる。残った2発の針を繋いだワイヤーで操り、コウの身動きを止めて見せる。右腕左脚を封じられ、持っていた武器を落とす。
「こんなものぉ! 」
「《だ、だめだカリン! 》」
「どうして! こんなもの貴方なら余裕で」
「《返しが付いているんだ!》」
カリンがコウを動かそうとしたその時だった。バキバキとサイクル以外で木が削れる音が鳴り始める。それは、コウの身体を抉る音。サイクルショットの針に返しが付いており、動けばその身体を削り、さらに深く突き刺さるように出来ていた。
「漁師の道具を参考にしたんだよぉーだ。で、旦那さまぁ! これでいいですかぁ? 」
「ああ。上出来だ。良くやった」
「やったぁ! 褒められた!! 滅多に無いから逆に怖いけど嬉しい! 」
パームのベイラーが動く。その場で右手を広げ、2、3回手を開け閉めする。そして、パームのベイラーにだけある特別な装置を動かし始める。右腕に装着されたその武器は、手で持つ兵器ではない。それはマイヤが目撃した、一眼では何をするのか分からない道具。何本かのパイプと、小さな樽が付いている。液体の入ったタンクで有るのはわかるが、何が入っているのかは分からない。
「きちんと動くじゃねぇか。いいぜ。何もかもを奪ってやる。旦那が名付けたこいつでぇ!! 」
腕の側面についたタンク。左手で右腕の肘、その内側にある栓を開けると、ゆっくりと液体がパイプを通り、ベイラーの指先へ注入され、やがて充満し滴っていく。地面に粘度の高い液体が垂れる。そして、パームがベイラーを突撃させる。変形もせず、ただ全推力を前方に進む為だけに爆進させる。徒手空拳の攻撃であると読んだカリンがコウを動かそうとするも、すでワイヤーで絡め取られた身体では抜け出す事が出来なかった。足掻きも虚しく、一歩もその場から動けない。勝利を確信したパームは自身が発案し、鉄仮面の男が実現させたその武器の名を高らかに叫ぶ。
「強奪の指! 」
指のほとんどを液体で浸し、真っ直ぐに突き出す。加速を終え、最高速度まで滑走する。地上スレスレで飛ぶ事で走るより速く飛ぶより安全にコウに肉薄する。コウもカリンも、異様な攻撃に、反撃ではなく防御に専念する。身動きが出来ずにいるためにとった行動だった。しかしその行動は、すでにパームによって見透かされている。
「ケーシィ!」
「おまけでもう2本!!」
ケーシィがさらにワイヤーショットを打ち込む。今度こそ胴体に巻きつく形でコウを完全に拘束する。カリンが迫り来るパームに気を取られ、対応がおざなりになった。
「(飛んで回避する? ダメ。相手もとんでる! 意味がない! )」
頭の中で襲い来る攻撃をどう対処するか高速で組み立てる。すでに回避そのものが不可能になりつつあるこの状況で有るために、甘んじて受ける方向に思考が傾く。
「コウ! サイクルバスターブレードの用意を! 」
「《次で終わらせる訳か! 》」
「だから耐えて頂戴! 」
防ぐ事も、避ける事もせず、一撃を受けた後の事を考える。2人とも同じ考えであり、その思考に一部の反論も無かった。故に構えこそ解かずに、真正面からくるパームを受け止める。
「(てめぇらに次なんか無ぇ! )」
その、はずだった。
「させるかぁああああああ!! 」
「《いくぜ相棒ぉおおおお!!》」
乱戦であり、混戦であった。目の前の敵と戦っている最中、別の相手をしている暇はない。その様な中でも、全体を見て、必要な場所へと遊撃に走るだけの器量と経験を持つ物がこの中に居た。緑色をし、肩に白い布を付けた医者のベイラーと、医者の乗り手。コウの目の前に躍り出て、その拳を振るう。
「《取った!! 》」
「撃!!!! 」
ザンアーリィの掌底と、ガインの右腕が交差する。一瞬で交わったその攻防が、結果を明らかにする。後ろに捕まったままのコウとカリンが叫ぶ。
「ネ、ネイラ! 」
「《ガイン! 》」
一瞬、静寂とは程遠くも、時が止まったかのように状況が動かなくなる。周りが敵味方関係なくその行く末を見守っている。ガインの拳は確かにザンアーリィを捉えている。その証拠に、ザンアーリィベイラーの左腕は肩から吹き飛んで行き、壁にぶつかって砕け散った。その拳の威力は背中にも及び、折りたたまれていたはずの羽にヒビ割れが起きてる。
「……姫さまもまだまだですね」
「貴方にそう言われると、むず痒いわね」
「コウもコウだよ。ちゃんと最後まで、姫さまを守っておやりよ」
「《あ、ありがとう。ネイラ。ガイン》」
「《気にするなよ。相棒が好きでやってる……こ……と……だ……》」
「《ガイン? 》」
たしかに片腕を拭きとばし、ザンアーリィベイラーは半壊の状態にある。
「へっへっへっへっへっへっへ」
だが、彼は笑っている。何故笑っていられるのか、2人を除いてだれも分からなかった。1人はケーシィ。その光景が実験通りに行われている事に。納得している。もう1人は、この争いを遠目に見ていた、鉄仮面の男。結果を見てひとり呟く。
「……玩具にしては上出来か」
パーム自身は何故か口から溢れ出る笑いの理由が分からないでいる。本来の目標とは違う相手に当たったが、それでも結果としては悪くない。本来何も楽しくはない。だが何故か笑ってしまう。本心ではまるで楽しく無いのに、一応は笑って置く事で、自分の不満を誤魔化す事が出来た。彼が日々笑っているのは、不満と欠如を補うための防衛手段であった。
「……こいつは、ベイラーを狙った物じゃないんだぜ」
「《ああ? 何言ってやが……る……が……ああ!! 》」
「取った? 違うな 取ったのはこっちだ! 」
ザンアーリィベイラーの右手が、がっしりとガインのコクピットを鷲掴みしている。半身をくだかれようとも退く事なく進んだ事で手に入れた結果であり、さらにこの先を、パームは求めていた。そして、ガインが起きた現象に驚愕する。
「《な、なんで! ベイラーの指が!! どうして! 》」
コクピットにベイラーの指が入り始めた。コクピットが激しく波打ちながら、ゆっくりと、しかし確実にザンアーリィベイラーの指が沈み込んでいく。ガインは唐突に襲われる異物感にもがき苦しみんでいる。その光景をみたコウが、兵器の構造を理解し、理解した上で、唖然とし、恐怖し、憤慨した。
「《海藻だ》」
「何? 」
「《クラシルスだ! コクピットに入れるようになるあの海藻を、ベイラーの指に纏わせた!! 滴っているのは海藻の液体だ!! あいつ、 ベイラーの指で人間を潰す気だ!!》」
「……まさか、そんなまさか!! コウ! 速く! みんな!! 速くガインを! ネイラを! 」
カリンの声に応えるように、ミーンが、リクが、レイダが、セスが、駆けつけようとする。しかしそのことごとくをアーリィベイラーが立ち塞がる。ケーシィのザンアーリィはコウを拘束し続ける。必死の攻防をよそに、すでにザンアーリィの手は手首までガインの中へ侵入してる。ガインが押し入ってきた腕を引き抜かんと両手で腕をこれ以上進まないように押さえつける。このパーム発案の兵器は、ベイラーを出来るだけ傷つけず、かつ、乗り手だけをその手で圧殺する兵器だった。
「《相棒! 俺から降りろ! 今すぐに! 》」
「……無理だね」
「《大丈夫だ! 俺の相棒だろう! これしきの事で弱音を吐くんじゃねぇよ! 》」
「動けないんだよ」
「《おい相棒、お前まさか》」
「もう脚を潰された」
軽い、あまりに軽い音が鳴る。その音がネイラから出ている事にガインが気づき、入り込んでくる手を取り除こうと力を込める。しかしザンアーリィの力は強く、加えて、内側にいる乗り手の共有が途切れ途切れになる事で、本来の力を出しきれずにいる。パームはさらに抜け目なく、乗り手を確実に潰す為に、小指から徐々に握り込む事で逃げ場を無くしている。
「《ネイラさん! ネイラさん!! このぉお!! 》」
コウがサイクルジェットを使い、強引に抜け出そうとする。しかし、他のアーリィベイラーが体当たりで押さえつけ始めた。初めからこうする事が目的だと言う統率の取れ方。コウがもがいている中、再びガインのコクピットの中から、さらに人体が破壊された音がする。
「……相棒。約束は難しそうだ」
「《諦めるな相棒!諦めないでくれぇ!! 》」
懇願に近い声だった。ガインの抵抗も、わずかながらでしかなく、腕は抜かれる事はない。
「コウ。お前はよく悩む……でも悪い事じゃない……一番悪いのは、悩むだけ悩んで何もしない事だ」
「《ネイラさん! や、やめてくれよ、俺を庇ってそんな、そんな》」
「庇っちゃいないよ……ただ、何もしないよりはいいと思ったんだ」
「ネイラを離せええええ!! 」
オルレイトが咆哮する。サイクルブレードとショットの併用でコウの拘束を解き、ザンアーリィへと向かう。振り上げたブレードが下りるより前に、横から別のベイラーに蹴り飛ばされる。
「このぉ!」
「旦那様、はやくしてくださいなぁ。さすがにこの数は」
「うるせぇ。中で抵抗されてんんだ。なんだこの馬鹿力」
パームから明かされた事実。それは、ベイラーの握力でもってなお、ネイラは諦めてなどいない事。しかし別の事実もわかる。ネイラ自身の申告であり、パームのベイラーの手、内側には刃が仕込まれている事。
「……糞。こんなことなら、もっとみんなと話しておけば良かった」
再び、軽い音。今度は連続で聞こえてくる。
「後ろ盾にようやく検討がついたって言うのにさ………しくじったねぇ」
「ネイラ、ダメよ!ネイラ!! 」
「《やめろぉおおおおおお!!》」
コウが、カリンが叫ぶ。だが、虚しく空をさまようだけで誰も聞き取らない。そして、ネイラが一言喋った。コクピットの中で、誰にも見られず、ただ1人、その表情を見る者はいない。
「ガイン。頼んだよ」
そして水が落ちる音がする。コクピットの内側それが聞こえたと同時に、ガインが、急に力を無くしたように倒れこむ。立つ事さえままならなくなり、先ほどまで力が漲っていたはずのその手は、支えを無くしたように宙をさまよっている。
「《……おい相棒。おい。なんで操縦桿を離してんだ。なんで共有を切ってやがる。まだ何も終わってねぇんだぞ。おい。おい。聞いてんのかネイラ。おい。いいから操縦桿を握れって》」
倒れ込んだまま、ネイラに話しかける。いつもであれば阿吽の呼吸で進む会話が、何も返ってこない。
「《相棒? おいコラ。おい! 俺にそんな事頼んでんじゃねぇぞ。おい! テメェの口から伝えろって。おい! おい! 相棒! 相棒!! 》」
「嘘よ……そんな……」
カリンの戦意が無くなり、逃避し始める。彼は今寝ているだけなのだと。そのうち起き上がるのだと言い聞かせて気を張る。だが、次に目に飛び込んできた光景がそれを許さなかった。この時始めて、カリンが自身の目の良さを恨む。パームの操るザンアーリィベイラー。その右手に、その指に、確かに赤い血が、膨大な量の赤い血が付着しているのを、はっきりと見てしまった。
「……アア」
共有しているコウに、その感情が流れ込み、一気に力が抜ける。拘束された状態のまま、膝を折る。
「アア……アアアアアアア」
嗚咽が聞こえる。カリンだけではない。この場にいる。ネイラを知る人間全員が声を挙げた。泣き、喚き、そして呆然とする。乱戦が収まり、静寂にもにた空気が漂っている。
「……まさか、おい。嘘だろレイダ! 嘘だと言ってくれ!! 俺が見てる光景が嘘だと!」
「《それは……それは》」
動揺しかできないオルレイトとレイダ。
「ミーン! 速くネイラのところに! 」
「《わかってるんだけど! こいつらが》」
ミーンとナットが、ガインの元へと駆けつけようとするも、それを嘲笑うように立ち塞がる、私兵のアーリィベイラー達。
「お姉ちゃん。ツルツル寝ちゃったのかな? 」
「そうかも。リク! ガインを起こしてあげるんだよ! 」
状況を、そして、獣の生死は理解できても、人間の生死の概念が未だ薄い双子は、純粋に倒れたガインを起こしてあげようと近寄る。
「いい武器だぜ。これでもっと楽になる」
ただ1人。パームがコウを見る目だけが違っていた。
「よかったなぁ? 守ってくれて」
「《よかった? 》」
「そうだろう? そこに居るお姫様の代わりになったんだ。良かったじゃねぇか生き延びて」
「《よかった? 代わりに生き延びて? 》」
「だが次はねぇぞ」
半壊になったアーリィベイラーでなおコウに接近するパーム。しかし拘束された状態であれば、そして、新たな武器の威力を目の当たりにした今なら、この状況は危機でしかない。しかし、悲しみに沈んだカリンは逃げ出す思考にならず、コウは動きを封じられている。
「身動きされると厄介だ。今度は上から潰してやるか」
「《……してやる》」
「あ? 」
パームが聞き返すより速く、状況が動き始める。今度こそ、空気が変わった。
「《よくもネイラを殺したな……よくもカリンを泣かせたな》」
コウの体、その肩と足から炎が吹き出す。拘束に使用していたワイヤーを焼き切る事で体の自由を取り戻す。しかし、その炎は何時もの、空を飛ぶ時に使用するような前方向に進むための炎とは性質が明らかに異なっていた。ただ単純に目の前の物を焼き尽くすために灯された破壊の意思しかない業火がそこにある。気温が一気に上昇し、辺り一面が一気に明るくなる。
「《もう許さない。絶対に許さない……許してなるものかぁ!! 》」
ついに、猛った炎がその肩に収まりきらず、サイクルジェットごと爆発し、コウの肩を火種として激しく燃え盛り始める。白い体に赤い炎が映り込み、周りの、今までの戦いで生まれた木屑、その全てを燃やして行く。火炎はとどまる事を知らず、この空間を通り越し空に伸びた。
「《カリン! 意識を借りるぞ! 》」
「……こ、コウ? なにをするの? ねぇ? ネイラが、ネイラが」
この時、カリンの共有していた意識に、コウから全く別方向の感情が押し入ってくる。それは今のカリンに対する、明確な苛立ちだった。そして、コウが、怒鳴る。
「《うるさい!! 》」
始めて聞くコウの怒鳴り声に、カリンは衝撃が大きすぎ、その身を固くして動けなくなってしまう。同時に、コクピット内部で異変が起きた。
「コウ、やめて! やめてって言ってるのに! 」
操縦桿から、細くしなやかな蔓が伸び、カリンの手を絡め取った。そのまま、カリンに操縦桿を握らせる。一瞬で視界と意識の共有が起きるも、ここでさらなる異変が起きる。
「(なんで、私が動かせないの! なんでコウは私の言うことを聞かないの!? )」
普段であれば、カリンの操縦で、コウが動く。優位性はあくまでカリンが絶対上位の権限を持っていた。彼女が動かそうとしなければその本来の力を出すことは出来ず、赤目にもなることはない。だと言うのに、今のコウは、カリンの意思とは無関係にコウが動き始めている。それは優位性が強制的にコウへと移った事に他ならない。
「……まさか。あのベイラーがそうなのか? 私が求めるベイラーの1人だったのか。だとしたら早すぎる。あまりにも早すぎる」
ひとり、コウの豹変を見た鉄仮面の男が焦る。その男の元に、伝令が1人、息を切らせながら報告しにくる。鉄仮面の男はそれを聞き、予想通りだった事に安堵すると同時に冷や汗を書き始める。
「これでは、これでは始まってしまう。パームくんに玩具を与えすぎた……計画は前倒しにせねばならないか……しかし、あのベイラーが」
後悔するも、その言葉を聞くものはいない。
「《パームアドモント。お前はここで……ここで》」
「ここでぇ? どうするんだぁ? 」
そして、コウが、ある言葉を口にする。それは明確な、人を人と思わずに、所有物として侵害する時に吐き出す言葉。怒りと共に紡いでしまうその言葉は、あまりにあっけなく、あまりに強力に人の心を傷つける最悪の言葉。最低の宣言。
「《殺してやる!! 》」
憎しみが、怒りが、コウを突き動かしていた。もうこの場の誰にも止められない。感情のまま、猛る炎を身に纏い、コウがパームへと突撃していった。




